朝、時刻は午前六時過ぎ。神崎家の道場では、竹刀の激しい音が鳴り響いていた。
 朝早くからの打ち合い。ハヤトの竹刀を前に、祖父である獣蔵は余裕で避けていた。
「やはり甘い。口から砂糖が出そうなほどに甘い」
「このっ……!」
 竹刀を振るい、龍の姿をした波動を繰り出す。それを獣蔵は直に受けた――――ように見えた。
 立っていた場所には、ただの丸太しか残っていない。ハヤトが舌打ちする。
「二度と同じ手は――――」
「通用するぞ」
 獣蔵の持つ竹刀がハヤトの首元を捉える。またしても、ハヤトの降参だった。
 竹刀を下ろし、舌打ちする。笑いながら、獣蔵が答えた。
「わしに勝つには、まだまだ修行が必要じゃ。それに、わしはまだ”あの技”を出しておらんぞ」
「…………」
 黙る。確かに、獣蔵の言うとおりだった。
 祖父が誇る技は、まだ出していない。いや、あの技を出されたら間違いなく勝ち目はないだろう。
「腹が減ったの。そろそろ、飯でもするか」





宿命の聖戦
〜Legend of Desire〜



第二部 新たなる敵

序章 二人の再会と二人の関係


 午前八時前。学校の制服に着替え、ハヤトは家を出た。
 門を見る。そこに、彼女はいない。
「…………」
 異世界ネセリパーラから戻って来て数週間。まだ、ハヤトには納得がいかなかった。
 向こうにいた間の事は、神崎家によって操作され、何事も無かったかのようになっている。
 そして彼女――――サエコは、”向こうの世界に行った当日から死んだ”事になっていた。
「…………」
 神崎家が何をどう操作したかは教えられていない。
 だからこそ、納得がいかなかった。自分のせいで失ってしまった彼女が、まるで最初からいなかったように思えて。
「……そう言えば……」
 ふと、首から掛けているペンダントを取り出す。
 向こうの世界から戻ってくる前に、アリサから交換されたペンダント。昔から持っていた物と同じペンダント。
 そんなペンダントを持っていると、いつも思ってしまう。彼女は今、どうしているだろうか、と。
「……行くか」
 軽く緩んだ口元を戻し、学校へと向かう。



 正午。学校の屋上で、ハヤトは意味も無く空を見上げていた。
「…………」
「ここにいたか」
 話し掛けられる。たまに、なぜか話し掛けてくる男子生徒だった。
 加賀美陽平(かがみ ようへい)と言う名前で、ほとんど笑わない同じクラスの生徒。
 ハヤトの隣まで歩き、パックの飲み物を出す。
「飲むか?」
「いや、別に良い」
「そうか」
 会話が続かなかった。飲み物を口に含もうとする陽平に、ハヤトが話し掛ける。
「……上手いのか、それは?」
「ああ。飲んだ事ないのか?」
「ない。パックの物はほとんどな」
「だったら、飲んでみるか?」
「いや……それより」
 ハヤトが陽平の腕を掴む。陽平は目を見開いた。
 瞳を閉じ、陽平から何かを感じ取る。そして、すぐに口を開いた。
「……なぁ、自分には特殊な力があると思った事はないか?」
「力? それはないな。なぜだ?」
「いや、ただなんとなくだ」
 それで、会話は終わった。



 放課後。複数の生徒達が騒ぐ教室で、ハヤトは帰り支度を行っていた。
 ふと、何か嫌な寒気が背中を襲う。教室のドアが開けられた。
 長い髪をツインテールにした、身長の小さな女子生徒。
 教室内を見渡しながらハヤトを発見し、近寄る。そして手に持っていた箱をハヤトの前に差し出した。
「あ、あの……これ食べてください!」
「…………」
「わ、私一年の紺野美咲(こんの みさき)です! そ、それじゃ、失礼します!」
 そう言って、紺野美咲と名乗った女子が走り去っていく。ハヤトは、目の前に置かれた箱を見た。
 なぜか、この箱を開けてはいけない。そう思う自分がいる。
「…………」
「開けないの?」
 と、話し掛けられる。今度は、ロングウェーブのかかった髪の女子生徒だった。
 名は片桐美香(かたぎり みか)。学級委員を務めている。
 軽く溜め息をつきつつ、箱を開ける。クッキーが入っていた。
「…………」
「わあ、結構美味しそうだね」
「…………」
 クッキーを一枚取る。見た目は、どこからどう見てもシンプルなクッキーだ。
 とりあえず食べてみる……甘味ではなく、酸味がした。それも酢に近いくらいの酸味が。
 黙ったままのハヤトを見て、美香が首を傾げる。
「どうかしたの?」
「…………」
 クッキーを差し出す。美香もクッキーを食べた。
「これって……何をどうしたら、こんな味になるんだろう……流石は美咲ちゃん」
「……知り合いか?」
「う、うん。中学校の時からの後輩だよ」
「そうか」
 そう言って立ち上がり、クッキーの入った箱を持つ。
(……じじいにでもやるか)
 流石に、これを全部食べる勇気は無い。そんなハヤトだった。



 数日後。平凡な毎日を過ごしているハヤトは、いつものように自宅へと帰って来た。
 玄関を開ける。瞬間、素早い何かが顔面へと向かって来た。
「…………」
 それを読んでいたのか、手で受け止める。受け止めたものは、拳だった。
 玄関の前で、その拳を繰り出した一人の女性が舌打ちする。
「読まれたか」
「霊力を感じていたからな。動きは分かっていた」
「ふん、生意気な事を言うじゃないか、このあたしに向かって」
「別に。それで、何の用だ?」
 訊く。女性がふん、と顔を家の中へと向けた。
「あんたに客だよ。もうじき、あいつもこっちに来る」
「客? それだけの為に、わざわざ集まる必要は無いだろ?」
「とにかく、じいさんの部屋に行きな。そこに、お前の客はいる」
「…………」
 疑問が残ったまま、とりあえず自分の部屋に鞄を放り込んで、祖父の部屋へと行く。
「入るぞ、じじい」
 祖父の部屋の襖を開ける。そして、ハヤトは目を見開いた。
 アリサがいた。彼女の祖母であるグラナと一緒に。
「…………」
「……お久しぶりです、ハヤトさん」
 アリサが微笑む。彼女の隣に座るグラナも軽く礼をした。
「こんにちは、《霊王》。元気にしていましたか?」
「……何で二人が、ここに……? 一体、どうやって……!?」
「こちらの世界には、過去に私の夫が開発した装置で」
 グラナが説明する。地球とネセリパーラへは、先代の《星凰》の霊戦機操者が作った装置があれば行き来できるとの事。
 それを聞いたハヤトが納得する。
「なるほど。それで、なぜこっちに来たんだ? まさか……?」
「いや、聖戦は関係ない。全ては、ジュウゾウから聞いてもらうと助かる」
「何だと?」
 そう言って、祖父である獣蔵を見る。和やかに茶を飲む祖父が笑った。
「しばらく、アリサにはこっちの世界で生活してもらう。今後、慣れる為にもな」
「どう言う事だ? わざわざ、地球に慣れる必要もないだろ」
「何を言っておる。近い将来、アリサはここで生活するのじゃから、早いうちに慣れておいた方が良いじゃろう」
「ここで生活、だと?」
「そうじゃ。お前の伴侶としてな」
 祖父の言葉に、ハヤトは目を大きく見開いた。伴侶、つまりは結婚すると言う事だ。
「伴侶だと!?」
「お前とアリサは、許婚じゃからの。だからこそ、昔お前と一度会わせたんじゃ」
「…………」
「何か言いたそうじゃな?」
「当たり前だ! 勝手に決めてんじゃねぇ!」
 怒鳴る。しかし、獣蔵は笑っていた。
「満更でもなかろう? 一緒にヴァトラスに乗った仲じゃろう?」
「そう言う事じゃねぇ! グラナも良いのか!?」
「私はお互いの気持ち次第だと思っている。許婚の件は、ジュウゾウと夫から聞いて驚いたけれど」
「そう言う事じゃ」
「ふざけんなっ、この――――」
「いやはや、そこまでにしておきなさい」
 後ろからハヤトをなだめる声。眼鏡を掛けた男性がそこにいた。
 グラナとアリサを前に、深々と礼をする。
「初めまして、ハヤトの従兄の神崎蒐覇(かんざき しゅうは)と申します。以後、お見知り置きを」
「従兄? では……」
「そうじゃ。わしの二番目の娘の子じゃ。血筋の関係上、当主候補から漏れたが、これでも《霊王》の素質は十分じゃ」
「そう言う事です。今は、神崎家当主の補佐を務めております」
「で、あたしがこいつの姉で宮中琴音(みやなか ことね)だ」
 女性がそう言いながら部屋に入り、名乗る。グラナは目を大きく見開いた。
 コトネと名乗った女性からも、同じように《霊王》の力を感じる。これが、《霊王》の血筋を持つ者かと思わんばかりに。
 シュウハが祖父の方を向いて訊く。
「それで、私と姉さんを呼んだのは、彼女――――アリサさんのこっちでの手続きと助力ですか?」
「そうじゃ。手続きは任せるぞ、シュウハ。コトネは、アリサの面倒をたまに見てくれ」
「ハヤトの結婚相手だからね、それは全然問題無いよ。よろしくね」
「は、はい。こちらこそ……あ、あの、アリサ=エルナイドです」
 アリサが頭を下げる。ハヤトが二人を見た。
「……コト姉、シュウ兄も知っていたのか……!?」
「もちろんです」
「知らなかったのは、あんただけだよ」
「何……!?」
「聖戦が起こる可能性も入れて、お前に話すのは後々にしておいたからの」
「じじい……!」
「ハヤト、わしはいつもの山籠りに行く。次期当主として、しばらく頼むぞ」
「な……!? また俺にテメェの仕事を押し付けるな! くそじじい!」
 祖父の胸元を掴む――――が、そこには誰もいなかった。
 まるで雲の如く消えた祖父。どこからか声が聞こえ出す。
『良いか、羽目を外すでないぞ』
「ふざけんな、出て来い! くそじじい!」
『ほっほっほっ。まだまだ、お前には捕まらん』
 そう言って、声が聞こえなくなる。その一部始終を見ていたグラナが溜め息をついた。
 やはり、ジュウゾウは何も変わっていない。あの時――――自分達が若かった頃と同じだ。
 苦笑しつつ、グラナが立ち上がり、アリサに言う。
「では、私も帰るよ。アランも向こうで待っているからね」
「はい。ちゃんと食事は取ってくださいね、お婆様。アランにもそう伝えてください」
「ああ。それでは、また会いましょう、《霊王》」
 胸元から何かを取り出して操作し、グラナが光となって消える。
 その光景を見届けたシュウハとコトネが、二人を見て言う。
「では、私は色々とやる事がありますので、これで失礼します。あとはお二人で」
「あたしも、今日は帰る。サキは今日、うちに泊めるからな」
「ちょっと待て! 俺とアリサだけにする気か!?」

「当然です」
「当然だ」

 二人が答える。ハヤトの顔は引きつっていた。



 数分後。二人きりになってしまったハヤトは、とりあえずリビングでアリサにコーヒーを出した。
 受け取ったアリサが、首を傾げる。
「これは?」
「コーヒーだ。そのままでも、これとこれを好きなように入れて飲んでも良い」
 そう言いながら、砂糖とクリームを目の前に置く。アリサにとっては新鮮だった。
 一口飲んで味を確かめる。苦味で顔を歪ませた。
「……結構苦いですね。ネセリパーラでは、飲んだ事がないです」
「そうか」
 コーヒーに砂糖とクリームを少しずつ混ぜながら飲むアリサを見つつ、ハヤトが訊く。
「良いのか?」
「え?」
「許婚の話、アリサはどう思っているんだ? 嫌じゃないのか?」
「確かに、初めて聞いた時は驚きましたけど……でも、相手がハヤトさんだと知って……」
 アリサが少し頬を赤くする。
「……ハヤトさんは、嫌ですか?」
「……良く分からない」
「そうですか……」
「けど……」
 ハヤトが小さくコホンと咳をする。
「……けど、アリサには会えて嬉しいと思った」
「ハヤトさん……」
 ハヤトの耳が少しだけ赤い。それを見たアリサが優しく微笑んだ。
 コーヒーを置き、ハヤトを前にして頭を下げる。
「色々とご迷惑をお掛けすると思いますけど、よろしくお願いします。ハヤトさん」
「……ああ」

 こうして、二人の同棲生活が始まった。



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