「……くっ……!」
 手元の球体を強く握る。ロバートの霊力がヴィクダートに伝わった。
 手にしている剣に炎が走り、全身の氷を溶かす。
 それを見ていた《氷河》がやや驚く。
『力の扱いは半人前、と言ったところですね……』
「……はぁぁぁっ!」
 氷を溶かし、動けるようになったヴィクダートが攻撃を仕掛ける。





宿命の聖戦
〜Legend of Desire〜



第一部 はじまりを告げた聖戦

第六章 光、闇


 イシュザルトのブリッジ。ハヤトとハヤトの父・凌駕の会話を聞いていたグラナが目を見開いた。
「《霊王》と《覇王》……二つの血を継ぐ者……!?」
 一五〇〇年前から対立し、戦いを繰り返してきた宿命の存在。
 その二つの存在両方をハヤトは継いでいる。そう、《覇王》である凌駕は語った。
「まさか、そんな事が……」
「グラナ、ジュウゾウと連絡はできないのか? ジュウゾウなら、全てを知っているのだろう?」
 ジャフェイルが訊く。それをグラナは頷いた。
 ジュウゾウ――――ハヤトの祖父であり、先代の《霊王》である彼は、自分達の知らない事を知っている。
「……ロフ、地球との通信の準備を。急ぎなさい」
「は、はい!」
 敬礼し、副長のロフがイシュザルトのコンピュータを操作し始める。
「一体何を隠しているのか……全て話してもらうわ、ジュウゾウ……」



「化け物……《霊王》と《覇王》の二つを持つ化け物……俺が……!?」
 ヴァトラスのコクピットで、父の言葉を聞いたハヤトは呆然としていた。
『そうだ、お前は化け物だ。本来なら、お前が《覇王》として力を振るうはずだったのだ』
「…………」
『なぜ、《霊王》に選ばれたのかはともかく、私と共に来い。ハヤト……いや、化け物よ』
「……違う」
 ヴァトラスがキングガスタムを睨む。
「俺は化け物じゃない……! 俺は化け物なんかじゃない……!」
『いいや、お前は化け物だ。私がわざわざ作った化け物だ』
「違う!」
『違わない。お前は、最高の化け物だ』
「違うって言っているだろぉぉぉっ!」
 剣を強く握り、霊力を集中させる。
「朱雀ッ!」
 振る。炎を纏ったカマイタチが放たれ、キングガスタムに襲い掛かる。
 が、凌駕は――――《覇王》は軽く笑みを浮かべた。
 剣を振り上げる。
『朱雀爆輪剣』
 振り下ろす。キングガスタムの剣から炎を纏ったカマイタチが放たれた。
 ハヤトの放ったものとは異なる、巨大なカマイタチ。ハヤトのカマイタチを消し、ヴァトラスへと襲い掛かる。
「チッ……青龍ッ!」
 舌打ちしつつも、今度は龍の波動を放つ。襲い掛かるカマイタチを打ち消した。
『甘い』
 直後、キングガスタムが剣を振るい、龍の姿をした波動を放った。
 ハヤトのものとはまた異なる、一回りも大きな龍の波動。ヴァトラスが自らの意思で応戦しようと剣を構える。
「勝手に動くなッ! 玄武!」
 ヴァトラスを操作し、向かってくる波動に剣を振るう――――が、無力だった。
 龍の波動に呑み込まれるヴァトラス。吹き飛ばされ、大地に倒れた。
 キングガスタムに乗る凌駕が言う。
『無駄だ。神崎家の婿養子として習得させられた剣技とは言え、お前の技など遥かに上回る』
 胸の瞳に力を集中させる。
『そして、霊戦機と怨霊機の力の差。それが、お前と私の差だ。アイズ・メーザー』
 放たれるビーム。ヴァトラスが立ち上がり、両腕を前に出して防御する。



 イシュザルトのブリッジ。地球との通信はすぐに繋がった。
 こう言ったものが嫌いな通信相手が、嫌々そうに言う。
『新聞なら間に合っとる。出直せ』
「全てを話しなさい、ジュウゾウ」
 グラナの言葉に、相手――――先代《霊王》でありハヤトの祖父・獣蔵が「ほう」と言葉を漏らす。
『グラナか。何を話せと言うんじゃ?』
「彼……ハヤトについて」
『ハヤトの何を話せと? あやつの凄さは、前に教えたじゃろう?』
「その事じゃないわ。……彼は、《霊王》であり《覇王》なのでしょう?」
『…………』
 獣蔵が黙る。グラナは質問を続けた。
「どう言う事なのか説明して、ジュウゾウ? なぜ、彼は二つの血を持っているの?」
『…………』
「答えろ、ジュウゾウ! 黙っていては何もならない!」
『……敵は……《覇王》は凌駕か?』
 ジャフェイルが声を上げた直後、獣蔵が訊く。グラナは頷いた。
「そう、彼は言っていたわね。神崎凌駕と」
『そうか……』
 獣蔵が一呼吸置き、答える。
『あやつは……ハヤトは確かに《霊王》と《覇王》の二つを受け継ぐ者じゃ。
 わしの血を引く娘と《覇王》の資質を持った凌駕との間に生まれた子じゃ』
「何時頃から知っていたの?」
『ハヤトが生まれる前……初めて凌駕を見た時からじゃ。わしは、最初から奴が《覇王》の力を持つ事を知っていた』
「知っていた? 知っていて、二つの血を一つにしたのか?」
 ジャフェイルが訊く。獣蔵は「そうじゃ」と答えた。
『最初は確かに反対したがな、やはり無理じゃった。昔のわしを思い出してしまってな』
「昔……?」
『五十一年前……結ばれる事がなかったわしとお前の事じゃ、グラナ』
「……!」
 グラナの目が見開かされる。それを見たジャフェイルも思い出した。
 五十一年前、まだ自分達が霊戦機操者として戦っていた時の事を。
『二人が本当に愛し合っているとわしは知ったからこそ、反対を止めた。凌駕に一つの条件を出してな』
「条件?」
『《覇王》の力を捨てる事』
「捨てる? できるのか?」
『霊剣を使えば可能じゃ。霊剣とわしの持つ《霊王》の力で、凌駕の《覇王》の力を封じた。
 そして二人は結婚し、ハヤトが生まれた……しかし、それがハヤトにとっての悲劇の始まりになった』


 神崎家の当主の孫――――次期当主として生まれたハヤトは、高過ぎる霊力を持っていた。
 まだ生まれたばかりの赤ん坊でありながら、大人など軽く上回る霊力。
 それは、二つの王の血を一つに合わせた結果だと、誰もが言った。
 神崎家の誰もが、ハヤトを呪いの子、忌み子と決めつけた。


『神崎家の馬鹿共は二つの血が招いた結果だと言う。じゃが、わしはそう思っておらん。
 その証拠に、ハヤトには妹がおる。同じく、《霊王》と《覇王》の二つの血を持った妹がな』
「……その子は、霊力は高くないのね?」
『そうじゃ。わしより高いが、問題のない程度じゃ』
「そう……」
『……ハヤトは今、どうなっておる?』
 ふと、獣蔵が訊く。グラナは答えた。
「相手が相手だからなのか、精神的には良くないわ。ヴァトラスとも心を通い合わせていない」
『苦戦しているようじゃな』
「勝てると思う?」
『当然じゃ。相手が凌駕とは言え、ハヤトはわしの孫であり、《霊王》じゃ』
 そう言いながら、獣蔵が「ハヤトに伝えてくれ」と頼む。
『わしの事は恨んでくれても構わん。じゃが、自分を……自分の運命を恨むな。そう伝えてくれ』
「分かったわ」
 頷く。そして、通信は切れた。
 ジャフェイルが深刻な顔で呟く。獣蔵がハヤトに伝えて欲しいと言った言葉に。
「自分の運命を恨むな、か……。昔のジュウゾウからは絶対に聞けない言葉だ」
「あれから五十一年、ジュウゾウも変わるわ」
 唯一、変わっていないのは聖戦だけ。二人の王が戦う事は、絶対に変わらない。



《氷河》の作り出した氷を溶かし、反撃に掛かるヴィクダート。
 剣に雷が走り、素早い動きを見せる。
「はぁぁぁっ!」
 斬りかかる。しかし、ファイアンダーは全身の氷を盾のようにして、その攻撃を止めた。
『言ったはずですよ? 力を引き出せていないあなたでは、私には傷一つつけられない……』
「くっ……!」
 ヴィクダートが後ろへ下がる。ロバートは歯を噛み締めた。
 悔しいが、確かに敵の言うとおり。まだ、自分では勝ち目などない。そんな事など分かっている。
 しかし、ここでやらなければ意味が無い。それも分かっている事。
「俺がやるべき事は、”今”を生きる事……! その為にも、負けるわけには……!」
 その言葉にヴィクダートが唸りを上げ、剣を構える。そして、ロバートに語りかけた。

 ――――私の戦い方を主に教える。できるか?

「戦い方……?」

 ――――主には炎と雷を引き出せる力がある。私の戦い方ができれば、主は強くなれる。

「どうすれば良いんだ?」

 ――――心を通い合わせよ。それが、強くなる為の鍵となる。

「心を通い合わせる……」
『動かないのならば、そろそろ決着をつけさせてもらいます』
 全身の氷を分離させ、ファイアンダーの胸に赤く染まる氷の結晶――――《氷河》の称号が輝く。
『シヴァ・ウィザリウス』
 全身から吹雪が吹き荒れ、ヴィクダートを襲う。ロバートは手元の球体に力を込めた。
 霊戦機の言葉の意味は分からない。しかし、ここで負けるわけにはいかない。
 ヴィクダートがその心を感じたのか、剣に炎が走り、その場で一気に振り下ろす。吹雪が無力化された。
『無力化? まさか……!?』
 その瞬間、ヴィクダートから眩い光が発せられた。



 キングガスタムの攻撃の前に、どうにかヴァトラスは耐えた。
『ほう……まだ戦えるようだな』
「くっ……この……!」
 霊力を集中させ、球体を強く握る。ヴァトラスがバズーカ砲に近い銃――――ヴァトラスバーストを取った。
 そして瞬時に放たれるビーム。が、キングガスタムは片手で呆気なく受け止めた。
『無駄だと言っただろう? お前と私では大きな差があるのだと』
「んなわけあるかぁぁぁっ!」
 ヴァトラスが剣を構え、その剣に力が集中する。凌駕は呆れた。
 強い力を持っているとは言え、これではワガママな子供だ。相手をするのは馬鹿馬鹿しい。
『……仕方ない。格の違いを見せてやろう』
 そう言った途端、キングガスタムが唸りを上げる。漆黒のオーラを全身に纏い、力を集中させた。
 胸に暗黒の太陽のような称号が輝く。
『覇王……爆砕破ァァァッ!』
 胸の瞳から放たれる無数の波動。ヴァトラスは呑み込まれた。
 吹き飛ばされ、様々な箇所から火花が飛び散る。損傷は半端ない程度だ。
 凌駕が《鬼龍》へと目を向ける。
『《霊王》はお前に仕留めさせてやる』
『良いのか? 相手は《霊王》だろう?』
『構わん。あの程度の力しか出せぬ《霊王》など、殺す価値すらない』
『そうか。じゃあ、遠慮なく……』
 キングガスタムの前に《鬼龍》の怨霊機スティンガルトが立つ。そして構えた。
『最初から本気で行くぞ! ドラゴニック・バァァァンッ!』
 片腕の龍の口から放たれる波動。ヴァトラスは防御も間に合わず、直撃を受けた。
「ぐぅぅぅっ!? こ……のぉぉぉっ……!」
 奥歯を噛み、ヴァトラスを立ち上がらせるハヤト。鋭い眼光が《鬼龍》を捉える。
 霊力が高まり、ヴァトラスが咆哮を上げる。胸に太陽の称号が現れた。
 同じように、ハヤトの額にも称号が浮かぶ。《霊王》の称号だ。
《霊王》の力を引き出せば、今以上に戦える――――が、それは諸刃の剣だった。
 ハヤトの右手に《邪風》の称号が浮かび上がり、激痛が彼の全身を走った。
「ぐっ……ぐぁぁぁぁぁぁっ!?」
 二つの称号が起こす激痛。ヴァトラスがハヤトの悲鳴を聞いたからなのか、体制を崩した。
 その様子を見ていた《鬼龍》が言う。
『いきなり何だ? 霊戦機と息が合わないのか?』
『いや、違うな』
 凌駕が言う。
『霊戦機の胸に《霊王》の称号が輝いている。力を発動させた瞬間に今の現象が起きた……。
 流石は私の息子だ。怨霊機の称号も手にしたか』
『怨霊機か。だとすると、《邪風》に選ばれたって事か。どうするんだ?』
『構わん。二つの力に耐えられぬなら、力を引き出す事など不可能だ』
『確かにな。じゃあ、一気に――――』
 瞬間、スティンガルトの全身を爆炎が襲う。《鬼龍》は命中した箇所から鋭く睨んだ。
 イシュザルトの甲板に見える三つの影。霊戦機には程遠いが、それを似せたようなフォルムの機体が三機。
 背中に大型のガトリングと大型のキャノン砲を搭載した、青い装甲で拳に手甲を装備したロボット。
 両腕に大型のコンバーターを装備した緑のロボットに、砲身が全長の二倍はあると思われる黄色のロボット。
 その三機を見た《鬼龍》が、邪魔をされたと言わんばかりに舌打ちしながら凌駕に訊く。
『何だ、あれは? 霊戦機に似たような奴らだな』
『ネセリパーラ人が霊戦機を元に作ったものだ。しかし、性能は霊戦機の足元にも及ばん』
『詳しいな、《覇王》?』
『当然だ。《霊王》の家系の人間に聞かされていたからな。特に、先代の《霊王》にはな』
 そう、自分の持つ《覇王》の力を封じた先代の《霊王》――――神崎家の当主に。
 凌駕が「あれも一緒に始末しろ」と《鬼龍》に命令する。《鬼龍》は頷いた。
 右腕の龍の口内にエネルギーを集中させ、狙いを定める。
『すぐに消してやる。鬼龍咆哮衝ぉぉぉっ!』
 胸に《鬼龍》の称号を輝かせ、右腕の龍の口内から、龍の姿をした炎が放たれる。
 真っ直ぐイシュザルトの甲板に立つ三機に襲い掛かる――――が、そうはいかなかった。
 龍の姿をした炎は軌道を逸らしながら空へと消える。《鬼龍》は目を見開いた。
 ヴァトラスの腕がスティンガルトの右腕を掴み、狙いを外させている。
『な、こいつ……!?』
「テメェの相手は……この俺だ……! 親父ごと一気に……ぶっ倒してやるっ!」
 激痛を堪えながら霊力を集中させ、ハヤトがヴァトラスを動かす。



 再びイシュザルトのブリッジ。搭載されている人工知能イシュザルトが反応する。
『霊力ノ上昇ヲ確認。霊戦機ヴィクダートカラ《武神》ノ解放ヲ確認』
 その言葉に、ジャフェイルがすぐに反応する。
「《武神》だと……!? 彼はもう《武神》を引き出したのか?」
「ヴィクダートが選んだ操者は、呑み込みが早いようね」
「そのようだ。しかし、《武神》の力を引き出せても、《氷河》にはまだ勝てない」
 ヴィクダートの戦闘数値を見ながら、ジャフェイルは説明する。
「相手は、《氷河》の力を知り尽くしている。《武神》を引き出したばかりの状態では、勝ち目はない」
「確かに。しかし、それでも勝たなければいけない」
 早くも《覇王》が動き出してしまったのだから、勝つ以外は許されない。
 しかし、今の状態で勝つ見込みはない。あるとすれば、奇跡の一つでも起きる事くらいだ。
「この状況を変えられる奇跡。そんなものがあれば……」
「奇跡か……。難しいな、私やフォーカスで使ってしまったからな」
 ジャフェイルが過去の――――五十一年前の聖戦を思い出す。
 間違いなく死ぬと分かった時があった。しかし、生き延びた。
 あれこそ、奇跡と言うのだろう。
「もし奇跡が起きるならば、新たなる霊戦機の目覚めか。それとも……」
 それとも、《霊王》の覚醒か。



 ヴィクダートが全身から眩い光を放つ。《氷河》は目を見開いた。
 胸部に浮かぶのは、剣と盾を持った騎士――――《武神》の称号。
『この状況で力を引き出した……そんなまさか……?』
「疾風……雷鳴……!」
 ヴィクダートが瞬時に駆け出し、二本の剣に雷を走らせる。
「斬!」
 そして斬撃。ファイアンダーは素早く全身の氷を盾にして防御する。
 先程とは違う動き。まさしく、《武神》の力を引き出した証拠だ。
 驚きを隠せない《氷河》。それは、ロバートも同じだった。
「力が漲る……。さっきとは比べ物にならないほどに……」

 ――――これが、私の力。《武神》の戦い。

「《武神》……? これが霊戦機の……」
『早い段階で力の解放……流石は、ファイアンダーの宿敵たる霊戦機』
《氷河》が笑みを浮かべる。
『本気で戦わせてもらいます。《氷河》の本当の恐ろしさを、存分に味わいなさい』
 ファイアンダーの全身の氷が分離し、宙に舞う。
 ヴィクダートの周囲に張り巡らせ、《氷河》の称号を輝かせる。
『氷河無限回廊』
 ファイアンダーの両手からビームが放たれ、周囲に張り巡らせた氷に命中する。
 氷に命中したビームは角度を変えて別の氷に命中し、また角度を変えて別の氷に、を繰り返す。
 ヴィクダートの周囲を物凄いスピードで駆け巡る二つのビーム。ロバートは霊力を集中した。
 二本の剣に雷が走り、ビームを弾く――――が、逆に剣が凍った。
「何……!?」
『無駄です。この技は、《氷河》である私の最強の技。決して、破る事はできません』



 イシュザルトの甲板。そこに立つ三体の霊力機の操者は、怨霊機を見て驚愕した。
 霊力機の攻撃は全く効いていない。あれだけの攻撃でも、平然と動いている。
「マジか、全然ダメージねぇのか……!?」
「そのようですね……。やはり、霊力機では……」
 霊戦機を元に設計・開発された霊力機では――――人が手掛けた力では、怨霊機には太刀打ちできない。
 青い装甲の霊力機に乗るアルスは舌打ちし、彼の親友で緑の装甲の霊力機に乗るロルは考え込む。
 そして、黄色の装甲の霊力機に乗る彼女は、ヴァトラスの姿を見て二人に言った。
「とにかく、《霊王》の援護しないと」
「援護は無駄だ。諦めろ」
「諦めろって、アルス、そんな簡単に言わないでよ」
「だったら、何か考えでもあるのか、ミーナ?」
 そうアルスが訊くと、彼女――――ミーナは黙った。
 確かに、援護しても効果はない。黙って見ているしかないのかもしれない。
「それに、あの野郎は俺らみたいなザコの力は借りたくないって思ってるだろうよ」
「……ねぇ、いい加減にしたら? 霊戦機操者に当たるのは」
「何言ってんだ! あいつらは、俺達の仲間を……!」
「見殺しにした。って、言っても、それは彼らには関係ないんだし」
 そう、彼らには関係ない。彼らは地球人で、自分達が霊戦機操者になる運命だったなんて知らない。
「それに、私としては勝って欲しいのよ。アリサの為にも」
「アリサさんの為とは?」
「内緒」
 ロルの質問に、ミーナは笑顔で答える。



 ヴァトラスとスティンガルトが激突を繰り返す。
「おおおおおおっ!」
『このぉっ!』
 向かってくるヴァトラスを前に、スティンガルトは《鬼龍》の称号を輝かせた。
 右腕の龍でヴァトラスに噛み付く。
『鬼龍咆哮衝ぉぉぉっ!』
 龍の姿をした炎が放たれる。ヴァトラスは吹き飛ばされ、悲痛の唸りを上げた。
 ヴァトラスの全身を灼熱が襲い、ハヤトの全身には激痛が走る。
「ぐぁぁぁぁぁぁっ!?」
 立ち崩れるヴァトラス。《鬼龍》の操者はふん、と鼻を鳴らした。
『本気を出せばお前ぐらい倒せる。このままトドメだ。良いな、《覇王》?』
 その言葉に、凌駕はため息をつく。
『仕方ない。この化け物は失敗作だったか』
 強過ぎる霊力、《霊王》と《覇王》の二つの力。これらを持つだけで、ハヤトは強くなかった。
 残念だが殺すしかない。そう、凌駕は判断する。
『殺せ、《鬼龍》よ。木端微塵にな』
『ああ。そのつもりだ』
 スティンガルトの右腕の龍に力が集まり、その口内から龍の姿をした炎が放たれる。
 そのままヴァトラスへと襲い掛かる。しかし、それは命中しなかった。
 炎を防ぐ竜巻。それは、ヴァトラスが出したものではない。
 漆黒の翼を持った機体がヴァトラスの前に立って、炎からヴァトラスを守った。
『スカイダース……! 霊戦機を守ったのか!?』
 そう、《邪風》の怨霊機スカイダースがそこに立っていた。



 イシュザルトのブリッジ。スカイダースの登場でジャフェイルは目を見開いた。
「怨霊機がヴァトラスを……!?」
「いや、違うでしょうね」
 グラナが口を開く。
「スカイダースが守ったのは、自分が選んだ操者……彼でしょう」
「なるほど。操者に死なれては困るからな」
 しかし、これでヴァトラスは助かった。
 スカイダースが戦うかどうか分からないが、操者を死なせない為にヴァトラスを必ず守る。
「あとは、彼が《霊王》として目覚めれば、少しでも勝機が見える……」
「ええ。ヴァトラスと心を通い合わせてくれれば……」



 全身に激痛が走る中、ハヤトはスカイダースの姿を見た。
 なぜか自分を守る怨霊機。
「こいつ……何で……?」

 ――――力が欲しいか?

 頭の中に直接話しかけられる。

 ――――力が欲しければ、我が力を手にせよ。闇を得よ。

「闇……力を手に入れられるなら……!」
 右手の《邪風》の称号が輝く。同時に、《霊王》の称号が輝き出した。
「ぐぅぅぅっ!?」
 激痛が走る。すると、今度はヴァトラスが頭の中に直接話しかけてきた。

 ――――闇に取り込まれるな、主よ。

 ――――光の存在は黙っておれ。この者は、闇を手にする事で強大な力を得る。

《邪風》の称号が輝きを増す。

 ――――さあ、力が欲しければ我を選べ。

 ――――待て、主。主は全世界を救う者。闇を手にしてはならない。

 ――――黙れ。この者は我の主だ。

 対立するヴァトラスとスカイダース。ハヤトの全身を激痛が駆け巡る。

 ――――闇を手にせよ。闇の力を選べ。

 ――――光だ。主は光こそが相応しい。

「……れ」

 ――――強大な力が欲しいのだろう? ならば、闇を選べ。

「……まれ」

 ――――闇を手にする必要はない。光があれば、主は強く……!

 ――――黙っていろ。闇こそが、主の力。

 ――――違う。光こそが、主の本来の力。

「黙れぇぇぇぇぇぇっ!」
 ハヤトが声を上げる。そして、ヴァトラスが立ち上がった。
「光とか闇とか……! 俺に指図するな! 俺は力が手に入るなら、どっちでも良い!」
 鋭い瞳で父――――キングガスタムを睨み付ける。
「俺は《霊王》でも《覇王》でもない! 親父が言う化け物でもない! 俺は……俺は……俺は!」
 瞬間、《霊王》と《邪風》の称号の輝きが増す。全身の激痛がさらに増した。
 歯を噛み閉めて堪え、ハヤトが咆哮を上げる。
「俺は……俺だぁぁぁぁぁぁッッッ!」
 眩い光が辺り一面を覆いつくし、視界を奪う。



 辺り一面を覆う眩い光。人工知能イシュザルトが言葉を発する。
『霊戦機ヴァトラスカラ霊力ノ上昇ヲ確認。霊力値、計測不能。解放率上昇……』
「測定不能の霊力だと……!? まさか、《霊王》の力を……!?」
 光に視界を奪われながら、ジャフェイルがグラナの方を向いて訊く。グラナは首を横に振った。
「分からない……しかし、この光は一体……?」
『《霊王》ト《邪風》ノ解放ヲ確認。操者ノ霊力解放率、更ニ上昇……』
 二つの称号の解放、そしてまだ引き出される霊力。グラナとジャフェイルは驚きを隠せなかった。
 自分達の知る操者の中でも、これほどの人間は存在しない。
 あのジュウゾウでも不可能だ。とにかく、何が起きているのか分からない。それが今の正直な気持ちだった。



 光が消える。それは、誰もが信じられない事態だった。
 そこに存在するのは霊戦機でも怨霊機でもない、全く別の機体。
 白銀の装甲に覆われた全身、戦闘機のような四枚の翼と漆黒の大きな機械的な鳥の翼が二枚ある。
 何よりも特徴的なのは、その瞳。右は緑で左は赤と言う、異なる色。
『……何が起きた? あれは霊戦機なのか……!?』
 目の前で起きた事に対し、《鬼龍》は動揺する。彼の後ろで《覇王》――――凌駕は、息を呑んだ。
『霊戦機と怨霊機の融合……まさか、そのような事があるとは……!』
 第一、相反する二つの存在が一つに融合するなど、決してありえない。
 しかし、目の前に存在する機体は、それをやってしまった。
《鬼龍》が笑顔を浮かべる。何かを吹っ切ったかのように。
『はは……はははははは……。面白い、どれほどの強さか見せてもらう!』
 スティンガルトの片腕の龍に光が集まる。
『ドラゴニック・バァァァンッ!』
 放たれる波動。霊戦機と怨霊機が融合した機体――――謎の機体は、漆黒の翼を大きく広げた。
 腕部、脚部から放熱フィンのようなものが展開し、漆黒の翼が羽ばたく。
 謎の機体の周囲に風が巻き起こり、《鬼龍》の放った波動を掻き消した。
『何……!?』
 謎の機体の両肩が開き、二つの砲門を見せる。
 そして、放つ。二つの巨大なビームが放たれた。
 ビームを弾き、《鬼龍》が攻撃を仕掛ける。
『チッ、鬼龍咆哮衝ぉぉぉっ!』
 龍の姿をした炎が放たれ、謎の機体を襲う――――が、そこに謎の機体は存在しなかった。
 瞬時に上空へと移動し、漆黒の翼をスティンガルトへと向ける。
「……おおおおおおっ!」
 ハヤトの咆哮と共に、漆黒の翼から無数のビームが放たれる。スティンガルトは無数のビームに呑み込まれた。
『な……!?』
 倒れる。それを見た凌駕は目を見開いた。
 霊戦機と怨霊機が融合した謎の機体。その強さは、ヴァトラスの時とは桁が違う。
 しかも、それだけではない。ハヤトから感じられる霊力までもが違っている。
『”聖域(=ゾーン)”か……? まさか、これほどの強さを持っているとはな……』
 何が要因となって引き出されたか分からないが、”聖域”をも手に入れたとは。
 これが、ハヤトの強さ。謎の機体が剣を肩上に持っていき、剣先に光の球体を生成する。
 それを見た凌駕も、すぐに《覇王》の力を解放した。
 キングガスタムが漆黒のオーラを全身に纏い、暗黒の太陽のような称号が輝く。
『覇王……爆砕破ァァァッ!』
「うぉぉぉおおおおおおっ!」
 胸の瞳から放たれる無数の波動。振り下ろされ、剣先から放たれる巨大な光の波動。
 二つの波動が激しくぶつかり、大気を震わせながら消滅する。互角かと凌駕は思った。
 が、その瞬間、謎の機体が突撃し、剣でキングガスタムの右腕を両断した。
『何……!?』
 悲鳴を上げるキングガスタム。父親を睨み付け、ハヤトが剣に霊力を集中させる。
「……最後だ、親父。こいつで決める……!」
 先程までとは違って、落ち着いた口調。凌駕はふっと笑みを溢した。
 まだ強さを秘めている。ハヤトにはまだ、何かがある。
『……今回は私の負けにしておこう。しかし、今は死ぬ気などない』
「何……!?」
『お前では、私には勝てん』
 キングガスタムの胸の瞳が眩い光を放つ。ハヤトは思わず目を閉じた。
 その瞬間に、キングガスタム、スティンガルトの二体が姿を消した。
 それに気づき、ハヤトが周囲を探す。
「くっ、どこだ……!?」
 虚空から、父の言葉が聞こえ出す。

『ハヤトよ、今は大人しくしてやろう。キングガスタムの傷が癒えるまで、な』

「逃げるのか……!?」

『そうだ。次に戦う時が、全ての決着だ』

 虚空から聞こえる父の言葉。ハヤトは「ふざけるな」と拳を強く握った。
「何が全ての決着だ……! テメェだけは、必ず……!」
 倒す。そう思うハヤト。
 途端、激痛に苦しみ、ボロボロになった身体が意識を次第に奪い、謎の機体ごと倒れた。



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