第6話 真っ暗


 翌日の朝。いつもより早くに目が覚めた勇真は、その頬を強く引っ張った。
「やっぱり痛い……やっぱり夢じゃない……」
 机の上に置いた封筒を取り、中身を見る。そして、自然と笑顔が込み上げてきた。
 書かれている『合格』の二文字。これが、どれだけ嬉しい事か。
「受かったんだよな、俺……。まずは、第一関門突破だよな……!」



 勇真は、気が気でなかった。
 心の中は、合格の二文字のせいで浮かれており、ほとんど授業に集中できていない。
「あははは……期末どうしよう……」
 と、放課後になった時、ようやく我に返る。合格しても、これで留年したら意味がない。
「期末テストまで、残り1週間切ってるし、どうにかしないと……」
「テスト勉強、手伝おうか?」
 後ろから言われる。振り向き、相手が誰なのかを見て、勇真は驚いた。
「あ、秋月さん……」
「もうすぐ期末テストだし、一緒に勉強する?」
「え、お、俺と……!?」
「そうだよ?」
 まさかの申し出に、勇真はすぐに周囲を確認した。男子生徒の姿は、今のところ見当たらない。
 そんな勇真に対し、彼女――――秋月薫子は首を傾げた。
「どうかした?」
「い、いや、何でも……」
「それで、どうする? 一緒に勉強する?」
「いや、流石にそれは……工業科と普通科じゃあ、範囲だって違うし、それに……」
 苦笑する。
「……進学課外でも迷惑掛けてるし、一緒に勉強するのは、秋月さんに悪いよ」
「そんな事ないよ。工業科の範囲って、普通科より少ないだけだし。それに、迷惑だなんて思ってないよ」
「そうかもしれないけど……」
 言い訳を考える。とにかく、彼女と勉強するのは避けなければならない。
 なぜなら、下手して誰かに見られれば、間違いなく命はないからだ
「ごめん」と勇真が謝る。
「一人で頑張ってみる」
「そっか。でも、神学課外の時に分からない時は訊いてね? ちゃんと教えるから」
「う、うん。ありがとう、秋月さん」
「うん。それじゃ、また明日ね」
 そう言って、勇真に手を振る薫子。勇真は一呼吸ついた。
 そして悔やむ。一緒に勉強したいと言う感情を殺して断った事に。
「……真面目に勉強しよう。赤点取らなければ良いんだし」
 うんうんと頷きながら、勇真も帰宅するのだった。



 翌日、課題研究の時間。勇真はいつも通りだった。
 パソコン実習室で、いつものように課題研究を行う。テスト勉強など無視して。
「えーと、これがこうなって、これを動かせば……って、エラー出た」
「高村、ちょっと良いかな?」
 と、隣の席に教師が座る。情報技術科の主任教師だ。
 勇真が嫌そうな顔をする。
「なぜ嫌がる?」
「だって、こう言う時の先生達って、大体頼み事が多いから。中村先生然り、竹内先生然り……」
「だったら、話は早いな」
 そう言いながら、話が続く。
「8月の末頃に、学区内の学校説明会が行われるのは知ってるよな?」
「知ってますよ。俺、中学3年の時に行きましたもん。ここの学校の説明聞く為に。それが一体?」
「去年までは、各科の先生達から代表を選んでいたんだが、今年から生徒にやらせてみようと言う話があってな」
 瞬間、勇真が「嫌です」と答える。
「先生、それを俺にやれと言ってるでしょ? 生徒会長とか生徒会長とか生徒会長でやれば良いものを」
「そう言うな。学校の中で、誰よりも工業科の高校生として勉学に励んでいるのはお前しかいないんだ」
「いやいやいや。生徒会長で十分でしょう」
「そう言わないで頼む」
 なぜ、そこで自分なのか問いたい。そう、勇真は本気で思っていた。
 今年から変更するのはともかく、そう言った事は生徒会の仕事だろう。
 だからこそ拒否する。それが、勇真だった。
「詳しい事は、来月くらいに教えるから。よろしくな」
「って、拒否権無し!?」



 数日後。期末考査が終わった放課後、勇真は暑さで怠けている西村を叩いた
「働け、ニシタク」
「だりぃっス。テスト明けくらい、別に良いじゃなっスか」
「大会まで、あと2ヶ月しかないんだけど? ニシタク君?」
 そう言って、肩を強く握る。西村が仰け反った。
 そんな二人の行動に、徳永がポンポンと勇真の肩を叩きながら言う。
「まぁまぁ、大丈夫ですって。部長なら2ヶ月で作れますって」
「試運転とか考えたら、2ヶ月は短いだろうが、この!」
「ほひぃっ!?」
 徳永の腹部を殴る。勇真は最強だった。痛がる徳永を無視し、西村に設計図を渡す。
「ほら、この設計図通りに作って来い。あとで俺も行くから」
「だりぃ〜」
「これとこれとこれ、どれが良い?」
 低い口調で訊く。右手をグー、チョキ、パーの三つにしながら。
「何スか、チョキって!?」
「目潰し」
「いや、流石にそれは無しっしょ!?」
「だったら、とっととやれ。本気でやるぞ」
 そう言って、西村の目に向かって勇真のチョキが襲い掛かる。本当だった。
 そんな勇真の姿を見ながら、小山が訊く。
「部長、俺は?」
「小山は回路の勉強。リレー回路は任せる」
「えぇー!?」
「お前もこれで良いか?」
 そう言いながら、チョキを見せる。選択肢すら無かった。
 ふと、一人パソコンで設計をしている末広が訊いてくる。
「テストはどうだったの?」
「訊くな。赤点は取ってないと思うけど」
「部長、また勉強してないんですか?」
「テストなんて一夜漬けで十分……って、お前に言われたくない!」
「ほひっ!?」
 再び、横から訊いてきた徳永の腹部を殴る。
「ちょっ……最近の部長、酷くないですか!?」
「受験も終わって、テストも終わったからな。今までだらけてる分、とことん活動させてやらないとな」
 結構な鬼発言だった。



 夜20時。部活も終わり、勇真は自宅に辿り着いた。
 自宅の駐車場に見慣れない車が数台並んでいる。
「あれ、客……にしては多いし、兄貴の友達……考えられる」
 もしそうなら、今日は騒がしいだろう。が、外まで騒がしい声も何も無かった。
 とにかく玄関の扉を開ける。
「ただいま、と」
「おかえり」
「伯父さん? そっか、家の前の車って……」
 親戚達の車。そう考えれば、数台あるのも頷ける。
 部屋に鞄を置いて、リビングに行く。両親を始め、祖父母や親戚一同が集まっていた。
「……えっと、何の集まり?」
「おかえり。そこに座れ」
 と、父親に言われる。勇真は首を傾げた。
「何で?」
「良いから座れ」
「……?」
 言われるがままに座る。すると、父親が溜め息をつきながら、タバコを吸い始めた。
 一同が集まっているにも関わらず、静まり返った雰囲気。とても息苦しい。
 すると、親戚の一人が「おめでとう」と話し掛けてきた。
「専門学校合格、おめでとう。良くやったな」
「うん、ありがとう」
「本当、驚いた。まさか7月の段階で合格決めるなんてな」
「そうそう。一人で色々と調べてたって言うし」
 親戚が勇真を褒め始める――――かと思われたが、しかし、と祖父が言葉を発した。
 テーブルに何かを置く。勇真の合格通知書だ。
「勇真」
「は、はい」
 祖父に呼ばれ、反射的に返事をする。そして、思いもしなかった言葉が耳に入った。





「進学は諦めろ」





 祖父が放った一言に、勇真の目が大きく見開かされる。
「え……? じいちゃん、今……なんて……!?」
「お前に進学は無い。この合格も取り消してもらった」
 取り消してもらった。つまり、既に入学の辞退を告げたと言う事。
 両手が小刻みに震えている。その震えを止めるかのように、力強く両手を握った。
 テーブルを強く叩き、声を上げる。
「取り消したって、どう言う事だよ!?」
「そのままの意味だ。お前が受けた学校には、この前連絡した」
「だから、何で!? まだ、合格しただけなのに!」
「合格したからだ」
 と、父親が祖父に代わって話し始める。
「お前の進学で払う金は無い。それに、前にも言っただろう、高校までしか金は出さんと」
「それは分かってる! だから、奨学金の事も説明したし、進学してからはバイトするって話しもしただろ!」
 そう、進学したらお金が掛かるのは知っている。だからこそ、勇真は調べていた。
「それでも足りん」と父親が否定する。
「第一、奨学金が出るわけないだろう。こんな合格で」
「それに、この学校に入って卒業したとしても、必ずその職業に就けるって訳じゃない」
「つまり、社会を甘く見るなって事だ」
 父親のあとに、親戚が言う。そして、父親はさらに話す。
「これで学費免除とかなら、進学やっても良い。だが、ただの一般合格だ。お前に才能は無い
「そんなの……分からないじゃないか……!」
「分かる。今までのお前は、全部運だけで上手く行ってただけだ」
 高校受験、部活での全国大会出場、その他諸々。勇真が今までやってきた事全てを述べられる。
 そして、その全てに否定をする。
「環境と運が良かっただけだ。お前自身が凄いわけでもない。だから、一般合格なんだろう」
「……う」
「何だ?」
「……違う! 運とかじゃない、現に俺はこうして……!」
「次男が口答えするな!」
 一喝される。父親がテーブルに置いてあった合格通知書を手に取り――――破り裂いた。
「……! 何を……!?」
「長男ならまだしも、次男でただ長男より頭が良かっただけで我儘を言うな! 諦めろ!」
 原型が残らないくらい破られる。勇真は歯を噛み締めた。そして叫んだ。
 拳を強く握り、父親に殴り掛かる。ふぁが、すぐに親戚達によって抑えられた。
「放せっ! ふざけんなっ! んな理由で納得行くかぁぁぁっ!」
「うるさい、黙れ!」
 殴られる。勇真は怒りを抑えられなかった。抑えられる腕を振り解こうと、力を入れる。
 が、多数の大人の力には勝てなかった。引っ張られた状態で部屋に押し込められ、扉に鍵を掛けられる。
「開けろ、貴様ぁ! まだ終わってねぇっ!」
「黙れ! 諦めろと言ったら諦めろ!」
「ふざけるなぁぁぁっ!」
 扉を殴る。殴った個所は、見事なまでに凹みが出来ていた。
 扉を破壊してでも部屋を出ようと、何度も殴り続ける。そのうち、目から涙が流れていた。
 殴る力が弱まる。勇真は、その場に崩れ落ちた。
「ふざけるなっ……ふざけるなっ! だったら、だったら……!」
 だったら、今まで自分がやってきた事は何だったのか。間違いだったのか。
 分からない。ただ、目の前が真っ暗になる。
「俺は……俺は夢を……夢を叶えたいのにっ……!」

 この日から、勇真の瞳には光が見えなくなっていた。



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