イシュザルトへと迫る二つの魔。一つは、《冥帝王》の”中枢”が操るオルハリゼート。
そして、赤熱に燃える炎の翼と漆黒の翼を持つ存在。
『分かってるね、”右腕”?』
『当然。私の役目は、《太陽王》を消す事』
『そして、《太陽王》の新たなる器となった霊戦機を手に入れる事。ふふ、頼むよ』
霊戦機ヴァトラスを手に入れ、このオルハリゼートと共に取り込めば、より強大な力を得る事ができる。
そうすれば、《邪神王》が何らかの方法で力を得ても、自分を倒す術はない。
いや、《太陽王》さえ消せれば、もはや自分を倒せる可能性がある存在はいなくなる。
『あとは、目玉が”核”を見つければ、”完全体”に戻る事ができる』
『…………』
イシュザルトの警報を聞き、ハヤトが格納庫のヴァトラスの元へと辿り着く。
「ヴァトラス、いけるな?」
訊く。ヴァトラスが唸りを上げて、身を低くした。
右手をハヤトの前に差し出し、コクピットを開く。
「パパーッ!」
途端、ユキノの声が聞こえた。立ち止まり、自分の元に走って来るユキノの方を見る。
泣きながら走って来たユキノは、ハヤトの足にしがみついた。
子供の小さな力が、ズボンを強く握っているのが分かる。
「パパぁ……」
「ごめんなさい、ハヤトさん。警報が鳴った時に驚いたみたいで、それで『パパのところに行く!』って……」
後から来たアリサが説明する。ハヤトは、その場にしゃがみ込んでユキノを優しく撫でた。
「大丈夫だ、ユキノ。怖いものは全部、パパが追い払うから。だから、離してくれないか?」
「んーんー!」
首を横に振られる。ハヤトはどうしようもなくて困った。
そんなハヤトの姿を見て、アリサがユキノを後ろから抱きしめて言う。
「ユキノちゃん、パパの言う事を聞いて。ね?」
「んーんー!」
「大丈夫。パパはすぐ帰って来るから。ね?」
「…………」
ゆっくりと力を弱め、ユキノが離す。「ありがとう」と頭を撫でながら、ハヤトは微笑んだ。
アリサが不安そうな表情でこちらを見ている。
そんなアリサの不安を取り除こうと、ユキノには見えないようにして、軽く唇を重ねた。
「必ず、生きて帰る。約束する」
「……はい。約束です」
もう一度だけ軽く唇を重ね、ハヤトがヴァトラスに乗り込む。ヴァトラスが静かに唸りを上げた。
立ち上がり、二人に注意しながら、発射口まで歩いていく。
《冥帝王》の”中枢”、”右腕”がイシュザルトの目の前で動かなくなる。
いや、待っているのだ。《太陽王》が――――ハヤトが出てくるのを。
ハヤトを殺し、霊戦機ヴァトラスを手に入れる為の機会を待っている。
『”中枢”、他の敵は?』
『いないよ。あえて言えば《邪神王》くらいだけど、あんなのは敵じゃない』
葉山が言い切る。
『《邪神王》は《太陽王》と違って、強くなっていない。どちらかと言えば、前の時よりも弱い』
「言うじゃねぇか、貴様……! だったら見せてやる。最強の《邪神王》をなぁっ!」
瞬間、闇の波動が襲い掛かる。”中枢”と”右腕”は軽く避けた。
イシュザルトの甲板から一体飛び出した。堕天の如き漆黒の翼を持ったダークネス・ジハードの姿。
《邪神王》の姿を見て、葉山が笑う。
『無駄に出てきたね、《邪神王》。弱いのに』
「誰が弱いだ、貴様ぁっ! 俺を甘く見るんじゃねぇッ!」
『弱いよ。なにせ……』
ダークネス・ジハードの目の前に、”右腕”が瞬間的に移動する。
「な……!?」
『僕の”右腕”の反応さえ、捉えられないんだから』
『サーヴァント・デスサイズ』
”右腕”の闇の翼が巨大な鎌へと姿を変え、ダークネス・ジハードに斬りかかる。
とっさに神々の魔剣で受け止める。しかし、その動作自体が遅かった。
炎の翼が鋭く長い槍へと姿を変え、ダークネス・ジハードの腹部を貫いている。
『ヴォルケイオ・メア』
「ぐぉぉぉっ!?」
ダークネス・ジハードが悲鳴を上げる。”右腕”を相手に、《邪神王》は全く歯が立たなかった。
否、それ以前に攻撃すらできなかった。敵の攻撃が圧倒的に早いのだ。
あまりにも弱過ぎる《邪神王》の姿を見て、呆れたかのような瞳で葉山が見下す。
『それでも本当に《邪神王》? 昔戦った時の方が断然マシだったよ』
「こ……の……ッ!」
『神々の魔剣を取り戻しても、結局はザコのままだったね。”右腕”、すぐにでも殺して良いよ』
『…………』
炎の翼と闇の翼が、それぞれ大剣へと姿を変える。
『イビル・デスクロス』
「青龍破靭斬ッ!」
突如、巨大な龍の波動が襲い掛かる。”右腕”はすぐに無力化した。
「遅い! レジェンド・ヴァァァァァァドッ!」
”右腕”の隙を突いて、光の波動を放つ。しかし、それはオルハリゼートに防御された。
まだ《太陽王》へと”覚醒(=スペリオール)”していない霊戦機ヴァトラスの姿が、そこにあった。
『出てきたね、《太陽王》……!』
「《冥帝王》の部位が二体か……! 雷魔、大丈夫か?」
《邪神王》――――雷魔に訊く。雷魔は舌打ちしつつ答えた。
「チッ、助けんじゃねぇ!」
「助けるさ。《冥帝王》を倒すには、お前の力が必要だからな」
「チッ……!」
『《邪神王》の力が必要? こんな弱い奴の力を借りても、僕は倒せないよ』
オルハリゼートが剣を構える。
『邪魔な君には死んでもらうよ、《太陽王》。全ての破滅の為にも』
「やれるならやってみろ、葉山! 俺は、必ずお前を倒してみせる!」
『それは無理だ、《太陽王》。”右腕”、《太陽王》を消せ』
『…………』
瞬間、”右腕”が姿を消す。ハヤトは目を見開いた。
ヴァトラスの目の前に姿を見せ、”右腕”の炎の翼が槍へと姿を変える。
『ヴォルケイオ・メア』
「――――!」
襲い掛かる槍にハヤトが素早く反応する。ヴァトラスの左腕から神の槍が現れた。
神の槍が”右腕”の槍を受け止める。そして、ハヤトの瞳の色が黄金へと変わった。
「スペリオォォォルッ!」
眩い光がヴァトラスを包み込み、その姿を変える。最強の霊戦機ファイナルヴァトラスに。
「光陽聖霊破ッ!」
青く、黄金に輝く波動を放つ。”右腕”はすぐに避けた。
距離を取り、闇の翼を巨大な鎌に変える。
『サタン・ハーケン』
振るい、暗黒の刃を放つ。
「アリアス!」
神の盾で受け止める。しかし、その判断は間違いだった。
瞬時に間合いを詰めた”右腕”が、二つの翼を大剣へと姿に変えて振り下ろす。
『イビル・デスクロス』
「な……!? このっ!」
神の槍で大剣を受け止める。
「くっ……どうにか……!」
『防いだと思わない方が良い。私の力は、この程度じゃない』
「何……!?」
『天滅』
”右腕”の背中から血塗られた翼が現れ、ファイナルヴァトラスを切り裂く。
「ぐぁぁぁぁぁぁっ!?」
『ヴォルケイオ・メア』
すかさず、槍が腹部を貫き、ファイナルヴァトラスが悲鳴を上げた。
イシュザルトのブリッジ。そこで、アランは信じられないと言わんばかりに目を見開いた。
ファイナルヴァトラスは、霊戦機を超越した力を持つ機体。
そして、ハヤトは《冥帝王》の部位と呼ばれる存在を何体も倒している。
それなのに、そんなハヤトが同じ部位と呼ばれる存在に負けている。
「兄貴が負けるなんて……どうなってんだよ!?」
「何かがおかしい……確かに”右腕”の強さは、《冥帝王》の部位の中でも強い部類です。しかし……」
ガリュドスが疑問に思う。《冥帝王》の”右腕”は強いとは言え、ハヤトの強さなら倒せるはず。
まだ完全に力を取り戻していなくても、ハヤトの強さは古の《太陽王》よりも強くなっている。
「……まさか、”右腕”は……!?」
そう思った時には、すでに走り出していた。
ファイナルヴァトラスの腹部が貫かれた時、その痛みが伝わり、ハヤトは思わず吐血した。
久々に知る血の味。それは、今の自分では《冥帝王》の”右腕”に勝てない事を意味する。
「くっ……ヴァトラス、大丈……夫か……?」
訊く。少し弱々しいが、雄々しい唸りが返ってくる。
「まさか、ここまでやられるなんてな……! あの時以来か……」
『無様だね、《太陽王》。まぁ、無理もないか』
葉山が言う。
『”右腕”は、僕を”脳”を取り込んでいるんだ。それがどう言う事か分かるかい?』
「…………」
『僕の”脳”は、”心臓”の次に優れていてね。それを取り込んだ”右腕”は、”心臓”以上に強い』
『なるほど、”右腕”は他の部位を取り込んでいたか……!』
瞬間、黄金の波動が”右腕”に襲い掛かる。”右腕”は素早く避けた。
ファイナルヴァトラスの前に、巨大な獅子――――《神の獅子》レオーザが立ちはだかる。
「ガリュドス……!」
『ハヤト様、ここは一度イシュザルトに。他の部位を取り込んだ”右腕”を倒す術は、今はありません』
「……そうみたいだな。だが、退く気はない」
『ハヤト様!?』
レオーザが驚く。
「ここで退いても、《神の竜》が見つからない限り、必ず狙われる。だったら、この場で倒すしかない!」
『無理です! いくら、あなた様が強くても……!』
「やれる。《邪神王》と力を合わせれば……!」
神の剣を右手に、神の槍を左手に構え、ハヤトが敵を鋭く睨みつけた。
イシュザルト内の一室で、アリサはユキノを優しく抱き上げ、頭を撫でていた。
怖いのか、ハヤトが出撃してから、ずっと泣いている。
「大丈夫よ、ユキノちゃん。ハヤトさんが……パパが守ってくれるから。ね?」
しかし、そう言っても泣き止む事はない。今回ばかりは、流石にお手上げに近かった。
――――ミツケタ。
「――――!?」
突如、どこからか声が聞こえてきた。それも、「見つけた」とハッキリ分かるほどに。
アリサの目の前に、巨大な目玉の化け物が姿を見せる。
ユキノを強く抱きしめるアリサ。化け物の目玉がギョロリとアリサとユキノを捉えている。
「……ユキノちゃんは、私が……!」
母親として、この子は自分が守る。戦う術がなくとも、守る事はできる。
化け物の目玉から漆黒の波動が放たれる。が、波動は防がれた。
アリサが目を見開く。ハヤトに仕える影王が、右手から光の結界を出して、アリサとユキノを守った。
「……ついに気づかれてしまったか。だが、私がいる限り手出しはさせない!」
影王の瞳が化け物を睨みつける。それも、黄金の瞳で。
それを見た化け物は、怖気づいたのか、すぐに姿を消して逃げる。
「……自分じゃ勝てないと分かっているようだな。しかし、逃がしはしない」
「影王、さん……?」
アリサがやや唖然としたまま訊く。
「影王さん、あなたは……?」
「私は伊賀影王。ハヤト様に仕える忍びであり、ハヤト様とハヤト様の大切な方をお守りするのが私の役目。
それは、古の頃から変わらない役目であり、今、もう一つの役目を果たさなければならない存在です」
「……もう一つの役目、ですか?」
「はい。私のもう一つの役目、それは……ハヤト様の助けになる事。それだけです」
影王の姿が消える。その黄金の瞳は、灼熱の如く真っ赤に燃えていた。
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