『ブラディ・カプリチオ』   〜第2幕〜



 西階段から2階に降りて正面の通路の突き当たりに設けられた広間に辿りつく。どうやらこの広間はフロアの中心に作られているようだ。
 室内に入って最初に目に入るのは薄明るい光を放つ古めかしいシャンデリア。よく見れば、蝋燭に見立てた電灯ではなく、本物の蝋燭を照明に使っているらしい。
 そのシャンデリアの下に白いクロスを掛けられた大きなテーブルがあり、中央の花飾りを取り囲むように食器類が並んでいる。
 テーブルには2つの椅子が向き合っており、その片方に60代前半ほどの老人が座っていた。老人と言っても礼服に身を包んだ体は年齢による衰えを感じさせない。瞳には獲物を狙う蛇のような、狡猾で鋭い光が宿っているように見える。
「御連れいたしました」
 タリオがその老人に向け、恭しく一礼する。
「ご苦労。下がって良い」
「は……」
 老人が軽く手を挙げて退室を命じ、タリオは広間を後にした。
 残されたのは老人とマリツィアとその肩に乗っているフルリア。そして数名の使用人達である。
 マリツィアはスカートの端を摘んで姿勢を僅かに下げる。
「お久しぶりです。カルネスト卿」
「おやおや、こちらが歳を取った途端に他人行儀ですか?」
 苦笑いしつつ、老人――カルネスト・オリズレンは言った。
「何はともあれ、あなたも相変わらずの様子で何よりです。それに……」
 視線をマリツィアの肩の上のカラスに移す。
「フルリア殿もご一緒とは、嬉しい限りですな」
『少し見ない内にずいぶんと老けたわね。カル坊や?』
「お姉様、失礼ですよ」
『他人行儀は嫌だって向こうも言ってんのよ? 別にいいじゃない』
 マリツィアの咎めるような視線を涼しげに受け流すフルリア。
「そうですな。私としても、昔のように呼んで下さると嬉しいのですが」
『ほら、御覧なさい。今更遠慮することもないでしょうに』
「それはともかく、何十年か振りの再会を祝して乾杯といたしましょう。どうぞお掛け下さい」
 マリツィアは礼節に則った動作で椅子に腰掛け、膝の上にナプキンを敷く。フルリアは無造作にテーブルの上に着地した。
 カルネストが手元の呼び鈴を鳴らすと使用人の1人が年代物と思しきワインを持って主の許へ赴き、グラスの中に内部の液体を注ぎ込む。
 続いて別の使用人達が豪華な料理を運び、カルネストの前に並べた。
『ちょっとちょっと、あたし達には何もないわけ?』
 フルリアが不満の声を上げる。いや、実際に室内に声が上がったわけではなく、室内にいた全員の頭の中に響く。念話と呼ばれるある種の超能力だが、そういったものが未体験の使用人達は僅かながら顔をしかめている。直接、人の声が頭に響くのだから無理もない。
「ご心配は無用です。再会の記念に、あなた方には最高のお持て成しをいたします」
 フルリアを宥めるような口調でカルネストは言い、もう1度呼び鈴を鳴らす。
 今度は広間の扉が開き、先ほど退出したはずのタリオがやってきた。
「例の物は準備できたか?」
「はい、旦那様。大人しくさせるのに少々手こずりましたが」
 そう言ったタリオの合図で、数名の屈強な男が奇妙な物体を持って現れる。鎖が撒きつけられた寝台だった。
 訝しげな表情でその光景を眺めるマリツィア。
 鎖から声が聞こえる。いや、正確には鎖によって寝台に縛り付けられている何者かが声を上げたのだ。それは呻き声にも聞こえる情けないものだった。
「あ……」
 鎖で縛られている人物の顔を見てマリツィアが声を上げる。この街にやってきた時、彼女の鞄を引っ手繰ろうして失敗した男だ。
 カルネストが紳士的な笑みを浮かべて口を開く。
「この者が私の客人たるマリツィア殿に対して粗相を働いたようですな。今は社員ではないとはいえ、申し訳ない」
 何故、カルネストが謝るのか。それはすぐに本人が説明した。
 何でも、この男は1ヶ月前にオリズレン社で問題を起こして解雇されたらしい。マリツィアの鞄を引っ手繰ろうとしたのも金に困っていたためであろう。しかし、1度辞めさせた男がその後、何をしようとオリズレン社の関知するところではないが、今回、社長であるカルネスト直々に呼び寄せた客人に失礼を働いたというのなら話は別である。
「し、知らなかったんです! まさか社長の客人だったなんて……」
 鎖に縛られた男本人の弁明、というより悲鳴に近い。
 タリオはどこから持ってきたのか、いつの間にか斧を磨いていた。
「世の中はな、知らなかっただけでは許されんこともあるのだよ。安心しろ。お前の犯した罪はお前自身がマリツィア殿の夕食となることで消滅する」
「ああ、そういうことですか」
 『最高の持て成し』の意味をようやく理解し、マリツィアは呆れ顔になる。
「悪趣味と言われませんか? カルネスト卿」
「ははぁ、よく言われますとも」
 タリオが斧を振りかざす。
 男はいよいよ恐慌状態に陥った。
「か、勘弁してくれ! 俺には妻子がいるんだ!」
「おやおや……」
 タリオが斧を振り上げた姿勢のまま、哀れむような視線で男を見る。
「悲しいことですな。妻子を持つ身でありながら犯罪に手を染めるとは……さぞ、奥様やお子様も悲しんでいらっしゃることでしょう」
「だが、安心しろ。おまえは今からマリツィア殿とフルリア殿に喰われる。気高く美しい『吸血姫』の血肉となれる栄誉だ。少しは喜んだらどうかね?」
『お姉様……』
 極限の恐怖に表情を歪ませている男を悦に入ったように眺めるカルネストを見て、マリツィアはフルリアだけに聞こえるよう念話で話しかける。
『昔のカル坊やってああいう性格でしたっけ?』
『多分違ったと思うけど……あなたの影響でしょ?』
『そうでしょうか?』
『そうよ。まだ純真だった坊やの前でスプラッタ映画の実演なんかやるから』
『あれはエクソシスト達に不意打ちをされたから仕方なく反撃しただけで……』
『おっと、いよいよね』
 強制的に念話が中断される。
 見れば、なおも喚き立てる男に対し、タリオがついに斧を振り下ろす所だった。
 それは時間にすればほんの一瞬の出来事である。振り下ろされた斧頭は生々しい音と共に男の首を切断した。首と胴の切断面から瞬時に紅い液体が広がり、床まで滴り落ちる。
(……おいしそう)
 その光景に思わず生唾を飲み込むマリツィア。その口元は弓形につり上がっている。
 タリオは血を掬い取ったワイングラスと切断されたばかりの生首を盆に乗せ、マリツィアの前に置いた。
「新鮮な内にお召し上がりください。お代わりはございますので……」
 残された胴体に、男達が止血処理を施している。あまり血が抜けると客人の舌と胃を満足させるだけの新鮮さが保てないのだ。
「それでは……」
 カルネストがグラスを掲げる。マリツィアもそれに倣い、紅い液体が入ったグラスを掲げた。
「それでは……今日の再会が我々をより良き運命へと導くことを祈って、乾杯」
 それぞれ異なる液体で満たされたグラスを2人は同時に傾け、それぞれの味を堪能する。



「よろしければ、姉君様の分も切り分けますが?」
「ああ、結構です。お姉様にはお姉様の食べ方があるので……」
 そう言いながら、ナイフとフォークで器用に生首の切断面から肉を切り取るマリツィア。
 一方のフルリアは口ばしを使って男の眼球を抉り出し、啄ばんでいる。
 切り取った肉をフォークで刺し、口に運ぶ。
「お味の方はいかがでしょう?」
 タリオの質問に、肉の味を舌で充分に味わって飲み込んでからマリツィアは答える。
「そうですね。悪くはないのですが、この方は少し栄養が足りていない気がします」
「はぁ、申し訳ありません。何分、食材にできる人間とはそうそういないものでして……」
『そりゃあ、むやみに人間を捕獲すれば騒ぎになるしね』
 笑い声を交えながらフルリア。
「贅沢を言える立場ではありませんし、充分ですよ」
 カルネストの方も目の前で少女とカラスが人肉を喰らう光景など気に留めた様子もなく、マイペースに料理を口に運んでいた。
「早速ですが、マリツィア殿はアテオラル社をご存知ですか?」
「私を世間知らずの令嬢と勘違いしていらっしゃいますか? あなた方のライバル会社でしょう」
「それは失礼いたしました。いや、確認したかっただけですよ」
 アテオラル社はオリズレン社の同業他社であり、創立されてから間もないものの、着実に成長している企業である。
「実は今回、あなたをお呼びしたのはアテオラル社の中枢を潰していただきたいからなのです。お願いできますかな?」
 まるで孫にお使いでも頼むかのような口調のカルネストに、マリツィアは食事の手を休めると呆れたように溜息をつく。
「いきなりですね」
「要点のみを話した方が分かりやすくてよろしいかと思いまして」
「まぁ、そうかもしれませんが……事情くらいは話していただけませんか?」
「はい、勿論お話しますとも……」
 食事を続けながらカルネストは話し始める。
「近頃、我々と彼らとの間ではトラブルが絶えないのですよ」
 新たに見つけた取引先と契約を結ぼうとしたところ、その取引先はすでにアテオラル社と契約していた。これまでの取引相手にもアテオラル社の製品が流れ始め、オリズレン社のシェアが徐々に侵食されていく。
 いくつかの鉱山の採掘権に関してもオリズレン社とアテオラル社と衝突している。その鉱山の中には非常に珍しい鉱石も発見され、これを兵器などに転用すれば、莫大な利益を得られるだろうと予想された。そのため、どちらも手を引く気はないようだ。
 カルネストは合法、非合法を問わず様々な手段でアテオラル社を排除しようとしたが成功せず、アテオラル社もオリズレン社を排除しようと手段を選ばなかった。両者の争いはすでに泥沼の域に達している。
「……そんな次第で、このままでは埒が明きません。そこで昔、幼少の身であった私に色々と世話を焼いて下さったあなたにもう1度頼ろうと考えたわけです」
「なるほど……しかし、どうして私なのです? 実力行使のための私設部隊ならあるのでしょう?」
「それは向こうも同様です。私共も余計な損害は出したくはありません。ですが、あなたなら彼らの中枢、つまり本社を叩くことなど容易いでしょう?」
「……そのようなことをして、オリズレン社の評判が落ちませんか?」
「何を仰います。アテオラル社は謎の吸血鬼に襲われるだけです。私共は一切関与していない。しかし、ライバル会社とはいえ本社が文字通り潰れたとなると、支社や末端の社員の方々はあまりにもお気の毒だ。そこで、及ばずながら我々オリズレン社が彼らに対する救済処置を執る。素晴らしいことではありませんか?」
 要するにライバル会社の頭だけを排除し、残った支社や社員を全て自分の会社に吸収してしまおうと考えているわけだ。さらに表面だけ見れば、アテオラルの本社が破壊されるに際してオリズレン社は一切関与していない。
「ただ、1つだけ問題がございまして……」
「問題?」
「はい、どうもアテオラル社の方々も同じことを考えていたようです。我々が仕入れた情報によれば、彼らも人外な力を持つ何者かを雇い入れたらしいのです」
 それを聞いてマリツィアは僅かに眉をひそめる。
「……吸血鬼ですか?」
「さぁ、そこまでは残念ながら分かりませんでした。ですが、それ故にあなたに行っていただきたいのです。いかに人外の力を持つと言ってもあなたに敵うほどの者はそう多くはない」
「それは光栄……ですが、本社を攻めるとなると手ぶらだと時間がかかり過ぎます」
「その点はお任せください。重火器、弾薬等は仰っていただければいくらでも用意いたしますので」
『ずいぶんと太っ腹ね。関与はしないんじゃなかったの?』
「お姉様」
 咎めるようフルリアを見てから視線をカルネストに戻す。
「そうしていただけると助かります。私の銃は弾薬が高価な上に手に入り難いので」
「ほう、では引き受けていただけるのですか?」
 カルネストの問いにマリツィアは口元に笑みを浮かべる。
「昔は可愛かったカル坊やのためです。ひと肌でもふた肌でも脱ごうではありませんか」
「少々引っかかる言い方ですが、まぁいいでしょう」
 苦笑いしつつカルネスト。
『そうそう、報酬は?』
 眼球を食べ終えて、今度は鼻を突付き始めたフルリアが聞いてくる。
「その件に関してもご安心ください。必要経費とは別にお支払いいたします」
『結構結構、それじゃ頑張んなさいなマリツィア』
 自身は何もしないフルリアが呑気な口調で激励する。
 マリツィアはナプキンを手にとって血で汚れてしまった口の周りを拭く。
「可能であれば明日の夜に実行したいのですが……」
「……これはまた性急ですな」
「面倒事は早めに片付けてしまいたいので……」
「同感ですな。それで、必要な物はございますか?」
「そうですね……」
 マリツィアはカルネストにいくつかの注文を出す。重火器の調達とロヴィナ・カリタの弾薬の手配だが、金額にするとオリズレン社の一般的な社員が何ヶ月働いても到底稼げないほどだ。だが、カルネストはあっさりと承諾する。
「……では、明日の夜までには届けさせましょう」
「可能ですか?」
「ええ、実はこういう時のために少しずつ準備をしておきました」
「抜け目がないですね……」
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
 そう言って小さく笑いながら、カルネストはワイングラスを口に流し込んだ。



「……ふう」
 食事を終え、フルリアと共に3階の部屋へ戻ったマリツィアは溜息をついてベッドに腰を下ろす。
 結局、彼女達のために用意された人間は骨を残して全て平らげてしまった。そのせいか満腹感で眠気を感じる。
『あー、食べた食べた』
 上機嫌に飛び回り、テーブルに着地して羽繕いを始めるフルリア。
『しかし、サービス精神旺盛ね。こうまで面倒見てくれると逆に胡散臭いんだけど……』
「これだけの接待と報酬と必要経費を合わせても、今回の仕事が成功した際に彼が得られるメリットの方が大きいのです。罠という可能性はないでしょう」
 ライバル会社を蹴落とし、これまで両社の間に横たわっていた採掘権や取引先の重複といった問題が一挙に解決し、さらにはライバル会社の残骸を取り込んで規模を拡大する。これは1石2鳥どころの利益ではない。
「万が一、罠だったとしてもその時はアテオラル社もオリズレン社も、まとめて叩き潰せば良いのです。カルネスト卿も私の性格を把握しているはずですから、その辺りは分かっているでしょう」
『そうかもね……』
「それより問題は別にあります」
『ん……?』
 マリツィアの言わんとしていることを測りかねて、フルリアは首を傾げる。その動作は普通の鳥類とあまり変わらない。
「アテオラル社が雇った者。もしかすると……」
 そこでようやくフルリアはマリツィアの考えていることを理解する。
『あいつだっていうの?』
「可能性としては決して低くありませんよ」
 そう言ってマリツィアは笑顔を浮かべる。まるで初恋の相手を思い出すような、はにかんだ笑顔。
『そうかしらねぇ……』
 フルリアはそんなマリツィアの表情を見て不機嫌そうな声になる。
『そんなにあいつのことが良いわけ? あなたの物好きにも困ったもんね……』
「あら、お姉様。妬いていらっしゃるのですか?」
 フルリアの様子を見て、マリツィアは悪戯っぽく笑う。
『ええ、そうよ。どうせあたしは焼餅焼きよ。全く、あんな奴のどこがいいんだが……』
「ふふふ……」
 笑い声を立て、ベッドから立ち上がったマリツィアはテーブル上のフルリアに歩み寄ると、黒く小さな頭を慈しむように撫でる。
「心配なさらなくても、私の1番はお姉様ですよ」
『本当に……?』
「はい、この世の終焉を司る悪魔に誓って」
 左手を胸の中央で添えてマリツィア。
『頼もしい誓いね……』
 呆れたような口調のフルリア。
「ええ、ですからご安心を」
『分かったから跪かないでよ』
 そんなやり取りをしている内にマリツィアの眠気がいよいよ限界に達する。
 時刻はまもなく夕刻。吸血鬼にとってはこれからが活動時間だが、今はそんな気分になれない。欠伸をしながら服を脱ぎ、肌着だけになってベッドに入る。
「それでは、私は休んでいますから。お姉様、睡眠の邪魔をなさいませんよう」
『はいはい、さっさと寝ちゃいなさい』
 呆れ返るフルリアの言葉を耳にしながら、マリツィアは目を閉じる。どうせ明日は思う存分暴れるのだ。休んでおくに越したことはない



 ―――――閉幕



###後書きなのです###

 さて、『お姉様』という単語に反応を示した方……はい、そうです。これは某有名小説の影響ございます(笑)
 この辺りから徐々に作者がノリノリになってまいりました(笑)
 ついて行けない方もいらっしゃるかと思いますが、暇で暇で仕方ない人は最後までお付き合いくださいね?( ̄ー ̄)

 以上、最近友人から『ロリペドヲタ』だの『バトルSSジャンキー』だのと言われている蓮の花でした。
 ……これって褒め言葉ですよね?(ぉ





 戻る

 トップへ




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送