荒れ果てた大地を、巨大な戦艦が飛ぶ。
 深紅の塗装が鮮やかな戦艦だが、実際にその姿は見えない。
 そう、この巨大な戦艦は姿を隠しながら飛んでいるのだ。
 巨大な戦艦の名はイシュザルト。古代から存在する伝説の戦艦だ。
「艦長、間もなく神殿へと到着します」
「そう。イシュザルト、反応は?」
 やや荒いが、ひげを整えている中年男である副長の言葉に、白髪の老婆が口を開く。
 名はグラナ=エルナイド。十代の頃から巨大戦艦イシュザルトに乗る女性だ。
 今では艦長として、その役目を務めている。
 艦長席に座るグラナの呼びかけに、イシュザルトと呼ばれたコンピュータが答えた。
『反応未確認。目覚メノ兆候ナシ』
「人間の反応は?」
『確認完了。二ツノ反応ヲ確認』
 イシュザルトの回答に微動だが、グラナの眉が動く。
「二つ? あの人は、二人もこちらに行かせたと言う事かしら?」
 戦艦イシュザルトに搭載されている、人工知能イシュザルトは完璧なコンピュータだ。
 反応が二つあるのでならば、”向こうの世界”から二人、こちらに行かせたのだろう。
 しかし、なぜそんな事をしたのか疑問がある。
「何か考えがある……、とは言えないわね……」
『警告。怨霊機ノ反応ヲ確認。データ適合、《死神》ノ怨霊機ト判明』
 突然、艦内に警報が鳴り響く。グラナは目を鋭くさせた。
「一時停止。操者に出撃準備を命令」
「出撃ですか!? 艦長、怨霊機が相手では……!」
「分かっている。だからこそ、出撃準備だけしか命令していない」
 艦長の言葉には、どこか重みを感じてしまう副長だった。





宿命の聖戦
〜Legend of Desire〜



第一部 はじまりを告げた聖戦

第一章 目覚める鼓動


「――――ト……ヤト! ハヤト!」
 自分を呼び掛ける声に反応し、薄っすらと目蓋が開く。ハヤトはその場所で目を覚ました。
 隣で必死に呼び掛けていたサエコが、大きく胸を撫で下ろす。
「良かったぁ……ハヤト、大丈夫?」
「サエコ……? ここは……?」
 辺りを見渡す。神殿のような建物の内部だと思うが、全く知らない場所だ。
 目の前には巨大な岩がある。サエコの方に顔を向けるが、サエコも首を横に振る。
「私も分からないの……どこなのかな……?」
「……確か、あのじじいに剣を持たされて、それで……」
 光に包み込まれ、気づけばここにいた。そう思い出し、ハヤトがサエコの両肩を掴む。
「……そうだ、何で俺の側に来た!? あの時、俺は来るなって言っただろッ!」
「ご、ごめん……。でも、嫌な感じがしたから……」
「ふざけるな! 現に、こうやって巻き込まれたんだぞ、お前はッ!」
 サエコが顔を俯かせる。ハヤトはそれを見て、肩を掴む手を離した。
 そして立ち上がり、周囲を良く見渡した。
 ドーム状の神殿のような建物。そこまで広くはないが、出口のようなものは見当たらない。
 あるのは、目の前の巨大な岩だけ。
(……何なんだ、この岩は?)
 岩に近づき、触れる。

 ――――良く来たな、選ばれし者よ。

「――――!?」
 頭の中に直接声が響いてきた。目を見開き、周りを睨みつける。
 しかし、サエコと巨大な岩以外、人影もなければ何もない。

 ――――我と言う名の剣を手にせよ。

「また……!?」
 再び頭の中に声が響く。ハヤトは歯を噛み締めた。
「誰だ!? どこにいる!?」

 ――――我は汝の力であり、汝の剣。汝よ、我と言う名の剣を手にせよ。

「だからテメェは誰だ!? どこにいやがる!?」

 ――――我は汝の剣。汝よ、我と言う名の剣を手にせよ。

「人の話を聞けッ!」

 ――――全てを守る為に、我と言う名の剣を手にせよ、汝よ。

「いい加減にしろぉぉぉぉぉぉっ!」
 巨大な岩を殴る。殴った拳から、ほんの少しだけ血が流れ出た。
 サエコがその姿を見て目を見開く。
「何が剣だ! それ以前に、テメェはどこにいるってんだ! 答えやがれっ!」

 ――――我はここにいる。主よ、我と言う名の剣を手にせよ。

「俺に指図するなぁぁぁぁぁぁッ!」
「落ち着こう、ハヤト。手も怪我してるし……」
 スカートのポケットからハンカチを取り出し、血が出ている方の拳に巻きつける。
 ハヤトの拳は微かに震えている。まるで、何かに怯えているかのように。
 途端、大地が大きく揺れた。



 神殿の周辺で大爆発が起こる。イシュザルトの艦長グラナは、その姿を確認した。
 漆黒に染められ、引き裂いたかのようなローブを身に纏う骸骨のような姿をしたロボット。
 その細い骸骨の全身からは想像できないほど巨大で長い鎌が目立つ。
「《死神》の怨霊機ガルファウスト……こちらには気づいていないみたいだね」
「どうしますか、艦長?」
「……神殿を襲ったと言う事は、あの場所で王が目覚めようとしているのは確かなはず。
 イシュザルトのステルスを解除し、こちらに惹きつける」
「惹きつける……!? 彼らを戦わせる気ですか!?」
「そうは言っていない」
 奴らを相手に、彼らで戦えるはずがない。圧倒的な差があり過ぎるのだ。
 ただでさえ強い敵。奴らを倒せるのは、互角の力を持つ存在だけ。
 艦長席に腰掛けたまま、グラナが命令する。
「総員、攻撃の準備をしなさい。王が目覚めるまで、イシュザルトで応戦する。
 イシュザルト、ステルスを解除し、特殊フィールドを形成」
『了解。ステルス解除後ニ特殊フィールドヲ形成シマス』



 大地が揺れた時、天井から巨大な欠片が落ちて来た。
 それを見たハヤトはサエコを抱きしめた。
 上空を睨みつけ、右手に力を集中し、落ちて来る巨大な欠片に力を解き放つ。
 欠片は見事に粉砕し、頭上には小さな欠片が降るだけだった。
 祖父に教わっていた霊力による波動。
「……大丈夫か?」
「う、うん……」
 サエコは驚いた。ハヤトに抱きしめられた事に。
 天井から落ちてくる欠片から守る為とは言え、ハヤトの行動は意外だった。
「じじいから叩き込まれたのが、こんな時に役立つなんてな……!」
 歯を噛み締める。まるで、祖父はこんな時の為に教えていたような気がして。
「何が起きたって言うんだ……! 一体、何だよ……!?」
「……このまま、ここにいたら私達……」
 サエコがハヤトの制服を強く握る。瞬間、ハヤトは何かを感じた。
 憎悪、欲望などと言った嫌な力を感じる。まるで、あの男のような嫌な感じだ。
「……まさか、あの野郎がッ……!?」
 いや、違う。あの男の嫌な感覚はこんなものじゃない。

 ――――奴らが動き出した。汝よ、早く我を手にせよ。

 頭の中で声が響く。ハヤトは顔を歪めた。
 訳が分からない。一体、何が起きているのか全く分からない。

 ――――目覚めるのだ、汝よ。

「黙れ、俺に指図するなッ!」
 頭の中で聞こえてくる声に、ハヤトは歯を噛み締める。



 骸骨の姿をしたロボットは、イシュザルトの存在に気づき、すぐに襲い掛かった。
 振り下ろされた大鎌をイシュザルトがバリアで防ぐが、その衝撃で巨大な戦艦が揺れる。
 その戦艦の格納庫で、青く、拳に手甲を装備したロボットに乗る彼は、ついに苛立ちを抑えられなかった。
「くそがっ! いつまで待機なんだ! 思いっきり揺れてるじゃねぇか!」
「落ち着きましょう、アルス。今は、艦長からの命令を待つだけです」
「んな事言ってる場合か、ロル! このままじゃ、イシュザルト諸共終わりだ!」
 両腕に大型のコンバーターを装備した緑のロボットに乗るロルに、アルスと呼ばれた彼が怒鳴る。
「そう怒鳴るなよ、アルス。第一、霊力機じゃあいつらには勝てないって」
「だったら、勝てるように作れ!」
 ロボットの目の前でスパナを持った彼が、アルスに怒鳴られる。彼は苦笑した。
 霊力機。人間の持つ霊力をエネルギーとして動く巨大兵器。
 伝説の巨大兵器を元に作られたのだが、その性能はかなり劣ってしまう。
 正直、敵の前では無力に近いのだ。
「艦長、いつまで待機させる気だ!?」
『もう少し待ちなさい』
 コクピットに艦長であるグラナからの通信が入る。
『相手は怨霊機だ。倒せるのは霊戦機だけだと言うのは、アルスも知っているだろう?』
「分かってる! しかし、このままだとイシュザルトが危ねぇだろ!」
『イシュザルトは大丈夫だ。それに、まだ希望はある。そのまま待機していなさい』
 通信が切れる。アルスは目の前のコンピュータに八つ当たりした。
 怨霊機と呼ばれる敵と唯一、互角に戦い、倒す事ができる伝説の巨大兵器『霊戦機』。
 しかし、霊戦機は前の戦いで怨霊機に破壊されたと聞いている。
「……何が希望だ……そんなのに頼るから他の奴を犠牲にすんだよ……!」
 歯を噛み締め、アルスが呟く。



 イシュザルトのブリッジ。グラナの元へ、一人の少女が近づく。
 腰まである長い黒髪に、淡い緑色の瞳の少女。
 グラナが少女に気づくと、「どうしたんだい?」と声をかける。
「安心しなさい、イシュザルトはこの程度で落ちたりはしないよ」
「……戦わないんですか、お婆様?」
「イシュザルトじゃ無理だ。霊力機でも、怨霊機は倒せない」
 その言葉に、少女が不安げな表情を見せる。グラナは静かに笑って見せた。
「大丈夫。必ず、”王”は目覚めてくれる」
 そう、唯一、全世界を救う事ができる王が。
 グラナの言葉に、少女は頷いた。



 揺れは収まらない。そして、相変わらずハヤトは頭の中に語りかけてくる声に苛立っていた。
 サエコがハヤトの服を強く抱きしめる。
「……私達、このまま死んじゃうの……?」
「馬鹿な事を言うな! こんなとこで……訳の分からねぇとこで死んでたまるか!」
「だって、ここがどこか分からないし……」
 不安と恐怖に染まった表情を見せる。ハヤトは彼女の顔から目を背けた。
 再び大地が揺れる。ハヤトが拳を強く握った。

 ――――我と言う名の剣を手にせよ。世界を救う力を手にせよ。

「……どうやれば良いんだ?」
 語りかける声に問う。

 ――――我が名を呼べ。主なら、我が名が分かるはずだ。

「……お前の名前……?」

 ――――そう、我が名は……

「お前の名は……」

 ――――我が名は……

「……ヴァトラス……――――!?」
 ふと、頭の中に浮かび上がった名を呟く。その時、胸の鼓動が熱くなるのを感じた。
 溢れ出ようとする”何か”を必死に堪える。しかし、抑えられなかった。
「うぉぉぉおおおおおおーーーーーーッッッ!?」
 ハヤトが咆哮を上げる。額に何かが浮かび上がった。
 王を意味するかのような光り輝く称号。巨大な岩から光の柱が立ち昇った。
 神殿の天井を通り抜け、天高く昇る光の柱。
 巨大な岩が光によって消え去り、ついにその姿が露わになった。
 巨大な玉座に腰掛ける巨大なロボットだ。白銀の装甲が輝き、戦闘機のような四枚の翼を持ったロボット。
 そのロボットの胸部が開き、そこへハヤトが導かれるかのように収納される。サエコは目を見開いた。
「は、ハヤト!?」
『おおおおおおっ!』
 ロボットが玉座から立ち上がる。そして空高く飛び立った。



 神殿から光の柱が昇った。グラナがすぐにイシュザルトの反応を確認する。
『霊戦機ヴァトラス確認。霊力測定……計測不能』
「計測不能……?」
 それはないと疑った。霊力は高くても1000を超える人間はいない。
 グラナが驚く横で、少女が何かを感じる。
「この感じ……とても力強くて……でも、どこか悲しそう……」
 まるで高ぶった獣のような力強さ。その中には悲しみもある。
「……けれど、この温かい感じはどこかで……?」
 思い出せないが、どこかで感じた事のある温もり。
 光の柱から、一つの光が飛び出す。そして、その姿を見せた。



 神殿から昇る光の柱。それを見た怨霊機ガルファウストは、その姿に身を怯ませた。
 白銀の装甲が輝き、戦闘機のような四枚の翼を持った機体。

 その名は霊戦機ヴァトラス。全世界を救う希望が、ついに目覚めた――――



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