CONNECT12.『完全敗北』


 翌日の放課後。亜美は一人でそこにいた。
 街中の裏道に入ったところに存在する、古いバー。
 その場の雰囲気、周りの人間に怯える。
「う……うぅ……」
「お嬢ちゃん、こんな所に一人で来たのかい?」
 そこへ、一人の中年男性が近づいて来る。亜美は後ろへ下がった。
 どう見ても、怪しい感じのする男性。
「お嬢ちゃんだったら、オジサン奮発するよ」
「あ、あの……」
「こんな所じゃなくて、良い所に行こう。ねぇ?」
 そう言って、亜美の手を取る。亜美は振り払おうとした。
 しかし、離れない。男性が引っ張り、亜美の肩を抱く。
 恐怖のあまり、逃げようにも逃げられない亜美。その時、小石が飛んで来て男性の額に直撃した。
「ぐぁ!?」
「ふ、ふぇ……?」
「誰だ、石を投げたのは!?」
 男性が睨む。その先に、一人の男が立っていた。
 凛とした表情で、サングラスをかけたオールバックの男。
「その少女から離れろ」
「離れろ? 人様に石をぶつけておきながら、離れろだと?」
「離れろ」
 サングラス越しに睨む。中年男性は臆したのか、亜美の肩から手を離し、間髪入れずに逃げた。
 男が近づく。
「なぜ、こんな所にいる? ここは、お前のように純粋な心を持った少女が来るべき場所ではない」
「あ……ご、ごめんなさい……」
「何をしにここに来た?」
「えっと……む、村瀬将射さんを探していて……」
「俺をだと?」
 サングラスの男――――村瀬将射がやや目を見開く。亜美は驚いた。
「ふぇ……む、村瀬さんですか?」
「……ああ。俺が村瀬将射だ」
「村瀬さん……ふぇぇぇ〜っ」
 そう聞いて、突然泣き出す。流石の村瀬も驚いた。
 周囲の人間達が二人の方へ顔を向け、睨む。溜め息をつきつつ、村瀬が亜美の手を引いた。
「場所を変えよう。近くに喫茶店か何かあったはずだ」



 飛鳥が『レザリオン』の活動を行っているショップ。そこに、勇治はいた。
 チーム『レザリオン』のトレーニングを黙って見ている。
『おわっ!? 資質使わなかったら、避けれなかった……』
『使うなって言っただろ、歩!』
 辛うじて攻撃を回避したと思われるドライヴが、飛鳥のセルハーツに一撃で倒される。
 その強さは、勇治の知るセルハーツとは違っていた。
 見ただけで分かる。パワーアップしたセルハーツの強さは、全くの別物だ。
 そして、飛鳥の技のキレが増している。半年前とは比べ物にならない。
「あれが、今の飛鳥か……」
「勇治君!」
 そこに、明日香が現れる。勇治は無視して飛鳥の方を見ていた。
 明日香が話し掛ける。
「久しぶりだね。飛鳥君に用があるの?」
「無い。飛鳥のセルハーツを見に来ただけだ」
「そ、そうなんだ……」
 話が続かない。明日香は苦笑するしかなかった。
「そ、そう言えば、亜美ちゃんは元気? 『チーム・エンジェル』はどんな感じになってるの?」
「…………」
「え、えっと……」
「飛鳥に伝えろ。最強は俺だと」
 そう言って立ち去る。何かを言う前に、明日香は眼中になかった。



 落ち着いた雰囲気の喫茶店。そこで、村瀬は亜美にパフェを奢った。
 ようやく泣き止んだ亜美が、村瀬に頭を下げる。
「ごめんなさい……お願いがあって来たのに、奢ってもらって……」
「気にするな。お前に奢る位なら安い事だ」
「あ、ありがとうございます……」
 注文したコーヒーを一口飲み、訊く。
「それで、俺に何の用だ? 俺は、お前の兄の敵だぞ」
「えっと……その……」
 亜美が唇を軽く噛み、決心したかのように言った。
「お願いがあります。村瀬さん、『チーム・エンジェル』に入ってください」
 意外な一言だった。村瀬の目が少しだけ大きく開く。
「……チームに入れだと?」
「はい。今の『チーム・エンジェル』じゃ、お兄ちゃんが言うような最強のチームにはなれないし……」
「最強のチーム? そうか、今年からルールが変更されたのだったな」
 トーナメントにおける、ルールの変更。それは、シングル・コンビ・チーム戦における変更である。
 チームに所属するコネクターの場合、シングル・コンビのトーナメントには参戦できない。
 そのルールは、今年から変更され、トーナメント参加の幅を広くすると言うものだった。
 村瀬が首を横に振る。
「悪いが、断らせてもらう。さっきも言ったが、俺は荻原勇治にとっては敵だ。チームの調和が無くなる」
「それは……それは私がどうにかします。だって、私は『チーム・エンジェル』のリーダーだから!」
「…………」
「お願いします。お兄ちゃんが何を考えているか分からないけど、私は村瀬さんが必要だと思います」
 勇治の考える最強のチーム。それは、どんなメンバーが必要なのかは分からない。
 しかし、これだけは分かる。
 兄が親友でもあり、ライバルでもある飛鳥と思う存分戦うには、兄自身が強くなる必要がある。
「お兄ちゃんは強いけど、今より強くなるなら、村瀬さんみたいな人がチームにいないと……」
「……良いのか? 俺は、兄より強いぞ」
「大丈夫です。お兄ちゃんなら、きっと村瀬さん以上に強くなります」
 その言葉を聞いた村瀬が、少しだけ笑う。
 あの兄あって、この妹あり。レガリアと言う差があったとは言え、自分が勇治に負けたのも納得できる。
「……良いだろう。『チーム・エンジェル』に加わらせてもらう」
「本当ですか!?」
「ああ。その代わり、俺の事は将射で良い」
「はい! ありがとうございます、将射さん!」



 翌日。勇治はまたも紡を使って特訓していた。
 いや、特訓と言うよりは、もはやイジメに近い。
 ディル・ゼレイクの射撃が、今日も紡のドライヴを相手に映える。
「いや、勇治さん、これ鬼でしょ!?」
「関係ない」
「関係あるって!?」
 繰り出される、容赦の無い攻撃。必死になって、紡は回避する。
 しかし、それは長くなかった。完全に捉えられた紡のドライヴは、あっと言う間に破壊される。
「回避できるわけねぇだろ……」
「この程度か……」
 これなら、まだ光哉の方が十分相手になる。そう、勇治は思った。
 コクピットランサーから降り、溜め息をつく。
「所詮、紡程度じゃ意味が無い」
 せめて、長い間耐えられるほどの耐久力があればと思うが、それも期待できない。
「時雨の奴が入れば、少しはマシになるだろうが」
 それでも飛鳥には勝てない。飛鳥が作ったチーム『レザリオン』には。
 飛鳥のメンバーの集め方を見ても分かる。間違いなく、飛鳥は何か狙いがある。
 トーナメントで優勝するには、最低でもあと一人、相当な実力を持ったコネクターが必要だ。
 色々と考えている勇治に、紡がゆっくりと近づき、話し掛ける。
「勇治さん、俺もう帰って良いッスか? 今日はこれから彼女と予定が……」
「あと2時間続けるぞ」
「2時間!? つーか、今日はもうこれで勘弁を……」
「却下だ。今のままで、お前が使い物になるわけがないだろ」
「うわ、酷ぇ……」
「使い物にならないのは、お前の方だろう? 『マグナム・カイザー』荻原勇治」
 その言葉に勇治が反応する。勇治にとって、最も見たくない顔がそこにあった。
 かつて、強敵だった『ダーク・フォース』の一人、『アサルト・ハンター』村瀬将射。
 勇治がドライヴを構え、睨みつける。
「貴様は……!」
「久しぶりだな。あまり、強さは変わっていないようだが」
「……!」
「お兄ちゃん、ダメッ!」
 勇治の目が見開く。村瀬の後ろに亜美がいた。
「亜美……!?」
「将射さんは、今日から『チーム・エンジェル』に入るんだから、仲良くだよ!」
「何……!?」
「そう言う事だ。これからは仲間として宜しく頼む」
 村瀬が握手を求める。勇治は拒否した。
「断る」
「お兄ちゃん!」
「亜美は黙っていろ。こいつをメンバーに加える気は無い」
 亜美を睨む。亜美は初めて、兄である勇治から恐怖を感じた。
 兄が今よりも強くなるには、同じかそれ以上の強さを持った人間と特訓する事。
 しかし、やはり相手が悪かった。
(でも、私が知ってるお兄ちゃん以上の強さの人って……)
 知っているのは飛鳥や他の『フォース・コネクター』程度。皆それぞれ別チームだ。
 因縁の中でも、兄にはこの人が必要だ。そう、亜美は思った。
 勇治を睨みつけ、亜美が声を上げる。
「黙らない! 私がリーダーだもん! 私が決めた事だから、お兄ちゃんは文句言わないで!」
「何を言っている。こいつだけは絶対に断る」
「じゃあ、お兄ちゃんが抜けて!」
「何……!?」
 勇治の目が見開く。
「亜美、お前何を……」
「『チーム・エンジェル』は私のチームだもん! だから、文句があるならお兄ちゃんがチームから抜けて!」
 亜美の言葉に、勇治が言葉を失う。それを見ていた紡は逃げるタイミングを完全に逃していた
 村瀬が「そう言う事だ」と勇治の前に出る。
「リーダーである彼女が決めた事に従う。それが、それが普通だ」
「…………」
「まだ何か言いたそうだな」
「……うるさい」
 勇治が村瀬を睨みつける。そして、ドライヴを構えた。
「お前を認める気はない。チームに入ると言うのなら、俺とバトルしろ」
「お兄ちゃん!」
「亜美、これは俺のケジメだ。黙っていろ」
「お兄ちゃん……」
「良いだろう。そのバトル、受けて立つ」

 ――――タ〜リラ〜リラ〜ン♪

 突然、目の前のバトル・フィールドが海のフィールドとなり、そこから審判が姿を見せる。
 頭にゴーグル、口元にシュノケール。そして、海パン姿に浮き輪を持った中年の男性がそこにいた。
「ただ今より、このバトルは公式バトルと認められました。
 審判は私、モリ森田! ようやく出番が回って来ました!」
「そう言えばいたなぁ、審判……って、ここって海限定じゃないよな……」
 審判の姿を見つつ、紡が言う。なぜ今のうちに逃走しないのかは不明
 モリ森田が説明する。
「今回行われるバトルはシングル! 対戦者は――――」
「とっとと始めろ。説明とかは聞く気ない」
 勇治が言う。モリ森田が肩を落とした。
「……聞く気ない……せっかくの出番なのに……」
「早くしろ。審判退場させるぞ
「し、失礼致しました! それでは、両者コネクトを!」
 勇治の脅しに、モリ森田が進める。もはや、『フォース・コネクター』のやる事ではない
 コクピットランサーに乗り込み、ドライヴを接続する。



 フィールドは海。そこに構築された2体のドライヴ。
 勇治が乗るディル・ゼレイク。そして、村瀬のレイ・マキシマムだ。
「レイ・スペル・ショット無しで俺に勝てると思うな」
『あんな物は無くても、俺はお前の攻撃を全て防ぐ事が出来る』
 勇治の言葉に対し、村瀬が挑発する。勇治が奥歯を噛み締めた。

「準備は宜しいですね? それでは、コネクト・バトォォォル、ファイッ!」

 モリ森田による開始が告げられた直後、ディル・ゼレイクが動く。
「フレアマグナム」
 放たれる高速の弾丸。村瀬は目を鋭くした。
 弾丸一つ一つに中心点が見える。そこを狙い、全弾を撃ち落す。
「……っ!」
『戦い方も変わらないようだな』
「黙れ」
 ディル・ゼレイクの全武装の砲門が開く。
「フルバースト・フレア」
『遅い。ミラージュ・スペル』
 攻撃しようとした勇治に対し、村瀬のレイ・マキシマムが弾丸をディル・ゼレイクとは全く別の方向へ撃つ。
 そして、瞬時に二発目を撃ち、一発目の弾丸に当て、方向を転換させてディル・ゼレイクに攻撃した。
 呆気なく、右肩に弾丸を撃ち込まれる。勇治の目が見開かされる。
「何……!?」
『その程度か、戦い方だけでなく、強さも変わらないとはな』
「くっ……!」
『話にならない。この勝負は俺の棄権で終わりだ』
 そう言って、レイ・マキシマムが銃を下す。勇治がその姿を見て、銃を放った。
 その瞳は、完全に馬鹿にされた。そう捉えている瞳。
 放たれた攻撃を、村瀬は簡単に撃ち落とす。
『無駄だと言っているだろう。お前の攻撃は全て、『金剛の瞳』で迎撃できる』
「ふざけるな……! 棄権だと? 俺を馬鹿にしているのか!?」
『そう捉えてもらって良い。レガリアの力が無ければ戦えないお前は、俺と戦う価値は無い』
 レイ・マキシマムがコネクト・アウトする。それを見ていたモリ森田は唖然としていた。
 が、すぐに我に戻り、判定を言い渡す。
「え、えー……対戦相手の棄権により、勝者『マグナム・カイザー』荻原勇治!」
 勇治の勝利。しかし、勇治は納得がいかなかった。



「すまないな、今の状態でチームに入る事は出来ない」
「将射さん、そんな……」
 コクピットランサーから降りた村瀬が亜美に言う。そして、今だ降りて来ない勇治の方を見て言った。
「あいつに伝えておけ。一週間時間をやる。それまでに強くなれと」
 そう言って、立ち去って行く。逃げる事を忘れていた紡が、その姿に見惚れていた
「勇治さんの攻撃を全部阻止して、あの格好良さ……よし、俺はあの人について行くぜ!
 その瞬間、後ろから頭を軽く叩かれる。
「ふざけた事を言わないように。あとで酷い目に遭う事になるわよ?」
 と、いつの間にか来ていた朧が言う。
「う、確かに……」
「お兄ちゃん、大丈夫かな……」
「大丈夫よ。今は、そっとしておいた方が良いけれど」
 亜美の頭を撫でながら言う。

 そして、勇治はコクピットランサーに乗り込んだまま、歯を噛み締めていた。



次回予告

 明日香「勇治君、大丈夫かな?」
 飛鳥 「大丈夫だって、勇治だから」
 明日香「飛鳥君、今回は流石に冷たいんじゃ……」
 飛鳥 「勇治があのまま終わるわけないだろ。俺のライバルなんだから」
 明日香「そうだけど……」

  次回、CONNECT13.『決断する時』

 勇治 「亜美を泣かせる気はない。それが、俺の答えだ」

 明日香「次回は勇治君対村瀬将射さん再び!?」
 飛鳥 「今のままで勝てないんだから、強くなる必要があるんだよな……。
     って、嫌な予感がするのは俺だけか?」

 明日香「飛鳥君……」




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