ハヤトと《冥帝王》の”肉体”。両者の拳が激突を繰り出す。
身華光体術によって、戦い方が全く変わったハヤトに、”肉体”は笑みを浮かべた。
「なるほど、先ほどとは違って良い戦い方だ」
「これが身華光体術だ。そして、これが……!」
拳を覆う白銀の光に、それぞれ赤と青の光が灯る。
「これが、身華光剣術の二刀剣技! 龍神光闇斬ッ!」
赤と青の龍の波動が放たれる。”肉体”はその波動を鋭く睨んだ。
その巨大な口を開けて襲い掛かる龍の波動を受け止める。
「ぬぉぉぉおおおおおおっ!」
波動を無効化する。そして拳に闇の力を込めた。
それを見て、ハヤトも右拳に霊力を集中させ、さらに光の力を込める。
ハヤトの右拳が赤熱に輝く。
「ダァァァク・ノヴァッ!」
「メテオ・オブ・シャインッ!」
無数なる赤熱の波動と闇の波動が衝突する。そして相殺した。
二人が同時に駆け出し、拳を激突させる。
《冥帝王》の”左腕”を相手に、シュウハ、コトネ、影王の三人が挑む。
「忍法、朱雀閃!」
影王が両手を広げ、炎が全身を覆う。朱雀のように”左腕”へと突撃する。
闇の力を使って影王の攻撃を防ぐ。刹那、シュウハとコトネが動き出した。
「破刃光牙!」
「破衝青龍牙!」
同時に放たれる二匹の青い龍の波動。”左腕”は辛うじて受け止めた。
舌打ちし、奥歯をギリギリと噛み締める。人間に苦戦する事に、己のプライドが許せないのだ。
それを見て、コトネが拳に霊力を込める。
「時間を稼ぎな、シュウハ! 一気に片付けるよ!」
「分かりました。では、こちらも本気で参ります」
シュウハが眼鏡を外し、胸ポケットに入れる。抑えていた霊力が溢れ出した。
《霊王》の血を継ぐ人間の中でも、特に霊力の高いシュウハの霊力は、ハヤトでも本気で相手をするほどだ。
その圧倒的な強さをひしひしと感じつつ、影王も構える。
「こちらでタイミングを合わせる。同時にやるぞ」
「……分かりました、シュウハ様」
影王を中心に炎が描かれる。”左腕”は闇の力を解放した。
「とっとと死にやがれぇぇぇっ!」
「参ります! 龍牙王、出陣!」
宙を舞って炎を纏い、影王が巨大な龍を模った炎と共に突撃する。
”左腕”が闇の力を使って剣を形成し、影王の誇る技を受け止める。
瞬間、影王がその場から空高く跳躍し、それを確認したシュウハが刀を振るう。
「二刀秘儀、剣聖鳴動斬!」
光り輝く刀身が現れ、”左腕”へと振り落とされる。”左腕”は目を見開いた。
闇の力をさらに引き出し、食い止める。しかし、すぐに相殺した。
奥歯を噛み締め、舌打ちする”左腕”。その時、霊力を集中させていたコトネが動き出した。
その拳からは、赤熱の光が溢れ出ている。
「これで終わりだよ!」
”左腕”の懐に入り込むコトネ。”左腕”は目を見開いた。
「獅帝轟咆!」
腹部を殴り、上空へと全身が浮き上がる。”左腕”の口から黒い血が吐き出された。
そのまま吹き飛び、地面へと落下する。勝負は決した。
拳に最大まで集中させた霊力を込め、相手の腹部を殴ると同時に爆発させる奥義、獅帝轟咆。
コトネは手首を回しながら、「こんなものか」と呟いた。
「久々に使ったにしちゃ、意外と劣ってないものだね」
「流石は身華光体術の使い手、と言う事でしょうか?」
その言葉に「ふん」とコトネが返す。
「……ふざけんじゃねぇッ……! 人間如きが、よくも俺様をぉぉぉッ!」
立ち上がる”左腕”。その時放つ闇の力は、先ほどとは全く違った。
どうやら、これが本気なのだろう。舌打ちしつつ、コトネが再び拳に霊力を込める。
「あれを二発も使うとなると、結構厳しいんだけどね……!」
「いやはや、ハヤト以外ではやはり無理ですか。さて、どうしたものでしょうか……」
シュウハが持つ二本の刀に亀裂が走り、砕け散る。秘儀に刀が耐えれなかったのだ。
残った柄を捨て、拳を構える。”左腕”が狂ったかのような瞳で睨みつける。
「塵一つ残さずに殺してやるッ……覚悟しろぉぉぉおおおおおおッ!」
「それはもう無理だよ、”左腕”」
刹那、後ろから剣で刺される。”左腕”は後ろへと目を向けた。
「貴様は……”中枢”……!?」
「さあ、帰っておいで。僕の大切な”左腕”……」
闇の球体が”左腕”を覆い、そして急激に小さくなって消える。
突然姿を現した《冥帝王》の”中枢”である葉山が、コトネ達を前に手を振り下ろす。
瞬間、コトネ達の身体が大地へと沈んだ。
「な……どうなってんだい……!?」
「どうやら、こちらの重力を支配されたようですね……」
「くっ……」
「無駄だよ。《霊王》の血を持つ人間如きが、僕の力の前に立つ事なんて無理だよ」
激突する両者の拳。ハヤトは深く息を吐いた。
どうにか互角に戦っている。しかし、互角じゃ駄目だと思った。
倒さなければいけない。敵より上回るしかない。
(一撃だ。敵が見切れない一撃を放つには……この技しかない!)
右拳に霊力を込める。黄金の光が溢れ出し、拳を覆う白銀の光が黄金の光へと変わった。
それを見て、”肉体”も構える。
「うぉぉぉおおおおおおっ!」
ハヤトが駆け出す。”肉体”がその拳を大きく突き出した。
拳の軌道を見切り、ハヤトが避ける。
「俺の勝ちだ、《冥帝王》ッ!」
”肉体”の懐に入り、ハヤトが拳を繰り出す。
「凱歌! 神王剣聖斬ッ!」
ハヤトの拳が”肉体”の胸部を捉える。瞬間、”肉体”の全身から七つの光の筋が浮かび上がった。
祖父よりも一つ多い斬撃を与える『無の太刀』。その攻撃を受け、”肉体”は吹き飛んだ。
「ッ……!」
右腕に激痛が走るのを感じ、ハヤトが苦痛に顔を歪める。
「この痛み……折れたか……?」
治癒の霊力を使って激痛を止めようとするが、なかなか痛みが消えない。
間違いなく折れている。『無の太刀』による負荷は、相当なものだった。
しかし、これで相手は相当なダメージを負っているはず。まだ戦うのなら、左腕だけで戦うだけだ。
吹き飛ばされた”肉体”がゆっくりと立ち上がる。そして、静かに笑みを浮かべた。
「……流石だ。我の負けだ、《太陽王》よ」
「負け……まだ戦えるんだろ、お前……!」
「確かに……しかし、我は全てを滅ぼす為に戦ったわけではない……」
その言葉に、ハヤトが疑問の表情を浮かべる。
「どう言う事だ?」
「我々”部位”は、全て異なる意思を持っている。全てを滅ぼそうとする者もいれば、それを拒む者もいる。
我も拒む者の一人……貴公と戦ったのは、貴公がどれほど我らと戦えるか試したに過ぎぬ」
「…………」
”部位”全てが、”中枢”のように破滅させようとしている訳ではない。
そう”肉体”が告げた時、ハヤトは光の力が強く反応している事に気づいた。
刹那、その場から動けなくなる。威圧感などではない。間違いなく闇の力によって動きを封じられた。
「今度は君の番だよ、”肉体”。君を見つけたのは運が良いよ」
”肉体”へと近づく一人の男の姿――――葉山だ。
ハヤトが葉山を睨みつける。
「葉山……!」
「”中枢”か……」
「うん。探したよ、僕の”肉体”。全く、手間をかけさせないで欲しいな」
「…………」
「さあ、僕の元に帰って来るんだ。”完全体”へ戻る為に」
葉山が発する闇が”肉体”を覆う。ハヤトは黙ってそれを見るしか出来なかった。
闇に覆われていく”肉体”。すると、ハヤトに向けて何かを話し出した。
「《太陽王》よ、”核”は最も滅びを拒んでいる」
「何……!?」
「”核”が宿った人間の心が、そうさせている」
「どう言う事だ、それは!?」
「つまり……」
「お喋りが過ぎるよ、”肉体”」
闇が瞬時に”肉体”を覆い、そして葉山に吸収される。
「”左腕”と”肉体”が戻った。これで、また差ができたね、《太陽王》」
「貴様、葉山ぁっ……!」
「安心しなよ。ここでオルハリゼートは使わないし、君を殺す事もしない」
そう言って、視線をアリサへと向ける。
ユキノとサキを強く抱きしめているアリサの姿。それを見て、葉山が笑みを浮かべる。
「”永遠なる命”の糧としては、良いよね、彼女は……」
「アリサが糧だと……!?」
「そうさ。完全なる《冥帝王》に戻るだけじゃ終わらない。僕は永遠なる神となるんだ」
「ふざ……ふざけるなぁぁぁっ……!」
ハヤトの身体から力が溢れ出す。葉山は目を見開いた。
まだ力はこちらが上回っている。しかし、どこか違う。光の鳥の頃と同じ光ではない。
黄金の瞳が睨みつけたまま、その光の輝きを増していく。
絶対にアリサは渡さない。アリサは自分にとって一番大切な人だから。
その想いが光の力を増大させる。
「アリサは渡さない! もう二度と……もう二度と! もう二度と俺は、大切な人を失ったりはしないッ!」
「そう言っているのも、今のうちだよ《太陽王》」
葉山がハヤトを睨む。
「何度も言ったはずだ。僕は”完全体”に必ず戻ると。そして、永遠なる神になる」
「誰がさせるか! そうなる前に、必ず倒す!」
「せいぜい抗ってみれば良いよ。じゃあね、《太陽王》」
闇の力で姿を消す。ハヤトはすぐに片膝を大地についた。
葉山がいなくなった事で闇の力が消え、同時に緊張感が一気に消えた。アリサがすぐに駆けつける。
「ハヤトさんっ!」
「大丈夫……右腕は痛むけどね……」
「治癒の霊力でどうにか……!」
「いや、折れてるから無理だ……病院に行った方が早い……」
ハヤトの言葉に、アリサは何も出来ずに頷くだけだった。
神崎家。深夜に差し掛かったリビングで、ハヤト達は深刻な顔をしていた。
病院で治療を受け、右腕にギプスをつけているハヤトに、コトネが訊く。
「お前がこっちに帰って来た時に聞いていたけど、あれが”部位”の強さって事かい?」
「……ああ」
「あれを倒せるのは、あんただけなのかい?」
「いや、《邪神王》でも倒せると思う。多分、《神の竜》と《神の獅子》でも」
コトネの質問に答える。《冥帝王》の”部位”を倒す事ができるのは、《太陽王》を除けた三人しかいない。
《太陽王》と互角の力を持つ《邪神王》と、《太陽王》を守護する存在である《神の竜》と《神の獅子》。
正直、霊戦機操者では倒せないと思う。強さが違い過ぎる。
「まだ俺には、《神の竜》が持つ力がある。けれど、それで奴の”完全体”を倒せるかどうか……」
「倒すしか、全世界を救う事はできない。それに、お前には想いの力があるだろう」
弱気になるハヤトにシュウハが言う。
「一年前に倒した《冥帝王》は、想いの力で倒したんだ。戦うのなら、それしか方法はないだろう」
「想いの力……けど、そんな簡単に……」
「弱気になるな。お前は一人で戦っているわけじゃない。お前には私達やアリサさんがいる」
「シュウ兄……」
「信じろ。特にアリサさんを信じろ。それが、お前の本当の強さだ」
「……ああ。分かった」
静かに頷く。その瞳は、獣の瞳と化していた。
もう大丈夫だろう、とシュウハが笑みを溢す。そして、コトネとシュウハが立ち上がる。
「さて、あたし達は帰らないとね。旦那とチビ達も待っているだろうし」
「祖父には、明日にでも今回の事を伝えておきます。いつもの山篭りなのだろう?」
「……多分」
こう言う時、神崎家当主である獣蔵は最低なじじいである。
「シュウ兄、コト姉、ありがとう」
「礼は良い。あんたを守るって決めたのは、あたし達だからね」
「そうです。お前は、少しでも私達に甘えれば良いんだ」
そう言って、二人が引き上げる。それと同時にアリサがリビングに来た。
軽く二人に礼をし、ハヤトの隣に座る。
「ユキノとサキは寝た?」
「はい。今回の事で、なかなか寝付けませんでしたが……」
「そう……」
アリサが右腕のギプスに手を触れる。
「……痛みますか?」
「大丈夫。明日は学校だし、俺達もそろそろ休もう」
「はい。……あの、ハヤトさん」
ハヤトが「何?」と聞き返す。
「実は、サキちゃんの事なんですけど……」
「……サキがどうしたんだ?」
「それが……」
”左腕”の闇の力を、サキが無力化した事をハヤトに話す。
それを聞いたハヤトは驚かず、「そうか」と呟いた。
「無意識に《霊王》の力を引き出したんだ、サキが……」
「はい……」
「……守りたかったんだろうね。自分の大切な人を。サキを褒めてあげないといけないね」
「……そうですね」
二人揃って少しだけ笑う。
「そろそろ休もう。今日は疲れただろ?」
「はい。今日はユキノちゃんと一緒に寝ますから」
「ああ。おやすみ、アリサ」
「おやすみなさい、ハヤトさん」
そしてキスを交わす二人だった。
気づけば午前一時になろうとしている。ハヤトは自分の部屋に入った。
ベッドに誰か座っている。サキだ。
「お兄ちゃん……」
「サキ……眠れなくて、ずっとここにいたのか?」
「うん……」
サキが頷く。ハヤトが近寄り、そして隣に座る。
「眠れないって言って来て良かったんだぞ? 別に怒ったりしないんだから」
「うん……」
サキがハヤトに抱きつく。そして強く握り締めた。
少しだけ震えている。涙を堪えているのが分かっていた。
泣かないのは、ハヤトと約束しているから。亡くなった母の為にも笑顔でいる事を決めたから。
ハヤトが優しくサキの頭を撫でる。
「泣いて良い。思う存分泣いて良い」
「ひっく……っく……お兄ちゃぁぁぁん……」
サキが泣き出す。ハヤトは微笑み、サキの頭を撫で続けた。
「今日は偉かったな。アリサを……お姉ちゃんとユキノを守ってくれてありがとう、サキ」
大切な人達を守ってくれてありがとう。ハヤトはそれだけしか言わなかった。
いや、無意識の内に引き出した力について何も言う必要はなかった。
(必ず、《冥帝王》を倒す……アリサの為に、ユキの為に……そして、サキの為にも……!)
この時、ハヤトの想いに反応したのか、ハヤトの瞳は黄金に輝いていた。
朝。いつものように教室へ向かうハヤトとアリサ。
ハヤトの腕のギプスを見て、アリサが言う。
「ハヤトさん、無理に学校に行かなくても良かったんじゃ……」
「そうなんだけどね……家にいたくないなぁって……」
もし休むとなれば、ユキノの世話をしに来ているコトネに何かさせられそうで恐い。腕が折れていても。
苦笑するハヤトに、アリサも「しょうがないですね」と苦笑する。
教室に入ると、すぐにハヤトの前に土下座をする丸坊主頭の男がいた。
「……教室入った早々かよ、亀田」
「頼む、神崎! 神様、仏様、神崎様! 今日の試合に助っ人で出てくれ!」
「野球部は引退してるだろ、時期的に」
「いや、今日は俺らOBと新生野球部で試合なんだよ! だから、頼む!」
「……亀田、俺のこの状況を見て、物を言った方が良いぞ?」
ハヤトがそう言うと、丸坊主頭の亀田豊が顔を上げる。
右腕にギプスをしているハヤトの姿を見て、亀田が大声を上げた。
「か、かかか、神崎が怪我してやがるぅぅぅぅぅぅっ!?」
それに反応して、クラスメイトがぞろぞろと様子を見に来る。
「超天才の神崎が怪我だと!? おい、元新聞部、後輩にこの事記事に書かせろ!」
「ギプスって事は、骨か!? 骨だよな!?」
「イヤ〜〜〜っ! 神崎君が怪我してるだなんて〜〜〜!」
そんなに珍しいのか、ハヤトのギプスを見て騒ぐクラスメイト。
彼らの姿を見て溜め息をつきつつ、自分の席に向かう。
席には、当然いつものメンバーがいた。クラスメイトの片桐美香が訊いて来る。
「神崎君、どうしたの、そのギプス?」
「……ああ、家の道場でちょっとな……」
そう言って席に座る。すると、御堂えんながプリントをハヤトとアリサに渡した。
「そう言えば、二人とも先週の金曜休んだでしょ? はい、これ」
「何だ?」
「来週からの自宅学習についてのプリント」
「そうか、来週からか」
「もうすぐ卒業なんですね……」
プリントの内容を読みつつ、アリサが言う。ハヤトはふとアリサの方を見た。
アリサの顔色が少し悪く見える。今朝はそうでもなかった気がするが。
「……アリサ、具合悪いのか? 少し顔色が良くないけど……?」
「いえ……ただ、昨日はあまり眠れませんでしたから……」
「……そう言えば、昨日は寝るの遅かったからな」
「寝るのが遅かったって……まさか、二人とも……」
ハヤトの言葉に、えんなが徐々に頬を赤く染めていく。
どうやら勘違いしているようだが、弁解しようにも、昨日の出来事を話す訳にもいかなかった。
えんなの顔が赤くなるのを見て、ハヤトの親友である陽平が首を傾げる。
「えんな、顔が赤いぞ。風邪でも引いたか?」
「引いてない!」
「ならば、なぜ顔が赤い? やはり熱が……」
「引いてないし、熱もないわよ、このボケェッ!」
殴られる。ハヤトは苦笑いを浮かべるだけだった。
「……大丈夫か、陽平?」
「……当然だ。えんなに殴られた程度で、俺は気絶などしない」
殴られても、全くダメージが見られない陽平だった。
授業中、不慣れな左手で黒板の文字をノートに書き写していく。
少しは書けるのだが、右手のようにはいかなかった。
(……授業の内容が一年間の復習だったのが救いだな)
これが普通の授業であれば、大苦戦しているだろう。
それ以前に、ハヤトが真面目に授業を受ける必要はないはずなのだが。
アリサがハヤトの苦戦する姿を見て、小さな声で言う。
『私がちゃんと書き写してますから、無理しなくて良いですよ』
その言葉に苦笑する。ここは、大人しくアリサの言うように、無理に書くのをやめよう。
ふと、窓の外を見る。そして思った。
(そう言えば、《冥帝王》の”肉体”は、”核”は破滅を拒んでいるって……)
”中枢”である葉山に吸収される前に、「”核”が宿った人間の心が、そうさせている」と告げた”肉体”。
気がかりだった。”部位”は己の力で人格や身体を全て形成しているはず。
しかし、”核”だけ違うらしい。
(人間の心が、破滅を拒否させる力になっている……一体、奴の”核”って何なんだ……?)
昼休み、教室で皆と昼食を取り、ハヤトは陽平を誘って屋上に向かった。
今日は普段より暖かい気温だが、やはり冬の屋上は寒い。
「やっぱり冬だな。屋上に出ると寒い」
「そうだな。それで、何か用か?」
陽平が訊く。ハヤトは周りに誰もいない事を確認して、話し出した。
「陽平、最近何か感じた事はないか?」
「いや、何もない」
「霊戦機の……ディレクダートの”声”も聞こえないのか?」
「ああ」
陽平が頷く。ハヤトは「そうか」とぼやいた。
屋上からグラウンドを見渡し、話を続ける。
「……ネセリパーラで、また戦いが起きている」
「この間休んだのは、向こうにいたからなのか?」
「ああ。しかも、今度は人間同士で争っている……全く、何で戦争なんてするんだよ……!」
金網を強く握る。
「今度こそ、ふざけた戦いを終わらせる……! 俺はもう、誰も死なせたくない……!」
「…………」
その決意に、陽平が黙ったまま隣に寄る。
金網に背を向けて寄りかかり、ハヤトの肩をぽんと叩いた。
「ディレクダートがもう一度力を貸してくれるなら、その時は俺も力を貸す」
「……ああ。ありがとう、陽平」
互いにふっと笑みを浮かべた。
放課後となった教室。現れるだろうと思った矢先に、彼女が現れる。
「先輩〜!」
ツインテールからポニーテールに髪型を変えた後輩、紺野美咲。
美咲がハヤトの前に学校新聞を出す。
「先輩、腕を骨折したって本当ですか!?」
「……普通に見て分かるだろ、紺野」
そう言って、右腕のギプスを見せる。しかし、そんな事などお構い無しに、紺野は白い紙箱を取り出した。
いつもの手作りお菓子だろう。とりあえず、左手で亀田を捕まえる。
「は、放せ、神崎! 俺は試合に出るわけなんだしよ!」
「どうせOBのお前らが負けるだろ、普通に。だったら、ここで覚悟を決めてくれ」
「んな勝手な!?」
「今日はフォンダンショコラを作ってきたんですよ、先輩!」
紙箱の中から、フォンダンショコラが姿を見せる。やはり、見た目は本物のフォンダンショコラだ。
問題は味である。これで味も本物であれば、間違いなく紺野は才能があると言っても良い。
そう、味も本物であれば。
「さっき家庭科室のレンジを借りて温めたから、熱々で美味しいですよ!」
「……亀田、お前が食べて良いぞ」
「俺が毒味するのかよ!? 殺す気かよ!?」
いや、まず死ぬ事はないが。仕方なくハヤトはフォンダンショコラを一口食べた。
口の中をチョコレートの味ではなく、人参の味が広がっていった。
「……訊くけど、何を入れた?」
「人参です。アリサ先輩が人参だけで作れば美味しく作れるって、前に言ってましたし」
「それはケーキの話だろう……」
本当に、見た目だけならプロ級であるから凄いと思うハヤトだった。
夕方、アリサと一緒に家へ帰る。家の庭では、ユキノがペットのケモノと遊んでいた。
「あ、パパ、ママ!」
「ただいま、ユキノちゃん」
アリサがユキノを抱き上げる。ハヤトはコトネの姿がない事に気づいた。
今日は何も連絡していないので、まだいるはずだ。
「帰ったのか、コト姉の奴……ユキノを放って……」
「わしが帰らせた」
「――――!? じじい!」
ハヤトの背後から現れる祖父・獣蔵。当然、ハヤトは驚いた。
相変わらず、その気配を消した動きは、次期当主である自分でも真似できない。
「帰ってきたのか?」
「うむ。シュウハから報告を受けてな、修行を止めて帰って来たわい」
「なるほど、コト姉が帰るわけだ」
「ほっほっほっ。しかし、本当にあの子を引き取るのか?」
「……ああ。アリサも同じ気持ちだし、ユキノは、俺とアリサの事を本当の両親のように想ってるから」
「そうか」
獣蔵が頷く。
「ハヤト、話がある。わしの部屋に来い」
「……何かあるのか?」
「サキの事でな、お前の意見も聞きたいのじゃ」
サキと聞いて、ハヤトは黙って頷いた。
「サキが身華光剣術を!?」
「そうじゃ。サキ本人が学びたいと言い出しおった」
獣蔵の部屋で、ハヤトはそれを聞いて驚いた。
「サキは?」
「今はコトネの所じゃ。剣を学ばせるにも、色々とやる事があるからの」
「……そうか。でも、何でまた……」
「昨日、サキが《霊王》の力を解き放ったのじゃろう?」
「……ああ」
「おそらく、守る為には力が必要じゃと思ったんじゃろうな。だからこそ、剣術を学びたいのじゃろう」
兄が大切なものを守れるのは、戦う力があるから。
しかし、自分にはその力がない。守りたくても守れないと分かったからだ。
だからこそ、サキは自分の意思で身華光剣術を学びたいと言い出した。
「わし一人で決めても良いのじゃが、お前は次期当主じゃなからな、お前の意見も聞きたいのじゃ」
「……じじいは、反対してるのか?」
「しておらん。サキが決めた事に、あれこれ言う事などできん」
「…………」
「お前は反対なのか?」
獣蔵の質問に、首を横に振って返す。
「サキが自分の意思で決めた事なら、俺も反対する気はない」
「良いんじゃな?」
「ああ。俺からも頼む」
サキが決めた事なら、自分には止める権利などない。
ハヤトの言葉に、獣蔵は頷いた。
この時、異世界ネセリパーラで何が起きているのか、ハヤトはまだ知る由もなかった。
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