朝。生活する事になり、割り当てられた部屋でアリサは目を覚ました。
 時間は午前七時前。まだ、少し眠気が残っている。
「…………」
 唇を指で軽くなぞり、夜中の事を思い出す。
 ハヤトと初めて交わしたキスの感触は覚えている。そう思ったアリサは頬を赤らめた。
「ハヤトさん……」
 顔を思い出すだけでも、恥ずかしくなってしまう。そんなアリサが、ベッドから起き上がる。
「朝ご飯作らないと。あっさりした物が良いかしら……?」
 夜中に夕食を食べたハヤトだ。ちゃんとした朝食を作っても食べれるかは分からない。
 そんな事を思いつつ、アリサは台所へ向かうのだった。





宿命の聖戦
〜Legend of Desire〜



第二部 新たなる敵

第六章 守る為の決断


 ハヤトはアリサが起きる一時間ほど前から目を覚ましていた。
「……っ!」
「動きが遅いよ!」
 そして、朝早くからハヤトに呼び出され、修行を付き合うコトネとシュウハ。
 コトネの体術の前に、苦戦させられるハヤト。二人の修業を見つつ、時計を見るシュウハ。
 ハヤトが霊力を右手に集中させる。コトネの拳を避けつつ、それを解き放った。
 霊力が具現化され、剣となって右手に現れる。シュウハが時間を確認した。
「二十分ジャスト、と言った所ですね」
「……二十分か……”聖域(=ゾーン)”の方は?」
「”聖域”は十三分と言った所です」
「…………」
 霊力で具現化した剣を消す。集中力が切れ、ハヤトは肩で息をし始めた。
 コトネ、シュウハを呼び、実戦を行いつつ”聖域”、霊力の具現化を実現させる。
 それが、ハヤトが二人に頼んだ修行だった。コトネが息をつく。
「昨日の今日で、簡単に出来る代物じゃないだろ。時間は短くなったみたいだけどね」
「……もう一度だ」
「いえ、今日はここまでです。流石に、限界だと思いますよ」
 そう、シュウハが言った途端、ハヤトの腹から音が鳴る。ハヤトは目を見開いた。
「…………」
「霊力は体力を消耗させます。それに、かれこれ一時間も修行している訳ですから」
「夜中に起きた時に飯は食べたみたいだけど、完全に消化されたみたいだね」
 ハヤトが自分の手を見る。微かだが、指が震えていた。
 確かに、疲れはある。体力の回復も完璧とは言っていない。コトネがハヤトの頭に手を置く。
「まだ、アリサは寝てるだろうから、久々にあたしが作ってやるよ。何が良い?」
「……任せる」
「相変わらず、張り合いの無いね。少しは食べたい物くらいあるだろ」
「無い」
 その言葉に、シュウハとコトネが軽く溜め息をついた。



 数分後。修行を終えて、リビングへ向かう。香しい匂いがあった。
 起きたアリサが朝食を作り終え、テーブルに並べている。
「あ……おはようございます、ハヤトさん」
 ハヤトに気づき、微笑むアリサ。コトネが話しかける。
「眠くないのかい? 結構遅くまで起きていただろ」
「大丈夫です。いつも起きる時間より遅く起きましたので」
「そうかい」
「…………」
 大丈夫と答えたアリサに、ハヤトが近づき、手を額に当てる。アリサの頬が赤く染まった。
「は、ハヤトさん……?」
「……少し熱がある」
「いえ、これは……」
 戸惑うアリサ。代わって、コトネもアリサの額に手を当てる。
「……熱いね。昨日の事もあって、疲れが溜まってるんだろう。今日はもう休みな」
「いえ、私は……」
「休め。コト姉とシュウ兄もいるから大丈夫だ」
「でも……」
「たまには休め。いつもみたいに笑ってる方が、アリサには似合ってる」
「え……?」
 ハヤトが黙々と並べられている朝食に手を付ける。その耳は、わずかに赤くなっていた。
 それを見たアリサが頷く。シュウハが続けた。
「では、二人とも今日は休みと言う事で手配しておきます。ハヤト、お前もそれで良いな?」
「いや、俺は学校に行く。話しておかないといけない奴がいる」



 昼。時間帯では、昼休みの時間。ハヤトはいつも通り、学校の屋上にいた。
 そこに現れた、陽平。ハヤトを見つけて近づく。
「怪我の方はどうだ?」
「問題無い。ただの打ち身と擦り傷程度だ。えんなと片桐も平気だ」
「そうか」
 陽平の言葉に、ハヤトが溜め息をつく。
 陽平が言うには、ハヤトが気を失った後、コトネとシュウハが色々と手配したらしい。
 操られていた人間達は、遊具の故障で発生した謎の怪音波によって意識を失ったとしている。
 ほとんどの人間が即日に退院したらしいが、中にはまだ入院している人間もいると言う。
 確かに、そんな事をテレビでも言っていたなと、ハヤトが思い出す。
「流石に、公になる事だけは避けられなかったか」
「それで……」
 陽平がハヤトに訊く。
「それで、昨日のあれは何だったんだ? 霊力と言うのは、一体何の事だ?」
「……コト姉やシュウ兄からは、何て言われた?」
「『話す事は出来ない。今日の事は忘れろ』と、言われた」
 そう聞いたハヤトが頷く。
「ああ。昨日の事は忘れろ。お前には何も話す事は出来ない」
「何?」
「霊力を持っているとは言え、一般人であるお前には話せない」
「俺を巻き込むからか?」
 陽平の問いに、ハヤトが首を横に振る。
「違う。お前には、その資格が無い。だからと言って、その資格は得られるものじゃない」
 今回の件は、おそらく《霊王》と《覇王》の力が絡んでいる。
 だからこそ、陽平には話せない。陽平はただ、霊力を持っているだけの人間だからだ。
「…………」
 知りたい事が知れない。そんな苛立ちが沸き上がる陽平だったが、それを表には出さなかった。
 ハヤトの表情を見て、陽平は理解していた。ハヤトは何かを背負っている。
 しかし、そんな彼の手助けも出来ない。そう、理解したのだ。
「……話せないなら別に良い。だが、力になれる時は言え。友達として」
 陽平の言葉に、一瞬だけ驚いたハヤトだったが、ゆっくりと頷いた。



 放課後。帰宅したハヤトは、道場の方から霊力を感じていた。
 ここ最近は久々になる、いつも感じている霊力。間違いない、祖父・獣蔵だ。
 それだけじゃない。まだ、コトネやシュウハの霊力も感じられる。
「この霊力は……」
 もう一つ感じる霊力。昨日感じた霊力――――あの時の老人の霊力だ。
 あとでシュウハから教えてもらった、先代の《炎獣》と呼ばれる霊戦機に選ばれた人物。
 そのまま、道場の扉を開ける。四人が集まっていた。
「帰ってきたな」
 と、ハヤトを見て言ったのは、獣蔵だった。その隣に立つ老人が続ける。
「また会えたな、獣蔵の孫……いや、《霊王》よ」
「…………」
「私の事は聞いているだろう。ラダンド=ノベイル、かつての霊戦機操者だ」
 と、老人――――ラダンドが名乗る。ハヤトは頷いた。
 今だからこそ分かる。感じられる霊力はそれこそ高いものではない。
 しかし、燃え盛る炎のような強い霊力。これが、《炎獣》の霊戦機操者。
 獣蔵が笑う。
「しかし、まさか生きていたとはな。あの時、死んでいたと思っておった」
「私も死んだと思った。だが、ディレクスが守ってくれた」
「そうか。それで、何の用じゃ?」
 感動の再会すらない獣蔵に、ラダンドが頷く。
「先日、ジャフェイルに似た霊力を持つ少年に会った」
「ほう、《武神》か?」
「ああ。その時、聖戦が始まったと知り、《霊王》に会わねばと思ったのだ。
 まさか、《覇王》も継承しているとは思わなかったが」
「……ロバート=ウィルニースに会ったのか?」
 と、ハヤトが訊く。ラダンドは頷いた。
「偶然、な。あの少年は私の霊力に気づいていなかったが。まだ、霊力の扱いが完全ではないようだ」
「…………」
「いやはや、話は変わりますが、ハヤトが来たなら丁度良いですね。昨日の敵の事が分かりました」
 シュウハが割り込む。その言葉に、ハヤトが反応した。
 鞄から一枚の書類を出す。
「一般人を操った者、ハヤトの学友と戦った者についてはまだ不明です。
 しかし、ハヤトが戦ったあの男の正体が分かりました。名は、黒鋼雷魔(くろはがね らいま)です」
「黒鋼……奴の親縁じゃな」
 獣蔵の反応に、ハヤトが獣蔵を見る。
「奴?」
「わしが昔戦った《覇王》じゃ。まぁ、普通の人間のはずじゃが」
「はい。調べた限りでは、至ってごく普通の家系です」
 しかし、それでも稀に強い霊力を持って現れる。そう、シュウハが説明する。
 驚くべきは、ハヤトと戦った雷魔が、かつて《覇王》に選ばれた人間と繋がっていた事だ。
 獣蔵が自身の髭を触りながら話す。それを聞いたハヤトが目を見開いた。
「聖戦は終わっていないと言う事じゃな」
「……終わっていないだと? そんな訳が無い!」
 ハヤトが右手の甲を強く握る。
「《霊王》も《覇王》も、俺が持っている。もう終わったはずだ」
 そう、確かに《覇王》だった敵は倒した。しかし、獣蔵は首を横に振る。
「いや、終わってはいない。その証拠に、反応したのじゃろう?」
「……!」
「黒鋼雷魔とか言う男に、二つの王が反応した。そうじゃろう?」
 二つの王の称号の反応。それは、黒鋼雷魔に対して《覇王》が反応したと言う事。
 そして、それに対抗するかのように《霊王》が反応した。そう、獣蔵が言う。
「間違いなく、《覇王》は黒鋼雷魔を新たなる《覇王》として選ぼうとしているのじゃろう。
 だからこそ、戦った時に反応した。違うか?」
「…………」
「聖戦は終わっていない。近いうちに怨霊機が蘇るじゃろう」
 その言葉に、ハヤトが拳を強く握る。同時にアリサの姿が頭を過ぎった。
 黒鋼雷魔の目的は、ハヤトの力を手に入れる事。
 昨日みたいに襲われれば、危険な目に遭う可能性が高いのはアリサだ。
「…………」
 もう二度と聖戦は起こさせない。そう決意したハヤトにとって、誰よりも悔しい思いだった。



 夜。縁側で空を見上げながら、ハヤトは考えていた。
 今の自分では、黒鋼雷魔とまともに戦えない。必要なのは、”聖域”と霊力の具現化だ。
 強くなる必要がある。今よりももっと、誰よりも強く。
「…………」
「ハヤトさん?」
 と、声を掛けられる。ハヤトは声が聞こえる先を見た。
 アリサがいた。近づき、ハヤトの隣に座る。ハヤトがすぐにアリサの額に手を当てた。
「……もう大丈夫そうだな」
「はい。すみません、ご迷惑――――くしゅんっ」
 小さくクシャミをするアリサ。それを見たハヤトが、上着をアリサに被せた。
「着ていろ。今日は冷える」
「……はい。ありがとうございます」
 そして、二人で空を見上げる。星が一つか二つしか確認できない、夜の空を。
「あの……美香さんやえんなさんは大丈夫でしたか?」
 と、少し続いた沈黙を破ったのはアリサだった。アリサの問いに、ハヤトが頷く。
「ああ。操られていた時の記憶も無い」
「そうですか……良かった……」
 安心するアリサ。その表情を見たハヤトは、思わずアリサを抱き締めた。
 突然の出来事。目をパチパチと瞬きさせるアリサ。その時、アリサは気付いた。
 ハヤトの手は少しだけ震えていた。
「ハヤトさん?」
 訊く。ハヤトの顔は、どこか悲しそうだった。
 アリサが腕をハヤトの背中に回し、抱き締める。何も訊かないと決めた。

 抱き締めたまま、時だけが流れる。お互い、何も言う事もなく、ただ抱き締めたまま。
 そして、ハヤトがゆっくりと口を開いた。
「……ネセリパーラに帰れ」
 突然の言葉。アリサが目を見開いて、ハヤトの顔を見る。ハヤトは言葉を続けた。
「昨日の奴は、また俺を狙って来る。俺の近くにいるより、向こうに帰った方が良い」
「ハヤトさん……でも……」
「失いたくないんだ……俺のせいで、誰かをもう傷つけたくない……!」
 ハヤトの言葉を聞いて、アリサは理解した。この人は守りたいのだと。
 あの聖戦によって、失ってしまった人がいる。それがまだ、心の傷になっているのだと。
 だからこそ、自分に帰れと言っている。だからこそ、アリサは思った。ハヤトは優し過ぎるのだと。
 そして、そんなハヤトだからこそ、少しでも力になりたい。
「……分かりました。ネセリパーラへ帰ります」
「ごめん……」
「いいえ……。私の事を想ってくれての事ですから」
 そう言って、二人はずっと抱き締めていた。お互いの事を想いながら。



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