第一章 想いに輝け神の剣


 イシュザルトの格納庫。《幽鬼》の怨霊機によって動きを封じられた霊戦機。
 しかし、それをヴァトラスが断ち切った。ハヤトの想いに反応して。
 立ち上がり、格納庫にできた穴から外へ出る。《血煙》の怨霊機が動き出した。
『王の下へは行かせませんよ、霊戦機』
「斬魔旋風!」
「グランドォォォッ、ガトリングッ!」
 ヴァトラスの後ろから、ヴィクトリアスとグレートリクオーが攻撃する。
(早く行け、ヴァトラス)
(ここは、ヴィクトリアスと私、他の奴らに任せろ)
 二機の言葉。ヴァトラスは頷き、その翼を大きく羽ばたかせる。



 巨大な敵の前に、ハヤトは無力だった。操られたセイバーアークが襲い掛かる。
「朱雀明神剣ッ!」
 太陽の剣を手にし、無数の竜巻を振るう。セイバーアークが怯んだ。
 その隙を狙い、セイバーアークのコクピットまで駆け登り、コクピットをこじ開ける。
「ハヤトさんっ!」
「アリサ――――!?」
 コクピットシートに座っているアリサの姿。それは、普通に座っているわけではなかった。
 全身を糸のようなものでシートに縛りつけられ、動きを封じられている。
「これは……!」
『そう簡単に人質を取り戻されては困りますからね。救い出そうとすれば、糸が彼女の首を絞めます』
「くっ……!」
 アリサの首に巻きついている糸から、敵の霊力の強さを知る。《邪王》と同じ、強い力を感じた。
 深い闇――――いや、別の何かが、"光の守護力"に強く反応している。
《邪王》とはまた違った闇の力。アリサの顔に不安の表情が浮かんでいる。
「ハヤトさん……」
「……考えろ、考えるんだ。奴の糸を断ち切れる方法を……!」
 少しでも妙な行動を取れば、間違いなく奴はアリサの首に巻きつく糸に力を込めるはずだ。
 敵の盲点を突く方法で助け出す必要がある。
 けれど、何も思いつかない。いや、そんな方法があれば良いのだが、全くないのだ。
 思いついたとすれば、アリサごと糸を断ち切る事ぐらいだ。
『いつまで考えていても、結果は同じですよ』
 セイバーアークが自らコクピットへ手を動かす。ハヤトを掴み、外へ放り投げた。
 大地に叩きつけられる。激痛が全身を駆け、さらに心臓にも痛みが走った。
 神の剣を振るう代償。立ち上がるが、口からは血が溢れ出ていた。
 吐血まで起こしている。胸元を抑えつつ、ハヤトは太陽の剣を手にした。
 アリサを乗せたセイバーアークが、その拳を構える――――瞬間、一機の機体がセイバーアークを殴った。
 黄金に包まれた二枚の翼を持つ、霊戦機ゴッドヴァトラスの姿。
「……くっ、ヴァトラス、俺を早く!」
 ハヤトの言葉に頷き、ヴァトラスがすぐに乗せる。
(待たせたな、主よ)
「……そんな事はどうでも良い。とにかく、アリサを助けたい」
 治癒の霊力で激痛を和らげ、ヴァトラスが太陽の剣を手に構える。
 セイバーアークが突撃してくる。ハヤトはすぐに見切った。
 集中力を高め、"聖域(=ゾーン)"の中に入る。
『おや? どうやって戦うのですか?』
「…………」
 下手に《幽鬼》と戦えば、間違いなく、アリサに何かをしてくるはず。
 額に汗を浮かばせつつ、ハヤトは歯を噛み締めた。



「こ……のぉぉぉおおおおおおっ!」
 動きを封じられ、イシュザルトの甲板に屈していたギガティリスが立ち上がる。
 巨大な機体が神々しい唸りを上げ、操者であるアルスの額に《獣神》の称号が浮かび上がる。
「……そこにいるのは分かっているんだ! 出て来い、棍棒野郎ぉぉぉっ!」
 目の前を殴る。そして、奴は姿を現せた。
 巨大な棍棒を持ち、分厚い鎧に覆われた怨霊機グリムファレス。
 ギガティリスが唸りを上げ、グリムファレスの操者であるカオスは、嬉しさの表情を浮かべた。
『じゅぅぅぅしぃぃぃいいいいいいんっ!』
「決着つけてやるぜ、覚悟しやがれ!」
 グリムファレスの巨大な棍棒と、ギガティリスの拳がぶつかり合う。
《獣神》の力が解放され、拳に水が覆い被さる。
「ウォォォタァァァ、バティカルッ!」
『死ね死ね死ねぇぇぇっ!』
 イシュザルト甲板に衝撃波が発生し、イシュザルトの全身が揺れ動く。
『深淵殺塵蓮華ぇぇぇっ!』
「アクア・メテオバニッシュゥゥゥウウウウウウッ!」
 二体の強大な力が、激しいぶつかり合いを繰り返す。



《魔神》と《血煙》を相手に、ヴィクトリアスとグレートリクオーが激しい戦いを繰り出す。
「雷光斬裂閃!」
「ツインスマッシャーッ!」
 二刀の剣に雷を走らせるヴィクトリアス、両肩の円盤状のカッターを投げるグレートリクオー。
 二体の攻撃を前に、《魔神》の怨霊機デスペランサが巨大な両腕に漆黒の闇を集めた。
 操者の額に、《魔神》の称号が浮かび上がり、鋭い爪が腕から姿を見せる。
『剛爪魔神閃!』
 鋭い爪が、円盤状のカッターを弾き飛ばし、ヴィクトリアスに迫る。
 ぶつかる二刀の剣と鋭い爪。ロバートが《魔神》の動きから見える隙を掴み取る。
「斬魔神明剣!」
 剣から青い光が放たれ、その隙を狙う――――刹那、一瞬で止められた。
 騎士の姿をし、赤い光を放つ剣でヴィクトリアスの攻撃を受け止める《破邪》の怨霊機ソーディガル。
 ロバートが目を見開く。
「《破邪》……!」
『……《斬魔》よ、お前の相手は私だ』
 互いに睨み合う。その空気は、周りの者では決して踏み入れないほどだ。
 グレートリクオーの操者であるゼロが《魔神》を見て吼える。
「って事は、俺の相手はあいつぅぅぅうううううう!」
「……そうやって吼えなくても良いわよ」
 サポートを行うミーナが呆れる。



 セイバーアークの攻撃を避けつつ、ハヤトはアリサを助け出す方法を必死に探していた。
《幽鬼》の怨霊機が光の球体を手に構える。
『レディルーク・レイニード』
 光の球体から、光の雨が降り注がれる。ヴァトラスが翼を赤熱に燃え上がらせた。
「バニシング・バァァァンッ!」
 翼から放たれる赤熱と化した無数のレーザー。光の雨を無力化していく。
 攻撃をする暇がなかった。アリサを助け出す方法を探している事もあるが、敵には隙がない。
 怨霊機が漆黒の光を手中に集める。
『インパクト・ヴェノム』
「聖霊天掌破ッ!」
 放たれる漆黒の波動を前に、ヴァトラスも青い波動を放つ。
 両者の力がぶつかり、再び無力化する。ハヤトは舌打ちした。
 強さは、どう見ても《邪王》と同じほどだ。怨霊機の力をまだ全て引き出していない。
 そして、問題なのはセイバーアークだ。動きを止めようとすれば、奴の糸がアリサの首を絞める。
「どうする……!? どうすれば良いんだよ……!」

 ……ハヤトさん、聞こえますか?

「――――!? アリサ……?」
 セイバーアークがヴァトラス肩を掴んで来る。頭の中に直接声が聞こえた。
 アリサの声が聞こえる。前にも同じような事があったが、一体どうなっているのか分からない。

 ……私を……殺してください。

「な……!?」

 ……私のせいで、ハヤトさんは戦えない……だから、私を殺してください。

「殺せって……アリサ!」

 ……お願いですっ。私は……あなたの重荷になりたくないっ……。

 悲痛の声。アリサの悲しみに溢れた想いが伝わっていた。
 自分が捕まったせいで、ハヤトが戦えない。だから、この決意をしなくてはならない。
 そんな想いが、ハヤトには十分伝わっている。

 ……お願い、ハヤトさんっ……。

「……るな。ふざけるな!」
 セイバーアークを構わず振り払い、ハヤトがアリサに怒鳴る。
「……俺は……俺は、アリサが側にいてくれるから……アリサが好きだから、守りたいから!
 だから……だから、俺はヴァトラスに乗って戦える! 王として戦う事ができる!」

 …………。

「アリサには、俺の側にいて欲しいんだ! だから、俺はアリサを失いたくない!」

 ……ですがっ……!

「ですがも何もない! そう簡単に殺してくれなんて言って欲しくないんだ!」
 ヴァトラスが右手に持っていた太陽の剣を消し、神の剣を得る。
 黄金に輝く刀身が、ハヤトの持つ"光の守護力"に反応し、眩しい光を発する。
「……君を助ける。だから、俺を信じろ、アリサ!」

 ……はい。

 アリサが静かに頷く。ハヤトは神の剣に賭けた。
 もし、この剣が"闇だけ"を断つ事のできる剣なら、アリサを助ける方法もある。
 それが可能なら、いや、それができれば、なぜ《邪王》に無の力が通用しなかったのか分かる。
「……神の剣は、真なる魔を断つ剣。だったら、その力を全て引き出せれば……!」
 太陽の如く燃え上がる光の瞳が、セイバーアークを睨みつける。
 "聖域"による集中力が、"光の守護力"を神の剣へ力を集中させる。
 ヴァトラスが唸りを上げる。ハヤトは静かに「俺を信じろ」と呟いた。
「……大切な人を助けたい。それが、俺の剣だから!」
 神の剣に黄金と純白の光が綺麗に絡み合い、七色の眩しい光が溢れ出す。
 ヴァトラスが、セイバーアークへと向かって翼を広げ、突撃する。
「うぉぉぉおおおおおおっ! 凱歌! 神王剣聖斬ッ!」
 一閃が駆け抜け、セイバーアークに七つの光る切り筋が走る。
 凱歌・神王剣聖斬。ハヤトの『無の太刀』が、セイバーアークを無へと変えた。
 粒状になっていくセイバーアーク。《幽鬼》が笑みを浮かべる。
『くくく……殺しましたか、自らの大切な者を……』
「……誰も殺してなんかいない」
 ハヤトの言葉に、《幽鬼》は目を見開く。セイバーアークの存在していた場所に、光の球体がある。
 アリサだ。ヴァトラスが光の球体を手の平に乗せ、そのままコクピットへ運ぶ。
『馬鹿な。一体どうやって?』
「簡単だ。俺が斬ったのはアリサじゃない。アリサの周りにあった闇だけだ」
 そう、神の剣は"真なる魔"を断つ剣。だからこそ、アリサだけ斬れなかったのだ。
 光の球体が消え、アリサがハヤトに抱きつく。
「ハヤトさんっ」
「大丈夫か?」
「はいっ……。ハヤトさんを信じていましたから……」
 信じる想いに神の剣が応えた。ヴァトラスが唸りを上げ、怨霊機を睨む。
「さぁ、次はお前の番だ。覚悟しろ、《幽鬼》!」
『そう思いますか? この怨霊機ガル・フォースを……いや、この私を甘く見ない方が良い』
 怨霊機が咆哮を上げる。漆黒の闇が、周囲の大気を震え上がらせた。
 "光の守護力"が強い反応を示す。いや、直感が悪寒を走らせた。
 アリサがハヤトの服を強く握る。
「……アリサ?」
「……声がします」
「声?」
「……『今は、こんな戦いをしている時じゃない。この操者を止めてくれ』って」
「……それって、あの怨霊機の声、なのか?」
 アリサが頷く。なぜ、彼女に怨霊機の声が聞こえるのか分からないが、ハヤトはそれを信じた。
 破壊神と呼ばれる存在が現れてから、ヴァトラスはずっと「怨霊機との戦いは無意味だ」と言っている。
《幽鬼》が不気味な笑みを浮かべる。
『《邪王》が引き出した"覚醒(=スペリオール)"の力。あれは、どうやって引き出せたと思いますか?』
「何……?」
『教えてあげたのですよ、"覚醒"できる方法を。そう、私が"覚醒"し、強大な力を得られる一人だからです!』
 怨霊機の姿が変わる。背中に六つの光る球体を持ち、両肩に雄々しく吼える龍。
 その姿はまるで、何かに出てくるような魔王の姿をしていた。
『この《魔王》である怨霊機サタン・ルシファーが、《霊王》、あなたの命を奪いましょう』
「《魔王》……王は、《覇王》や《邪王》以外に存在するわけは……!」
『ええ、存在しませんとも。《魔王》と言う称号は、私が勝手に名付けた称号ですから』
 サタン・ルシファーが漆黒の波動を放つ。ヴァトラスが咆哮を上げた。
 手にする神の剣に光を集め、黄金の波動を放つ。
「レジェンド・ヴァァァドッ!」
 漆黒の波動に激しくぶつかる黄金の波動。しかし、一瞬で無力化された。
 祭壇のあった場所が吹き飛ばされ、巨大な穴が出来る。
 圧倒的だった。その強さは、"覚醒"の力を得た《邪神王》である雷魔を上回っている。
 ハヤトは舌打ちした。光の力で歯が立たない事に。
 サタン・ルシファーが背中の球体を前に出す。
『さぁ、ここからが本当の宴です。覚悟はよろしいですか、《霊王》?』
「くっ……!」

 光り輝く瞳が、どこか恐怖を感じていた。



 序章 怒りに燃える光の鼓動

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