翌日。訓練場で肩で息をし、へろへろとなった傭兵達にヤングの怒鳴り声が頭に響く。 「もうバテたのか、ゴロツキ共! そんなんじゃ、戦争で死ぬぞ!」 「死ぬぞって……これは流石にバテるだろ……」 と、ショウが小さな声でぼやく。 朝から鎧を着た状態で訓練場の外周を10周。そして、基礎訓練の繰り返し。 休憩の時間などない為、それは地獄とも言える訓練だった。 「流石に脇腹が痛ぇ……」 「そうか? 基礎訓練ばかりだから、そうバテるわけないだろ」 「……何でお前はピンピンしてんだよ」 隣で、まだ余裕の表情を見せるゲイル。それを見たショウは疲れが増した気分だった。 「鎧着た状態で、さらには休憩なしの訓練だぞ、ゲイル……」 「でも、どれも聖騎士団にいた時と同じような訓練じゃないか。まだまだ大丈夫」 その言葉は、ショウにとって皮肉にも近い言葉だった。 双剣で、あの翼のような鞘は重いはず。それなのに、ゲイルは全く疲れていない。 これが、前にいた国での副団長を務めた男。その差は、あまりにも大きかった。 「……俺が出世できないのは、お前みたいなのがいるからだな」 「あのな……」 「そこの二人! 私語を慎め!」 その時、ヤングに注意をされ、罰としてさらに10週追加を言い渡される二人だった。 夕刻。訓練を終えた二人は、特に何もしないで真っ直ぐ宿舎に戻っていた。 途中、ゲイルが立ち止まる。 「…………」 「どうした?」 「…………」 後ろを振り返る。目だけで辺りを見渡すが、すぐに前を向いた。 「気のせい、か……」 「何がだよ?」 「何でもない」 そう言って歩く。ショウは、そんなゲイルを見て溜め息をついた。 それから数日。ドルファン国に入国して、初めての休日。 ゲイルは、双剣とは別に持っていた剣を手に、宿舎前にいた。 鞘に収まっている剣の持ち手を握る。 「…………」 ゆっくりと鞘から引き抜く。が、ほんの少し引き抜いただけで、すぐに戻した。 肩で大きく呼吸する。 「……まだまだ、だな」 まだ、この剣を引き抜く事はしていけない。いや、できない。 「…………」 いつか、この剣を抜く時が訪れる。しかし、それは今ではない。 そして、その時に剣を手にしているのは自分かどうかすら分からない。 この剣はそう言う剣だ。そう、教えられた剣。 「おはよう、ゲイル!」 と、朝早くから姿を消していたピコが現れる。 「朝っぱらから稽古? 元聖騎士様は真面目だね〜」 「……朝早くからどこに行ってたんだ? 心配するだろ」 「心配って……大丈夫だよ、私はゲイルにしか見えないんだから」 確かにそれはそうだが。ピコがゲイルの肩に腰掛ける。 「ゲイル、今日は一日中稽古するの?」 「いや、持ってるお金を換金する」 「じゃあ、ついでにキャラウェイ通りに行ってみようよ」 ピコが言う。そして、ゲイルに地図を見せた。 しかし、当のゲイルは首を横に振る。 「いや、換金だけで良い」 「えー! ちょっとノリ悪くない、ゲイル?」 「全然。第一、そうやって誘うって事は、何か裏があるんだろう?」 「え……な、何の事かなぁ……」 目を逸らすピコ。それを見ていたゲイルが言う。 「お前、ソフィア=ロベリンゲについて、また色々と調べたな?」 「うん♪ 今日はキャラウェイ通りに行くんだって」 そう言った直後に、「あ……」と気づく。ピコは慌てた。 そんな事だろうと思ったゲイルは、深い溜め息をつく。 「ピコ、お前……」 「べ、別に良いじゃない! ソフィアと会うくらい……」 「会うくらいなら、な。だが、交流を深める気はない」 「もう、君はいつもそう言って……。変なところで真面目だよねぇ」 「放っとけ。換金を済ませたら、双剣の手入れだ」 そして、さらに数日。訓練は順調に進む中、ゲイルは妙な気配を感じた。 明らかな殺気。この数日ずっとだ。 「…………」 訓練が終わったその帰り道、ゲイルが立ち止まる。 「どうした?」 「……後をつけられている」 その言葉に、ショウが目だけを後ろへ向ける。 「さっきから感じてる殺気の事か?」 「ああ。ここ数日間から感じてた殺気だ」 「ここ最近かよ。今まで何も起きなかったのが不思議だな」 「……ああ」 後ろへ振り返り、ゲイルが曲がり角で隠れていると思われる相手に言う。 「出て来たらどうだ? 俺の後をつけている事は分かっている」 すると、隠れていた相手が姿を見せる。ゲイルは驚いた。 白銀の鎧に身を包んだ女性。その長い金髪が可憐さを残す。 女性がゲイルを睨みつけたまま訊く。 「いつから気づいていたの?」 「結構前から。なぜ、俺を付け狙う?」 「あなたが、私にとって憎むべき人間だから」 そう言って剣を引き抜き、突きつける。 「”鬼神のオルティリウス”! 姉さんの仇、ここで取らせてもらう!」 「鬼神? 一体、何の事だ?」 「恍けないで! 覚悟!」 向かって来る。ゲイルは瞬時に右の剣だけを背中から引き抜いた。 女性の剣を受け止める。 「流石は鬼神ね! こうも簡単に受け止められるなんて……!」 「人違いだ、俺は鬼神なんて……」 「そんな訳がない! あなたこそ、”鬼神のオルティリウス”でしょう!?」 距離を置き、再び女性が剣を振るう。何度も。 それを全て防ぎながら、ゲイルは女性の剣を見た。 レイピアのように細くも、強堅な刀身。そして、竜の頭部を模した柄。 もしこれが本物であれば、とても厄介だ。 「これで決める!」 女性が再び距離を取る。ゲイルは「仕方ない」と舌打ちした。 ショウが加勢しようと剣を引き抜く。が、ゲイルが止めた。 「待て、ショウ!」 「待てるか! 女でも、あいつはお前を殺そうとしてるんだぞ!」 「分かってる! だから、俺だけで十分だ!」 そう言って、目を閉じる。女性が剣を振り上げた。 「雷よ!」 剣から雷が発生し、振り落とすと同時に放たれる。 ゲイルへと真っ直ぐ放たれた雷。目を開き、ゲイルが剣を地面に刺した。 雷が迫ると同時に手を離す。突き刺した剣に雷が集中した。 「避雷針代わりに……!?」 「そこまでだ。剣を収めろ」 「――――!?」 瞬時に女性の目の前まで近づき、もう一本の剣を引き抜いていたゲイルが、女性の首元に剣を突きつけて言う。 自分の負けを認めたのか、女性が剣をその場に捨てた。 「私の負けだわ。殺しなさい」 「……さっきから言ってるが、人違いだ。殺す気もない」 「人違いのはずがない! だって、あなたの瞳からは……!?」 女性がゲイルを睨む。が、すぐに唖然とした表情を見せた。 「……殺意がない……? 人違い……!?」 「だから、そう言っているんだけど……」 「んだよ、本当に人違いかよ……。確かに、鬼神みたいな感じはたまにあるけどよ」 「第一……鬼神って何の事だ?」 ゲイルが訊く。その言葉に、女性とショウが目を見開いて驚いた。 「マジで言ってんのか、お前!? ”鬼神のオルティリウス”だぞ!?」 「と言われてもな……騎士団入る前は、師匠と田舎で暮らしてたからな」 「鬼神を知らないなんて……驚きだわ」 「それで、鬼神って何なんだ?」 「ったく、まさか無知なんてな……良いか、鬼神ってのはな……」 今から七年程前。全欧最強の傭兵騎士団ヴァルファバラハリアンには、誰もが恐れる騎士が存在した。 全ての生きとし生ける者を殺し、己の周囲を真紅の血と肉の塊のみとする騎士。 その強さは未知数で、団長”破滅のヴォルフガリオ”にとって、貴重な戦力だった。 それが”鬼神のオルティリウス”であり、現在は行方不明らしい。 「行方不明?」 「ああ。ある日を境に突然、らしい」 「”鬼神のオルティリウス”か……そんな奴がヴァルファにいたなんてな」 「その鬼神を知らない傭兵がいた方が驚きだわ」 女性がそう言って、剣を収める。そして、頭を下げた。 「さっきはごめんなさい。人違いとは言え、殺そうとして」 「いや、無事だったから気にしないでくれ。俺はゲイル、ゲイル=ラバーナ=ウィナー」 「私はミレア=シュティーヌ。ドルファン軍傭兵部隊所属」 「って事は、俺らと同じか。ショウ=カミカゼだ。それで、お前のその剣……」 ショウが指を差す。ミレアが「これ?」と言って、剣を取り出した。 「この剣がどうかした?」 「それ、魔剣だろ? さっき雷出してたし」 「ええ。竜狩りの雷鳴剣ドラゴンスレイブよ」 「やっぱりそうか……」 ゲイルが確信する。ミレアの持つ剣は本物だったと。 かつて、魔女が竜を殺める為に、その竜の鱗と己の魔力を全て捧げて生み出した剣。 それが、竜を狩れるほどの切れ味を持った雷を宿す剣・ドラゴンスレイブ。 「ドルファンにもいたんだな、魔剣を持つ人間が」 「にもって……あなた達も魔剣を?」 「俺は、な。ゲイルは魔剣とか持っていない」 と、ショウがそう言いながら自分の剣を鞘に入れたまま見せる。 「こいつは、炎熱の魔剣フラムベルジュ」 「炎の剣……頼もしいわね」 「傭兵部隊なのに、魔剣所持者が二人か。色々と凄いな」 「あら、私の攻撃を見切ったあなたの方が凄いと思うけれど?」 ゲイルに言う。ミレアの言葉に、ゲイルは苦笑した。 宿舎の自室。ゲイルは、壁に掛けてある剣を見た。 「鬼神、か……鬼神が抜けたヴァルファバラハリアンの今の戦力は、どうなっているのか……」 鬼神と言う脅威の強さを誇った人材が抜けているとは言え、ヴァルファの最強の名は滞る事はない。 戦力からしても、ドルファン軍は不利な状態だ。覆る事はないだろう。 「大丈夫じゃない? だって、君はともかく、あのショウだって強いんだから」 「……人の心の中を読むなよ、ピコ」 肩を落とす。ピコが「それよりも!」と一通の手紙をゲイルに渡した。 「君が帰ってくる前に届いてたよ」 「手紙? 誰から……」 封を開け、中身を見る。肩を落とした。 ピコが首を傾げる中、ピコに手紙を見せる。 「何々……『明日から、お前はドルファン学園にも通え。ヤング=マジョラム』って書いてあるね」 「何でこの国の学園に……学問はメイコ殿から散々叩き込まれたんだけどな……」 「君がまだ17歳だからじゃない?」 確かに、年齢的に学生だが、今更と言うものである。 それなのに、学園に通えと言う、教官のヤングの考えは全く理解できない。 「……ちょっと出て来る」 「どこに行くの?」 「ヤング大尉の所だ。命令とは言え、これは納得したくない」 意外と不満があるゲイルだった。 |
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