授業中、いつものように彼女――――神崎美紗(かんざき みさ)はノートを取っていた。
 肩までしかない長い黒髪と黒い瞳。母親似である彼女は、ふと窓側に座る男子生徒を見る。
 双子の弟は、いつものように空を眺めていた。
(相変わらず、外ばっかり見てるし……)
「えー、では、ここの問題を神崎聖(かんざき ひじり)」
 教師が彼の名前を呼ぶ。しかし、彼は全く返事をしない。
 美紗はいつもの事、と分かっている為か、気にせず黒板に書かれた内容をノートに取る。
「神崎聖、聞こえているのか!」
 ノートを取る事に集中していたが、教師がついに大声を上げたので手を止めた。
 もちろん、彼は教師を無視したまま空を眺めている。
「神崎聖、返事をせんか!」
「神崎聖、神崎聖ってうるせぇんだよ」
 ついに彼が席を立つ。美紗は「またはじまった」と呆れた。
 そして恥ずかしい。授業中だというのに、そうやって堂々と席を立つ弟を見て。
「俺は神崎聖じゃねぇ。俺はロード。ロード=エルナイス=カンザキだ!」
(……あ〜あ、またいつもと変わらないんだ……)
 しみじみ思う美紗だった。






宿命の聖戦
〜THE FINAL LEGEND〜



第一部 希望と優しき心

美紗編
序章 複雑な想いを抱えて


 昼休み。鞄に入れている母の自慢のお弁当を二つ持って、双子の弟――――ロードと屋上に行く。
 これが普通なのだが、二卵性双生児であまり顔が似ていないせいか、周りから良く恋人同士に間違えられる。
「神崎さん、また彼氏と一緒にお弁当?」
「違うよ。ロードは彼氏じゃなくて、双子の弟!」
「やっぱり双子なの!?」
「双子だよ! ただ、ロードはお父さんに似てて、私はお母さん似なの!」
 こうやって間違えられる事が多い。と言うか、冗談が多い。
 確かに、ロードも母親似ではあるらしいが、どちらかと言うと父に似ている。
 やはり、父を目標に頑張るから、父に似るのだろうと思う。
「美紗、早く飯食っちまおうぜ。じゃねぇと、ノート取れねぇだろ、俺が」
「そんな事言うんだったら、自分でノート取ってよね」
「つまんねぇから、取る気しねぇんだよ」
 いつもこうだ。ロードは頭も良くて運動もできる。しかし、不真面目だ。
 自分がつまらないと感じたら、絶対に違う事をしている。
 叔母が言うには、「ああ言う子は、意外と人を好きになると一途なんだけどね」らしい。
「う〜ん……男の子って良く分からないなぁ……」



 所変わって日本ではない、別の国。そこで、彼は二本の剣を大きく振るった。
 しかし、母の一蹴りですぐに後ろへ吹き飛ばされる。
「こら! 一撃で倒れるなって言ってるでしょ!?」
「そんな事言われても……まず、母様が強過ぎるんです……」
 彼――――アウィード=シュレント=ウィルニースは、蹴られた腹部を擦りながら立ち上がった。
 母親似の顔立ちで、体格は父親似。しかし、妙に弱いのが彼の欠点だ。
 だからこそ、こうして母が直々に武術を教えているのだが。
「第一、なぜ武術を身に付ける必要があると言うのですか、母様?」
「あんたが弱いからよ!」
 即答される。アウィードはため息をついた。
 確かに、父も母も強い。しかも父は、同じ剣二本で敵無しと思えるほどに。
 父が言うには「七割は古流だが、残りは自己流」らしい。
 母が構える。アウィードは渋々剣を持った。
「待て、修行はそこまでだ」
「え? ちょっと、それってどう言う事なのよ!」
「父様、何かあるのですか?」
 アウィードは二本の剣を壁にかけ、父に近寄る。
 父は、アウィードに一枚の紙を手渡す。
「日本へ留学する書類だ。来週、一緒に日本に行くぞ」
「日本!? 父様、どうして留学を!?」
「そこに、俺の親友がいる。彼の息子と共に修行し、日本で勉強して来い」
 やっぱり修行、アウィードは肩を落とす。
 母が父の首元を掴む。
「日本で修行ってどう言う事!?」
「このままお前と修行させるのも良いが、向こうにはアウィードを一人の人間として育ててくれる奴がいる。
 それに、同じ年代の方が互いを磨き合える」
「なるほど。確かに、その方が良いかも知れないわね」
 母がアウィードの額に一撃を与える。アウィードは悶えた。
 拳で殴られた額は真っ赤に腫れている。
「アウィード、頑張って来なさい。帰って来た時に弱いままだったら許さないからね」
「そ、そんな……」
 最後までアウィードは嫌な顔をしていた。



 放課後、ロードと一緒に下校する。その時、ふと美紗は思った。
 周りを軽く見回し、ワザとらしくロードに訊いてみる。
「ロード、今日は優子ちゃんいないね」
「……美紗、お前、今のぜってーワザとだろ……俺があいつ苦手なの知ってんだろが」
「うん。幼なじみだもんね、優子ちゃん」

「ひーちゃ〜ん、待ってよ〜!」

 そんな事を言っている矢先に、彼女の声が聞こえた。ロードが肩を落としている。
 長い髪をおさげにし、眼鏡をかけた女子生徒。
 野村優子(のむら ゆうこ)。幼なじみで、ロードの事が好きな女の子。
 美紗は優子に向かって振り返り、手を振ろうと思った。
「わ、わ、わ〜」
 が、その前に優子がこける。
 その相変わらずな幼なじみにロードは仕方なく手を差し出す。どんな時でもこれだけは変わらない。
 ロードがため息つきつつ優子に言う。
「ったく、何もねぇとこでこけるなよ……ほら、早く立ちやがれ」
「痛いよぉ〜、擦り剥いちゃったよ〜……」
「あのな……ったく、じっとしてろ」
 擦り剥いた膝に、ロードがそっと手をかざす。
 霊力を集中させて手から発する小さな光で、傷をゆっくりと治していく。
 先祖代々、家系に伝わる霊力。使い方によっては、擦り傷などを治してしまう力。
 傷を治し終えたロードが、優子の手を握って立ち上がらせる。
「これで良い。もう痛くねぇだろ?」
「うん! ひーちゃん、魔法使いだね」
「あのな……何度も言ってるけど、違うって」
 ロードが溜め息をつく。こればかりは仕方がなかった。
 先祖代々霊力者の家系。もちろん、美紗やロードも霊力を持っている。
 その事を何度も説明しているが、霊力者などと言う珍しい人間達の存在を知らない優子には理解できない。
 そう思いつつ、美紗は苦笑する。
「それにしても、優子ちゃんはいつも走ってるよね。この時間」
「こけるんだったら、走るなよ」
「だってぇ……ひーちゃんと一緒に帰りたいもん……」
 じっとロードを見つめる潤んだ瞳。ロードが一瞬だけ戸惑う。
 美紗がどこか可笑しげにロードを見る。
「ロード、照れてる?」
「誰が!?」
「照れてる〜。優子ちゃん、大丈夫だよ。ロードは優子ちゃんにゾッコンみたいだし☆」
 と、美紗がロードを茶化す。顔が真っ赤になりながらも、ロードは否定した。
「んなわけねぇだろ!」
「違うの〜?」
 潤んだ瞳で優子がロードを見つめ、美紗はロードの焦る表情を楽しむ。
「当たり前だ!」
「え〜ん、ロードちゃん酷いよ〜……私の全てをあげたのに〜……」
「え!? もう二人ってそんなところまで……!?」
「嘘に決まってるだろが! ってか、いつの間に、んな嘘がつけるようになった!?」
 一瞬だけ、顔を真っ赤にした美紗である。



 神崎家。美紗は疲れ果てたロードと自宅に帰り着いた。
 あれから優子と一緒にからかい、帰り道では十人くらいの女子生徒に告白を受けていたからだ。
 まれに男子生徒の姿も見たけれど、当然のようにロードは断っている。
「……何で毎日毎日、帰る時に告白されんだよ。しかも、男まで。俺はそんな気ないっての」
「お母さんから聞いた話だと、お父さんも人気者だったらしいよ。
 それに、お父さんの写真見ても、ロードってお父さんに似ているし」
「はぁ……。俺は彼女なんて作る気ねぇっての……」
「優子ちゃんがいるから?」
「違う!」
 あくまで否定するロード。すると、ロードが仕返しする。
「んな事言うなら、美紗だって人気あるだろ。彼氏の一人くらいいるんじゃねぇのか?」
「わ、私はそんなのいないよっ!」
「本当か? 正直に言えって」
「言うわけないでしょ、聖!」
「あ、てめ、聖って呼ぶな!」
 そんな話をしながら家の中へ入っていく。美紗はロードの後ろを歩いた。
 小さい頃からずっと見ていた背中。この頃はとても大きくて、本当に姉弟なのか不思議に思う。
 そして、たまにロードを見ていると、胸の鼓動が収まらなくなる。
(……こんなの変だよね? 姉弟なのに……ロードの事、意識してる私がいるなんて……)
 どこか心が痛い美紗だった。



 次の日の放課後、美紗は優子と一緒に下校していた。
 ロードは「のんびしりして帰る」と言って、屋上に行った。
「ねぇ、美紗ちゃん。今度一緒にケーキ食べに行こ?」
「ケーキ? うん、良いよ」
「じゃあ、ひーちゃんも一緒に! 美味しいお店見つけたんだ〜」
 それを聞いて、美紗が「へぇ」と相槌を打つ。
「でも、ロード大丈夫かな? 意外と甘い物食べないし」
「大丈夫だよ〜。そこのお店、そんなに甘くないから太らないもん」
「じゃあ、今度ロードに言っておくね」
 言った時、嫌そうな顔をするロードが頭に浮かぶ。
 優子が「うん!」と頷きながら、頬を赤らめる。
「美紗ちゃんには本当に感謝してるよ。ひーちゃんと仲良くできるの、美紗ちゃんのお陰だもん」
「ううん。私は優子ちゃんがロードの事好きって言うから、応援してるだけだよ」
「美紗ちゃん……ありがとう!」
 と、いつもの会話。この時、美紗は複雑だった。
 優子の言葉が、どこか痛い。
(……優子ちゃんは幼なじみで親友だから、ロードを好きになってくれるのは嬉しいはずなのに……)
 けれど、なぜか嫌だと思う自分がいる。

 複雑な想い。美紗の中で、それは次第に大きく、重く――――



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