夕方、自室でロードは今日の放課後の事を考えていた。
 同級生の御厨渚が呟いていた事。どこか不思議だった。
「……助けを求めている、か……」
 星が泣いている、星が助けを求めている。しかも、自分に。
 気になる。一体何が起きているのか、助けるとはどう言う事なのか。
『ロード、そろそろご飯だよ。早く来ないと、アルマにあげちゃうよ?』
『わんわんっ』
 ドアの向こうから聞こえてくる美紗の声と犬の鳴き声。どうやら、ペットのアルマは家の中らしい。
 このままだと、本気で食われかねないから、立ち上がる。
「考えても分からねぇのは分からねぇままだよな。飯、飯っと」
 とりあえず、今は空腹を満たすだけだった。






宿命の聖戦
〜THE FINAL LEGEND〜



第一部 希望と優しき心

ロード編
第一章 秘める素質


 次の日の朝、道場に轟音が鳴り響く。
 ロードは曽祖父と修行をしていた。竹刀同士とは言え、激突音が繰り返される。
「いい加減、とっととぶっ倒れろ! 朱雀爆輪剣!」
 竹刀を無数に振るって風との摩擦により炎が生じる。
 炎を纏ったかまいたちが曽祖父を襲う。しかし、曽祖父は全て避けた。正面から。
 もう九十近くの年寄りなのだが、その強さは現役の頃と変わらない。
 ロードが竹刀を床に何度も叩きつける。
「白虎地裂撃!」
「甘いの。白虎地裂撃はこうするのじゃ」
 曽祖父も床に竹刀を叩きつける。一振りで衝撃波が複数生じた。
 ロードは目を見開く。自分は何度も叩きつけて生み出したのに比べ、曽祖父はたったの一回だ。
 曽祖父の衝撃波がロードの衝撃波を無力化し、そのままロードを襲う。
「チィッ……! こうなったら……!」
 ロードが竹刀を上段に構えた。霊力を竹刀に集中させる。
「――――これが俺の秘儀だ! 凱歌・閃ッ!」
 振り落とす。しかし、何も起きなかった。そのまま曽祖父の衝撃波がロードを直撃する。
 そして、曽祖父が竹刀を構えて言う。
「お主が秘儀を使うにはまだ未熟じゃ。凱歌・閃」
 瞬間、曽祖父の姿が消え、ロードの後ろに立つ。
 ロードはその直後に激痛を感じた。そのまま倒れる。
 何度か見切ろうと思っていた『無の太刀』は、やはり見切れなかった。
「がっ……がはっ……」
「これが秘儀じゃ。見切れたか?」
「……見切……見切れ……るか……!」
 全身に激痛が走ってまともに喋れない。曽祖父が自分のひげを触る。
「ふむ、朝はここまでじゃ。とっとと学校にでも行け」
「あの……な……!」
 ロードはそのまま置き去りにされた。



 朝の八時。激痛を母に治してもらい、制服に着替えて学校に行く。
「じゃあ、私はこっちだから。二人とも、ちゃんと勉強しなさいよ」
「うん。サキお姉ちゃんもお仕事頑張ってね」
 美紗の言葉に、途中まで一緒に歩いていたサキが頷く。
 そして、ロードの頭を強く撫でた。
「いつまでも拗ねないの。おじいちゃんに勝てるのは、ごく一部の人間だけなんだから」
「……分かってる」
「修行も良いけど、兄さんみたいになるなら、しっかりも勉強もしなさい」
 そう言って、別れる。美紗が大きく手を振った。
「おじいちゃんに勝った事のある人って、誰がいるのかな?」
「サキ姉ちゃんは勝てないって言ってた。確か、コトネおばさんとシュウハおじさん……あとは、父さんだ」
 つまり、あの曽祖父に勝つには、人間離れの強さでなければいけない。
 父は知らないが、実際、あの二人は人間とは思えないような強さだ。
 美紗が苦笑する。
「シュウハおじさんは良く分からないけど、コトネおばさんは凄いもんね……」
「たまに来てる時に、とんでもねぇ速さのストレート出してくるからな、あのおばさん……」
 それで、何度気を失った事か。当のおば曰く、「修行が足りん!」と。
「……そう言えば、お前、ちゃんとバカ犬の散歩行ったのか?」
「バカじゃないよ。アルマは大人しくて良い子だよ。ちゃんと散歩行ったよ」
 そんな何の変哲もない会話をしながら、学校へと足を運んでいく。



「あ……」
「よう、御厨」
「…………」
 教室に入り、後ろの席である彼女――――御厨渚に挨拶する。
 渚はロードを見て笑顔になった。ロードの頬が少しだけ朱色に染まる。
(笑顔は可愛いな、こいつ……)
 昨日の放課後の印象とは違った彼女。ロードは不思議だった。
 渚がうつ伏せになり、そのまま静かに眠る。
「……寝るなよ。しかも、朝っぱらから」
 ため息が出るほどだった。けれど、まともに彼女を見てみると可愛いかもしれない。
 しかし、たまに思う。こいつは寝ている事が多いが、勉強は優秀だ。どう見ても変だ。
(……まさか、睡眠学習か?)
 そんな事を思いつつ、席に座るのだった。



 昼休み。屋上でロードは肩を落とした。
 おさげにしている黒髪に眼鏡をかけた幼馴染は、箸で丁寧に卵焼きを取る。
「はい、ひーちゃん。あ〜ん」
「……何でお前に、食べさせてもらわなきゃならん!?」
「ひーちゃんの隣に私がいるから〜」
「んな単純な理由で、んな事するな!」
 ただでさえ、女子二人の中に男一人と言う状態で、そんな事をされるのは困る。
 美紗が小さく笑う。
「本当、ロードって恥ずかしがり屋だよね。こうやって可愛い女の子が二人もいるから」
「誰が可愛いって? ただの双子の姉と、ただの幼馴染のどこが可愛いんだか」
 弁当を食べつつ、ロードは淡々と言う。美紗がむっとなった。
「私はともかく、優子ちゃんは可愛くないって言いたいの?」
「当然。幼馴染なだけじゃねぇか」
「ふぇ……ひーちゃん酷いよぉ……」
 優子が潤んだ瞳でロードに訴える。しかし、今のロードには通用しなかった。
 ロードはまだ考えている。御厨渚の言葉の意味を。
 星がなぜ助けを求めているのか、なぜ自分を必要としているのか。
「俺は一体何者なんだろうな……」
「ただの馬鹿」
「……美紗、人の呟きに答えないでくれ」
 弁当を食べ終え、空を眺める。とても気持ちの良い青空だ。
 ロードが空を見つめていると、屋上の扉が開き、一人の女子が現れる。
 御厨渚だ。渚はどこか焦りが感じられる表情で周りを見渡す。
「あ、御厨さんだ。探し物かな? キョロキョロしてるけど……」
「……さぁな。おーい、何やってんだ、御厨?」
 ロードの呼びかけに渚が反応する。すると、すぐにロードの元まで走り寄った。
 安心した顔でロードの手の甲を自分の頬に当てる。
「あ……」
「お、おい……?」
 優子が羨ましそうな顔をし、ロードが焦る。渚が小さな声で呟く。
「……良かった……。突然いなくなったから……凄く不安だった……」
「突然って……ただ飯食う為に屋上行っただけだぞ」
「……だから不安だった……側にいなくて……」
「……ロード、御厨さんといつからそんな関係なの?」
 やや唖然とした状態の美紗が訊いて来る。ロードは首を大きく横に振った。
 優子が潤んだ瞳でロードを見つめる。
「……ひーちゃん……私の事、嫌い……?」
「……ちょっと待て。何をどう捉えたら、んな事言える!?」
「嫌いなんだぁ……私の”初めて”を全部奪っていったのに……え〜ん……」
「ロード、最低……」
「……んな事してねぇ! 優子、ふざけた嘘つくな! ってか、御厨は離れろ!」
 ロードが顔を真っ赤にして焦る。そして、御厨が握る手を離そうとした時、離れなかった。
 御厨がそのままロードに近寄り、ロードに抱きつく。
「……離れたら嫌……」
「離れろ! 美紗、睨むな! 優子は泣くな! とにかく誰か助けてくれぇぇぇっ!」
 昼休みの屋上に、ロードの叫びが響き渡るのだった。



 放課後、ロードは今まで以上に深いため息をついた。
 結局、午後の授業は渚が後ろの席にいるのは仕方が無いが、美紗に睨まれて憂鬱だった。
「……はぁ、俺が何をしたって言うんだ……?」
「ロード、二股は駄目だからね?」
「んな事するか! ってか、俺には俺でちゃんと好きな人がいる!」
 その意外な一言に、美紗が目を見開く。
「いるの!?」
「……多分な」
「……ロード、それって嘘ついている事と一緒。嘘つきは泥棒の始まりだからね?」
「……何で泥棒になるんだよ?」
 今日はようやく逃げ通せたと言うのに、美紗にそう言われると駄目になる。
 優子はともかく、渚の方は妙だと思う。昨日のあの件以来、彼女は一緒にいると安心すると言う。
「もう何が何だか……星が助けて欲しいとか、色々……」
「ん? 何?」
「気にするな。独り言だ」
 少しだけ空を眺める。いつもは気持ちが良いのに、今はどこか変な気分だ。



 家に帰り着くと、道場から轟音が聞こえた。ロードは鞄を美紗に託して走る。
 青髪のやや歳を取っていると思う男が、曽祖父と剣を交えている。
 その二刀流の竹刀は鋭く、ロードは感嘆とした。
「凄いでしょう? 僕も父様の実力には全然敵いません」
「……ああ。あそこまで、あのじじいと戦えるなんて……って、おい!?」
 ロードがいつの間にか隣に立つ同じ歳の男に驚く。
 今曽祖父と戦っている男と同じ青髪。身長はロードより上で、ロードは内心嘆いた。
「僕はアウィード=シュレント=ウィルニースです。よろしく」
「……ロード=エルナイス=カンザキだ。で、じじいと戦ってるのがお前の親父?」
「はい」
「ふーん……」
 そして、沈黙が訪れる。その時、二人の試合が終わった。
「……負けました。流石は、あいつの祖父。動きが鋭い」
「よく言うな、お前も。確かに、ハヤトは強かった。わしを負かせるほど強くなっておったからな」
 二人のやり取りを聞きながら、ロードがすぐに竹刀を取る。
 そして、曽祖父と向かい合った。
「じじい、連戦で悪いが勝負だ! 今度こそ、一撃入れてやる!」
「まぁ待て、聖。のんびり茶を飲ませてくれ」
「聖って呼ぶな! 俺の名前はロードだ!」
「何を言う。戸籍上、お前の名は聖じゃ」
「それはあんたが勝手にやった事だろが!」
 竹刀を持ったまま怒りに震えるロード。曽祖父はのほほんとしていた。
 このまま斬りかかりたいが、自分のプライドが許さない。それに、簡単に避けられるだろう。
 第一、目の前にいる曽祖父が本物であるとも限らない。まれに分身の術を使っているのは知っている。
 曽祖父がアウィードを近寄らせる。
「ロード、一度こやつと剣を交えてみろ」
「はぁ!?」
「えぇ!?」
 ロードとアウィードは同時に驚く。アウィードの父は静かにロードを見る。
 父親に似て獣の瞳だ。しかし、剣の腕は見ない限り分からない。
 それに、我が子が妻にどれほど特訓されて強くなったのかも気になる。
 ロードがアウィードを指差して曽祖父に怒鳴った。
「こんな弱そうな奴と戦えってのか!?」
「よ、弱いって……」
「戦ってみろ。少なくとも、ロード。お前ではこやつには勝てんがな」
「んだとぉ!? だったら、やってやろうじゃねぇか!」
 祖父の挑発的な言葉に、ロードはブレザーを脱ぎ、ネクタイを取った。
 竹刀を両手で持ち、アウィードに向ける。
「俺が勝ったら、次はあんたが俺と戦うんだからな! じじい!」
「ほっほっ。お前が勝てればの」
「ち、ちょっと待ってくださいよ! 僕はまだ戦うなんて言っていません!」
「アウィード、戦え」
「父様!?」
 父の言葉に、アウィードが目を見開く。そして、アウィードに二本の竹刀を持たせた。
「お前がどれほど強くなったのか俺には分からない。しかし、お前は負けないだろう」
「……父様、根拠がないのにそう言う事言わないでください!」
「とにかく戦ってみろ。俺が教えている時のように、集中すれば良い」
 軽く肩を叩き、父がその場から遠ざかる。アウィードは深く溜め息をついた。
 そして、父の言う通り、深呼吸をして集中力を高める。
 両親以外の人間と戦う。それは初めてだった。けれど、不思議と負けるとは思えない。
 アウィードの雰囲気が変わる。ロードは最初驚いたが、笑みを溢した。
「へぇ……やる気が出てきたぜ」
「悪いけど、手加減はできないよ。手加減の仕方、僕には分からないから」
「上等だ。こっちも本気で行くぜ!」
 ロードが竹刀を振り上げる。
「朱雀爆輪剣!」
 竹刀を無数に振るい、炎を纏ったかまいたちを放つ。
 アウィードは向かってくるかまいたちに対し、二本の竹刀を構えた。
 竹刀に炎が走る。
「炎月衝撃斬!」
 竹刀で円を無数に描く。炎が走り、それは言葉の通り炎の月に見えた。
 かまいたちが打ち消される。ロードは一瞬だけ驚いたが、次の攻撃を放つ。
「白虎地裂撃!」
「雷鳴風塵斬!」
 竹刀を床に何度も叩きつける。同時にアウィードも二本の竹刀に雷を走らせて力強く振るう。
 放たれた衝撃波と雷を纏ったかまいたち。ロードは竹刀を力強く振るう。
 アウィードもまた、ロードの動きに気づき、二本の竹刀にもう一度雷を走らせた。
「青龍弐刀剣!」
「雷鳴風塵斬!」
 二人の攻撃が激しくぶつかり合う。



「……強くなっているな、アウィードは。それに、彼の技のキレ……ハヤトに似ている」
 息子に落ち着けば良いと言ったが、まさかここまで強くなるとは思っていない。
 そして、ロードの動きは父親と同じ素質を持っているのか、ほとんど似ていた。
「あの子は、ハヤトさんのようになりたいと言っていますから」
「そうか。それにしても、久しぶりだな」
「ええ。十六年振りですね、ロバートさん」
 道場に入ってきたロードの母・アリサは、アウィードの父――――ロバート=ウィルニースに挨拶する。
「あの頃以来ですね」
「ああ。……しかし驚いた。まさか、ハヤトが死んでいたとはな」
 ロバートの言葉に、アリサが頷く。
「……はい。あの子が一歳になろうとしていた時に」
「そうか……」
「それより、リューナさんはお元気ですか?」
 と、話を切り替える。ロバートは苦笑した。
「相変わらずだ。最近は、アウィードは弱いと言って、特訓させるほどに」
「そうですか。だから、息子さんは結構お強いのですね?」
「いや、アウィードは、精神面で弱くてな。今戦えているのは、”聖域(=ゾーン)”のお陰だ」
 神経と集中力が研ぎ澄まされた状態、”聖域”。
 アウィードは、集中力の高さに恵まれていた。そう、ロバートが話す。
「集中力を高める事ができれば、アウィードは強くなれる。あれこそ、才能だ」
「そうですか」
「それで、彼――――ロードの戦い方は、やはり獣蔵殿から?」
「いえ、ロードは自分自身で修行したみたいです。まれに、我流を使っているみたいですし」
「我流?」
「ええ」
 ロバートはロードの動きを見る。アウィードと互角に竹刀を交えている。
 その時、ロードは動いた。竹刀を持って全身を回転させる。
「風裂瞬迅斬!」
 回転から勢いをつけて斬る。アウィードは二本の竹刀で受け止めた。
 ロードがニヤリと笑みを溢す。竹刀を引き、下段に構える。
「雷牙天翔斬!」
 下段から一気に振り上げる。アウィードは鼻の先をかすめつつ避けた。
 竹刀を振り上げた時の反動でロードが宙を舞い、アウィードを捉える。
 アウィードは竹刀に雷と炎を走らせた。
「いくぜぇぇぇっ!」
「雷神炎狼斬!」
 二人の竹刀がぶつかる。



 曽祖父は正直驚いていた。孫のハヤトほどではないが、センスはある。
 実力は互角。しかし、体力的にはアウィードの方が上だった。
「この勝負、アウィードの勝ちじゃな。体力を消耗しきっておらん」
「チッ……意外と……やるじゃねぇか……!」
 ロードがその場に座り込む。アウィードもやや呼吸を整えていた。
「……あんだけ戦っても……んなに体力あるなんてな……」
「……君こそ、かなり強いよ……」
 そして、お互い笑う。その姿を見た曽祖父は「十分じゃな」と呟いた。
(素質はハヤト以上。本格的に、教えてみるか……)
 今まで、父であるハヤトに頼まれていたから、剣を教えはしなかった。
 しかし、ロードは自分からその道を選んだ。
 心の中で「すまん」と謝りながら、ロードの前に立つ。
「……ロード、わしの修行を受けるか?」
「……何?」
「我流ではなく、正式な身華光剣術を習得しろ。お前なら、わしを超えられる」



 神崎家の庭。ペットのアルトにボールを投げつつロードは考えた。
 曽祖父の言葉を思い出す度に、なぜか躊躇ってしまう。
「……確かに、あのじじいの下で修行すりゃ、強くなれるんだろうけど」
 しかし、今更な気もする。今まで、何一つ教えなかったのだから。
 だから、我流で身華光剣術を習得していた。
「わんっ」
「ん? また投げろってか?」
 ボールを口にくわえたアルマが尾を振る。ロードは渋々とアルマのくわえたボールを取った。
 そして、適当に遠くへ投げ、取りに行かせる。
「けど、今日の試合は、ある意味良かったかもしれねぇな……」
 曽祖父との試合はできなかったが、アウィードとの試合は自分の実力を思い知る事が出来た。
 互角だった。勝てると思っていたが、あそこまで技を破られたのは意外だ。
 一撃でも与える事ができれば、と思ったが、アウィードは結構強かった。
 アルマがボールをくわえて再びロードの所まで走ってくる。ロードはまたボールを適当に投げる。
「……やってみっか、じじいの下で。あのじじいなら、俺がどう修行すれば良いのか分かってるだろうし」
 右手を強く握る。
「……絶対に強くなってやる。父さんのような、強い人間に!」

 目指すは、父の強さ。それが、ロードの信念である。



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