その日――――夏休みまで残り3日を切ったある日、勇真は進学課外には出席していなかった。 不思議に思った秋月薫子が、小さな溜め息をつく。 「高村君、今日も来てない……」 部活が忙しいのか、それとも、期末テストの結果が悪かったのだろうか。 本人に訊いてみないと分からない。 「……部室にいるのかな? 見に行ってみようかな……」 作品製作部の部室。大会まで2ヶ月しかない状況でも、製作部の活気はほとんど無かった。 否、活気はあったとしても、ロボットを製作すると言う意欲が無い。 「高村がいないと静か過ぎるぜぇ!」 と、声を出したのは副部長の深町だった。同じく副部長の西村が言う。 「こう言う時は、副部長の深町先輩が率先してロボット作らないといけないんじゃ?」 「何言ってんだよぅ! お前も副部長だろ!」 そして、結局何もしない。この二人はこんな感じだった。 一人で黙々と何かをやっている末広は、完全に自分だけの世界に入っている。 勇真がいなければ、彼らは何もしようとしなかった。一年である優菜が疑問に思う。 「高村先輩、ここ最近来ないですね……」 「隆盛、高村はどうしたんだよぅ!」 「知らな〜い。気づいたらいなかったし」 勇真がなぜ部活を休んでいるのか、それは誰にも分からなかった。 分かっているのは、学校には来ていると言う事だけ。 しかし、彼らは考えなかった。顧問や勇真の担任に訊くと言う選択肢を。 その時、部室の入り口の扉が開く。それを聞いた深町が声を上げた。 「サボるなよぉ、たっかむらぁっ!」 「高村君、部活にも来ていないの?」 『えぇ!?』 予想外の声に、製作部のほとんどの部員が入り口を見る。秋月薫子がそこにいた。 深町が即行で彼女の前に立つ。 「秋月さーん! 俺に用!?」 「ううん、高村君いるかなって……」 その言葉に、深町が撃沈する。そして、深町は思った。勇真許すまじと。 優菜が話し掛ける。 「高村先輩なら、ここ最近来ていないですよ。学校には来ているそうなんですけど……」 「そうなんだ……ありがとう、教えてくれて」 そして、製作部の部室から出て行く。 学校には来ていると言う情報を得た薫子は、一人の男子生徒と会った。 勇真のクラスメイトであり、一緒の中学出身である桜野祐一。 売店前の自販機で話を聞いた祐一が、うーん、と唸る。 「あの勇真が部活にも行ってないのか。確かに1年の時はサボり癖あったけど……」 「期末テストはどうだったの?」 「勇真の奴は、確かいつも通りだったな。追試は無かったはずだ」 「じゃあ……」 なぜ、勇真は部活や進学課外に出ないのか、薫子は疑問に思った。 しかし、何かを知っていると思った祐一でも、何も知らなかった。 薫子の様子を見ながら、祐一が言う。 「あいつの事を何か知ってそうな奴は、一人いる」 「本当? それって……」 「同じクラスの奴だ。名前は――――」 「よう。こんな所で何やってんだ? 告白か? そうなのか?」 と、一人の男子生徒が話に割り込んでくる。勇真、祐一と同じクラスの寺田恭二だ。 祐一がすぐに彼の肩を掴む。恭二が驚く。 「な、何だよ!? まさか、本当に告白なのか? 良く見れば、秋月薫子……」 「告白じゃないが、良いタイミングだな。と言うか、何でまだ学校にいるんだ、お前?」 祐一の質問に、恭二が言いたくなさそうに答える。 「……追試だよ。この間の期末、二つも赤点取っちまったからよ……」 「なるほど。お前に訊きたい事がある」 「んだよ? 何点で赤点になったのか訊くのか?」 「違う。勇真の事だ」 恭二が目を逸らす。やはり、と祐一は確信した。絶対に恭二は何かを知っている。 「話せ。何か知っているんだろ」 「…………」 「話してくれたら、次のテストでのヤマを教えてやる」 「マジか!? ……勇真には俺が言った事は内緒だからな?」 「ああ」 祐一が頷く。恭二は軽く息を吐いて話し出した。 「俺も親から聞いた話なんだけどよ。勇真の奴、進学できないらしい。それが原因じゃね?」 「進学できない? 勇真は合格しただろ、確か」 「ああ。けど、できないって話だったぜ。詳しい事は俺にも分からねぇけど」 恭二の言葉に、二人が顔を見合わせる。 原因がそうだとして、なぜ進学できないのか、それがまだ疑問だった。 恭二が話を続ける。 「俺の予想だけど、あいつの親父さん、勇真には厳しいからなぁ……進学は反対されたんだろうなぁ」 「勇真には厳しい?」 「おう。知らないだろうけど、あいつ、中1の時は学年1位だったんだぜ?」 「学年1位? 勇真が?」 まさかの事実。驚く祐一に恭二が頷く。 「驚きだろ?」 「なるほど。だから、あまり勉強してなくても平均点程度は取れる訳だ」 「高村君って、結構頭良かったのに、どうして勉強しなくなったの?」 「勇真には兄貴がいてな。その兄貴が色々と問題あったらしくて、先生に目をつけられていたんだ」 中学から知り合った勇真は、勉強が好きで塾等行かなくても、誰もが妬むほどの成績だった。 しかし、勇真の兄は様々な問題を起こした結果、勇真はそれだけで酷い仕打ちを受けた。そう、恭二が話す。 「とんでもなかったぜ? 学年1位でも、通知表には一つも5が無いんだからよ」 「それは酷くないか? いくら、兄が問題あったとは言え……」 「ああ。だから、勇真も反発してた。向こうは聞く耳持たなかったけどな。 で、話を戻すけど、勇真の成績には、親父さんが誰よりも厳しかったんだよ」 「……なんとなく、予想できた。5が無いってだけで怒られていたのか?」 「その通り。さらには、2が一つでもあったら怒られていた。1なんて取ったら殴られてんじゃねぇか?」 勇真は成績が良かった。しかし、通知表は5段階評価で3か4がほとんどだった。 それでも、成績としてはまだ良い方ではある。だが、勇真の父はそれを評価しなかった。 5段階評価で5が無い、2が一つでも有る。それだけで勇真は叱責を受けていたのだ。 「それが一年続いた事もあって、勇真は勉強しなくなった。勉強しても、しなくても変わらないと分かって」 「だろうな。本人がどれだけ努力しても、それが結果として評価されない上に、怒られてるならな」 「高村君、凄く辛い思いをしていたんだね……」 そう思うと、薫子は胸が苦しくなった。勇真は、今で言えば祐一のような人間だった。 違うのは、それを大人は誰も評価していなかった為。勇真を見ていなかった為。 恭二が話を進める。 「勇真の事だから、進学できなくなったのは、親父さんに反対でもされたんじゃねぇか? あいつだけらしいからな。親戚とかは普通科ばっかなのに、勇真だけ工業科選んだって言うし」 「それは俺も疑問に思った。そこまで良い成績だったなら、普通科の方が良かっただろう」 「俺も中3の時訊いたぞ。そしたら、あいつは『夢がある』って言ってた」 「夢、か。勇真らしい理由だな」 だからこそ、勇真は誰よりも凄いと祐一は思った。 そして、確信した。勇真は進学を諦めたのではない。”諦めさせられたのだ”。 祐一が溜め息をつく。 「あいつが今部活とかサボっているのは、そう言う事か」 「どう言う事?」 薫子が訊く。祐一は頷いた。 「予想だが、あいつは今まで考えていた事とかが全部ダメになって、落ち込んでいる」 「…………」 「立ち直るには時間が掛かるな……下手したら、夏休み中は引き籠る可能性も高い」 「でも、そんな事したら確か……」 「ああ。部活で大会に出る為のロボットは間に合わないだろうな」 「そんな……」 薫子が走り出そうとする。祐一がすぐに止めた。 「待て、秋月。勇真は家にいるか分からないぞ。そもそも、あいつの家知らないだろ」 「それでも……それでも探さないと!」 「探すなら、俺が探す。じゃないと、お前、夜遅いのは不味いだろ」 「でも!」 「分かってる! 俺と恭二で心当たりを探す。秋月は、今日は家に帰れ。また夜でも連絡する」 「…………」 祐一の言葉に、薫子は納得できなくても頷くだけだった。 夜6時過ぎ。勇真は一人でベンチに座っていた。 特に理由もなく、ただ、持っている自転車で走り回って見つけた公園。俯く顔は、強く歯を噛み締めていた。 「…………」 突然告げられた、進学を諦めろの言葉。そして、今までの自分を否定される言葉だけが脳裏に繰り返される。 「……っ……くっ……」 涙を堪える。勇真は、両親や親戚に言われた次の日から行動した。 金が無いと言うのであれば、奨学金等の制度をとにかく調べ、電話で直接訊く。 そして、少しでもお金を持つ為にとアルバイトも探した。 しかし、結果は残酷だった。様々な制度は出す事はできないの一言。 アルバイトに至っては、部活と活動の時間について話しただけで断られた。 「……所詮、こんなものだったのか……」 自分の夢を叶える為にしてきた努力は、とても小さく、とても惨めだった。 なぜ、自分はこんなにも無力なのか、なぜ、自分は今まで馬鹿な事をしていたのか。 そう思う。気づけば、目の前には何も無かった。自分には何も無かった。 「…………」 とりあえず持ってきた鞄を開ける。中には、部活で使っている工具が入っていた。 その中からカッターナイフを取り出す。 「……どうせ考えても、夢が叶う訳じゃない……」 だったら、このまま何も考えないようにしよう。もう、考えるのは辛い。苦しい。 カッターナイフをチキチキと動かして、刃を伸ばす。替えたばかりで切れ味抜群の新品の刃。 構え、左手首を見る。 「…………」 ――――。 勇真が死のうとした瞬間だった。遠くから聞こえる足音。速く、そして近づいてくる音。 カッターナイフを持つ勇真の手が叩かれ、遠くへと飛ばされる。勇真は叩いた相手を見た。 秋月薫子だった。荒れた呼吸、構えられている鞄を見る限り、手は鞄で叩かれたのだ。 「…………」 「……っ!」 勇真をキッと睨み、薫子が勇真の頬を叩く。勇真は目を見開いた。 「…………」 「……にやってるの……何やってるの、馬鹿ッ!」 薫子が怒鳴る。その声の大きさに、周囲にいた鳩やスズメが驚いて飛び去っていく。 「最近、進学課外にも来ないし……ずっと心配して探して、見つけたと思ったら、カッター持って……! 自分が何をしようとしていたのか分かってるの!? 自殺しようとしてたんだよ!?」 「……ってる」 「どうして、そんな事するの!? そんな事しても、誰も喜ばないよ! 迷惑掛けるだけ――――」 「――――分かってるんだよ、んな事ッ!」 勇真が声を上げる。同時に、ベンチを強く殴った。 「進学諦めたくないから! 色んな事を調べて! 訊いて! 行動して! 全部駄目で!」 怒りに満ちた瞳で薫子を睨む。 「お前に何が分かる!? 夢も! 才能も! 今までの事も! 全部否定されて! 全部認められてなくて! どうすれば良いか分からなくなって! 目の前が暗くて! 何も見えなくなって!」 勇真の瞳に涙が浮かぶ。そして、ボロボロと大量に流れ出した。 「自分がどれだけ無力か思い知らされて……考えても考えても答えなんて出なくて……辛くて苦しくて……! 嫌なんだよ……! 辛いんだよ……苦しいんだよ……!」 「高村君……」 涙を流す勇真。薫子は黙って、彼を優しく抱きしめた。 小さく、何度も「馬鹿」と怒る。 「だからって、死んだら駄目だよ……死のうなんて思わないでよ……」 「…………」 「私じゃ何もできないけど……話くらいなら聞けるよ? 一人で悩まないで、少しは頼っても良いんだよ……?」 「……っ……っく……っく……」 手で顔を隠し、声を殺しながら、勇真がついに堪えていた辛さを吐き出して泣いた。 そして、薫子は黙って勇真を抱き締めていた。 夜20時。夏とは言え、流石に辺り一面真っ暗闇。 公園のベンチの上にある電灯に照らされる中、落ち着いた勇真は薫子に何があったか全て話した。 進学を諦めろと言われた事、目の前で合格証を破られた事、殴られた事全て。 そして、進学する為の方法を調べ、色々と行動した事も。聞いていた薫子は黙っていた。 「…………」 「……認めたくなかったんだ、親や皆に言われた事を。俺には才能が無いって事を……。 けど、現実はやっぱり厳しい……親の言うとおり、俺は運が良かっただけだったんだ……」 「そんな事……」 「良いんだ。もう、夢なんて……」 勇真が唇を強く噛み、顔を俯く。辛いのだと、薫子はすぐに分かった。 「……高村君の夢って、何?」 「…………」 「教えて? 私、高村君の事を知りたい。高村君が進学して叶えたい夢って、何?」 「……と」 「え?」 「……俺は、クリエイターになりたい……子ども達が楽しんでくれる作品を作れる人になりたい……」 自分も小さい頃、色々な物を通して、楽しい気持ちで一杯だった。 そして思った。自分もこうなりたいと。同じように、楽しい気持ちで一杯に出来る人間になりたいと。 それが、勇真の夢だった。小さい頃からずっと抱いている夢。 「……子ども達に夢を持たせる人……俺はそうなりたい」 「……それが、高村君の夢なんだ……凄いね」 「凄くない。色々と迷走したし、たくさんの事をやって、どんな事で出来るか考えるだけで時間掛かったから」 「凄いよ。小さい頃からずっと夢を持ってて、ずっと変わる事なくて」 一つの夢を叶える為だけに、ずっと努力してきた。そう、薫子は捉えた。 だからこそ、あの桜野祐一は勇真を認めていたのだ。夢の為だけに必死になれる勇真を。 薫子が勇真の手を取り、優しく握る。勇真が目を見開く。 「……!?」 「進学が無理でも、夢は諦めたら駄目だよ。そんなに素晴らしい夢なんだもん、諦めたら駄目だよ」 「けど、ちゃんとした勉強しないと……その為の進学だったから……」 「別の方法を探そうよ。大変かもしれないけど、辛いかもしれないけど……でも、高村君なら大丈夫だよ」 「そんな事……」 「あるよ。だって、ずっと夢の為に頑張ってきたんでしょ? 力にはなれないけど……私も応援するよ」 薫子の言葉に、勇真の目から涙が零れる。勇真は泣き出した。握られた手を握り返す。 「……俺、捨てなくて良いのかな……?」 「うん」 「……俺、まだ持ってて良いのかな……?」 「うん……」 「……俺は……俺はっ……! 俺は夢を叶えたいっ……! 捨てたくないっ……!」 勇真の本当の気持ち。勇真の言葉を聞いて、薫子は笑顔で頷いた。その目に涙を浮かべながらも。 そんな彼女を見て、勇真がぎこちなくも笑顔を作り、返すのだった。 そして、勇真は再び涙を流し、大きな声で泣いた。 夢の為に、もう一度頑張ろうと言う想いを胸に。 |
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