「パパ、サンタさんってなーに?」
「え?」
いつものように修行するハヤトに対し、ユキノが訊く。
ふと、今が何月の何日なのかを思い出した。
「そう言えば、もうすぐクリスマスか」
「ねー、パパー! サンタさんってなーに?」
「サンタさんはね、ユキノとか沢山の子供にプレゼントをあげる人だよ」
「プレゼント?」
「そう、プレゼント」
もうすぐクリスマス。ユキノにとって、初めてのクリスマスだ。
「サンタさんっていつ来るの?」
「もうすぐだよ。ユキノはサンタさんのプレゼントは、何が欲しいの?」
「うーんとね、ユキノね、クマさん!」
「クマさん?」
「うん! おっきいクマさん!」
「そうか、クマさんが欲しいのか」
ユキノの頭を撫でつつ、ハヤトは「買いに行かないとな」と思うのだった。
「クマさん、ですか?」
「うん。大きなクマのぬいぐるみが欲しいんだって」
午後十時過ぎ。アリサの淹れたコーヒーをハヤトが受け取る。
リビングのソファに二人で座り、ハヤトはクリスマスの話を切り出した。
「シュウ兄に頼んだけど、問題は大きさがね……」
シュウハに頼んでみたところ、すぐに入手したと連絡を受けた。かなり動きが早い。
しかし、シュウハが言うには約2メートルはあるらしく、その隠し場所を考える必要があるのだ。
「こっそり道場にでも隠しておくかな。ユキノが道場に入らなければ良いんだけど」
「ユキノちゃん、とても嬉しがるでしょうね。初めてのクリスマスですし」
「そうだね」
「そう言えば、サキちゃんのプレゼントは決まってるんですか?」
「うん。コト姉が教えてくれたから、もう買ってあるよ。ちゃんと隠してるし」
プレゼントは準備完了。あとは、クリスマスを待つだけである。
「さて、明日も学校なんだし、そろそろ休むか」
「はい」
翌日。学校ではクリスマスの話題一色に染まっていた。
教室に入ると、丸坊主頭の亀田豊が思いっきり騒いでいる。
「そこ、騒ぐなっつったでしょがっ!」
そんな亀田に、容赦のない一撃が下る。えんなのハリセンだった。
強烈な一撃を受け、亀田がピクリと動かなくなる。それを見てハヤトは言う。
「……生きてるよな、多分?」
「生きてるわよ、ハリセンで強く叩いただけだし」
「それで、何を騒いでいたんだ、亀田は?」
「神崎、聞いて驚け見て笑えの情報だぁぁぁっ!」
亀田、早くも復活。
「クリスマス・イヴの夜に、”七色の翼”を持つ鳥に祝福されたカップルは、永遠の愛で結ばれるのだぁっ!」
「”七色の翼”だと?」
ハヤトの脳裏に去年のクリスマス・イヴの出来事が蘇る。
アリサもそうなのか、ハヤトに小声で訊いて来た。
『それって、”セルファレアムレインボー”の事ですよね、多分……』
『……間違いない、な。けど、そんな話がいつの間に……』
恋人達を祝福する、ネセリパーラの鳥。それが”セルファレアムレインボー”だ。
しかし、その鳥は当然地球には存在しない。
なぜ、その鳥の話を亀田が知っているのかは、最大の謎である。
『……本当にいたりして、地球に』
『そうでしょうか……?』
『どのみち、”セルファレアムレインボー”の事は内緒にしておこう』
『そうですね』
二人の出した結論。小声で会話する二人に、えんなが羨ましそうな目で見ている。
「……ほんと、仲が良いわよね」
「そりゃ、付き合ってるからな」
「えんなさんは、加賀見さんと予定ないんですか?」
アリサが訊くと、えんなが落ち込む。
どうやら、何も予定がないようだ。いや、元《炎獣》操者の加賀見陽平が忘れている可能性が高い。
落ち込むえんなを、アリサが必死に励ます。そして、亀田はまだうるさかった。
「今年は、七色の翼を持つ鳥の祝福されてやるぜ! 頑張れ、俺ー!」
「……その前に、彼女いないだろ」
「う……」
亀田が固まる。ハヤトは何も言わずに、自分の席へ向かうのだった。
時が流れてクリスマス・イヴの夜。ハヤトは道場に隠していた巨大なプレゼントをリビングに運んだ。
自分と同じ大きさはあるプレゼント。ぬいぐるみとは言え、その大きさに比例して重かった。
「……何でこんな大きなのを買ってきたんだ、シュウ兄は?」
それ以前に、ここまで大きなものは見た事ない。
不思議に思うハヤトの前に、アリサがプレゼントを見て驚く。
「大きいですね……」
「……これで驚かない子供がいたら、見てみたいな。それで、ユキノ達は?」
「ユキノちゃんはぐっすり眠ってます。サキちゃんも同じです」
「じゃあ、プレゼントを置きに行くか」
「はい」
用意したプレゼントを持って、一緒に置きに行く。
1時間後。どうにか気づかれずにプレゼントを置いた二人は、リビングのソファに座った。
ふとハヤトが時計を見る。夜の十一時を少し過ぎていた。
「ハヤトさん、何かあるんですか?」
時計を見ていたハヤトに、アリサが訊く。少しだけハヤトが頷く。
「ちょっと出掛けて来る。そんなに時間は掛からないと思う」
「今から、ですか?」
「ああ。イヴが終わる前に、ね」
立ち上がり、コートを羽織って出て行く。アリサは首を傾げた。
イヴが終わる前に、と言うハヤトの言葉を思い出し、自分もコートを羽織る。
そして、天井裏にいると思われる彼に声をかけた。
「影王さん、私も出掛けますから、ユキノちゃん達をお願いします」
そう言って、出て行く。
『……気配は消しているはずなのに、なぜ気づかれてるのだろうか?』
その答えが出るのは数時間後の事になるのだが、余談である。
家を出て、ハヤトの後をアリサが気づかれないように歩く。
時計を気にしつつ、急ぐハヤトの向かった場所は、神崎家が所有する墓地だった。
(お墓……? と言う事は、お母様のお墓参りでしょうか……?)
アリサがそう思う。しかし、ハヤトは母の墓を無視し、そこから遠くにある小さな墓石の前で立ち止まる。
「……どうにか、間に合ったな」
ポケットから小さなプレゼントを取り出し、墓石の前に置く。
「……アリサ、こっちに来て良いよ。気づいてるから」
「あ……」
アリサがゆっくりとハヤトに近づく。ハヤトは霊力を使って、墓石の前を照らした。
墓石に彫られた文字が浮かび上がってくる。「三嶋 冴子之墓」と。
その文字を読んだアリサが目を見開く。
「これって、サエコさんの……」
「……ああ。シュウ兄に頼んで立てて貰ったんだ。俺が、あの戦いを忘れない為に……」
今からおよそ一年ほど前、《霊王》と《覇王》の戦いで大切な人を失った。
それを忘れない為の墓。一つの決意を忘れない為の墓。
「……イヴだからかな、サエコの事を思い出したんだ」
まだハヤトが十三歳の頃。当時のハヤトはクリスマスやサンタクロースは言葉でしか知らなかった。
自分で霊力を制御できるようになるまで、祖父から厳しい修行を積まされる日々。
それは当然、クリスマスなど関係なく、ハヤトは一度もクリスマスを祝った事などない。
「え? サンタさんって何かって?」
ある日、妹のサキから聞いた「サンタさん」とは何かを知る為、ハヤトはサエコに訊いた。
うーん、とサエコは考えて答える。
「簡単に言うと、サキちゃんみたいな子にプレゼントをあげるおじいさん、かな」
「……おじいさん? そのサンタさんって言うのは、本当にいるのか?」
「いない、かな……架空のおじいさんだし……」
「そう、か……だったら、俺はサキに嘘を……」
ハヤトの顔が沈む。サエコは首を傾げた。
「サキちゃんに嘘ついたの?」
「……サキにサンタさんはいるって答えた。泣きそうな顔してたから……」
「そう言う事なんだ」
ようやく話が見えてきた。なぜ、ハヤトがサンタクロースの事について訊いて来たのかが。
サエコが「大丈夫だよ」とハヤトに言う。
「嘘ついてないよ」
「……けど、サンタさんはいないんだろ……」
「確かに架空のお話だよ。でも、私が思うサンタクロースは、幸せを願う心を持ってる人の事だと思うの」
「……?」
「サキちゃんの幸せを願うハヤトちゃんは、サキちゃんにとってのサンタクロースなの」
「……俺が?」
「うん。だから、サンタクロースはいるよ」
「……サンタクロースは、子供の幸せを願う人の心。そう、サエコが教えてくれた」
「そうだったんですか……」
「……実は、まだサエコの事想っている俺がいる」
あの戦いに巻き込まれ、そして死なせてしまった。
だからなのか、決して忘れる事などできない自分がいる。
「多分、ずっと忘れられないと思う……けど、俺は――――」
「分かってますよ」
ハヤトの口に指を当てて、アリサが微笑む。
「ハヤトさんが私の事をどれだけ愛しているのか、ちゃんと分かってます。
けれど、私がいるから、サエコさんの事を忘れるのは間違いです」
「…………」
「今のハヤトさんがいるのは、サエコさんやサキちゃん達がいたからです。当然、私がいたからです。
だから、サエコさんの事は忘れちゃダメです。ハヤトさんが、ハヤトさんである為にも」
「アリサ……」
「これからもサエコさんの事は忘れないでください。それが、ハヤトさんなんですから」
そして唇が重なる。ハヤトはゆっくりとアリサを抱きしめた。
クリスマスが終わろうとするその時まで、二人は彼女の墓石の前でクリスマスを祝った。
翌朝。気持ちの良い毛布の温もりが眠気を誘う。
今日くらい、毎朝の修行はサボってもバチは当たらないだろうが、ゆっくりと眠れる事もなかった。
お腹の上に、何かが乗っかる。
「う……ん……?」
「パーパ! ねー、パーパ!」
「……おはよう、ユキノ。どうしたの?」
半身だけ起き上がり、背伸びをする。
「あのね、ユキノね、サンタさんからクマさん貰ったの!」
「そうなんだ。良かったね」
「うん!」
「あ、もう起きてましたね」
そしてアリサも部屋に入ってくる。
「ユキノちゃんがパパを起こしてくれたの? ありがとう」
「えへへ……」
「起きた事だし、ケモノの散歩にでも行くかな」
「あ、ユキノも行く!」
「じゃあ、私も行きます」
クリスマスでも、普通の日々を送る家族だった。
子供の幸せを願う心を持つ人々。それが、本当のサンタクロースである。
カンザキのあとがき=言い訳
とりあえず、ごめんなさい(何) クリスマスエピソード、失敗しました。_| ̄|○
何気に、昔書いたエピソードの名残りを書いてみたりしてます。
あと、時期的に本編と一致はしてません。
と言うより、後半になるにつれて、訳分からなくなってます(汗
久々に、サエコを登場させてみました。けど、アリサとのラブラブも書きました。
今回の執筆した期間は1週間。……あれ、描写とか前と変わってない(滝汗
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