第一章 動き出している闇


「それじゃ、コト姉、ユキノを頼む」
「ユキノちゃん、コトネさんの言う事を聞いて、良い子でいてくださいね」
 朝八時。神崎家の玄関で、アリサはユキノの頬に優しくキスをした。
 ユキノが照れている。ハヤトが頭を撫でると、ユキノは目を細くして喜んでいた。
「なるべく早く帰ってくるから、良い子にしているんだぞ、ユキノ」
「うんっ。いってらっしゃい、パパ、ママ!」
「はい、いってきますっ」
 仲良く手を繋ぎ、一緒に歩いていく。
 そんな二人を見送りながら、コトネは少しだけ欠伸を漏らした。
「……ったく、こんな事引き受けるんじゃなかったよ」
 自分から言っていたので自業自得だから、文句は言えない。
 しかし、神崎家で保育関係の仕事をやっている奴に頼もうかと思っても、どうせ暇なのでやめる。
 天気を確かめつつ、ユキノの手を優しく握り、コトネが玄関の戸を閉めた。
「さて、今日は雨が降りそうだから本でも読んでやるかね。何が読みたい? ……って、分からないか」
「……?」
「気にするな。とりあえず、二人が帰ってくるまで一緒に留守番だ」
「うんっ」
 コトネが何を言っていたのか分からないまま、ユキノは返事をするのだった。



 一緒に学校に行く途中、ハヤトは空を見上げていた。
 どんよりとした天気。今日は雨が降るだろうと予測する。
「……一雨来るかな、多分。折りたたみは一応持ってきているから大丈夫だけど」
「それよりも、ハヤトさん。ユキノちゃんの事、ありがとうございました」
「別に良いよ。それに、あの子の気持ちは分かるから」
 生まれた頃から、両親の愛情を知らずに育ってきたせいか、ユキノの寂しさはよく伝わっていた。
 確かに、突然父親になれと言われて断ろうとも思ったが、どこか躊躇われた。
「……確かに、最初は拒否しようと思ったけど、ユキノを見てて止めたんだ。
 それに……パパって呼ばれるのも良いかなって……」
「ふふっ。私も、ユキノちゃんからママって呼ばれると嬉しいです」
「……ユキノも一緒に幸せになっていこうな、アリサ」
「はいっ」
 登校中と言う事にも関わらず、二人はキスを交わした。



「うぉぉぉ〜、ビッグニュース! ビッグニュース!」
 ドタドタと廊下を走り、自分の教室に入る丸坊主頭の生徒。
 同級生である四人が集まっている席に向かい、入手した情報を流す。
「聞いたか、昨日、うちの学校の女子が行方不明になったんだってよ!」
 それを聞いて、彼らは全く驚かない。
「……豊、もう僕達も知ってるよ」
「何!?」
 親友である眼鏡をかけたガリ勉君の舘林慎吾の一言を聞いて、丸坊主の亀田豊が驚く。
「うむ。その情報なら昨日のうちに入手した」
「……加賀見君、そう言う事は早いね」
「って言うか、馬鹿でしょ、陽平」
 陽平の一言を聞いて、片桐美香と御堂えんなが呆れる。
 亀田は教室の隅で落ち込んでいた。せっかく入手した情報を、もう皆知っていると言う事実を知って。
 そんな時、ハヤトとアリサが登校してきて、自分達の席に座る。ハヤトの席に皆集まった。
「おはよっ、神崎君、アリサさん」
「おはようございます、美香さん」
「よう。それで、あいつは何で落ち込んでいるんだ?」
 亀田を見つつ、ハヤトが訊く。
「昨日の事をすでに僕達が知っていたから落ち込んでるだけ……」
「昨日の事? 何か起きたのか?」
「そう言えば、ハヤト達は先に帰ったんだっけ。昨日から、うちの学校の女子が行方不明になってるのよ」
 えんなの言葉を聞いて、ハヤトが目を見開く。
 わずかだが、封印していた光の鼓動がドクンと熱くなった。
「行方不明?」
「そうだ。俺達の一つ年下の女子で、昨日の放課後からいなくなっている」
「……昨日の放課後? って、陽平、意外と詳しいな。一つ年下の後輩とか」
「当然だ。職員室に盗聴器を仕掛けていたからな」
 瞬間、小槌が陽平の頭を襲う。
「んなもの仕掛けてんじゃないわよ、あんた! 大体、前に風紀で言ったでしょーが!」
「むぅ……」
 あれだけ強烈な一撃を受けているのにも関わらず、陽平は唸るだけだった。
 ハヤトがため息をつく。アリサがそれを見て訊いた。
「どうかしましたか?」
「……いや、ただ呆れただけ。陽平、そろそろ卒業なんだから大人しくしとけよ」
「うむ……」



 昼休み、昼食を屋上で食べようと言う亀田の発案で、ハヤト達は屋上に来ていた。
「うわぁ、アリサさんの卵焼き美味しそうだね」
「そうですか? ありがとうございます」
「えんな、それは糖分が多い。太るぞ」
「うっさい! あんたは黙って干し肉でも食べてろ!」
 盛り上がる中、ハヤトは一人だけ空を眺めていた。
 どんよりとした曇り空は、いつ雨が降るのか心配になる。
「――――!?」
 太陽の鼓動がドクンと疼いた。『太陽の如く燃え盛る光の瞳』になろうとしている。ハヤトは必死に抑えた。
 辺りから力を感じ取る。ほんの少しだが、闇の力の残留が漂っているのは間違いなかった。
 隣に座るアリサが、箸の進んでいない事に気づく。
「……ハヤトさん、食欲がないんですか?」
「え!? い、いや……ちょっと考え事をしていただけだから……」
「食欲ないんだったら、俺にくれ、神崎!」
「……誰も食欲ないなんて言ってないぞ」

 昼食を終えて教室に戻る時、ハヤトは「もうしばらくしてから戻る」と一人残った。
 いや、陽平も一緒だった。ハヤトの様子に気づいたらしい。
「何かあったか?」
「……お前は感じないのか、闇の力を?」
「……いや」
 霊力者には感じないようだ。やはり、封印していたはずの太陽の鼓動が動き出している。
 胸騒ぎがする。今感じている闇の力に対して。
「……影、そこにいるんだろ?」
 途端、ハヤトの後ろから一つの人影が浮かび上がった。
『御意』
「……アリサとユキノの護衛を頼む。あと、『至急、異世界に連絡を取ってくれ』とシュウ兄に伝えてくれ」
『分かりました。しかし、ハヤト様の護衛は?』
「必要ない。自分の事くらい、自分で守る」
 そう言うと、後ろの人影がすうっと消える。陽平はやや驚いた。
 ハヤトの家系は色々とあると知っていたが、ああ言う輩もいるとは思わなかった。
「さて、教室に戻ろうぜ、陽平」
「うむ」



 ハヤト達が屋上から姿を消した時、彼も屋上にいた。
「へぇ……、闇を感じる事はできるんだ」
 昨日、結構力は消したはずだが、流石は王だと思う。
 虚空に存在する奴に話し掛ける。
「”核”の反応は?」

 ――――。

「まだ見つからない? 地球に逃げたのは確かなんだろ?」

 ――――。

「もう少し探してみるんだ。王が異世界に行くまでに」
 闇に染まった瞳が、不気味に輝く。



 放課後、いよいよ天候が悪いと思ったのか、ハヤトはすぐに準備をした。
 アリサも準備を終える。
「よし、帰ろうか」
「はい」
「先輩〜!」
 そんな矢先、彼女は現れた。まるで、タイミングを待っていたかのように。
 ツインテールからポニーテールに髪を変えた後輩、紺野美咲。
 彼女の登場に、ハヤトはため息をついた。
「先輩、今日はケーキを焼いてきました!」
 そう言って白い紙箱をハヤトに渡す。開けると、そこにはショートケーキが入っていた。
「普通のショートケーキ、ですよね?」
「……見た目はな」
 見た目は本物でも、味が全く違うものを作るのが紺野美咲である。
「愛情込めて作りましたから、食べてくださいっ」
「……だそうだ。亀田、お前にやる」
「俺かよ!?」
 たまたま近くにいた亀田を捕まえる。当然、彼も嫌そうだった。
 一度、ハヤトから奪って食べた事があるが、その不味さを知ってトラウマになっている。
 紺野がハヤトにケーキの入った箱を押し付ける。
「食べてください!」
「だそうだ。俺は駅前のたこ焼きでも食べに行くから。んじゃな〜」
 そう言って逃げていく亀田。ハヤトは覚悟を決めた。
 試しに一口食べる。人参、カボチャ、その他、野菜の味が大量にした。
「……紺野、何入れた?」
「はいっ。人参とカボチャとレモンとピーマン、それから……」
「……いや、もう言わなくて良い」
 どうすれば、普通のショートケーキと同じ見た目のケーキが作れるのか訊きたい。
 アリサがケーキの味を確かめつつ、紺野にアドバイスする。
「紺野さん、野菜は人参かカボチャだけでいいですよ。そっちの方が美味しいですし」
「そうなんですか!?」
「はい。ですが、ハヤトさんは渡しませんっ」
 ハヤトの腕を取りつつ、アリサが言う。
「……っと、アリサ、先に帰っててくれるか? 少し調べたい事があるんだ」
「え? でしたら、私も一緒に……」
「いや、アリサは先に帰ってて。な?」
「……分かりました」
 ユキノが待っている事を思い出し、アリサが頷く。
 ハヤトはそのまま鞄を手に、教室を去っていった。



 ハヤトはすぐに屋上へ向かった。
 昨日の行方不明は、間違いなく屋上で感じた闇が関係していると判断したからだ。
 屋上の扉を開ける。そこには、一人の男が立っていた。
「やぁ、初めまして」
「……誰だ、あんたは」
 瞳が自然に光り輝く瞳へと変わる。男はそれを見て目を細めた。
「待っていましたよ、太陽の王。あなたを始末します」
 男が腕を振り下ろす。闇の刃が放たれた。
 ハヤトはそれを避けつつ、右手に霊力を集中した。
 しかし、光が集まらず、剣が形成されない。
「……!?」
「言い忘れましたが、この学校に結界を張らせて頂きました」
「何!?」
「あなたを始末する為には、どうしても、あなたの霊力が邪魔なのでね」
 迂闊だった。まさか、霊力を封じる結界を張られていたなんて。
 闇の刃が容赦なく襲い掛かってくる。
「くっ……!」
 鞄から折りたたみの傘を取り出し、それを振るう。
「朱雀明神剣!」
 放たれる無数の竜巻。闇の刃を打ち消した。
 しかし、それで終わった。傘は耐えられなかったのか、完全に折れている。
 ハヤトは苦笑する。「買ったばかりなんだよな、確か」と呟きながら。
 ポツポツと雨が降り出す。
「……振ってきたか」
 雨だと動きが鈍くなる。早く終わらせたいところだが、それは難しかった。
 武器がない今、剣術は使えない。だからと言って、体術は難しかった。
「……さて、どうするかな。せめて、何か振るうものがあれば楽なんだけど」
 次第に雨が激しくなる。



 雨が降り出し、アリサは玄関の方を何度も見た。
 まだハヤトは帰ってこない。ユキノがアリサのエプロンの端を握る。
「ママぁ……パパ、まだ……?」
「……大丈夫。もうすぐ帰ってくるはずよ」
 微笑み、頭を撫でる。しかし、アリサは不安だった。
 何かあったのだろうかと思うと、余計に。
「ハヤトさん、早く帰ってきてください……」
 ユキノをリビングへ連れて行きながら、そう呟く。それを、彼は聞いていた。
 天井裏から、小さな穴を通して全てを聞く。
(……ハヤト様はまだ戻られていないか)
 何か嫌な予感がする。様子を見に行きたいが、主の命を背く訳にはいかない。
(さて、どうしたものか……)
(簡単じゃ。わしが二人を守るから、お主はハヤトを助けに行くがいい)
 ふっと隣に現れる一人の老人。彼は驚いた。
 ここまで気配を消して自分に近づける者はそう多くはない。
 老人が何者か確認する。
(ご、ご当主!?)
(うむ。久しぶりじゃな)
(な、なぜご当主が天井裏などに!?)
(なに、わしの気まぐれだ)
 老人――――神崎家当主の獣蔵が彼に剣を渡す。
(これを持ってハヤトの元に行け。こっちは、わしがおる)
(し、しかし……)
(当主直々の命令じゃ)
(……分かりました)
 そして、瞬間的に消える。



 制服が雨でずぶ濡れになる。ハヤトは肩で息をしていた。
 男がハヤトに対して勝利の笑みを浮かべる。
「どうやら、ここまでのようですね、太陽の王」
「……くっ」
 手を振り上げる男。刹那、一閃が襲い掛かった。
 男がそれを避ける。ハヤトは目を見開いた。
 黒い服装に身を包んだ青年。片手には、神崎家に伝わる霊剣を手にしている。
「か、影!?」
「……ご当主からのご命令で、駆けつけました。これを」
 そう言って霊剣を渡す。ハヤトは素直に受け取った。
 伊賀影王。神崎家に仕える伊賀家きっての最有力忍者の一人。
 その実力は次期頭領と言われている。
「神崎家に仕えし伊賀家の忍び、影王。いざ参らん!」
「ふっふっふっ……一人増えたところで、私を倒せると思っていますか?」
「余裕だな。霊剣があれば、お前くらい倒せる」
 霊剣を振り構える。
「青龍破靭斬!」
 放たれる翼を持った龍の波動。男はそれを避けきれなかった。
 波動が男の腹部を捉える。影王も動いた。
 空高く跳躍する。
「……いきます。龍牙王、出陣!」
 影王を中心に炎が描かれ、巨大な龍の姿を見せる。
 影王が誇る最大の忍術、龍牙王出陣。その威力は、ハヤトの剣技に迫るほどだ。
 巨大な龍が男を捉える。男は影王の瞳を見て、目を見開いた。
「その瞳……もしや……ああ……あぁぁぁぁぁぁ……!?」
「龍よ、灼熱の炎で悪しき者を討て」
 炎が男を燃やす。ハヤトは安堵の息をついた。
 あのまま、影王が来なければ危なかった。
「はぁ……。助かった。ありがとな、影」
「いえ。ハヤト様をお守りする事が、私のお役目ですので」
「……なぁ、いい加減、『様』つけるのやめないか?」
「なりません。これは、ケジメです」
 影王に対し、ハヤトは苦笑するだけだった。

 そんなハヤトの姿を、彼は静かに遠くから見ていた――――



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