早くも5月に突入。勇真は、いつも通りの日々だった。 否、溜め息が多い。 「はぁ……」 「どうかしたんですか、高村先輩?」 と、部室で溜め息をつく勇真に、一年の宮崎優菜が訊く。 「最近、溜め息ばかりですけど……」 「……今何月?」 「5月です」 「はぁ……」 再び溜め息をつく。優菜はどうすれば良いのか分からなかった。 その様子を見た深町が、勇真の肩を叩く。 「何、優菜ちゃんを困らせてるんだよ! 高村!」 「……5月は中間テストじゃん。地獄じゃねぇか」 そう言って、「深町とか頭良くて羨ましいぜ」とぼやく。 しかし、テスト直前でも全く勉強しない勇真なのだが。 優菜が「そっか」と思い出す。 「3年生は進路があるから……」 「いや、それは別にどうでも」 「そ、そうなんですか?」 「うん。来月にAO入試受けるし。問題は……」 三度、勇真が溜め息をつく。 「……問題は、テストで赤点取って追試になるかならないか」 それだけが、勇真にとっての地獄らしい。 ちなみに、少し離れた場所でパソコンを扱う末広は、「だったら勉強しろよ」と心の中で思ったりする。 中間テストが近いと言う事で部活に精が出ない勇真。その時、外から勇真を呼ぶ声がした。 「部長、先生が呼んでますよ」 「竹内先生? 思いっきり無視で」 「しないでくださいよ。普通科の先生みたいですけど」 そう、後輩の徳永が言うので、窓から外を見る。 真面目で、若そうな教師がいた。勇真の担任だ。 「中村先生……何の用だろ?」 部活の事を一応副部長である深町、西村に任せ、勇真は部室を後にした。 「……先生、今何て言いました?」 普通科の職員室。そこで、勇真は担任である中村先生に進路の事で話を受けていた。 「だからな、進学する学校が学校でも、やっぱり進学課外は受ける必要があるって言ってるんだ」 「進学課外って……先月から始めてる?」 「うん。AO入試受けるなら、やっぱり課外も受けないとな」 「はぁ……」 落ち込む。結局、こうなった事に。 進学課外。それを受けなければ、大学の推薦を貰う事ができない。 しかし、勇真が受けるのは専門学校。課外は別に受けなくても大丈夫ではある。 が、結果は受ける事になった。ただでさえ、勉強が嫌いだと言うのに。 「……受けなきゃダメ?」 「受けてくれ」 「……分かりました。でも、進学課外のテキスト持ってないですよ?」 「それは後日用意しておく。とりあえず、今日から受けなさい」 「今日から!?」 突然だった。 今日の進学課外は、聞くと数学と英語の2時間らしい。 一人、特別教室で待ちながら、勇真はやはり溜め息をつく。 「数学が良かった……」 現在の時間は16時20分。16時半から英語の課外が始まる。 勇真は、かなり英語が嫌いだった。 「逃げようかな……でも、先生連絡してあるって言ってたし……」 諦めるしかない。そう、心の中で自分に言い聞かせる。 「……って、深町は部室にいたよな。あいつ、大学進学組だったはず……」 「高村君?」 一人で悩んでいると、そこに見慣れた女子生徒が入って来る。 学校のアイドル、秋月薫子。彼女に続いて、たくさんの生徒が教室に入って来る。 そんな中、勇真の隣の席に薫子が座る。 「高村君も課外受けるの?」 「うん、今日から。専門学校進学なのに……」 「そうなんだ。大変だね」 「秋月さんは大学進学なの?」 「うん。近くの大学だけど、課外受けないと推薦とか色々あるから」 薫子が説明する。進学課外は主に受験の為にやるらしい。 そして、数回受けていれば推薦は貰えるので、必ず出席ではないとの事。 「……だから、深町の奴部室にいたのか……」 「そう言えば、テキスト持ってるの? 今日からって言ってたけど……」 「持ってない。用意してくれるって、中村先生は言っていたけど」 そう、勇真が言った途端、薫子が机をくっ付けて来る。 「じゃあ、私のを見せてあげるね。課外の内容、テキストがないと分かり難いから」 「良いよ別に。どうせ、英語は分からないし……」 「でも、ないと困るよ?」 「……じ、じゃあ、見せてもらおうかな……」 「うんっ」 この時、勇真は進学課外を受ける男子生徒からの視線が痛いのを知る。 時刻は17時40分。ようやく、進学課外から解放された。 ふと、部室の方を見る。電気はついているが、間違いなく皆帰っただろう。 「……明日、ちゃんと部活してたか宮崎さんにでも訊こう。してない確率の方が高くても」 深町や西村に訊いても嘘をつくはずだから、それが確実だろう。 薫子が訊いて来る。 「今から部活?」 「部室に行って鞄を持って帰宅。誰もいないみたいだし。秋月さんは部活?」 「ううん。今日は帰ろうかなって思ってるの」 「そうなんだ」 と、薫子に「じゃ、また進学課外で」と言いながら、部室へ向かう。 その時、薫子に止められた。 「待って、高村君」 呼び止められ、首を傾げる。 「何?」 「……迷惑じゃなかったら、一緒に行って良いかな?」 意外な言葉。勇真は「止めた方が良い」と言葉を返した。 「凄く汚いから、怪我とかするかもしれないし。それに、鞄取りに行って、鍵締めるだけだし」 「でも、一度で良いから行ってみたいの。……ダメかな?」 上目遣いで見られる。この時、勇真は不覚にもドキッとした。 流石は学校のアイドルだ。男だったら、誰もが可愛いと思ってしまう。 「……部室の前まで、なら。嫌な予感もするし」 「ありがとう」 部室。入ると、予想通りの事態になっていた。 電気がつきっ放しなのはともかく、やはり誰も部室にはいない。 そして、なぜか臭ってはいけない臭いが部室中に広がっている。 「……誰だよ、これの蓋開けっ放しで帰ったの!」 部活で塗装剥がしなどに使う薬物の蓋が開いている。かなり危険だった。 これが顧問やその他の教師にバレていたら、間違いなく、部活動停止だろう。 「つーか、誰も開いてるの気づかないで帰ったのか……明日、全員殴る」 ちなみに、勇真は本気だったりする。 鞄を手にする時、ふと、一枚の書置きが目に入った。 「宮崎さんから……何々、『顧問に帰るよう指示が出ましたので帰ります』と。こんなの別に良いのに」 それ以前に、帰れと指示する顧問に何か言いたい。 確かに、大会までは余裕で時間がある。しかし、それで去年はどれほど苦しんだか。 今年は苦しまないようにしたい。大丈夫だとは思うが。 「末広君が問題だよな……竹内先生がいるとは言え」 『高村君、まだ?』 と、ドアの向こう側から薫子がノックして訊いて来る。勇真は「ごめん」と謝った。 とりあえず、薬物の蓋を閉じ、部室を出て鍵を閉める。 「明日は犯人探しっと」 「犯人?」 「こっちの話。それより、どうして来たかったの? こんな変な所に」 認めたくはないが、変な部活動に。機械科の職員室に向かいながら、薫子が頷いた。 「好奇心かな。毎年、全国に行ってるんだよね? だからかな……」 「ふーん……」 「今年も全国行くんだよね?」 「うん。と言うか……行かないと何を言われるか」 この部の怖ろしいところは、大会での功績だ。 設立以来、必ず全国大会出場。それは、どれだけプレッシャーになるか。 「今はそんなにないけど、7月以降のプレッシャーが辛いだろうなぁ……」 「大変だね」 「って、秋月さんの方は? インターハイとか目指さないの?」 「無理だよ。私立は強いから、勝つのも難しいよ」 「私立、か……それは言える気がする」 とある大会で、異様に強い私立校のロボットを思い出す。 1個1万円以上もするモーターを大量に使われたロボット。当然、勝てるわけがない。 なにせ、こっちは下手したら1個2千円の代物だ。 「運も勝負のうちって言うけど、運で勝てた事ってないような……」 少なくとも、運は悪い男だと自分で思っている勇真だった。 帰宅後。駅まで薫子を見送った勇真は、思いっきり溜め息をついた。 「誰にも見られなくて良かった……」 下手に見られていたら、明日から何が起こるか分からない。 色んな意味で、学校のアイドルと仲良くなるのは怖い。 「……つか、何で仲良くなるんだろう……? やっぱりフラグ……って、違うだろ、俺!」 自分で自分を変人だと認めてはいけない。ここは、考えるのを止めよう。 部屋で制服を脱ぎ、学ランの裏ポケットに隠している携帯電話を取ろうとする。 「……あれ、何かある?」 携帯電話を取り出して、他に何か入っているのに気づく。 青色のテディベアのストラップだった。秋月薫子に貰った。 「そう言えば、付けてとか言ってったっけ……」 しかし、ストラップを付けるかどうか迷う。 あくまで、これは女の子が付けていれば可愛いが、男が付けるのはどうかと思う。 かと言って、このまま付けないでポケットに入れておくのも失礼だ。 「……よし、コイントスで決めよう」 と言って10円玉を取り出し、親指でピンと天井に跳ね上げる。 この時、勢い余って天井に直撃し、10円玉が手の届かない棚の後ろに落ちたのは余談である。 ちなみに、進学課外で出された宿題の事をすっかり忘れているのもまた、余談だったりする。 |
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