CONNECT08.『空の女王が招いた誤解を解く為に』


「ソード・マスター、サインください!」
「ソード・マスター、ずっと好きでした! 付き合ってください!」
「ソード・マスター、写真撮りましょう、写真!」
「ソード・マスター――――」

 7月末。夏休みに入って、飛鳥は毎日同じような状態を迎えながら、バトルを繰り返していた。
 そして、明日香は不機嫌だった。
「あ、明日香さん、怒ってます……?」
「……別に怒ってないよ。飛鳥君のバカ……
「あ、あははは……」
 亜美が苦笑する。今朝からこの調子である。
「それにしても、飛鳥さんの人気って、夏休みに入って一気に上がったね」
「夏休みだからな。それに、ゾディアック戦で久しぶりにバスターファルシオンを使ったのもある」
 まだ、飛鳥も二度しか使った事のない最強の剣『バスターファルシオン』。
 レガリアの一つ『ファルシオンセイバー』の真の姿であるそれは、人気の一つでもある。
「……しかし、今の飛鳥は昔とは違うんだがな」
「何か言った、お兄ちゃん?」
「いや、何も」
 ニットキャップをかぶり直し、勇治は飛鳥に連絡を取ろうとした。
 しかし、繋がらない。どうやら、飛鳥はまだバトルでもしているようだ。
「バトル中か」
「飛鳥のバトル? それじゃあ、観に行かなきゃね」
「今から行く。……なぜ、ここにいる?」
 そう訊くと、彼女は後ろから「気にしない、気にしない」と、勇治の頬を引っ張っていた。
 サングラスをかけ、ベレー帽をかぶっている。腰まで届く長い金髪が目立つ。
 そして、ノースリーブとジーンズで決めているその姿は、周りの男を魅了していた。
 亜美は勇治の頬を引っ張る彼女に驚く。
「え!? お兄ちゃんの頬を引っ張ってる!?」
「ん? 勇治、この子が前に言ってた妹さん?」
「そうだ。それがどうした?」
「これまた似てないわね〜。あ、私はマリア=ローゼニ。よろしくね〜」
「あ、はい。……って、す、『ストーム・クラウン』の人!?」
 亜美の驚きように勇治は「これでもな」と小さく言う。それをマリアは逃していなかった。
 引っ張っている勇治の頬をさらに引っ張る。
「勇治〜」
「まえのばひょるみひゃが、くへんするな」(訳:前のバトル見たが、苦戦するな)
「それを言うかな〜。それに、自分の恋人の事を悪く言わない方が身の為よ〜」
「ひゃれがほいびとだ」(訳:誰が恋人だ)
「え!? お、お兄ちゃんの恋人!?」



 明日香は一人、勇治達から離れてバトルを見ていた。
 飛鳥が『フォース・コネクター』の中で一番の人気があると言うのは分かる。
 けれど、なぜか納得できないのだ。複雑な乙女心である。
「はぁ……」
「溜め息つくと、素敵な顔が台無しですよ」
「え……?」
 振り向く。一人の女性がいた。
 肩より少し下まで伸ばしている綺麗な金髪。大人しそうで、フリルのついた服は、とても輝いていた。
 容姿端麗。そう言える人。
「星川明日香様、ですよね?」
「……あなたは?」
「私はセレナーデ=ウィンダリナと申します。あなたの事は、いつも飛鳥様から伺っております」
「飛鳥君から?」
 途端、心が痛かった。彼――――飛鳥の事をセレナーデと名乗る人は知っていたから。
 飛鳥との関係がある人。セレナーデが微笑む。
「あの……よろしければ、私とバトルして頂けないでしょうか?」
「え……!?」
 彼女の言葉に、明日香は驚くだけだった。



 ファンから逃げ切り、自販機で買った紅茶を飲みつつ、飛鳥は溜め息をついた。
 正直、疲れた。『ゾディアック』の桐生と戦ってから、ファンが増えている。
「……明日香の事だから、多分怒ってるんだろうなぁ。どう機嫌を直してもらうか考えよう」
 しかし、夏休みに入って、意外と平和だった。バトルをしていて実感する。
 長い休みに入って、奴らが動かないはずが無い。必ず動くはずだと思っていたが、まだ何も起こらなかった。
 このまま平和な日々が続けば良いのだが、そろそろ奴は本気で動き出すはずだ。
 なにせ、先代の『ソード・マスター』の頃から、5年以上も阻止されているのだから。
「ん? アラーム音……ドライヴのバッテリーは昨日の夜に充電したはずだけど……」
 アラーム音に気づき、ドライヴをポケットから取り出して確認する。
 バッテリー切れによるものではなく、それは、奴らの誰かに反応していたからだった。
「これは……動き出していたか、やっぱり!」
 飲みかけの紅茶を。もったいないと思いつつゴミ箱に捨て、飛鳥はドライヴの調子を確認する。



「飛鳥様の作ったドライヴを持つ者同士、バトルをしませんか?」
「え? じゃあ、セレナーデさんも飛鳥君にドライヴを……!?」
 ズキリと心が痛む。セレナーデは大袈裟に首を横に振った。
「あ、でも、あれは仕方なく私のドライヴが壊れただけだったので……」
「そう、なの……」
「はい。ですから、飛鳥様が純粋に作り上げたドライヴを見てみたいんです」
「……別に良いけど……」
 嫌だ、と言いたかったが、彼女の持っているドライヴを見てみたかった。
 飛鳥が手がけたドライヴ。アローナディアとは違ったドライヴがどんなものか、見てみたい。

 ――――そのバトル、両者の合意と確認しましたっ!

 バトル・フィールド中心に穴が開き、そこからタキシードを纏ったおじさんが出てくる。
「ただ今より、このバトルは公式バトルと認められました。審判は私、リュウマチ小暮さんがやりますっ!」
「…………」
「今回のバトルはシングル戦。どちらかが先に倒れるか、降参するかで勝敗が決まります!」
 タキシードのネクタイを締め直し、審判がビシッと決める。
「それでは、両者、コネクトを!」
 この時、セレナーデは静かに不敵な笑みを浮かべていた。



 ドライヴでゲームを楽しみつつ、勇治はどうにかして、マリアから逃れようか考えていた。
 しかし、全く思いつかない。いや、亜美がマリアと仲良く話し込んでいる為に、術が全くなかった。
「それじゃあ、マリアさんはお兄ちゃん達の前から『フォース・コネクター』だったんですか?」
「そうよ。でも、それから3ヶ月くらいで勇治が『マグナム・カイザー』になちゃったけどね」
「こんなので、良く『ストーム・クラウン』になれるものだ」
 勇治が呟く。マリアは瞬時に勇治の頬を引っ張る。
「優さんが手加減しなかったら、『マグナム・カイザー』になれなかったのは誰だったかしら〜?」
「誰が手加減していたと言うんだ? 先代とは全力でバトルして、俺が勝った」
「良く言うわね、SRに上がるまでに9ヶ月もかかってるくせに〜」
「それって、結構早いんじゃ……?」
「飛鳥に負けていなければ、あと1ヶ月は早くSRに上がっていた」
 Aランクだった頃、わずか半月でCランクに上がった飛鳥とバトルをして負けた。
 互いに全力をぶつけたバトル。そして、互いの実力を認め、コンビを組む事を決める事になったバトル。
 飛鳥と言う男は、1ヶ月と言う短い間にAランクにまで上がった天才だ。
 そんな相手とバトルしなければ、あと1ヶ月は早くSRにランクアップしている。
「そんな事より、マリア。ドライヴの反応に気づいているか?」
「……当然でしょ。はぁ、今まで動きが無かったと思ったのに、やっぱり動くわけね、あいつらも……」



 紫の戦乙女。セレナーデのドライヴはそんな感じだった。
 そして強い。アローナディアのシールドウイングによるバリアは、あまり通用していない。
『ヴォルト・ビュート』
 電流の走る鞭が振るわれる。アローナディアのシールドウイングの右側が破壊された。
 マルチビームライフルを撃つ。しかし、すぐに避けられた。
 セレナーデが静かに笑みを溢す。
『飛鳥様の手がけたドライヴにしては、それほど強力なものではないですね』
「……それは、私がまだ……」
『まだ、そのドライヴの強さを引き出していないと言うんですか? けれど、それがあなたの限界なのです。
 ドライヴに振り回される。そう、弱者です』
「……!」
 セレナーデのドライヴが、さらに鞭を振るう。刹那、一閃の刃が襲い掛かった。
 綺麗な弧を描いている風の刃。セレナーデはそれを避け、そのドライヴを確認する。
 鮮やかな青い塗装の施された装甲のドライヴ。『ソード・マスター』の証である剣。
 明日香がそれを見て目を見開いた。
「飛鳥君……!?」
「明日香、すぐにコネクト・アウトしてくれ! こいつは……『ダーク・コネクター』だ」
「え……!?」
『意外と駆けつけるのが早いですね、ソード・マスター』
 セレナーデが不敵に笑う。明日香にはさっぱりだった。
 飛鳥が簡単に説明する。
「細かい事はいつか話す。コネクターの中には、ドライヴの世界を征服しようと考えている奴らがいる。
 それを俺達は『ダーク・コネクター』と呼び、今目の前にいる敵は、幹部と呼ばれる存在だ」
「ダーク……コネクター……?」
『そう。私こそ、ダーク・コネクター幹部が一人、ヴォルト・デュラハン
 電流の流れる鞭を構える。飛鳥がファルシオンセイバーを大きく振るった。
 大気が震え、飛鳥が鋭く睨みつける。本気だと明日香は感じた。
 飛鳥のドライヴ――――セルハーツが空高く跳躍する。
「エアブレード! フラッシングソードッ!」
『ヴォルト・リアクト。ヴォルト・アロー』
 鞭で風の刃を受け止め、鞭を手にしていない方の手から電撃を放つ。
『一気に仕留めます。ヴォルト――――』
「バーンってね」
 遠くから向かってくる一直線の波動。ヴォルト・デュラハンは素早く避けた。
 瞬間、連続で弾丸が直撃する。それを見て、飛鳥は「遅かったな」と言葉を吐いた。
 遠くから構えている『マグナム・カイザー』の勇治が乗るディル・ゼレイク。
 そして、竜の翼を持った女性型のドライヴがそこにいた。
「良く言うわよ、飛鳥。あなたも今来たばかりでしょ?」
「まぁな。とっとと片付けるぞ。この事を、『ディフェンド・キング』にも伝える必要があるし」
「ラジャー。勇治、一気に片付けるって」
「分かった」
 ディル・ゼレイクが足を固定させる。顔の部分にスコープが搭載された。
 サタン・オブ・マグナムを構え、『狙撃の瞳』で狙いを瞬時に定める。
「スナイパーショット」
 放たれた弾丸。ヴォルト・デュラハンの右腕を奪った。
『――――!? 早い!?』
「マリア!」
「一気に接近ね。あれを使うんでしょ?」
「ああ。行くぞ!」
 セルハーツと、マリアの乗るムササビ丸が武器を構える。
 ヴォルト・デュラハンを真ん中に、セルハーツが真下、ムササビ丸が真上に。
「『スキル・プログラム』発動! 唸れ、烈迅たる刃!」
「輝きのソル・ワルツ♪」
 二人の斬撃が上下から繰り出される。ヴォルト・デュラハンの機能が低下した。
 セルハーツが剣を構え直す。ヴォルト・デュラハンは己の危機を感じた。
『くっ……今回は退きます。しかし、忘れないでください。私達は動き出した事を!』
 ドライヴが姿を消す。逃げられた。
「……逃げられたか。けれど……下っ端より先に幹部が動き出すなんてな……」



 結果、バトルはダーク・コネクターの存在が認められ、無効となった。
 マリアが下を向いている明日香の肩を抱く。
「そんなに落ち込まなくて良いよ」
「でも……」
「今回は仕方ないのよ。ダーク・コネクターって言っても、普通の人間なんだから」
 アローナディアの破損状態を調べ終え、飛鳥が自分の持っている予備のドライヴを渡す。
「結構やられてるから、しばらくはグロウファルコンを使ってくれるか?」
「う、うん……。ごめんね」
「謝るなよ。アローナディアはちゃんと直るから」
 けれど、飛鳥はアローナディアの状態を見て確信した。
 明日香がCランクより上のランクに上がれないのは、明日香の実力の問題じゃなかった。
 明日香の操作レベルが、アローナディアの限界値を超えている。
 作り直すしかない。明日香に合わせた、新しいドライヴに。
「けど、飛鳥もマメだよね〜。明日香ちゃんの為だったら、例え火の中、水の中って感じで」
「え?」
「知ってた? 飛鳥って、他の女の子から海とかに誘われても、明日香ちゃんが恐いから断ってるのよ」
「って、マリア、何を言い出してる!? ……って、明日香!?」
 明日香から感じる怒りに、飛鳥は脂汗を浮かべる。
「……飛鳥君なんて、やっぱり大嫌い!」
「って、マリアの嘘を信じるなよ!?」
「あながち、嘘じゃないでしょ?」
「嘘に決まってるだろが!」

 マリアの一言は、飛鳥にさらなる疲労感を与えた。



次回予告

 こんにちは、明日香です。
 飛鳥君と海に行ったら、飛鳥君の知り合いの人に出会ったの。
 ……え? 先代のマグナム・カイザーとストーム・クラウン!?

 次回、CONNECT09.『綺麗な薔薇に棘があるのは当たり前』

 ドライヴ・コネクト! 飛鳥君、顔色悪いよ……?



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