第2話 進路はすでに


 翌朝の午前8時。勇真はのんびりと徒歩で通学する。
 2年生の時まで住んでいた家を引っ越してからは、通学時間も10分程度でかなり楽だった。
「通勤ラッシュとかなくて良いよな、ここだと」
 前住んでいた家は遠かった。駅まで30分、学校まで30分の合計1時間。
 さらに電車を一本乗り過ごしただけで、あっという間に遅刻と言う悲劇もある。
 正直、こうやって余裕で通学できるのは、勇真にとって最高とも言えるだろう。
「前の家だったら、今年は大変だもんな」
 週休二日制になり、今年度から始業時間が5分早くなった。
 その為、同じ電車で通学してくる生徒達は大変だろうと思う。
「今日から課外授業が始まるのか。何するかなぁ……」
 とても楽しそうだった。



 いつもと同じ授業を受け、早くも昼休み。勇真はいそいそと売店へ向かった。
 普段は母親が弁当を作ってくれるのだが、たまに面倒だからと作らない時がある。
 その時は500円を渡してどうにかしてと言われるのだが。
「売店でパン……いや、学食にするかな。あー……でも、かなり混むしな……」
 売店まであと少しのところで迷う。
 学食は安い値段でとても美味い。しかし、下手をすると30分も待つ事になるくらい混む。
 だからこそ、学食組は授業終了と同時に猛ダッシュをするのだが。
「やっぱ売店にしよう。カツサンドがある事を祈って……って、出遅れたか……!」
 売店に到着すると、そこは男子生徒が大勢いて、手が出せない状況だった。
 間違いなくカツサンドは売り切れただろうと判断する。
「今から学食にするのも微妙だな……適当なパンで済ませるか」
「私が買って来ようか?」
「え?」
 ふと、隣を見る。学校で大人気の秋月薫子がそこにいた。
「カツサンドと他はどれが良いのかな?」
「え……あ、えっと……」
「私の方で選んで良い?」
「あ、うん……カツサンドと合わせて300円以内でお願いします」
「了解です」
 ウィンクして、売店の人混みに向かう。勇真は「いや、無理でしょ」と止めようとした。
 ちなみに300円以内でと頼んだのは、100円は飲み物、もう100円は貯金する為だったりする。
 人混みを作る男子生徒達の後ろから、薫子が声を掛ける。
「あの……どこに並べば良いですか?」
「どこって、適当に並べよ……って、秋月さん!?」
「何!?」
 彼女の存在に驚く男子生徒一同。薫子は再度訊く。
「どこに並べば良いですか?」
「あ、こっちどうぞ!」
「前良いですよ!」
「ありがとう」
 男子生徒の群れが呆気なく道を開き、そこを薫子が通って行く。
 この時、勇真は思った。「女って強い」と。
 そう思っているうちに、パンを買い終えた薫子が戻って来た。
「お待ちどうさま。カツサンドとタマゴサンドの二つでちょうど300円」
「あ、はい」
 300円を薫子に渡す。
「あ、ありがとう」
「私は教室戻るね。じゃあね、高村君」
 立ち去る。勇真は最後まで唖然としていた。
 秋月薫子と知り合ったのは間違いなく昨日。なぜ、これほど親切にしてくれるのかが分からない。
「……まさか、フラグが立とうとしてる? いや、相手は秋月さんだし、有り得ない――――って、うぉ!?」
 その時、売店前に並ぶ男子生徒達からの殺意を感じ取る。
 目が光っているどころか、殺意のオーラをも発している。そう、勇真には見えた。
 取る行動は一つ。逃げる事。勇真は自分の直感を信じて、即座に部室の方へ逃げた。



 午後の授業。今日は実習と課題研究と言う素晴らしい組み合わせだった。
 普通教科が苦手な勇真は、この時間がかなりの救いである。
「実習と課題研究って嬉しいなぁ。でも、実習の課題プログラム、もう終わった……」
「お前な……つーか、終わるの早ぇよ! 俺にも見せろ!」
 と、勇真が使っているパソコンの画面を覗き見ようとする。が、勇真は阻止した。
「自分でやれ、自分で。前に教えたところの応用だし」
「お前と違って、あんなの分かるわけねぇだろ!」
「大丈夫だって。C言語ならまだしも、FORTRANなんだから」
 そう、勇真は余裕で言う。
「勇真、お前最近酷くね?」
「全然。恭二みたいに人の携帯電話で3時間も電話したのより、全然優しいって」
 それを聞いた男子生徒――――寺田恭二(てらだ きょうじ)が落胆する。
「……まだ恨んでるのかよ。何度も謝っただろ」
「謝っただけだろ。あれのせいで、3ヶ月も携帯使用禁止にされたんだからな」
 あの時の通話料は半端なかった。どれほど、両親に説教された事か。
 寺田を無視し、真面目に実習に取り組んでいる男子生徒に絡む。
「まだ終わんねーの、ピョン吉〜?」
「終わるかー!」
 そう言って、ピョン吉こと兵頭隆司(ひょうどう たかし)が勇真のプログラムを盗み見る。
「いやいやいや、ピョン吉も見てんじゃねぇ!?」
「分からないんだよ! エラー直らねーし!」
「何で? ちょっと見せて」
 兵頭が使うパソコンの画面を見る。勇真は「へぇ〜」と一人で頷いた。
 そして、画面を指差しながら兵頭に言う。
「ここ、ここ。これが文字型じゃなくて整数型になってるから、エラーになるんだよ」
「何ぃ!?」
「授業の時に先生書いてたけど、あれ、実はミスってたし」
「って、だったらその時に指摘しろよ!?」
 勇真に寺田がつっ込む。
「授業終わってから先生に言ったよ。でも、『ワザとだ』って言われた」
「人が悪いな、先生……」
「良く気づいたな、お前?」
「気づくって……頭の中でプログラム組んで動かせば、普通に分かるし」
 その一言は、寺田と兵頭を凍らせた。
 頭の中でプログラムを組んで動かす。そんな事ができる人間は、逆にどこかおかしい気がする。
 寺田がぼそっと言う。
「この野郎……テストじゃそんなに点数良くないのに、何でそれ以外じゃ優秀なんだよ……」
 そんな時、授業終了のチャイムが鳴り響いた。



 放課後。部室に行く前に機械科の職員室へ行ったところ、一人の顧問に引き止められた。
「高村、ロボット作るチームの割り当て、決まった?」
「はい。俺とニシタクと小山、松尾君と深町と徳永、末広君とタクローの組み合わせです」
 そう聞いた途端、顧問が首を捻る。
「お前のチームはともかく、隆盛と末広のチームは大丈夫か?」
「松尾君のチームは大丈夫ですよ。問題は末広チーム……と言うより、末広君なんですけどね」
 去年の地獄の日々を顧問と二人で思い出す。
「末広かぁ……あいつは凝り出したらキリがないからなぁ……」
「去年は終電まで残るのが苦痛でしたからね……今年は巻き込まれたくないんですけど」
 しかし、部長だからと言う理由だけで、確実に巻き込まれるわけだが。
 それを考えると、気づけば帰ったりしていた去年の部長が本当に恨めしい。
 顧問が難しい顔をしながら言う。
「まぁ、末広に関しては8月まで様子を見るか。俺があいつのチーム担当だし」
「担当? 今年はチーム別に顧問をつけるんですか?」
「うん。隆盛のチームには田中先生で、お前のとこには今年顧問になった電気科の前田先生」
「電気科の前田先生……って、確か今年度からうちの学校に就任したばっかりの……」
「おぉ、良く覚えてるな」
「……大丈夫かな、今年。不安になってきた」
 去年は、田中先生と言う顧問の下でロボットを作った。
 勇真は田中先生の指導を当時の2年生の誰よりも受け、今に至る。
「去年は田中先生の力があったけど、今年は俺だけで……」
「何言ってんだ、お前は一人でもロボット作っただろ」
 顧問が言う。苦笑しつつ、勇真は頷いた。
「……瀬筒先輩は信用できませんでしたから」
 去年の部長であり、全国大会前にチームになった先輩を思い出す。
 いい加減な人で、部活で何度衝突したか。
 そんな事を思い出す勇真に、顧問は「大丈夫」と励ます。
「高村、お前は天才だからな」
「……いや、誰が天才ですか、誰が」



 部室。勇真はその光景を見て、心底呆れていた。
 なぜか、部員7人で掃除をしている。
「遅いぜぇ、高村〜」
「……何で掃除してんの、深町?」
「あそこにいる新入部員達の為に決まってるだろ、馬鹿!」
 そう言って、部室の奥にいた男子生徒達を指差す。
 勇真もいるのは分かっていたが、新入部員は結構多かった。
「……ざっと10人いるな。部活についての話するから、掃除続けて」
「おう、任しとけ!」
 副部長の深町とのやり取りを終え、入部希望の1年を部室の外に呼ぶ事にする勇真だった。



 それから30分後。入部希望の1年への説明を終えた勇真は、一人で部室にいた。
 今日は顧問の命令で、「18時には帰る事」と言われているからである。
 入部した1年に書かせた名前を見つつ、誰が誰だったかを思い出しながら覚えていく。
「電気科、普通科の入部はなし。機械科2人、工業化学科2人、情報技術科2人、電子機械科4人か」
 正直、電気科の人間は欲しかった。
「ロボットを作った経験があるのは、電子機械科の松山だけと。ま、別に良いけどさ」
 経験なら、今年から積んでいけば十分。あとは、本人達のやる気次第か。
 そう思いながら、この10人をどうするか考える。
「いきなり競技ロボットは酷だから、やっぱり相撲ロボットかな」
 あとは、顧問と話し合った方が良いだろう。そう、勇真は決めた。
 背伸びをし、パソコンに保存してある部員名簿を更新する。
 その時、部室のドアが開く音がした。顧問かと思いながら、首を伸ばす。
「あ、先生、もうすぐ帰りますから」
「え? あ……私先生じゃ……」
「え?」
 席を立ち上がり、ドアの近くまで行ってその姿を確認する。一人の女子生徒がそこに立っていた。
 長い髪を三つ編みにしている、メガネを掛けた女子生徒。
「えっと……君は?」
「あ、私は普通科1年の宮崎優菜(みやざき ゆな)って言います」
「宮崎さん、ね……。何か用?」
「あの……作品製作部って、ここですよね……?」
 彼女から聞こえた部活名に、勇真がやや驚く。
「そうだけど……まさか、入部希望?」
「は、はい。……女子じゃ、入部できませんか?」
「いや、そうじゃないけど……」
 まさかの入部希望。勇真は驚きつつも冷静だった。
 一応有り得る事だと思っているからだ。それに、他の高校のこう言う部活では、女子部員がいたりする。
「とりあえず、明日もう一度来てくれるかな? 先生達にも伝えないといけないし」
「は、はい!」
 笑顔で返事される。勇真は「あ、そうそう」と話を続けた。
「俺は部長の高村勇真」
「え、高村……?」
「ん?」
「あ、いえ……」
 彼女の反応に首を傾げる。そんな時、時計が目に入った。
 顧問に言われた18時を過ぎている。勇真は慌ててパソコンの電源を切った。
 近くに置いていた鞄を持ち、立ち上がる。
「そろそろ帰らないと。明日からよろしくね、宮崎さん」
「あ……は、はい。こちらこそ……」



 18時半前。自宅に帰り着いた勇真は、すぐに自分の部屋に入った。
 長身の男が横になってビールを飲みながら、テレビを見ている。
「……何で俺の部屋にいんの?」
「おお、おかえり。遅かったな」
「何で俺の部屋でテレビ見てんだよ、兄貴? リビングで見ろよ」
 と、勇真は言うが、兄はすぐに答えた。
「こっちの方が居心地良いからな。狭いけど」
「狭い言うな、狭い」
 そう言いながら、制服を脱いでハンガーに掛ける。兄が立ち上がった。
 勇真の腕を掴み、二度三度揉む。
「……何?」
「筋肉はまぁまぁか」
「筋肉って……」
「それはともかく、もう高3だよな? 進路どうすんだ?」
 兄に訊かれる。勇真は「決まってるよ」と即答した。
「進学する。高校選んだのも、その為なんだし」
「真面目だな、お前。そんなに勉強したいのか?」
「夢の為だよ」
 勇真の言葉に、兄が「は?」と反応する。勇真は続けた。
「俺は、夢の為に全部自分で選んで来たんだ。小さい頃からの夢を叶える為に」
 そう、高校も何もかも、全ては夢の為に。それだけの為に。
「夢の為なら、俺は何でもできる。この夢だけは、誰にも負けない」
 これだけが自分の誇る才能。そう、勇真は兄に言うのだった。



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