イシュザルトの格納庫。《幽鬼》の怨霊機によって動きを封じられた霊戦機。
しかし、それをヴァトラスが断ち切った。ハヤトの想いに反応して。
立ち上がり、格納庫にできた穴から外へ出る。《血煙》の怨霊機が動き出した。
『王の下へは行かせませんよ、霊戦機』
「斬魔旋風!」
「グランドォォォッ、ガトリングッ!」
ヴァトラスの後ろから、ヴィクトリアスとグレートリクオーが攻撃する。
(早く行け、ヴァトラス)
(ここは、ヴィクトリアスと私、他の奴らに任せろ)
二機の言葉。ヴァトラスは頷き、その翼を大きく羽ばたかせる。
巨大な敵の前に、ハヤトは無力だった。操られたセイバーアークが襲い掛かる。
「朱雀明神剣ッ!」
太陽の剣を手にし、無数の竜巻を振るう。セイバーアークが怯んだ。
その隙を狙い、セイバーアークのコクピットまで駆け登り、コクピットをこじ開ける。
「ハヤトさんっ!」
「アリサ――――!?」
コクピットシートに座っているアリサの姿。それは、普通に座っているわけではなかった。
全身を糸のようなものでシートに縛りつけられ、動きを封じられている。
「これは……!」
『そう簡単に人質を取り戻されては困りますからね。救い出そうとすれば、糸が彼女の首を絞めます』
「くっ……!」
アリサの首に巻きついている糸から、敵の霊力の強さを知る。《邪王》と同じ、強い力を感じた。
深い闇――――いや、別の何かが、"光の守護力"に強く反応している。
《邪王》とはまた違った闇の力。アリサの顔に不安の表情が浮かんでいる。
「ハヤトさん……」
「……考えろ、考えるんだ。奴の糸を断ち切れる方法を……!」
少しでも妙な行動を取れば、間違いなく奴はアリサの首に巻きつく糸に力を込めるはずだ。
敵の盲点を突く方法で助け出す必要がある。
けれど、何も思いつかない。いや、そんな方法があれば良いのだが、全くないのだ。
思いついたとすれば、アリサごと糸を断ち切る事ぐらいだ。
『いつまで考えていても、結果は同じですよ』
セイバーアークが自らコクピットへ手を動かす。ハヤトを掴み、外へ放り投げた。
大地に叩きつけられる。激痛が全身を駆け、さらに心臓にも痛みが走った。
神の剣を振るう代償。立ち上がるが、口からは血が溢れ出ていた。
吐血まで起こしている。胸元を抑えつつ、ハヤトは太陽の剣を手にした。
アリサを乗せたセイバーアークが、その拳を構える――――瞬間、一機の機体がセイバーアークを殴った。
黄金に包まれた二枚の翼を持つ、霊戦機ゴッドヴァトラスの姿。
「……くっ、ヴァトラス、俺を早く!」
ハヤトの言葉に頷き、ヴァトラスがすぐに乗せる。
(待たせたな、主よ)
「……そんな事はどうでも良い。とにかく、アリサを助けたい」
治癒の霊力で激痛を和らげ、ヴァトラスが太陽の剣を手に構える。
セイバーアークが突撃してくる。ハヤトはすぐに見切った。
集中力を高め、"聖域(=ゾーン)"の中に入る。
『おや? どうやって戦うのですか?』
「…………」
下手に《幽鬼》と戦えば、間違いなく、アリサに何かをしてくるはず。
額に汗を浮かばせつつ、ハヤトは歯を噛み締めた。
「こ……のぉぉぉおおおおおおっ!」
動きを封じられ、イシュザルトの甲板に屈していたギガティリスが立ち上がる。
巨大な機体が神々しい唸りを上げ、操者であるアルスの額に《獣神》の称号が浮かび上がる。
「……そこにいるのは分かっているんだ! 出て来い、棍棒野郎ぉぉぉっ!」
目の前を殴る。そして、奴は姿を現せた。
巨大な棍棒を持ち、分厚い鎧に覆われた怨霊機グリムファレス。
ギガティリスが唸りを上げ、グリムファレスの操者であるカオスは、嬉しさの表情を浮かべた。
『じゅぅぅぅしぃぃぃいいいいいいんっ!』
「決着つけてやるぜ、覚悟しやがれ!」
グリムファレスの巨大な棍棒と、ギガティリスの拳がぶつかり合う。
《獣神》の力が解放され、拳に水が覆い被さる。
「ウォォォタァァァ、バティカルッ!」
『死ね死ね死ねぇぇぇっ!』
イシュザルト甲板に衝撃波が発生し、イシュザルトの全身が揺れ動く。
『深淵殺塵蓮華ぇぇぇっ!』
「アクア・メテオバニッシュゥゥゥウウウウウウッ!」
二体の強大な力が、激しいぶつかり合いを繰り返す。
《魔神》と《血煙》を相手に、ヴィクトリアスとグレートリクオーが激しい戦いを繰り出す。
「雷光斬裂閃!」
「ツインスマッシャーッ!」
二刀の剣に雷を走らせるヴィクトリアス、両肩の円盤状のカッターを投げるグレートリクオー。
二体の攻撃を前に、《魔神》の怨霊機デスペランサが巨大な両腕に漆黒の闇を集めた。
操者の額に、《魔神》の称号が浮かび上がり、鋭い爪が腕から姿を見せる。
『剛爪魔神閃!』
鋭い爪が、円盤状のカッターを弾き飛ばし、ヴィクトリアスに迫る。
ぶつかる二刀の剣と鋭い爪。ロバートが《魔神》の動きから見える隙を掴み取る。
「斬魔神明剣!」
剣から青い光が放たれ、その隙を狙う――――刹那、一瞬で止められた。
騎士の姿をし、赤い光を放つ剣でヴィクトリアスの攻撃を受け止める《破邪》の怨霊機ソーディガル。
ロバートが目を見開く。
「《破邪》……!」
『……《斬魔》よ、お前の相手は私だ』
互いに睨み合う。その空気は、周りの者では決して踏み入れないほどだ。
グレートリクオーの操者であるゼロが《魔神》を見て吼える。
「って事は、俺の相手はあいつぅぅぅうううううう!」
「……そうやって吼えなくても良いわよ」
サポートを行うミーナが呆れる。
セイバーアークの攻撃を避けつつ、ハヤトはアリサを助け出す方法を必死に探していた。
《幽鬼》の怨霊機が光の球体を手に構える。
『レディルーク・レイニード』
光の球体から、光の雨が降り注がれる。ヴァトラスが翼を赤熱に燃え上がらせた。
「バニシング・バァァァンッ!」
翼から放たれる赤熱と化した無数のレーザー。光の雨を無力化していく。
攻撃をする暇がなかった。アリサを助け出す方法を探している事もあるが、敵には隙がない。
怨霊機が漆黒の光を手中に集める。
『インパクト・ヴェノム』
「聖霊天掌破ッ!」
放たれる漆黒の波動を前に、ヴァトラスも青い波動を放つ。
両者の力がぶつかり、再び無力化する。ハヤトは舌打ちした。
強さは、どう見ても《邪王》と同じほどだ。怨霊機の力をまだ全て引き出していない。
そして、問題なのはセイバーアークだ。動きを止めようとすれば、奴の糸がアリサの首を絞める。
「どうする……!? どうすれば良いんだよ……!」
……ハヤトさん、聞こえますか?
「――――!? アリサ……?」
セイバーアークがヴァトラス肩を掴んで来る。頭の中に直接声が聞こえた。
アリサの声が聞こえる。前にも同じような事があったが、一体どうなっているのか分からない。
……私を……殺してください。
「な……!?」
……私のせいで、ハヤトさんは戦えない……だから、私を殺してください。
「殺せって……アリサ!」
……お願いですっ。私は……あなたの重荷になりたくないっ……。
悲痛の声。アリサの悲しみに溢れた想いが伝わっていた。
自分が捕まったせいで、ハヤトが戦えない。だから、この決意をしなくてはならない。
そんな想いが、ハヤトには十分伝わっている。
……お願い、ハヤトさんっ……。
「……るな。ふざけるな!」
セイバーアークを構わず振り払い、ハヤトがアリサに怒鳴る。
「……俺は……俺は、アリサが側にいてくれるから……アリサが好きだから、守りたいから!
だから……だから、俺はヴァトラスに乗って戦える! 王として戦う事ができる!」
…………。
「アリサには、俺の側にいて欲しいんだ! だから、俺はアリサを失いたくない!」
……ですがっ……!
「ですがも何もない! そう簡単に殺してくれなんて言って欲しくないんだ!」
ヴァトラスが右手に持っていた太陽の剣を消し、神の剣を得る。
黄金に輝く刀身が、ハヤトの持つ"光の守護力"に反応し、眩しい光を発する。
「……君を助ける。だから、俺を信じろ、アリサ!」
……はい。
アリサが静かに頷く。ハヤトは神の剣に賭けた。
もし、この剣が"闇だけ"を断つ事のできる剣なら、アリサを助ける方法もある。
それが可能なら、いや、それができれば、なぜ《邪王》に無の力が通用しなかったのか分かる。
「……神の剣は、真なる魔を断つ剣。だったら、その力を全て引き出せれば……!」
太陽の如く燃え上がる光の瞳が、セイバーアークを睨みつける。
"聖域"による集中力が、"光の守護力"を神の剣へ力を集中させる。
ヴァトラスが唸りを上げる。ハヤトは静かに「俺を信じろ」と呟いた。
「……大切な人を助けたい。それが、俺の剣だから!」
神の剣に黄金と純白の光が綺麗に絡み合い、七色の眩しい光が溢れ出す。
ヴァトラスが、セイバーアークへと向かって翼を広げ、突撃する。
「うぉぉぉおおおおおおっ! 凱歌! 神王剣聖斬ッ!」
一閃が駆け抜け、セイバーアークに七つの光る切り筋が走る。
凱歌・神王剣聖斬。ハヤトの『無の太刀』が、セイバーアークを無へと変えた。
粒状になっていくセイバーアーク。《幽鬼》が笑みを浮かべる。
『くくく……殺しましたか、自らの大切な者を……』
「……誰も殺してなんかいない」
ハヤトの言葉に、《幽鬼》は目を見開く。セイバーアークの存在していた場所に、光の球体がある。
アリサだ。ヴァトラスが光の球体を手の平に乗せ、そのままコクピットへ運ぶ。
『馬鹿な。一体どうやって?』
「簡単だ。俺が斬ったのはアリサじゃない。アリサの周りにあった闇だけだ」
そう、神の剣は"真なる魔"を断つ剣。だからこそ、アリサだけ斬れなかったのだ。
光の球体が消え、アリサがハヤトに抱きつく。
「ハヤトさんっ」
「大丈夫か?」
「はいっ……。ハヤトさんを信じていましたから……」
信じる想いに神の剣が応えた。ヴァトラスが唸りを上げ、怨霊機を睨む。
「さぁ、次はお前の番だ。覚悟しろ、《幽鬼》!」
『そう思いますか? この怨霊機ガル・フォースを……いや、この私を甘く見ない方が良い』
怨霊機が咆哮を上げる。漆黒の闇が、周囲の大気を震え上がらせた。
"光の守護力"が強い反応を示す。いや、直感が悪寒を走らせた。
アリサがハヤトの服を強く握る。
「……アリサ?」
「……声がします」
「声?」
「……『今は、こんな戦いをしている時じゃない。この操者を止めてくれ』って」
「……それって、あの怨霊機の声、なのか?」
アリサが頷く。なぜ、彼女に怨霊機の声が聞こえるのか分からないが、ハヤトはそれを信じた。
破壊神と呼ばれる存在が現れてから、ヴァトラスはずっと「怨霊機との戦いは無意味だ」と言っている。
《幽鬼》が不気味な笑みを浮かべる。
『《邪王》が引き出した"覚醒(=スペリオール)"の力。あれは、どうやって引き出せたと思いますか?』
「何……?」
『教えてあげたのですよ、"覚醒"できる方法を。そう、私が"覚醒"し、強大な力を得られる一人だからです!』
怨霊機の姿が変わる。背中に六つの光る球体を持ち、両肩に雄々しく吼える龍。
その姿はまるで、何かに出てくるような魔王の姿をしていた。
『この《魔王》である怨霊機サタン・ルシファーが、《霊王》、あなたの命を奪いましょう』
「《魔王》……王は、《覇王》や《邪王》以外に存在するわけは……!」
『ええ、存在しませんとも。《魔王》と言う称号は、私が勝手に名付けた称号ですから』
サタン・ルシファーが漆黒の波動を放つ。ヴァトラスが咆哮を上げた。
手にする神の剣に光を集め、黄金の波動を放つ。
「レジェンド・ヴァァァドッ!」
漆黒の波動に激しくぶつかる黄金の波動。しかし、一瞬で無力化された。
祭壇のあった場所が吹き飛ばされ、巨大な穴が出来る。
圧倒的だった。その強さは、"覚醒"の力を得た《邪神王》である雷魔を上回っている。
ハヤトは舌打ちした。光の力で歯が立たない事に。
サタン・ルシファーが背中の球体を前に出す。
『さぁ、ここからが本当の宴です。覚悟はよろしいですか、《霊王》?』
「くっ……!」
光り輝く瞳が、どこか恐怖を感じていた。
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