その日、神崎家の本家で、小さな産声が響いた。
 神崎家当主の娘の血を引く新たなる命。誰もが待ち望んでいた希望の子。
「ご当主、生まれました! 今度は無事です!」
 今度は無事。そう、生まれるはずの子は双子のはずだった。
 しかし、最初に生まれてきた子は死産だったのだ。
 当主が口を開く。
「……どっちじゃ?」
「は?」
「男か女かと聞いているのじゃ!」
「し、失礼しました! た、大変元気な男の子でございます!」
「そうか、男か」
 自室で、当主はその言葉を聞いて呟いた。
 絶対にその貫禄を崩そうとはしない。神崎家当主として、大騒ぎしてはならない。
 しかし、口元は歪んでいた。やはり、孫が生まれるのは嬉しい。

 この日生まれた赤子は、両親の希望により勇気ある者――――『勇人(ハヤト)』と名付けられた。
 だが、この赤子を待ち受けていたものは、とても惨酷で、悲惨なものだった――――



「殺せ! そのような恐ろしい赤子など、殺すのだ!」
「やはり、この赤子は産ませるべきではなかった。だからこそ、殺すしかない」
「それ以前に! このような霊力を持った赤子は、神崎家に不幸をもたらすだけだぞ!」
「希望の子どころか、破滅を呼ぶ子か。しかもそれが、神崎家当主の血を引くとはな……」
「”守護の儀式”を拒むほどの霊力……。ならば、その子を殺すしかあるまい」
 赤子が生まれてから一ヶ月後、神崎家の五大老の罵声が当主へ向けられる。
 守護の儀式。生まれたばかりの子が持つ霊力に封印を施し、命を落とさせないようにする為のもの。
 しかし、赤子――――ハヤトには、その儀式が通用しなかった。否、封印ができないのだ。
 神崎家当主をも余裕で上回るほどの霊力。そのせいで、ハヤトは儀式による封印ができなかった。
「やはり、あの血を引く人間との子だからこそ、こうなったのであろう……」
「ありえぬ事だったのだ! 二つの血を一つにしようとしたからこそ、このような赤子が生まれたのだ!」
「殺すしかあるまい! あの血を引くのならば、殺すのみだ!」
「死なせは……せん!」
 当主が口を開いた。その言葉を聞き、五大老が再び罵声を上げる。
「何を言っておるか! 殺さなければ、神崎家は滅ぶだけだぞ!」
「神崎家が滅ぶ事は即ち! 全てが滅ぶと言う事!」
「そうだ! だからこそ、その子を殺せ!」
「静まれぇぇぇいっ!」
 当主の言葉が五大老を鎮める。そして、鋭く睨みつけた。
 次期当主と言われていた頃から変わらぬ強き瞳。己の信念を決して曲げぬ意志を持った瞳。
 これが、早くも当主として神崎家を動かしてきた人間の瞳だった。
「死なせはせん! ハヤトはわしの大切な孫じゃ! お前達にとやかく言われる筋合いなどないっ!」
「何を言うか! 我々は神崎家の――――」
「貴様らの意見など、誰も求めてはおらぬっ!」
 再び当主の罵声が飛ぶ。
「誰が何と言おうが、ハヤトは死なせん! 封印ができぬのならば、早々に一人前に仕立て上げれば良い」
「馬鹿な! そんな事ができるわけがなかろう!」
「できる! いや、わしが必ずしてみせる!」
 それが、この子にとって、どれほどの苦痛になっても、死なせはしない。

 そして、その時より十七年の時が流れたのだった……。





宿命の聖戦
〜Legend of Desire〜



第一部 はじまりを告げた聖戦

序章 訪れた運命の刻


 この日、自宅の道場で彼は、祖父を相手に竹刀を振るっていた。
 幼い頃から鍛えられ、全く無駄のない筋肉だけの体。
 そして生まれ持った容姿は、雑誌に出てくるようなモデルを思わせる。
 名は神崎勇人(かんざき はやと)。神崎家の次期当主として育てられた十七歳の少年。
「まだ甘い。あまりにも甘くて、口から砂糖でも出そうじゃ」
「ふざけるなっ……!」
 舌打ちし、竹刀を振り落とす。しかし、祖父は余裕でその軌道を見切り、避ける。
 瞬間、それを待っていたのか、ハヤトの瞳が鋭く祖父を捉えた。
 竹刀から龍の姿をした波動が放たれる。
「ほう!?」
 祖父が直撃を受けた……はずだったが、避けられた。祖父が立っていたと思われる場所には丸太しかない。
 いつもの変わり身。ハヤトが祖父の気配を感じ取ろうとしたところで、決着がついた。
「ここまでじゃ」
「くっ……」
 祖父の掌がハヤトの首を捉える。ハヤトは竹刀を放り投げた。
 ハヤトなりの降参。祖父が無精ひげを触りつつ、笑う。
「ほっほっほっ、まだまだじゃな」
「うるさい……」
「さて、朝の修行はここまでじゃ。とっとと学校に行く支度でもして来い」
「…………」
 何の返事もないまま、ハヤトが道場から出て行く。祖父は呆れたように息を吐いた。
 あれから十七年。ハヤトは一度も心を開かない。
 しかし、それも仕方がない。全てはハヤトの為にやっていた事だ。
「ま、少しは口を開くから良しとするか……?」
 瞬間、着物の袖に切り筋が浮かび、ぴりっと破れる。
 どうやら、変わり身では完全に避けきれてなかったらしい。
「流石は、わしの孫と言ったところか」
 まだ荒削りなところがあるが、その才能は研ぎ澄まされている。
「……素質は十分にある。戦士としては、かなりの素質じゃ」
 そして静かに呟いた。



 食事を終えて、紺のブレザーに青ネクタイ、そして黒のズボンに着替える。学校の制服だ。
 手提げ鞄を持ち、家を出る。すでに彼女は門の前で待っていた。
 セーラー服に身を包んだ女の子。ハヤトの前に立ち、笑顔で挨拶する。
「ハヤト、おはよっ」
「…………」
 そのまま彼女の前を通り過ぎる。彼女はむっとした顔でハヤトの前に立つ。
「おはよっ! 朝の挨拶はちゃんとするのっ」
「…………」
「ハヤトっ!」
「……おはよう」
 ぶすっとした挨拶に、彼女が笑顔で「うん、おはよっ」と再び挨拶を交わす。
 三嶋冴子(みしま さえこ)。近くに住んでいる幼なじみ。
 毎朝迎えに来る度、ハヤトは「迷惑だ」とぼやく。しかし、それでも冴子はハヤトに接する。
「今日はちょっと遅かったね。寝坊でもしたの?」
「してない」
「じゃあ、具合でも悪いの?」
「違う」
「じゃあ、どうしたの?」
「…………」
「もうっ! 教えてくれたって良いじゃない!」
 むっとした顔で訴える。しかし、すぐに笑顔になった。
 そんなサエコを見て、ハヤトは淡々とした口調で訊いた。
「学校が違うのに、何でわざわざ迎えに来るんだ?」
 そう、高校は別々だ。場所も違えば距離も違う。
 なのに、なぜかサエコは迎えに来る。それも毎日のように。
 サエコが答える。
「何でって、迎えに来ないとハヤト、学校休むでしょ」
「……休まない」
「絶対に休むもん! だから私が迎えに行けば、ハヤトは嫌でも出てくるでしょ? 学校が違っても」
「…………」
 サエコには敵わない。ある意味、祖父以上に強敵である。
 ハヤトの表情が暗くなる。サエコの笑顔はハヤトにとって、どこか痛かった。



 朝、孫が学校へ出掛けるのを見送り、祖父――――神崎獣蔵(かんざき じゅうぞう)は空を見上げた。
「……さて、門下生達が来る前に、剣の様子を見ておくか」
 ジリリリッ。そう思った矢先、電話が鳴り響く。獣蔵は渋々と電話機へと向かった。
 相変わらず電話と言うのは嫌いだ。最近は携帯電話などと言うものがあるらしいが、どうでも良いと思う。
 すぐに切ろうと考えつつ、受話器を取る。
「新聞なら間に合っておる。出直せ」
『……相変わらずのご挨拶ね、ジュウゾウ?』
「何じゃ、お前か。久しいのう……かれこれ五年振りか」
『そうね、前に連絡を取ったのは五年前だったわね』
 電話の相手は女性だ。その女性に対し、獣蔵が静かに訊く。
「やはり、今か?」
『……ええ。あなたの後継者の方は大丈夫でしょうね?』
「それが問題があっての。人の言葉を聞こうとせん。間違いなく、力はわしよりも上のはずじゃがな」
 全く誰に似たのか、とぼやく。そんな獣蔵の言葉に、女性は静かに笑った。
『ある意味、あなたに似ていると思うけれど?』
「似とらん。わしはこれでも素直じゃったぞ」
『どうかしらね? ……まさか、私達が生きている間に、再びはじまるなんて思わなかった』
「……そうじゃな。今度で終われば良いのじゃが……」
『それは、あなたの後継者次第よ。じゃあ、待っているわ』
 電話が切れる。受話器を置いて、獣蔵は再び空を見上げた。
 再び、宿命の時が訪れた。全てを賭けた、最大の宿命が。
「……今のうちに用意はしておくか。いつでも、ハヤトが行けるように」



 学校の教室。一人の男子生徒が、一冊のノートを持ってハヤトに近づく。
「すまないが、ここを教えてくれないか?」
「…………」
 男子生徒がハヤトの前の席の椅子に座る。ハヤトは彼の言う箇所を見た。
 数学の問題だ。最近授業でやっている内容の問題だが、それを一瞬で理解する。
 そしてハヤトによる解説が、男子生徒の前で繰り出された。
 瞬く間に、シャーペンで問題の解説を書いていく。それも、教師の教え以上に詳しく。
「ここで、この公式が使える。そして、この公式を使えば解ける」
「そうか、そうすれば解けるか。助かった、相変わらず凄いな」
 男子生徒の言葉に、ハヤトが顔を俯かせる。
 彼に「凄い」と言われたのは、これで何度目になるだろうか。とても不思議だった。
 中学の頃、そんな事を言われた事はなかったから。誰も凄いと言ってはくれなかったから。
「……凄くない。こんなの分かっても、凄くなんか……」
「いや、凄い。俺は感心する」
 彼の言葉はとても温かい。まるで、サエコのように。
「……凄くない。俺なんか、凄いわけ……」
 あくまで否定するハヤト。どこか悲しげで、辛そうだと男子生徒は思うのだった。



 下校。家に帰り着くと、祖父の獣蔵が玄関の前にいた。
 かなり珍しかった。普段ならば、道場で門下生達に技を教えているはずだ。
 疑問に思いつつ、ハヤトはそのまま獣蔵を無視しようとしたが、すぐに止められた。
「帰ってきたな」
「…………」
「無視するでない。少し話がある」
「……話なら後でも良いだろ」
「今でなければ駄目じゃ」
 祖父が、今までにないほどの威圧感をハヤトに漂わせる。ハヤトは素直に従った。
 こんな祖父は初めてだ。これが当主だと、改めて痛感させられる。
「ハヤトよ、お前は己の持つ力について考えた事はあるか?」
「ない。持ってても意味のない力だ」
「……それは違うぞ。全ては、救う為にある力じゃ」
「……?」
 いつもの祖父と違う。祖父はハヤトに一本の剣を見せた。
 黄金の柄で中心に青い宝玉がはめ込まれた剣。白銀の刀身は、とても綺麗に研ぎ澄まされていた。
 神崎家の家宝である剣。そう祖父が言っていた事を思い出す。
「この剣を持て」
「断る」
「持て!」
 鋭い瞳に睨みつけられる。ハヤトは祖父から剣を受け取った。
 途端、剣から光が発せられ、体全身が光り輝く。
「――――!?」
「…………」
「これは……!? じじい、これは一体何だ!?」
「……お前なら、全世界を救う事ができる。わしと同じ意志を受け継ぐ者のお前なら」



 下校時、サエコは深い溜め息をついた。
 久々に早くホームルームが終わったので、ハヤトと一緒に帰ろうと思ったのだが、先に帰ったらしい。
 正直、寂しかった。ハヤトは何も思わないだろうけど。
「でも、少しずつ変わってるよね」
 昔のハヤトは心を開く事をせず、全く話そうともしなかった。
 どうにか、少し位話すようになったけれど、まだまだハヤトは変わっていけると思う。
「明日も頑張って迎えに行かなきゃ!」
『じじい、これは一体何だ!?』
 そんな時、ハヤトの声が聞こえた。気づけば、ハヤトの家の近くまで来ていた。
 急いでハヤトの家に向かう。ほんのわずかだが、光の柱が見えた。
 門から家の庭を覗いてみる。玄関にハヤトがいた。
 何かを持っているハヤト。光の柱はハヤトを中心に、空へと上っていた。
「これは何なんだ!? 答えろ、じじい!」
「詳しい事は、向こうで知れ。任せたぞ、ハヤト」
「じじい!」
 ハヤトが足元から消えていく。それを見てサエコは飛び出した。
 サエコの姿を見てハヤトが驚く。来てはいけない、そう直感がハヤトの中で走った。
「来るな、サエコ!」
「ハヤトっ!」
 サエコがハヤトの腕を掴む。瞬間、さらに光が眩しさを増し、ハヤトとサエコの姿消える。
 カランと乾いた音を立てて、ハヤトが持っていた剣が地面に落ちる。その剣を持ち、獣蔵は目を瞑った。
 ハヤト以外の人間が一緒に飛ばされてしまったのは予想外だったが、これで役目は終わった。
 あとはハヤト自身で決まる。全世界が滅ぶか、救われるか。
「……ハヤトよ、お前にとって最大の試練になるかもしれん。じゃが、お前なら必ず……」
 剣を手に、獣蔵は強く想った。

 訪れた運命。この時、ハヤトの運命は動き出した――――



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