神崎家の玄関。ハヤトは霊剣を影王に預け、家の中に入った。
「ただいま……」
「おかえりなさ――――ハヤトさん、ずぶ濡れですよ! 傘はどうしたんですか!?」
「それが、壊れちゃってさ……」
「す、すぐにタオルを持ってきますからっ」
アリサが廊下を走っていく。ユキノが悲しそうな顔で見つめる。
「パパ、だいじょーぶ?」
「うん。大丈夫だよ」
笑顔で答える。ハヤトは右手に力を込めた。
光の球体が生まれ、穏やかな光が溢れ出す。
「パパ、それなーに?」
「……これは光の球。ほら」
ユキノの前に差し出す。おどおどしながら、ユキノは光の球体に触れた。
「わぁ……」
光がユキノの手に触れられて、少し純白の光に変わる。
ユキノが光の球で楽しんでいる時に、ちょうどアリサがタオルを持ってきた。
ハヤトの右手から光の球体が消える。ハヤトはタオルを受け取って、まずは頭を拭き始めた。
「ありがとう、アリサ」
「いいえ。今日はご飯の前にお風呂ですね」
「ああ」
ユキノがハヤトの制服の裾を引っ張る。
「パパ、ユキノも一緒にいーい?」
「うん。良いよ」
「あ、でしたら、私も一緒に入ります」
「いや、一緒に入るってアリサ……」
そうハヤトが言うと、アリサがくすりと笑う。
「だって、私達はもう『夫婦』ですよ? 家族三人でお風呂も良いじゃないですか」
「……いや、そうなんだけどね」
しかし、ハヤトが先に折れたのは言うまでもなかった。
夜、アリサがユキノを寝かしつけた頃、ハヤトはシュウハに連絡を取っていた。
「それで、向こうとは連絡取れたのか?」
『いや、無理だ。やはり、向こうとの技術の発達が違いすぎるからな』
「そうか……。連絡は向こうの方からしてくる以外ないって事だよな?」
『そう言う事になる』
ネセリパーラの技術は、地球の電話にかける事もできる。その技術は凄かった。
シュウハが話を続ける。
『とりあえず、私の方で調査はする。お前はいつでも戦えるようにしておけ』
「……ああ。分かってる」
電話を切る。ハヤトは軽く息を吐いた。
天井裏にいるだろうと思われる影王に話し掛ける。
「……影」
『何か?』
「……じじいはどうしたんだ?」
『そう言えば、ご当主より書き置きがあります』
天井裏から一枚の紙を渡される。ハヤトはそれを手にした。
間違いない、祖父の字だ。
我が孫へ
修行中にうっかり霊剣を持ってきておったから、お前に返す。
ここ最近、妙な雲行きじゃが、ハヤトよ、今は動こうとするな。
いずれ時は来る。今は、鈍っておる剣の腕を磨いておけ。
「……いや、誰も鈍っていないんだけど」
これでも、全力の影王に修行の相手をしてもらっているから、そこまで鈍ってはいない。
しかし、祖父の言う通りだ。ネセリパーラと連絡が取れない今は、迂闊に動かない方が良いだろう。
「影、お前はいつもと同じように俺の側にいてくれ。あと、アリサとユキノには、他の人間を」
『かしこまりました』
次の日の午前授業。体育館で行われるバスケットボール中に、ハヤトは闇を感じた。
(こんな時に……!?)
光の力の反応を必死に抑える。その時、ボールが回って来た。
ボールを受け取り、そのままシュート。当然、ゴールへ綺麗に入った。
そんなハヤトの凄さに、同級生の女子達が騒ぐ。
『キャー、神崎君カッコイイー!』
「……いつ見ても凄いわね、ハヤトって。真ん中あたりから余裕でスリーポイントだなんて」
「はいっ。私もとんでもない人を愛してしまいました」
騒ぐ女子達の中、えんなとアリサが話をしている。ハヤトは立て続けにゴールを決めた。
そんな彼の姿を見て、嘆いているのが丸坊主頭の亀田である。
「ぬぁぁぁ、また神崎に点を取られたじゃねぇか! 陽平、葉山ぁ! しっかりマークしろよ!」
「ならば、お前がやれ」
「そうそう。彼の動きには追いつけないよ」
二人に言い返される。そんな亀田の姿を見つつ、ハヤトは違う奴と交代した。
闇の力を感じるせいで、授業に集中できない。
ハヤトの姿を見つつ、彼は不敵な笑みを浮かべた。
(なるほど……”器”はなくなっても、あの力は残っているわけだ)
同時刻、異世界ネセリパーラの空を飛ぶ巨大戦艦の格納庫。彼――――アラン=エルナイドは徹夜だった。
開発中の新型霊力機は、とてもじゃないが、今までの機体とは桁違いに制御が難しかった。
「えーと、二本の剣にカイザーバスター……あとは、何だっけ……?」
武装を再確認しつつ、出力バランスを調整していく。
「あーるすー、動かしてー」
『かなり壊れてきたな、アラン……。流石に、4日連続の徹夜は応えているだろ?』
「まーだまーだー……zzz」
『寝るな!』
新型霊力機に乗っている彼――――アルス=ガスタルは怒鳴った。
一年前、《獣神》として戦った彼は、昔乗っていた霊力機を駆って、敵国と戦っている。
『……ったく、こいつを完成させねぇと、奴らには勝てないんだぞ』
「わーってるけどなー……こんな時こそ、兄貴がいてくれればなー」
やる気をなくしていたアランだった。
放課後。下校の準備をしている時に、太陽の鼓動が強く反応した。
光の力の解放を抑える。その時、一人の男子生徒がハヤトに近づいた。
「神崎君、ちょっと話があるんだ、良いかな?」
「……別に良いけど、話って何だよ、葉山?」
同級生の葉山慎。それが彼の名前だった。
「屋上に行かないか? ここだと、他の人もいるし」
「……ああ。とりあえず、俺はそっちの気はないからな」
「僕も同じだよ、それは」
互いに苦笑する。ハヤトは「先に帰ってて」とアリサに告げて、鞄を持ったまま教室を出る。
アリサはまた一緒に帰れないのが残念なのか、ため息をついた。
「何ため息ついてんのよ、アリサ。これから美香と喫茶店行こうって話してんだけど、アリサも来ない?」
「いえ、遠慮しておきます。私の帰りを待っている子がいるので」
話し掛けてきたえんなに笑顔で答える。えんなは帰ろうとするアリサを捕まえた。
「え、えんなさん……?」
「少しくらい付き合いなさいよ? それに、お土産にケーキも買えるしさ」
「い、いえ……そんな……」
「遠慮しない。それに、あ、アドバイスして欲しいのよ……。どうやったら、そんな風に仲良くなれるか……」
「……加賀見さんと今より仲良くなる方法ですか?」
どうアリサが訊くと、えんなは耳まで真っ赤にさせた。
「そ、そんな訳ないじゃない!? だ、誰があんなのと……」
「分かりました。アドバイスします」
えんなの気持ちを知っているアリサは、一緒に行く事にした。
屋上で、ハヤトは葉山と話をしていた。
いや、二人とも黙ったまま屋上から見える校庭を眺めている。
ハヤトは感じていた。葉山から溢れ出ている闇の力を。
「……良いよね、この景色。他の人達がアリみたいに小さくてさ」
「…………」
「そう身構えないでよ。僕も力を解放してしまうじゃないか」
「……やはり、そうなのか」
葉山と距離を置く。ハヤトは霊力を集中した。
しかし、霊力を集中している感覚がない。まだ、昨日の結界の効果はあるようだ。
後ろから影王が姿を現し、ハヤトに霊剣を渡す。
葉山を睨みつけたまま、ハヤトは訊いた。
「なぜ生きている? お前はあの時倒れたはずだ!」
「生きているって言うのは違うかな。あれは”心臓”で、僕は”中枢”なんだ」
「……どう言う事だ?」
「つまり、君が戦った《冥帝王》は完全体じゃないって事さ、《太陽王》!」
葉山から闇が溢れ出す。ハヤトの瞳が光り輝く瞳に変わった。
影王がハヤトの前に出る。しかし、ハヤトはそれを止めさせた。
「下がっていろ、影。お前じゃ、こいつは無理だ」
「しかし、それではハヤト様が……」
『安心しろ、お前と戦う気はない』
葉山――――《冥帝王》がその漆黒の瞳で睨みつける。
『”器”を失っているお前など、簡単に始末できるからな』
「”器”、だと……?」
『そうだ。霊戦機ヴァトラスと言う”器”がなければ、お前は《太陽王》にはなれない』
葉山から闇の力が消える。ハヤトも剣を影王に戻した。
葉山がやや微笑んだまま言葉を続ける。
「君とは、”完全体”になってから相手をするよ。それまでに、君も新しい”器”を見つけるんだね」
「……そう言っているのも今のうちだ。俺は、お前なんかに負けはしない!」
「勝てないよ、君じゃ。そう、僕には絶対に勝てない。覚えておく事だね、神崎勇人君」
そう言って姿を消す。ハヤトは拳を強く握った。
敵は生きていた。《冥帝王》と言う最大の敵は、あれで滅んでいなかった。
いや、本当の聖戦はここからだと思った。
「……ヴァトラスがいない今、どう戦う……? 俺は……もう一度《太陽王》になれるのか……?」
光り輝く瞳のまま、嫌な暗雲が覆う空を見上げた。
コトネの後ろに隠れたまま、ユキノは目の前にまで近づいてきている”それ”に怯えていた。
結構な大きさのゴールデン・レトリーバー。ハヤトの妹のサキが飼っているペットのケモノだ。
「安心しな。こいつは噛まないよ」
「わんっ」
「ひぅ……」
ケモノが吼えると、さらにコトネのズボンを握る手を強めるユキノ。
コトネはため息をつきつつ、尻尾を振っているケモノを見る。
「おすわり」
「わんっ」
すっとその場でおすわりを始めるケモノ。こう言うしつけは、ハヤトが良く仕込んでいると思う。
しかし、ユキノは相変わらずだった。
おすわりをしていたケモノがすぐに立ち上がる。そして、入り口の方を見た。
庭の方へ入ってくる人影の元へ走り、吼える。人影はケモノの頭を撫でた。
「ただいま帰りました」
「おかえり。今日もハヤトと一緒じゃないのかい?」
「はい。ここのところ、用事があるらしくて……」
ケモノの頭を撫でつつ答える。ケモノはアリサが持っている小さな箱の中身の匂いを嗅いでいる。
「何か買ってきたのかい?」
「はい。ケーキを買ってきました。あとで、ケモノにもあげるからね」
「わんっ」
大喜びのケモノの頭を撫でつつ、ユキノに気づく。アリサは微笑んだ。
ユキノの側に寄り、身体を低くして、ユキノを優しく抱きしめる。
「大丈夫よ、ユキノちゃん。この子は大人しいから」
「ひぅ……ママぁ……」
「大丈夫。ほら」
ユキノの手を取って、ケモノの頭を撫でさせる。
尻尾を大きく振っているケモノは、静かに身を低くした。
頭を撫でられると、ユキノの顔に近づき、その頬をペロッと舐める。
「えへ……えへへ……」
ユキノの顔が笑顔になる。アリサは、それを見て微笑んでいた。
この日、《太陽王》と《冥帝王》の宿命は、再び蘇った――――
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