敵の強さの前に、ハヤトは何も出来ない。
相手の拳は、こちらの剣技を上回っている。間違いなく、強い。
初めてだった。相手の強さに、これほど緊張感が走ったのは。
「くっ、疾風幻影斬ッ!」
ハヤトの姿が影のように消える。《冥帝王》の”肉体”は瞳を閉じた。
左拳に闇の力が込められ、ハヤトの剣を受け止める。
「見切られた……!?」
「ふんっ!」
敵の反対側の拳がハヤトを襲う。ハヤトはとっさに左手を出した。
光の力が集まり、神の盾が姿を見せる。
(間一髪……けど、強い……)
神の盾でなければ、間違いなく防げなかっただろう。
防御はどうにかなる。しかし、攻撃は難しい。
剣の振り以上に、相手の方が圧倒的に早いのだ。
「はぁっ」
「――――!?」
瞬間、剣が吹き飛ばされ、消えてしまう。ハヤトは目を見開いた。
霊力で作り出した剣は、それを作り出した人間から離れると消えてしまう。
「くそっ……」
敵との距離を取り、再び剣を生成しようとする。
「パパぁーッ!」
「――!? ユキノ!?」
「どこを見ている!」
「――――!」
”肉体”が距離を詰め寄り、その拳を振るう。ハヤトはすぐに避けた。
頬をかすめ、少し血が流れる。
(くそっ……目を離すとこっちが危ない……! けどっ……!)
歯を噛み締める。
影王が”左腕”と互角の勝負を見せる。いや、そう見えるだけだった。
”左腕”が突然姿を消す。影王は目を見開いた。
忍者である自分を相手に、完全に気配を消した。存在を感じない。
刹那、影王の後ろから姿を見せる。
「しまった……!?」
「空間転移ってのを知らないか?」
影王の身体が沈む。”左腕”は《冥帝王》の力を使って、影王の周りだけ重力を変化させた。
狙いをアリサ達へと向け、不気味に笑う。それを見たユキノが悲鳴を上げた。
「パパぁーッ!」
「パパぁ? 良いねぇ、それぇ……もっとパパにその悲鳴を聞かせてあげようかぁっ!」
”左腕”の手に闇が集まる。アリサがユキノとサキをしっかり抱きしめた。
自分達の娘は死なせない。大切な人の家族は死なせない。たとえ、それで自分が死んだとしても。
強く抱きしめるアリサ。その想いを感じたのか、サキはアリサの方を見上げた。
「お姉ちゃん……?」
「大丈夫……大丈夫だから……」
「…………」
兄のように強い瞳。兄のように、誰かを守ろうとする瞳。
「家族愛ってかぁ? 見せてくれるねぇ……」
可笑しそうに喋る”左腕”。そして、その手に集中する闇を向けてくる。
サキは敵を睨んだ。自分に何が出来るか分からなくとも。
けれど、守りたいと思った。自分を愛してくれる人達を。
敵がその闇を放つ。瞬間、彼女達の周りを光が覆い、闇を防いだ。
「え……?」
アリサが目を見開く。何が起きたか分からずに。
”左腕”が高々と笑う。自分の攻撃を無力化した光。間違いない。
「ははははっ……まさか、《太陽王》の他に王がいたなんてなぁ……」
「ハヤトさんの他に……もしかして……!?」
ハヤトと同じ血を継いでいるサキが、敵の攻撃を防いだ。アリサは驚いた。
恐れず、敵を睨むサキの瞳はハヤトに似ていた。
敵が笑いつつ、再び闇を集める。
「けど、《太陽王》じゃない限り、俺様は倒せないぜぇ!」
闇が剣へと姿を変える。刹那、敵が吹き飛ばされた。
「いやはや。闇の力で気づき難くしていたようですが、余裕でしたよ」
メガネをかけたサラリーマン風の男が、彼女達の目の前に立つ。
その両手には、鞄ではなく日本刀が握られていた。
「シュウハさん……」
「シュウハお兄ちゃん!」
「少し遅くなりました。あとは、私達にお任せください」
「私達……と言う事は……」
「当然です」
シュウハは静かに笑みを浮かべる。
相手の戦いに圧倒され、ハヤトは剣を生成する事ができずにいた。
まともに戦う事ができない。不利な状態だ。
「くそっ、互角戦う方法は……」
「光剣の型を使え、それだけだ」
「え……!?」
瞬間、衝撃波が”肉体”を襲う。ハヤトは目を見開いた。
「白虎地裂撃……!?」
「違うね。あれは破衝牙だ」
声のする方向へ視線を向ける。
「間に合ったみたいだね。全く、苦戦してんじゃないよ、馬鹿者」
「コト姉……!」
「相手が拳なら、同じ拳で戦いな! 前にそう教えただろ!」
「拳でって……拳の方が俺の場合不利に……」
「一度型を教えただろ! 光剣の型を作りな。時間は稼いでやる」
コトネが拳を構える。ハヤトはそれを聞いて目を見開いた。
「光剣の型……そうか、あれか……」
忘れていた事を思い出す。そして、拳を構えた。
霊力を集中させ、両拳に静かに込めていく。
ハヤトの姿を見て、”肉体”が拳を構えるが、コトネがそれを阻止した。
「邪魔はさせないよ。あれが完成するまでは、あたしが相手だ」
「《霊王》と呼ばれる王の血を継ぐ人間か。我が《冥帝王》と言う事を知らぬか?」
「関係ないね。相手が何者だろうが、あたしは負けないよ!」
「ならば、こちらは加減はせぬ」
「上等だね」
コトネが瞬時に霊力を拳に回す。真っ赤に燃える炎が拳を覆った。
”肉体”が突撃を仕掛ける。しかし、コトネには読まれていた。
片手で動きを制せられ、”肉体”が目を見開く。
「金剛牙!」
敵の横腹を殴る。”肉体”は顔を歪めた。「ふーん」と言いつつ、コトネが距離を取る。
「筋肉を使って、上手く威力を落としてくれたね」
「《太陽王》との戦いで、あまり深手を負いたくはない」
「そうかい。でもね、こっちの戦いに関しちゃ、あたしの方が上だよ!」
両者の鋭い視線が、その場の緊張感を上げる。
”左腕”は、シュウハを前に苦戦させられていた。
闇の力で倒そうとするが、シュウハには全く通用しない。
いや、シュウハの攻撃が早くて、闇の力を使おうにも使えないのだ。
「馬鹿な……ただの人間如きがッ……!」
「普通の人間ではありませんよ? これでも、私は元《霊王》候補です」
《霊王》の血を継ぐ人間だからこそ、戦う為の技を教えられてきた。
自分にとって偉大なる強さを持つ祖父に。ハヤトを守る為に。
「いつまで寝ているんですか? いい加減に立ち上がりなさい」
そう言って地面に沈んでいる影王の背中を踏む。影王は静かに立ち上がった。
シュウハが話し掛ける。
「あまりやりたくはないのですが、二人で行くぞ。敵は、ハヤトでなければ倒せないからな」
「御意。主に仕える身として、この伊賀影王、全力で参ります」
「頼みますよ、伊賀家の次期頭領」
シュウハと影王が構える。”左腕”はニッと笑みを浮かべた。
《太陽王》以外で、ここまで強い奴は初めてだ。思う存分に殺す事ができる。
闇の力を集中させ、剣を生み出す。
「面白ぇ……たーっぷりと殺してやるよぉ、それも命乞いしても無駄なほどになぁ!」
「それはどうでしょう? まだ、こちらは本気を出していませんし」
メガネを掛けたまま、シュウハが不敵な笑みを浮かべる。
そんなシュウハを見て、影王は「自分もまだ未熟だな」と思い知るのだった。
拳に霊力を集中させ、ハヤトは少しずつ完成させようとしていた。
コトネから教わった拳での戦い方。今回のような敵において、最も強い力。
霊力が拳を纏う光となる。しかし、まだまだ弱い光だ。
少しでも気を緩めれば、すぐに消えてしまいそうな光。
(もう少し……もう少しで……)
焦りは禁物。しかし、急ぐ必要がある。
ハヤトが霊力を集中させている間、時間を稼ぐコトネ。
”肉体”はコトネの予想外な強さに、最初は驚いていたものの、すぐに戻った。
「どうした、その程度か?」
「意外と強いじゃないか……」
コトネが舌打ちする。流石に、体力が持たないと身体が悲鳴を上げている。
距離を置いて肩で呼吸をする。刹那、”肉体”が闇の力を放ってきた。
「チッ、ここまでかい……!」
流石に避ける事は愚か、防御する事もできない。コトネは歯を食いしばった。
こんなところで死ぬわけにはいかない。自分の愛する夫と、子供達の為にも。
コトネへと迫る闇。瞬間、二つの衝撃波がそれを防いだ。
”肉体”の眉間がピクリと反応する。コトネは静かに笑みを漏らした。
「型完成までに五分ってところか……まぁ、二回目にしては上出来だ」
「サンキュ、コト姉。必ず、俺があいつを倒す……!」
ハヤトがコトネの前に立つ。その拳は白銀の光に覆われていた。
拳を構える。その姿を見て、”肉体”も構え直す。
”肉体”は感じた。ハヤトの光の鼓動を。《太陽王》としての強さを。
「今度は拳で我に挑むか、《太陽王》よ」
「ああ。これが身華光体術、光剣の型・弐の太刀……これで互角だぜ、《冥帝王》……!」
己の拳を光の剣とせよ、己の拳こそ最大の武器である。
剣がなければ意味を持たない身華光剣術の為に誕生した、神崎家代々の体術。
光剣の型は、身華光体術の奥義中の奥義。その型を使えば、拳で身華光剣術を振るう事ができる。
「覚悟しろ、”肉体”! 俺が必ずお前を倒す!」
「望むところだ」
二人は互いに睨み合い、そして同時に駆け出した。
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