第四章 異世界へ


「で、あるからして……」
(今思えば、ユキノはネセリパーラの人間なんだよな……?)
 数学の授業中、ハヤトはふと考えていた。
 突然の事だったが、ユキノと言う娘ができた。それは別に構わないと思っている。
 しかし、疑問がある。ユキノはどうやって地球に来たのか、だ。
 ネセリパーラに行けば分かるかもしれないが、なぜユキノは地球に来たのか。
《冥帝王》の事と言い、今回は分からない事が多過ぎる。
(ネセリパーラで何かが起きている事には間違いない。けれど、なぜユキノが罪人なのかも気になる……)
「では、ここを神崎……よし、神崎勇人の方に頼むか」
(剣を使って向こうに行っても良いけど、ヴァトラス無しじゃなぁ……)
「神崎、ここを解いてくれ」
(いや、向こうに行ったら、《冥帝王》である葉山の行動が阻止できない。どうする……?)
「神崎。聞いているのか?」
「ハヤトさん」
 アリサに呼ばれて反応する。「先生が呼んでいますよ」と言葉が返ってきた。
 数学教師が黒板の書いてある問題を叩いて教える。
「神崎、この問題を解いてくれるか?」
「あ、はい」
 すっと席を立ち、黒板の前に立つ。そして簡単に問題を読んでいく。
 白チョークを手に取り、問題を解いていく。それも解説付きで。
 黒板を解説や細かな式で埋め、答えを出してからチョークを置いた。
「できました」
「……いつもながら早いな。しかも、解説付きで綺麗な答えだ。見事だ」
「ありがとうございます」
 ハヤトは席に戻った。



 放課後。「合コン〜!」とうるさい亀田を振り払い、ハヤトはアリサと帰る事にした。
「ユキノちゃんの為にも早く帰りましょうね」
「そうだな。その前に母さんの所に行って良いかな?」
「お墓参り、ですか? でしたら、ユキノちゃんも一緒に連れて行きましょう」
「ユキノを?」
「はい。ハヤトさんのお母様なんですから、ユキノちゃんにとってはお婆様です」
 ハヤトと腕を組み、アリサが微笑む。
「早く帰って、お母様のお墓参りに行きましょう。ね、あ・な・た」
「……あ、ああ。そうだな」
「流石に、”あなた”は照れるよな……」と小さく呟きつつ、アリサと歩くハヤトだった。



 舞台は異世界ネセリパーラ。巨大戦艦イシュザルトが所属するアルフォリーゼ国と対立する国ゼルサンス。
 その国の王は、モニターに映し出される戦いを見て、その拳を強く叩きつけた。
「霊戦機に負けただと!? どう言う事だか説明せよ、開発者共よ!」
 キッと霊兵機を作り出した彼らを睨む。その一人が震えた口調で答えた。
「わ、我々が開発した霊兵機ディリムダートは、霊戦機の性能とは比較できないほどに低かったとしか……」
「性能が低かった、だと?」
 国王が指をパチンと鳴らす。兵達が答えた開発者に銃を向け、そのまま撃った。
 容赦のない銃撃。血が飛び散り、開発者の一人が動かなくなる。国王が怒鳴りを上げる。
「余は霊戦機を上回る霊兵機を作れと命じたはずだ! あの忌々しいアルフォリーゼを壊滅させる為にもな!」
「国王様、そういきり立つのはお止めください」
 白髪でメガネをかけた一人の開発者が口を開く。
「あの機体は試作段階。コピーマンを失ったのは惜しいですが、まだ我々には最強の機体が四体控えております。
 また、最終兵器も健在です。霊戦機には十分通用するかと」
「貴様の言う最終兵器は、まだ未完成ではなかったか?」
「いえ、完成しています。あとは、純粋な霊力を持つ者を確保するのみです」
 メガネが不気味に光り輝く。
「そう、純粋な”光のみの霊力属性を持つ者”さえいれば……」
 不気味に笑う。



 地球。家に帰り着いた途端、ハヤトは妙な音に気づいた。
 目を閉じ、耳を澄ます。空気の流れが変だった。
「ハヤトさん?」
「……風の動きが妙だ。庭に入ってから、風の動きが変わった」
「え……?」
 ハヤトが右手に霊力を集中し、太陽の剣を生み出す。左手には携帯電話を構えていた。
 器用に携帯電話を操作し、いつでも従兄のシュウハと連絡が取れるようにする。
 そんな中、庭で遊んでいたらしいユキノが二人に気づいて走ってきた。
「パパ〜、ママ〜!」
「……アリサ、ユキノを」
「は、はい」
 アリサがユキノに近寄り、そっと抱き上げる。「えへへ」と喜ぶユキノを見て、アリサは強く抱きしめた。
 風が吹き荒れる。空間が歪んだ。
「――――!? 空間が歪んだ……まさか、アランか……?」
 警戒しつつ、その空間の歪みを睨みつける。瞬間、両腕に爪を持った兵と言っても良い人間達が現れた。
 その爪を構え、素早くハヤトに襲い掛かる。ハヤトは目を見開いた。
 携帯電話の通話ボタンを押して、すぐにその場に放り捨てる。こっちの方が早いと判断して。
「影!」
「分かっております、ハヤト様」
 無数の竜巻が巻き起こる。その中で、影王は素早くアリサとユキノの前に立った。
 指二本を立て、顔の前で構える。
「忍法、雷神烈刃!」
 腕を肩上に上げて、一気に振り落とす。雷の雨が謎の兵を襲った。
「続けて……忍法、胡蝶烈空!」
 背中に携えている刀を引き抜き、下段に構えて上へと振り上げる。一閃の大きな風の刃が放たれた。
 得意の忍術で敵を近づけないようにする。その行動は、流石は忍者と言ったところか。
「ママぁ……」
「大丈夫。大丈夫ですからね」
 ユキノの頭を優しく撫でつつ、アリサが少しずつ後ろに下がっていく。
 ハヤトが「くそっ!」と舌打ちする。
「『もうすぐ家に着く』ってコト姉に連絡しなきゃ良かった……」
 家に着く数分前に、ユキノの面倒を見てくれるコトネに連絡し、帰らせた事に後悔する。
 しかし、シュウハが来てくれるはず。流石に、これほどの大人数を影王と二人で相手するのは辛い。
「影、他の伊賀家の人間は!?」
「本日は、長老方の護衛についております……」
「こう言う時に、あのじじい軍団の護衛かよ……!」
 タイミングが悪過ぎる。ハヤトは剣を大きく振るった。
「青龍破靭斬ッ!」
 翼を持った龍の波動が放たれる。瞬間、掻き消された。
 目を見開く。放った瞬間の出来事に対して、まだ信じられない。
『そこまでだ、《霊王》である人間よ』
「――――!?」
 声のした方向に目を向ける。アリサが捕まっていた。
 護衛として戦っていた影王は地に屈している。まさかとは思ったが、実力のある影王が負けた。
 爪をアリサの喉元まで近づける。ハヤトは剣を振り構えた。
『動くな。この者は我々ゼルサンスが必要とする人間。連れて行く』
「アリサを必要とするだと!? ネセリパーラで何を企んでいる!?」
『それは、あなた自身で確かめろ、《霊王》よ』
 謎の兵である一人が、ユキノを見る。
『やはり例の脱獄者か。ついでだ、この少女は返してもらう』
「そうは……させま……せん……!」
 地に屈した影王が素早く立ち上がる。刹那、アリサの喉元に近づけられた爪を素手で砕いた。
 ユキノを優しく抱き上げて、そのまま瞬時に後ろへ下がる。ハヤトも動く。
 剣を消し、拳で殴りかかる――――壁のようなもので受け止められた。
 光に輝く壁。ハヤトが目を見開いた。
「何……!?」
『茶番はここまでだ。アリサ=エルナイドは、手中に収めた』
 謎の兵の周りに大気が集まり、空間が歪み始める。
「ハヤトさんっ……」
「アリサ!」
 互いに手を伸ばし、絡めようとする二人。しかし、瞬時に謎の兵と共にアリサの姿が消えた。
 虚空を掴むハヤトの手。それは、ハヤトにとって負けを意味した。
「くっ……くそがぁぁぁっ!」
 瞳が光り輝き、周りの大気が震える。
「ゼルサンス国だと……!? アリサを使って、一体何をしようって言うんだぁぁぁっ!」



「《太陽王》が光を少しだけ解放したねぇ……」
 学校の屋上で、《冥帝王》である葉山はその力を感じて呟いた。
 ネセリパーラの人間が、この世界に来たのは意外だったが、お蔭で楽しいものを見せてもらった。
 まだ目当てのモノが見つかっていない今、ある意味、《太陽王》の動きは楽しみになっている。
「ヴァトラスもいない、過去、従っていた二体の存在もいない。そんな中で、どうやって僕を倒すんだろうね」

 ――――。

「新しい力? 無理に決まっているだろう。なにせ、神の力より強い力なんてないんだし」
 過去、《太陽王》が全てを創造した神より授かった最強の三つの武具。
 あれより勝る力など、この世には一つしか存在しない。しかし、《太陽王》には持つ事はできない。
 なにせ、それは”闇”でなければ資格がないからだ。
「さあ、アリサ=エルナイドと言う存在がいなくなって、どう動く気かな、彼は?」
 楽しそうに言う彼だった。



 神崎家。そこに、ちょうどシュウハはやって来た。
 パトカーを前にして利用し、急いだが、それでも二十分もの時間を取られた。
 いつでも本気になれるように、ネクタイを少しだけ緩める。
 しかし、庭で歯を強く噛み締めるハヤトの姿を見て、もう必要ないと判断した。
「……遅かったようだな、私は」
「……アリサがさらわれた。ネセリパーラの人間に」
 そんなハヤトの肩を軽く叩く。シュウハは静かに残留している霊力を感じ取った。
 あまり残っていない。感じられるのはハヤトの霊力のみ。どうやら、相手は霊力者ではないらしい。
「……ネセリパーラで何か起きてるんだ? アランからの連絡はないのか!?」
「落ち着け。向こうで何か起きたのなら、すぐにお前の義弟がこっちに来るはずだ」
 そんな事をシュウハが言った矢先、空間が再び歪む。ハヤトは再度霊力で剣を生み出した。
 内に秘めた怒りが剣を伝って解放される。その力は目を張るものだった。
 明らかに、ハヤトは前よりも強くなっている。まだ浅いが、威圧感は祖父である獣蔵に似ているのだ。
 歪んだ空間から人が姿を見せる。女性だった。
 金髪を後ろで束ねている、大人のような雰囲気の女性。やや見覚えがあった。
 女性がハヤトの姿を見て手を上げ、「やっほ」と挨拶する。
「久しぶりね。私の事、まだ覚えてる? あれから一年経つけど」
「……ミーナ? もしかして、ミーナ=シリーズなのか?」
「そ。アランの時空移動装置を使って来てみたの」
 ミーナが辺りを見渡す。
「あれ? アリサは?」
「…………」
「……離婚?」
「……違う。ネセリパーラだ」
 その言葉に目を見開く。ミーナには何を言っているのか分からなかった。
 ハヤトが拳を握り締める。
「……ゼルサンス国。そこの兵士みたいな奴にさらわれた。ついさっきな」
「ゼルサンス!? それって、どう言う事!?」
「俺が知るか! ミーナ、ネセリパーラで何が起きている!? 何で奴以外に敵がいるんだ!?」
「私は、ゼルサンスが今になってアルフォリーゼに総攻撃を仕掛けたくらいしか……」
「……ヴァトラスが望んだ平和は、まだ叶えられないのか……!」
 共に戦い、そして自分に生きる力を与えてくれた霊戦機ヴァトラス。
 そのヴァトラスが望んだ平和は、一年も経たずに経たれてしまった。
 影王が抱きかかえていたユキノを抱き上げ、ミーナの方を見る。澄んだ瞳で。
「……ミーナ、俺はネセリパーラへ行く必要があるようだな」
「うん。アランも、ハヤトに来て欲しいって言っていたし。何より、アリサを助けないとね」
「ああ。今すぐに行けるな?」
「もちろん」
「パパぁ……」
 ハヤトの服をしっかりとユキノが掴む。ハヤトは優しく頭を撫でた。
「ユキノ、少しの間だけ出掛けなきゃいけないんだ。だから……」
「連れて行け」
「え……!?」
 シュウハの言葉に、ハヤトが見る。
「今、この子にはお前しかいないんだ。一緒に連れて行け。父親として」
「でも、戦いに行くんだぞ?」
「だったら、早くアリサさんを助けて帰って来い。それが、今のお前がやらねばならない事だ」
「……分かった。ユキノは連れて行く」
 シュウハがハヤトの言葉に頷く。影王が「私もご一緒いたします」と言い出した。
 ハヤトが首を横に振る。
「影、お前はこっちに残ってもらう」
「いえ、私も参ります。今回の事に関しては、私にも責任があります」
「いや、こっちに残っていてくれ。お前には、葉山の動きを見張っていてくれ」
「……分かりました。お気をつけくださいませ、ハヤト様」
「ああ」

 前聖戦の終結より、約一年。ネセリパーラではその平和は続かなかった。

 そして、《太陽王》が再びネセリパーラへ大地を踏み入れる時、全ての戦いが始まる――――



 第三章 斬・獣・龍

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