港から少し歩いた所に建てられた兵舎。そこにゲイルとショウは到着した。 入るなり、この兵舎の管理人と思われるご老人が訊いて来る。 「あんたら、傭兵志願か?」 「はい。ゲイル=ラバーナ=ウィナーです」 「ショウ=カミカゼ。何か書類とか必要か?」 「そんな物はもう事務局から届いとるわ。あんたらで27人目。これがあんたらの部屋の鍵だ」 そう言って、管理人室へと戻っていく。自分達を除いて、25人も傭兵志願がいるとは思わなかった。 渡された部屋の鍵を手に、荷物を再び持ち上げる。 「とりあえず、部屋に荷物を置いてメシだな。持ってる金、使えると思うか?」 「使えるわけないだろ。ドルファンの通貨に換金する必要がある。今日は兵舎の食堂で我慢しないとな」 「チッ、今日は美味いメシを食おうと思ってたのによ」 ショウが愚痴る。ゲイルが苦笑いした。 「まぁ、今日は我慢しよう。明日、訓練が終わってから換金すれば良いさ」 「しょうがねぇ……食えるだけでも良いか」 そう言って、部屋へと歩いていく。 与えられた部屋の鍵を開けて入る。部屋を見て、ゲイルはやや驚いた。 綺麗に整えられ、さらには家具も一式揃えてある。傭兵としては優遇過ぎるくらいに。 「まあまあの部屋じゃない。これからお世話になるんだから、これ位はしてもらわないとね」 「いや、逆に良過ぎるよ。割と広いし」 ピコと話をしつつ、背中の双剣を外し、壁に掛けた。 一緒に持って来ていた荷物から、布に包まれた大きな物を取り出す。 布を解く。その中には、一本の剣が入っていた。 「……ようやく、ドルファンに着きました」 剣に話し掛ける。 「ヴァルファとの決着は、必ず着けます……! この俺が、必ず……」 「ゲイル……」 ピコが肩に座り、頬を撫でる。ゲイルが剣を軽く振った。 静まり返った空気が、さらに静まる。 「……この剣を振るう時が来ない事を祈りたい」 「そうだね……その為にも、もっと強くならないとね」 ピコがゲイルの前まで飛ぶ。 「今よりもっと強くなって、この国で聖騎士になれば良いんだよ」 「聖騎士か……一度なってるんだけどな」 「そうだったね。副団長までなったんだもんね、ゲイルは」 「ああ。まさか、俺のような奴がなれるとは思ってなかったけどな」 『おーい、ゲイル。食堂行こうぜ、食堂。メシだメシ』 扉の向こうからショウが呼び掛ける。ゲイルはそれに応じるのだった。 翌朝。部屋でぐっすりと寝ている相棒を叩き起こし、ゲイルは訓練場へと向かう為、兵舎を出た。 歩いている途中で地図を取り出し、訓練場の場所を確認する。 「訓練場はフェンネル地区って言うところにあるようだ。ほら、ここ」 「おい、遠くないか? タダでさえ、鎧と武器で身体が重い状態なのに」 「だからこそ、この時間に出たんだ。少しは、余裕があった方が良いし」 そう言うと、ショウが肩を落とす。ゲイルは周辺を見渡した。 結構、早くに出たと思うのだが、意外と人が多い。それも学生と思われる人間達が。 近くの建物に入っていく。どうやら、学園のようだ。 「学園か……そう言えば、お前って歳からすりゃ、十分学生だよな?」 「まぁ、な。でも、今更学生になるわけでもないし、学問はある程度できて――――」 「あ、あの……」 途端、声を掛けられる。ゲイルとショウは同時に振り返った。 学園の制服を着ている少女がそこに立っていた。 その顔を見て、ゲイルが思い出す。昨日、港で助けた少女――――ソフィアだ。 「お、おはようございます……」 「あなたは……ソフィアさん、でしたね。おはようございます。これから学校ですか?」 「はい。あの、昨日は本当にありがとうございました」 頭を下げる。ゲイルが軽く首を横に振った。 「気にしなくて良いです。それより、何かご用ですか?」 「あの……昨日のお礼を……」 「昨日も言いましたが、礼には及びません。俺達はこの国に雇われた傭兵なんだから、気にしなくて良いんです」 「いえ、それでもお礼をさせて欲しいんです……」 彼女の言葉に、ショウがゲイルの肩を叩く。 「素直に受け取れよ。礼くらい、別に良いだろ」 「そう言うけど、俺はそんなつもりで……」 「しないよな。だからこそ、相手が礼をさせてくれって言う気持ちくらい、受け取れって」 「分かったよ。じゃあ、お言葉に甘えます」 そう言うと、ソフィアは少しだけ笑顔を見せた。 「それじゃあ、昨日のお礼なんですけが……――――あ!?」 突然、ソフィアが素早く学園内に入っていく。ゲイルが首を傾げ、ショウが「おーい」と立ち尽くした。 同時に、何者かの気配がする。薔薇の花びらが舞うのが見えた。 「ボクの〜、愛しのソフィア〜♪」 薔薇を片手に持った男が、そこにいた。 「ん? ここにいたはずなんだが……」 そう言って辺りを見渡しながら、学園内に入っていく。あれも、ここの生徒なのだろうか。 「……何だったんだ、あの男?」 「俺が知るわけないだろ。とにかく、訓練場へ行くぞ」 「よく来たな、ゴロツキ共! 俺がここの主任教官であるヤング=マジョラム大尉だ!」 威勢の良い声が訓練場に響く。訓練場には、ざっと二百人もの傭兵が集まっていた。 ゲイルは周辺を見渡す。訓練場の広さは、軽く見て二個中隊が集団戦を行っても問題ないくらい。 教官であるヤングが話を続ける。 「この国では、陸戦において銃火器は一切使用しない! よそで銃を使った戦いに慣れてきた者は、ここでは地獄を見る事になるぞ!」 『え、銃は使わねぇの……!?』 隣でショウが嫌そうな顔をする。「そうみたいだな」とゲイルが小声で相槌を打った。 確かに、背中の銃を使いこなしていたショウにとって、地獄だろう。 「それとだ、剣を持つ者は全て、騎士と区別なく扱われる。 礼儀、教養、精神、それらも全てたたき込んでやるから、覚悟しておけ!」 『マジかよ……』 『いや、それくらい問題ないだろう。元聖騎士なんだから』 最も、他の傭兵達はその言葉を聞いて青ざめているが。 「以上だ! まずは、お前達の実力を見てやる! 手加減はしないから、そのつもりで来い!」 訓練初日は、実技試験。ゲイルは軽く体を動かし始めた。 長い船旅で鈍っているであろう戦闘の勘と技術を少しでも取り戻す必要がある。 「んな事しなくても良いだろ。お前の実力なら、あの教官でさえも楽勝だろ」 体を動かすゲイルを見てショウが言う。「そんなわけないだろう」とゲイルは答えた。 「俺の実力でも、勝てない相手はいる。イグルス殿みたいな人とか、な」 「イグルス殿ねぇ……あの人、どっちかって言うと超人だからなぁ、比べない方が良いだろ」 うんうんとショウが頷く。ゲイルも「確かに」と相槌を打った。 「次の奴、とっとと出て来い!」 そんな会話をしていると、早くもゲイルの番が回ってきた。 ゲイルが目を見開く。ヤング=マジョラムは、短時間で十数人もの傭兵を相手に勝利したようだ。 息も切らしていない。流石は教官と言った所か。 「マジかよ……ゲイル、どう思う?」 「間違いなく強いのが分かる……でも、俺も本気を出せると思うと、なぜか楽しみだ」 そう言って、ヤングの前に立つ。その時、周りから笑いが聞こえた。 「何だよ、あれ? 変な装備だなぁ、おい」 「バカじゃねぇの? あんなダサイ格好してよぉ」 「世の中、面白い奴がいるもんだなぁ!」 ゲイルの立ち姿を見て、他の傭兵達が笑う。構わず、ゲイルは自分の名を名乗り、背中の双剣に手を伸ばした。 剣に連動して鞘が肩上へと動いていき、剣が引き抜かれる。 「名はゲイル=ラバーナ=ウィナー! 手合わせ、よろしくお願いします!」 「双剣使いか。面白い、どれほどの物か見せてみろ!」 ヤングが構える。ゲイルは双剣をヤングへと向けた。 集中力を高め、一気に突撃する。 「はぁっ!」 斬りかかる。ヤングは受け止めた。 攻撃の対応が早い。そう思ったゲイルが素早く右手の剣を振り直す。 「甘い!」 左手の剣を吹き飛ばし、右手の剣を受け止める。そして、ヤングが反撃に入った。 「おおおっ!」 振り下ろされる剣。瞬時に双剣で受け止め、ゲイルが後ろへと下がる。 (強い……判断力に迷いも無ければ、攻撃への対応も……) こんな相手と手合わせするのは半年振り――――前に入団した騎士団の団長の時以来だ。 雰囲気などは違うが、どこか似ている。 「今度は俺の方から行くぞ!」 ヤングが接近し、勢い良く剣を振り下ろす。ゲイルはそれを見切り、上手く避けるのだった。 二人の戦いを見て、ショウは目を見開いた。 今まで一緒に戦って来たゲイルの実力は分かっているが、それを相手にする教官の実力は凄まじかった。 「あのゲイルを相手に、あそこまで戦えるなんて……」 「当然だ。ヤング=マジョラム、別名『ハンガリアの狼』と呼ばれる男だ」 「ハンガリアの……って、あの教官が……」 聞いた事はある。ドルファン国の傭兵でありながら、目覚しい活躍を見せたハンガリア人の事を。 それが、ヤング=マジョラムと言う男であり、傭兵から騎士へと昇格した実力者だ。 「本気出さないと、ゲイルでも勝てない相手か」 「勝つ? 本気で言っているのか?」 「おう。他の奴らは、あいつの姿を見て笑ってたけど、実力は桁違いだぜ。 つーか、お前は誰だよ? ちなみに、俺はショウ=カミカゼだ」 「失礼したな。私はセイクリッド=エヴァンだ」 ヤングの攻撃を一撃一撃受け止めながら、ゲイルは息を呑んだ。 この人は強い。二刀流を相手に、ここまで戦える人間は相当いない。 本気で挑まなければ、逆に失礼だ。 (……やるか、一閃一撃を……!) ヤングが次に振るった一撃を受け流し、距離を置く。そして、ゲイルは静かに構えた。 二本の剣をヤングへと突き向けたまま、深呼吸をする。 「一閃一撃……風の如き剣、疾風!」 駆ける。その一瞬、ゲイルの姿は消えた。 周囲の傭兵達が目を見開き、ざわつき始める。ヤングはふっと鼻で笑った。 周囲には消えたかのように見えているようだが、ゲイルは真っ直ぐこちらへ向かっている。 剣を振り上げ、向かって来るゲイルに渾身の一撃を与える。 「ふんっ!」 「――――!」 しかし、ヤングの一撃はゲイルに当たらなかった。 一瞬のうちに、それも小さい動きでヤングの剣を避けたゲイル。 流石のヤングも目を見開く。そして、決着がついた。 「…………」 「…………」 ゲイルの剣が二本とも、ヤングの腹部を捉えている。 剣は逆刃の状態。これがもし実戦であれば、確実にヤングの上半身と下半身は真っ二つに分かれていただろう。 「……ふっ、俺の負けだ。強いな、お前」 「いえ、少しでも気が抜けていたら負けていました」 歓声が沸き上がる。実技試験におけるゲイルの実力披露は、誰もが認める結果となった。 「ヤング=マジョラムが負けただと……?」 「本気を出してどうにか、って感じか。ゲイルもだけど、あの教官も強いな……」 「次、ショウ=カミカゼ! 早く来い!」 と、ゲイルとヤングの模擬戦をして感心していた矢先に、ショウが呼ばれる。 ゲイルと入れ替わりでヤングの前に立つショウ。途端、ヤングがショウを睨みつけた。 「貴様、その背中にあるのは何だ!?」 「はっ、銃であります!」 バカ正直に答える。すると、ヤングは銃をショウから取り上げた。 「さっき教えたはずだ。陸戦では銃火器は一切使用しないと。これは俺が預かる!」 「な!? それだけは勘弁してください!」 抵抗する。しかし、ヤングの命令は絶対だった。 夕刻。訓練を終えた二人は宿舎へと戻る。 その際、ショウが何度も溜め息をつき、それを横で見ていたゲイルが苦笑した。 「仕方ないだろ、流石に」 「あの銃は俺の大切な体の一部だぞ……それを銃火器は使用しないって理由だけで……」 「別に良いじゃないか、あの銃はショウにしか使えない代物だろ?」 「それはそうなんだけどよぉ……」 それでも、取り上げられたのはショックだ。そう、ショウが言いながら、自分の部屋へと戻って行く。 ゲイルも同じように、自分の部屋に戻った。 「お疲れ様〜。どうだった、訓練は?」 ピコが話し掛けてくる。今までどこにいたのか謎のまま。 「手応えがあって、良い訓練だった。それより、どこに行ってたんだ?」 「ちょっと、女の子の情報を集めにね」 「女の子? ピコ、男より女の子が好きだったのか?」 そう言った途端、ピコの蹴りがゲイルの頬を襲う。 「そんなわけないでしょ! ゲイルの為に、情報を集めてたの!」 「俺の為?」 ゲイルが首を傾げる。ピコが胸を張って言った。 「昨日、君が助けた女の子! ソフィアの事!」 「だから、何で俺の為だ?」 「今日一日、頑張って彼女の情報を集めてあげたの! 感謝しなさいよね!」 そう言うピコに、ゲイルは溜め息をついた。 確かに、彼女――――ソフィア=ロベリンゲは可愛い女の子だと思う。 しかし、彼女の情報を得て、どうしろと言うのか。 「俺にどうしろって言うんだ、ピコ?」 「だから、ソフィアと仲良くなるチャンスだよ!」 「仲良くって……俺はただの傭兵だ。この国でヴァルファバラハリアンとの決着をつけたら、出て行くんだぞ?」 「出て行くって……ゲイル、それで良いわけ?」 「ああ。俺は、ヴァルファを潰す為にこの国に来た。それだけなんだから」 そう、ヴァルファバラハリアンを潰す。その為だけに、この国に来た。 それだけの為に、ここにいる。決着をつける事以外の事は考える気すらない。 そう、ゲイルは心の中で決意したのだった。 |
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