イシュザルトのブリッジ。そこで、グラナは安堵の息をついた。
《覇王》は退いた。これだけで、どれほど助かったものか。
「寿命が縮む思いをしたわ、本当に……」
「……グラナ、あのヴァトラスなのだが……」
 隣で、ジャフェイルが訊く。グラナも頷いた。
 霊戦機ヴァトラスと怨霊機スカイダースが融合した、霊戦機とも怨霊機とも言えない謎の機体。
 果たして、この機体をどうするべきか。それが、今の問題だ。
「彼は気を失ったみたいだから、とりあえず回収するしかないわ」
「忙しくなりそうだな」
「ええ。ジャフェイル、頼みがあるのだけれど……」
 グラナがそう言うと、ジャフェイルがふっと鼻で笑う。
「言われなくても分かる。あの機体についてはともかく、私は彼――――《武神》の操者に教えるだけだ」
「ありがとう。……アラン、彼が乗る機体の回収をお願い」
『大丈夫なのか? 霊戦機なんだろうけど、半分は怨霊機だろ?』
「艦長命令よ。そんな心配しないで、回収しなさい」
『分かった。やれば良いんだろ、やれば。ったく、すぐ艦長命令とか言って……大体婆ちゃんは……』
 ぶつぶつと文句を言われながら、通信を切られる。グラナは、流石に溜め息をついた。





宿命の聖戦
〜Legend of Desire〜



第一部 はじまりを告げた聖戦

第七章 霊戦機操者の課題


 瞼の上からでも分かるほどの光で、ハヤトは目を覚ます。視界が白色に染まった。
  柔らかい感触はベッド。ここがイシュザルトと言う戦艦の医務室であるとすぐ理解した。
 ハヤトの寝ているベッドの隣に座っていたサエコが「ハヤト!」と声を上げる。
「気がついた!? ハヤト、大丈夫!?」
「サエコ……うぅっ」
 全身に痛みが走る。
「ハヤト!」
「……くっ……あの程度で……!」
 怨霊機との戦い程度で、この痛み。ハヤトは歯を噛み締めた。
 これじゃ奴は倒せない。そう思うと、このまま寝ているわけにはいかない。
 全身の痛みを無視して起き上がろうとする。そんなハヤトをサエコが止める。
「ダメ! 今はゆっくり休んで!」
「んな事言ってる場合じゃねぇっ……! 俺は……俺はあいつを……!」
「ハヤト!」
「うるさい! 俺に指図するなッ!」
 そう言って、体を起こす。が、すぐにベッドから転げ落ちた。
 痛みが走る身体に、床へと落ちた衝撃が加わり、さらに痛みを増す。
 それでも、ハヤトは歯を噛み締めながら起き上がろうとしていた。ただ、父を倒す為に。
「くっ……くぅ……ぅっ!」
 目の前に広がる光景がぼんやりしている。腕を動かすだけでも辛い。
 しかし、今は戦う為に立ち上がる。サエコは止めたくても止められない。
 そんな時、アリサが医務室に入って来た。目を覚まし、ベッドから落ちているハヤトを見て驚く。
「ハヤトさん!? ダメです、まだ安静にしていないと……!」
 ハヤトの側に寄る。ハヤトは「構うな!」と声を上げた。
「今は寝てる場合じゃねぇんだよ! あいつを……あの野郎を倒すんだ!」
「無茶です、そんな状態で……」
「俺が平気だって言ったら平気だ!」
「ハヤトさん!」
 バシンッ。乾いた音が医務室に響く。アリサがハヤトの頬を叩いた。
 目をパチパチと、ハヤトが驚く。
「……ハヤトさんがどんなに平気と言っても、今はゆっくり休んでください」
「…………」
「これ以上の無茶は、ハヤトさんの身体が耐えられません。ですから……」
「……くっ」
 ふらつきながら立ち上がり、ベッドに戻る。その姿を見て、サエコは驚いた。
 あのハヤトが、他の人間の言葉を素直に聞いた。
 否、一部の人間の言う事は聞く。しかし、それは彼の家族や自分くらいだ。
 会ったばかりの少女の言う事を聞くのは、まず有り得ない。
「……サエコさん、ですよね?」
 アリサがサエコの方を見る。
「私はアリサ=エルナイドと言います。お婆様……艦長のグラナ=エルナイドの孫です。
 ハヤトさんと一緒にこの世界に来た方だと伺っています」
「…………」
「あの……?」
「……凄いね。ハヤトをひっぱたけるなんて」
 と、サエコが言う。アリサは顔を真っ赤にして、首を横に振った。
 とっさの事だったとは言え、思い返してみれば、自分がやったとは思えない。そんな顔だ。
「い、いえ……さっきのは、その……」
「別に気にしてない」
 ベッドに横たわったハヤトが口を開く。アリサとサエコ、二人が同時に驚いた。
 そんな二人の反応を無視し、ハヤトはアリサに訊いた。
「……教えろ、何が起きた?」
「え……?」
「親父との戦いで、突然強い力を得た。あの時、何が起きた?」
「それは、あの……」
 霊戦機と怨霊機が一つに融合した時。ハヤト自身には、何が起きたか分かっていない。
 だからこそ、ハヤトはアリサに訊いたのだ。
 その質問の答えが返って来る前に、サエコが話し掛ける。
「ハヤト、今は休んで。それで、元気になったら帰ろう? こんな世界にいるよりは……」
「んな事できるか……!」
「ハヤト……」
「この世界にあいつが……あの親父がいるなら、俺は奴を倒す。それまで、この世界に残る」
「でも……!」
「うるさい。サエコなんかには関係ないだろ」
 ハヤトの言葉に、サエコはキュッと唇を噛み締めた。



 イシュザルトの格納庫。艦長の孫であるアランは、ついに例の物を実装した。
 霊力機が怨霊機に対抗する為の、唯一の力。
 今までも開発はされていたが、一度も実装段階までは行かなかった。
 だが、これなら、霊力機でも怨霊機と戦える。
「あとは操者達が使えるかどうか。こればっかりは、アルスやロルだとデータを取る意味ねぇし」
 あの二人は、霊力機の操者としては優秀過ぎる。それだと、この装置のデータを正確に取れない。
「ミーナはテストとかしたがらねぇし……何でイシュザルトに所属する操者が三人しかいねぇんだよ……」
 それも、自分も含めて年齢層の若い人間達。
 イシュザルトに所属できる人員は、全て艦長である祖母が決めている。
「婆ちゃんに考えがあるんだろうけど……ま、どうでも良いか」
 頭を切り替える。
「霊力機の問題は一先ずクリアしたんだ。次は、こいつの解析だよな……」
 そう言いながら、一体のロボットを見る。
 ハヤトが今まで乗っていた、霊戦機と怨霊機が一つに融合した謎の機体。
 なぜ、相反する二体が融合したのかは分からない。だからこそ、調べる必要がある。
「……ま、どうせ調べても分からないんだろうけどな。はぁ……今日は徹夜か……」



 霊戦機ヴィクダートのコクピットの中。その中で、ロバートは先ほどの戦いを思い出していた。

『《武神》の力を引き出した事は評価いたします。ですが、私には絶対に勝てません』

 最後――――敵の攻撃を受け、倒れた時に言われた言葉。
《武神》と言う力を引き出し、信じられない強さを得た。しかし、それでも勝てなかった。

『今回は退きます。しかし、次に戦う時が最後だと思いなさい』

 なぜ、あの時撤退して行ったのか分からない。だが、これだけは分かる。
 次戦う時は、負けるわけにはいかない。
「……強くなりたい……!」
「そう思うなら、降りて来なさい。《武神》のパイロットよ」
 コクピットの外から、そう言われた。ロバートはコクピットを開く。
 ジャフェイルと名乗った老人がいた。
「今の君では、《氷河》を倒す事はできない。まだ、力を引き出したばかりの君では」
 敵は、力を完全に引き出している。勝つには、同じ状態にまで彼を導くしかない。
 それが、ジャフェイルの考え。
「まだ、会っていないのだろう?」
「……会う?」
「共に戦う者。君と同じ、霊戦機に乗る人間と」
「……!」
 目を見開く。ロバートは驚いた。
 まだ、詳しい説明を受けていなかったが、自分と同じように戦う人間がいる事に。
 ジャフェイルが頷く。
「とりあえず、今は彼に会う事をしよう。その後で、私自ら君に操者としての戦い方を教えよう」



 艦長室。そこで、グラナは頭を悩ませていた。
 全世界を救うとされる《霊王》は、《覇王》の力も持っていた。
 それだけではない。さらには、霊戦機ヴァトラスと怨霊機スカイダースを融合させてしまった。
「アルス達の反応を予測したくないわね……」
 特に、《霊王》や霊戦機操者と言う存在を毛嫌いするアルスの反応は。
 考える。今後の事を。
「艦長!」
 と、タイミング良くアルスが現れる。グラナは小さく溜め息をついた。
 机の上にバン、と強く叩きつけながら、グラナを睨むアルス。
「艦長、あれは何だ!? 何で霊戦機と怨霊機が一つに合体した!?」
「相変わらず、私の予想と同じ行動を取るわね、アルス」
 そう言いながら、グラナが話を続ける。
「あれについては、私でも分からない。《霊王》によって誕生した事は確かではある」
「つまり、あの野郎……《霊王》は敵だって事だよな!?」
「違う。彼は世界を救う存在だ。敵ではない」
「だったら、何で合体したっ!」
 再度、机を強く叩く。
「《霊王》は偽物で、本当は怨霊機操者だったって事だろう!」
 そう言って、部屋から出ようとする。グラナがそれを止めた。
 アルスの考えている事は分かっている。本当に、手に取るように。
「待ちなさい、アルス。彼を殺させはしない」
「ふざけるな! あいつを殺さねぇ限り、世界は救われない!」
「逆だ。世界は《覇王》によって支配される。なぜ、それが分からない?」
「《霊王》とか霊戦機とか、伝説に頼る必要は無い! 俺が全部倒してやる!」
「穏やかな話ではないな」
 話を聞いていたのか、ジャフェイルが姿を見せる。後ろには、ロバートの姿もあった。
「分かっているはずだ、霊力機では怨霊機と戦う事ができない」
「んな事、実際にやってみねぇと分からないだろうが!」
「分かる。霊力機では、操者と心を通い合わせる事ができない」
 霊戦機と怨霊機が強いのは、まさにそこにある。操者の持つ力と秘められた力、それらを全て引き出す力。
 霊力機には無い、神が与えたと言っても良い力。
「霊戦機と霊力機と言う差、そして操者としての差がある限り、アルス、君では世界を救う事はできない」
「くっ……」



 医務室。ベッドに横になったまま、こっちの世界に来て分かった事は色々ある。そう、ハヤトは思った。
 まず、文明が栄えている。地球よりもずっと。
 その証拠に、先程アリサから飲まされた薬で身体の痛みがもうほとんど無い。
「あの時……」
 あの時――――霊戦機と怨霊機に怒鳴った後、今までに無い強い力を得た。
 研ぎ澄まされた感覚と冷静な思考能力。初めてだった。
「……化け物、か……」
 呟く。すると、サエコが顔を覗いてきた。
「何か言った?」
「……別に」
「何か言ったでしょ? 教えてくれも良いじゃない、もう……」
 むっとした表情を浮かべ、両頬を膨らませる。
「失礼します。お食事をお持ちしました」
 その時、医務室から離れていたアリサが再び戻って来た。
 彼女の後ろから、銀色の箱のようなものが付いて来て、ハヤトが横になっているベッドの横で止まる。
 アリサが銀色の箱を操作すると、箱が動いてハヤトの前にテーブルと湯気を浮かべた食べ物達が姿を見せた。
「今のハヤトさんの状態を考えて作りました。お口に合うと宜しいのですけれど……」
「…………」
 試しに一口食べてみる。そう思ったハヤトは、スプーンのようなものを手に取った。
 出された食べ物をすくい上げ、口へ運ぶ。ハヤトの目が大きく開いた。
「…………」
「如何ですか……?」
「…………」
 アリサが恐る恐る訊く。ハヤトは黙って食事を続けた。
 見ていたサエコが気になったのか、少しだけつまみ食いをする。そして驚いた。
「美味しい……」
「本当ですか?」
「うん、ハヤトも美味しいよね?」
 しかし、ハヤトは答えずに食べ続ける。
「ハヤト、感想くらい言ってあげようよ?」
「…………」
「ハヤトっ!」
「いえ、良いんです。ちゃんと食べてくれるだけで、私は嬉しいんです。
 最近はお婆様も弟のアランも忙しいから、なかなか食べてくれませんので……」
「そうなんだ……」
 二人が話していると、ハヤトが手を止める。そして、立ち上がった。
 右手を拳にし、小さく構える。アリサとサエコが首を傾げた。
「ハヤトさん?」
「ハヤト?」
「…………」
『《霊王》ぉぉぉっ!』
 医務室の扉が開き、青髪の青年――――アルスが入って来る。ハヤトは構えていた拳を繰り出した。
 軽く、小さな動きから繰り出される拳。アルスの顔面直前で止める。
 空を切り、アルスの髪が少しだけなびく。そして、彼の額から汗が流れ落ちた。
「……!?」
「……ある程度は回復したか。これなら、あの野郎を倒せる……!」
 ハヤトが小さく言う。それが狙いだった。
 身体の痛みも小さいし、アリサの出した食事で体力の回復も出来ている。
「それにしても、やはり単純だな。俺が止めていなかったら、簡単に吹っ飛んでいたぞ」
「貴様ぁっ!」
 アルスが殴り掛かる。ハヤトは手で軽く受け流した。
「遅い」
 再び、アルスの顔面直前で拳を止める。その速さは、アルスには見えなかった。
 サエコがハヤトを止めに入る。
「ハヤト、ダメ!」
「下がってろ。一度は、格の違いを教えてやる必要がある」
「ハヤト!」
「ならば、場所を変えてもらいたい」
 その時、再び医務室の扉が開く。ジャフェイルがそこにいた。
「ここでは流石に狭い。専用の場所で戦う方が、君も少しはまともに動けて良い」
「…………」
「アルス、君も良いな?」
「……良いだろう。テメェを全力でぶっ倒してやる!」
 頷き、アルスが拳をハヤトの目の前に突き向けた。



 イシュザルトに設けられている、かなりの広さを誇る部屋。そこに、ハヤト達はいた。
 ジャフェイルが説明をする。
「アルスは知っての通りだ。酸素濃度は通常の約七割程度、霊力については三割程度しか放出できない」
「ああ。いつもの事だからな」
「…………」
 右手を何度か動かし、ハヤトが理解する。この空間は、トレーニングする為のものだ。
 だからこそ、酸素濃度も低く、高い霊力は解放出来難くされている。
 それでも、全く問題はない。そう、ハヤトは思った。
「おい、武器は無くて良いのか?」
 アルスが訊いて来る。ハヤトはふっと鼻で笑った。
「必要無い。お前こそ、無いと俺を倒せないぞ」
「安心しろ。俺の武器は、この拳だ」
 アルスが構える。しかし、ハヤトは構える事すらしない。
 ジャフェイルが合図を出す。
「それでは、始め!」
「先手行くぜっ! ウォォォタァァァバティカルッ!」
 アルスが動き出す。拳の霊力を集中させ、水を集めて殴り掛かった。
 ハヤトが軽く手を前に出して、呆気なく受け止める。アルスの目が見開く。
「なっ!?」
「弱い。水の霊力を使った意味が無いな」
 空いている手に霊力を集中させる。それを見たアルスが驚く。
「お前、それは……――――!?」
 殴られる。アルスが吹き飛ばされた。
「ぐぁっ……」
「動きが単純過ぎる」
 そう言いながら、アルスから目を離す。そして、ジャフェイルの方を見た。
 彼の後ろにいる男――――ロバートを指差す。
「そこに立っていないで、お前も来い。そいつと一緒に相手をしてやる」
 アルス一人では話にならない。どうせなら、二人で挑んで来い。ハヤトにとっては余裕だった。
 ジャフェイルがロバートの方を見て、軽く頷く。
「一度、ぶつかり合った方が良いかもしれない。霊戦機操者同士、分かりあう為に」
 その言葉に、ロバートが頷く。ジャフェイルが二つの棒状の物を渡した。
「模擬刀だ。霊力を少しだけ込めれば刀身が出てくる。相手にダメージは与えない」
「分かりました」
 ジャフェイルの前に出て、受け取った模擬刀に霊力を込める。刀身が姿を見せた。
 ロバートの姿を見て、ハヤトがふっと笑みを浮かべる。
「それで良い。少しは、本気を出せるかもしれないからな」
「俺はロバート=ウィルニース。お前は?」
「神崎勇人だ」
 ハヤトが拳に霊力を集中させ、振るう。衝撃波が放たれた。
 模擬刀を振るい、受け止める。次の瞬間、ハヤトが接近してきた。
 霊力を拳に集中して振るう。ロバートが受け止める。
「くっ……」
「なかなか良い反応だな。あいつよりは全然良い」
「そうか。だったら、これならどうだ?」
 距離を取り、ロバートが霊力を集中させる。模擬刀に雷が走り出した。
「疾風雷鳴ッ……!」
 駆ける。それを見たハヤトは、ゆっくりと目を閉じた。
 集中力を高め、霊力を拳に集める。
「こんなものか」
 ロバートの攻撃を受け止める。ロバートは目を見開いた。



 イシュザルトの艦長室。そこでトレーニングルームの様子をモニター越しからグラナは見ていた。
 驚くほどの戦闘能力と霊力。それは、桁違いだった。
 同じ霊戦機操者であるロバートも、自分達の頃に比べれば、レベル的には高い。
 それなのに、彼――――ハヤトの強さは、そんなロバートでも通用しない。
「あとは感情をコントロール出来れば……」
 獣蔵が難色を示していたのは、それだろう。ハヤトは感情の起伏が激しい。
《霊王》と《覇王》、二つの力を継ぐだけでなく、無限とも言える霊力。
 過去に何があったか分からぬが、ハヤトは心を閉ざしている。間違いなく。
「……イシュザルト、アランは?」
『霊力機ノ調整中デス』
「あの機体については、まだ分かっていないみたいね……」
「艦長!」
 と、そこで扉が開く。一人の少女が入って来た。
 赤い髪をサイドアップでまとめた、強気な瞳が特徴の少女。
「リューナ=シュレント=フェルナイル、本日を持って所属になります!」
「良く来たね。皆には会った?」
「ディバリアを格納した時にアランと。他はまだ」
「そう」
「それよりも、面白い事やってるみたいね」
 そう言いながら、モニターを見る。
「この二人は?」
「霊戦機操者。武器を持っていないのが《霊王》で、模擬刀を持っているのが《武神》」
「ふーん……アルスが勝てないくらいだから、相当強いんじゃない?」
 モニターの端の方で倒れている姿が見える。アルスのその姿を見て、彼女は呆れていた。
 霊力機操者としては、かなりの実力者なのだが、霊戦機操者に勝てなかったのか、格好悪かった。
 グラナが言う。
「アルスが弱いと言うよりは、彼らが強過ぎるのよ。特に《霊王》はね」
「確かに。トレーニングルームの中って、かなり霊力の解放が制限されるんでしたっけ?」
「そう。あの中では、通常の三割以下しか引き出せない。普通に戦えば、すぐ体力が尽きるでしょうね」
 それくらい、霊力と言うものは扱いが難しい。それを平然にできるハヤト。
「これで、霊戦機操者同士、少しでも仲良くなってくれれば」
 まず、無理だろう。《霊王》が心を閉ざしている限り。昔も似たようなものだった。
 力の差があるからこそ、力を合わせようとしない。
「霊戦機操者って、二人だけ?」
「ええ。他は、前の聖戦で破壊された事も影響している」
「ふーん……あ、《武神》の操者が負けた」
 モニターを見る。ロバートの模擬刀を弾き飛ばし、霊力を集中させた拳でロバートの腹部を捉えるハヤトの姿があった。
 呆気ない決着。グラナが溜め息をつく。
「霊戦機操者二人の実力は分かった。あとは、その強さを霊戦機に重ねる事ができるか」
 強さとしては申し分ない。昔の頃に比べても、大差は無いに等しい。
 怨霊機を倒すには、霊戦機と心を合わせなければいけない。つまり、称号の力を引き出す必要がある。
 それも自分の意思で。一時の感情では、自分の意思で怨霊機の力を引き出している相手には勝てない。
「《武神》にはジャフェイルがいる。問題は《霊王》の方……」



 アルス、ロバートを負かしたハヤトは、二人の姿を見て舌打ちした。
 弱過ぎる。これでは、全く修行にはならない。
「霊力の扱いは、獣蔵から教わったのかな?」
 ジャフェイルが話し掛ける。ああ、とハヤトは頷いた。
「最初だけな」
「最初だけ?」
「一度だけ見て、あとは全部覚えた。どうせ、この力を俺の物にするのは、俺だけだからな」
 それを聞いて驚く。獣蔵は、彼にまともな霊力の修業をさせていない。
 しかし、ハヤトの言う事も正しい。だからこそ、無限を秘めた霊力を暴走させていないのだ。
 ハヤトの強さは、己の鍛錬の成果。
(なるほど……。では、彼の課題は決まったも同然か)
 彼が《霊王》として《覇王》と戦うには、起伏の激しい感情をコントロールし、ヴァトラスに対して心を開く事。
 それが、彼が今以上に強くなる条件だ。
(そして……)
 ロバートを見る。彼に今必要なのは、自分の霊力を知る事。
 ヴィクダートの力は引き出せる。そうなれば、ロバートが強くなるには、自分の霊力を完全に引き出せれば良い。
 ハヤトがアルスに近づき、言い放つ。
「これで満足だろ。俺とお前じゃ、全てが違い過ぎる」
 そう言って、出口まで歩く。ふと、足元がふらついた。
 壁に背を向けて、もたれ掛かる。くそ、と拳を握りった。
「まだ回復が追いついていないか……!」
 あの短時間では、これが限界だったらしい。流石に、体力だけは薬や食事だけでは駄目だったようだ。
「ハヤト!」
 サエコが近寄る。ハヤトはサエコを振り払った。
「良い……一人で歩ける」
「でも……」
「良いって言ってるだろ……ぐっ……!?」
 痛みが走る。ハヤト自身、ある程度の完治はできていたと思っていたが、まだ早かったのだ。
 ハヤトの肩をサエコが持つ。
「ほら、やっぱりまだ……医務室に行こう。ね?」
「…………」
 小さく頷く。



 トレーニングルームでの一戦から一時間後。ロバートは、ジャフェイルによる特訓を受けていた。
「君が今すべきなのは、技を磨く事ではない。霊力を知る事だ」
「霊力を知る……?」
「そう。君は、霊力について、どこまで知っている?」
 ジャフェイルが尋ねる。ロバートは首を横に振った。
「正直、霊力が何なのかは分かりません。ただ、集中して力を込めると剣に雷が走るくらいで……」
「それが、私達の言う霊力だ。地球では”氣”と呼ぶ者もいれば、”オーラ”と呼ぶ者もいる」
「オーラ、ですか?」
「その通り。そして、その力には属性がある。君が剣に雷を走らせられるのは、それが起因でもある」
 霊力とは、内に秘める特殊な力。その力を引き出せる者もいれば、引き出せない者もいる。
 そして、その力の個性を示すかのように存在する属性。
「霊戦機は、君の霊力によって動いている。君が、まともな霊力の引き出し方を習得すれば、霊戦機はより強くなる」
「霊力の引き出し方?」
「霊力を上手く制御できれば、無駄に霊力を消耗せずに戦う事ができる」
 ジャフェイルが一冊の本を取り出す。
「君は、ある程度の引き出し方を知っている。あとは、確実な制御を身につける事。それが《氷河》を倒せる方法だ」
 そして、ジャフェイルによるロバートの修業が始まった。



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