第五章 守る為に


 ハヤトと《冥帝王》の”肉体”。両者の拳が激突を繰り出す。
 身華光体術によって、戦い方が全く変わったハヤトに、”肉体”は笑みを浮かべた。
「なるほど、先ほどとは違って良い戦い方だ」
「これが身華光体術だ。そして、これが……!」
 拳を覆う白銀の光に、それぞれ赤と青の光が灯る。
「これが、身華光剣術の二刀剣技! 龍神光闇斬ッ!」
 赤と青の龍の波動が放たれる。”肉体”はその波動を鋭く睨んだ。
 その巨大な口を開けて襲い掛かる龍の波動を受け止める。
「ぬぉぉぉおおおおおおっ!」
 波動を無効化する。そして拳に闇の力を込めた。
 それを見て、ハヤトも右拳に霊力を集中させ、さらに光の力を込める。
 ハヤトの右拳が赤熱に輝く。
「ダァァァク・ノヴァッ!」
「メテオ・オブ・シャインッ!」
 無数なる赤熱の波動と闇の波動が衝突する。そして相殺した。
 二人が同時に駆け出し、拳を激突させる。



《冥帝王》の”左腕”を相手に、シュウハ、コトネ、影王の三人が挑む。
「忍法、朱雀閃!」
 影王が両手を広げ、炎が全身を覆う。朱雀のように”左腕”へと突撃する。
 闇の力を使って影王の攻撃を防ぐ。刹那、シュウハとコトネが動き出した。
「破刃光牙!」
「破衝青龍牙!」
 同時に放たれる二匹の青い龍の波動。”左腕”は辛うじて受け止めた。
 舌打ちし、奥歯をギリギリと噛み締める。人間に苦戦する事に、己のプライドが許せないのだ。
 それを見て、コトネが拳に霊力を込める。
「時間を稼ぎな、シュウハ! 一気に片付けるよ!」
「分かりました。では、こちらも本気で参ります」
 シュウハが眼鏡を外し、胸ポケットに入れる。抑えていた霊力が溢れ出した。
《霊王》の血を継ぐ人間の中でも、特に霊力の高いシュウハの霊力は、ハヤトでも本気で相手をするほどだ。
 その圧倒的な強さをひしひしと感じつつ、影王も構える。
「こちらでタイミングを合わせる。同時にやるぞ」
「……分かりました、シュウハ様」
 影王を中心に炎が描かれる。”左腕”は闇の力を解放した。
「とっとと死にやがれぇぇぇっ!」
「参ります! 龍牙王、出陣!」
 宙を舞って炎を纏い、影王が巨大な龍を模った炎と共に突撃する。
”左腕”が闇の力を使って剣を形成し、影王の誇る技を受け止める。
 瞬間、影王がその場から空高く跳躍し、それを確認したシュウハが刀を振るう。
「二刀秘儀、剣聖鳴動斬!」
 光り輝く刀身が現れ、”左腕”へと振り落とされる。”左腕”は目を見開いた。
 闇の力をさらに引き出し、食い止める。しかし、すぐに相殺した。
 奥歯を噛み締め、舌打ちする”左腕”。その時、霊力を集中させていたコトネが動き出した。
 その拳からは、赤熱の光が溢れ出ている。
「これで終わりだよ!」
”左腕”の懐に入り込むコトネ。”左腕”は目を見開いた。
「獅帝轟咆!」
 腹部を殴り、上空へと全身が浮き上がる。”左腕”の口から黒い血が吐き出された。
 そのまま吹き飛び、地面へと落下する。勝負は決した。
 拳に最大まで集中させた霊力を込め、相手の腹部を殴ると同時に爆発させる奥義、獅帝轟咆。
 コトネは手首を回しながら、「こんなものか」と呟いた。
「久々に使ったにしちゃ、意外と劣ってないものだね」
「流石は身華光体術の使い手、と言う事でしょうか?」
 その言葉に「ふん」とコトネが返す。
「……ふざけんじゃねぇッ……! 人間如きが、よくも俺様をぉぉぉッ!」
 立ち上がる”左腕”。その時放つ闇の力は、先ほどとは全く違った。
 どうやら、これが本気なのだろう。舌打ちしつつ、コトネが再び拳に霊力を込める。
「あれを二発も使うとなると、結構厳しいんだけどね……!」
「いやはや、ハヤト以外ではやはり無理ですか。さて、どうしたものでしょうか……」
 シュウハが持つ二本の刀に亀裂が走り、砕け散る。秘儀に刀が耐えれなかったのだ。
 残った柄を捨て、拳を構える。”左腕”が狂ったかのような瞳で睨みつける。
「塵一つ残さずに殺してやるッ……覚悟しろぉぉぉおおおおおおッ!」
「それはもう無理だよ、”左腕”」
 刹那、後ろから剣で刺される。”左腕”は後ろへと目を向けた。
「貴様は……”中枢”……!?」
「さあ、帰っておいで。僕の大切な”左腕”……」
 闇の球体が”左腕”を覆い、そして急激に小さくなって消える。
 突然姿を現した《冥帝王》の”中枢”である葉山が、コトネ達を前に手を振り下ろす。
 瞬間、コトネ達の身体が大地へと沈んだ。
「な……どうなってんだい……!?」
「どうやら、こちらの重力を支配されたようですね……」
「くっ……」
「無駄だよ。《霊王》の血を持つ人間如きが、僕の力の前に立つ事なんて無理だよ」



 激突する両者の拳。ハヤトは深く息を吐いた。
 どうにか互角に戦っている。しかし、互角じゃ駄目だと思った。
 倒さなければいけない。敵より上回るしかない。
(一撃だ。敵が見切れない一撃を放つには……この技しかない!)
 右拳に霊力を込める。黄金の光が溢れ出し、拳を覆う白銀の光が黄金の光へと変わった。
 それを見て、”肉体”も構える。
「うぉぉぉおおおおおおっ!」
 ハヤトが駆け出す。”肉体”がその拳を大きく突き出した。
 拳の軌道を見切り、ハヤトが避ける。
「俺の勝ちだ、《冥帝王》ッ!」
”肉体”の懐に入り、ハヤトが拳を繰り出す。
「凱歌! 神王剣聖斬ッ!」
 ハヤトの拳が”肉体”の胸部を捉える。瞬間、”肉体”の全身から七つの光の筋が浮かび上がった。
 祖父よりも一つ多い斬撃を与える『無の太刀』。その攻撃を受け、”肉体”は吹き飛んだ。
「ッ……!」
 右腕に激痛が走るのを感じ、ハヤトが苦痛に顔を歪める。
「この痛み……折れたか……?」
 治癒の霊力を使って激痛を止めようとするが、なかなか痛みが消えない。
 間違いなく折れている。『無の太刀』による負荷は、相当なものだった。
 しかし、これで相手は相当なダメージを負っているはず。まだ戦うのなら、左腕だけで戦うだけだ。
 吹き飛ばされた”肉体”がゆっくりと立ち上がる。そして、静かに笑みを浮かべた。
「……流石だ。我の負けだ、《太陽王》よ」
「負け……まだ戦えるんだろ、お前……!」
「確かに……しかし、我は全てを滅ぼす為に戦ったわけではない……」
 その言葉に、ハヤトが疑問の表情を浮かべる。
「どう言う事だ?」
「我々”部位”は、全て異なる意思を持っている。全てを滅ぼそうとする者もいれば、それを拒む者もいる。
 我も拒む者の一人……貴公と戦ったのは、貴公がどれほど我らと戦えるか試したに過ぎぬ」
「…………」
”部位”全てが、”中枢”のように破滅させようとしている訳ではない。
 そう”肉体”が告げた時、ハヤトは光の力が強く反応している事に気づいた。
 刹那、その場から動けなくなる。威圧感などではない。間違いなく闇の力によって動きを封じられた。
「今度は君の番だよ、”肉体”。君を見つけたのは運が良いよ」
”肉体”へと近づく一人の男の姿――――葉山だ。
 ハヤトが葉山を睨みつける。
「葉山……!」
「”中枢”か……」
「うん。探したよ、僕の”肉体”。全く、手間をかけさせないで欲しいな」
「…………」
「さあ、僕の元に帰って来るんだ。”完全体”へ戻る為に」
 葉山が発する闇が”肉体”を覆う。ハヤトは黙ってそれを見るしか出来なかった。
 闇に覆われていく”肉体”。すると、ハヤトに向けて何かを話し出した。
「《太陽王》よ、”核”は最も滅びを拒んでいる」
「何……!?」
「”核”が宿った人間の心が、そうさせている」
「どう言う事だ、それは!?」
「つまり……」
「お喋りが過ぎるよ、”肉体”」
 闇が瞬時に”肉体”を覆い、そして葉山に吸収される。
「”左腕”と”肉体”が戻った。これで、また差ができたね、《太陽王》」
「貴様、葉山ぁっ……!」
「安心しなよ。ここでオルハリゼートは使わないし、君を殺す事もしない」
 そう言って、視線をアリサへと向ける。
 ユキノとサキを強く抱きしめているアリサの姿。それを見て、葉山が笑みを浮かべる。
「”永遠なる命”の糧としては、良いよね、彼女は……」
「アリサが糧だと……!?」
「そうさ。完全なる《冥帝王》に戻るだけじゃ終わらない。僕は永遠なる神となるんだ」
「ふざ……ふざけるなぁぁぁっ……!」
 ハヤトの身体から力が溢れ出す。葉山は目を見開いた。
 まだ力はこちらが上回っている。しかし、どこか違う。光の鳥の頃と同じ光ではない。
 黄金の瞳が睨みつけたまま、その光の輝きを増していく。
 絶対にアリサは渡さない。アリサは自分にとって一番大切な人だから。
 その想いが光の力を増大させる。
「アリサは渡さない! もう二度と……もう二度と! もう二度と俺は、大切な人を失ったりはしないッ!」
「そう言っているのも、今のうちだよ《太陽王》」
 葉山がハヤトを睨む。
「何度も言ったはずだ。僕は”完全体”に必ず戻ると。そして、永遠なる神になる」
「誰がさせるか! そうなる前に、必ず倒す!」
「せいぜい抗ってみれば良いよ。じゃあね、《太陽王》」
 闇の力で姿を消す。ハヤトはすぐに片膝を大地についた。
 葉山がいなくなった事で闇の力が消え、同時に緊張感が一気に消えた。アリサがすぐに駆けつける。
「ハヤトさんっ!」
「大丈夫……右腕は痛むけどね……」
「治癒の霊力でどうにか……!」
「いや、折れてるから無理だ……病院に行った方が早い……」
 ハヤトの言葉に、アリサは何も出来ずに頷くだけだった。



 神崎家。深夜に差し掛かったリビングで、ハヤト達は深刻な顔をしていた。
 病院で治療を受け、右腕にギプスをつけているハヤトに、コトネが訊く。
「お前がこっちに帰って来た時に聞いていたけど、あれが”部位”の強さって事かい?」
「……ああ」
「あれを倒せるのは、あんただけなのかい?」
「いや、《邪神王》でも倒せると思う。多分、《神の竜》と《神の獅子》でも」
 コトネの質問に答える。《冥帝王》の”部位”を倒す事ができるのは、《太陽王》を除けた三人しかいない。
《太陽王》と互角の力を持つ《邪神王》と、《太陽王》を守護する存在である《神の竜》と《神の獅子》。
 正直、霊戦機操者では倒せないと思う。強さが違い過ぎる。
「まだ俺には、《神の竜》が持つ力がある。けれど、それで奴の”完全体”を倒せるかどうか……」
「倒すしか、全世界を救う事はできない。それに、お前には想いの力があるだろう」
 弱気になるハヤトにシュウハが言う。
「一年前に倒した《冥帝王》は、想いの力で倒したんだ。戦うのなら、それしか方法はないだろう」
「想いの力……けど、そんな簡単に……」
「弱気になるな。お前は一人で戦っているわけじゃない。お前には私達やアリサさんがいる」
「シュウ兄……」
「信じろ。特にアリサさんを信じろ。それが、お前の本当の強さだ」
「……ああ。分かった」
 静かに頷く。その瞳は、獣の瞳と化していた。
 もう大丈夫だろう、とシュウハが笑みを溢す。そして、コトネとシュウハが立ち上がる。
「さて、あたし達は帰らないとね。旦那とチビ達も待っているだろうし」
「祖父には、明日にでも今回の事を伝えておきます。いつもの山篭りなのだろう?」
「……多分」
 こう言う時、神崎家当主である獣蔵は最低なじじいである。
「シュウ兄、コト姉、ありがとう」
「礼は良い。あんたを守るって決めたのは、あたし達だからね」
「そうです。お前は、少しでも私達に甘えれば良いんだ」
 そう言って、二人が引き上げる。それと同時にアリサがリビングに来た。
 軽く二人に礼をし、ハヤトの隣に座る。
「ユキノとサキは寝た?」
「はい。今回の事で、なかなか寝付けませんでしたが……」
「そう……」
 アリサが右腕のギプスに手を触れる。
「……痛みますか?」
「大丈夫。明日は学校だし、俺達もそろそろ休もう」
「はい。……あの、ハヤトさん」
 ハヤトが「何?」と聞き返す。
「実は、サキちゃんの事なんですけど……」
「……サキがどうしたんだ?」
「それが……」
”左腕”の闇の力を、サキが無力化した事をハヤトに話す。
 それを聞いたハヤトは驚かず、「そうか」と呟いた。
「無意識に《霊王》の力を引き出したんだ、サキが……」
「はい……」
「……守りたかったんだろうね。自分の大切な人を。サキを褒めてあげないといけないね」
「……そうですね」
 二人揃って少しだけ笑う。
「そろそろ休もう。今日は疲れただろ?」
「はい。今日はユキノちゃんと一緒に寝ますから」
「ああ。おやすみ、アリサ」
「おやすみなさい、ハヤトさん」
 そしてキスを交わす二人だった。



 気づけば午前一時になろうとしている。ハヤトは自分の部屋に入った。
 ベッドに誰か座っている。サキだ。
「お兄ちゃん……」
「サキ……眠れなくて、ずっとここにいたのか?」
「うん……」
 サキが頷く。ハヤトが近寄り、そして隣に座る。
「眠れないって言って来て良かったんだぞ? 別に怒ったりしないんだから」
「うん……」
 サキがハヤトに抱きつく。そして強く握り締めた。
 少しだけ震えている。涙を堪えているのが分かっていた。
 泣かないのは、ハヤトと約束しているから。亡くなった母の為にも笑顔でいる事を決めたから。
 ハヤトが優しくサキの頭を撫でる。
「泣いて良い。思う存分泣いて良い」
「ひっく……っく……お兄ちゃぁぁぁん……」
 サキが泣き出す。ハヤトは微笑み、サキの頭を撫で続けた。
「今日は偉かったな。アリサを……お姉ちゃんとユキノを守ってくれてありがとう、サキ」
 大切な人達を守ってくれてありがとう。ハヤトはそれだけしか言わなかった。
 いや、無意識の内に引き出した力について何も言う必要はなかった。
(必ず、《冥帝王》を倒す……アリサの為に、ユキの為に……そして、サキの為にも……!)
 この時、ハヤトの想いに反応したのか、ハヤトの瞳は黄金に輝いていた。



 朝。いつものように教室へ向かうハヤトとアリサ。
 ハヤトの腕のギプスを見て、アリサが言う。
「ハヤトさん、無理に学校に行かなくても良かったんじゃ……」
「そうなんだけどね……家にいたくないなぁって……」
 もし休むとなれば、ユキノの世話をしに来ているコトネに何かさせられそうで恐い。腕が折れていても。
 苦笑するハヤトに、アリサも「しょうがないですね」と苦笑する。
 教室に入ると、すぐにハヤトの前に土下座をする丸坊主頭の男がいた。
「……教室入った早々かよ、亀田」
「頼む、神崎! 神様、仏様、神崎様! 今日の試合に助っ人で出てくれ!」
「野球部は引退してるだろ、時期的に」
「いや、今日は俺らOBと新生野球部で試合なんだよ! だから、頼む!」
「……亀田、俺のこの状況を見て、物を言った方が良いぞ?」
 ハヤトがそう言うと、丸坊主頭の亀田豊が顔を上げる。
 右腕にギプスをしているハヤトの姿を見て、亀田が大声を上げた。
「か、かかか、神崎が怪我してやがるぅぅぅぅぅぅっ!?」
 それに反応して、クラスメイトがぞろぞろと様子を見に来る。
「超天才の神崎が怪我だと!? おい、元新聞部、後輩にこの事記事に書かせろ!」
「ギプスって事は、骨か!? 骨だよな!?」
「イヤ〜〜〜っ! 神崎君が怪我してるだなんて〜〜〜!」
 そんなに珍しいのか、ハヤトのギプスを見て騒ぐクラスメイト。
 彼らの姿を見て溜め息をつきつつ、自分の席に向かう。
 席には、当然いつものメンバーがいた。クラスメイトの片桐美香が訊いて来る。
「神崎君、どうしたの、そのギプス?」
「……ああ、家の道場でちょっとな……」
 そう言って席に座る。すると、御堂えんながプリントをハヤトとアリサに渡した。
「そう言えば、二人とも先週の金曜休んだでしょ? はい、これ」
「何だ?」
「来週からの自宅学習についてのプリント」
「そうか、来週からか」
「もうすぐ卒業なんですね……」
 プリントの内容を読みつつ、アリサが言う。ハヤトはふとアリサの方を見た。
 アリサの顔色が少し悪く見える。今朝はそうでもなかった気がするが。
「……アリサ、具合悪いのか? 少し顔色が良くないけど……?」
「いえ……ただ、昨日はあまり眠れませんでしたから……」
「……そう言えば、昨日は寝るの遅かったからな」
「寝るのが遅かったって……まさか、二人とも……」
 ハヤトの言葉に、えんなが徐々に頬を赤く染めていく。
 どうやら勘違いしているようだが、弁解しようにも、昨日の出来事を話す訳にもいかなかった。
 えんなの顔が赤くなるのを見て、ハヤトの親友である陽平が首を傾げる。
「えんな、顔が赤いぞ。風邪でも引いたか?」
「引いてない!」
「ならば、なぜ顔が赤い? やはり熱が……」
「引いてないし、熱もないわよ、このボケェッ!」
 殴られる。ハヤトは苦笑いを浮かべるだけだった。
「……大丈夫か、陽平?」
「……当然だ。えんなに殴られた程度で、俺は気絶などしない」
 殴られても、全くダメージが見られない陽平だった。



 授業中、不慣れな左手で黒板の文字をノートに書き写していく。
 少しは書けるのだが、右手のようにはいかなかった。
(……授業の内容が一年間の復習だったのが救いだな)
 これが普通の授業であれば、大苦戦しているだろう。
 それ以前に、ハヤトが真面目に授業を受ける必要はないはずなのだが。
 アリサがハヤトの苦戦する姿を見て、小さな声で言う。
『私がちゃんと書き写してますから、無理しなくて良いですよ』
 その言葉に苦笑する。ここは、大人しくアリサの言うように、無理に書くのをやめよう。
 ふと、窓の外を見る。そして思った。
(そう言えば、《冥帝王》の”肉体”は、”核”は破滅を拒んでいるって……)
”中枢”である葉山に吸収される前に、「”核”が宿った人間の心が、そうさせている」と告げた”肉体”。
 気がかりだった。”部位”は己の力で人格や身体を全て形成しているはず。
 しかし、”核”だけ違うらしい。
(人間の心が、破滅を拒否させる力になっている……一体、奴の”核”って何なんだ……?)



 昼休み、教室で皆と昼食を取り、ハヤトは陽平を誘って屋上に向かった。
 今日は普段より暖かい気温だが、やはり冬の屋上は寒い。
「やっぱり冬だな。屋上に出ると寒い」
「そうだな。それで、何か用か?」
 陽平が訊く。ハヤトは周りに誰もいない事を確認して、話し出した。
「陽平、最近何か感じた事はないか?」
「いや、何もない」
「霊戦機の……ディレクダートの”声”も聞こえないのか?」
「ああ」
 陽平が頷く。ハヤトは「そうか」とぼやいた。
 屋上からグラウンドを見渡し、話を続ける。
「……ネセリパーラで、また戦いが起きている」
「この間休んだのは、向こうにいたからなのか?」
「ああ。しかも、今度は人間同士で争っている……全く、何で戦争なんてするんだよ……!」
 金網を強く握る。
「今度こそ、ふざけた戦いを終わらせる……! 俺はもう、誰も死なせたくない……!」
「…………」
 その決意に、陽平が黙ったまま隣に寄る。
 金網に背を向けて寄りかかり、ハヤトの肩をぽんと叩いた。
「ディレクダートがもう一度力を貸してくれるなら、その時は俺も力を貸す」
「……ああ。ありがとう、陽平」
 互いにふっと笑みを浮かべた。



 放課後となった教室。現れるだろうと思った矢先に、彼女が現れる。
「先輩〜!」
 ツインテールからポニーテールに髪型を変えた後輩、紺野美咲。
 美咲がハヤトの前に学校新聞を出す。
「先輩、腕を骨折したって本当ですか!?」
「……普通に見て分かるだろ、紺野」
 そう言って、右腕のギプスを見せる。しかし、そんな事などお構い無しに、紺野は白い紙箱を取り出した。
 いつもの手作りお菓子だろう。とりあえず、左手で亀田を捕まえる。
「は、放せ、神崎! 俺は試合に出るわけなんだしよ!」
「どうせOBのお前らが負けるだろ、普通に。だったら、ここで覚悟を決めてくれ」
「んな勝手な!?」
「今日はフォンダンショコラを作ってきたんですよ、先輩!」
 紙箱の中から、フォンダンショコラが姿を見せる。やはり、見た目は本物のフォンダンショコラだ。
 問題は味である。これで味も本物であれば、間違いなく紺野は才能があると言っても良い。
 そう、味も本物であれば。
「さっき家庭科室のレンジを借りて温めたから、熱々で美味しいですよ!」
「……亀田、お前が食べて良いぞ」
「俺が毒味するのかよ!? 殺す気かよ!?」
 いや、まず死ぬ事はないが。仕方なくハヤトはフォンダンショコラを一口食べた。
 口の中をチョコレートの味ではなく、人参の味が広がっていった。
「……訊くけど、何を入れた?」
「人参です。アリサ先輩が人参だけで作れば美味しく作れるって、前に言ってましたし」
「それはケーキの話だろう……」
 本当に、見た目だけならプロ級であるから凄いと思うハヤトだった。



 夕方、アリサと一緒に家へ帰る。家の庭では、ユキノがペットのケモノと遊んでいた。
「あ、パパ、ママ!」
「ただいま、ユキノちゃん」
 アリサがユキノを抱き上げる。ハヤトはコトネの姿がない事に気づいた。
 今日は何も連絡していないので、まだいるはずだ。
「帰ったのか、コト姉の奴……ユキノを放って……」
「わしが帰らせた」
「――――!? じじい!」
 ハヤトの背後から現れる祖父・獣蔵。当然、ハヤトは驚いた。
 相変わらず、その気配を消した動きは、次期当主である自分でも真似できない。
「帰ってきたのか?」
「うむ。シュウハから報告を受けてな、修行を止めて帰って来たわい」
「なるほど、コト姉が帰るわけだ」
「ほっほっほっ。しかし、本当にあの子を引き取るのか?」
「……ああ。アリサも同じ気持ちだし、ユキノは、俺とアリサの事を本当の両親のように想ってるから」
「そうか」
 獣蔵が頷く。
「ハヤト、話がある。わしの部屋に来い」
「……何かあるのか?」
「サキの事でな、お前の意見も聞きたいのじゃ」
 サキと聞いて、ハヤトは黙って頷いた。



「サキが身華光剣術を!?」
「そうじゃ。サキ本人が学びたいと言い出しおった」
 獣蔵の部屋で、ハヤトはそれを聞いて驚いた。
「サキは?」
「今はコトネの所じゃ。剣を学ばせるにも、色々とやる事があるからの」
「……そうか。でも、何でまた……」
「昨日、サキが《霊王》の力を解き放ったのじゃろう?」
「……ああ」
「おそらく、守る為には力が必要じゃと思ったんじゃろうな。だからこそ、剣術を学びたいのじゃろう」
 兄が大切なものを守れるのは、戦う力があるから。
 しかし、自分にはその力がない。守りたくても守れないと分かったからだ。
 だからこそ、サキは自分の意思で身華光剣術を学びたいと言い出した。
「わし一人で決めても良いのじゃが、お前は次期当主じゃなからな、お前の意見も聞きたいのじゃ」
「……じじいは、反対してるのか?」
「しておらん。サキが決めた事に、あれこれ言う事などできん」
「…………」
「お前は反対なのか?」
 獣蔵の質問に、首を横に振って返す。
「サキが自分の意思で決めた事なら、俺も反対する気はない」
「良いんじゃな?」
「ああ。俺からも頼む」
 サキが決めた事なら、自分には止める権利などない。
 ハヤトの言葉に、獣蔵は頷いた。

 この時、異世界ネセリパーラで何が起きているのか、ハヤトはまだ知る由もなかった。



 第四章 拳を光の剣に

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