王都に昇った光の柱。そこから現れた新たなる霊戦機。
 黒き装甲、左肩に大型の盾を持つ霊戦機は、ただ静かに立っている。
 その姿を見たジャフェイルが口を動かした。
「ヴィクダート……目覚めたのか……?」
 ジャフェイルの言葉に、サエコが彼の方へと振り向く。
「あのロボットは……味方……なんですか……?」
「そうだ。霊戦機ヴィクダート……私が昔乗った《武神》……」
 そして、サエコの耳にまた同じ声が聞こえる。
「……ようやく私も戦える……友を守れる……? ハヤトを助けてくれるの……?」
 その言葉に反応するかのように、霊戦機ヴィクダートと呼ばれるロボットの瞳が輝きを放った。





宿命の聖戦
〜Legend of Desire〜



第一部 はじまりを告げた聖戦

第五章 父と子、霊王と覇王


 闇が覆う大地。一体の怨霊機が唸りを上げた。
『どうやら、二体目の霊戦機が目覚めたようだな』
 男の言葉に、全身を氷に包まれた怨霊機が反応する。
『気になるのか?』
『気になりますわ。目覚めた霊戦機が”剣”であるなら、尚更に』
『《黒炎》と《魔獣》、そして《邪風》が戻って来るはずだ。その時に、私と共に見に行くか』
 氷に包まれた怨霊機に乗る操者が首を傾げる。
『見に行く? ”王”であるあなた自ら?』
『そうだ。私も知る必要があるからな』
 男の乗る怨霊機が唸りを上げ、その赤い瞳を不気味に光らせる。
 そして立ち上がり、その闘志を剥き出しにした。
『《霊王》……私の敵であり、私を邪魔する存在を』
 その時、男の額から闇の輝きが放たれた。



 現れた霊戦機ヴィクダート。その姿を見た怨霊機ダークシュテイムが咆哮を上げた。
『《魔獣》が反応してやがる……こいつ、新しい霊戦機か?』
『そのようですね。しかも、あの盾から考えられるのは《巨神》でしょう』
『チッ、ただの”盾”か。だったら、とっとと片付けるか』
 ダークシュテイムの胸部に称号が浮かび、両腕の光が暗黒の光を放つ。
『魔獣裂閃!』
 ヴィクダートに飛び掛り、暗黒の光を放つ爪で切りかかる。ヴィクダートが左肩の盾を前に出した。
 攻撃を受け止める――――が、呆気なく吹き飛ばされた。
『”盾”にしちゃ、軽いな。あの程度で吹き飛ばされるなんてなぁ!』
 そう言いつつ、《魔獣》がヴィクダートに再び襲い掛かる。



 戦艦イシュザルトのブリッジ。グラナは少しだけ集中していた。
 復活した霊戦機ヴィクダート。その声を聞く。
「『友は私が守る』……すぐに戦況は変わらないけれど、これで《霊王》が負ける事はなくなったようね」
「お婆様!」
 アリサがブリッジに駆けつける。
「お婆様、ハヤトさんは……!?」
「それよりも、大丈夫なのかい?」
「わ、私は大丈夫です……それで、ハヤトさんは……?」
「苦戦していたけれど、大丈夫よ」
「ほ、本当ですか?」
 アリサが訊く。グラナは頷いた。
「なぜスカイダースが動かないのかが気になるけれども、これで戦力的には互角になるでしょう」
「互角、ですか……?」
「あとは、彼……《霊王》がその力を引き出せるかどうか……」
「…………」
 不安の表情を浮かべながら、モニター越しにヴァトラスの方へと視線を向ける。
 そして、静かに手を合わせた。
「どうか無事に戻って来てください……私は、あなたに伝えたい事があるから……」



 気づけば、変な場所にいた。炎に燃える街の姿が見える。
「……何がどうなっているんだ……!? 俺は確か……」
 確か、自分は授業を受けていたはずだ。いつもと変わらない生活を送っていたはずだ。
 ただ、少し違う感覚がして、不思議な光に包まれた。それも突然。
 そして気づけば、こんなところにいる。
「……何かの中、なのだろうな……しかし、これは……」
 手元に存在する二つの球体、自分の座っている状態からして、何かの乗り物の中だと推測する。
 その時、声が聞こえた。

 ――――我は《武神》。

「《武神》……?」

 ――――我が名はヴィクダート。汝は、私に選ばれた《武神》。

「……何を言っている……? 選ばれた? 何にだ?」

 ――――友を守る力を私に。

「友を守る力……? ――――!?」
 突然、衝撃が走る。視界に入ったのは、鋭い爪を持ち、二足立ちする獅子のようなロボット。
 鋭い爪で攻撃されたのか、吹き飛ばされたかのような感覚がした。
「な……何が……!?」
 聞こえてきた声に訊く。しかし、何も返って来なかった。
 再び、鋭い爪が襲い掛かって来ようとする。死ぬと思った。死にたくないと思った。
 そう思った途端、無意識に手元の球体を掴み、力を加える。
 瞬間、鋭い爪を受け止める。何が起きたのか分からなかった。
『お前、”盾”じゃねぇな……そうか、お前は”剣”か……!』
 襲い掛かってきたロボットから声が聞こえる。



 霊戦機ヴィクダートが《魔獣》の攻撃を受け止める。《黒炎》は目を細めた。
『”盾”ではなく”剣”でしたか……これは、《魔獣》だと分が悪いですね』
 敵が”盾”であれば、《魔獣》の素早い動きと爪による攻撃で倒す事ができる。
 しかし、”剣”が相手となると話は別だ。《魔獣》では”剣”に勝てない。
『《魔獣》には悪いですが、援護しますか……』
 そう言って、力を込める――――瞬間、一閃の光が襲い掛かった。
 黒き炎が防ぐ。《黒炎》は放たれた方へと視線を向けた。
 霊戦機ヴァトラスが《黒炎》を睨み、ハヤトが少し乱れる呼吸を整えた。
「……さっきはよくもやってくれたな……! テメェら、タダじゃ済まさねぇぞ……!」
『まだ戦えますか《霊王》……。しかし、私を倒すなど不可能――――』
「朱雀ッ!」
 炎を纏うカマイタチが放たれる。《黒炎》は目を見開いた。
《霊王》はまだ力を使いこなせていない。しかし、霊戦機の動きが少しずつ変わっている。
 カマイタチを黒い炎で防ぐ――――が、その時には次の攻撃が放たれていた。
「白虎ォォォッ!」
 剣を大地に何度も叩きつけ、衝撃波を走らせる。《黒炎》がまたも黒い炎で防いだ。
 それを待っていたと言わんばかりに、ハヤトの瞳が鋭くなる。
 ヴァトラスが一気に《黒炎》へと迫る。剣に光が走った。
「光破麒麟閃ッ!」
 剣を怨霊機ディリムレスターに突き刺す。《黒炎》は辛うじて回避に成功したが、右腕を刺された。
 瞬間、右腕から光が溢れ、爆発する。ディリムレスターが悲鳴を上げた。
『馬鹿な……”王”の力を引き出していない状態でここまで――――!』
 ふと、あの方の言葉を思い出す。《霊王》の強さを知る人間の言葉。
”王”としての力を引き出さなくとも、怨霊機をここまで追い込む事ができる強さ。
 それが《霊王》であれば、間違いなくこの状況では負ける。そう、《黒炎》は判断した。
『仕方ありませんね……! ここは退きましょう、《魔獣》』
 そう告げる。爪をヴィクダートに受け止められたまま、《魔獣》が声を上げた。
『退くだと!? 完全に力を出してない奴らを倒さずに逃げるのかよ?』
『《霊王》がその力を引き出しつつあるのです。このままでは、こちらが危険ですよ』
『チッ、仕方ねぇか……! おい、撤退するぞ、スカイダース!』
 全く動く気配の三機目の怨霊機――――スカイダースに呼び掛ける。が、反応はなかった。
 スカイダースを無視し、《魔獣》と《黒炎》が姿を消す。ハヤトが「待て!」と叫んだ。
「逃げられたか……まぁ、良い。もう一体残っているようだからな!」
 そう言って、スカイダースに剣を向ける。しかし、スカイダースは動こうとしない。
 剣に力を込める。その時、スカイダースが大地に倒れた。
「何……!?」



 ブリッジ。スカイダースの姿を倒れる見て、グラナは不思議に思った。
「戦う事もしなければ、動く事もしない……まさか、ね……」
「どうかなさいましたか、お婆様?」
「いや、何でもないよ。ヴァトラス、ヴィクダートを収容、スカイダースを鹵獲しなさい」
「鹵獲!? 艦長、正気ですか!?」
 副長ロフの言葉にグラナが頷く。
「怨霊機について調べる事もできるからね」
「しかし、危険では……」
「いや、大丈夫だろう。私の予想が当たっていれば」
「予想……?」
「ヴィクダートの操者は私の所へ。そして、アリサ」
「はい」
 アリサを見て、グラナが微笑む。
「さっきの戦闘で、《霊王》が相当ダメージを負ったはず。フィルツレントを手伝ってあげなさい」
「は、はい!」
 嬉しそうに返事する。



 イシュザルトにヴァトラス、ヴィクダートが収容され、スカイダースも鹵獲された。
 ヴァトラスから降りたハヤトが、そのままヴァトラスを見上げる。
 動こうとせず、ただ立っているだけの巨大なロボット。今はそんな感じだ。
「ぐっ……!」
 身体中に痛みが走る。霊力を集中させて、その光を自分に当てる。痛みが和らいだ。
「これで良い……」
「ハヤトさん!」
 声と共に駆け寄ってくる人影。ハヤトは彼女――――アリサを見てそっぽを向いた。
 胸を押さえて呼吸するアリサ。ハヤトが訊く。
「……もう大丈夫なのか?」
「はい。……あの、ごめんなさい」
 アリサが頭を下げる。
「私、ハヤトさんに迷惑かけて……邪魔をして……」
「別に良い。もう二度と、邪魔をしないならな」
「……はい!」
 アリサが笑顔で答える。ハヤトは彼女の顔をまともに見れなかった。
 変な感じだった。サエコとは違った感じ。何かが突き刺さるような笑顔。
「そう言えば、お体の方は大丈夫ですか? 先ほどの戦いのダメージは……」
「大丈夫だ。自分の霊力でどうにでもなる」
「そうかもしれませんけど、念の為にフィルツレントに……」
「大丈夫だと言っているだろう。他人に頼る気はない」
 そう言って、鹵獲されたスカイダースを睨みつける。
「こいつが怨霊機って奴なんだよな?」
 訊く。アリサが小さくも頷いた。
「……はい。お婆様が言うには、《邪風》と呼ばれる力を持つ怨霊機だそうです」
「《邪風》……」
 雄々しい漆黒の翼を持ち、全く動かず倒れた怨霊機。ハヤトはこの怨霊機から何かを感じていた。
 ヴァトラスに感じた、似たような感覚。それが気になって仕方ない。

 ――――心に闇を持つ者……我に相応しい。

「――――!」
 声が聞こえた。頭の中に直接語りかけてくる声。ヴァトラスとは全く違う声。

 ――――我が力、汝に与える。我が力が汝を救う……。

「力を与える……? その力が俺を救――――!?」
 途端、ドクンと心臓が打つ。右手の甲から黒い光が発せられた。
 何かが浮かび上がる。漆黒の竜巻のようなものが、そこにあった。
「これは……ぐぅっ!?」
 額から光が溢れる。今度は太陽のようなもの。
「ぐぁぁぁぁぁぁっ!?」
 ハヤトの全身を激痛が襲う。
「ハヤトさん!?」
 それを見たアリサが彼に触れようとする――――が、何かによって弾かれた。
 激痛に苦しみ、胸を押さえるハヤト。その咆哮が格納庫中に響き渡る。



 イシュザルトの艦長室。そこに彼――――霊戦機ヴィクダートに選ばれた操者が姿を見せた。
 アルスと同じ青い髪で、大人びた感じの少年。グラナが軽く頭を下げる。
「初めまして、地球から訪れし選ばれた者よ。私はグラナ=エルナイド。この戦艦の艦長です」
「…………」
「言葉は通じているはずです。あなたのお名前を聞かせてもらってよろしいですか?」
「……ロバート=ウィルニースです。さっきの言葉はどう言う意味ですか?」
 突然の質問。グラナは答える。
「あなたがこの世界に来た時に乗ったロボット……私達が霊戦機と呼ぶ存在に、あなたは選ばれた」
「霊戦機? 選ばれた?」
「そう。あなたは霊戦機ヴィクダート……《武神》に選ばれた操者です」
 そう聞いて、彼――――ロバートは、この世界で最初に聞いた声を思い出した。
 ヴィクダートと名乗った声。友を守る力を、と言っていた声。
「……俺が乗っていたロボット……あれが、俺に話し掛けていた……?」
「理解が早いですね。その通りです、ヴィクダートには意思があり、あなたに話し掛けた」
「ロボットに意思があるなんて……そもそも、この世界は……」
「この世界はネセリパーラ。あなたがいた地球と異なる世界であり、今もなお続く戦いが繰り広げられる世界」
「戦い?」
「そう。平和を望む王と全ての支配を望む王による戦い……私達をそれを聖戦と呼んでいるのです」
 そして、全てを話す。霊戦機とは何なのか、なぜ、ロバートが選ばれたのかを。
 グラナから全てを教えてもらったロバートは立ち尽くす。まだ、その話が信じられなくて。
「信じたくないでしょうが、全て事実。そして、もう心の中では分かっているのでしょう?」
「…………」
「《武神》に選ばれた者ロバート=ウィルニースよ、どうか――――」
「か、艦長っ!」
 その時、艦長室の扉が開いてロフが入ってくる。グラナが溜め息をついた。
「何事? 今、彼に戦う意志があるかどうか訊いていたと言うのに……」
「そ、それどころではありません! れ、《霊王》が!」
「《霊王》がどうかしたの?」
「称号が……《霊王》に《邪風》の称号が!」
「何ですって……!?」
 グラナが立ち上がる。



 スカイダースが鹵獲される姿を見て、ジャフェイルはイシュザルトに乗り込んだ。
 久々に乗る戦艦イシュザルト。昔を思い出す。
「変わらないな、イシュザルトは……」
「あ、あの……」
 一緒について来たサエコが話しかける。
「ハヤトは無事でしょうか……?」
「それは大丈夫だろう。敵も撤退させるほどの強さを発揮したのだから」
「で、でも……」
 不安な表情を浮かべるサエコに、ジャフェイルが優しく微笑みかける。
「心配はいらない。彼は強い。そう、ジュウゾウを超えるほどに強い心を持っている」
「それは……」
 口篭もる。それは違うと言わんばかりに。

『ぐぁぁぁぁぁぁっ……』

 その時、叫び声が聞こえた。サエコはその声を聞いて目を見開いた。
「ハヤト……!? ハヤト!」
 叫び声は続く。聞こえてくる場所を探しながら、サエコが走る。
 一番良く聞こえてくると思った部屋の扉を開ける。
「ハヤト!」
「ぐぁぁぁぁぁぁっ!」
 入った矢先、ハヤトの声が部屋中に響く。そこは、医務室だった。
 難しい顔をするグラナ、心配そうに彼を見つめる少女、青髪で大人びた感じの少年がそこにいる。
 ハヤトの元へ駆け寄る。
「ハヤト、どうしたの!? ハヤト!?」
 話しかける。が、ハヤトは胸を押さえて叫び声を上げている。
 それを見たジャフェイルがグラナに訊く。グラナは彼の姿に少し驚いたが、すぐに深刻な顔に戻った。
「何が起きた、グラナ?」
「……二つの称号が……二つの力が、彼を選んでしまった」
「二つの力……? まさか……!?」
 ハヤトの額に浮かび上がっている称号を見る。太陽の描かれた――――《霊王》の称号。
 そして、右手から感じる力。漆黒の竜巻のような称号が右手にある。
 ジャフェイルが目を見開く。
「《邪風》……! なぜ、彼に怨霊機の称号が……彼はジュウゾウの孫だろう?」
「そうよ。でも、現実には決してありえない事が起きている」
「彼の霊力属性は?」
「今、ロフが調べているわ。もうすぐ分かると……」
「艦長っ!」
 そう言っている矢先、ロフが息を切らしながら医務室に入ってくる。
「……《霊王》の……彼の霊力属性は光と闇の二つです……」
「光と闇……!?」
 グラナが驚く。そして、すぐに納得した。
 ハヤトが《霊王》と《邪風》――――霊戦機と怨霊機に選ばれたのは、彼が光と闇を持っているから。
「……やはり、あの人は何かを隠していたわね。ジュウゾウは何かを知っている」
「あの……お婆様」
 少女――――アリサがグラナに訊く。
「……どうして、私はハヤトさんに触れなかったんですか? 初めて会った時はそんな事……」
 あの時、激痛に襲われたハヤトに手で触れようとした時、アリサは何かによって弾かれた。
 グラナがハヤトの右手の称号を見せて話す。
「《邪風》の称号……これが、原因よ」
「怨霊機の称号が……ですか?」
「そう。霊力と霊力属性については、子供の頃に教えたわよね?」
「はい。私達が普段から霊力と呼んでいる力は”氣”と呼ばれる力の事で、霊力属性は……」
「その霊力が秘める力。アリサ、自分の霊力属性は知っているわね?」
「はい。私の霊力属性は光だけと、お爺様に教えられました」
「光だけ?」
 二人の会話を聞きながら、ジャフェイルが驚く。
「フォーカスから聞いてはいたが、本当だったとは……」
「あの人は嘘をつかないわ。私の夫であり、先代の《星凰》だった人なのだから」
「そうだったな。しかし、純粋な霊力の持ち主が身近にいたとは」
 霊力を持つ人間は、二つか三つの霊力属性を持つ事が多い。
 しかし、一つだけの霊力属性しか持たないと言うケースは特殊である。
「普段の状態なら問題はないけれど、《邪風》の称号が発動している今、光の霊力しか持たないアリサは触れない」
「そんな……」
 アリサが顔を俯かせる。ふと、サエコがグラナに訊いた。
「ハヤトを助ける方法はないんですか? このままじゃ、ハヤト……」
「方法はただ一つ。《邪風》の称号を消滅させるだけ」
「じゃあ……!」
「しかし、同時にそれは不可能な方法でもある」
 グラナの言葉に、サエコが留まる。
「……《邪風》の消滅。それは怨霊機スカイダースを破壊すれば良い。操者と共に」
「操者と共に……お婆様、それって……」
 話を聞いたアリサにグラナが頷く。
「彼を殺さなければ、《邪風》は消滅しない」
「殺す……ハヤトを……!?」
「いや、それはできない。彼は同時に《霊王》でもある。《霊王》が死ぬと言う事は……」
 全世界は《覇王》と呼ばれる存在に支配され、滅びの道を進む。そう、ジャフェイルが答えた。
 ハヤトの右手にある《邪風》の称号は、ハヤトの死によって消滅する。
 しかし、それは同時に《霊王》も死ぬと言う事。難しい顔をしたジャフェイルが言う。
「こればかりは、どうしようもない……前例すらない事なのだからな……」
「あとは、彼自身でどうにかするしか――――」
『警告、警告! 強大ナル霊力反応ヲ確認。《覇王》ノ怨霊機キングガスタム!』
 突然、艦内に警報が鳴り響く。イシュザルトの言葉にグラナが目を見開いた。
「《覇王》……!? イシュザルト、《覇王》との距離は?」
『距離、約50フォレム(50km)。当艦トノ接触予測時間算出……20ディラム(20分)ト判明』
「《覇王》の他に敵は?」
『確認完了。《氷河》ノ怨霊機ファイアンダー、《鬼龍》ノ怨霊機スティンガルト』
「《氷河》に《鬼龍》……そして《覇王》。まさか、こんな時に……」
 三体の怨霊機。それも、《覇王》の襲撃。
《覇王》に反応したのか、ハヤトの額に浮かぶ《霊王》の称号が強い輝きを放つ。
 その輝きに反応して、右手の《邪風》が反応した。
「ぐぁぁぁぁぁぁっ!」
 二つの称号が対立し、その衝撃がハヤトの全身を激痛となって走る。
 サエコがハヤトの手を握る。ジャフェイルがグラナに訊いた。
「グラナ、ヴィクダートの操者は? 不利な状況になるが、今戦えるのは《武神》だけだ」
「ヴィクダートの操者なら、ここに……?」
 ふと、彼がいたと思われる方を見る――――が、そこには誰もいなかった。
 アリサが首を傾げながら答える。
「先ほど、医務室を出て行きましたけど、あの方が霊戦機操者なのですか……?」
「出て行った……どこへ?」
「さあ……それは私には……」
「…………」
 ジャフェイルが医務室を出る。それを見たグラナも立ち上がった。
《覇王》がこちらに近づいて来ている今、何もしないわけにはいかない。
 通信を開き、イシュザルト艦内にいる全クルーに命令する。
「総員、これより《覇王》、《氷河》、《鬼龍》との戦闘に備えなさい。
 イシュザルトは前進し、王都を離れます。霊力機操者アルス、ロル、ミーナの三名は出撃待機」
『ちょっと待った!』
 命令後、すぐに格納庫にいるアランが通信を返す。
『まだ霊力機に例の物を実装してねぇって! ようやく操者に合わせて調整した程度しか!』
「それは後回しにして良いわ」
『後回しって……今のままじゃ、怨霊機には勝てねぇって……!』
「ウォーティスには援護用にアーマード・バレルを装備させなさい」
『いや、援護でも……』
「やりなさい。これはあなたの祖母としてではなく、艦長としての命令よ」
『……分かった。了解だ』
 通信を切る。そして、アリサに言った。
「彼の事を診ていて、アリサ。サエコもここにいなさい。私はブリッジへ戻ります」
「お婆様、大丈夫なんですか? 相手は……」
 全てを支配し、絶望へと陥れる存在《覇王》。対抗できるのは、《霊王》ただ一人。
 しかし、肝心の《霊王》は戦えない。そんな状況を乗り越えられるわけがない。
 不安の表情を浮かべるアリサに対し、グラナが微笑む。
「安心なさい。いざと言う時は、私自らが戦うだけよ」



 イシュザルトへと迫る三つの機影。漆黒の装甲に覆われ、深紅のマントを身に纏う怨霊機。
 その胸にある不気味な瞳は、まるで悪魔の瞳だ。
『分かっているな、《氷河》?』
『はい。私が相手をするのは《霊王》以外の霊戦機です』
『そうだ。《鬼龍》、お前も分かっているな?』
 そう、片腕に龍の頭部を持った怨霊機へと言う。操者が答えた。
『分かっている。あんたの邪魔しない。死にたくないからな』
『それで良い』
 二体の怨霊機を従える怨霊機――――《覇王》の怨霊機キングガスタムが低い唸りを上げる。
『待っていろ、《霊王》……! この《覇王》が必ず貴様を……』



 イシュザルトの格納庫。そこに彼は足を踏み入れた。
 自分が乗っていた霊戦機の前に立つ。
「…………」
 艦長と呼ばれる人間に、この世界の事や霊戦機と呼ばれる存在、そして戦いの事を聞いた。
 彼は考えていた。自分はどうすれば良いのか。
「戦いたくないなら、それで構わない」
 突然、後ろから声をかけられる。先ほど、医務室と呼ばれる場所で見た老人だ。
 老人が近付き、霊戦機を見上げる。
「君がヴィクダートの操者だね? 私はジャフェイル。名を聞いて良いかな?」
「……ロバート。ロバート=ウィルニースです。あの、さっきの言葉は……?」
「そのままの意味だ。人間は戦いたくない生き物だ。それを無理に戦わせる必要もない」
 そう言いながら、自分の手を見る。
「私に力が残っていれば、君を戦わせずに済んだ……」
「……?」
 彼――――ロバートが首を傾げる。ジャフェイルが話を続けた。
「私は君が乗る何年も前に、このヴィクダートに選ばれた者だったのだ。だからこそ、今の自分が悔しい」
「…………」
「敵に《氷河》と言う怨霊機がいる。《武神》にとって、《氷河》は強敵だ。
 君に戦う意思があるなら、これだけは言わせて貰いたい。とにかく、生きる事だけを考えるんだ」
「生きる事……」
 その時、ヴィクダートが身を屈めてロバートの方に手を差し伸べる。
 敵が近づいて来ているのが分かっているのだろう。だからこそ、操者に乗って欲しいのだ。
「俺は……」
 ロバートが口を開く。
「……俺は、この世界や聖戦と言う戦いについて、まだ良く分かりません。
 けれど、今俺がやるべき事は分かりました」
「やるべき事? それは、何だね?」
「”今”と言う時間を生きる為に、戦う事です」
 そうジャフェイルに告げ、ヴィクダートの手の平に乗る。ヴィクダートが彼をコクピットまで導いた。
 ロバートが乗り込んだ事を確認し、コクピットを閉じて立ち上がる。
 発進口まで歩いていくヴィクダート。その姿を見つめながら、ジャフェイルが呟いた。
「……良い操者を選んだな、ヴィクダートよ。彼ならきっと、お前の力を完全に……」
 自分では引き出す事ができなかった真の《武神》の力を、彼ならきっと引き出せる。
 そう、ジャフェイルは確信した。



 三体の怨霊機がイシュザルトを目前へと捉えた。《鬼龍》が構える。
『とっと出て来い、霊戦機! ドラゴニック・バァァァンッ!』
 片腕に龍の頭部を持った怨霊機が、胸に暗黒の龍の称号を輝かせる。
 そして、龍の口に光が集まり、イシュザルトへと向けて放とうとする。
『……待ちなさい、《鬼龍》。攻撃が来ます』
『無理だ。俺が待つわけ――――!?』
 瞬間、”何か”が回転しながら《鬼龍》の怨霊機へと襲い掛かる。それを《氷河》の怨霊機が防いだ。
 回転しながらイシュザルト側へと戻って行く”何か”。その正体はすぐに分かった。
 イシュザルトの前に立ち、左肩に大型の盾を持った霊戦機がそこにいる。
 霊戦機が回転する”何か”を取り、二つに分離させる。
 それは剣だった。二本の剣が合体して回転しながら放たれたのだ。
『あれは”剣”……どうやら、《武神》のようですね』
『《武神》か。”龍”だったら、こいつも興奮したんだがなぁ』
 そう、《鬼龍》が言う。《氷河》が「悪いわね」と返した。
『あなたはイシュザルトを。《武神》は私の相手ですので』
『ああ。《霊王》を誘き出してやるよ』
『では……』
《氷河》の怨霊機が、全身に纏う氷を分離させる。
『フリージング・コフィン』
 分離した氷が放たれる。盾を持つ霊戦機――――ヴィクダートはすぐに回避した。
 氷を戻し、今度は鞭のように繋げて振るう。
「――――!」
 ヴィクダートが反応し、またも回避する。そして、二本の剣を構えた。
 霊力が集中し、剣に雷が走る。
「はぁっ!」
 斬りかかる――――が、氷の鞭が今度は盾となり、剣を防いだ。
『良い動きをしますね。しかし、それでも《氷河》である私の敵ではありません』
 怨霊機の胸に赤く染まる氷の結晶のような称号が輝く。
『シヴァ・ウィザリウス』
 怨霊機の全身から吹雪が吹き荒れ、ヴィクダートを襲う。ヴィクダートが一瞬にして凍った。
 ヴィクダートの操者であるロバートが目を見開く。
「動きが……!?」
『呆気ないものですね。アイシクルウィップ』
 氷が鞭となり、凍り付いて動かないヴィクダートを攻撃する。



 医務室。身体中の激痛を堪えながら、ハヤトが意識を取り戻した。
 歯を噛み締めながら起き上がる。
「ぐっ……ぐぅぅぅっ……!」
「ハヤト! ダメだよ、起きたりしたら!」
 そう言って、サエコが寝かそうとする――――が、ハヤトは聞かなかった。
 身体を動かし、立ち上がる。激痛によるせいか、ふらついていた。
 しかし、それでもハヤトは自分を奮い立たせ、医務室から出ようとする。
 扉が開くと、そこにはたまたまその場を離れていたアリサが戻って来ようとしていた時だった。
「ハヤトさん!? ど、どうして……!?」
「あいつが……あの野郎が近くまで……! あの野郎が……くっ……ぐぅぅっ!」
「まだ寝ていた方が良いです! ハヤトさんは今……」
「邪魔をするな!」
 声を上げる。ハヤトはそのまま歩いて行く。
 そんな彼を止めようと、アリサが手を出すが弾かれた。
 まだ、彼は《霊王》と《邪風》の称号が共に発動している。身体中に激痛が走りながらもどこかへ向かっている。



 イシュザルトのブリッジ。艦長席に座ったグラナが状況を確認する。
「ヴィクダートが出撃……? 戦う決意を……」
「……した。良き操者が現れたな、グラナ」
 そう言いながら、ジャフェイルがブリッジに入って来る。
「今はまだ力を引き出せないだろう。しかし、必ず彼は《武神》の力を全て引き出してくれる」
「それは、昔のあなたのように?」
「いや、私以上に。私では引き出せなかったヴィクダートの本当の力を、彼は引き出せると私は思う」
『警告! スティンガルトカラ霊力反応確認』
 イシュザルトが告げる。
「特殊フィールドを形成。霊力機はまだ待機。イシュザルト、多連装ビームキャノンの用意を」
『了解。特殊フィールド形成、多連装ビームキャノン発射用意』
 イシュザルトの周囲をバリアのようなものが覆う。そして、あらゆる箇所から砲門が姿を見せた。
《鬼龍》の怨霊機が、片腕の龍の口に光を集中させる。
『ドラゴニック・バァァァンッ!』
 放たれた巨大な波動がイシュザルトを襲うが、呆気なく散った。
『スティンガルトの攻撃を無力化だと……?』
『流石は霊戦機の母艦と言う事か。特殊なバリアを持っているとはな』
 そう言って、《覇王》がイシュザルトを鋭く睨みつける。
『キングガスタムの恐ろしさ、見せてやろう……アイズ・メーザー』
《覇王》の怨霊機の胸にある瞳から光が溢れ出し、一直線のビームを放つ。
 イシュザルトの特殊フィールドを貫き、その装甲を削った。グラナが目を見開く。
「特殊フィールドを……!?」
『第一、第二、第三装甲大破』
「特殊フィールドを撃ち抜いただけではなく、そこまでイシュザルトを……流石は《覇王》か」
 その強さは、過去に戦った事のある《覇王》と同じ。いや、それ以上だ。
 あのジュウゾウですら苦戦を強いられた敵、《覇王》。イシュザルトでもその攻撃は防げない。
 スティンガルトが再び片腕の龍の口に光を集中させる。
『バリアがなくなったなら、あとは破壊するだけだよな……』
 胸に暗黒の龍の称号を輝かせ、その力を引き出す。
『喰らえ……鬼龍咆哮ぉぉぉ――――!?』
 刹那、イシュザルトから龍の姿をした波動が放たれる。スティンガルトは攻撃と止め、波動を防いだ。
 その直後、炎を纏ったカマイタチが繰り出され、直撃を受ける。
『ぐぅ……!? 誰だ、俺の邪魔をするのは!?』
 睨む。その先には、白銀の装甲が輝く霊戦機――――ヴァトラスの姿があった。
 ヴァトラスが剣を構える。
「おおおおおおっ!」
 剣を振り、龍の姿をする波動を放つ。《覇王》が動いた。
 腰の剣を手にし、波動を消し去る。そして、ヴァトラスの方を見て口元を歪ませた。
『青龍弐刀剣……やはり、あの家系の人間が《霊王》のようだな』
 あの家系以外、この技は使わない。やはり、《霊王》は自分の知っている人間だ。
 戦士としての素質を持った、まだ二十代くらいになるだろう男。それが自分の敵だろう。
 ヴァトラスが突進してくる。振り下ろされた剣を《覇王》は受け止めた。
『高い霊力だ……やはり、あの小僧――――じゃないな……?』
 剣から伝わる霊力を感じ取る。
『……この霊力……。貴様、ハヤトか……!?』
「やっぱりテメェか……神崎凌駕(かんざき りょうが)……! クソ親父!」
 ハヤトが《覇王》――――凌駕を睨みつける。凌駕はふっと笑った。
『久しぶりだな、息子よ? 八年も見ないうちに大きくなったものだな』
「黙れ! まさかテメェがこっちにいるなんてな……!」
『それは私の台詞だ、ハヤトよ』
 凌駕がハヤトを睨む。
『なぜ、お前がこの世界に来た? それも、《霊王》として』
「……!?」
 ハヤトがヴァトラスを後退させる。凌駕は話を続けた。
『お前は、私がわざわざ神崎家の人間に近付き、婿養子になってまで作った息子だ』
「……何が言いたい!?」
『私は《霊王》の力を持つ人間を利用し、怨霊機に相応しい人間を作ったのだ。
 巨大なる力を持った人間……怨霊機操者として目覚めれば、全世界を滅ぼす事ができる』
「だから何が言いたいんだ、テメェ!」
 ヴァトラスが龍の波動を放つ。凌駕はそれを呆気なく消し去り、剣を振るった。
 龍の波動が放たれ、ヴァトラスを襲う。
「ぐぁぁぁっ……!?」
『まだ分からないか、ハヤト?』
 凌駕が静かに告げる。

『お前は、《霊王》の血を持った《覇王》……全世界を滅ぼす為に私が作った”化け物”なのだ』



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