ハヤトが《死神》の怨霊機ガルファウストを倒した。
 その姿を見て、歓喜を上げるイシュザルトの乗組員達。副長のロフまでもが喜びを上げている。
「”聖域”に入って、さらに王の力を引き出しただけで倒すなんてね……」
 流石、と言うべきか。彼の強さは先代譲りだ。
 霊戦機の操作と力の引き出し方さえ把握すれば、間違いなく先代を超える。
 先代のあの男が言っていたように、彼には素質がある。
「しかし、問題はこれから……。この状況で怨霊機はどう動くか……」
 王として目覚めようとしている彼を、怨霊機は放っておくわけがない。
「ヴァトラス以外の霊戦機が必要になる、か……」





宿命の聖戦
〜Legend of Desire〜



第一部 はじまりを告げた聖戦

第四章 王都に昇る光


 怨霊機ガルファウストを破壊したハヤトは、ヴァトラスをイシュザルトの格納庫へとすぐに移動させた。
 ヴァトラスがハッチ付近で着陸すると、思い切りコクピットを叩く。
「早く開けろ!」
 そう怒鳴ると同時に、コクピットが開く。ヴァトラスはコクピットの位置まで手を動かした。
 気を失っているアリサを抱きかかえて、ハヤトがヴァトラスの手に乗る。
 格納庫の床へと手を動かすヴァトラス。そこへ集まるメカニック達。
 同じように向かったアランの目が見開かされる。ハヤトが抱きかかえている姉の姿を見て。
「姉ちゃん!?」
 頭から顔へと流れている血。それは、間違いなく姉のもの。
 ハヤトの服の襟元を掴む。
「あんた、姉ちゃんに何したんだよ!? 何で姉ちゃんが怪我してんだよ!」
「頭を打って血が流れただけだ。一応止血はしたから問題はないだろ」
「んな事訊いてんじゃねぇよ! 何で姉ちゃんだけ怪我して、あんたは無傷なんだよ!」
「…………」
 ハヤトは答えない。アランは怒りで歯を強く噛み締めた。
 掴んでいた手を離し、強く握って殴――――ろうとした瞬間、後ろからゲンコツされる。
 予想外の攻撃に頭を抱えるアラン。間違いなく、痛いのだろう。
「やれやれ」と、金髪をおさげにしている少女が呆れる。
「まずは怪我人運びなさいよ。えっと……」
 少女がハヤトを見る。
「名前は?」
「……ハヤトだ」
「私はミーナ=シリーズ。とりあえず、これにアリサを乗せてくれない?」
 そう言って、ミーナと名乗った少女が指をクイクイと動かす。後ろから車輪のついた担架が姿を見せた。
 ミーナの指示通りにアリサを担架の上へ乗せる。アリサを乗せた担架が独りでに動く。
「自動で医務室まで行ってくれるから安心して良いよ。で、君は怪我してないの?」
「していない。もし怪我しても、自分で治療できる」
「へぇ……。と、そうだ。艦長……って言っても分からないか。ここで一番偉い人が話をしたいって言ってたわ」
「……そうか」
「案内は……この戦艦が教えてくれると思うから」
 そう伝える前にハヤトが歩き出す。そんな彼の姿を見つつ、「性格以外は今のところ合格」と呟いた。
「アリサも見る目あるわねぇ……あれで性格良かったら、羨ましい限りかも」
「……ミーナ、何で止めたんだよ!?」
 ようやく痛みが消えたのか、アランがミーナを睨む。ミーナは答えた。
「『地球の人間に危害を加えない』。そう艦長が言ってたでしょ?」
「だからって! あいつは姉ちゃんを怪我させたんだぞ!」
「見た限りだけど、あれはコクピットのどこかでぶつけた感じよ? 戦闘中に揺れたから怪我したと思うけど」
「それでもだ! 俺はあいつを許さねぇ!」
 意外と強情を張るアランを見て、ミーナは「やれやれ」と溜め息をついた。



 機械的な喋り方をする”何か”に案内されながら、ハヤトは艦長室へ辿り着いた。
 ノックも何もせず、構う事無く室内に入る。そこに、一人の老婆とサエコの姿があった。
「ハヤト!」
 サエコがハヤトに駆け寄り、涙を浮かべたまま安堵する。
「良かった……無事だったんだ……」
「……お前の方は?」
「私は大丈夫だよ。ずっとこの部屋にいたし……」
 そして、サエコが老婆の方を見る。ハヤトもそっちへと視線を向けた。
 少しだけ微笑んでいる老婆が、ハヤトを見て口を開く。
「初めまして。言葉は通じますね? 私はグラナ=エルナイド、この戦艦イシュザルトの艦長を務めている」
「……神崎勇人だ。単刀直入に言う。すぐに地球へ帰らせろ」
 ハヤトの言葉に、グラナが首を横に振る。
「それは無理な話だ。元の世界には帰れない」
「何……!?」
 突然部屋が暗くなり、目の前に立体映像が現れる。
 流れているのは、自分が乗った霊戦機と他に数機のロボットが戦っている映像。
「これは今から約五十一年前の戦いの記録。当時、あなたが乗った霊戦機の操者はジュウゾウ=カンザキ」
「ジュウゾウ=カンザキ、だと……!?」
「そう、あなたの祖父です」
 グラナが話を続ける。


 この世界はネセリパーラ。地球とは表裏一体の存在とも言うべき異世界。
 ネセリパーラは今より約一五〇〇年前に誕生したが、それが全ての始まりだった。
 全ての存在を恐怖に陥れる存在――――怨霊機が誕生したのだ。
 当時のネセリパーラ人は、怨霊機に対抗する為に科学を研究し、著しい進歩を遂げた。
 が、それでも怨霊機には対抗できず、著しい科学進歩による大地荒廃の中で、絶望の日々を送っていた。

 そんな人々に、神は怨霊機に対抗できる希望をネセリパーラ人に与えた。それが、霊戦機である。
 霊戦機は地球、ネセリパーラから操者を選び、怨霊機と戦った。


「それが、今も続く戦い。私達は聖戦と呼んでいます」
「……その戦いとじじい、俺に何の関わりがあるんだ?」
「あなたとジュウゾウは、《霊王》と呼ばれる救世主の力を持つ者なのです」


 怨霊機は、ただ破壊の為に誕生したのではない。全ての支配を望む存在が誕生させたのだ。
 その存在を《覇王》。《覇王》は怨霊機に力を与え、全ての存在を絶望に陥れ、支配しようとする。

 しかし、それを阻止し、平和を望む存在がいた。それが《霊王》である。


「《霊王》と《覇王》の戦い……それが、この世界で起きている聖戦。
 あなたは、その二人の王のうちの一人・《霊王》の血を継ぐ者なのです」
「だから、俺がこの世界に来たって事か?」
「ええ。あなたが乗った霊戦機ヴァトラスは、あなたを《霊王》と選んだのです」
 怨霊機を――――《覇王》を倒す為に、霊戦機ヴァトラスはハヤトを選んだ。
 それを聞いたハヤトが「ふざけるな」と口を開く。
「この世界で起きている事に、何で俺が首を突っ込む必要がある? 俺には関係ない」
「関係あるのですよ、《霊王》。この世界で起きた事は、必ず地球にも影響を及ぼします」
「何……?」
「地球とネセリパーラは表裏一体。この世界が滅べば、地球も滅ぶ。
 つまり、《覇王》による支配が成されれば、地球も《覇王》によって支配されてしまう。
 敵による支配がどう言うものかは、ヴァトラスから聞いているはず」
「…………」
 支配と言う名の絶望。そう、ヴァトラスは言っていた。
 歯を噛み締め、グラナを睨む。
「ヴァトラスって言ったな? あのロボットは何だ!?」
「霊戦機と言う、私達に残された希望。私達のように意思を持った存在です」



 医務室。そこでアリサはゆっくりと目を開けた。
 ぼんやりと見える天井。椅子に腰掛けて看ていた金髪の少女に「起きた?」と訊かれる。
「ここ、どこか分かる?」
「……イシュザルトの医務室……ですよね、ミーナさん?」
「正解。どうやら大丈夫みたいね」
 アリサが頭に「?」を浮かべる。
「私は一体……?」
「ハヤトって人と一緒に霊戦機乗って怪我したのよ。覚えてない?」
「いえ……強く頭を打った気はしましけど……」
「と言うか強く打ったのよ。それで怪我したんだけど、上手く止血されてた」
「止血……誰がですか?」
「だから、ハヤトって人。怪我した部分に霊力を当てて、止血したのよ。どうやってかは、全く分からないけど」
 そして、今までの経緯を全て話す。アリサはゆっくりと自分の頭に手を触れた。
 巻かれている包帯の感触。自分は怪我をしてしまい、彼に迷惑を掛けたのが分かる感触だ。
「……私は、迷惑を掛けてしまったんですね……」
「そう思うなら、どうして一緒に乗ったの?」
「それは……」
 途端、アリサが口篭もる。少し頬を朱色に染め、小さい声で答え始めた。
「……放っておけない……そんな感じになってしまって……」
「放っておけない?」
「はい……。よく覚えてないんですけど、ハヤトさんの瞳はどこか知ってる気がして……」
「それで放っておけなかったと。ほうほう……」
 ミーナの頬がニヤつく。初対面の相手をそこまで意識するアリサはかなり珍しい。
「残る問題は彼の方と……」
「え?」
「いや、こっちの話」
 ミーナ言葉に、「?」を浮かべるアリサだった。



 艦長室。グラナからある程度の説明を受けたハヤトは、それでも戦う事を拒んだ。
「俺は戦わない。地球に帰してもらう」
「それは無理な話です。聖戦を終わらせない限り……」
「関係ないな。聖戦とか訳の分からねぇ戦いに、わざわざ首を突っ込む筋合いはない」
 その一点張りに、グラナが眉間にシワを寄せる。ハヤトはかなり強情だった。
 あの男はとんでもない人間を後継者にしたようだ。そう思うと溜め息が出てしまう。
 グラナの様子を見ていたサエコがハヤトに言う。
「ハヤト、困らせたらダメだよ」
「サエコは黙ってろ。誰も困らせていない」
「困らせてるよ! 聖戦とかあまり分からないけど、帰る事ができないなら……」
「帰る。こんな世界で死ぬのはごめんだからな」
『ふん、それが本音か』
 突然、艦長室のドアが開く。短い青髪の青年がハヤトを睨んでいた。
 グラナが深い溜め息をつく。
「立ち聞きしていたようだね、アルス?」
「ああ。そこの操者様が気になってな」
 アルスがハヤトに拳を突きつける。
「やはり俺はテメェを”王”だなんて認めねぇ。だからこそ、テメェをぶっ倒す」
「…………」
「俺と勝負しやがれ。お前を倒して、俺が誰よりも強い事を証明してやる」
 挑戦だった。ハヤトが鼻で笑う。
「無理だ。お前じゃ俺には勝てない。いや、俺に勝てる奴はいない」
「言うじゃねぇか……! だったら、この勝負受けるな?」
「その気はない。それに、やればテメェが惨めに負けるだけだぞ」
「んだと!?」
「待ちなさい」
 グラナが止める。その表情は、今までと全く違っていた。
 子供を叱るような目。そして、大人と言うものを叩きつける重圧。
 そんなグラナの姿を見て、アルスは奥歯を噛み締めて堪えた――――が、ハヤトは変わらずだった。
「《霊王》……いえ、ハヤト=カンザキ様、あなたの意見を聞きたい」
「勝負しても無意味だ。だが、言っても分からないなら、実力で分からせてやる」
「そうですか。では、アルスの希望通り模擬戦闘を行って頂きます」
「よし、だったら……!」
「ただし」
 グラナの視線が二人を鋭く捉える。
「行うのは王都へ戻ってから。それで良いかな、アルス?」
「……ああ。こいつと勝負できるならな」



 闇に覆われた地。そこで、一体の存在が目覚めた。
 雄々しい翼を持つ怨霊機。それを見ていた男が口を開く。
『ようやく最後の一体が目覚めたか。あとは、これに乗る操者だけだ』
『しかし、ガルファウストが倒された今、七機全て揃う事はなくなったぞ』
 片腕に龍の頭部を持った怨霊機に乗る操者が言う。男は鼻で笑った。
『関係ない。要は、”王”である私が《霊王》を殺せば良いのだ』
 男の乗る怨霊機が低い唸りを上げる。
『まずは、この怨霊機に相応しい操者を乗せる事だ。任せるぞ、《黒炎》よ』
『はい。任されましょう』



 巨大戦艦イシュザルトは、霊戦機ヴァトラスが封印されていた神殿から移動した。
 荒れ果てた大地では考えられないほど発達している町並みが目立つ場所。
 それが王都アルフォリーゼ。そうハヤトとサエコにグラナが説明した。
「そなた達が地球の人間ですね? 私はガイラル=キングス=アルフォリーゼ。この国の王を務めています」
 そして、今二人がいるのは王都の中心に建つ城の玉座。
 ハヤトが国王を睨むかのような眼光で見つつ、訊く。
「俺達をここに連れてきたのはなぜだ?」
「貴様、国王の前で何たる口の利き方をしている!」
 途端、国王の隣に立っていた兵士が槍を突きつける。サエコが驚いてハヤトの腕を掴む。
 しかし、ハヤトは全く動じない。国王が兵士を制した。
「構いません。相手は地球の方々です、武器を下ろしなさい」
「は、はぁ……」
「申し訳ありません。兵が失礼をしました」
「別に良い。で、俺達をここに連れてきた理由を話せ」
「うむ。そなた達に霊戦機について聞きたいと思い……」
「霊戦機についてだと? 聞きたいのはこっちだ。霊戦機とは何か、そして前の聖戦についてもな」
 怨霊機と言う存在から世界を救う為に現れた希望。だが、それだけでは納得がいかない。
 なぜ霊戦機が希望なのか、なぜ怨霊機と互角に戦えるのが霊戦機だけなのか。
 そして、祖父が経験した聖戦とは何か。それがハヤトの中にある疑問。
 ハヤトの問いに戸惑う国王。兵が再び槍を突きつけようとした時、一人の老人が姿を見せた。
「前の聖戦についてなら、私から話そう。今の《霊王》……霊戦機ヴァトラスの操者よ」
 整った白く長いひげが特徴的な老人。国王が「おお……」と声を上げる。
「ジャフェイル殿、お体の具合は如何なものでしょうか?」
「心配をかけましたな、国王。お蔭様でこの通りです」
 そう言って、ジャフェイルと呼ばれた老人がハヤトへと視線を向ける。
「私はジャフェイル=シュクラッツ=オードニード。君の祖父ジュウゾウの友人だ」
「……前の聖戦について話せ」
 相変わらずのハヤトに対し、サエコが「ハヤト!」と叱る。
「ちゃんと名前を言わないと! あの……私は三嶋冴子です」
「……神崎勇人だ。前の聖戦について話してもらう」
「そう急かさないでくれたまえ。前の聖戦については、まず君に見せたいものを見せてから話そう」
「……良いだろう」
 その言葉に、ハヤトは軽く頷いた。



 イシュザルトの格納庫。ここで、アランは霊戦機ヴァトラスの解析不明な箇所に頭を抱えていた。
 霊力機を怨霊機と互角に戦えるパワーアップを施したいが、どうも上手くいかない。
 だからこそ、霊戦機ヴァトラスを調べているのだが、結果は無意味に終わった。
「くそ、霊力機のパワーアップ計画は無駄に終わるのかよぉ……」
「流石に無理でしょうね。アランが一人で設計した霊力機は、これが限界と言う事よ」
 霊力機のデータを見つつ、隣で艦長――――グラナが言った。
「霊戦機は操者次第で強くなる。いくらデータを取っても、無駄になるだけ」
「無駄って……じゃあ、どうやっても霊力機じゃ怨霊機には太刀打ちできないって事かよ」
「今は、そうなるでしょうね」
「だよな。一番出来の良いウォーティスやグランザーですら、毛が生えた程度の性能だし……ん? 今は?」
 グラナの言葉に、アランが首を傾げる。すると、グラナは一つのスティック状の物を取り出した。
 目の前のコンピュータに差し込み、その中に保存されていたデータをアランに見せる。
 データの羅列を見て驚くアラン。そして、すぐに表情が変わった。
「これって、まだ未完成だった奴だろ、婆ちゃん!? 何で持ってんの!?」
「これを完成させたのは、私の仲間よ。そう、誰よりも優れた技術を持った、最強の仲間」
 そう言って、データをアランに渡す。
「これを霊力機に実装しなさい。もちろん、実装後は――――」
「ちゃんとテストして、まともに起動できれば良いんだろ?」
「……そうよ」
「おっしゃ、燃えてきた! 今日は徹夜するぜ〜!」
「無理はしないようにね。あともう一つ、アランに頼みがあるのだけど、良い?」
「おう、何でも来い!」
「じゃあ……」



 ジャフェイルに連れられ、ハヤトとサエコは城の地下と思われる場所に来ていた。
 どこまでも広がる巨大な空間。神秘的な柱が連なって立ち、まるで道のようになっている。
「これが、君に見せたいものだ」
 ジャフェイルが立ち止まり、上を見上げる。ハヤトとサエコも彼の目線を追うかのように上へと目を上げた。
 巨大な石像だ。巨大な石像が地下に腰掛けている。
 サエコが思わずハヤトの手を握る。ハヤトは石像を前に、ジャフェイルに訊いた。
「……こいつは?」
「霊戦機」
 その言葉に、ハヤトが目を見開く。
「グラナから聞いたとは思うが、霊戦機は全部で七機存在する。その一機が、この霊戦機ヴィクダート」
「霊戦機ヴィクダート……。あんたは、一体……?」
「私は今から五十一年ほど前に、ジュウゾウと共に戦った霊戦機操者だ。そう、《武神》に選ばれた者」
「《武神》だと?」
 ジャフェイルが頷く。そして、話を続けた。
 人々に託された七機の霊戦機には、それぞれ異なる称号と力を持つ。
 それは怨霊機に対抗する為でもあり、霊戦機と言う”個体”でもある。と。
「《武神》、《巨神》、《天馬》、《地龍》、《炎獣》、《星凰》、そして《霊王》……。
 私は《武神》に選ばれ、ジュウゾウは《霊王》として、ネセリパーラに現れた」
「《霊王》として? どう言う事だ?」
「霊戦機は己の意思で操者を選ぶのだが、《霊王》……ヴァトラスだけは、なぜかその血を継ぐ者しか選ばない」


 聖戦当時、霊戦機ヴァトラスは一人の平和を望む者を地球から選んだ。それが、初代《霊王》である。
 初代《霊王》は仲間を信じ、霊戦機を信じて戦い、自らの命を引き換えにしながらも《覇王》を倒した。
 仲間や、まだ顔も見た事のない我が子に未来を託して。

 その時、霊戦機ヴァトラスは《霊王》の死を悲しんだ。

 霊戦機ヴァトラスは《霊王》を死なせたくなかった。
 その為なのか、ヴァトラスは《霊王》の子孫――――血を継ぐ者しか自身に乗せようとはしなかった。


「なぜか、《霊王》の血を継ぐ者は地球にしかいなかった。なぜ、地球にしかいないのかは、私にも分からない。
 しかし、これだけは言える。君とジュウゾウは《霊王》の血を継ぐ者だと言う事だ」
「《霊王》の血を継ぐ者だと? だから、俺はこんな戦いに巻き込まれたってのか?」
「そうだ」
 途端、ハヤトが「ふざけるな!」と声を上げる。
「だったら、何で俺なんだ!? 俺以外にもいるだろ!?」
「それはヴァトラスが決める事だ。……いや、正確に言えば《霊王》に相応しい者が選ばれる」
「相応しい? この俺が相応しいって言いたいのか? 笑わせるな!」
 聖戦と呼ばれる戦いの為に、《霊王》として相応しいと言う”だけ”で、こんな場所にいる。
 なぜ、祖父は自分が相応しい人間だと判断し、この世界に行かせたのか分からない。
「こんな戦いに巻き込まれて死ぬなんてごめんだ! 今すぐにでも、元の世界に帰らせろ!」
「それは無理な話だ」
 ジャフェイルが首を横に振る。
「《霊王》と《覇王》、この二人の戦いで《覇王》が勝った時、全世界が滅ぶ。地球もネセリパーラも。
 それを防ぐ為にも《霊王》が勝たねばならない」
「関係ない! 俺以外の奴で十分だ!」
「無理だ。怨霊機との戦いで、《霊王》の存在は不可欠。他の霊戦機では、《覇王》は倒せない」
「だから何だ!? 俺は絶対に――――!?」
 瞬間、爆発音が聞こえ、激しい振動が起こる。ジャフェイルが上を見上げた。
 爆発音が続く。
「……どうやら、怨霊機が現れたか」
「だから何だ!?」
「戦うのだ、《霊王》よ。今戦えるのは、君しかいない」
「誰が戦うか! あんたが戦えば良いだろ、霊戦機操者のあんたが!」
「私はもう……《武神》には乗れない。もう乗る資格などない」
 その時のジャフェイルの瞳は、悲しみに満ちたものだった。



 艦内に警報が鳴り響く。そして、同時に地震が起きたかのような揺れが襲った。
 グラナがすぐに確認を取る。
「イシュザルト、状況を!」
『王都アルフォリーゼニテ、怨霊機ノ出現ヲ確認。《魔獣》、《黒炎》、《邪風》ト判明』
「この揺れは、怨霊機の攻撃によるもの?」
『格納庫ニテ、霊戦機ヴァトラスガ起動』
「ヴァトラスが……?」
 操者はまだ城にいるはず。それなのに霊戦機が勝手に動き出した。
 操者の身に何かが起きた。グラナはそう判断する。
「ハッチを開いて、ヴァトラスを出撃させなさい」
『了解。ハッチ開放、ヴァトラス出撃』



 王都を焼き尽くす黒い炎。そして、鋭い爪で破壊していく怨霊機の姿。
『ハハハハハハッ! 壊れろ、壊れろ! そして泣き叫べ!』
 紫の装甲で、二足立ちしている獅子のような怨霊機から、そう声が聞こえる。
 それを聞いた全身に重火器を搭載した怨霊機に乗る者が言った。
『気品がありませんよ、《魔獣》? 戦いとは、こうやるものです』
 怨霊機の瞳が光り、重火器が轟く。一瞬で周囲が焼け野原と化した。
『どうです? 怨霊機ディリムレスターなら、一瞬ですよ』
『へっ! そんな一気に殺したら意味ねぇだろ、楽しみながら殺さねぇとよ!』
 そして、《魔獣》と呼ばれた怨霊機が再び爪を振るう。その時、ハヤト達は城の外へと出た。
 破壊される街々。それを見たジャフェイルが目を見開く。
「なんて酷さだ……アルフォリーゼを滅ぼす気か……!」
 拳を強く握る。ハヤトも外の景色を見た。
 真っ赤に燃える建物、激しい爆音、人々の悲痛の叫び。それらが全てハッキリと聞こえる。
「ハヤト……」
 サエコが手を握ってくる。ハヤトは何かを感じた。
(この感覚……このムカツク感じは、間違いなくあの野郎の……!)
 正確には分からないが、この感じは確かだ。奴は近くにいる。
 《魔獣》の怨霊機がハヤト達に気づく。
『こんな所に人間見ーつけた』
 爪を振り上げる。
『さあ、俺の前で泣き叫んでくれよぉぉぉっ!』
 振り下げられる。――――が、ハヤト達には届かなかった。
 爪をロボット――――霊戦機ヴァトラスが受け止めたのだ。敵が目を見開く。
『霊戦機!? しかも、こいつは《霊王》か!?』
「おい、俺を乗せろ!」
 ハヤトの言葉に、ヴァトラスが反応して胸のコクピット部分を開ける。
 怨霊機を吹き飛ばし、差し伸べるヴァトラス。ハヤトが乗り込もうとすると、サエコが引き止めた。
「ハヤト、行っちゃダメ……!」
「離せ! あいつが……あの野郎が近くにいるんだ! だからこそ、あれに乗る必要がある!」
「だけど……!」
「離せ! 俺が決める事だ、お前が決める事じゃない。あのジャフェイルって奴とどこかに逃げてろ!」
 サエコの手を振り払い、ヴァトラスに乗り込む。ヴァトラスが唸りを上げた。
 腰から剣を引き抜き、《魔獣》の怨霊機へと向ける。敵は笑い出した。
『ハハハハハハ……まさか、《霊王》が相手とはなぁ……! これは楽しませてくれそうだなぁ!』
 襲い掛かる。ハヤトは敵を鋭く睨みつけた。
 手元の球体に力を加え、ヴァトラスを動かす。見事、敵の攻撃を回避した。
 ヴァトラスが剣を構え、ハヤトが敵を捉える。
「玄武……正伝掌ッ!」
 素早い抜刀。《魔獣》の怨霊機の腹部を直撃し、吹き飛ばす。
「青龍ッ!」
 続けて攻撃が繰り出される。今度は龍の姿をした波動が怨霊機を呑み込んだ。
 敵が目を見開く。《霊王》は想像していた強さとは全く違っていた事に。
「お前に用は無い! これで終わりだッ!」
 ヴァトラスが剣を振り上げる――――瞬間、振り上げた腕を爆炎が襲った。
 バランスを崩すヴァトラス。その背後には、重火器を搭載する怨霊機の姿。
『全く……《覇王》に言われていたでしょう? 《霊王》の強さは私達単体で挑んでも勝てないと』
『そのようだな……《死神》が倒されたのも納得いくぜ』
『では、どうするか分かっていますね?』
『ああ。お前の操者を見つけるのは後だな?』
 そう言って後ろに話しかける。漆黒の雄々しい翼を持った怨霊機がそこにいた。



 三体の怨霊機がヴァトラスを取り囲む光景をジャフェイルは見ていた。
「《魔獣》ダークシュテイム、《黒炎》ディリムレスター、《邪風》スカイダース……。
 どんなに強い力でも、怨霊機が三体となれば話は変わる……」
 彼――――ハヤトの強さは、自分が知る《霊王》を上回っている。
 しかし、個々の力が強くても、やはり数では劣るのだ。
「この状況では、《霊王》は負けてしまう……なぜ、私は《武神》ではなくなったのだ……!」
 悔いる。今の状況を変えるには、少なくとも、あと一体の霊戦機が必要になる。
 自分にまだ戦う力が残っていれば、《武神》として戦えるはず。
「……ヴィクダートよ、叶うならば私を今一度《武神》として……!」



 反撃ができない。三体の怨霊機による攻撃は、ヴァトラスを苦しめた。
《魔獣》の怨霊機ダークシュテイムの攻撃に、ハヤトが牙を向ける。
「この……おおおっ!」
 剣を振るう――――が、それを《黒炎》の怨霊機ディリムレスターが阻止した。
『後ろががら空きですよ、《霊王》……』
「く……ふざけやがって……!」
 ヴァトラスがディリムレスターへと剣を向ける。
『良いのか、俺を無視してよぉ!』
 直後、ダークシュテイムが攻撃する。完璧に敵の術中に呑まれていた。
 どちらか一方を相手にすれば、必ずもう一方が攻撃してくる。
 卑劣な手だが、確かに強い手でもある。ハヤトは歯を噛み締めた。
 たかが三体を相手に苦戦する自分。今まで無かった経験。
 霊力を解放し、ヴァトラスに力を送る。
「他に武器はないのか、おい!」
 その言葉にヴァトラスが反応する。そして、背中へと左腕を回した。
 バズーカ砲に近い形の銃を取り出す。頭の中に直接語りかけてきた。

 ――――ヴァトラスバースト。

「名前なんてどうでも良い!」
 撃つ。一筋のビームが勢い良くディリムレスターへと放たれた。
 ディリムレスターが左手を前に出す。黒い炎がビームを受け止めた。
『射撃武器も持っていましたか。しかし、《黒炎》の前では通用しません』
「止められたか……他に武器は――――いや、お前に教えてもらわなくても分かる!」
 剣を横に振り抜く。持ち手部分が長く伸びた。
「……大体分かったぞ。お前の力とかは、最初に乗った時に教えていたんだよな?」
 だからこそ、分かった。ヴァトラスが持つ剣の名は霊剣ランサーヴァイス。
 霊力を宿す事で威力を増す剣。しかし、それだけじゃない。
 ランサーヴァイスは伸縮する事で剣と槍の二つの姿を持つ。それが、霊槍ランサーヴァイス。
「武器が二つあるなら十分だ……これで奴らをぶっ倒せるからなっ!」
 銃を乱射し、槍を持って《魔獣》ダークシュテイムへと突撃する。
「おおおっ!」
 霊槍を振り下ろす。ダークシュテイムは防御した。
 戦闘スタイルが変わった霊戦機ヴァトラスの動きに、《黒炎》が少し感心する。
『戦い方を変えるとは面白いですね。しかし、それだけでこの状況は変わりません』
 ディリムレスターの胸部が暗黒に輝く。黒き炎の称号。
 操者が霊力を集中させ、ディリムレスターの胸部が開く。
『魔砲黒炎弾』
 開いた胸部から黒い炎の球体が放たれる。ハヤトはすぐに気づき、ビームを放った。
 球体がビームを呑み込み、ヴァトラスを漆黒の業火で包む。
 激しい痛みが伝わる。《魔獣》が続く。
『魔獣……裂閃!』
 胸部に漆黒の獣の称号を輝かせ、暗黒に輝く爪がヴァトラスを切り刻む。
「ぐぁぁぁぁぁぁっ!」
 ヴァトラスが倒れる。



 イシュザルトのブリッジ。戦いを見ていたアリサが声を上げた。
「ハヤトさん!」
「怨霊機が三体……しかも、まだ彼は《霊王》としての力を自由に引き出せない……」
 グラナが難しい顔をする。
「この状況を変えるには、彼が《霊王》の力を引き出すか、それとも……」
 ヴァトラス以外の霊戦機の復活。今の状況が変わるにはそれしかない。
 一体でも戦力が増えれば、怨霊機を倒す事もできる。
「……こうやって何もできないのは、あの頃と同じ……ジュウゾウ、私は――――!」
 その時、グラナは久々の感覚が伝わるのを知った。



 サエコが悲痛の叫びを上げる。倒れるヴァトラス――――ハヤトに。
「ハヤト! ハヤトッ!」
 呼ぶ。しかし、声は届いていない。サエコは必死でハヤトの名を叫んだ。
「ハヤト! 返事してよ、ハヤトッ!」
『すぐ楽にしてやるぜ、《霊王》!』
 二足立ちしている獅子のような怨霊機がヴァトラスへと牙を向ける。
 これ以上、ハヤトが傷つく姿は見たくない。そう思った時には、すでに足が動いていた。
 サエコが走る、ヴァトラスの元へ。それを見たジャフェイルがすぐに止めた。
「待ちなさい! 行ってはダメだ、怨霊機に殺されてしまう!」
「でも、ハヤトが!」
「私達ではどうする事もできない……彼を助けるには、戦う力がなければ……!」
「それでも……それでもハヤトを……ハヤトを助けないと! ハヤトを――――!?」
 瞬間、何かが聞こえた。サエコが辺りを見渡す。
「誰……!? ハヤトを助けてくれるって……あなたは誰……!?」
 返事はない。再び声が聞こえる。
「友は私が守る……!? だから、あなたは誰なの……? どうして私に教えてくれるの……!?」
「友は私が守る……まさか、それは……!?」
 ジャフェイルが目を見開く。その言葉は、間違いなく彼の言葉。
 彼女は声を聞いている。グラナと同じように、声を聞く事ができる人間。
 もしやと思い、ジャフェイルが城の方を見る。予想通りか、突然、城から光が溢れ出した。



《魔獣》と《黒炎》の怨霊機による攻撃で倒れるヴァトラス。激痛に苦しみつつ、ハヤトは立ち上がった。
「負けて……たまるか……! こんな奴らに……負けて……たまるかぁぁぁッ……!」
 今まで負けた事がない自分が、今味わっている敗北の予感。
 力が欲しいと思う瞬間。今よりも強い力が欲しい。
 ヴァトラスが低い唸りを上げながら剣を構える。それを見た《魔獣》が舌打ちした。
『まだ立つのか、しつこいな。おい、お前が片付けろ』
 漆黒の翼を持つ怨霊機――――スカイダースに言う。しかし、スカイダースは動かなかった。
『聞いてんのか、おい。始末しろって言ったんだよ』
『無理でしょう。操者がいない状態ですから、《霊王》を倒す事はできないでしょう』
『チッ、使えねぇ……まぁ良いか。俺が倒せば済むからなぁっ!』
 ダークシュテイムの胸部に再び称号が浮かび上がり、輝く。
 両腕の爪が暗黒の光を放ち、ヴァトラスへと向けられる。
『すぐ楽にしてやるぜ、《霊王》!』
 襲い掛かる《魔獣》。ハヤトは歯を噛み締めた。
 こんな所で死にたくない。力が欲しい。そう強く思った。その思いに応えてなのか、ヴァトラスが唸る。
 その時、光が辺りを包んだ。《魔獣》が攻撃を止める。
『光だと……何が起きようとしてやがる!?』
『《霊王》から光は発されていない……では、まさか……!?』
 そのまさか、である。王都の中心――――アルフォリーゼの城から一筋の光の柱が昇っている。
「何が……一体……!?」
 流石のハヤトも驚く。その時、ヴァトラスが大きく唸りを上げた。まるで、その光が何なのか知っている為に。



 光が消え、そこには一体のロボットが立っていた。



 黒き装甲に身を包み、左肩に大型の盾を持ったロボット。



 それは、紛れもない霊戦機の姿――――



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