私室で、彼女は部隊のデータをまとめていた。
 肩までの紫色のセミロング、その真剣な顔は誰もが見惚れてしまうほどの美女。
 そんな美女が、まとめているデータを見つつ、溜め息をついた。
「ふぅ……。流石に、もう一人欲しいところですね」
 自分の部隊は優秀な人材が多い。しかし、その中でも戦力になるのは三人だけ。
 こんな事だから、他の将軍に迷惑が掛かるのだ。
「あの三人のような人材が一人いれば、戦力も申し分ないんだけど……」

『……ちゃーん! お姉ちゃーんっ!』

 バタン。と、私室の扉が勢い良く開けられる。お姉ちゃんと呼ばれた美女は「こら」と怒った。
「入る時はちゃんとノックしなさいって、何度言えば分かるの?」
「ご、ごめんなさい……」
「それで、どうかしたの?」
「う、うん! あのね、大変なの! 甲板に人が!」






宿命の聖戦
〜THE FINAL LEGEND〜



第一部 希望と優しき心

ロード編
第三章 異世界と呼ばれる地


 ゆっくりと目を開けると、白い光が視界一面に入り込む。ロードは、あまりの眩しさに目を強く瞑った。
 そして再び目を開け、自分がいる場所を確かめる。
「…………」
 どこか分からない。分かるのは、鼻にツンと来る臭いと自分が寝ているベッドの感触が違う事。
 臭いは何かの薬品だろう。そうなると、ここは病室か何かだと考える。
『あ、気づきました!?』
 と、隣から声が聞こえた。ロードが視線を向ける。
 ショートカットの青髪で、まだ幼い少女。見た感じでは、自分よりも五つ年下ではないだろうか。
 少女が話し掛けてくる。
『甲板で倒れてましたけど、大丈夫ですか? 所属とか分かります?』
「……?」
 首を傾げる。ロードには、この少女の言葉が”全く分からなかった”。
 何を言っているのか分からない。だからこそ、ロードは黙ったまま少女を見る。
 何も答えてくれない為、少女は戸惑い始めた。
『あ、あれ? え、えっと……もしかして記憶がないとか……ですか?』
 と訊く。しかし、ロードには伝わらない。
 さらに戸惑いを見せる少女。すると、少し遠くに見える扉が開いた。
「ラニエア一等兵、彼の容態はどうですか?」
 扉から入って来たのは、漆黒の鎧を纏った長い金髪を結い上げている女性だった。
 ラニエアと呼ばれた少女が、女性に口ごもらせながらも答える。
『えっと……その……、記憶がないみたい……で……』
「記憶が?」
『は、はい……。所属とか訊いても、何も答えてくれなくて……』
「そう言う事ですか。あれを飲ませましょう」
『あれ、ですか?』
「ええ。私に任せなさい」
『わ、分かりました……』
 少女がベッドから離れる。ロードは不思議に思った。
 少女の言葉は理解できなかったが、金髪の女性の言葉は”理解できている”。
 あの少女が日本語ではなく、別の言語で話していたからなのか分からない。
 そう思っていると、女性が何かを持って近づいて来た。
「これを御飲みになって頂けますか?」
 と、手に持っている青い瓶をロードに見せる。何が入っているか分からない為、ロードは首を横に振った。
 その反応を見た女性が、青い瓶の蓋を開け、自分で飲む。
「ご安心ください。毒は入っておりません」
 そう言って、差し出す。ロードがベッドから半身を起こし、青い瓶を受け取った。
 まさか、自分で飲んで何もない事を証明されるとは思っていなかった。
 だからこそ、この青い瓶の中に入っている物を飲んでやる、そう言った感じだ。
 覚悟を決めて、一気に飲む。直後、何とも言えない苦味が口中に広がった。
「苦っ!? んだこれッ!? あんた、良く平然と飲めるな!?」
「それほどの苦味でしたか?」
「ったり前だろ!? 吐くかと思ったぞ!」
「そうなりますよね。私も飲めません」
「だろ? ……って、あれ?」
 首を傾げる。今度は、少女の言葉が理解できた。女性が答える。
「先ほど、あなた様に飲ませた物は、こちらの言語能力を身に付かせる代物です」
「……凄いな、おい。苦いけど、んな便利な物があるんだな」
「はい。私はランハード=ガリュドスと申します。初めまして、ロード様」
 女性が名乗り、頭を下げる。それを見た少女は目を見開いて驚いた。
 そして、自分の名前を喋った事に対し、ロードも驚いている。
「あんた、何で俺の名前を……!?」
「それは、私があなた様のお父上であるハヤト=カンザキ様に仕えていたからです」
「父さんに仕えていた!?」



 同時刻、部隊で使用する大広間。そこで、紫色のセミロングの女性は溜め息をついた。
 大広間のテーブルに並ぶ大量の瓶。どれも全て酒類だ。
 そして、その酒全てを飲み、涎を垂らし、大きなイビキを上げて寝る無精ヒゲの目立つ男。
 そんな男に対し、女性は瓶の一本を取り出し、男の頭を殴った。
「がっ……」
 瓶が割れ、男のイビキが止まる。そして、その目が開かれた。
「……おう。元気か、メル?」
「元気か。じゃ、ありません。ダルバンさん、何度も言いましたよね? ここでお酒を飲むなって」
「良いじゃねぇか。酒くらい」
「良くありません。全く……これで有能じゃなかったら、今すぐにでも打ち首にしています」
「打ち首って、お前な……冗談は言うもんじゃ……」
 男――――ダルバンの言葉が失われる。メルと呼ばれた女性は本気だった。
 先程の酒瓶で頭を殴る事もそうだが、彼女は、やると決めた事は必ず実行する。
 メルを前に黙るダルバン。その時、大広間に二人入って来た。
 一人は長い黒髪で長身の女性、もう一人は無愛想な顔をした黒髪の男性。
「うわ、何よこの酒の量……ダルバン、また飲んだわね?」
「気にするな、セリーヌ」
「誰だって気にするでしょ、これは。ねぇ、ファイク?」
「流石に飲み過ぎだと思う」
 セリーヌと呼ばれた女性の言葉に、ファイクと言う男性が頷く。
 そして、メルが三人揃った事を確認した。
「とりあえず、揃いましたね」
「操者召集って言ってたけど、何なの?」
「新型でも完成しましたか?」
「そっちじゃないです。今回三人を呼んだのは、新戦力について」
 その言葉に、セリーヌが溜め息をつく。
「また、それ……。どうやっても、新戦力は難しいと思うわよ、メル」
「自分もセリーヌと同意見です。それに、ゼイオンレイディアの性能からして、これ以上の戦力は不要かと」
「そう言いますよね、やっぱり」
「大体、何度もこの件については話してるだろ。そう言えば、ミーユはどうした?」
 と、ダルバンが大広間を見渡しながら訊く。メルが答えた。
「ミーユは今、医務室にします。ゼイオンレイディアの甲板に倒れていた方の看病で」
「ん? 整備員の一人でも倒れたの?」
「そうだと思います」
 そう言いながら、メルは資料を手に悩み始める。



 ロードは、父に仕えていたと言う、ランハード=ガリュドスと名乗った女性に驚きを隠せなかった。
「父さんに仕えてたって……あんた、何だよ一体!?」
 ロードが訊く。ガリュドスは、「あなたは持場へ戻りなさい」と一緒にいた少女を下がらせた。
 そして、少女が部屋から去った事を確認してから、ロードに話す。
「まずは、あなた様にこの世界の事から話さねばなりません」
「この世界? ちょっと待て、ここってどこだよ?」
「この世界はネセリパーラ。あなた様が住んでいた地球とは異なる世界です」
「異なる世界……!? んな馬鹿な!」
「本当の話です。経緯は存じませんが、あなた様はこの世界に来てしまったのです」
「どうやって!? 地球から異世界とか行けるわけ……――――!」
 思い出す。あの時――――自宅の庭に突然現れた黒い穴に吸い込まれた事を。
 あれのせいで、異世界とか言う所に飛ばされたと考えれば、話の筋は合う。
「あの時の黒い穴か……あれで、俺はこの世界に……!」
「黒い穴……恐らく、時空間に何らかの歪みが発生したのでしょう」
「帰れるのか!? 俺は、元の世界にちゃんと帰れるのか!?」
「ご安心を。それに関しては、全く問題ありません。地球とネセリパーラを行き来できる装置は存在します」
「そうか。良かった……」
「それでは、話を戻します」
 ガリュドスが説明する。この世界の成り立ちから、今に至るまでの戦いの全てを。
「《霊王》と《覇王》の終わりなき戦い……」
「はい。ネセリパーラ創世の頃から繰り返される戦い。しかし、その戦いも十七年前に終結したのです」
「マジかよ……? それも、俺が生まれるちょっと前の話じゃねぇか」
「そう、あのお方はあなた様の未来の為に、その戦いを終わらせたのです」
「え?」
「戦いを終結に導いたのがハヤト様なのです」
「な……!?」
 驚く。ロードには信じられない話だった。
 父はこの世界の事を知っており、そして、この世界で戦っていた。
 さらには、ガリュドスの言う戦いを終わらせた。
 初めて知った父の事。驚くロードを前に、ガリュドスは話を進める。
「ハヤト様は、自分が”王”に選ばれた事を受け入れ、戦い、そして終結へと導きました。
 私は、ハヤト様に仕え、お守りする存在。それだけです」
「父さんがこの世界に来て戦っていた……じゃあ、父さんが死んだのは……」
 その言葉に、ガリュドスが反応する。
「……死んだ?」
「……ああ。父さんは死んだ。母さんは事故だって言ってたけど、あんたの話で嘘だって分かった……!」
「嘘?」
「そうだ。父さんは事故で死んだんじゃない。父さんは、あんたが言う戦いで死んだんだろ!?」
 それが、ロードが確信した事だった。
 父は事故なんかで死んでいない。父は戦いで死んだのだ。
 そう決め込むロードに対し、ガリュドスが否定する。
「それは違います。ハヤト様は戦いで亡くなられてはいません」
「だったら何で父さんはいないんだ!? 父さんは何で死んだって言うんだよ!?」
「それは……私にも分かりません。しかし、これだけは言えます。ハヤト様は自分の命を犠牲にしていません。
 お母上……アリサ様の言うように、本当に事故で亡くなられたのでしょう」
「…………」
「この事に関しては、いつかアリサ様から話して頂けるかと思います。
 今は、地球へと帰る為の手配を行わせてもらいます」
 ガリュドスの言葉に、ロードは納得できないまま、頷いた。



 ゼイオンレイディアと呼ばれる戦艦の収容格納庫。そこで、一人のメカニックが頭を抱えた。
 目の前には、完成された巨大ロボットが一体。全身を黒い装甲で覆われた、最新機。
「ベティオムさん、どうですか? その新型機は?」
 と、そこにメルが現れる。メカニックであるベティオムが首を横に振って答えた。
「一応、完成はしているわ。技術提供もあったお陰で、霊兵機としては素晴らしい性能よ」
 答える。そう、ベティオムは男だが、内面は女性だった。
 そんな事など既に慣れているのか、それとも気にしていないのか、メルが霊兵機と呼ばれたロボットを見上げる。
「この霊兵機が加われば、部隊の戦力アップに繋がるわけですね」
「そう思うわよねぇ、メルちゃん? でもね、問題が一つあるのよ」
「問題?」
「この子に乗れる操者がいないのよ。ダルバン、セリーヌ、ファイクちゃんでも無理」
「つまり、乗れるとすれば、あのお二人と言う事ですね」
 メルのその言葉に、ベティオムが頷く。
「あのお二人は別格よ。乗れるけど、二人の霊兵機は特機だから、この子でも通用しないわ」
「確かに、あの方達の霊兵機はこのゼイオンレイディアと同じですから」
 そう言いながら、溜め息をつく。
「これほど素晴らしい機体なのに、操者がいない……やはり、もう一人どうにかしなくては……」
「そう言えば、今日はミーユちゃんは? いつもなら、メルちゃんと一緒なのに」
「まだ医務室でしょう。甲板に一人、倒れていたらしいので」
「あら? どこの誰?」
「それについてはまだ。それより、ダルバンさん達の機体の整備は終わっていますか?」
 それを聞いて、ベティオムが「あらら」と口元に手を当てる。
「また出たようね?」
「ええ。大臣より、出撃の命が先程出ました」
「整備はバッチリよ。でも、ゼイオンレイディアなら問題ないでしょうけど、やっぱり三機だけは辛いわね」
「仕方ありません。上からの許可も降りませんし、なにより、あの三人に匹敵するほどの実力者もいませんから」
「大変ねぇ、偉くなると。気をつけてね」
「ええ。準備が完了次第、ゼイオンレイディアは出撃します。この機体については、また後ほど」
 そう言って、メルが去る。ベティオムは軽く溜め息をついた。
 何度話しても、この機体の問題点はどうにかなるわけではない。
 しかし、それを納得しないのがメルだ。
「この機体に乗れる人間……どこかにいないものかしらねぇ」
 この機体が動けば、メルの部隊の更なる戦力となるのは間違いない。
「どうしたものかしらねぇ……」
 最後の最後まで、この機体の操者について悩むベティオムだった。



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