第三章 肉体と左腕


 巨大戦艦イシュザルトの格納庫に戻ってくる三体の機体。アランは巨大な獅子を見て口が塞がらなかった。
 霊戦機よりも巨大な獅子。すると光が一面を照らし、視界を遮る。
 光が消えると獅子の姿は消え、一人の女性が立っていた。
「やっぱり、人の姿になった時が力の温存ができるのか?」
「はい。本来の姿のままでも良いのですが、最近は人間の姿が慣れていますので」
「……って、兄貴、この人誰!? つーか、さっきの巨大な獅子はどこに!?」
「どこって、目の前にいるわよ、アラン」
「目の前って、謎の女性が一人……だから誰なんだよ!? つーか、姉ちゃん!?」
 連続で驚く。ハヤトがそれを見て苦笑した。
 ヴァトラスから降りて、アリサが静かに首を傾げる。
「どうかした、アラン?」
「どうかした、じゃねぇ! ゼルサンス国にさらわれたって聞いたから、心配してたんだぞ!?」
「大丈夫よ。向こうでは、ガリュドスさんがいてくれたし」
「……ガリュドスって誰!?」
「私です」
 女性が頭を下げる。
「ランハード=ガリュドス。元ゼルサンス国三将軍が一人であり、《神の獅子》レオーザです」
「ゼルサンス国三将軍だとぉ!? それに《神の獅子》って、おい!?」
「とりあえず落ち着け、アラン。今から、そこら辺の事を話し合うから」
「霊戦機操者の皆や、雷魔もだ」と言葉を付け足す。ロバートが少し頷いた。
 アリサが雷魔から感じられる力に反応したのか、ハヤトの腕をしっかりと掴む。
 そんな彼女の様子に、ハヤトが「大丈夫」と言う。
「今は、俺とこいつが力を合わせないといけない。敵じゃない」
「……本当にそうですか?」
「疑うのも分かるけど、本当だ。だから……」
「……分かりました。ハヤトさんがそう言うのなら」
 その言葉に、雷魔が「フン」と顔を背ける。
「色々と話す必要がある。アラン、ミーティングルームってあるか?」
「あるぜ。あんまり使わねぇけど」
「案内してくれ。あと、アリサ」
「はい」
「その……ユキノが一緒に来ているんだ。多分、ミーナと一緒だと思うけど……」
「分かりました。イシュザルトに聞きながら行ってみます」



 イシュザルトのミーティングルーム。ランハードはゼルサンス国の現状、《冥帝王》について全て話した。
「ゼルサンス国は現在、新型霊兵機の開発を止め、最終兵器発動に力を入れています」
「最終兵器?」
「詳しい事は私にも分かりませんが、純粋な霊力属性の人間の命を使う事で、発動させる事ができるのです」
「まさか、その為にアリサを?」
 ランハードが頷く。アリサは、霊力を持つ人間としては稀有な霊力の持ち主だ。
 その証拠に、必ず複数属性を持つと言われる霊力を、光の属性のみしか持っていない。
「って、純粋な霊力って言えば、兄貴もそうだろ? 今は闇の霊力持ってねぇし」
「それは、俺が《太陽王》として目覚めたからだ。光の力が、闇の属性を消したんだ」
「まぁ、俺も珍しい霊力者の分類だけどな」と加える。しかし、ハヤトは特別過ぎるのだ。
 ハヤトの場合、宿命の存在である《霊王》と《覇王》の二つの血によって、光と闇の霊力を持って生まれた。
 しかし、アリサは純粋な霊力を持ったまま生まれた。ゼロが首を大きく傾げる。
「……あのさぁ、属性って何か関係すんの?」
「属性は、その人の個性でもあって、力に影響が出てくるものなんだよ。
 例えば、アルスは水の力による技が得意で、ロバートは雷と炎の力による技が得意」
「へーぇ……んで、それとゼルサンスの最終兵器と何か関係あんの?」
「……人の話を聞いておけ、お前は」
 アルスが肩を落とす。ランハードがゼロの言葉に小さく頷いた。
「霊力は一つの属性――――つまり、純粋な属性しか持っていない場合、強い力を解放できるのです。
 最終兵器はその力を利用する事で、イシュザルトを上回る力を得られると伺っております」
「イシュザルトを上回るって、最大出力時のイシュザルトより強いって事なのか!?」
 アランが驚く。イシュザルトはネセリパーラに存在する最強の戦艦だ。
 最大出力時におけるイシュザルトの主砲は、惑星を簡単に吹き飛ばせる脅威を秘めている。
 それを上回るとなれば、勝てる術はない。
「あくまで、そう言われているだけなのです。ですから、詳しい事は……」
「しかし、最終兵器は止める必要があるな。アリサ以外に純粋な霊力を持ってる人間はいるはずだろうし」
「はい。しかし、問題は《冥帝王》の方なのです」
 ランハードが話を進める。
「《太陽王》と《邪神王》の激突によって封印が解かれ、《冥帝王》が再びこの地に舞い降りました」
「”部位”だったか? 一体、部位ってどう言う事だ?」
「《冥帝王》は、封印が解ける前に、無理に封印を破ろうとしたのです」

 過去《太陽王》、《邪神王》の二人の王との戦いを繰り広げた《冥帝王》は、《太陽王》に封印された。
 しかし、《冥帝王》は”破壊神”と呼ばれる存在を生み出し、その封印を解こうとしたのだ。
 封印は見事、ハヤトと雷魔の二人によって解かれたのだが、《冥帝王》は過ちを犯した。
 破壊神を使って無理に解こうとした為か、《冥帝王》の体はいくつもの個体に分離したのだ。
 分離した個体は、それぞれの意思を持ち、それが”部位”なのである。

「部位は、その部分によって強さが異なり、”核”と呼ばれる存在が最も強大です」
「”核”? 完全体に戻ろうとしている”中枢”じゃなくて?」
「”中枢”は《冥帝王》の根源そのものですが、”核”がなければ真の力を取り戻せません」
「なるほど、”核”を取り戻す事が、奴の言う完全体って事なのか……」
「そうなります。そして、今のハヤト様では完全体を相手にする事が無理です」
 光の鳥――――《太陽王》だった存在が、《神の竜》、《神の獅子》に己の力の一部を封印させた。
 その為、ハヤトの《太陽王》の力はまだ不完全であり、全ての力を引き出せないのだ。
「敵が完全体になる前に、一刻も早く《神の竜》の持つ封印を解くしかありません」
「《神の竜》は、お前と同じように人間になっているのか?」
 ハヤトの言葉に、ランハードが首を横に振る。
「それは分かりません。私と同じように人間になっているのか、世界のどこかに封印されているか……」
「どちらにしても、探すのは難しいか」
「私のように自覚が目覚めていれば、己の意思でハヤト様に接触するはずですが……」
 そこで一瞬、クラスメイト達の顔が浮かぶ。「いや、まずありえない」とハヤトは心の中で思った。
《神の竜》の持つ封印を解くには、まだ先のようだ。
 雷魔がランハードに口を訊く。
「おい、魔剣については何も知らないのか、貴様?」
「……《邪神王》の力を解放する魔剣ですか?」
「そうだ。あれさえあれば、俺は《邪神王》に戻れる」
「申し訳ありませんが、《太陽王》を守護する存在である私には……」
「チッ、使えねぇな」
「雷魔、その言い方はあんまりだ」
 ハヤトが睨む。
「とりあえず、今はゼルサンス国との戦いを止めよう。少しでも敵を減らしたい」
「そうだな。強大な敵を前に、他の敵との戦いは難しい」
「ゼルサンスの最終兵器は必ずぶっ壊す!」
「このゼロ様に任せておけば、どんな奴もザコ敵同然だぜ!」
 ハヤトの言葉に、ロバート、アルス、ゼロが気合を入れる。
「……フン、仕方ねぇ。今はお前に協力するって言っちまったからな」
 顔を背けつつ、雷魔が言う。そんな彼らの姿を見て、ランハードは思った。
 自分の持っていた封印を解かなくても《冥帝王》の”部位”を倒したハヤトは、強い想いを持っている。
 光の力は、想いの力を得ると強大な力を発揮する。古の《太陽王》がそうだったように。
「話に参加したのは良いけどよ、俺って出番ねぇなー……」
 アランが呟く。



 イシュザルトのミーナの部屋。ユキノはアリサに抱きついた。
「ママぁ……ママぁ……」
「ごめんね、ユキノちゃん。心配させて……」
 ユキノの涙を拭き、ゆっくりと抱きしめる。
「無事で何よりだったわ、アリサ。ハヤトなんか、さらわれた時凄い形相だったわよ」
「ハヤトさんは、そう言う人ですから。大切な人を失う事がどれほど辛いか分かっていますから……」
「相変わらず仲が良いって事ね。まぁ、結婚してるから当然か」
「はいっ。私とハヤトさんはラブラブですから」
 ラブラブ過ぎなんじゃ、とミーナは心の中で思う。
 それにしても、ハヤトとアリサの仲の良さは凄い。お互いが好きだからと言うのもあるが。
「ねえ、アリサ。あんたってハヤトとケンカした事ある?」
「ありますよ? あの時のハヤトさんと」(前作参照)
「……あれはケンカじゃないでしょ、あれは。結婚してからはどうなの?」
「結婚してから、ですか?」
 やや首を傾げるアリサ。そしてハッキリと答えた。
「ないですね」
「……あんたを見習いたいわ、私は。でも、相手が相手だからなぁ……」
 ゼロがハヤトのようであれば良いだろうが、あれはあれで良い所もある。
 ユキノがアリサの服を引っ張る。
「ママー、パパがねゆーえんちに行こうって言ってたよ」
「遊園地?」
「遊園地って何?」
「ネセリパーラで言う所の……ないですね。乗り物とかで遊ぶ施設です」
「へぇ……」
「家族だけじゃなく、恋人も行ったりしますよ。ミーナさんもゼロさんと行ってみたらどうですか?」
 その言葉に、「遠慮しとくわ」と答えるミーナだった。



 イシュザルト格納庫。ヴァトラスの前で、アランが再度訊く。
「本当に帰るのか、兄貴?」
「ああ。ユキノとの約束もあるし、まだ学校もあるからな」
「……そう言えば、俺も学校があったな」
 嫌そうな顔でロバートが思い出す。
「俺も一緒に帰りたいところだが、場所が違うな」
「そうだな。ガリュドス、こっちの世界は任せた」
「はい。少しでも《神の竜》について調べておきます」
 ガリュドスが頭を下げる。ハヤトは頷いた。
 ヴァトラスが静かに唸りを上げる。それを聞いてアリサが首を傾げた。
「ちょっと前と違いますね、ヴァトラス。ハヤトさんに甘えてる感じがします」
「生まれたばかりって感じだからな。ある意味、子供って事かな?」
「ふふっ、そうですね」
「ヴァトラスの整備はちゃんとやっとく。兄貴、今度は姉ちゃんさらわれない様にしてくれよ」
「ああ。またな、アラン」
「ちゃんと栄養あるもの食べなさいね、アラン」
「バイバーイ」
 ハヤト達の姿が消える。アリサの言葉に「痛いとこ突かれた、姉ちゃんに」と驚くアランだった。



 ゼルサンス国の上空。姿を隠しつつ、《冥帝王》の”中枢”は様子を見ていた。
「なるほど、この国で面白い事やろうとしてるわけだ」
 部位の一つを見つけたが、どうやら自ら動いているらしい。
 早々に取り込んでも良いのだが、面白そうなのでもう少し自由にやらせておく。
「”核”の反応は相変わらずないし、どうしたものかな」

 ――――。

 虚空から、いつもの存在が語りかけてくる。
「何、新しい部位でも見つけたの?」

 ――――。

「へぇ、意外と良いもの見つけるじゃない。じゃ、地球に戻るかな」
 そして姿を消した。



 辺り一面に広がる闇。ハヤトはそこにいた。
「くっ、ここは……!?」
 なぜか分からないが、焦りと恐怖が無性に迫っている気がする。
 目の前に何かが姿を見せる。漆黒で統一されたボディに血塗られたマント。
 その胸には、悪魔のような瞳があり、ハヤトを睨みつける。ハヤトは目を見開いた。
「《覇王》の怨霊機……!? 親父……!?」
『ハヤト……憎むべき我が息子……』
「……!?」
 父の声に恐怖が高まる。
「ま、待て……親父は……親父はっ……!」
『あなたが殺した……』
「――――!?」
 怨霊機とは別に何かが現れる。ハヤトは唖然とした。
「さ……サエ……コ……!?」
『あなたは私を殺し、自分の父親までも殺したのよ……』
「くっ……ち、違うっ……!」
『違わない。あなたは私達を殺した……』
「うっ……」
 胸の高まりが強くなる。恐怖が自分に絡みつく。
 そして声が聞こえた。父、サエコとはまた違う声が。
『殺せ! そのような恐ろしい赤子など!』
『儀式を受け入れられぬ霊力を持つ赤子など、神崎家に破滅をもたらすのみだ!』
『呪われた子だ。そのような赤子は、生かしては置けぬ!』
「うっ……くっ……」
 胸の鼓動が早くなる。更なる恐怖が自分を襲う。
 父の声、サエコの声、神崎家の長老達の声。ハヤトは頭を抱えた。
 恐い。ただそれだけ。
「うぁぁぁああああああーーーーッッッ!」

「――――ああああああーーーーッッッ!」
 目が覚める。アリサがハヤトの叫び声を聞いて驚く。
 いつもと変わらない、自分の部屋だ。夢だった。
「ハヤトさん?」
「……夢、だったんだよな……?」
「随分うなされてましたけど……ハヤトさん、大丈夫ですか……?」
「あ、ああ……」
「でも、凄い汗です……拭いた方が良いですね」
 ハヤトの頬の汗を感じ、アリサが立ち上がろうとする。ハヤトはアリサの腕を掴んだ。
 半身を瞬時に起き上がらせ、アリサの唇を奪う。
「んんっ……!?」
 アリサは、一瞬何が起きたか分からなかった。
 唇を離し、アリサを強く抱きしめる。ハヤトの身体の震えが、アリサに伝わっていた。
 強く抱きしめるハヤトから伝わってくる震え。アリサが驚いたまま訊く。
「ハヤトさん……? 一体どうかしたんですか?」
「……夢……夢を見てた……」
「夢……?」
「親父やサエコ……長老達の声が聞こえて……」
 さらに強く抱きしめる。
「俺……恐くて……恐くなって……」
「……大丈夫ですよ。ハヤトさんには、私がいますから」
 アリサの腕がハヤトの背中に回る。優しく背中を撫でながら、アリサが静かに言う。
「夢は夢です。ハヤトさんのお父様も、サエコさんもハヤトさんの事、恨んでいません」
「でも……」
「大丈夫です。だから、恐くないですよ。あなたには、私はいます……ね?」
「アリサ……ありが……とう……」
 互いの瞳を見つめ、唇を重ねる。ハヤトの身体から震えが消えた。
 アリサの優しさが、ハヤトの恐怖を消し去った。
 長いキスを交わす二人。そんな二人を彼女は一部始終見ていた。
「……朝っぱらから熱いね、お前達」
「――――!」
 その一言を聞いて離れる。ハヤトはその姿を見てぎょっとした。
 コトネだ。呆れた顔をしてこちらを見ている。アリサはふふっと笑みを溢した。
「見られちゃいましたね、ハヤトさん」
「ど……どこから見て……!?」
「お前がアリサの腕を掴んでキスした所からだ。気づかなかったか?」
「き、気づくわけないだろ……! それより、こんな朝から何しに来たんだよ!?」
「……ほれ」
 一枚の封筒をトランプのように鋭く投げる。それをいとも簡単に取り、中身を見た。
 遊園地のチケットだ。四枚入っている。
「チケット?」
「遊園地に行くんだろ? 昨日そう聞いたから、すぐに神崎家の奴に持って来させた。フリーパス付きだ」
「……何で四枚?」
「お前とアリサ、そしてユキノとサキの四人だ」
「そ、そうか……ありがとう、コト姉」
「礼は良い。ちょうど駅前に行こうと思ったから、ついでだ」
 小さく欠伸をしつつ、コトネがリビングへと歩いていく。アリサも立ち上がった。
「お弁当と朝御飯の用意をしますね」
「あ、ああ……」



 午前八時。まだ早い気もするが、遊園地には開園時間を少し過ぎて到着する時間だ。
 駅の入り口で、コトネの車から降りる。
「ありがとう、コト姉」
「まだ八時かい……あと二時間、どこで暇を潰すかね……」
「もしかして、今日デパートに行くんですか?」
「そうだよ。チビ達の服とか買う必要あるしね」
「チビって、確かもう小学生くらいだったはず……」
 あまり会った事ないので覚えていない。
「帰りは連絡しな。シュウハを迎えに行かせるから」
「ああ。じゃあ、行ってきます」
「コトネお姉ちゃん、行ってきます!」
「ああ、楽しく行っといで」
 手を振る従妹達を見送る。そしてコトネは欠伸をした。
 とりあえず、近くの駐車場に車を止めて、二時間ほど仮眠しようと思う。
「あとは、シュウハの馬鹿を呼び出すだけだね」
 当然、シュウハの都合など全く無視である事は間違いない。



 遊園地。やはり日曜日だからか、人は多かった。
 アリサがバッグから遊園地のチケットを取り出す。ハヤトはサキとユキノの手を握った。
「迷子になるから、しっかりと握ってて」
「はーい、パパ!」
「お兄ちゃん、遊園地楽しみだね!」
「そうだな」
 今思ってみたら、こうしてサキと来るのも初めてだったりする。
 確かに、13歳の頃まではサキと接する事もなかったわけだが、それからも一緒に出掛ける事はなかった。
 今日は初めて家族で出掛けた日であり、初めて兄妹で出掛けた日だ。
 チケットを入り口で係員に渡す。残ったフリーパスに、アリサが首を傾げる。
「これは良かったんでしょうか?」
「フリーパスは持ってて良いんだよ。それが、どんな乗り物でも乗れるんだ」
「そうなんですか……」
「二人で来てた時は、あまり乗らないから回数券買っていたけどね」
「そうでしたね。最初はどうしましょうか?」
 そう話をしていたら、サキがハヤトの手を引っ張る。
「お兄ちゃん、コーヒーカップ行こう! コーヒーカップ!」
「コーヒーカップ? 別に良いけど、ユキノはそれで良い?」
「こーひーかっぷ?」
「説明するより、行って見た方が早いな。じゃあ、コーヒーカップに行こうか」



 遊園地の乗り物を散々遊び尽くし、サキとユキノは眠ってしまった。
 もう日が沈みだしている時間帯。電車の中は意外と混んでいない。
「疲れたんだろうな、二人とも」
「そうですね……」
「アリサも疲れただろ? 着いたら教えるから、少し寝てたら?」
「いいえ、平気です」
 そして微笑む。
「ハヤトさん」
「何?」
「こんな日が、いつまでも続くと良いですね……」
「ああ。その為にも、頑張らないとな」
 ハヤトが拳を強く握る。そう、今日みたいな日を続かせる為に、戦わないといけない。
 それが、《太陽王》である自分の選んだ道だから。
「……アリサ、ユキノの事なんだけど」
 突然、話題を振る。アリサが少し驚いたような顔をした。
「ユキノちゃんがどうかしましたか?」
「いえ、そう言う事じゃなくて……ユキノを正式に”娘”として引き取ろうと思ってるんだ」
「え……?」
「……ガリュドスに聞いたんだ。なぜユキノがリュレイク(=罪人)なのかを」

 ユキノは生まれる時、酷い難産だったらしく、ユキノの母親はそのせいで亡くなった。
 ユキノの父親は最愛の妻を失った事で狂い、ユキノを人殺しと叫び、軍に罪を着せるように言ったのだ。
 流石にゼルサンス国の軍人達も、それはどうだろうかと言っていたが、一人の男がそうするように命じた。

「それが、アリサを最終兵器のエネルギーにしようとした男らしい」
「…………」
「……酷い話だよ。いくらなんでも、父親がそんな事を……」
 アリサが寝ているユキノをゆっくりと抱きしめる。ハヤトもゆっくりとユキノの頭を撫でた。
 それに反応したのか、ユキノの寝顔が笑顔になる。そして、「パパ……ママ……」と寝言を呟いた。
「何で、その男がそうしたのかは分からない。けれど、この子は辛い過去を背負ってるのが分かった。
 だから、ちゃんとした”家族”になりたい。少しでも、ユキノを幸せにしてあげたい」
「ハヤトさん……」
「たとえ本当の親子じゃなくても、一緒の時間があれば”家族”になれるって思うんだ。だから……」
「私は良いと思いますよ。いえ、私も同じです」
 ハヤトの頬にキスする。
「ユキノちゃんを”娘”として引き取りましょう。嬉しかったです、さっきの言葉……」
「ありがとう。でも、間違いなく他の神崎家の奴らは反対するだろうね」
 ただでさえ、存在を否定されている。それほどまでに、神崎家の人間は心が荒んでいるのだ。
 間違いなく、ハヤトが当主になろうとすれば、非難の声が飛んでくるだろう。
 アリサの少し不安そうな顔を見て、「大丈夫」と答える。
「神崎家の奴らは、俺とシュウ兄でどうにか納得させる。俺は、これでも《霊王》な訳だし」
「……はい」



 電車から降りて、駅を出る。辺りはすでに真っ暗だった。
 携帯電話を取り出し、ハヤトがコトネに連絡を取ろうとする。
「――――!」
 通話ボタンを押したところで、力を感じた。アリサもそうなのか、ハヤトに近づく。
 通話状態になったままの携帯電話をアリサに渡し、ハヤトは霊力を集中させた。
 研ぎ澄まされた霊力が、感じ取った力の根源を辿る。
 その瞬間、辺りから自分達を除いて、人の気配が消えた。
「貴公が《太陽王》か?」
 姿を見せる二つの影。大男と可笑しく笑う男だ。
 アリサ達の前に立ち、相手を鋭く睨みつける。
 相手から感じる強く恐ろしい闇の力。間違いなく、《冥帝王》の力だ。
「……お前らは、《冥帝王》の”部位”だな?」
「そうだ。我は《冥帝王》の”肉体”。貴公の力、試させてもらう」
「断るのは無理、みたいだな……」
 コートを脱ぎ、アリサに預ける。アリサは不安の表情を浮かべていた。
 サキとユキノもハヤトのズボンを掴んでいる。ハヤトは静かに微笑んだ。
「大丈夫。負けないから」
「ですが……」
「サキとユキノを連れて、ここから逃げて。コト姉がすぐ来てると思うから」
 優しくキスを交わし、相手を睨む。瞳の色が黄金へと変わった。
 霊力を集中し、剣を形成させる。それを見て、もう一人の男が笑みを浮かべた。
「剣って事は、ここは”左腕”の俺様の役目っしょ?」
「いや、あの者の相手は我に任せてもらいたい」
「けっ、良いとこ取るのかよ。だったら、こっちは女と子供で楽しませてもらうよ」
「そうはさせません」
 ハヤトの隣から影王が姿を見せる。
「影、やっぱり近くにいたか」
「御意。私の役目は、ハヤト様の護衛ですので」
「今はアリサ達を頼む。油断するな、相手は俺より強いかもしれない」
「御意。しかし、ハヤト様より強い者など、この世にはおりません」
 影王なりの激励だった。ハヤトが少しだけ笑う。
 剣を構え、すぐに集中力を高めて”聖域(=ゾーン)”へと入る。
 瞬間、《冥帝王》の”肉体”である大男が突撃して来た。
「飛閃裂空斬ッ!」
 弧を描き、剣が下段から大男を襲う。大男は拳でその軌道をそらした。
 反対の拳がハヤトに襲い掛かる。
「早い――――!?」
 顎に当たる寸前で拳が止まる。ハヤトの頬を冷たい汗が流れた。
 剣を見切られて避けられた上に、攻撃が早い。相手の強さはかなりのものだ。
 大男がハヤトを睨みつけて言う。
「本気で戦え。でなければ、死ぬだけだぞ《太陽王》よ」
「…………」
 本気で戦ってはいる。しかし、その差はかなり大きかった。
 相手の強さの前に、ハヤトはただ、黙り込むしかなかった――――



 第二章 一つの封印が解かれる時

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