第一章 最強最悪の右腕


 イシュザルトへと迫る二つの魔。一つは、《冥帝王》の”中枢”が操るオルハリゼート。
 そして、赤熱に燃える炎の翼と漆黒の翼を持つ存在。
『分かってるね、”右腕”?』
『当然。私の役目は、《太陽王》を消す事』
『そして、《太陽王》の新たなる器となった霊戦機を手に入れる事。ふふ、頼むよ』
 霊戦機ヴァトラスを手に入れ、このオルハリゼートと共に取り込めば、より強大な力を得る事ができる。
 そうすれば、《邪神王》が何らかの方法で力を得ても、自分を倒す術はない。
 いや、《太陽王》さえ消せれば、もはや自分を倒せる可能性がある存在はいなくなる。
『あとは、目玉が”核”を見つければ、”完全体”に戻る事ができる』
『…………』



 イシュザルトの警報を聞き、ハヤトが格納庫のヴァトラスの元へと辿り着く。
「ヴァトラス、いけるな?」
 訊く。ヴァトラスが唸りを上げて、身を低くした。
 右手をハヤトの前に差し出し、コクピットを開く。
「パパーッ!」
 途端、ユキノの声が聞こえた。立ち止まり、自分の元に走って来るユキノの方を見る。
 泣きながら走って来たユキノは、ハヤトの足にしがみついた。
 子供の小さな力が、ズボンを強く握っているのが分かる。
「パパぁ……」
「ごめんなさい、ハヤトさん。警報が鳴った時に驚いたみたいで、それで『パパのところに行く!』って……」
 後から来たアリサが説明する。ハヤトは、その場にしゃがみ込んでユキノを優しく撫でた。
「大丈夫だ、ユキノ。怖いものは全部、パパが追い払うから。だから、離してくれないか?」
「んーんー!」
 首を横に振られる。ハヤトはどうしようもなくて困った。
 そんなハヤトの姿を見て、アリサがユキノを後ろから抱きしめて言う。
「ユキノちゃん、パパの言う事を聞いて。ね?」
「んーんー!」
「大丈夫。パパはすぐ帰って来るから。ね?」
「…………」
 ゆっくりと力を弱め、ユキノが離す。「ありがとう」と頭を撫でながら、ハヤトは微笑んだ。
 アリサが不安そうな表情でこちらを見ている。
 そんなアリサの不安を取り除こうと、ユキノには見えないようにして、軽く唇を重ねた。
「必ず、生きて帰る。約束する」
「……はい。約束です」
 もう一度だけ軽く唇を重ね、ハヤトがヴァトラスに乗り込む。ヴァトラスが静かに唸りを上げた。
 立ち上がり、二人に注意しながら、発射口まで歩いていく。



《冥帝王》の”中枢”、”右腕”がイシュザルトの目の前で動かなくなる。
 いや、待っているのだ。《太陽王》が――――ハヤトが出てくるのを。
 ハヤトを殺し、霊戦機ヴァトラスを手に入れる為の機会を待っている。
『”中枢”、他の敵は?』
『いないよ。あえて言えば《邪神王》くらいだけど、あんなのは敵じゃない』
 葉山が言い切る。
『《邪神王》は《太陽王》と違って、強くなっていない。どちらかと言えば、前の時よりも弱い』
「言うじゃねぇか、貴様……! だったら見せてやる。最強の《邪神王》をなぁっ!」
 瞬間、闇の波動が襲い掛かる。”中枢”と”右腕”は軽く避けた。
 イシュザルトの甲板から一体飛び出した。堕天の如き漆黒の翼を持ったダークネス・ジハードの姿。
《邪神王》の姿を見て、葉山が笑う。
『無駄に出てきたね、《邪神王》。弱いのに』
「誰が弱いだ、貴様ぁっ! 俺を甘く見るんじゃねぇッ!」
『弱いよ。なにせ……』
 ダークネス・ジハードの目の前に、”右腕”が瞬間的に移動する。
「な……!?」
『僕の”右腕”の反応さえ、捉えられないんだから』
『サーヴァント・デスサイズ』
”右腕”の闇の翼が巨大な鎌へと姿を変え、ダークネス・ジハードに斬りかかる。
 とっさに神々の魔剣で受け止める。しかし、その動作自体が遅かった。
 炎の翼が鋭く長い槍へと姿を変え、ダークネス・ジハードの腹部を貫いている。
『ヴォルケイオ・メア』
「ぐぉぉぉっ!?」
 ダークネス・ジハードが悲鳴を上げる。”右腕”を相手に、《邪神王》は全く歯が立たなかった。
 否、それ以前に攻撃すらできなかった。敵の攻撃が圧倒的に早いのだ。
 あまりにも弱過ぎる《邪神王》の姿を見て、呆れたかのような瞳で葉山が見下す。
『それでも本当に《邪神王》? 昔戦った時の方が断然マシだったよ』
「こ……の……ッ!」
『神々の魔剣を取り戻しても、結局はザコのままだったね。”右腕”、すぐにでも殺して良いよ』
『…………』
 炎の翼と闇の翼が、それぞれ大剣へと姿を変える。
『イビル・デスクロス』
「青龍破靭斬ッ!」
 突如、巨大な龍の波動が襲い掛かる。”右腕”はすぐに無力化した。
「遅い! レジェンド・ヴァァァァァァドッ!」
”右腕”の隙を突いて、光の波動を放つ。しかし、それはオルハリゼートに防御された。
 まだ《太陽王》へと”覚醒(=スペリオール)”していない霊戦機ヴァトラスの姿が、そこにあった。
『出てきたね、《太陽王》……!』
「《冥帝王》の部位が二体か……! 雷魔、大丈夫か?」
《邪神王》――――雷魔に訊く。雷魔は舌打ちしつつ答えた。
「チッ、助けんじゃねぇ!」
「助けるさ。《冥帝王》を倒すには、お前の力が必要だからな」
「チッ……!」
『《邪神王》の力が必要? こんな弱い奴の力を借りても、僕は倒せないよ』
 オルハリゼートが剣を構える。
『邪魔な君には死んでもらうよ、《太陽王》。全ての破滅の為にも』
「やれるならやってみろ、葉山! 俺は、必ずお前を倒してみせる!」
『それは無理だ、《太陽王》。”右腕”、《太陽王》を消せ』
『…………』
 瞬間、”右腕”が姿を消す。ハヤトは目を見開いた。
 ヴァトラスの目の前に姿を見せ、”右腕”の炎の翼が槍へと姿を変える。
『ヴォルケイオ・メア』
「――――!」
 襲い掛かる槍にハヤトが素早く反応する。ヴァトラスの左腕から神の槍が現れた。
 神の槍が”右腕”の槍を受け止める。そして、ハヤトの瞳の色が黄金へと変わった。
「スペリオォォォルッ!」
 眩い光がヴァトラスを包み込み、その姿を変える。最強の霊戦機ファイナルヴァトラスに。
「光陽聖霊破ッ!」
 青く、黄金に輝く波動を放つ。”右腕”はすぐに避けた。
 距離を取り、闇の翼を巨大な鎌に変える。
『サタン・ハーケン』
 振るい、暗黒の刃を放つ。
「アリアス!」
 神の盾で受け止める。しかし、その判断は間違いだった。
 瞬時に間合いを詰めた”右腕”が、二つの翼を大剣へと姿に変えて振り下ろす。
『イビル・デスクロス』
「な……!? このっ!」
 神の槍で大剣を受け止める。
「くっ……どうにか……!」
『防いだと思わない方が良い。私の力は、この程度じゃない』
「何……!?」
『天滅』
”右腕”の背中から血塗られた翼が現れ、ファイナルヴァトラスを切り裂く。
「ぐぁぁぁぁぁぁっ!?」
『ヴォルケイオ・メア』
 すかさず、槍が腹部を貫き、ファイナルヴァトラスが悲鳴を上げた。



 イシュザルトのブリッジ。そこで、アランは信じられないと言わんばかりに目を見開いた。
 ファイナルヴァトラスは、霊戦機を超越した力を持つ機体。
 そして、ハヤトは《冥帝王》の部位と呼ばれる存在を何体も倒している。
 それなのに、そんなハヤトが同じ部位と呼ばれる存在に負けている。
「兄貴が負けるなんて……どうなってんだよ!?」
「何かがおかしい……確かに”右腕”の強さは、《冥帝王》の部位の中でも強い部類です。しかし……」
 ガリュドスが疑問に思う。《冥帝王》の”右腕”は強いとは言え、ハヤトの強さなら倒せるはず。
 まだ完全に力を取り戻していなくても、ハヤトの強さは古の《太陽王》よりも強くなっている。
「……まさか、”右腕”は……!?」
 そう思った時には、すでに走り出していた。



 ファイナルヴァトラスの腹部が貫かれた時、その痛みが伝わり、ハヤトは思わず吐血した。
 久々に知る血の味。それは、今の自分では《冥帝王》の”右腕”に勝てない事を意味する。
「くっ……ヴァトラス、大丈……夫か……?」
 訊く。少し弱々しいが、雄々しい唸りが返ってくる。
「まさか、ここまでやられるなんてな……! あの時以来か……」
『無様だね、《太陽王》。まぁ、無理もないか』
 葉山が言う。
『”右腕”は、僕を”脳”を取り込んでいるんだ。それがどう言う事か分かるかい?』
「…………」
『僕の”脳”は、”心臓”の次に優れていてね。それを取り込んだ”右腕”は、”心臓”以上に強い』
『なるほど、”右腕”は他の部位を取り込んでいたか……!』
 瞬間、黄金の波動が”右腕”に襲い掛かる。”右腕”は素早く避けた。
 ファイナルヴァトラスの前に、巨大な獅子――――《神の獅子》レオーザが立ちはだかる。
「ガリュドス……!」
『ハヤト様、ここは一度イシュザルトに。他の部位を取り込んだ”右腕”を倒す術は、今はありません』
「……そうみたいだな。だが、退く気はない」
『ハヤト様!?』
 レオーザが驚く。
「ここで退いても、《神の竜》が見つからない限り、必ず狙われる。だったら、この場で倒すしかない!」
『無理です! いくら、あなた様が強くても……!』
「やれる。《邪神王》と力を合わせれば……!」
 神の剣を右手に、神の槍を左手に構え、ハヤトが敵を鋭く睨みつけた。



 イシュザルト内の一室で、アリサはユキノを優しく抱き上げ、頭を撫でていた。
 怖いのか、ハヤトが出撃してから、ずっと泣いている。
「大丈夫よ、ユキノちゃん。ハヤトさんが……パパが守ってくれるから。ね?」
 しかし、そう言っても泣き止む事はない。今回ばかりは、流石にお手上げに近かった。

 ――――ミツケタ。

「――――!?」
 突如、どこからか声が聞こえてきた。それも、「見つけた」とハッキリ分かるほどに。
 アリサの目の前に、巨大な目玉の化け物が姿を見せる。
 ユキノを強く抱きしめるアリサ。化け物の目玉がギョロリとアリサとユキノを捉えている。
「……ユキノちゃんは、私が……!」
 母親として、この子は自分が守る。戦う術がなくとも、守る事はできる。
 化け物の目玉から漆黒の波動が放たれる。が、波動は防がれた。
 アリサが目を見開く。ハヤトに仕える影王が、右手から光の結界を出して、アリサとユキノを守った。
「……ついに気づかれてしまったか。だが、私がいる限り手出しはさせない!」
 影王の瞳が化け物を睨みつける。それも、黄金の瞳で。
 それを見た化け物は、怖気づいたのか、すぐに姿を消して逃げる。
「……自分じゃ勝てないと分かっているようだな。しかし、逃がしはしない」
「影王、さん……?」
 アリサがやや唖然としたまま訊く。
「影王さん、あなたは……?」
「私は伊賀影王。ハヤト様に仕える忍びであり、ハヤト様とハヤト様の大切な方をお守りするのが私の役目。
 それは、古の頃から変わらない役目であり、今、もう一つの役目を果たさなければならない存在です」
「……もう一つの役目、ですか?」
「はい。私のもう一つの役目、それは……ハヤト様の助けになる事。それだけです」
 影王の姿が消える。その黄金の瞳は、灼熱の如く真っ赤に燃えていた。



 序章 平和への一歩を踏む為に

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