夏休みが始まって一週間。勇真は多忙だった。 やや遅く部活に出た勇真は、そこから始まる悲劇を見る。 進学課外を受ける3年の松尾、深町、末広、秋月の4人はともかく、2年生が一人も来ていない。 そして、1年は外でボール遊びか部室でゲームをしていた。 時間はちょうど朝9時。普通に考えて、出勤している顧問以外の教師に見つかれば問題になる時間。 「…………」 「あ、部長、おはようございます!」 「……じゃねぇだろっ! 部活中に遊ぶなぁぁぁっ!」 勇真の怒涛の叫びが学校中に響くのだった。 朝11時。進学課外を受けていた松尾、末広、深町が合流。2年はまだ誰も来ていない。 そして更には、顧問をしている教師が一人も顔を見せていない。 職員室で見かけてはいるが、その程度。 言う事を聞こうとしない1年生を走っては捕まえ、ゲームは取り上げ、ボールは足元に置いて見張る。 肝心のロボットは、全く手をつける事ができず、就職課外にも行けていない状況。 勇真は多忙だった。他人のせいで。 「…………」 「おはようございまーす!」 と、2年生がようやく姿を見せる。勇真は素早く、西村の頭部を掴んだ。 その動きは、あまりにも静かで速かった。俗に言う無拍子と呼ばれる動作のように。 頭部を掴む手に込められる力。西村が両手で放そうとするが、不可能だった。 「ぶ、ぶちょ……流石に痛いっ……!」 「今何時だ?」 低い声で訊く。西村が答える。 「じゅ、11時半ッス……」 「部活は9時からだぞ? 重役出勤か、あぁん?」 「夏休み位、ゆっくり寝かせてくださいよ」 この発言で、誰もが西村は死んだ、と思った。そして、それは予想通りだった。 西村の頭部を掴む勇真の手が瞬時に胸元へ移動。もう片方の手が、西村の首を捉える。 力を込めれば、いつでも締められる状態。その一瞬の動きに顔を青ざめる西村。 「ぶ、ぶちょ……何を……!?」 「夏休み位ゆっくり寝かせろ? 安心しろ、一生寝かせてやるから」 「す、すんません! マジすんません!」 流石に生命の危機を感じ、謝る西村。そこへ、深町が勇真をなだめる。 「落ち着けって、たっかむら! ニシタクも謝ってんだし!」 「あぁん?」 瞬間、西村の首を捉えていた勇真の手が深町の肩を掴み、力を込める。 「お前もお前なんだけど? 部活に来て早々、携帯でメールしてんじゃねぇよ」 「別に良いだろう! 優子ちゃんからメール来てるんだよ!」 「…………」 二人から手を放す。そして、指をポキポキと鳴らし始めた。 危険を感じた部員が逃げようとする――――が、勇真の動きは誰よりも速かった。 部室の扉を閉め、弁慶の如く仁王立ちで立ちはだかる。 「まずは、みっちり説教してやる。逃げようとする奴は……」 近くにあった誰かのコーヒーの空き缶を取り、片手で握り潰す。 「分かってるな?」と目で睨みつけるのだった。 時間は12時30分。普通科のみ特別追加の進学課外を終えた秋月薫子は、部室の扉を開けた。 開けた途端、すぐ視界に入った勇真の姿。そして、床に正座させられている複数の部員。 何が起きているのか、さっぱり分からないまま、勇真の方へと近づく。 「お、おはよう?」 「……もう、こんにちはだけど?」 「えっと……何があったの?」 「説教。夏休みの態度に関して。顧問は誰も来ないから、俺がやってる」 低い声。それを聞いた薫子は思った。本気で怒っている、と。 「もうその位にしておいたらどうかな? それに、高村君も勉強の時間だよ」 「…………」 「……もしかして、ロボット作れてないのかな?」 勇真が頷く。薫子は何も言えなくなった。足の痺れで立ち上がれない部員達が正座のまま頭を下げる。 「高村、ほんとにごめん……だからもう許して……優子ちゃんに会いに行かないと……」 「懲りてないな。ニシタク、タクロー、徳永、小山、お前らは?」 「……すんません。けど、たまには遅く来る位……」 と、徳永が言う。反省していない、そう勇真は判断した。 「今日は2年、3年は18時までやるぞ。1年は帰って良し」 「18時!? 優子ちゃんに会えないじゃんかよ!」 「あぁん?」 深町を睨みつける勇真。それはもう、鬼と言っても良かった。 13時。部活の様子を見に来た竹内先生を半分脅迫混じりで見張りを任せる。 そして、深い溜め息をつきながら、秋月薫子に引っ張られていた。 「……今日くらい勉強しなくても……」 「ダメ。だって、就職の方の勉強しかしていないんでしょ?」 「そうだけど……そもそも、進学しないから進学課外の勉強はする必要……」 と、勇真がぼやいた瞬間、薫子が「あるの!」と怒る。 「やってて損する訳じゃないし、最後まで勉強するの。夏休み前に約束したよね?」 「……うん。けど、勉強の前にコンビニ行かせて……流石に腹減ってるし」 「ダメ」 「えぇ!?」 「だって……」 薫子が照れくさそうに鞄から何かを取り出す。 「……実は今日、お弁当作って来たの」 「弁当?」 「うん。高村君、いつもパンとかコンビニのお弁当ばかり食べてるから……」 「……え、俺の分も……?」 「うん。一緒に食べよう」 薫子の提案に、勇真は頷いた。 同時刻、部室にて。 「あぁ〜、やっぱ優子ちゃん可愛いなぁ!」 やはり、何もしないでメールをしている深町だった。 「先輩、メールしてて良いんスか? 部長に殺されますよ?」 「大丈夫だって! 高村にはバレねぇよ! 竹内先生もいないし!」 西村の言葉に、親指をグッと立てて答える深町。 そう、顧問の竹内先生は、勇真がいなくなった数分後には職員室へ逃げていた。 「そろそろ、俺も優子ちゃんに会いに行かねぇとな!」 「先輩が帰るなら俺も……つか、まだロボットは大丈夫っしょ!」 「おう! 少なくとも、俺がいる限り問題ねぇぜ!」 そう言って、早くも帰る副部長の二人だった。 14時。昼食を終えて図書室でついに勉強会。 英語のテキストを開いたまま、勇真が頭を抱えて悩んでいた。 「えっと……確か、これはこうだから、この文は……」 分からない。英語が苦手な勇真には特に。 「うー……これでどうだ?」 「残念、不正解。答えはこう」 と、隣で答えを見せる薫子。その答えを見て、勇真は深く肩を落とした。 夏休み前に約束した勉強会。進学課外の内容はもちろん、普通科の特別追加分も含まれている。 その難しさは、工業科でも優秀とは遠い成績である勇真にとっては地獄だった。 「だから嫌なんだ、勉強って……」 「昔は好きだったんでしょ?」 「そりゃ、中学1年くらいまでは……って、何で知ってるの?」 「何でって、そう聞いたんだよ? えっと……高村君と同じ中学で……」 「あの野郎……」 どこまで話しているかと思えば、結構話している。薫子が勇真の手を握った。 突然の行動にドキッとする勇真。 「あ、秋月さん……!?」 「頑張ろう? 高村君、本当は頭良いんだから、ね?」 「う……分かったよ」 「うん。それじゃ、今度はここまで進めようかな?」 薫子は意外とスパルタだった。そう、勇真は思った。 16時。勉強も終わり、ようやく部活に専念出来る時間。 部室に行くと、誰一人部室にはいなかった。勇真が「あいつら……」とぼやく。 「なんとなく予想はしてたけど、本当に皆帰ってるし……」 「先生もいないね……」 とりあえず、渡していた設計図を元に指示していた事をやっているか確認する。 当然、何もやっていなかった。怒りを通り越して呆れるほどに。 「……あいつら、まだ大丈夫だとか思ってるな、これ……」 流石に頭が痛くなる。そんな勇真を見て、薫子は失笑した。 「夏休みって、こんな感じなの?」 「1年の時はこんな事無かったけど……あのクソ部長の時はこんなんだっけ……」 それは1年前の事。「部活を辞める」と言って逃げた部長。 元々責任感も無い部長だった為か、部活はほぼ無法地帯だった。 そのせいか、ロボットの製作には時間が掛かり、夜遅くまで活動は続いた。 「……たく、今年から警備が変わるから、去年みたいな事出来ないのに……」 今までは、警備員の見回り程度だったが、今年から警備システムが導入された。 これにより、遅くても20時までには部活動は終了するよう、全校集会等でも言われている。 これがどう言う事か、普通に考えた勇真は危機感を持っていた。 夜遅くまで使ってロボットを作る事は事実上不可能になった今、作れる時間を有効に使わないといけない。 それなのに、現状は変わっていない。道具を取り出し、アルミ材の長さを測る。 「少しでも進ませないと……これを切って、穴を開けて……」 「私も手伝うよ。部員だし……」 「じゃあ、これの長さを測って、印をつけてくれる? それを元に、俺が切るから……」 そうして、二人でロボット製作を行う。 18時。ロボットのある程度の形を作って、部活終了。 職員室に入ると、パソコンでネットサーフィンをしている顧問を見つけ、文句を言いながら鍵を返す。 そして、職員室を出てから、待っていた薫子に勇真は頭を下げた。 「ごめんね……」 「ううん、私は大丈夫だよ。高村君、疲れたでしょ?」 「そんな事無いよ。まだ作ろうと思えば作れる」 そう言って、腕を上げる。薫子はふふっと笑った。 「流石、部長だね」 「違うよ。ロボットが好きなだけだよ」 「ふふっ……高村君、お願いがあるんだけど……」 「……お願い?」 勇真が首を傾げる。薫子が小さく頷く。 「……駅までで良いから、一緒に帰ってくれるかな?」 「え……!?」 「ダメかな……?」 「いや、そんな事は……それにまだ明るいけど、18時過ぎてるし、駅までなら……」 勇真の言葉に、薫子が笑顔になる。勇真はそれを見て、ドキリとした。 たまに見せる彼女の笑顔。嬉しそうで、可愛いと思ってしまう笑顔。 薫子が勇真の手を引く。 「帰ろうっ。明日もお弁当作って持って来るね!」 「……うん」 薫子の言葉に、恥ずかしくも笑顔で頷く勇真だった。 |
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