第四章 拳を光の剣に


 敵の強さの前に、ハヤトは何も出来ない。
 相手の拳は、こちらの剣技を上回っている。間違いなく、強い。
 初めてだった。相手の強さに、これほど緊張感が走ったのは。
「くっ、疾風幻影斬ッ!」
 ハヤトの姿が影のように消える。《冥帝王》の”肉体”は瞳を閉じた。
 左拳に闇の力が込められ、ハヤトの剣を受け止める。
「見切られた……!?」
「ふんっ!」
 敵の反対側の拳がハヤトを襲う。ハヤトはとっさに左手を出した。
 光の力が集まり、神の盾が姿を見せる。
(間一髪……けど、強い……)
 神の盾でなければ、間違いなく防げなかっただろう。
 防御はどうにかなる。しかし、攻撃は難しい。
 剣の振り以上に、相手の方が圧倒的に早いのだ。
「はぁっ」
「――――!?」
 瞬間、剣が吹き飛ばされ、消えてしまう。ハヤトは目を見開いた。
 霊力で作り出した剣は、それを作り出した人間から離れると消えてしまう。
「くそっ……」
 敵との距離を取り、再び剣を生成しようとする。
「パパぁーッ!」
「――!? ユキノ!?」
「どこを見ている!」
「――――!」
”肉体”が距離を詰め寄り、その拳を振るう。ハヤトはすぐに避けた。
 頬をかすめ、少し血が流れる。
(くそっ……目を離すとこっちが危ない……! けどっ……!)
 歯を噛み締める。



 影王が”左腕”と互角の勝負を見せる。いや、そう見えるだけだった。
”左腕”が突然姿を消す。影王は目を見開いた。
 忍者である自分を相手に、完全に気配を消した。存在を感じない。
 刹那、影王の後ろから姿を見せる。
「しまった……!?」
「空間転移ってのを知らないか?」
 影王の身体が沈む。”左腕”は《冥帝王》の力を使って、影王の周りだけ重力を変化させた。
 狙いをアリサ達へと向け、不気味に笑う。それを見たユキノが悲鳴を上げた。
「パパぁーッ!」
「パパぁ? 良いねぇ、それぇ……もっとパパにその悲鳴を聞かせてあげようかぁっ!」
”左腕”の手に闇が集まる。アリサがユキノとサキをしっかり抱きしめた。
 自分達の娘は死なせない。大切な人の家族は死なせない。たとえ、それで自分が死んだとしても。
 強く抱きしめるアリサ。その想いを感じたのか、サキはアリサの方を見上げた。
「お姉ちゃん……?」
「大丈夫……大丈夫だから……」
「…………」
 兄のように強い瞳。兄のように、誰かを守ろうとする瞳。
「家族愛ってかぁ? 見せてくれるねぇ……」
 可笑しそうに喋る”左腕”。そして、その手に集中する闇を向けてくる。
 サキは敵を睨んだ。自分に何が出来るか分からなくとも。
 けれど、守りたいと思った。自分を愛してくれる人達を。
 敵がその闇を放つ。瞬間、彼女達の周りを光が覆い、闇を防いだ。
「え……?」
 アリサが目を見開く。何が起きたか分からずに。
”左腕”が高々と笑う。自分の攻撃を無力化した光。間違いない。
「ははははっ……まさか、《太陽王》の他に王がいたなんてなぁ……」
「ハヤトさんの他に……もしかして……!?」
 ハヤトと同じ血を継いでいるサキが、敵の攻撃を防いだ。アリサは驚いた。
 恐れず、敵を睨むサキの瞳はハヤトに似ていた。
 敵が笑いつつ、再び闇を集める。
「けど、《太陽王》じゃない限り、俺様は倒せないぜぇ!」
 闇が剣へと姿を変える。刹那、敵が吹き飛ばされた。
「いやはや。闇の力で気づき難くしていたようですが、余裕でしたよ」
 メガネをかけたサラリーマン風の男が、彼女達の目の前に立つ。
 その両手には、鞄ではなく日本刀が握られていた。
「シュウハさん……」
「シュウハお兄ちゃん!」
「少し遅くなりました。あとは、私達にお任せください」
「私達……と言う事は……」
「当然です」
 シュウハは静かに笑みを浮かべる。



 相手の戦いに圧倒され、ハヤトは剣を生成する事ができずにいた。
 まともに戦う事ができない。不利な状態だ。
「くそっ、互角戦う方法は……」
「光剣の型を使え、それだけだ」
「え……!?」
 瞬間、衝撃波が”肉体”を襲う。ハヤトは目を見開いた。
「白虎地裂撃……!?」
「違うね。あれは破衝牙だ」
 声のする方向へ視線を向ける。
「間に合ったみたいだね。全く、苦戦してんじゃないよ、馬鹿者」
「コト姉……!」
「相手が拳なら、同じ拳で戦いな! 前にそう教えただろ!」
「拳でって……拳の方が俺の場合不利に……」
「一度型を教えただろ! 光剣の型を作りな。時間は稼いでやる」
 コトネが拳を構える。ハヤトはそれを聞いて目を見開いた。
「光剣の型……そうか、あれか……」
 忘れていた事を思い出す。そして、拳を構えた。
 霊力を集中させ、両拳に静かに込めていく。
 ハヤトの姿を見て、”肉体”が拳を構えるが、コトネがそれを阻止した。
「邪魔はさせないよ。あれが完成するまでは、あたしが相手だ」
「《霊王》と呼ばれる王の血を継ぐ人間か。我が《冥帝王》と言う事を知らぬか?」
「関係ないね。相手が何者だろうが、あたしは負けないよ!」
「ならば、こちらは加減はせぬ」
「上等だね」
 コトネが瞬時に霊力を拳に回す。真っ赤に燃える炎が拳を覆った。
”肉体”が突撃を仕掛ける。しかし、コトネには読まれていた。
 片手で動きを制せられ、”肉体”が目を見開く。
「金剛牙!」
 敵の横腹を殴る。”肉体”は顔を歪めた。「ふーん」と言いつつ、コトネが距離を取る。
「筋肉を使って、上手く威力を落としてくれたね」
「《太陽王》との戦いで、あまり深手を負いたくはない」
「そうかい。でもね、こっちの戦いに関しちゃ、あたしの方が上だよ!」
 両者の鋭い視線が、その場の緊張感を上げる。



”左腕”は、シュウハを前に苦戦させられていた。
 闇の力で倒そうとするが、シュウハには全く通用しない。
 いや、シュウハの攻撃が早くて、闇の力を使おうにも使えないのだ。
「馬鹿な……ただの人間如きがッ……!」
「普通の人間ではありませんよ? これでも、私は元《霊王》候補です」
《霊王》の血を継ぐ人間だからこそ、戦う為の技を教えられてきた。
 自分にとって偉大なる強さを持つ祖父に。ハヤトを守る為に。
「いつまで寝ているんですか? いい加減に立ち上がりなさい」
 そう言って地面に沈んでいる影王の背中を踏む。影王は静かに立ち上がった。
 シュウハが話し掛ける。
「あまりやりたくはないのですが、二人で行くぞ。敵は、ハヤトでなければ倒せないからな」
「御意。主に仕える身として、この伊賀影王、全力で参ります」
「頼みますよ、伊賀家の次期頭領」
 シュウハと影王が構える。”左腕”はニッと笑みを浮かべた。
《太陽王》以外で、ここまで強い奴は初めてだ。思う存分に殺す事ができる。
 闇の力を集中させ、剣を生み出す。
「面白ぇ……たーっぷりと殺してやるよぉ、それも命乞いしても無駄なほどになぁ!」
「それはどうでしょう? まだ、こちらは本気を出していませんし」
 メガネを掛けたまま、シュウハが不敵な笑みを浮かべる。
 そんなシュウハを見て、影王は「自分もまだ未熟だな」と思い知るのだった。



 拳に霊力を集中させ、ハヤトは少しずつ完成させようとしていた。
 コトネから教わった拳での戦い方。今回のような敵において、最も強い力。
 霊力が拳を纏う光となる。しかし、まだまだ弱い光だ。
 少しでも気を緩めれば、すぐに消えてしまいそうな光。
(もう少し……もう少しで……)
 焦りは禁物。しかし、急ぐ必要がある。
 ハヤトが霊力を集中させている間、時間を稼ぐコトネ。
”肉体”はコトネの予想外な強さに、最初は驚いていたものの、すぐに戻った。
「どうした、その程度か?」
「意外と強いじゃないか……」
 コトネが舌打ちする。流石に、体力が持たないと身体が悲鳴を上げている。
 距離を置いて肩で呼吸をする。刹那、”肉体”が闇の力を放ってきた。
「チッ、ここまでかい……!」
 流石に避ける事は愚か、防御する事もできない。コトネは歯を食いしばった。
 こんなところで死ぬわけにはいかない。自分の愛する夫と、子供達の為にも。
 コトネへと迫る闇。瞬間、二つの衝撃波がそれを防いだ。
”肉体”の眉間がピクリと反応する。コトネは静かに笑みを漏らした。
「型完成までに五分ってところか……まぁ、二回目にしては上出来だ」
「サンキュ、コト姉。必ず、俺があいつを倒す……!」
 ハヤトがコトネの前に立つ。その拳は白銀の光に覆われていた。
 拳を構える。その姿を見て、”肉体”も構え直す。
”肉体”は感じた。ハヤトの光の鼓動を。《太陽王》としての強さを。
「今度は拳で我に挑むか、《太陽王》よ」
「ああ。これが身華光体術、光剣の型・弐の太刀……これで互角だぜ、《冥帝王》……!」
 己の拳を光の剣とせよ、己の拳こそ最大の武器である。
 剣がなければ意味を持たない身華光剣術の為に誕生した、神崎家代々の体術。
 光剣の型は、身華光体術の奥義中の奥義。その型を使えば、拳で身華光剣術を振るう事ができる。
「覚悟しろ、”肉体”! 俺が必ずお前を倒す!」
「望むところだ」
 二人は互いに睨み合い、そして同時に駆け出した。



 第三章 肉体と左腕

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