「で、あるからして……」
(今思えば、ユキノはネセリパーラの人間なんだよな……?)
数学の授業中、ハヤトはふと考えていた。
突然の事だったが、ユキノと言う娘ができた。それは別に構わないと思っている。
しかし、疑問がある。ユキノはどうやって地球に来たのか、だ。
ネセリパーラに行けば分かるかもしれないが、なぜユキノは地球に来たのか。
《冥帝王》の事と言い、今回は分からない事が多過ぎる。
(ネセリパーラで何かが起きている事には間違いない。けれど、なぜユキノが罪人なのかも気になる……)
「では、ここを神崎……よし、神崎勇人の方に頼むか」
(剣を使って向こうに行っても良いけど、ヴァトラス無しじゃなぁ……)
「神崎、ここを解いてくれ」
(いや、向こうに行ったら、《冥帝王》である葉山の行動が阻止できない。どうする……?)
「神崎。聞いているのか?」
「ハヤトさん」
アリサに呼ばれて反応する。「先生が呼んでいますよ」と言葉が返ってきた。
数学教師が黒板の書いてある問題を叩いて教える。
「神崎、この問題を解いてくれるか?」
「あ、はい」
すっと席を立ち、黒板の前に立つ。そして簡単に問題を読んでいく。
白チョークを手に取り、問題を解いていく。それも解説付きで。
黒板を解説や細かな式で埋め、答えを出してからチョークを置いた。
「できました」
「……いつもながら早いな。しかも、解説付きで綺麗な答えだ。見事だ」
「ありがとうございます」
ハヤトは席に戻った。
放課後。「合コン〜!」とうるさい亀田を振り払い、ハヤトはアリサと帰る事にした。
「ユキノちゃんの為にも早く帰りましょうね」
「そうだな。その前に母さんの所に行って良いかな?」
「お墓参り、ですか? でしたら、ユキノちゃんも一緒に連れて行きましょう」
「ユキノを?」
「はい。ハヤトさんのお母様なんですから、ユキノちゃんにとってはお婆様です」
ハヤトと腕を組み、アリサが微笑む。
「早く帰って、お母様のお墓参りに行きましょう。ね、あ・な・た♥」
「……あ、ああ。そうだな」
「流石に、”あなた”は照れるよな……」と小さく呟きつつ、アリサと歩くハヤトだった。
舞台は異世界ネセリパーラ。巨大戦艦イシュザルトが所属するアルフォリーゼ国と対立する国ゼルサンス。
その国の王は、モニターに映し出される戦いを見て、その拳を強く叩きつけた。
「霊戦機に負けただと!? どう言う事だか説明せよ、開発者共よ!」
キッと霊兵機を作り出した彼らを睨む。その一人が震えた口調で答えた。
「わ、我々が開発した霊兵機ディリムダートは、霊戦機の性能とは比較できないほどに低かったとしか……」
「性能が低かった、だと?」
国王が指をパチンと鳴らす。兵達が答えた開発者に銃を向け、そのまま撃った。
容赦のない銃撃。血が飛び散り、開発者の一人が動かなくなる。国王が怒鳴りを上げる。
「余は霊戦機を上回る霊兵機を作れと命じたはずだ! あの忌々しいアルフォリーゼを壊滅させる為にもな!」
「国王様、そういきり立つのはお止めください」
白髪でメガネをかけた一人の開発者が口を開く。
「あの機体は試作段階。コピーマンを失ったのは惜しいですが、まだ我々には最強の機体が四体控えております。
また、最終兵器も健在です。霊戦機には十分通用するかと」
「貴様の言う最終兵器は、まだ未完成ではなかったか?」
「いえ、完成しています。あとは、純粋な霊力を持つ者を確保するのみです」
メガネが不気味に光り輝く。
「そう、純粋な”光のみの霊力属性を持つ者”さえいれば……」
不気味に笑う。
地球。家に帰り着いた途端、ハヤトは妙な音に気づいた。
目を閉じ、耳を澄ます。空気の流れが変だった。
「ハヤトさん?」
「……風の動きが妙だ。庭に入ってから、風の動きが変わった」
「え……?」
ハヤトが右手に霊力を集中し、太陽の剣を生み出す。左手には携帯電話を構えていた。
器用に携帯電話を操作し、いつでも従兄のシュウハと連絡が取れるようにする。
そんな中、庭で遊んでいたらしいユキノが二人に気づいて走ってきた。
「パパ〜、ママ〜!」
「……アリサ、ユキノを」
「は、はい」
アリサがユキノに近寄り、そっと抱き上げる。「えへへ」と喜ぶユキノを見て、アリサは強く抱きしめた。
風が吹き荒れる。空間が歪んだ。
「――――!? 空間が歪んだ……まさか、アランか……?」
警戒しつつ、その空間の歪みを睨みつける。瞬間、両腕に爪を持った兵と言っても良い人間達が現れた。
その爪を構え、素早くハヤトに襲い掛かる。ハヤトは目を見開いた。
携帯電話の通話ボタンを押して、すぐにその場に放り捨てる。こっちの方が早いと判断して。
「影!」
「分かっております、ハヤト様」
無数の竜巻が巻き起こる。その中で、影王は素早くアリサとユキノの前に立った。
指二本を立て、顔の前で構える。
「忍法、雷神烈刃!」
腕を肩上に上げて、一気に振り落とす。雷の雨が謎の兵を襲った。
「続けて……忍法、胡蝶烈空!」
背中に携えている刀を引き抜き、下段に構えて上へと振り上げる。一閃の大きな風の刃が放たれた。
得意の忍術で敵を近づけないようにする。その行動は、流石は忍者と言ったところか。
「ママぁ……」
「大丈夫。大丈夫ですからね」
ユキノの頭を優しく撫でつつ、アリサが少しずつ後ろに下がっていく。
ハヤトが「くそっ!」と舌打ちする。
「『もうすぐ家に着く』ってコト姉に連絡しなきゃ良かった……」
家に着く数分前に、ユキノの面倒を見てくれるコトネに連絡し、帰らせた事に後悔する。
しかし、シュウハが来てくれるはず。流石に、これほどの大人数を影王と二人で相手するのは辛い。
「影、他の伊賀家の人間は!?」
「本日は、長老方の護衛についております……」
「こう言う時に、あのじじい軍団の護衛かよ……!」
タイミングが悪過ぎる。ハヤトは剣を大きく振るった。
「青龍破靭斬ッ!」
翼を持った龍の波動が放たれる。瞬間、掻き消された。
目を見開く。放った瞬間の出来事に対して、まだ信じられない。
『そこまでだ、《霊王》である人間よ』
「――――!?」
声のした方向に目を向ける。アリサが捕まっていた。
護衛として戦っていた影王は地に屈している。まさかとは思ったが、実力のある影王が負けた。
爪をアリサの喉元まで近づける。ハヤトは剣を振り構えた。
『動くな。この者は我々ゼルサンスが必要とする人間。連れて行く』
「アリサを必要とするだと!? ネセリパーラで何を企んでいる!?」
『それは、あなた自身で確かめろ、《霊王》よ』
謎の兵である一人が、ユキノを見る。
『やはり例の脱獄者か。ついでだ、この少女は返してもらう』
「そうは……させま……せん……!」
地に屈した影王が素早く立ち上がる。刹那、アリサの喉元に近づけられた爪を素手で砕いた。
ユキノを優しく抱き上げて、そのまま瞬時に後ろへ下がる。ハヤトも動く。
剣を消し、拳で殴りかかる――――壁のようなもので受け止められた。
光に輝く壁。ハヤトが目を見開いた。
「何……!?」
『茶番はここまでだ。アリサ=エルナイドは、手中に収めた』
謎の兵の周りに大気が集まり、空間が歪み始める。
「ハヤトさんっ……」
「アリサ!」
互いに手を伸ばし、絡めようとする二人。しかし、瞬時に謎の兵と共にアリサの姿が消えた。
虚空を掴むハヤトの手。それは、ハヤトにとって負けを意味した。
「くっ……くそがぁぁぁっ!」
瞳が光り輝き、周りの大気が震える。
「ゼルサンス国だと……!? アリサを使って、一体何をしようって言うんだぁぁぁっ!」
「《太陽王》が光を少しだけ解放したねぇ……」
学校の屋上で、《冥帝王》である葉山はその力を感じて呟いた。
ネセリパーラの人間が、この世界に来たのは意外だったが、お蔭で楽しいものを見せてもらった。
まだ目当てのモノが見つかっていない今、ある意味、《太陽王》の動きは楽しみになっている。
「ヴァトラスもいない、過去、従っていた二体の存在もいない。そんな中で、どうやって僕を倒すんだろうね」
――――。
「新しい力? 無理に決まっているだろう。なにせ、神の力より強い力なんてないんだし」
過去、《太陽王》が全てを創造した神より授かった最強の三つの武具。
あれより勝る力など、この世には一つしか存在しない。しかし、《太陽王》には持つ事はできない。
なにせ、それは”闇”でなければ資格がないからだ。
「さあ、アリサ=エルナイドと言う存在がいなくなって、どう動く気かな、彼は?」
楽しそうに言う彼だった。
神崎家。そこに、ちょうどシュウハはやって来た。
パトカーを前にして利用し、急いだが、それでも二十分もの時間を取られた。
いつでも本気になれるように、ネクタイを少しだけ緩める。
しかし、庭で歯を強く噛み締めるハヤトの姿を見て、もう必要ないと判断した。
「……遅かったようだな、私は」
「……アリサがさらわれた。ネセリパーラの人間に」
そんなハヤトの肩を軽く叩く。シュウハは静かに残留している霊力を感じ取った。
あまり残っていない。感じられるのはハヤトの霊力のみ。どうやら、相手は霊力者ではないらしい。
「……ネセリパーラで何か起きてるんだ? アランからの連絡はないのか!?」
「落ち着け。向こうで何か起きたのなら、すぐにお前の義弟がこっちに来るはずだ」
そんな事をシュウハが言った矢先、空間が再び歪む。ハヤトは再度霊力で剣を生み出した。
内に秘めた怒りが剣を伝って解放される。その力は目を張るものだった。
明らかに、ハヤトは前よりも強くなっている。まだ浅いが、威圧感は祖父である獣蔵に似ているのだ。
歪んだ空間から人が姿を見せる。女性だった。
金髪を後ろで束ねている、大人のような雰囲気の女性。やや見覚えがあった。
女性がハヤトの姿を見て手を上げ、「やっほ」と挨拶する。
「久しぶりね。私の事、まだ覚えてる? あれから一年経つけど」
「……ミーナ? もしかして、ミーナ=シリーズなのか?」
「そ。アランの時空移動装置を使って来てみたの」
ミーナが辺りを見渡す。
「あれ? アリサは?」
「…………」
「……離婚?」
「……違う。ネセリパーラだ」
その言葉に目を見開く。ミーナには何を言っているのか分からなかった。
ハヤトが拳を握り締める。
「……ゼルサンス国。そこの兵士みたいな奴にさらわれた。ついさっきな」
「ゼルサンス!? それって、どう言う事!?」
「俺が知るか! ミーナ、ネセリパーラで何が起きている!? 何で奴以外に敵がいるんだ!?」
「私は、ゼルサンスが今になってアルフォリーゼに総攻撃を仕掛けたくらいしか……」
「……ヴァトラスが望んだ平和は、まだ叶えられないのか……!」
共に戦い、そして自分に生きる力を与えてくれた霊戦機ヴァトラス。
そのヴァトラスが望んだ平和は、一年も経たずに経たれてしまった。
影王が抱きかかえていたユキノを抱き上げ、ミーナの方を見る。澄んだ瞳で。
「……ミーナ、俺はネセリパーラへ行く必要があるようだな」
「うん。アランも、ハヤトに来て欲しいって言っていたし。何より、アリサを助けないとね」
「ああ。今すぐに行けるな?」
「もちろん」
「パパぁ……」
ハヤトの服をしっかりとユキノが掴む。ハヤトは優しく頭を撫でた。
「ユキノ、少しの間だけ出掛けなきゃいけないんだ。だから……」
「連れて行け」
「え……!?」
シュウハの言葉に、ハヤトが見る。
「今、この子にはお前しかいないんだ。一緒に連れて行け。父親として」
「でも、戦いに行くんだぞ?」
「だったら、早くアリサさんを助けて帰って来い。それが、今のお前がやらねばならない事だ」
「……分かった。ユキノは連れて行く」
シュウハがハヤトの言葉に頷く。影王が「私もご一緒いたします」と言い出した。
ハヤトが首を横に振る。
「影、お前はこっちに残ってもらう」
「いえ、私も参ります。今回の事に関しては、私にも責任があります」
「いや、こっちに残っていてくれ。お前には、葉山の動きを見張っていてくれ」
「……分かりました。お気をつけくださいませ、ハヤト様」
「ああ」
前聖戦の終結より、約一年。ネセリパーラではその平和は続かなかった。
そして、《太陽王》が再びネセリパーラへ大地を踏み入れる時、全ての戦いが始まる――――
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