神殿からコトネ、シュウハの二人をヴァトラスの手に乗せる。
「問題は、イシュザルトとどう接触するか、か」
「そっちはそのうち迎えにでも来るだろう。あれの乗り手の顔を拝むのが先だ」
 と、コトネが言う。ハヤトは頷いた。
 ヴァトラスを動かし、霊戦機ペガスジャーノンに近づく。

『あらあら? これはどうすれば良いのかしら〜?』

 ペガスジャーノンの中から聞こえてきた声。それは女性の声だった。シュウハがふふっと笑う。
「いやはや、ペガスジャーノンの操者は女性ですか。口調的には先程のような戦いができていたとは思えない方のようですが」
「ふん、女はお前が思ってるほどお淑やかじゃないんだよ」
「いやはや、それは失礼しました」
「聞こえるかい? 外に出たいって思ってみな」

『あらあら? こうでしょうか?』

 ペガスジャーノンの胸部が開く。コトネとシュウハが彼女の姿を見て驚いた。
 腰まで隠せるのではないかと言わんばかりに長い黒髪。そして、白い小袖に緋色の袴。
 巫女だと思われる女性が「あらあら」と笑顔で話し掛ける。
「これはこれは、初めまして〜」
「あたしは宮中琴音だ。あんたは?」
「私は、朝風澪(あさかぜ れい)と申します」
 深々と頭を下げる澪と名乗る女性。彼女の名を聞いて、コトネの眉がピクリと動く。
「……あんた、”朝風の人間”かい?」
「はい〜」
「いやはや……まさか、操者の一人が朝風の人間ですか……」
 二人が溜め息をつく。そんな二人を見て、ハヤトは首を傾げるだけだった。





宿命の聖戦
〜Legend of Desire〜



第三部 真の聖戦

第二章 強くなりたいと言う願い


 朝風家の人間が霊戦機操者。この事に、ハヤトはまだピンと来ていなかった。
 シュウハが溜め息をつきつつも説明を始める。
「そう言えば、説明していませんでしたね。朝風家は、あの五大老の家系の一つですよ」
「五大老……あのじじい集団の所か」
「ええ、分家の中での三番目くらいに偉いらしいのが、朝風です」
 そう聞いたハヤトがなんとなく納得する。
 神崎家の分家であり、神崎家を支える為の家系の一つ。五大老とは各分家の当主だ。
 ふん、とコトネが言う。
「仏閣の関係者が多いのが、朝風だよ覚えておきな」
「しかし、霊力を持つ人間はほぼいないのも朝風の家の特徴ですが」
 霊力者であっても、一般人より少し高い程度しか持たない家系。そう、シュウハが続けて説明する。
「ただ、霊戦機は霊力によって動くと言われていますから、それなりに霊力はあると思いますが」
「どうでも良い。俺が怨霊機を全部倒せば良いだけだ」
 ハヤトの言葉に、コトネが溜め息をつく。
「……ハヤト、イシュザルトってのがある方角は分かるかい?」
「それ位なら、霊力で分かるはず――――」
 ヴァトラスが唸りを上げる。ハヤトも感じた。
「……闇の霊力を感じる。イシュザルトとは別の方向か」
「怨霊機だね。仕方ない、そっちに行くよ」
 コトネの言葉に、ハヤトが目を見開く。
「イシュザルトと合流しなくて良いのか?」
「そっちも怨霊機を追うだろう。その時に合流すれば良いさ」
「分かった、しっかり掴まっていろ。お前もついて来い」
「あらあら、分かりました〜」



「よし、ヴィクダートとディレクスの収容完了、と。いつでも行けるぞ」
 イシュザルトの格納庫。霊戦機ヴィクダート、霊戦機ディレクスの二機を収容したアランが通信機に向けて言う。
『では、このまま《霊王》の元へ向かおう。そこに、《天馬》の霊戦機もいるようだ』
 通信機から聞こえてくるロフの言葉。アランが「お?」と反応する。
「ペガスジャーノンだっけ? そいつも目覚めたのか?」
『イシュザルトの反応が正しければな。《炎獣》の操者については任せる』
「いや、俺に任せるなよ……。まぁ、《武神》の操者もいるから良いんだけどさ」
 こんな時こそ、艦長がいればと思う。アランは溜め息をついた。
「つーか、結局また霊力機操者は待機で終わりかよ……アルス、完全に出番無かったな」
 と、霊力機から降りて来たアルスに言う。アルスが溜め息をついた。
「副長、俺達の事忘れているだろ」
「仕方ないって。霊戦機が一気に四体も目覚めたんだ、それどころじゃないんだろうよ」
 そして、出現した怨霊機が前に戦った時とは全く別の姿をしていた事。今回の聖戦は何かが違う。
 考えている時にロフから通信が入る。
『《霊王》と《天馬》は後回しだ。イシュザルトが《魔獣》と《黒炎》の反応を示した』
「はぁ!? こっちに向かってるのか?」
『いや、向かっている場所は――――』
 ロフの告げる場所を聞く。アルスの目が大きく見開かされた。
「副長、それは本当なのか!?」
『イシュザルトの反応から間違いない』
「だったら今すぐ出る! 副長、良いな!?」
『待て、アルス。霊力機でどうにか出来る相手ではない!』
「うるせぇ! あそこには妹が……父さんと母さんがいるんだ! 大人しく出来るか!」
 霊力機に乗り込み、動かし始める。止めても無駄だとアランは判断した。
 深い溜め息をつきつつ、指をパチンと鳴らす。
「……イシュザルト、ハッチ開いてやってくれ。このまま格納庫で暴れられても困るし」
『了解』
 出撃のハッチが開く。アルスは飛び出した。



 祖父は偉大な人物だった。そう、彼は聞かされて育った。
 そして憧れた。いつか、自分も祖父の様な人物になるのだと。
「俺は絶対になるんだ、じいちゃんのような霊戦機操者に!」
「そう言って、この試験を受けているのは何回目だ、ゼロ。いや、ゼロラード=エンド=バリティス」
 試験官に怒られる。彼――――ゼロラード=エンド=バリティスは、指を使って数える。
「……7回目?」
「お前な……同期の者は悪くても2回目で合格すると言うのに……」
 受けているのは、軍学校から正式に軍人――――霊力機操者になる為の試験。
 基本的に落ちるとは考えられない簡単な試験のはずだが、彼だけは別格だった。
「おかしい。霊戦機操者になるはずの俺が、こんな所で躓くなんて」
「少しは真面目にやったらどうだ。流石に名が泣くぞ」
 そう言われ、あっはっはーと笑う。そう、ゼロは不真面目だった。
 祖父が霊戦機操者だったと言う事から、自分にもその血が流れている、優秀であると驕り、努力をしなかった。
 その結果がこれである。驕る事なく励んでいれば、本当に祖父の様な素晴らしい人物になれたのかもしれない。
 が、それをしなかったのが、ゼロだった。
「別に試験受かんなかったところで、霊戦機に選ばれればそれで問題ないっしょ?」
「……はぁ」
 試験官は呆れるしかなかった。
「あーあ、霊戦機が俺を選べば苦労しねーのになー――――」
 瞬間、大きく揺れる。そして、爆発音が何度も続いた。窓を見たゼロは、その光景に目を見開いた。
 見えたのは、巨大な右腕を持った漆黒の機体。そして、無数の砲門を全身から見せる紫の機体。
「あれって、まさか……?」
「緊急事態発生! 怨霊機と思われる二機が出現、訓練生は避難、霊力機は出撃し応戦せよ!」
 騒ぎ出す建物内。これを”チャンス”だとゼロは思った。
 ここで怨霊機と戦い、見事に撤収させる事が出来れば、試験など受ける必要もなく霊力機操者になれるのではないか、と。
 出撃の為に向かう軍人に紛れ、霊力機のある格納庫へと向かう。



『こんな所を襲う必要がどこにある? 霊戦機とか言うのを倒す方が良いんだろう?』
『仕方ありません。あの者の怨霊機を動かす為に、人間の命が必要だと言う事ですので』
 巨大な右腕の機体に、無数の砲門を見せる機体が言う。そして、無数の砲門から紫色の光が見えた。
『ただ、私もあまり乗り気ではないのですよ。面倒臭いので』
 放つ。無数の砲門から大量のビームが降り注がれ、辺り一面を破壊した。
 一瞬で焼け野原と化す町々。巨大な右腕の機体が笑う。
『おいおい、俺の分も残しておいてくれよ? ここまで来たからには、俺も少しは暴れないと気が済まないからな』
『では、あの人形の相手を。こちらは、その後ろにある一帯を』
 そう言って、遠くを見る。霊力機と思われる機体が複数、怨霊機を前に銃のようなものを構えていた。
 巨大な右腕を振り上げ、霊力を集中させる。
『ハウンド・ブレイジング!』
 振り下ろす。霊力によって巨大な右腕からビームが帯状に放たれ、霊力機の集団を蹴散らした。
『弱過ぎる。やはり霊戦機って言う奴らが相手じゃない限り、張り合いも何もない』
『そう言わずに。あの者を怒らせた場合、最も危険なのは我々ですよ』
『そこなんだよな。あいつは桁が違い過ぎる』



 一人飛び出し、駆けつけたアルスはその光景を目にして目を大きく見開いた。
「な……!?」
 時間が経ったとはいえ、その崩壊は凄まじいものだった。
 前に王都を襲撃して来た時は違う。あの時の方がまだマシだったと言える。
 巨大な右腕を持つ怨霊機、無数の砲門を持つ怨霊機は、まだ破壊を繰り返していた。
「皆は……? ソフィア、父さん、母さん!」
 霊力機に自分の家があると思われる場所を特定させ、怨霊機に気付かれないように向かう。
 アルスは願いたかった。家族が無事である事を、避難している事を。
「……ッ!」
 しかし、それは叶わなかった。向かった先には何もない、崩れ落ちた建物や所々で起きている火災のみだった。
 目を疑いつつ、霊力機で瓦礫を動かしていく。そして見つけた。
 黒く焼け焦げた人の形をした物――――家族と思われる死体だった。
「あ……あ……」
 アルスが歯を噛み締め、力強く目の前の機械を叩く。その目には涙が浮かんでいた。
 守る事もできず失ってしまった家族。まだ続く爆発音。
 いとも簡単に命を奪っていく怨霊機を見て、アルスが怒りを露わにした。
「うおおおおおおッ!」
 霊力機の右拳に霊力が集まり、水の球体を形成していく。
「お前らが……お前らのせいでぇぇぇぇぇぇっ!」
 突撃し、水の球体ごと巨大な右腕を持った怨霊機に殴り掛かる。水の球体が弾け、巨大な右腕が凍りついた。
『何?』
「うおおおおおおッ!」
 連続で殴る。巨大な右腕の怨霊機が一瞬で吹き飛ばした。
『霊戦機でもない奴が、こいつの腕を凍らせたのは褒めてやる。だが、所詮はこの程度だ』
「く……そ……!」
『力の差は埋められないんだ。お前らは、俺に殺される運命なんだよ』
 巨大な腕が振り上げられる。ここまでか、とアルスは思った。
 結局何もできず、家族を失い、その弔いも出来る事なく死ぬのかと。
 歯を噛み締め、目を閉じる。
「おぉぉぉらおらおらおらおらぁぁぁぁぁぁッ!」
 怨霊機二体をビームが襲う。ほとんど無傷で終わったものの、二体は放たれた方角を見た。
 まだ残っていたのか定かではないが、銃を構えた霊力機が一機。
「このゼロ様が相手だぁっ!」
「……ゼロ? あの馬鹿か……!?」
 アルスの「馬鹿」と言う言葉を聞いて、ゼロが声を上げる。
「誰が馬鹿だ! 助けてやった恩人に対して!」
「どこがだ……お前、試験受かったのか?」
「受かってない」
「おい……」
 ダメだった。霊力機操者でもない人間が、霊力機でまともに戦える訳がない。
 そもそも、霊力機では怨霊機に太刀打ちできない。これが現実だった。
 巨大な右腕の怨霊機がゼロの方を睨む。
『無駄な事はやめろ』
「無駄だと!?」
『無駄だ。お前ら程度じゃ、俺達は倒せない』
 巨大な右腕を振るい、それによって発生した風圧をぶつける。ゼロの乗る霊力機は呆気なく吹っ飛んだ。
「ゼロ……!」
「こいつら、めっちゃ強ぇ……」
「無事か……」
 歯を噛み締め、拳を強く握る。アルスは思った、強くなりたいと。
「守れなかった俺が、今更強くなりたいと思うのもどうかとは思うがな……けど、こいつらだけは……!」
「んだよ、アルスも一緒かよぉ……」
 そして、ゼロもまた同じだった。強くなりたい、祖父の様な操者になりたいと。
 ゼロの言葉に小さく笑うアルス。二人は願った、強くなりたいと。ただ、それだけを。
『そろそろ片付けるか』
『おっと、あなたにだけ美味しい思いはさせませんよ。一体は私が』
『ふん』
 怨霊機二体が攻撃する。その時、光の柱が空へと昇った。

 ――――強さを求める者よ。その強さにて、守りたいと願え。

 ――――強さを求める者よ。その強さにて、己の目指す道を貫き通せ。

「……!?」
「な、何だ……!?」
 二人の頭の中に直接聞こえる声。

 ――――我は守る為の力。守れずに悔やんだ汝よ、この力にて守るがよい。

 ――――かつての我が主の後継者よ。この力にて、かつての我が主を越えてみせよ。

 二人が光の柱に吸収される。そして、光の柱が消えると同時に、それは姿を現した。
 大地と同じ茶色の装甲、両肩に見える円盤状のカッターのような物を持つ機体。
 そして、その機体の二倍はあるかのように巨大で、赤い装甲が目立つ機体。
「これは……まさか!?」
「おぉぉぉ!?」
 二人が驚く。

 ――――我が名は霊戦機エルギガス。《巨神》の称号にて、守る為の力を持つ者。

 ――――我が名は霊戦機リクオー。《地龍》の力を持つ者。

 二人の強くなりたいと願いに応え、二体の霊戦機が目覚めた。



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