「霊力の反応が確認されました。おそらくは………」
白髪を後ろで束ねている艦長の老母グラナに、一人の男が告げる。
「では、貴方は元の役職に戻りなさい」
「────艦長!大変です!《怨霊機》の反応があります!」
その言葉が耳に入った瞬間、グラナはその場から立ち上がった。
(気づかれた?いや、そんなはずはない。
光学遮光迷彩を取り入れているイシュザルトは、怨霊機にも気づかれないように作ってある)
グラナはそう思いつつ画面をまじまじと見た。
全体を赤い塗装で統一し、超巨大な移動要塞イシュザルトは、この世界では戦艦クラス最強を誇る。
光学遮光迷彩機能を搭載しているのは、このイシュザルトだけだ。
ヴァトラスのコクピットを通してその世界を見ているだけだった。
「これから、どうすれば………?」
それしか考える事が無かった。自分の知らない世界で、どうすれば良いかハヤトは考える。
『見つけたぜ、霊戦機!』
横からマイクを通じたような声が聞こえ、振り向く。
骸骨を思わせる細く軽やかなボディで黒く薄汚いようなマントを羽織っているロボットがそこにいた。
ヴァトラスがその死神を思わせるロボットを見て敵意を燃やしている。
「お前、誰だ?」
『貴様に名乗っても意味ねえよ!ここで殺されるんだからな、俺に!』
「………ヴァトラス?」
ヴァトラスが身構えた。右手に祖父から持たされた剣と同じ形の剣が持たされる。
そして、頭に何か伝わってくる「《天馬》を救え」と。
意味が分からず剣を横に構える。相手のロボットは、巨大な鎌を振りかざしてきた。
刃こぼれがあるが、嫌な感覚が勇人を襲う。
「身華光剣────!?」
相手の動きが速かった。辛うじて避けたが、右肩を軽く斬られ、バランスを崩す。
「速い?動きが、少ししか見えなかった」
こんな事は初めてだった。
祖父の太刀筋すら軽く見切れるのに、目の前にいるロボットの前では全く通用していない。
ヴァトラスの動きは、少しぎこちなく思った動きができないのも一理あるが、
自分が初めて動かすロボットの動きに合わせる事ができないのが主な原因であろう。
「やばいな。何も知らない世界でいきなり死ぬか? 俺」
縁起でもない事を言って苦笑するハヤトは、ヴァトラスを通じて剣を構えなおした。
相手と間合いを取り、相手より素早く攻撃する。
そう思いつつじりじりと間合いを取りながら相手の様子を窺う。
戦艦イシュザルトは、怨霊機の反応のある場所へ辿り着いた。そこでは、すでに戦いが始まっていた。
「間違い無いわね。霊戦機ヴァトラスが目覚めている」
四枚の翼を持つロボットを見て、グラナは「苦戦してるわね」と呟く。
「どういたしますか?」
「少し様子を見る。イシュザルトはこのまま待機」
中年の副長────ロフ・シリーズの言葉にグラナは返答した。
そして、目の前にある霊力の数値を図る事ができるモニターを覗き込んだ。
画面には「霊力値:800を維持」と言う文字が浮かび上がっている。
「八百で維持している?獣蔵でも四百近くがやっとだったのに………。
今度の操者はそれを遥かに超えているって言うの?」
しかも、その数値を維持して戦っている。
強力な霊力を持っている者でも、少しは変動があるのだ。しかし、彼には無い。
それは、彼の霊力が《無限大》を意味しているのと同じだった。
やはり、動きでは相手の方が勝っている。
そう気づいたのは、二発目の攻撃を受けた時だ。ヴァトラスの左腕には斬られた跡がある。
「動きが読めない。どうすれば良いんだよ………?」
ヴァトラスは人間のように肩で呼吸している仕草を行っている。
額にかいた汗をハヤトは袖で拭き取った。
『どうした?やっぱ霊戦機の力はこの程度なのかぁ?』
相手はこちらを見ながら言う。それが勇人にとって初めて聞くような台詞だった。
(初めて聞いたな「その程度なのか?」って)
そう思いつつ身構え、対峙する。剣が鈍く輝いて空へと掲げた。その瞬間跳躍する。
「身華光剣、朱雀爆輪剣!」
剣を無造作に振り落とし、その素早い振りと空気が摩擦によって炎を生み出した。
かまいたちの如く飛んでいく。
そのかまいたちを、鎌で無造作に切り払われた。
『おいおい、弱いぜぇ?』
「相当強い奴だ。じじいに教わった剣術も、役に立たないか」
相手の攻撃は見切れず、こちらの攻撃は無意味に散る。ハヤトは「恨むぜ」と呟いて剣を横に構えた。
「身華光剣、青龍弐刀剣!」
抜刀し、素早く垂直に振り落とす。青く龍の姿をした波動が放たれた。
『また弱い攻撃かぁ?』
鎌で波動を吹き飛ばす。相手が笑っているのが良く分かる。
そして、鎌がヴァトラスを襲った。
戦艦イシュザルトは、その場から動かず、ただ戦いを見ていた。
その中、グラナは彼の霊力値を見ながら呟いていた。
「彼の霊力が、ヴァトラスの力を超えている。あれじゃ、勝つ事はできない」
なぜ、彼に維持できる程の霊力があるのかは分からない。
しかし、今は彼しか怨霊機と戦えない。それが現実だった。
グラナは目の前のスイッチを見た。ミサイル発射のスイッチだ。
彼が負ければ、イシュザルトで怨霊機を破壊する気で、グラナは戦いを見続けた。
鎌を辛うじて避け、ヴァトラスは後退した。
そして、ハヤトは考えついた。一度技を放ち、その一瞬を突いてもう一発放てば、相手に太刀打ちできると。
「確率は五分と五分って感じかな?」
ヴァトラスが構える。剣の平たい部分を相手へと向ける。
「身華光剣、白虎地裂撃!」
即座に剣を地面へ刺し、その衝撃が地を走って相手へと向かっていく。
それと同時に、ヴァトラスは突撃した。
『何度やっても同じだ!』
地を走る衝撃波を鎌で受け止める。しかし、気づけば目の前にヴァトラスの姿があった。
「身華光剣、玄武正伝掌!」
力強く抜刀された剣。確実に捉えたと思った。相手の腹部を両断していく。
────やったか?
いや、違う!そう思ったのは、相手の腹部が両断されていく時に、まるで影でも斬った感じだった。
雲のように消えていき、唖然とした状態だけがそこにあった。
「消えた?」
そう言っているうちに隙を見せてしまった。相手がいつの間にか後ろにいる。
『幻影って分かるか?俺は、幻影が使えるんだよ』
「まさか………?」
その後、何かを言う前に鎌で背中を攻撃された。ヴァトラスの背中に跡が残り、そこから電気が流れ出る。
「くっ!」
大きく振り返って剣を抜刀する。相手は幻影で再びどこかへと姿を消した。
「また、幻影か?」
辺りを見回しても姿は無い。
焦りが表情に出た時、空に何かを感じた。
上空で、鎌を持った死神がこちらを見ている。
『死ね!』
「避けてくれ、ヴァトラス!」
右へとヴァトラスが動く。しかし、鎌は静かに振り落とされていた。
右腕を肩から切断され、ヴァトラスが悲鳴を上げている。
「ぐぅっ!」
右肩に激痛が走った。ヴァトラスを通じて痛みがハヤトを襲ったのだ。
相手は「くかかかかっ!」と笑う。
「……怖がっているのか……俺………?」
肩が震えている?気のせいと思っているが、確かに震えている。
どこの誰だか知らない相手に、自分は怖いと言うのか?
『どうしたぁ?』
「……くっ!」
右腕を斬られた事で、剣は遠くに吹っ飛んでいる。剣を取りに行こうとすれば隙ができて間違いなく殺される。
肩はまだ震えている。首を振りながら冷静さを保とうとするが、集中する事もできない。
「艦長!俺達は出撃できないのかっ?」
一人、アルス・ガスタルはグラナの目の前で怒鳴った。
年齢的にはグラナの方が上だが、関係無いらしい。
「落ち着きなさい。それに、貴方達の霊力機は調整中のはず」
霊力機とは、霊戦機を似せて作った巨大兵器の事である。
しかし、怨霊機に太刀打ちできない性能では、全く無意味なのだ。
「今は、彼の戦いを見ていなさい」
そうグラナは告げる。
アルスはその時、拳を握り締めていた。
「……くそっ!」
震えた体で唇を噛み締めた。
ハヤトは集中できない自分に苛立ちを感じていた。
鎌を持った見ず知らずの死神は、ただこちらを睨んでいる。
「……ふざけるなよ………!また、また、昔に戻りたくない………!」
そう、あんな過去はもう沢山だ。いつも一人だった過去なんて………!
相手を鋭く睨む。しかし、頭の中は昔の事で一杯だった。
「……もう、もうバケモノなんて呼ばれたくない………!俺は、俺は………!」
「ヴァトラスの操者、精神波に乱れが生じてきました」
副長ロフの言葉に、グラナは眉を微動させた。
「精神波がかい?」
「ええ。珍しい事なのですか?」
「獣蔵の時には無かった事だからね。このままイシュザルトは待機。霊力機の調整は終わったかい?」
通信機を通して、霊力機を格納している格納庫にいる霊力機開発者────孫のアランに尋ねる。
オイルまみれのアランは、頭を掻きながら通信機に言う。
「ダメだ。婆ちゃん、材料が足りない」
『一機も無理かい?』
「ああ。全機出撃不可能。以上」
そう言って通信をこちらから切る。アランは、その後、目の前にある五体のロボットを見た。
五体のロボット────霊力機は、相変わらず調子が悪い。
「お前達さぁ、いい加減調子良くならないか?」
霊力機に向かって言う。しかし、当然の事返事をしない。
「あんな過去は、あんな過去だけは!二度と見たくない!」
剣が強く握られ、ヴァトラスは身構えた。
ハヤトは唇を噛み締めながら下を向いていた。
あの頃の自分は、悲しみで溢れた瞳を持っていた。
なぜ、悲しみに溢れていたのか、それは自分が神崎家の宿命を背負って生まれてきたからだ。
幼い頃から、すでに物心無いうちに竹刀を振り続けさせられていた。
しかし、それは自分が神崎家にとって、獣蔵のみが修得した身華光剣術の後継者としての事だ。
ただの《道具》に過ぎない。生まれた頃から、人生は決まっていたのだ。
父や祖父を超える生まれ持った力。誰よりも優れている天才と言う才能。
全てが嫌だった。《怪物》として罵られ、
身華光剣術の後継者として教育を受けさせられながら、皆に避けられていた。
────誰にも分かるはずがない孤独。
それがハヤトにはあった。生まれてから十三年と言う長い間に渡って、その孤独は続いていた。
「精神波、急激に低下!艦長!」
焦りを見せたロフが叫ぶ。
グラナは、目の前にあるスイッチを見ながら言った。
「総員、攻撃の準備を!ヴァトラスが倒れ次第、イシュザルトは攻撃を開始する!」
グラナの言葉と共に、乗組員全員が素早い動作を行う。
「アラン、主砲の調子はどうだい?」
『無理だ。今のイシュザルトの状態じゃ、ミサイルを撃つのが精一杯すぎる』
通信機を通してアランは答えた。
イシュザルトの主砲は、かなりの威力を持ち、それ相応の高出力が要求される。
しかし、それが問題なのではない。主砲を出力最大で撃てば、間違いなくネセリパーラは壊滅するだろう。
グラナは舌打ちし、メインモニターに移る怨霊機を睨んでいた。
『最後だぁっ!』
死神の鎌が、ヴァトラスを捉えた。
胸を直に斬られた霊戦機は、その四枚の翼を地面に叩きつけながら倒れ込む。
『うひゃーひゃっひゃっひゃっ!これで、力は俺様のだぁ!』
「ミサイル発射!」
高々と笑っていた男は、油断をしていた。
グラナの言葉と共に発射された計十発のダーツ型のミサイルは、死神の背中を捉えたのだ。
イシュザルトは、光学遮光迷彩を解き、その赤く巨大な姿を現した。
「イシュザルト、怨霊機の力を推測!」
グラナの声と共に、人工知能でありこの戦艦のメインシステム・イシュザルトは光を発した。
人工知能を搭載したイシュザルトの本来の戦法は、怨霊機でさえも追い込む事が可能だ。
メインシステム・イシュザルトは、グラナの目の前にあるモニターに検出した怨霊機のデータを表示する。
『推測完了。《死神》の怨霊機と判断。幻影に気を配りつつ攻撃をするのが効果的』
「少し厄介だね。ロフ、ヴァトラスの操者は?」
「辛うじて生命反応はあります。しかし、今だ精神波は低下中です」
副長ロフの言葉を聞いて、グラナは「獣蔵も、酷い奴を《霊王》に選んだものね」と、
誰にも聞こえないほどの声で呟いた。
頭を強打したせいか、額には血が流れていた。
手についた朱色の血を見ながら、ハヤトはその拳を力強く握った。
血がポタポタと静かに足元に垂れていく。
「俺は………」
ヴァトラスが立ち上がらない。いや、俺の力がヴァトラスを動かすほどまで残っていないようだ。
けれど、負けたくない。見ず知らずのこの場所で、
しかも、どこの誰だか知らない奴に、このまま負けたくは無かった。
「あんな過去に………!あんな奴に………!」
ハヤトの額が静かに光り始めた。
古の太陽を思わせるその紋章のような絵は、少しずつハヤトの額に浮かび上がってくる。
「あんな奴に………負けるかぁぁぁぁぁぁ!っ」
その叫びと同時に、額の紋章らしき絵が、コクピット中に眩しく輝き出していた。
イシュザルトのミサイルは、死神の幻影の前にことごとく散っていく。
そして、相手の鎌は、赤い装甲を切り裂いていく。
「第三装甲まで破損!」
「ミサイル、全て迷走中!一向に命中する気配なし!」
オペレーター二人の言葉に、グラナとロフは唾を飲んだ。
滴る汗が、嫌な感覚だ。
「ロフ、この状況でどうすれば良いか、お前には分かるかい?」
「……いいえ。私が分かるとすれば、イシュザルトの負担を無視して主砲を撃つ事ぐらいしか………」
「あんたにしては、良い考えだ」
「まさか、艦長っ?」
ロフは気づいた。グラナが主砲を撃とうとしている事に。
グラナは、ロフの表情から察したのか、静かに頷く。
「出力を最低限にまで抑えて撃つ」
「しかし、それでは………」
無謀すぎる、と言おうとしたロフだったが、グラナは静かに首を横に振った。
「彼が、《霊王》があの状態じゃ、仕方の無い事さ」
「────霊戦機操者、霊力値上昇!」
オペレーターの一人が叫ぶ。グラナとロフは互いの顔を見つめた。
急速に霊力値が上昇していく。彼は、あの八百と言う霊力を遥かに超え、維持していた。
だが、それは違っていた。彼の先程までの霊力は、あれが普通か制御できている。
グラナはもう一度彼に託してみる事にした。
ヴァトラスがゆっくりと立ち上がる。
全身を眩しく光り輝かせながら、その剣を構えた。
「はあぁぁぁぁぁぁっ!」
叫びと同時に、素早くハヤトの意志がヴァトラスへ伝達された。
一瞬のうちに死神の懐に入り込む。そして、抜刀────
『な、なんだとっ?こいつ、俺の行動が分かっているのかっ?』
幻影で避けたのだが、ヴァトラスはすぐに自分を見つけ、接近してくる。
今までの奴の力は一体なんだったんだ、と思いつつ、死神はヴァトラスから遠ざかる。
しかし、それでもヴァトラスは物凄い速さで近づいてくる。
脂汗が滴り、恐怖を感じている。
「まだ上がるか。彼には、限界が無いのか?」
「現在、四千を越えました。このままでは、先に測定機の方が壊れるでしょう」
その言葉を聞き、グラナはロフに呟いた。
「霊王が、目覚めた」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
剣が青白く輝く。ハヤトは一閃の如く駆け抜けた。
死神を両断する。ヴァトラスはその目を輝かせていた。
『馬鹿な!? この俺が、この俺がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』
霊戦機に負ける!? しかも、こんな動きの鈍い奴に!
怨霊機の全身が光の粒子となって消えていく。
その時、ハヤトは意識を失った。
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