第4話 溜め息と進学課外


 早くも5月に突入。勇真は、いつも通りの日々だった。
 否、溜め息が多い。
「はぁ……」
「どうかしたんですか、高村先輩?」
 と、部室で溜め息をつく勇真に、一年の宮崎優菜が訊く。
「最近、溜め息ばかりですけど……」
「……今何月?」
「5月です」
「はぁ……」
 再び溜め息をつく。優菜はどうすれば良いのか分からなかった。
 その様子を見た深町が、勇真の肩を叩く。
「何、優菜ちゃんを困らせてるんだよ! 高村!」
「……5月は中間テストじゃん。地獄じゃねぇか」
 そう言って、「深町とか頭良くて羨ましいぜ」とぼやく。
 しかし、テスト直前でも全く勉強しない勇真なのだが。
 優菜が「そっか」と思い出す。
「3年生は進路があるから……」
「いや、それは別にどうでも」
「そ、そうなんですか?」
「うん。来月にAO入試受けるし。問題は……」
 三度、勇真が溜め息をつく。
「……問題は、テストで赤点取って追試になるかならないか
 それだけが、勇真にとっての地獄らしい。
 ちなみに、少し離れた場所でパソコンを扱う末広は、「だったら勉強しろよ」と心の中で思ったりする。
 中間テストが近いと言う事で部活に精が出ない勇真。その時、外から勇真を呼ぶ声がした。
「部長、先生が呼んでますよ」
「竹内先生? 思いっきり無視で
「しないでくださいよ。普通科の先生みたいですけど」
 そう、後輩の徳永が言うので、窓から外を見る。
 真面目で、若そうな教師がいた。勇真の担任だ。
「中村先生……何の用だろ?」
 部活の事を一応副部長である深町、西村に任せ、勇真は部室を後にした。



「……先生、今何て言いました?」
 普通科の職員室。そこで、勇真は担任である中村先生に進路の事で話を受けていた。
「だからな、進学する学校が学校でも、やっぱり進学課外は受ける必要があるって言ってるんだ」
「進学課外って……先月から始めてる?」
「うん。AO入試受けるなら、やっぱり課外も受けないとな」
「はぁ……」
 落ち込む。結局、こうなった事に。
 進学課外。それを受けなければ、大学の推薦を貰う事ができない。
 しかし、勇真が受けるのは専門学校。課外は別に受けなくても大丈夫ではある。
 が、結果は受ける事になった。ただでさえ、勉強が嫌いだと言うのに。
「……受けなきゃダメ?」
「受けてくれ」
「……分かりました。でも、進学課外のテキスト持ってないですよ?」
「それは後日用意しておく。とりあえず、今日から受けなさい」
「今日から!?」
 突然だった。



 今日の進学課外は、聞くと数学と英語の2時間らしい。
 一人、特別教室で待ちながら、勇真はやはり溜め息をつく。
「数学が良かった……」
 現在の時間は16時20分。16時半から英語の課外が始まる。
 勇真は、かなり英語が嫌いだった
「逃げようかな……でも、先生連絡してあるって言ってたし……」
 諦めるしかない。そう、心の中で自分に言い聞かせる。
「……って、深町は部室にいたよな。あいつ、大学進学組だったはず……」
「高村君?」
 一人で悩んでいると、そこに見慣れた女子生徒が入って来る。
 学校のアイドル、秋月薫子。彼女に続いて、たくさんの生徒が教室に入って来る。
 そんな中、勇真の隣の席に薫子が座る。
「高村君も課外受けるの?」
「うん、今日から。専門学校進学なのに……」
「そうなんだ。大変だね」
「秋月さんは大学進学なの?」
「うん。近くの大学だけど、課外受けないと推薦とか色々あるから」
 薫子が説明する。進学課外は主に受験の為にやるらしい。
 そして、数回受けていれば推薦は貰えるので、必ず出席ではないとの事。
「……だから、深町の奴部室にいたのか……」
「そう言えば、テキスト持ってるの? 今日からって言ってたけど……」
「持ってない。用意してくれるって、中村先生は言っていたけど」
 そう、勇真が言った途端、薫子が机をくっ付けて来る。
「じゃあ、私のを見せてあげるね。課外の内容、テキストがないと分かり難いから」
「良いよ別に。どうせ、英語は分からないし……」
「でも、ないと困るよ?」
「……じ、じゃあ、見せてもらおうかな……」
「うんっ」
 この時、勇真は進学課外を受ける男子生徒からの視線が痛いのを知る



 時刻は17時40分。ようやく、進学課外から解放された。
 ふと、部室の方を見る。電気はついているが、間違いなく皆帰っただろう。
「……明日、ちゃんと部活してたか宮崎さんにでも訊こう。してない確率の方が高くても
 深町や西村に訊いても嘘をつくはずだから、それが確実だろう。
 薫子が訊いて来る。
「今から部活?」
「部室に行って鞄を持って帰宅。誰もいないみたいだし。秋月さんは部活?」
「ううん。今日は帰ろうかなって思ってるの」
「そうなんだ」
 と、薫子に「じゃ、また進学課外で」と言いながら、部室へ向かう。
 その時、薫子に止められた。
「待って、高村君」
 呼び止められ、首を傾げる。
「何?」
「……迷惑じゃなかったら、一緒に行って良いかな?」
 意外な言葉。勇真は「止めた方が良い」と言葉を返した。
「凄く汚いから、怪我とかするかもしれないし。それに、鞄取りに行って、鍵締めるだけだし」
「でも、一度で良いから行ってみたいの。……ダメかな?」
 上目遣いで見られる。この時、勇真は不覚にもドキッとした。
 流石は学校のアイドルだ。男だったら、誰もが可愛いと思ってしまう。
「……部室の前まで、なら。嫌な予感もするし」
「ありがとう」



 部室。入ると、予想通りの事態になっていた
 電気がつきっ放しなのはともかく、やはり誰も部室にはいない。
 そして、なぜか臭ってはいけない臭いが部室中に広がっている
「……誰だよ、これの蓋開けっ放しで帰ったの!」
 部活で塗装剥がしなどに使う薬物の蓋が開いている。かなり危険だった。
 これが顧問やその他の教師にバレていたら、間違いなく、部活動停止だろう。
「つーか、誰も開いてるの気づかないで帰ったのか……明日、全員殴る
 ちなみに、勇真は本気だったりする。
 鞄を手にする時、ふと、一枚の書置きが目に入った。
「宮崎さんから……何々、『顧問に帰るよう指示が出ましたので帰ります』と。こんなの別に良いのに」
 それ以前に、帰れと指示する顧問に何か言いたい。
 確かに、大会までは余裕で時間がある。しかし、それで去年はどれほど苦しんだか
 今年は苦しまないようにしたい。大丈夫だとは思うが。
「末広君が問題だよな……竹内先生がいるとは言え」
『高村君、まだ?』
 と、ドアの向こう側から薫子がノックして訊いて来る。勇真は「ごめん」と謝った。
 とりあえず、薬物の蓋を閉じ、部室を出て鍵を閉める。
「明日は犯人探しっと」
「犯人?」
「こっちの話。それより、どうして来たかったの? こんな変な所に」
 認めたくはないが、変な部活動に。機械科の職員室に向かいながら、薫子が頷いた。
「好奇心かな。毎年、全国に行ってるんだよね? だからかな……」
「ふーん……」
「今年も全国行くんだよね?」
「うん。と言うか……行かないと何を言われるか
 この部の怖ろしいところは、大会での功績だ。
 設立以来、必ず全国大会出場。それは、どれだけプレッシャーになるか。
「今はそんなにないけど、7月以降のプレッシャーが辛いだろうなぁ……」
「大変だね」
「って、秋月さんの方は? インターハイとか目指さないの?」
「無理だよ。私立は強いから、勝つのも難しいよ」
「私立、か……それは言える気がする」
 とある大会で、異様に強い私立校のロボットを思い出す。
 1個1万円以上もするモーターを大量に使われたロボット。当然、勝てるわけがない。
 なにせ、こっちは下手したら1個2千円の代物だ
「運も勝負のうちって言うけど、運で勝てた事ってないような……」
 少なくとも、運は悪い男だと自分で思っている勇真だった。



 帰宅後。駅まで薫子を見送った勇真は、思いっきり溜め息をついた。
「誰にも見られなくて良かった……」
 下手に見られていたら、明日から何が起こるか分からない。
 色んな意味で、学校のアイドルと仲良くなるのは怖い。
「……つか、何で仲良くなるんだろう……? やっぱりフラグ……って、違うだろ、俺!」
 自分で自分を変人だと認めてはいけない。ここは、考えるのを止めよう。
 部屋で制服を脱ぎ、学ランの裏ポケットに隠している携帯電話を取ろうとする。
「……あれ、何かある?」
 携帯電話を取り出して、他に何か入っているのに気づく。
 青色のテディベアのストラップだった。秋月薫子に貰った。
「そう言えば、付けてとか言ってったっけ……」
 しかし、ストラップを付けるかどうか迷う。
 あくまで、これは女の子が付けていれば可愛いが、男が付けるのはどうかと思う。
 かと言って、このまま付けないでポケットに入れておくのも失礼だ。
「……よし、コイントスで決めよう」
 と言って10円玉を取り出し、親指でピンと天井に跳ね上げる。
 この時、勢い余って天井に直撃し、10円玉が手の届かない棚の後ろに落ちたのは余談である。

 ちなみに、進学課外で出された宿題の事をすっかり忘れているのもまた、余談だったりする。



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