序章 ヴァトラスとの出会い


 両者の竹刀が激しくぶつかる。一人は老人でもう一人は少年だ。
「少しは腕を上げたのぅ」
「これでも、免許皆伝だぜ?」
 老人と少年は、互いの竹刀を交えながらも会話をする。
 周りでは、門下生と思われる少年達が二人の接戦を見て歓声を上げていた。
 その応援の中、少年は老人の隙を突いた。
 懐に入り、竹刀を強く抜刀する。老人は激痛が走ったかのような顔で横に倒れる。
「どうだ?俺の勝ちだぜ、じじい!」
「まだ青いのぅ」
 老人は軽やかに宙を舞っていた。目の前にあるのは、布団を丸めた身代わりだ。
 少年の頭に立ち、竹刀を突き出した。
「これで、またわしの勝ちじゃな─────ぬおっ!?」
 そう思っていたのは間違いだった。老人は少年ではなく、木の柱の上に立っていた。
 少年はと言うと、老人の後ろにいたりする。
「お前は忍者かぁっ!?」
「それは、俺の台詞だぁ!」
 その瞬間、少年の見事なかかと落しが老人の頭上に決まった。



 一人、門の前で彼は待っていた。
「あいつ、遅いな」
 今の時間帯は、生徒達が下校している。その中、ハヤトは一人立っているだけだ。
 門から出てくる生徒達は、学生服やセーラー服だが、
 ハヤトだけ紺のブレザーに青のネクタイ。そして黒のズボンである。
「受験の前日にインフルエンザなんて、俺も未熟だよな」
 本当ならば、この高校に通うはずだった。ハヤトはそう思いながら待つだけだった。



「ふむぅ。お茶が美味いのぉ」
 同時刻、日の当たる和室で、獣蔵はほのぼのとお茶を飲んでいた。ハヤトの祖父に当たる人だ。
 しかし、ハヤトの妹のサキには好かれるのに、なぜかハヤトには嫌われる。それが獣蔵だった。
「しかし、雲行きが怪しいのぅ」
 空を見上げて、獣蔵は呟いた。しかし、空は雲も無い快晴だ。
「おじいちゃん、お電話なの〜」
 髪を三つ編みにしている少女は、獣蔵にそう言った。
 獣蔵は、「ほう?」と言った感じで少女の元へ行く。
「サキは良い子じゃな〜。ハヤトと違って」
「えへへ〜」
 サキの頭を撫でて、獣蔵は電話に出た。
 無精ひげをいじり「誰じゃ〜?」と言っている。
『結構、変わったようね』
「その声は、グラナじゃな〜?」
 声を聞いて、獣蔵はほのぼのと言う。声の主は、昔とは違ったようで呆れていた。
『貴方が五十二年前の“霊王”なんて、誰も思わないでしょうね』
「そうかのう?」
『……それよりも、本題に入りましょう』
 グラナは無視して本題へと話を変えた。
『もう気づいているとは思うけど、また始まるわよ』
「やはりそうか………」
 深刻そうな顔をして、獣蔵は眉を捻らせた。
『彼は目覚めを待っているわ。あとは、貴方の意志を継いだ者だけ』
「安心せい。わしより頑固で、強い奴が一人おる」
『そう。じゃあ、期待してて良いのね?』
「当然じゃ」
 グラナは、電話越しにクスクスと笑うと「じゃあ、また」と言って電話を切った。
 獣蔵は、ひげをいじりながら呟いた。「戦いが始まるか」と。



 ハヤトはまだ立っていた。いつになっても、来る気配が無い。
 その時、人影が見えた。
「来たな────!」
 その瞬間、見たくも無い光景を見てしまった。
 目の前には、仲の良さそうな男子と女子が、一緒に歩いている。
「あ、ハヤト………」
「そいつ、お前の彼氏か?」
 ハヤトは彼女────髪を肩までしかないショートカットにしたサエコに言った。
 サエコは何も言えず目を逸らしている。
「そう言う事か」
「ま、待って!」
「俺は、結局俺は、ただの友達なんだろ?」
 その言葉を聞いて、サエコは顔を下げていた。ハヤトはただ歩くのみ。
 握り締めていた手からは、少しだけ汗が滲み出ていた。



 家が近くになるにつれて、ハヤトは抑えきれていなかった。
「一体、一体何だよ!やっと想いを伝えたのに、結局は、ただの友達かよ!」
 悔しい思いで一杯だった。
 幼なじみで、中学三年の頃に、一緒のクラスになって彼女の事が好きになっていた。
 そして、高校へ入学した時に、想いは通じ合えたと思っていた自分が、馬鹿らしく思えてきた。
「結局、俺は独りなのか!」
 その言葉は、ハヤトにとって意味深き言葉だった。



 家に帰ると、祖父・獣蔵から「話がある」と言われ、彼は祖父の部屋を訪れた。
「話って何だよ?」
「とにかく座れ」
 ハヤトはすんなりと言う事を聞き、獣蔵の前に座った。
 書物が並んでいる部屋は、いつになく薄汚い。
「神崎家が霊力者として、身華光剣術を築いてから、もう千年以上にもなる」
 神崎家は、先祖代々霊力者として名の知られた一族だ。
 その中でも、身華光剣術と言われた先祖代々の剣術がある。
 ハヤトも霊力者であり身華光剣術を体得している。
「なぜ、神崎家の人間が全員霊力者なのか、お前は分かるか?」
「分かるわけ無いだろ。俺は、何も聞かされてないんだからな」
「全ては、宿命の為じゃ」
「じじい?」
 祖父の様子がいつもとは違って見えた。ハヤトは何かがあると思い身構えていた。
 獣蔵は、棚の上から何かを取り出した。
 黄金の柄に青い宝玉がはめ込まれている剣だ。刃が部屋の中で鈍く輝いている。
「持ってみろ」
「は?」
「持ってみろ」
 そう言われ、ハヤトは剣を手にする。すると、剣を持った瞬間、体が光り始めた。
「こ、これは?」
 祖父の顔を見る。獣蔵は無精ひげをいじりながら、ハヤトの瞳を見て呟いた。
「もはや、全世界を救えるのは、お前だけじゃ」
「じじい?」
「仲間と共に戦うのじゃ」
 その言葉と共に、ハヤトの姿は突然消えていった。持っていた剣がカランという音を立てて落ちる。
 獣蔵は「ハヤト、もはや霊王として戦えるのはお前だけじゃ」と呟き、剣を棚へ戻した。



「ハヤト、誤解してる………」
 一人、サエコは歩いていた。
 ハヤトには言えない事があって、たまたまクラスの男子に相談してもらっていた時に、
 ハヤトが偶然にもその光景を見たのだ。
「私、どうすれば良いのかな………?」
『戦うのだ』
「え?」
 声が聞こえた。辺りを見回しても、誰もいない。
『戦うのだ。霊王を殺すのだ』
 漆黒の光が、彼女を包んだ。
 サエコはその光がとても悲しく、憎しみに満ちている事に気づいた。
(助けて!)
 声が出ない。いや、出せない。
(助けて!ハヤト………!)
 その声は届かず、彼女の姿は消えていった。



 気づけば、神殿の中のような場所にいた。
 持っていた剣も無く、辺りを見回しても、出口のようなものは無かった。
「………ここ、どこだよ?」
(待っていた)
「?」
 頭の中に声が聞こえ、見回す。しかし、人の姿は無い。
「────!」
 見上げた途端、正直驚いた。ロボットが巨大な岩に腰掛けている。
 四枚の翼と胸で輝く青い宝玉が印象に残って、こちらを見ている感じがしている。
(私に乗るのだ)
「乗るって、まさか、お前が?」
 俺に語りかけている?ハヤトは少しずつロボットの元へ近づく。
 ロボットは彼が近づいてきたのを感じて、胸の部分を展開した。
 乗れと言っているのだろうか?ハヤトはそう思いながら、ロボットの胸の部分まで登った。
 胸が展開された部分は、人が一人座れるスペースがあり、その両側には青い球体がある。
「コクピット、だよな?」
 その瞬間、まるで吸い込まれるかのように内部へと入ってしまう。
 ロボットはハヤトが入った事を確認して胸を閉まった。
「お、おい?」
 ハヤトは「何するんだよ?」と言うが、ロボットは反応してくれない。
 そして、軽はずみで青い球体に触った瞬間、
 ごうっと言う音を立てて、ロボットが立ち上がった感覚がわかった。
 目の前には、モニターであろうか、神殿の内部にいる事がわかる。
「この球体から伝わって、こいつが動いているのか?」
 いや、違った。ロボットは突然空を飛んだ。



 天井を打ち破り、外へ出る。外は草木がなく、ただ荒れ果てた大地しかなかった。
「……地球じゃないのか?」
 辺りを見回しても、あるのは荒れ果てた大地のみ。
 軽く息を吐くと、ロボットに語りかけた。
「そう言えば、お前の名前聞いていないな。俺はハヤト。お前は?」
 頭に何かが伝わってくる。
「霊戦機ヴァトラス」と言う言葉。それだけが、頭の中に伝わってきた。
 ハヤトは少しだけ笑顔が零れた。なぜだか分からない。
 けれど、分かるのは自分の居場所が、ここにあると言う事だ。
「ヴァトラスか。……これからよろしくな、ヴァトラス」
 それに答えるかのように、ヴァトラスは緑色の瞳を輝かせた。
「こちらこそ」と言っているのが良く分かる。



 暗闇の征する場所で、七つの鼓動が奮い立たせられた。
「待っていたぞ、霊王!」
 紳士的に身を整えている男が、高々と笑う。七つの鼓動は、憎しみの満たされた光を放っていた。

 時はすでに満ちていた。ここ、ネセリパーラで────



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