『ブラディ・カプリチオ』   〜第4幕〜



 アテオラル本社ビルの4階。
 黒い少女と白い少女が目にも留まらぬ速度で駆け抜ける。
 白い少女は白銀で出来た拳銃で牽制射撃を行いつつ、接近して剣による攻撃を行うものの、全て黒い少女に読まれ、回避されてしまう。
「こちらですよ」
 不意に黒い少女――マリツィアの姿が消えて白い少女――ペルソナの右に出現する。単純に踏み込んだだけだが、人間には視認できない。だが、ペルソナには見えていた。
 左に跳んでマリツィアの鉤爪をやり過ごしたが、体勢が崩れてしまう。その隙にマリツィアは階段を上がり、5階へと先回りする。
「ち……」
 やはり夜はマリツィアの方が強くなる。だが、決して無敵ではない。
 何とかして彼女の前方に出なくてはならない。そのためには……。



 5階を疾走しつつ、マリツィアはペルソナの追撃がないことを不審に思う。
(諦めた? まさかそんなはずはないでしょうし……)
 そこで思考が中断される。前方に見えてきた階段に無数の白い物体が蠢いている。
(あれは……)
 全て、白い蝙蝠だった。そして蝙蝠達は一箇所に集まり、1つの形を作る。その形はあっと言う間に白装束の少女へと変化した。
「まぁ、一体どうやって……」
 ペルソナの能力はマリツィアとほぼ同じである。当然、自分の体を蝙蝠に変化させることも可能なのだが、4階で蝙蝠になった彼女は通気孔を使って5階まで先回りしていたのだ。しかしマリツィアの疑問には答えず、ペルソナはデリヴァート・メッソを構える。
「おっと……」
 ペルソナが引き金を引いたのと同時にマリツィアは横に跳ぶ。だが、その先には壁があり、ペルソナの銃口がそちらに向けられる。
 銃声が轟く。しかし、発射された銃弾は壁に命中しただけだった。マリツィアは壁を蹴って反対側に跳躍していたのだ。まるで曲芸師である。
 なおも引き金を引き続けるペルソナ。1発1発が確実に標的を捕らえるが、それらを巧みに回避するマリツィア。
 弾を撃ち尽くし、ペルソナは予備のマガジンを取り出す。その隙にロヴィナ・カリタを撃つことも考えたが、向こうをそれは承知しているだろう。こちらの武器はリボルバー拳銃と素手。向こうは自動拳銃と剣、当然素手による攻撃も可能だ。このままでは不利なので、こちらも武器を増やさなくてはならない。
 マリツィアの長い黒髪が逆立つ。髪の1部が絡み合い、1つの形を生み出した。後頭部に手を伸ばし、その形を手に取る。
「これで、武装による戦力差は解決されたわけですね」
 そう言ったマリツィアが手にしているのは死神を思わせるような、柄の長い大鎌だった。しかも鎌の刃部は鋸状になっており、相手に苦痛を味合わせる目的で生み出された邪念の結晶。さらに柄の反対側に、ちょうど点対称になるようにもう1つの鎌が取り付けられている。こちらもやはり、刃部は鋸状になっていた。
 マリツィアが武器を生成したのと同時にマリツィアもデリヴァート・メッソのマガジン交換を終えていたが、マリツィアの武器と間合いから考え、銃器による戦闘は危険だと判断して銃をホルスターに収めた。
 剣を右手に構えてマリツィアを視線で牽制する。先ほどのマリツィアと同じようにペルソナの白銀の髪が逆立ち、その一部が絡み合って剣の形を作る。左手で生成された剣を掴む。右手の剣と交差させ、十字の構えを作る。
「まぁ……」
 感心したようにマリツィアが息を洩らす。
「そうでなくては……あなたとのダンスを、私はずっと楽しみにしていたのですから」
「……邪なる者に死を」
 仕掛けたのはペルソナが先だった。
 両手に持った剣を自在に操り、フェイントを織り交ぜながら斬撃を繰り出す。彼女の体から生み出された武器なので、当然ながら彼女自身の魔力を内包しており、吸血鬼などにもダメージを与えることができる。最もそれは、マリツィアの鎌にも言えることだが。
「そういう言い方はないでしょう? あなたも同じ『吸血鬼』でしょうに……」
 ペルソナの凄まじい速度で繰り出される連続攻撃を、しかしマリツィアは的確に見切って紙一重で回避し、あるいは柄で防御する。下段からマリツィア目掛けて切り上げられる左の剣を柄で防ぐと同時に柄を回転させ、上段から鋸鎌を振り下ろす。だが、それはペルソナが持っていた右の剣で防がれた。刹那、ペルソナの左足が跳ね上がり、マリツィアの脇腹に蹴りを入れる。
「……!」
 体勢を崩したところに左の剣が振り下ろされるが、咄嗟にマリツィアが繰り出した足払いが功を奏し、ペルソナを転倒させる。身を転がして飛来する鎌を避け、立ち上がる。
 金属音と共に床に突き刺さる鎌。それをすぐに引き抜き、マリツィアは立ち上がったペルソナと再び対峙する。
 振り出しに戻ったが、今度はマリツィアが仕掛ける。間合いの長さを利用して鎌の切っ先で牽制を行う。
 ペルソナはそれらを受け流しつつ、一瞬の隙も見逃すまいと神経を研ぎ澄ます。
 牽制しながら、マリツィアが1歩踏み込んでくる。本命攻撃を狙うつもりだろう。だがペルソナは退かず、それどころか間合いを詰める。斜め上段より振り下ろされる鎌。片方の剣だけで防ぐには重い攻撃だが、だからといって両手で防いでは続け様に繰り出される第2撃に備えることができず、反撃もできない。振り下ろされる鎌がペルソナの体に触れる直前、左腕でガードする。
 ペルソナの腕に鋸鎌が突き刺さり、鮮血が溢れ出す。
「あ……」
 こちらの予想外の行動に一瞬動きと止めるマリツィア。刃部が鋸状になっている彼女の武器は、ペルソナの腕の内部に喰いこみ、すぐには抜けない。
 痛みを堪え、ペルソナは右手の剣に全魔力を注ぎ込んでマリツィアの胸に突き刺した。
「……がぁ!」
 マリツィアが口から血を吐き、ペルソナの白装束に紅い花を咲かせる。
「……なーんて」
「……!?」
 胸を剣で貫かれたまま、マリツィアは笑みを浮かべた。彼女にとってそこが急所ではないとはいえ、かなりのダメージになったはずだが。
「ペルソナ。あなたは今が夜だということを忘れていませんか?」
「く……」
 夜の間はマリツィアの魔力が強化され、反対にペルソナの魔力は弱まる。
 慌てて剣を引き抜こうとするペルソナの眼前に真紅のリボルバー『ロヴィナ・カリタ』を突きつけ、引き金を引く。避けようの無い零距離射撃。
 銃声と共に彼女の顔半分が吹き飛ばれ、衝撃と激痛でペルソナは声にならない悲鳴を上げた。鋸鎌と剣が金属音を立てて床を転がる。
 デリヴァード・メッソに洗礼弾が使用されているように、ロヴィナ・カリタも邪霊弾と呼ばれるネクロマンサーによって精製された特殊な銃弾を使用している。洗礼弾が吸血鬼に有効であると同時に、邪霊弾も吸血鬼には有効な攻撃手段となる。
「あら、申し訳ありません。大事なお顔を半分も消してしまいました。でも、しばらくすれば元に戻るでしょうし……それに」
 マリツィアは半分だけになったペルソナの顔を慈しむように撫でる。
「こんな姿のあなたも、中々そそられるものがありますよ」
 甘い声でそう囁き、今度はペルソナの腹に邪霊弾を撃ち込む。
「……が……ぐぁ」
 腹部に大穴が開き、白い少女の周囲は紅い液体によって池が出来ていた。もはや彼女には指1本動かすだけの気力すら残っていない。
 そんなペルソナを愛しげに見つめ、顔を近づけていくマリツィア。
「愛していますよ……ペルソナ」
「ん……ぐ……」
 マリツィアがペルソナの唇を自分の唇で塞ぐ。ペルソナは抵抗できずに呻き声を上げるしかなかった。
「しばらく待っていてください。仕事を済ませて来ますので……その後で、じっくりと楽しみましょう……ふふふ」
 含み笑いを残してその場を立ち去るマリツィア。
 ペルソナは必死でここから逃げだそうとするが、体が全く言うことを聞かない。邪霊弾を2発、しかも零距離で撃たれたのだから無理もない。
(このままで……済むと思うな……外道め!)
 ペルソナの胸中では痛みに対する恐怖よりも自分をこんな目に遭わせた少女に対する憎しみが渦巻いていた。



 1階のロビーでは1羽のカラスが人間の死肉を貪っている。言う間でもなくフルリアだった。
『まったく、あの子もここまでやることないのにね。こんなに殺しちゃって可愛そうに……』
 その割には遠慮も無く死体を突付き散らしている。
『ちょっとはしゃぎ過ぎかしらね。そんなにあいつに会えるのが嬉しいわけ?』
 ふと階段に見覚えのあるシルエットを見つける。
 白い猫だった。
『あら、あんたは……そう、ここを守ってるのがペルソナだとしたら、あんたがいてもおかしくないか。久しぶりね』
 念話で話しかけるが、白い猫は冷やかにフルリアを一瞥した後、階段を駆け上がって行った。
 しばしそれを見送っていたフルリアはやがて不機嫌そうにぼやく。
『何よ。挨拶くらいあってもいいじゃない。まぁ、どうせこの時間帯ならマリツィアの勝ちでしょうけど……って、あらら』
 ガラスの外に映る景色が徐々に薄明るくなっていく。夜明けが近いようだ。
『これはちょっと時間をかけ過ぎたかしら。大丈夫かな、マリツィア』



 最上階にいた社長を初めとする、数名の重役と警備兵を全て血祭りに上げ、鼻歌交じりにペルソナの所に戻ったマリツィアが最初に見たのは、再生した顔で怒りの形相を作っているペルソナだった。
「……そういえば、外が少し明るいですね」
 強化ガラスから見える景色を眺める。夜明けが近い。
 夜の闇が駆逐され、光が差し込む。これはマリツィアとペルソナの力関係が逆転することを意味する。現時点では完全に夜が明けていないので、2人の力は互角といったところだろうか。
 だが、ペルソナが問答無用で剣を構えて襲い掛かってきたため、マリツィアの反応が一瞬だけ遅れた。
「……死ね!」
 呪詛の込めたれた声と共に振るわれた剣は先ほどよりも速く、マリツィアは右腕を切り落とされた。
 動きの鈍ったマリツィアの体を、ペルソナは幾閃も剣を煌かせて滅多斬りにする。紅い液体が飛び散り、ただでさえペルソナの血で汚れた床をさらに染めていく。
「うふふ……ふふふふ……」
 全身を切り刻まれながら、マリツィアは笑っていた。とはいっても、顔も口元以外は原型を留めていないので、全体の表情までは分からない。
「いい……いいわ! もっと斬って! もっと私を切り刻んで!」
 正常な人間が聞けば吐き気を覚えるようなおぞましい声だった。
 ペルソナの蹴りがマリツィアの、手足のない体を強化ガラスに叩きつけた。その衝撃で後頭部が生々しい音と共に潰れる。ペルソナはデリヴァード・メッソを抜き、引き金を連続で引き絞り、洗礼弾を撃ち込む。だが、洗礼弾はすでに弱りきっていたマリツィアの体をあっさり貫通して背後の強化ガラスを破壊した。さらに洗礼弾を撃ち込まれ、マリツィアの体――もうほとんど原型を留めていないが――が窓の外に飛び出してそのまま落下していく。地面に激突し、完全に肉片と化す。
 それを見下ろしながら、ペルソナは溜息をつく。彼女にはマリツィアが最後まで笑っていたかのように見えた。あれではまだ生きているだろうが、ここから追っても無駄だろう。このビルでの出来事が騒ぎを呼ぶ前にここを立ち去った方が良い。
 マリツィアもペルソナも吸血鬼だ。ただペルソナの場合、一般的に知られている吸血鬼のイメージとは異なり、昼間の方が強く、夜になると力が弱まる。一方のマリツィアは一般的な吸血鬼のイメージ通り、昼は力が弱く、夜に本領を発揮する。この2人の戦いは永く続いているが、未だ決着がつかない。もっとも、真面目に決着をつけようと考えているのはペルソナだけだが。



 アテオラル本社ビルが謎の襲撃者によって、たった一夜の内に壊滅させられてしまった。社長以下、重役が数名殺害されために半身不随の状態となり、運営が不可能になったため倒産。社員や支社はオリズレン社を初めとする複数の企業によって買収されることとなる(但し、重要な部分はオリズレン社が独占したらしい)。
 だが、そういった事件が起きても多くの人々の営みは変わらない。
 今日も色々な街で様々な人々が行き交う。
 そんな人々の中にあって、白装束の少女は目立つ存在だったかもしれない。
 少女の足下には青い眼をした白猫が同伴している。
 不意に前方から黒い人影が歩いてくる。喪服のような黒い服を身に纏い、縁の長い黒い帽子を被った少女だった。彼女の肩には紅い眼をしたカラスが止まっている。
 2人の少女がすれ違った。
『またいつか、ダンスのお相手をお願いしますね』
 頭の中に嬉しそうな少女の声が響き、白の少女は足を止めて振り返る。黒の少女の姿はすでに視界から消えていた。
『逃がしてしまっていいのかい?』
 今度は少年の声が響く。少女は足下の白猫を見下ろした。
『今は止めておきます。まだ先日のダメージも完全に回復していないですし、新しい仕事が入ったので……』
『そうかい。でも、無理は禁物だと思うよ。たまには休んだらどうだい?』
『お兄様のお心遣いには感謝いたしますが、こればかりは性分ですので……』
 白の少女は白猫に向けて苦笑を浮かべると再び歩き出した。



『大胆ね。堂々とすれ違うなんて……』
 去っていくペルソナと白猫を遠くに眺め、フルリアは呆れたようにぼやく。
『彼女は私と違って分別を弁えています。人ごみで下手な真似はしないでしょう』
『でも、いつかまたやり合うわよ? 今度は油断しないでよね? それから、いい加減あんな奴に入れ込むのは止めなさいって』
 マリツィアは悪戯っぽい笑みを浮かべてフルリアを見る。
『ですから、確かにペルソナを想っているのも事実ですが、私が1番愛しているのはフルリアお姉様ですよ。それは信じてください』
『はいはい、聞いてるとこっちが恥ずかしくなるから止めてちょうだい』
 そんなフルリアを横目に、マリツィアは今はもう見えない白い背中を思い浮かべる。次に会えるのはいつだろうか。
『ねぇ、今度はどこに行くの?』
 羽繕いをしながら、フルリアが尋ねる。
『そうですね……お金も溜まりましたし、しばらくの間はのんびり出来そうです』
 しばし考えてからそう答えるマリツィア。
 アテオラル本社ビルを壊滅させたことでカルネストから支払われた報酬は、4人家族が1ヶ月は遊んで暮らせる金額の現金カードとオリズレン社の施設を自由に利用できる許可証、そして持てるだけの弾薬。これならしばらくは元手がかからずに仕事が出来るが、ペルソナと違って、そこまでの勤勉さがないマリツィアは、当分休暇を取ることにした。ペルソナとの戦いで受けたダメージがまだ残っているというのもある。
『じゃあさ、たまにはリゾート地でも行ってみない?』
『太陽が苦手な私達がですか?』
『夜のビーチってのもいいんじゃない?』
『お姉様の今のお姿で海を泳ぐことができますか?』
『誰も泳ぐとは言ってないでしょうが』
 いつでも明るいフルリア。
 こんな姉が一緒なのだから、毎日が楽しい。どこに行くにせよ、しばらくはのんびりと過ごそう。
『ちょっとマリツィア、人の話を聞きなさいよ!』
 考え事をしていたらフルリアの怒声が聞こえてきた。



 ―――――閉幕



###後書きなのです###

 さぁ、ようやく話が1段落しました。いや、疲れた疲れた……(汗)
 いえね、実はこの話はストーリーの大半を2日で書いたんです。
 それでですね。友人達に読んでもらった結果、膨大な誤字脱字に文章の間違いが……(泣)
 その後、必死こいてあちらこちらを修正。それこそボロボロの欠陥住宅を修理するようなものでしたよ。
 友人達のおかげでどうにか無事に形になりました(^^;

 続きは一応、考えてはいますけど、予定は未定ってことでひとつ……(汗)
 例によって最後は慌てて終わりにしているところがあります。やっぱりいつも反省することは一緒か(汗)
 次回作を書くことになったら、その時はどぞよろしく(^^)
 感想なんかいただけると漏れなく私が喜びます(w





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