数ヶ月後。ハヤトは以前のハヤトに戻った。それは、誰が見ても分かった。
「…………」
 放課後の屋上で、ただ一人、空を見上げるハヤトの姿。ハヤトは何度も思い出していた。

 アリサと過ごした日々を。アリサが帰ったあの日を。





宿命の聖戦
〜Legend of Desire〜



第二部 新たなる敵

終章 先代と後継者


 ハヤトがアリサにネセリパーラへ帰るよう告げてから数日。
 神崎家の庭に、地球とネセリパーラ間を繋ぐ時空の穴が開いた。
「……どうにか上手くいったな。座標地は自信なかったけど」
 と、姿を見せたのは、アリサの弟であるアランだった。
「婆ちゃんに言われて迎えに来たぜ。時間は無いから、早くしてくれよ」
「いやはや、初対面の相手もいるのに、随分なご挨拶ですね」
「仕方ないだろ、イシュザルトは移動中なんだから、下手するとイシュザルトの外に出てしまうんだよ」
 そう言って、アランがアリサの荷物を受け取る。アリサがコトネとシュウハに頭を下げた。
「短い間でしたが、お世話になりました」
「また来な。いつでも待ってるよ」
「その時は、一度ご連絡を。色々と手配がありますので」
「はい」
 そして、ハヤトに近寄る。ハヤトは何も言わなかった。
 いや、言えなかった。こう言う時、何を言えば良いのか、分からなかったのだ。
 だからこそ、ハヤトは胸のペンダントを外し、それをアリサに渡した。
 アリサがハヤトを見る。少し口籠らせつつ、ハヤトが言った。
「……交換してくれるか? 前にみたいに」
「……はい」
 アリサが胸のペンダントを外して、ハヤトに渡す。二人はしばらくお互いを見つめていた。
 何も言わず、ただ見つめ合うだけ。アランが声を上げる。
「姉ちゃん、時間無いんだよ! このままじゃ、イシュザルトの外に転移しちまう!」
「…………」
 アランの言葉に、小さく頷くアリサ。ハヤトが微かに聞こえるか分からない程度に口を開いた。
「――――」
「……はいっ」
 ハヤトの言葉が聞こえていたのか、アリサが頷く。そして、彼女はネセリパーラへと戻って行った。



 そして今に至る。そんなハヤトを彼女達は遠くから見ていた。
「……流石に話し掛け辛いよね……」
「陽平なら大丈夫でしょ、ほら!」
「無理だ。話し掛けても無視されている」
 と話す三人――――片桐美香、御堂えんな、加賀美陽平。もちろん、ハヤトは気付いている。
 どうすれば良いのか分からない、自分に気を遣ってくれているのは分かっている。
 しかし、そこから先が思いつかない。自分は大丈夫だと伝える方法がない。
 同時に、三人もどう声を掛けようか考えていた。その矢先だった。
「……陽平?」
「何だ?」
 えんなが目を点にする。陽平の全身が少しだが光っていた。
「あんた、何で光ってるのよ……!?」
「む?」
「加賀美君、どうして落ち着いてるの……?」
「別に痛みも何もないからな。何で光っているのかは俺も分か――――」
 フッと消える。まるでそこには最初からいなかったかのように、陽平が姿を消した。
 目の前で起きた事に思考が追い付かなず、目が点になる二人。
「陽平!?」
「加賀美君!?」



 異世界ネセリパーラ。その世界を飛ぶ巨大戦艦イシュザルトの艦内でアリサは走った。
「はぁ……はぁ……」
 息が苦しい。しかし、止まる訳にはいかない。
 駆けつけた先は医務室。そこには、大勢の乗組員と弟の姿。
 そして、ベッドで横たわる祖母であるグラナの姿があった。
「お婆様……!」
 側に歩み寄る。グラナはゆっくりと顔をアリサの方へ向けた。
「アリサ……」
「お婆様、しっかり……」
 グラナの手を取り、ゆっくりと握り締める。その目には、涙が浮かんでいた。
 アリサがネセリパーラへ帰って来てから数ヶ月。グラナの身体は衰えて行った。
 最先端の技術が集まっているイシュザルトで治療を試みたが、それでもダメだった。寿命である。
「……アリサ、ごめんね……またアリサの作った食事を食べてない……」
「いいえ……また、作ります。何度だって作ります……」
「ありがとう……アラン……あなたもごめんね。いつも無茶なお願いばかり……」
「本当だぜ! いっつも婆ちゃんは無茶な事ばっか……!」
 と、アリサの後ろでアランが愚痴る。
「……だから、今度はもう少し楽な事させてくれよ……! 俺、じいちゃんみたいに頑張るからさ……!」
「……ああ。ありがとう……」
 そう言いつつ、グラナが握られた手をゆっくりと握り返した。
「アリサ、もっと素敵な女性になりなさい……アラン、立派な科学者になりなさい……」
「はいっ……」
「おう……!」
「二人とも、仲良く……ね……」
 グラナが目を閉じる。そして、握られた手から力が抜けた。
 二人が目を見開く。浮かんでいた涙が流れ落ち出した。
「お婆様……お婆様? お婆様!?」
「……嘘だろ……。嘘だって言ってくれよ、婆ちゃん! 婆ちゃん……!」
 止まる事無く、溢れ出る涙。二人が大切な家族を失った瞬間だった。



 美香とえんなの声に、ハヤトが動いた。
 唖然とした状態で陽平がいたと思われる場所を指差しながら、えんなが口を開く。
「よ、陽平が……」
「……? 何があった?」
「か、加賀美君が突然消えて……」
 二人の言葉に目を見開く。陽平が突然姿を消した。それは、嘘ではなく本当の事なのだろう。
 ハヤトの額と右手の甲が熱くなり、二つの称号が浮かび上がる。美香とえんなはさらに驚いた。
「ちょ、それ……!?」
「か、神崎君、それって……!?」
「……っ!?」
 二つの称号が反応し、身体に激痛が走る。ハヤトは霊力を集中させた。
 驚く二人を前に、右手に霊力を集め、それを使って二人の額に軽く当てる。
 二人が気を失い、その場に倒れる。ハヤトが舌打ちした。
《霊王》と《覇王》、二つの王の称号を一般人に見られてしまった。
「……シュウ兄に話しておくか。問題は……」
 二人には夢か何かだったのだと誤魔化すようにするしかない。しかし、問題はそこではない。
 陽平が突然姿を消し、それに反応するかのように二つの王の称号が反応した。
 答えは一つしかない。陽平は”ネセリパーラに行ってしまった”と言う事だ。
「くそっ……! じじいの言う通りか……!」
 拳を強く握り、ハヤトが駆け出す。



 学校を飛び出したハヤトは、自宅の庭でシュウハとコトネを呼び出した。
「急に呼んで悪い。頼みがある」
「頼み? 電話で言っていたご友人の件以外に?」
「あんたが頼みだって?」
 二人が訊く。ハヤトは頷いた。
「……ネセリパーラへ行きたい」
 今度は驚く。ハヤトからの頼み自体、珍しい事なのに加えて、ネセリパーラへ行きたいと言ったからだ。
 ハヤトが話を続ける。
「陽平が姿を消した。片桐と御堂の目の前で。そして《霊王》と《覇王》が反応した」
「姿を消した?」
「ああ。間違いない、陽平はネセリパーラに飛んだ。霊戦機か怨霊機の操者として」
 地球からネセリパーラへ移動する手段は二つ。一つは、神崎家に代々伝わる当主が持つ剣の力。
 そして、霊戦機または怨霊機のどちらかの操者に選ばれる事のどちらかしか存在しない。
 操者としてネセリパーラに飛ばされたのであれば、その答えは一つだった。
「……じじいの言う通りだった。聖戦は終わっていない」
「つまり、あの彼もまた、操者に選ばれたと言う事ですか……」
 確かに可能性はある。ハヤトが拳を強く握る。
「霊戦機と怨霊機が動くなら、今度こそ終わらせる。頼む」
「良いでしょう。しかし、我々が向こうへ行く手段は……」
 シュウハの言葉に、ハヤトが頷く。
「……ああ。じじいが持ってるあの剣しかない」
 思い出す。初めてネセリパーラへ行った時の事を。
 あの時に持たされた剣。あれこそが、地球からネセリパーラへ行ける唯一の手段。
 溜め息をつきながらも、シュウハが「良いでしょう」と口を開いた。
「頼んでみますか、祖父の返答次第でしょうが」
「決まっておる。却下じゃ」
 三人が一斉に振り返る。そこに、祖父・獣蔵の姿はあった。ハヤトが睨む。
「じじい……! 何故だ……!」
「簡単じゃ。黒鋼雷魔の狙いがお前ならば、奴もまたネセリパーラへ向かうはずじゃ」
 手段はともかく、敵の狙いはハヤトの力。ハヤトが動けば、敵も動くだろう。
「今のお前では、黒鋼雷魔には勝てん。だからこそ、ネセリパーラへは行かせぬ」
「…………」
「少なくとも、わしに一撃でも与えられぬ限り、お前はここで修行じゃ」
 獣蔵が言い放つ。ハヤトは「そうか」と返した。
 しかし、ハヤトのその姿に、シュウハとコトネが目を見開く。ハヤトが一気に霊力を放出したのだ。
 持っている霊力を全て解き放ちつつ、暴走する事もなく安定している。
「……だったら話は早い。あんたをぶっ倒せば良いだけだ」
「ほう……”聖域(=ゾーン)”に入ったか」
 祖父がふっと笑みを浮かべ、適当に落ちていた枝を手にする。シュウハとコトネは、ハヤトの急成長に驚いた。
 修行してはいたが、一瞬で”聖域”に入った事は一度も無かった。
 しかし、目の前でハヤトは”聖域”に入った。それも一瞬のうちに。ポケットから柄だけの模擬刀を取り出す。
「手加減はしないぞ、じじい」
「それはわしの台詞じゃ。修行の成果、見せてもらうとするかのう」
 二人が同時に動き出す。その動きは互角だった。
 否、”聖域”に入った事で、ハヤトの動きは格段に上がっている。
 それでも互角なのは、純粋に獣蔵が強いのだ。実力が違う。
 ハヤトの太刀筋を見つつ、獣蔵が距離を置く。
「あの一瞬で”聖域”に入ったのは見事じゃ。しかし……」
 霊力を集中させる。
「それでも、お前はわしの剣は見切れん」
「……!」
 ハヤトが身構える。獣蔵が何をしようとしているのか、それは誰もが分かった。
 獣蔵だけが使える、最強の剣技。まだ、誰も破った事がない必殺技。
「凱歌・閃……」
「――――!」
 獣蔵が枝を振ると同時に、ハヤトも動く。その動きはほぼ互角。
 振り下ろされ、背中合わせになる二人。そこで決着はついた。
 ハヤトの全身に六つの太刀筋が走り、その激痛で片膝を地面につける。
 一振りで六つの斬撃を繰り出す、獣蔵が編み出した身華光剣術の秘義。コトネが舌打ちする。
「やはり、じいさんのあの技には勝てないみたいだね」
「……いえ、そうでもないようです」
 シュウハが言う。そう言われて、コトネも気付いた。
 獣蔵の左の袖が肩から綺麗に切り口が走り、地面にスルリと落ちる。それは、誰よりも獣蔵が驚いていた。
 ゆっくりと立ち上がるハヤトに、獣蔵が訊く。
「……ハヤト、何をやった?」
「飛閃列空斬……」
「何……!?」
 獣蔵が驚く。その名を聞いて、シュウハとコトネも目を見開いた。
「まさか、究極の太刀を……!?」
「全く、いつの間に……」
 身華光剣術には基本、一刀剣技と二刀剣技。そして無手の型として体術がある。
 その中でも、かつて一人だけ編み出し、その者しか使えなかったとされる剣技が存在する。
 身華光剣術・究極の太刀。獣蔵でさえも使えなかった剣術。
「……お主、いつの間に……」
「前々から使えた。身体が追い付かなかいから使わなかっただけだ」
 しかし、”聖域”に入った事で霊力を上手く使い、身体への負荷を少なくすれば可能になる。
 そう、ハヤトが答える。話を聞いた獣蔵は、ふっと笑みを浮かべた。
 自分が知らぬ間に究極の太刀を手に入れ、そして自分の誇る秘義を見破る為に使って来た。
 強くなっている。自分が知らぬ間に強さを手に入れている。
「……良かろう。ネセリパーラへ行くが良い」
「……! 良いのか?」
「正直、究極の太刀はわしも読めんかった。まだ粗削りのようじゃが、黒鋼には対抗できるじゃろう」
 なにより、”聖域”に自らの意思で入れる。それだけでも十分の成果だった。
(問題は”心”の方か……それは、向こうでどうにかするかない)
 もし仮に黒鋼雷魔が《覇王》だったとして、”聖域”に入っただけでは勝てない。
 霊戦機と心を通い合わせる事。《霊王》の力を完全に引き出せなければ、《覇王》は倒せない。
 その問題を解決してからネセリパーラへ向かわせようと、獣蔵は思っていた。
(……まぁ、”心”の方はどうしようもない)
”心”だけは、ハヤト自身の問題。その問題は地球より、ネセリパーラの方が解決するだろう。
 剣を取り出し、ハヤトへ渡す。ハヤトが手にした瞬間、その全身が光り輝きだした。
 シュウハとコトネがハヤトの肩を掴む。
「こうすれば、一緒に向こうに飛べるんだね?」
「ええ。不本意ながら、前例がありますので」
「…………」
 前例――――思い出したくない。そう思いつつも、ハヤトが祖父へと目を向ける。
「じじい」
「何じゃ?」
「…………」
 祖父から視線を逸らす。
「……ありがとう」
 そう言って、姿が消える。剣だけがカランと乾いた音を立てて地面に落ちた。
 剣を手に取りつつ、獣蔵がふっと笑みを浮かべる。
「ありがとう、か」
 ハヤトからは一度も聞く事がなかった言葉。絶対に聞く事はないだろうと思っていた言葉。
 間違いなく、聖戦が――――ネセリパーラでの経験がハヤトを変えた。
 だからこそ思う。ハヤトなら、聖戦を終わらせる事が出来るのではないかと。
「頼むぞハヤト。全世界を救えるのは、お前しかおらんからな」
 剣を強く握りつつ、獣蔵は”後継者”に全てを託した。

 平和への願いを込めて――――





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