終章 異変、避けられぬ代償


《邪神王》と《幽鬼》が撤退し、《破邪》はその剣を収めた。
 ロバートが不思議に思いつつ、身構える。
『そう身構えるな。《邪神王》が撤退した。私もここで引き下がろう』
「…………」
『《斬魔》に選ばれた者よ、次に戦う時は、私も怨霊機ソーディガルの力を全て引き出して戦う』
 そして、《破邪》の怨霊機ソーディガルがヴィクトリアスを睨みつけたまま、姿を消した。
 ロバートは愕然とした。まだ《破邪》は本気で戦っていない。
 ヴィクトリアスが唸りを上げる。かなり悔しかった。
「……まだ強く……奴に勝つには、まだ強くなる必要が……!」
 歯を噛み締め、ロバートはヴィクトリアスのコクピットの中で呟いた。



 ディレクダートが再び全ての砲門を開く。しかし、《血煙》から戦う意志が無かった。
 無理もない。最強の力を誇る《邪神王》が撤退しているのだ。もし、このまま戦えば負ける。
「逃げる気か?」
『そうですね。カオスや他の者共々、ここは大人しく撤退します』
 怨霊機アムルギアが高々と唸りを上げる。操者はすぐになだめた。
『落ち着きなさい。《蒼炎》との決着は、いずれつけます』
 そう言って、怨霊機の腕が伸びる。そして、まだ撤退していない残りの怨霊機を自分の元へ連れて来た。
 怨霊機グリムファレスは装甲を砕かれ、辛うじて動いている状態だった。
 カオスが《血煙》を睨む。
『まだ終わってねぇぇぇ!』
『撤退です。このまま戦えば、間違いなく死にますよ?』
『……仕方ないか。デスペランサも限界だからな』
『ふん、俺はまだ戦える。《邪神王》が倒せなかった奴程度、俺一人で倒してやる!』
 すでに限界のはずであるドラグデイルが咆哮を上げる。《魔神》はすぐに止めようとした。
 しかし、《漆龍》の動きは瞬間的で、ヴァトラスへ襲い掛かる。
「させるか……!」
 ディレクダートが全砲門を開いたまま、《漆龍》へ狙いを定める。
「ファイナル・フレア」
 放たれる全ての砲門からの閃光。一つとなり、蒼炎の獅子がドラグデイルを襲う。
 ドラグデイルが姿を消して避ける。そして、右腕に装備された翼をヴァトラスへ向けた。
『ヘルウインガー!』
 漆黒の刃が放たれる。その攻撃を前に、ハヤトは神の剣を振るった。
 無力化される漆黒の刃。ヴァトラスが翼を大きく広げ、神の剣を天空へ掲げる。
 剣に黄金の光が集まり、神の剣の刀身から七色の眩しい光が溢れ出した。
「レジェンド・ヴァァァドッ!」
 剣を振り落とし、黄金の波動を放つ。ドラグデイルは避けようとした。
 刹那、黄金の波動から七つの光が放たれ、ドラグデイルの動きを完全に封じる。
 ドラグデイルを襲う黄金の波動。光が全身から溢れ出し、怨霊機が悲鳴を上げる。
『な……馬鹿な、馬鹿なぁぁぁっ……!?』
 怨霊機が光の粒子へ変わり、空へ舞い上がっていく。その中から光の鳥が姿を現した。
 光の粒子となった怨霊機を導くかのように、空へ羽ばたいていく。
『《漆龍》が一撃で終わるとは……やはり、撤退ですね』
『……奴が苦戦するわけか』
 グリムファレスを抑えつつ、《血煙》と《魔神》が撤退する。
 光り輝く瞳から元の瞳に戻り、ハヤトは安堵の息をついた。
「……一先ず、戦闘終了か」



 イシュザルトのブリッジ。ジャフェイルは『進化』した霊戦機の性能を見て気づいた。
「……ヴァトラスとブレイドルスの性能が低いか」
 ブレイドルスは『進化』を行っていないのだから頷けるが、ヴァトラスは信じ難いものだった。
 怨霊機と一つになり、新たな《霊王》へと『進化』したヴァトラス。
 さらには、対立する《霊王》と《覇王》が一つになった《神王》として『進化』を遂げている。
 そんな強さを持つヴァトラスだが、性能は『進化』を遂げた他の霊戦機よりも下回っていた。
「……この性能で、"覚醒(=スペリオール)"した相手と戦っていたのか……?」
 これならば、霊戦機の中で最も優れた性能を持ったヴィクトリアスの方が強いはずだ。
 しかし、現にヴァトラスは敵にやや劣っていたものの、その強さを発揮していた。
 副長のロフが疑問に思う。
「しかし、あの強さは他の霊戦機よりも上ですが?」
「おそらく、ハヤト君だろう。ヴァトラスの強さに加え、彼の強さが反映している」
 操者として、彼の強さは祖父である神崎獣蔵や、初代《霊王》のヴァトラス・ウィーガルトを超えている。
 間違いない。ハヤトは"王"としての器がある。全世界を救う"王"の器が。
「それにしても、厄介な敵が増え過ぎたね」
 ブリッジに姿を現せるコトネ。彼女はイシュザルトのメインコンピュータを調べた。
「何を調べる気かな?」
「ハヤトが手にした神の剣と神の槍について。あとは、《神の竜》と《神の獅子》の事だね」
 解放と封印を司る槍、無を司る最強の剣。そして、今だ目覚めない二体の存在。
 しかし、イシュザルトには《神の竜》と《神の獅子》のデータだけで、封印されている場所などはなかった。
 神の武器である二つについては、破壊神同様、謎の存在のままで終わっている。
「……やっぱり、ブラックボックスだね、神の剣と槍は」
 舌打ちし、煙草を銜える。ジャフェイルもその事に関しては同じだった。
 今までの聖戦の中では語られていない神の剣と槍。おそらく、破壊神との戦いの為にある武器だろう。
 ジャフェイルは、その謎に対し、妙な疑問を抱いた。
「なぜ今になって、怨霊機以外の存在が……」



 イシュザルト格納庫に、霊戦機達が全て戻ってくる。
 アランは速攻で一人の操者を捕まえた。レファード=カーヴァイルサスと言う、戦っていない操者を。
「おりゃ」
「わっ!? な、何ですか!?」
「あのさ、今までどこに逃げてたの?」
 あの戦いの場で、全く姿の無かった霊戦機ブレイドルス。当然、どこかに逃げていたのは間違いない。
「で、どこに逃げてた?」
「え……えっと……お城の後ろに……」
「んなところに逃げてんじゃねぇ! ってか、あそこ堕ちたら王都は終わりだっつうの!」
 アルフォリーゼ国の王都が堕ちれば、間違いなくゼルサンス国の勢力が一気に迫り来るだろう。
 霊戦機を使えば、簡単に阻止できるが、それはそれでアルフォリーゼ国の人間の誇りが許せない。
 アランはレファードに対して怒鳴る。
「テメェ、いい加減戦え!」
「戦えって……僕、戦いは嫌――――」
「ブレイドルスに選ばれたんだから戦え!」
 かなり強引だった。



 イシュザルトの訓練室で、ロバートはシミュレータ上の敵と戦っていた。
《破邪》の怨霊機を前に、ヴィクトリアスが攻撃を仕掛ける。
「斬魔旋風!」
 放たれる竜巻。しかし、《破邪》は激流の水で竜巻を受け流して阻止する。
 ヴィクトリアスが剣に霊力を集中し、雷を走らせた。
「雷光斬裂閃ッ!」
 振り落とされる剣。それに対し、《破邪》が無数の波動を放つ。
 ロバートは瞬間的に攻撃を捨て、防御に走った。ヴィクトリアスが両肩のシールドを手にし、直撃を防ぐ。
 その時、怨霊機が接近した。ヴィクトリアスとの間合いを詰め、剣を喉元に迫らせる。
「くっ……!?」
 攻撃の手がなくなり、シミュレートが終了する。結果は負けだった。
 ヴィクトリアスの動きは良い。しかし、どんなにヴィクトリアスが強くても《破邪》が上だった。
 霊戦機と怨霊機の差ではない。間違いなく、操者の腕の差だ。
 ロバートが拳を強く握る。
「くっ……どうすれば強くなれる……! どうすれば……!?」
 今はただ、自分の弱さに悔やむロバートだった。



 ヴァトラスから降りて、ハヤトはアリサの姿を見つけた。
 アリサが安心した顔を見せてハヤトに抱きつく。ふらつき、その場に倒れ込んだ。
「痛ッ……」
「あ……ごめんなさい……」
「いや……、疲れていたから……」
 "光の守護力"による体力の消耗で、どこか脱力していた。
 アリサを抱きしめる。
「……良かった、無事で」
「それは私の台詞です。とても不安でした」
「ごめん……」
 お互いに不安だった。ハヤトはアリサの顔を見つめると、すぐに唇を重ねる。
 アリサは静かに目を閉じた。ハヤトの想いを感じつつ、腕を彼の首元まで回す。
「いやはや、こう言う大勢のいる場で、そう言う事をするのは恥ずかしいのでは?」
 のほほんと、シュウハがアリサの後ろから口を出した。ハヤトは驚き、近くにあるアリサの顔を遠ざける。
 アリサとしては不満そうな顔をしているが、ハヤトの顔は真っ赤になっていた。
 シュウハがヴァトラスを見上げながら、ハヤトに訊く。
「《邪神王》に最後放ったあの技、あれは『無の太刀』か?」
「……ああ。神の剣が持っている無の力をヒントに、ようやく掴んだ『無の太刀』だけど?」
「そうか。強くなったものだな、また」
 その言葉に、ハヤトは首を横に振る。
「……いや、まだだよ。あいつに決定的な一撃を与えられなかった」
「そう思うか?」
 ハヤトが頷く。間違いなく、『無の太刀』の威力は絶大だったかもしれない。
 しかし、神の剣の持つ無の力が発動しなかった。
 全てを無に還す力を持っているはずの剣。しかし、《邪神王》には通用していない。
 アリサがハヤトの手を握る。
「大丈夫です。想いを信じれば、必ず勝てます」
「ああ。神の剣が力を貸してくれたのも、アリサを守りたいって言う想いがあったから、良く分かってる」
 その時、ぐうっとお腹のなる音がした。苦笑しつつ、ハヤトがアリサに言う。
「アリサ……、悪いけど何か作ってくれないか? さっきの戦いで腹減ったみたいだから……」
「はいっ。美味しい物を作りますね」
「では、私もブリッジへ行きます。色々と話があるので」
 二人がその場から立ち去る。ハヤトは立ち上がってヴァトラスの方を見た。
 今回、《邪神王》と互角に戦えたのは"光の守護力"と神の剣のお陰だと思う。
 しかし、その強さを引き出せているのは、間違いなくヴァトラスだ。
「……サンキュッ、相――――」
 ドクンッ。心臓を鷲掴みされたような激痛が走る。ハヤトは目を見開いた。
 視界が二重、三重に見える。胸元を抑えつつ、身体の異変に苦痛の顔を浮かべる。
「な……!?」
 その場にうな垂れる。ハヤトは神の剣の言葉を思い出していた。

 ――――我が力は悲しき力。その一振りが悲しみを生み出す。

「……そう言う……事……か……!?」
 悲しみを生み出す。それは、無の力によるものではなく、神の剣によるものだった。
 神の剣を振るう事。その代償が、身体に異変を起こしている。
 ヴァトラスが唸りを上げる。ハヤトは首を横に振った。
「大……丈夫……だ……!」
 歯を強く噛み締め、胸元を抑えつつ立ち上がる。
 この事は誰にも知られてはいけない。そうハヤトは思った。
 知られれば、間違いなく戦う事を許してもらえない。何より、アリサの不安を浮かべた顔を見たくない。
 まだ戦わなければいけない。この聖戦が終わるまで、戦い抜く。
「……強さの代償、だよな……!」
 擦れるほど小さな声で、ハヤトは呟いた。

 神の剣。それは、振るう者の命を削る悲しき剣――――



宿命の聖戦 〜Legend of Desire〜 第三部 覚醒される本来の力 完

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 第八章 鼓動、最強の剣

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