眼鏡を外し、その高い霊力を抑えていたシュウハが男と戦う。
 しかし、男は強かった。否、男が具現化した霊力の剣に太刀打ちできなかった。
 模擬刀を砕かれたシュウハが舌打ちする。
「……まさか、この俺がここまで苦戦するとはな」
 男の霊力の高さは、自分よりも劣る。この強さはやはり、放たれる闇なのだろう。
 闇の力を持つ人間。怨霊機と呼ばれる存在に選ばれていない人間が強いのは、これが原因か。
 そう思った瞬間、シュウハは疑問を抱いた。なぜ、この男は闇の力を持つのか、を。
「さて、どうしたものか……」

 ――――オオオォォォォォォッ!

 聞こえてくる声、そして今まで感じた事もない強大な霊力。シュウハの隣をハヤトが駆け抜けた。
 その素早い動きに、シュウハが口元を歪ませる。
「……”聖域”に入ったか。あとは頼むぞ」





宿命の聖戦
〜Legend of Desire〜



第二部 新たなる敵

第五章 結ばれる二人


 赤い瞳の男とぶつかるハヤト。その霊力を感じた男は、一瞬だけ目を見開いた。
 先程とは全く違う、とてつもなく巨大な霊力。それを完全に解放しつつも暴走していない。
 ハヤトが霊力を集中させる。
「おおおッ!」
 放つ。男は剣で受け止めた――――が、その凄まじい霊力に、ジリジリと後ろに押されていた。
 男を前に、ハヤトが言う。
「お前には負けない。シュウ兄やコト姉、アリサは……皆は俺が守る!」
「……面白い。だが、俺に勝てると思うなァァァッ!」
 男が禍々しい闇の力を解放し、それを剣に集中させる。
「暗黒空絶斬ッ!」
 放たれる衝撃波。ハヤトは霊力で受け止めたが、呆気なく吹き飛んだ。
 しかし、拳に霊力を集中させ、それを使って大地に上手く着陸する。
 霊力を使った受け身。ハヤトはさらに霊力を集中させる。



 細身の男を前に、コトネが拳に霊力を集中させる。
 が、細身の男は全く動こうとしない。コトネが警戒しつつ訊いた。
「戦う気あるのかい、あんた?」
「ありますよ。しかし、それは”今”ではありません」
「何?」
「私がここにいるのは、彼――――《霊王》の強さを知る為」
 そう、強大な力を持ったハヤトが、どこまで赤い瞳の男と戦えるかを知る為。
 だからこそ、今は戦わない。コトネがふん、と構える。
「ハヤトがあの男に勝てないって言いたいのかい?」
「そうです。あなたも見たはずです。あの者の霊力による剣を」
 その言葉に、コトネはハヤトの方を見る。
 霊力で具現化された剣をもった男に、ハヤトでは全く歯が立っていない。
 しかし、同時にそれは違うと分かった。
 ハヤトは何かをまだ隠している。いや、やろうとしている。



 ハヤトの戦い方を見たシュウハは、その動きに驚いていた。
 吹き飛ばされた直後に、霊力を使った受け身で身を守る。あれは、意識していないと無理だ。
 しかし、ハヤトの戦い方は違う。ハヤトは無意識でそれを行っている。
「なるほど、あれが”聖域(=ゾーン)”か……」
 人間には、本能的に動く無意識の動作と頭の中で考えてから動く有意識の動作がある。
 基本、この二つの動作は全く別々で行われる事が多い。
 しかし、この無意識と有意識が合致した状態こそ、”聖域”に入ったと言う証拠だ。
 研ぎ澄まされた集中力により、瞬時の判断と動作の無駄が無い領域。
 だからこそ、シュウハには分かる。ハヤトは赤い瞳の男を倒す方法を何か思いついている。
「流石は《霊王》か。”聖域”の領域に入った事で、霊力の練成も申し分ない」
 と、ハヤトの様子を見て老人が口を開いた。シュウハが頷いた。
「ええ。どうやら、あの敵を倒す方法は考え付いているみたいです。それで、あなたは?」
「私の事は、この一件が終わった時に話そう」
 まだ、何者なのか答えない老人だった。



 赤い瞳の男との戦いで、ハヤトは霊力を集中させ続けた。
(思っていた以上に時間が掛かるか……)
”聖域”と同じで、これはコツを掴むしかない。そう、ハヤトは思った。
 赤い瞳の男が、闇の剣を振り上げる。
「そろそろ終わりにするか。覚悟しろ、《霊王》!」
 闇の力が剣に集中される。ハヤトは前に出た。
 振り下ろされる剣を前に、今まで集中させ続けていた霊力を解き放つ。そしてイメージした。

 相手にできて、自分にできない訳が無い。

 剣を受け止める霊力。それを見た男が目を見開く。
 霊力による光が形を作り出し、具現化する。それは、赤い瞳の男と同じだった。
 光り輝く剣――――霊力によって具現化された剣が、ハヤトの手元に出現したのだ。
「何……!?」
「随分時間が掛かったが、これで俺の勝ちだ。もう、お前じゃ俺には勝てない」
「ふざけた事を!」
 距離を取り、男が剣を振り下ろす。
「暗黒空絶斬ッ!」
 放たれる衝撃波。ハヤトは剣で受け止め、見事に防いだ。
 男の目が見開かされる。具現化した剣に、ハヤトの霊力が集中する。
「うぉぉぉおおおおおおッ!」
 振り下ろす。剣から無数に赤い光が放たれ、男を呑み込み、吹き飛ばした。



 ハヤトの戦いを見て、コトネがふっと笑みを浮かべる。
 霊力による剣の具現化、そして赤い瞳の男を吹き飛ばした一撃。
 それは、神崎家に代々受け継がれた剣術には無い、ハヤトだけの技。
「”凱歌・閃”……」
 代々受け継がれた剣術――――身華光剣術と呼ばれる剣術の秘義、”凱歌・閃”。
 使用する人間によって異なり、絶大的な強さを誇る技。
 細身の男が、赤い瞳の男が吹き飛ばれた姿を見て、目を見開いた。
「まさか、霊力の具現化をあの土壇場で実現させるとは……」
 流石に、こればかりは予想出来ていなかった。
 これが《霊王》の強さかと痛感する。コトネが口を開く。
「どうやら、こっちの勝ちのようだね。あんたはどうする気だい?」
「……流石に、これは分が悪いですね。ここは退かせて頂きます」
「逃がさないと言ったら?」
「無駄ですよ。私には、《霊王》ですらも勝てません」
「じゃあ、試してみるかい?」
 コトネが攻撃を仕掛ける。細身の男は霊力を使って姿を消した。赤い瞳の男、金髪の男と共に。
 舌打ちするコトネ。それと同時に、ハヤトが大地に倒れた。
 それを見たアリサが駆け寄る。
「ハヤトさん! ハヤトさん!?」
「大丈夫だ。あれだけの霊力を使った事による、身体への負荷で気を失っただけだ」
 老人がハヤトに近づき、そう、アリサに言う。そして、ハヤトの体に手を当てた。
 霊力を集中させ、ハヤトに送り込む。
「これで、少しは回復が早いだろう。しかし、”聖域”と霊力の具現化……ジュウゾウの孫にしては出来過ぎだ」
「やはり、祖父を知る方のようですね」
 と、シュウハが近づく。同時に、コトネも近づいていた。
「あんたは何者なんだい? じいさんを知っているって言っても、味方かどうか分からないからね」
「安心しなさい。私は、君達の味方だ」
 老人が二人を見る。シュウハとコトネは、老人の姿に息を呑んだ。
 祖父とは違うが、強い力の持ち主。生半可に戦いを挑めば負ける。そう思わせる雰囲気。
 手に霊力を集中する老人。その手には、炎が宿った。
「私はラダンド=ノベイル。かつて、ジュウゾウと共に戦った《炎獣》の霊戦機操者だ」
 老人の言葉に、二人は目を見開いて驚くのだった。



 目を覚ますと、自分の部屋にいた。ハヤトは頭の中で記憶を整理する。
 謎の敵との戦い、”聖域”に入った事、霊力で剣を具現化した事、秘義を編み出した事。
 そこまでは覚えているが、それから先の記憶が無い。つまり、気を失っていたのだろう。
「…………」
 途端、空腹感に襲われる。ハヤトは立ち上がった。
 時計を見ると、夜中の二時を回っている。流石に誰も起きていないだろう。
「……適当に食べれば良いだろう」
 そう思いつつ、リビングへ向かい驚く。テーブルには幾つもの料理が並べられていた。
 そして、テーブルに突っ伏して眠ってしまっているアリサの姿。
「まさか、起きていたのか……?」
 いや、料理の冷たさから結構時間は経っているはず。
 しかし、アリサは待っていた。自分が起きるのを。
 頭を掻きつつ、自分の部屋に戻る。そして、毛布を持って戻って来た。
 眠っているアリサに被せる。すると、その反動でアリサが目を覚ました。
「ん……ハヤト……さん……?」
 薄らと開いた目で周囲を見るアリサ。ハヤトの姿を見て、ハッと立ち上がった。
「ハヤトさん! 目を覚ましたんですね!」
「ああ。どれ位起きていたんだ? 俺の事は気にせず寝ていれば良かったのに」
「そんな……もし目を覚まして、お腹が空いていたらと……」
 そう言いつつ、冷めた料理を手に取るアリサ。
「それに、私にはこれ位しか出来ませんから……」
「……?」
「ハヤトさんが戦っている時、私はただ……怖くて何もできませんでした……。
 ごめんなさい……戦うハヤトさんの役に私は……」
「……!」
 ハヤトが目を見開く。アリサの瞳から、涙が流れている事に気づいて。
 自分の役に立てない、そんな風に思っている彼女の涙を、ハヤトはそっと拭った。
「そんな風に思わなくて良い」
「でも……」
「良いんだ。側にいてくれるだけで良い」
 アリサの持つ料理を戻し、やや躊躇いつつも抱き締める。
 ハヤトの手は、少し震えていた。アリサが目を見開く。
「ハヤトさん?」
「……正直、勝てないと思った。けれど、守りたいと思った。守るって強く願った。
 だから、俺は奴らをどうにかできた。アリサを守る事ができた」
「…………」
「側にいてくれれば、それで良い。失いたくない。本気でそう思った……!」
「ハヤトさん……」
 アリサがハヤトの背中に手を回する。
「……ありがとうございます」
「ああ……」
 互いの瞳を見つめる。そして、ついに二人は初めてのキスを交わした。



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