第六章 ユキノ


 ついに、《冥帝王》に一矢報いたハヤトが、突撃する。
「太陽凰光翼斬!」
 黄金の炎が翼から放出され、極彩色の光を放つ剣が《冥帝王》を斬る。
 その一撃は、《冥帝王》を多少なりに怯ませた。
「シャイニング・メテオッ!」
 続けて、無数の光の波動を放つ。その攻撃は凄まじかった。
《冥帝王》がハヤトを睨む。
『おのれ、《太陽王》……! ナイトメア・スペリオル!』
 暗黒の波動が放たれる。
「羽ばたけ、光の翼ぁぁぁっ!」
 ファイナルヴァトラスの翼が大きく羽ばたき、舞い散った羽根が暗黒の波動を防ぐ。
「無駄だ、俺とアリサの想いの力がある限り、もうお前じゃ俺には勝てない!」
『勝てない? 愚かな。我の体内には、貴様が助けたいと思っている人間が吸収されているのだぞ』
「…………」
 そう、ユキノは《冥帝王》の中に取り込まれている。
 ユキノを助け出さない事には、奴を倒す事はできない。
 しかし、ハヤトは鼻で笑った。
「ユキノは助ける。俺達家族なら、きっと助けられる」
『無駄だ』
「できる。俺はアリサを、家族を、ヴァトラスを、ガイアスペリアルを信じる!」



 イシュザルトのブリッジ。そこで、アランとロフは自分達の活躍のタイミングを逃したように感じた。
「……兄貴、パワーアップし過ぎだろ」
「神と言うのは、常に進化する存在だと言う事か?」
「知るか! つーか、それよりも移行するぞ!」
 そう言いながら、アランがロフを艦長席に座らせる。
「ちょっと待て。ここはお前が座る場所だろうが」
「主砲形態はロフに任せる! イシュザルト、主砲形態!」
『了解。イシュザルト、主砲形態へ移行開始』
 イシュザルト艦内に警報が鳴り響く。主砲形態移行の警報が。
 そして、ゴゴゴゴと物凄い音を立てながら、甲板が左右に開いた。
 ブリッジから後方も同じように左右に開き、90度に折れて、両足を形成する。
 左右に開いた甲板がブリッジまで移動し、それに連動して、内部から巨大な両腕が姿を見せた。
 背中となった箇所から、ブリッジを覆うように頭部が被される。
『主砲形態、移行完了』
 まるで、巨大な重武装のロボットを思わせる姿。これが、イシュザルトの主砲形態。
 ロフが顔を歪ませる。
「何と言う力だ……霊力機とは比べ物にならん……!」
「イシュザルト、主砲の準備! 出力は……最大だ!」
『了解。エネルシスリアクト、充填開始』
 イシュザルトの胸部が開き、エネルギーを充填する。



《冥帝王》と戦うハヤト達。それでも、イシュザルトの主砲形態が目に入った。
 ゼロが目を見開く。
「変形!? イシュザルトって、変形できたの!?」
「そう習ったわよ! しっかりしなさいよ、ゼロ!」
 そう、一緒に乗るミーナに怒られる。ロバートとアルスが思わず息を呑んだ。
「かなり久々に見たが、やはり凄いな……」
「あれが、八機目の霊戦機と呼ばれるイシュザルトだからな」
 そして、ハヤトがイシュザルトの胸部が開く姿を見る。
「主砲を撃つのか、まさか?」
「主砲って……まだ、ユキノちゃんを……」
「アラン、主砲はまだ撃つな!」
 そう、通信でアランに命令する。
 ユキノを助けていない状態で主砲を撃つのは、流石にさせたくない。
 アランが文句を言う。
『とっとと攻撃しないと、この巨体は倒せねぇぞ、兄貴!』
「分かってる。だが、主砲は俺の合図で撃て! 今は、ユキノを助けるんだ!」
『わ、分かった。兄貴に従う』
 と、聞き分けが早かった。ハヤトがガイアスペリアルに霊力を集中させる。
「……ユキノがいる場所を探して、そこを突撃するしかない。頼む、ガイアスペリアル」
 ハヤトの想いに、ガイアスペリアルが応え、光り輝く。
《冥帝王》の巨大な肉体の中心。そこに、ユキノがいる。そう、ガイアスペリアルが教えてくれる。
「見つけた。行くぞ、アリサ!」
「はい。二人で……いいえ、家族でユキノちゃんを助けましょう、ハヤトさん!」
「ああ!」
 ヴァトラスが唸りを上げる。すると、ヴァトラスの前に三体の霊戦機が立った。
「突撃するなら、援護する」
「敵の攻撃は気にせず突っ込め。全部ギガティリスで受け止めてやる」
「俺もドライバル・グラウンドで決めてやるぜぇぇぇっ!」
「と言う事だから、任せといて!」
 その言葉に、二人が頷く。
「はい。ありがとうございます、皆さん」
「頼む。ドラグレイオ、レオーザも力を貸してくれ」
『承知。援護攻撃ならば、お任せを』
『防御は私に。お気をつけください、ハヤト様、アリサ様』
「ああ。行くぞ、ヴァトラス!」
 ハヤトの言葉に、ヴァトラスが瞳を輝かせる。そして、突撃を開始した。
《冥帝王》が複数のオルハリゼートを生み出し、それを阻止しようとする。
「させるかぁぁぁっ! ド・ラ・イ・バ・ル・グラウンドォォォオオオオオオッ!」
『龍牙王、出陣!』
 巨大な龍の波動と、炎を纏ったドラグレイオがオルハリゼートを蹴散らす。
「斬魔一閃! 破邪烈光破ァァァッ!」
「ジェノサイド・ウィザーディストォォォォォォッ!」
 続いて、ヴィクトリアスが巨大な刃、ギガティリスが巨大な波動で《冥帝王》の動きを封じる。
 ヴァトラスが極彩色の光を纏い、ガイアスペリアルを《冥帝王》に突き刺した。
「おぉぉぉっ!」
『貴様、《太陽王》ッ……!』
『邪魔はさせません。シャインバースト!』
《冥帝王》に光を纏ったレオーザが突撃する。そして、ヴァトラスが《冥帝王》の内部に侵入した。
 瞬く間もないほどの速さで、極彩色の光と共に、《冥帝王》の巨体を貫く。
『ぐぉぉぉっ……!?』
「ユキノは返してもらったぞ、《冥帝王》!」
 ヴァトラスの左手に光る球体。その中に、ユキノの姿。
 あの一瞬でユキノを助け、コクピットを開く。アリサがすぐにユキノを抱きしめた。
「ユキノちゃん……!」
 意識はないが、息はしている。気を失っているだけ。
 すぐにそう判断したハヤトが、光の力を集中させた。
「レジェンド・ヴァァァァァァドッ!」
 放たれる光の鳥。《冥帝王》に強大な一撃を与える。そんなハヤトに《冥帝王》が言う。
『愚かな……! その人間を助けたところで、我の力は弱まらぬ!』
「だろうな」
『何!?』
「しかし、ユキノの中にあった”核”の力は消えた。それで十分だ」
 そう、”核”としての力を《冥帝王》が取り込んだ今、ユキノは普通の人間だ。 
 魔の力を持っていない、普通の状態。ハヤトが剣を構える。
「ロバート、アルス、ゼロ、ドラグレイオ、レオーザ! 奴の動きを封じる!」
「分かった」
「トドメはイシュザルトに任せるって事か」
「なぁ!? 俺がトドメを刺してやる!」
「無茶言わない! 最強の必殺技もあと一回が限界よ!」
『御意。しかし、イシュザルトと言えども《冥帝王》は……』
 ドラグレイオが躊躇う。ハヤトは首を横に振った。
「大丈夫だ。今の俺なら、《冥帝王》を倒せる」
『分かりました。やるぞ、ドラグレイオ』
『ハヤト様を信じます。行くぞ、《冥帝王》よ!』
 六体の霊戦機、神獣が《冥帝王》に攻撃を開始する。
『龍牙王、出陣!』
『シャインバースト!』
「斬魔一閃! 破邪! 烈・光・波ッ!」
「ジェノサイド・ウィザーディストォォォォォォッ!」
「これが最後の一撃ぃぃぃっ! ド・ラ・イ・バ・ル・グラウンドォォォオオオオオオッ!」
 全ての攻撃が放たれる。《冥帝王》は力を使って全て受け止めた。
 しかし、それはハヤトには読まれていた。
 ヴァトラスの周囲に八つの光の球体が姿を見せ、《冥帝王》を取り囲む。
「《太陽王》、究極結界ッ! ヴァード・エンド・ファイナルッ!」
 八つの球体から無数の波動が放たれる。ハヤトがアランに合図を出した。
「今だ、アラン!」
『おう! ロフ、頼むぜ!』
『イシュザルト、主砲発射ッ!』
 それと同時に、ハヤト達が主砲の軌道上から回避する。そして、イシュザルトの胸部から巨大な波動が放たれた。
 イシュザルトの5倍はある波動。《冥帝王》の巨体を軽々と呑み込んだ。
『ぐぉぉぉぉぉぉっ!?』
 流石の《冥帝王》も、こればかりは防げなかった。
 イシュザルトの主砲が発射し終える。《冥帝王》の姿は跡形もなかった。
 アリサが笑顔でハヤトの方を見る。
「ハヤトさん!」
「いや、まだだ!」
「え……?」
 驚く。ハヤトの言うとおりだった。
《冥帝王》の存在していた場所に、まだ暗黒のオーラを纏った塊のようなものが残っている。
『おの……れ……! だが……一部分残っていれば、我は復活できる……!』
「いいや、それはない。お前の負けだ、《冥帝王》」
 ハヤトが呟く。《冥帝王》の周囲には、いつの間にか八つの球体が存在していた。
《太陽王》の究極結界によって動きを封じられた《冥帝王》。
『な……貴様、いつの間に……!?』
 ヴァトラスが剣を構え、唸りを上げる。
「炎、水、風、雷、地、光、闇、無ッ! 八つの守護を司る力よ、今こそ剣に宿れ!」
《冥帝王》を取り囲む八つの球体が、ガイアスペリアルに集結していく。
 極彩色の光が剣から放たれ、ヴァトラスが剣を振り上げた。
「これが、お前を倒す唯一の力だ! 神光八系! 閃・王・斬ッ!」
 振り下ろす。八つの異なる色をした光の鳥が放たれた。
 七羽の光の鳥が《冥帝王》を攻撃し、最後の一羽が貫く。
 攻撃を受け、光の粒子が溢れる《冥帝王》。
『ぬぉぉぉ……馬鹿な……!? この……我……が……馬鹿……なぁぁぁっ……!?』
「これで……本当に終わりだ、《冥帝王》」
『……お……おの……れ……! 太……陽……王ぉぉぉぉぉぉっ……』
 光となって消滅する。《冥帝王》は完全に倒した。
 これで、全ての滅びは阻止できた。戦いの元凶とも言える存在は、確実に消滅したのだ。
「ようやく……戦いは終わったんだ。果てしないほど長く続いた戦いは……」
「ハヤトさん……」
「帰ろう、アリサ。俺とアリサ、ユキノに新しい家族と一緒に」
「はい」
 そう言って、軽いキスを交わす。ヴァトラスが小さい唸りを上げた。



 イシュザルトの格納庫。そこに、三体の霊戦機は収納された。
 ロバートがヴィクトリアスの腰に納められた剣を見て呟く。
「ありがとう、《破邪》……あなたのお陰で、俺達は勝てた」
 そして、自分がなぜ霊戦機操者になったのかを知る事ができた。
 そう、物思いに耽っていると、アルスが後ろから肩を叩いてくる。
「何をやっているんだ? 戦いは終わったってのに」
「少し、な。……しかし、本当に終わったんだな」
「ああ。これで、ギガティリス達もようやく安心して眠れるんだ」
 長きに亘る戦いの末、ようやく眠りにつける。もう二度と、こんな戦いがない事を願って。
「で、どうするんだ? ヴィクトリアスの封印を見届けて、帰るのか?」
「ああ。地球で、俺ができる事をやる。二度と、戦いが起きない為にも」

「ミィィィナちゅわわわぁぁぁぁぁぁんっ!」
「鬱陶しい!」

 途端、鈍い音が格納庫に響く。ミーナに抱きつこうと飛び掛ったゼロが、地面に伏した。
 しかし、すぐに立ち上がる。
「ミーナちゅわん! 何すんの!?」
「いきなり飛び掛って来る奴を殴っただけよ。
 と言うより、さっきまで霊力使い果たしてヘロヘロだったのに、何で復活してるのよ?」
「そりゃもちろん! これからミーナちゅわんとベ――――」
「この雰囲気を壊すな、馬鹿ゼロ!」
 再び殴られ、今度は吹き飛ばされる。それを見ていたロバート、アルスは互いに肩を落とした。
 そんなロバートにミーナが何かを渡す。円盤型のディスクだ。
「これは?」
「ムーディオ。地球で言うところの手紙。記録されてる音声と映像を再生できるのよ」
「なぜ、それを俺に?」
「結構前から、リューナに渡されてたのよ。覚えてる、リューナ=シュレント=フェルナイル?」
「……ああ、彼女か」
 思い出す。前の戦いで、自分の強さを教えてくれた彼女の事を。ミーナが続ける。
「本当は何枚もあったんだけど、一枚にまとめてあるから。あとで、一人で見て」
「ああ。ありがとう」
「とりあえず、返事出さないと怒るだろうから、その時は言って。教えるから」



「ん……ううん……?」
「あ、ユキノちゃん……」
 イシュザルトの甲板。肩膝をついたヴァトラスのコクピットで、ユキノは目を覚ました。
 アリサが優しく抱きしめる。
「ユキノちゃん、無事で良かった……」
「ママ……?」
 ハヤトがユキノの頭を撫でる。
「もう大丈夫だ。もう、怖い事は起きないから」
「パパ……」
「帰ろう、ユキノ。また、一緒の時間を過ごそう」
「…………」
 ユキノが顔を俯かせる。二人は首を傾げた。
「ユキノちゃん?」
「ユキノ?」
「……ごめんなさい……パパ、ママ……」
 ユキノの全身から光が少しずつ発せられる。二人は目を見開いた。
 ユキノが目に涙を浮かべながら言う。
「ユキノ……本当は分かってた……。ユキノが……悪いモノを持ってたの……」
「ユキノ、それは……」
「……ユキノ……悪い子……パパを……」
 涙を流し、小さく泣く。アリサがゆっくりと抱きしめた。
「ユキノちゃんは悪くない。ユキノちゃんは、何も悪くない」
「でも……でも……」
「悪くない。ハヤトさんも……パパも悪くないって思ってるわ」
「ああ。ユキノは悪くない。それに、もう、悪いモノは全部なくなったんだ。だから……」
「それは……無理なの……」
 全身から発せられる光が、さらに強くなる。
「”かく”ってのが教えてくれたの……ユキノは……ユキノじゃないの……。
 ユキノは……ユキノは……もういないの。”かく”ってのが消えたから、ユキノも……」
「何を言ってるんだ! 帰るんだ、一緒に。ユキノも一緒に……!」
「パパ……」
「帰ろう、ユキノちゃん。ユキノちゃんは、パパとママにとって、大切な娘なんだから……」
「ママ……」
 光はさらに強くなる。そんな中、ユキノは笑顔を作った。
 これが、自分にできる最後。自分の事を大切にしてくれた人にできる、最後の笑顔。
「……ありがとう、パパ、ママ……。ユキノ……パパとママ……大好きだよ……」
 そして、光がユキノと共にゆっくりと消える。アリサがユキノの名を叫びながら、強く抱きしめる。
 が、もうそこにユキノはいない。ハヤトとアリサの目から、涙が流れた。
 拳を強く握りながら、ハヤトがコクピットを殴りつける。
「何でだ……!? 何で……何でなんだ!?」
 殴り続ける。拳から、血が滲み出てきた。
「何で……何でユキノが消えなきゃいけない……!? もう……もう、戦いは終わったのに……!」
 歯を噛み締める。許せなかった、自分自身が。何もしてやれなかった自分が。
 助けを求めていたのに、それに気づいてやれなかった。
 その悔しさが、涙を流させる。

 全てを滅ぼそうとする神は、ついに《太陽王》の手によって倒された。

 戦いは、真の終わりを迎えた。

 しかし、一人の大切な家族を助けられずに……。



 第五章 想いの剣

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