アリサと一緒に生活をする事になって、一ヶ月が経った。
 朝の静まり返った道場。ハヤトはそこで、霊力を集中していた。
「…………」
 霊力が手にしている柄へと注がれ、光の刀身が姿を見せる。
 ネセリパーラの技術で開発された模擬刀。ハヤトが素早く振るった。
 風を切り裂くかのように空を斬り、静けさだけが残る。
「……これ位なら安定している。あとは……!」
 目を閉じ、再び霊力を集中する。今度は、先程とは全く桁違いの霊力を解放する。
 ハヤトは続けていた。無限の霊力を全て解放しても、完全にコントロールできる特訓を。
「…………」
「それ位にしておきなさい。ただでさえ、霊力を一定以下で維持するだけでも十分だ」
「――――!」
 声に反応して、霊力の解放を止める。ハヤトは目を開けた。
 いつの間にか、近くまで来ていたシュウハが溜め息をつく。
「ネセリパーラから帰って来て以来、妙な事をしていると思いましたが、そう言う事か」
「…………」
「確かに、全霊力を完全にコントロールできれば、《霊王》と《覇王》の力もコントロールできるだろう。
 しかし、それはあくまで憶測だ。確実じゃない」
「分かっている」
 ハヤトが拳を強く握る。
「ただ、俺はあの時の感覚を手に入れたい。あれなら、じじいにも勝てるはずだ」
「感覚、か。なるほど、”聖域(=ゾーン)”の事か」
 シュウハの言葉に、ハヤトが目を見開く。
「”聖域”……!?」
「主に集中力や全感覚が研ぎ澄まされた状態だ。お前は、その状態を無意識のうちに入ったようだな」
「……そうか、だからあれだけの……」
 自分でも信じられないほどの力を引き出していた。その正体を今、ハヤトはようやく知った。
 シュウハが頷き、胸のポケットから封筒を取り出してハヤトに渡す。
「これは?」
「遊園地のチケットだ。それで、少しはアリサさんとデートでもしろ」
「デート?」
 ハヤトが首を傾げる。溜め息をつきつつ、シュウハが話す。
「一緒に暮らし始めて一ヶ月。何の進展も無いとは思わなかったからな。お陰で、俺が姉さんに怒られた」
「…………」
「少しは、修行以外の事を考えろ。そうしないと、姉さんに殴られますよ」





宿命の聖戦
〜Legend of Desire〜



第二部 新たなる敵

第二章 笑うと言う事


 昼。学校の屋上で、ハヤトは昼食も取らずに溜め息をついた。
 シュウハに渡された遊園地のチケットは、まだアリサに見せていない。
「…………」
 正直、どうすれば良いのか分からない。それが、ハヤトの答えだった。
 チケットをアリサに見せて誘うのは簡単だろう。アリサなら、きっと行くと言うに違いない。
 しかし、問題はそこではない。
「……そもそも、デートって何をすれば良いんだ……」
 それが問題だった。
 幼い頃から無限の霊力を制御する為、日々修行していた。
 そして、周囲から避けられ続けていた。デート以前に、誰かと遊ぶと言う経験はほとんど無い。
「そう言えば……」
 ふと、思い出す。サエコの事を。
 サエコとも出掛ける等と言った事はほとんどしていない。
「……分からない事が多過ぎる。くそっ……」



 同時刻。ハヤトに遊園地のチケットを渡し終えたシュウハは、その事を姉であるコトネに報告した。
 煙草を吹かしながら、コトネがふん、と鼻を鳴らす。
「お膳立てする必要は無いだろう」
「いやはや、こうでもしないと、ハヤトは動きそうにありませんので」
 そう言いつつ、シュウハが考え込む。
「しかし、そう言った経験も何も無いハヤトが、彼女を誘うとは思えませんが……」
「大丈夫だろう。今のあいつなら、どうにかするだろう」
 そう、以前のハヤトであれば、チケットを貰っても捨てていただろう。
 しかし、今は違う。少なくとも、捨てると言う選択はしないはず。
 問題は、ハヤトがアリサをどう誘うか。
「あとは、ハヤトが考えないといけない事だよ。あたしらは、それを見守るだけだ」
 コトネの言葉に、シュウハが頷く。



 放課後。クラスメイトのほとんどが帰ろうとする中、ハヤトは意を決した。
 席を立ち上がって、とある席まで移動する。学級委員である片桐美香の席だ。
 美香がハヤトを見て、首を傾げる。
「神崎君、何か用?」
「……片桐に話がある」
「話?」
「……できれば、周りに誰もいない方が助かる。良いか?」
「え……!?」
 美香の目が大きく開く。予想していない事だった。
 誰もいない所で――――つまり、二人きりで話したい事。
 それは、彼女にとっては何度か経験のある事、告白だ。
 そう思った美香の頬が少しずつ赤くなりつつ、首を縦に振る。
「い、良いよ……。じ、じゃあ、屋上で……?」
「分かった。先に行っている」
 そう言って、ハヤトが立ち去る。美香はまだ信じられなかった。
 来るとは思っていなかった、まさかのハヤトとの屋上で待ち合わせ。
(ど、どどどどどど……どうしよう……!? 告白だったら私、どうすれば……)
「美香、何やってるの? 帰るわよ」
「ひゃうっ!?」
 話し掛けてきた御堂えんなに驚く。その反応を見たえんなが首を傾げる。
「何よ、その反応……何かあったの?」
「え!? う、ううん、そんな事……」
「正直に言いなさい?」
 えんなのどこか怖い笑顔に、美香は頷いた。



 屋上。空を見上げて待っているハヤトの元に、美香がその姿を現した。
 美香から話を聞いたえんなは、アリサを連れて屋上の入り口近くに隠れる。
「えんなさん、どうして隠れるんですか?」
「静かに。今から神崎が美香に告白するらしいから」
「告白……?」
 アリサがハヤトの方を見る。どこか不安があった。
 いくら、勝手に決められた許婚と言う関係とは言え、複雑だった。
 様子を見ている二人とは裏腹に、美香の姿を確認したハヤトが彼女に頭を下げる。
「時間を取らせてすまない」
「う、ううん……そ、それで、話って……?」
「ああ……」
 ハヤトが若干目を逸らしながら言葉を詰まらせる。美香の心は穏やかじゃなかった。
 これが本当に告白だとしたら、自分はどう返事をしようか、それだけで頭が一杯になっている。
(どうしよう……神崎君はカッコいいし、成績とかもトップだし、私としても気になる人だけど……)
 まだ告白されてもいないのに戸惑う。そんな美香を見ないまま、ハヤトがついに言葉を発した。
「……で」
「……で?」
「……デートって、どうすれば良い? それ以前に、どう誘えば良い?」
「……え?」
 美香がポカン、と唖然とした表情になる。話と言うのは相談だった。
(こ、告白じゃなかったんだ……)
 内心、ほっとした反面、残念な気持ちがある。首を横に振って美香が訊く。
「……え、えっと……だ、誰を誘うの?」
「……アリサを。従兄に遊園地のチケットを渡されたが、どう誘えばいいか分からない……」
「そ、そうなんだ……」

「あれ? 告白じゃないっぽい?」
「そうなんですか?」
「うん。美香の顔からして違うみたい」

 屋上の入り口近くから二人を見ていたえんなとアリサの会話。実は、ハヤトは二人がそこにいる事に気づいていた
 しかし、何もしないで黙っておく。美香が少し困ったような顔で答える。
「えっと……デートって思わないで、普通に誘ってみたらどうかな?」
「普通に?」
「うん。この前皆で遊びに行った時みたいな感じで」
「……そうか」
 そして、ハヤトが入り口の方へと歩き出す。美香はその行動に目を疑った。
 入り口近くに隠れているアリサとえんなの二人を見つけ、声を掛ける。
「アリサ」
「は、はい!?」
「って、気づいてたの!? いつから!?」
「最初からだ。それで、アリサ」
 ハヤトがポケットに入れていたチケットを取り出す。
「……シュウ兄から貰った。一緒に行かないか……?」
「え……?」
 唖然とするアリサ。チケットを見たえんなが驚く。
「これ、フリーパス付きじゃない。こんなの普通貰える?」
「……貰ったから見せている。ダメか?」
「……いえ、ありがとうございます」
 アリサが微笑む。それを見たハヤトがつられて少しだけ笑った。
 二人のそんな姿を見て、美香は思った。「自分では釣り合わない」と。
「……最近、神崎君が少しずつ柔らかくなった感じがしたのは、アリサさんのお陰だったんだ」
「みたいね。ま、そう落ち込まなくて良いわよ。美香には他に良い相手見つかるから」
 いつの間にか隣に移動したえんなが、美香に優しく言う。美香は、どこか残念そうに目を閉じながら頷いた。
「……うん。ありがとう、えんな」



 数日後。日曜日、晴天と言う状況を選んで、ハヤトはアリサと出掛けた。
 ハヤトにとっては、数回だけ来た事のある場所。アリサにとっては、初めて来る場所。
 遊園地の入り口で、アリサがやや驚いている。
「凄いですね……ここが遊園地、ですか?」
「……ああ。俺もあまり来た事はないがな」
「え?」
「……こう言った場所は、行事くらいでしか来た事がない。あとは……」
 あとは、無理やりサエコやシュウハ、コトネに連れて来られた程度だけ。そう、ハヤトが言う。
 だからこそ、ハヤトには分からないのだった。ここへ一緒に来て、どうすれば良いか。
 ハヤトの言葉に、アリサが優しく微笑み、その手を握る。ハヤトが目を見開いた。
「……!」
「大丈夫です。一緒に回るだけでも私は十分ですから」
「しかし……」
「少しずつで良いと思います。少しずつ、何をどうすれば良いか分かれば……」
「…………」
 アリサの言葉に、ハヤトが小さく頷く。
「そう……だな……」
「はい。行きましょう、ハヤトさん」
「……ああ」
 二人が歩き出す。手を握ったまま。
 そんな二人の様子を遠くから見ていた三人がいた。美香、えんな、陽平だ。
「そっか……だから、神崎君はアリサさんを誘うのに悩んでたんだ……」
「性格、と言うよりは別の事情がありそうね」
「……それで、なぜ俺達もここにいるのだ?」
 陽平のふとした疑問に、美香とえんなの二人がニヤリと笑みを浮かべる。
「だって、二人がちゃんとデートできるか気になるよね?」
「そうそう。いざと言う時は、神崎にアドバイスをするのよ」
「そうなのか?」
「そうなのよ! ほら、早くしないと二人を見失うでしょ。行くわよ、陽平!」



 ハヤトとアリサは、二人でとにかく遊園地の中を見て回っていた。
 時折、アリサが気になる遊具を見つけては、それに乗って二人で楽しむ。その繰り返し。
 楽しむアリサの笑顔を見ていたハヤトは、少しずつ、穏やかな表情を見せていた。
「ハヤトさん」
 歩き疲れ、ベンチに座った際、アリサが話し掛ける。
「何だ?」
「楽しいですか?」
 アリサの突然の質問に、ハヤトが軽く頷く。
「……ああ。この感情が楽しいって事なら、楽しいんだと思う」
「そうですか。私も楽しいです」
 そう言うアリサに、ハヤトは目を見開いた。
 楽しい。今、自分の中にある感情が楽しいと言う感情。それは、今まで分からなかったもの。
 同時に、ハヤトは歯を噛み締めた。それを見たアリサが驚く。
「ハヤトさん……?」
「……もっと早く知りたかった」
「え……?」
「サエコは、俺にこの感情を教えたかったはずだ……!」
 どんな時も笑顔で、一度も自分を避ける事すらしなかったサエコ。自分のせいで死なせてしまったサエコ。
 サエコは、自分に楽しいと言う感情を――――笑顔になる事を教えたかったはず。
 それなのに、自分はサエコに何もしてやっていない。そんな罪悪感がハヤトにはあった。
「……俺はサエコに……あいつに何もしていない。今日みたいに、一緒にここへ来た時も、それ以外にも……!」
「ハヤトさん……」
「もっと早く知っていれば……俺があいつと向き合っていれば、サエコは……」
 死なずに済んだ。そう、ハヤトは思った。
 そう思い、悔やむハヤトを見て、アリサはゆっくりと首を横に振った。そしてハヤトを抱き締めた。
 ハヤトが目を見開く。アリサは静かに話し始めた。
「そんな風に思わないでください。サエコさんの為にも」
「サエコの為にも……?」
「はい。私には昔のハヤトさんの事は分かりません……けれど、こうして笑顔になれるのは、サエコさんのお陰です。
 サエコさんがいなかったら、ハヤトさんはまだ笑顔になれなかったと思います」
「…………」
「だから、そんな風に思っては駄目なんです。サエコさんだって、そんな事思ってもいません」
「…………」
 ハヤトの目から涙が零れる。ハヤトは黙って頷いた。
 サエコがいたから、今の自分がいる。サエコが一緒にいてくれたから、今の自分がいる。
 そして、その事をアリサが教えてくれた。



 この時、ハヤトは思った。もう失ってはいけないと。



 それが、サエコに今の自分ができる、せめてもの罪滅ぼしなのだと――――



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