夕食時、美紗はロードの隣で食べていた。 ペットのアルマが、テーブルに置かれている食事を前に、尻尾を振っている。 「欲しいの、アルマ?」 「わんっ」 「やるなよ。第一、玉葱入ってるだろ、それ」 「あ……」 ロードの言葉で気づく。アルマが欲しがっている物には、玉葱が目立つように入っていた。 どうしようかと悩む美紗を見たサキが、笑みを溢す。 「他のあげたら?」 「でも、これ欲しそうな目をしてるし……」 「缶詰出して良いわよ。この間、買ってきたから」 「本当? ありがとう、お母さん!」 立ち上がり、台所の棚を開ける。そして、缶詰を取り出した。 たまに食べさせる犬用のご馳走。蓋を開けて、皿の上に載せる。 「はい、アルマ」 「わんっ」 皿に盛られたご馳走を食べるアルマ。その様子を、美紗は黙って見ていた。 宿命の聖戦 〜THE FINAL LEGEND〜 第一部 希望と優しき心 美紗編 第一章 父を知る人 次の日の朝、道場から聞こえてくる音に目が覚め、美紗は外に出た。 「おはよう、美紗」 「おはよう、お母さん」 朝から空を眺めている母と挨拶を交わす。 母の一日は、こうやって空を眺めてから始まる。なんでも、父がそうだったらしい。 辺りを見回す。庭にいるはずのペットのアルマがいない。 「……あれ、アルマ?」 「アルマなら、サキちゃんと散歩よ。起きるのがちょっと遅かったわね」 「そうなんだ……。」 そして、母と一緒に空を眺める。どこまでも続く澄み切った青空。 「今日も良いお天気だね」 「ええ。美紗、どうしてこの澄み切った青空が続いていると思う?」 「え? ……う〜ん……良く分からないよ、お母さん」 「この空はね、昔、一人の王が長い間続いた戦いを終わらせる為に自分の命と引き換えに作った空なの」 「戦い?」 「うん。聖戦って呼ばれた戦いの、ね」 父から聞いたのか、母は色々な事を知っている。 しかし、この時の母は、どこか暗そうだと美紗は感じる。 途端、道場から鳴り響いていた轟音が静まり返った。どうやら、修行は終わりらしい。 「終わったみたいね。美紗、朝ご飯の用意できているから、先に食べていなさい。ロードの治療をしてくるから」 「う、うん」 学校へ登校し、教室。美紗は話で盛り上がる友人達に話し掛ける。 「おはよっ。どうしたの、凄く盛り上がってるけど?」 「あ、美紗。それがね、今日すっごくカッコイイ人見かけたのよ! それも職員室の前で!」 「転校生かな〜!? うちのクラスかな〜!?」 「あれは留学生じゃない? ほら、前に先生が話してたし……」 友人達が騒ぐ。美紗も正直気になっていた。 学校では留学制度を使う事があるらしく、今回は留学生が来ると前から聞いていた。 友人の一人がノートを持って美紗に話し掛ける。 「ねぇ、美紗、今度英語教えてよ! 留学生の人と仲良くなりたいし!」 「英語? 別に良いけど……私よりロードの方が英語上手いよ?」 「あー、無理無理。ロード君って頭良いけど、教えてくれないし。それに、教えてる事、全然分からないし」 「……それは納得かもしれない」 ロードは頭が良いが、人に教える事は下手だ。 「留学してくる人って、どんな人だろうね、美紗!?」 「うん。楽しみだね」 この時、美紗の本音は「どうでも良い」だった。 昼休み。肩を深く落とすロードを横目に、昼食を取る。 おさげにしている黒髪に眼鏡をかけた幼馴染は、箸で丁寧に卵焼きを取る。 「はい、ひーちゃん。あ〜ん」 「……何でお前に、食べさせてもらわなきゃならん!?」 「ひーちゃんの隣に私がいるから〜」 「んな単純な理由で、んな事するな!」 今となっては、聞き慣れた二人の会話。思わず笑ってしまう。 「本当、ロードって恥ずかしがり屋だよね。こうやって可愛い女の子が二人もいるから」 「誰が可愛いって? ただの双子の姉と、ただの幼馴染のどこが可愛いんだか」 弁当を食べつつ、ロードが淡々と言う。美紗はむっとなった。 「私はともかく、優子ちゃんは可愛くないって言いたいの?」 「当然。幼馴染なだけじゃねぇか」 「ふぇ……ひーちゃん酷いよぉ……」 優子が潤んだ瞳でロードに訴える。しかし、ロードには通用しなかった。 ふと、ロードが呟く。 「俺は一体何者なんだろうな……」 「ただの馬鹿」 「……美紗、人の呟きに答えないでくれ」 弁当を食べ終え、ロードの方を見る。いつものように空を眺めていた。 すると、屋上の扉が開き、一人の女子が現れる。 同じクラスの御厨渚だ。どこか焦りが感じられる表情で周りを見渡している。 「あ、御厨さんだ。探し物かな? キョロキョロしてるけど……」 「……さぁな。おーい、何やってんだ、御厨?」 ロードの呼びかけに渚が反応する。すると、すぐにロードの元まで走り寄った。 安心した顔でロードの手の甲を自分の頬に当てる。 「あ……」 「お、おい……?」 優子が羨ましそうな顔をし、ロードが焦る。渚が小さな声で呟く。 「……良かった……。突然いなくなったから……凄く不安だった……」 「突然って……ただ飯食う為に屋上行っただけだぞ」 「……だから不安だった……側にいなくて……」 隣で見ていると、それはどこにでもいそうな恋人のようだった。 胸の奥がズキンと痛い。 「……ロード、御厨さんといつからそんな関係なの?」 美紗が訊く。ロードは首を大きく横に振った。優子が潤んだ瞳でロードを見つめる。 「……ひーちゃん……私の事、嫌い……?」 「……ちょっと待て。何をどう捉えたら、んな事言える!?」 「嫌いなんだぁ……私の”初めて”を全部奪っていったのに……え〜ん……」 嘘だと分かっている優子の言葉に続いて、白い目で見ながら言う。 「ロード、最低……」 「……んな事してねぇ! 優子、ふざけた嘘つくな! ってか、御厨は離れろ!」 ロードが顔を真っ赤にして焦る。そして、御厨が握る手を離そうとした時、離れなかった。 御厨がそのままロードに近寄り、ロードに抱きつく。 「……離れたら嫌……」 「離れろ! 美紗、睨むな! 優子は泣くな! とにかく誰か助けてくれぇぇぇっ!」 昼休みの屋上に、ロードの叫びが響き渡るのだった。 学校が家に帰り着くと、道場から轟音が聞こえた。ロードが鞄を美紗に託して走る。 「あ、ロード!」 「悪い、部屋に置いといてくれ!」 「もう、仕方ないなぁ……」 そう言って、走り去る。美紗は溜め息をついた。 ロードの鞄も持って、家に入る。母が出迎えた。 「おかえり、美紗」 「ただいま、お母さん。誰か来てるの? 道場から、凄い音がしてるけど……」 「ええ。お父さんのお友達がね。あとで挨拶しなさい」 「お父さんの?」 父の友達と言うと、知っているのは加賀美さんくらいだ。 けれど、あの人は道場に行く事はしない。来てもすぐに帰る人だから。 「どんな人?」 「外国の人。お父さんとは、とても仲が良い人よ」 「そうなんだ……」 道場から聞こえる轟音。美紗は、まだ終わらないだろうと思って散歩に出掛けた。 アルマの散歩コース。ロードがたまにジョギングしているコースでもある。 「ねぇ、そこの君。可愛いねぇ……俺らと一緒に遊ばない?」 と、そこに軽そうな男性が数人で話し掛けてくる。唸るアルマをなだめながら、美紗は断った。 「遠慮します」 「そう言わないで。俺らと楽しい事しようよ」 「そうそう。ほら、犬の散歩なんかやめてさ」 男性の一人が美紗の腕を掴む。美紗は「離して!」と声を上げた。 しかし、掴む手は離れようとしない。 「良いじゃん。ね?」 「嫌! 離して!」 「あまり声出さない方が良いよ? こっちは数人だし」 「そのお方に触れるな。忍法、風神竜巻!」 その瞬間、男性数人がどこかへ吹き飛ばされる。美紗は胸を撫で下ろした。 美紗の前に現れる、黒い服装に身を包んだ一人の男性。美紗も知る人間。 「ご無事ですか、美紗様?」 「うん。ありがとう、影王さん……」 伊賀影王(いが かげおう)。神崎家に仕える忍びにして、伊賀家の頭領。 現在は、主だったハヤトの家族を守る、最強の護衛。 「美紗様に何か遭っては、ハヤト様に面目が立ちません。無事で何よりです」 「…………」 「美紗様?」 「……影王さんは、お父さんの事知っているんですよね?」 美紗からの意外な質問。影王は頷く。 「はい。ハヤト様は、とても偉大な方でございます」 「……じゃあ、どうして死んじゃったの?」 「……!」 黙る。それは、答えられなかった。 いや、答えるわけにはいかない。それは、アリサの命令でもあり、約束でもある。 「……今は、お答えできません。申し訳ございません」 「そうなんだ……」 「しかし、なぜ、お父様の事を……?」 「なんとなく……ううん、お父さんの友達の人が来てるって聞いたからかな……」 「そう言う事ですか」 散歩に出て一時間後。家の前で、母・アリサが待っていた。 「おかえり、美紗」 「ただいま。道場の方は終わったの?」 「ええ。お父さんのお友達に挨拶に行きなさい。ロードはもう済ませたから」 「うん」 そう言って家の中に入り、手を洗って客間に向かう。 青髪で、とても日本では見られそうにない紳士のような男性。そして、隣に座る、幼げのある男性。 美紗が頭を下げる。 「こんばんは、神崎美紗です」 「ロバート=ウィルニースだ。こっちは、息子のアウィード」 「あ、アウィード=シュレント=ウィルニースです。こ、こんばんは」 そして、ロバートが美紗を見る。 「息子の方はあいつに似ていたが、娘の方は母親似だな」 「そう、ですか?」 「ああ。特に、彼はあいつのように真っ直ぐな瞳をしている」 真っ直ぐで、平和を願う瞳。そう、ロバートが言う。 それを聞いた美紗は、手を思いっきり振った。 「ロードはそんなキャラじゃないですよ。どっちかと言えば……」 自分が興味ある物意外は、どんな時でも不真面目。 たまに、困っている人を放っておけないお人好し、と言ったところ。 そんな会話をしていると、アリサが客間に入って来る。 「今日は、この部屋を使ってください。明日には、アウィード君の部屋を用意しますから」 「用意? お母さん、用意って……?」 「まだ聞いてない? アウィード君は、明日から美紗達の学校に行くのよ」 「え!?」 驚く。そう言えば、留学生が来ると言っていた事を思い出した。 「留学生って……えっと……」 「あ、アウィードです」 「……アウィード君が、留学生?」 「ああ。しばらくの間、仲良くしてくれ」 ロバートが頼み込む。美紗は苦笑するしかなかった。 |
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