序章 怒りに燃える光の鼓動


「雷光斬裂閃!」
「飛閃裂空斬ッ!」
《邪神王》との戦いから一週間。イシュザルトの訓練室で、ハヤトとロバートの技がぶつかり合う。
「疾風幻影斬ッ!」
 ロバートの技を飛閃裂空斬で受け流し、瞬間、カウンターを繰り出す。
 剣を腹部まで持っていき、直前で止める。ハヤトの圧勝だった。
 ロバートは目を見開く。全くハヤトの太刀筋が見えず、圧倒的な強さの前に負けた。
「俺の勝ちだな」
「……相変わらず強いな。さっきの技は、全く見えなかった」
「まぁ、な。究極の太刀は、今まで使ってた技の集大成って感じだからな」
 ハヤトの右手に持っていた剣が消える。ロバートは驚いた。
 霊力で作られた剣。ハヤトは少しだけ息を吐いた。
 どこか疲れている。そう、ロバートは捉えた。
「ここ最近、疲れているんじゃないのか、ハヤト?」
「いや……大丈夫。ロバート、無理に強さを得ようとするな。それに、お前なら、まだ強くなれる」



 イシュザルトのブリッジで、カメラから見えるハヤトの行動に、コトネは少し苛立っていた。
 ここ最近、あの馬鹿は訓練室で強くなろうと特訓しているが、かなり気に入らない。
 アリサに「デートはしたか?」と訊いたが、首を横に振るだけだった。
「……ったく、こう言う時こそ休まなきゃ駄目だって言っているんだけどね」
「いやはや。"覚醒(=スペリオール)"を持つ相手と戦ったのです。その差を前に焦っているのでしょう」
 やや苦笑しつつ、シュウハが言う。コトネはさらに気に入らなかった。
 焦る気持ちは分かる。しかし、今のハヤトは休んだ方が良い。
「光の力、そして『無の太刀』を使うには、相当の集中力と体力が必要なのは分かる。
 けどね、それ以前に、あいつの強さは『想い』なんだ。アリサとの絆が、あいつの強さだ」
「……マサトの言葉、ですね?」
「そうさ。二人の想いが、この聖戦を終わらせる鍵になっている。マサトはそれを知っていたんだ」
 大切な人への想いがあるからこそ、ハヤトはその強さを得ていった。
 しかし、今は違う。焦りから生まれた衝動によって、無謀な強さを得ようとしているだけに過ぎない。
 シュウハが軽い溜め息をつき、一つの提案を出す。
「それでは、アリサさんとデートさせましょう。ハヤトは意外と奥手のようですから」
「仕方ないね。ハヤトを呼びな。意地でもデートをさせるよ」
 煙草を銜えつつ、コトネの目がキラリと光った。



 イシュザルトに設けられた食堂。そこで、加賀見陽平は困り果てていた。
 この世界に来て自分は戦う事になった。それは頷ける。
 しかし、それは一つの問題を生んでいた。
「むぅ……このままだと、テストが危うい……」
 ただでさえ、成績は悪い。ハヤトに勉強を教えてもらえば良いのだが、肝心の教科書が無い。
 そして、テストの範囲など当然のように知るわけがなかった。
「……留年、か」
 一人溜め息をつく。留年すれば、まずえんなから何を言われる事か。
 そして、学費の事もある。私立だから学費はとても高い。留年は痛手にも繋がる。
「むぅ……」
「あらあら、お悩みですねぇ」
 のほほんと話し掛ける澪。陽平の前に水の入ったコップを差し出す。
「お姉さんが相談に乗りましょうか? あらあら」
「……むぅ。どうすれば頭が良くなるのだ?」
「あらあら。簡単ですよ。お勉強すれば良いのですから」
 結局勉強だった。



「と言う事だ。分かったね?」
「……いや、突然そう言われても分からないんだけど」
 煙草を咥えたコトネに対し、ハヤトはすぐにそう答えた。
「アリサとデートしな。どうせ、こっちに来てから一度も行っていないんだろ?」
「……まぁ、色々とあったから。来た時すぐにマサトと入れ替わったり」
「だったら決まりだね。修行も良いけど、今は十分な休みを取りな。あの戦いの疲れも取れていないだろ」
 お見通しだった。だからコトネには逆らえないとハヤトは思う。
 しかし、今は休みなど欲しくない。少しでも強くなる必要がある。
 神の剣と神の槍。この二つの武器を使いこなしておけば、間違いなく強くなれる。
「アリサには悪いと思うけど、今は少しでも修行をしておきたい。
 どうしても、神の剣と神の槍を使いこなしておきたいんだ。あいつに……《邪神王》に勝つ為にも」
「使いこなしたい、か。けどね、いくら使いこなせても勝てないよ、"覚醒"した相手にはね」
「……どう言う意味だよ?」
「そのまんまだ。あの力は、神の剣とか神の槍があっても差は縮まらない」
 確かに、神の剣を得た時の強さは、あの《邪神王》よりも上回っていただろう。
 しかし、それはあくまで神の剣の強さだ。勝つ事を前提にすれば、ハヤトも得る必要がある。
 "覚醒"と言う名の、さらなる強さを。
「それに、マサトと入れ替わっている時も、アリサはずっとあんたを想い続けていた。
 アリサの為にも、少しは必要ない肩の力を抜きな」
「……分かったよ。コト姉の言う通りにするよ」
 このまま意地を張っても良かったが、アリサの事を考えて素直になるハヤトだった。



 ロバートは一人で特訓していた。
 ハヤトに付き合ってもらおうと思っていたが、断られたので仕方ない。
 いや、ハヤトは少しでも休んだ方が良い。そして、自分はまだ強くなる必要がある。
「斬魔風連刀!」
 シミュレートを使って放たれる無数のミサイル。ロバートは二本の剣を一つに組み合わせた。
 斬魔旋風のように高回転させ、刃で直接ミサイルを叩き落す。
 そして、分離させ、乱舞を繰り出す。
《破邪》に対抗する為に編み出した技の一つは、見事、ミサイルを全て叩き落した。
「……次だ」
 立て続けに、ミサイルが放たれる。今度は剣に炎を走らせた。
 しかし、剣を振るうスピードが間に合わない。ミサイルを前にして、咄嗟に防御する。
 まだ無理だった。しかし、剣に炎は走っている。必ずこの技を得る事は出来る。
「くっ……もう一度……!」
「……熱中してるとこ悪いんだけど、あたしがいる事、気づいてる?」
 やや呆れた顔して、床に座っているリューナが話し掛けた。
 剣を持ったまま、ロバートは言う。
「みっともないぞ、床に座るのは」
「立ってるのが辛いからしょうがないでしょ。って、あたしの質問に答えなさいよ」
 その言葉に、ロバートがやや首を傾げる。
「……なぜここにいるんだ?」
「……熱中し過ぎ。どこかの特訓馬鹿が、少しも休憩しないって聞いたから暇潰しに来たの!」
「特訓馬鹿?」
「あんたの事! とにかく、はい!」
 一本のボトルが渡される。
「ミネリム。まぁ、地球で言う栄養ドリンクってところ? 自作だから、じっくり味わいなさいよ?」
「……そうか?」
 一口飲む。その時、ロバートの顔色が一気に蒼白へ変わった。
 初めは少しだけ酸味が効いた甘い味がするのだが、それが一瞬のうちに苦味、辛味と変わる。
 正直、不味い。逆に疲れが溜まりそうなほどに。
「……俺を殺す気か……?」
「う〜ん、やっぱり失敗だったみたい。でもま、美味しかったでしょ?」
「……かなり不味い」
 その言葉を放った瞬間、ロバートはリューナに殴られた。



 王都アルフォリーゼ。霊戦機の母艦である巨大戦艦イシュザルトを手中にする国の中枢。
 その賑やかな街中を、ハヤトはアリサと一緒に歩いていた。
「……そう言えば、ネセリパーラの言葉は話せても、文字とかは分からないんだっけ」
 前に、アリサの祖母であるグラナから、霊戦機操者は自然にネセリパーラの言葉を話せると聞いた。
 しかし、ネセリパーラの知識はない。間違いなく不便だと思う。
「ハヤトさん、どこか行ってみたいところはありますか?」
「そう言われても……、何が何なのか分からないし……」
「じゃあ、私の行きたいところで良いですか?」
「うん」
 アリサはとても嬉しそうだ。いや、嬉しいのだろう。
「久しぶり、だもんな」
 誰にも聞こえないほど小さな声で呟き、ハヤトは笑みを溢した。
 アリサが腕を組んでくる。本当に懐かしかった。地球にいた頃、彼女とのデートを思い出してしまう。
 地球の事など何も知らないアリサとのデート。今度は逆の立場で、アリサがリードする。
「まずは、何か飲み物でも飲みましょうか? 何が飲みたいですか?」
「……アリサ、俺はネセリパーラの飲み物とか分からないって」
「あ、そうでした。ごめんなさい」
 苦笑する。その時、ハヤトは少しだけ顔を歪ませた。
「ハヤトさん?」
「……ッ!」
 ドクン、と心臓に一瞬だけだが激痛が走る。あの戦いから、度々激痛が襲うようになっていた。
 無の力を司る最強と言われる神の剣。その代償が、たまにハヤトを苦しませる。
 しかし、ハヤトはそれを誰にも言わなかった。まだ終わらない聖戦を前にして、隠す必要があると思った。
 軽く息を吐き、不安の表情を浮かべるアリサを前に、無理に笑顔を作る。
「大丈夫。さっきまで特訓していたから、その疲れが少し出て来ただけ」
「そう、ですか? でしたら、どこか休めるところに行きましょう」
 アリサの言葉に、ハヤトは頷いた。



 イシュザルトの甲板。《獣神》の霊戦機ギガティリスは立っていた。
 操者であるアルスが格納庫に来た途端、すぐに彼を乗せ、出撃したのだ。
 当然、出撃の許可を降ろしたのは、暴れて格納庫を荒らされたくないからである。
「で、どうしたんだ、ギガティリス?」
 やや不満そうにアルスが訊く。ギガティリスは少しだけ唸りを上げた。
(嫌な予感がする。ヴィクトリアス達もそう感じている)
「嫌な予感? まさか、敵か?」
 ギガティリスが唸った。アルスは手元の球体を強く握る。
 敵は近い。直感でそう思った。
「どこからでもかかって来い。俺が相手になってやる!」
『では、お言葉に甘えて』
「――――!?」
 瞬間、ギガティリスが倒れ込む。アルスには何が起きたか分からなかった。
 ギガティリスが動こうにも、何かで押さえ込まれているのか、全く動けない。
 歯を噛み締めるアルス。そこに、魔術師の姿をする《幽鬼》の怨霊機が姿を現した。
「な……いつの間に……!?」
『何時ぞやの戦いで撤退した時に、少し下準備を』
 操者が不気味な笑みを浮かべる。そして、イシュザルトが大きく揺れた。
 イシュザルトの真下で爆発を生む怨霊機。両肩にミサイルを積んだ《血煙》の怨霊機アムルギア。
『今回は《幽鬼》の作戦通りに動きます』
『チッ、《破邪》じゃねぇが、俺はこう言うのは嫌いだ』
 真下からミサイルを放ち、イシュザルトを攻撃する《血煙》の隣で、《魔神》はそっぽを向いた。
 しかし、今回は《双龍》を倒す為にも、《幽鬼》の作戦に乗る必要がある。
 デスペランサも操者と同じ意見なのか、静かに唸りを上げる。
《幽鬼》はやや苦笑を漏らした。
『そう言わずに、早く格納庫をこじ開けるのです。彼ら全員を倒す為に』
『……分かってる。しかし、《破邪》なしで行うのか?』
『仕方ないでしょう。彼は、こう言った事が嫌いな性格なのですし』
 それに、《破邪》は《斬魔》との戦いしか興味を持っていない。まさに、孤高の戦士だ。
 デスペランサがイシュザルトを真下から殴る。衝撃波が放たれ、格納庫の部分に大きな穴が開いた。
『さぁ、宴の始まりです』
《幽鬼》が不気味な笑みを浮かべ、イシュザルトの格納庫へ向かって行く。



 コトネは舌打ちした。まさか、ハヤトがいない時に限って敵が出てくるとは思ってもいない。
 いや、イシュザルトの反応が無かった。これが、《幽鬼》の言う下準備なのだろう。
「シュウハ、ヴァトラスを連れてハヤトのとこに向かいな! こっちは何とかする!」
「分かりました。すぐにブレーダーを出撃させます」
『って言ってるかもしれねぇけど、無理だぁ! さっき破壊された!』
 通信機からアランが怒鳴る。そして、すぐに途絶えた。
 格納庫がやられた。霊戦機達が自我で動いただろうが、おそらくすぐに動きを封じられている。
 その時、《幽鬼》が通信に入り込んだ。
『どうでしょうか、今回の作戦は?』
「……意外と腹の立つ事をやってくれるじゃないか。何を企んでいるんだい?」
『簡単ですよ。《霊王》を倒す方法があるので、それに必要な物を取りに』
 そう言って、今度はモニターに割り込み、現状の格納庫を見せた。
 霊戦機は動きを封じられて地面に屈しており、怨霊機が一機の霊力機を掴んでいる。
『この機体を利用させて頂きます』
「そんなガラクタ、使う必要ないだろ」
『ありますよ』
 そう言うと、すぐに《幽鬼》は姿を消した。



 アリサに連れてこられた場所は、どこか不思議な感じのする場所だった。
 空の見える何かの儀式に使うような場所。身体の中にある光の力が反応している。
「……ここは、一体どう言う所?」
「ここは、フォーレント……地球で言う祭壇のようなところです。
 今は使われていませんが、昔は全世界の平和を皆で祈っていたそうなんです」
「そうか。だから、落ち着けるのか……」
 いや、正確に言えば、とても温かい。まるで、母に抱かれているような温もりを感じる。
 アリサが微笑み、ハヤトの手を握る。
「この場所は、今ではとても大事な場所になっているんです」
「大事な場所?」
「はい。愛し合う二人が、ここで永遠の愛を誓う時、その二人は永遠に結ばれるんです」
「永遠に、か」
 右手を前に出し、光の球体を生み出す。先代《炎獣》の操者から教わった光。
 霊力ではなく、"氣"を使って生み出す光の球体には、雪のような光が集まっていた。
 それをアリサへ差し出し、互いに見つめあった。
『おやおや、良い雰囲気ですね。しかし、好都合です』
 祭壇の上空から姿を現せる一体の怨霊機。ハヤトはアリサを抱き寄せた。
 魔術師の姿をする《幽鬼》の怨霊機。そして、一機の霊力機の姿も見える。
「あれは……アランが作った霊力機セイバーアークか……!」
 獣の如く睨みつける。《幽鬼》の怨霊機が静かに唸った。
 ハヤトが右手から太陽の剣を生み出し、強く握る。
 怨霊機相手に通用するかは分からない。しかし、アリサを守るには、ヴァトラスを待っていられない。
「青龍破靭斬ッ!」
 翼を持った龍の波動が放たれる。怨霊機はそのまま直撃を受けた。
 しかし、その損傷は無い。ただ、直撃を受けただけだ。
『人間の力で倒せると思っていましたか?』
「……くっ、どうするか?」
 瞳が『太陽の如く燃え盛る光の瞳』へ変わる。《幽鬼》はその時を待っていた。
 ハヤトに見えない糸を張り巡らせ、動きを封じる。ハヤトが大地に屈した。
 太陽の剣が消え、アリサはハヤトを必死に起き上がらせようとする。
「逃げろ……アリサ……!」
「で、でも……」
「逃げろ……!」
『そうはいきません』
 怨霊機がアリサを捕らえる。そして、そのまま霊力機へと乗せた。
《幽鬼》の力を使って霊力機を支配する。
「ハヤトさんっ!」
「アリサ……!」
『さぁ、彼を殺しなさい』
「くっ……このぉぉぉっ……!」
 ハヤトの身体から光が溢れ出し、赤熱の翼が現れる。
 霊力によって形成された翼は、ハヤトの怒りを表していた。
《幽鬼》の張り巡らせた糸を焼き尽くし、自ら断ち切る。怨霊機を睨みつけ、立ち上がった。
「……貴様、アリサを使って俺を殺すつもりか!」
『ご名答。そして、その力を得て、私が全てを制する者となるのです』
 不敵な笑みを浮かべる操者。霊力機セイバーアークがハヤトを見下す。

 大切な人を救い出したい。ハヤトの想いに、光の力が強い反応を示した。



 第三部終章 異変、避けられぬ代償

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