イシュザルトの格納庫で、彼は一人脅えていた。
なぜ、自分はこんな世界に来たのか分からない。なぜ、自分が戦わなければいけないのか分からない。
正直、嫌だ。戦うのは嫌だ。
「ほれ、脅えてないで出撃」
アランが彼――――レファードの腕を掴む。それも、不機嫌そうな顔で。
いや、不機嫌なのだ。格納庫内の霊力機を全て破壊され、さらには最高傑作のセイバーアークまで消された。
レファードが抵抗する。
「嫌です。戦いたくないです!」
「戦え! 霊戦機に選ばれた操者だろ!」
「望んで操者なんてなってません!」
そう、霊戦機が勝手に選んだから、この世界にいる。レファードの瞳に涙が浮かんでいた。
それでも、アランは容赦なく腕を掴んで引っ張り始める。
「嫌です! 戦うのは嫌です!」
「戦え! つーか、テメェだけが戦うわけじゃねぇ! 兄貴や他の奴も戦っているんだ!」
それに、誰だって望んで霊戦機に選ばれたわけではない。アランが霊戦機のコクピットに押し込んだ。
《星凰》の霊戦機ブレイドルスが可変型のウイングを広げ、静かに大空へ飛び立った。
先手から全力。《蒼炎》の霊戦機ディレクダートの全砲門から閃光が轟き、放たれる。
その攻撃に対し、怨霊機アムルギアが漆黒の波動で相殺する。
『《蒼炎》ですか。つくづく、私の相手はあなたのようですね』
「そのようだが、お前とは長い間戦っていられないようだ」
霊戦機から聞こえてきた言葉を前に、陽平は怨霊機を睨んだ。
ハヤトが危ない。今ここで、《血煙》と戦っている暇はない。
ディレクダートが両腕のガトリングを構える。
「親友の元へ急ぐからな。お前との決着は、すぐにでもつける」
『おやおや。しかし、そう簡単に事が進むと思わない方が良いですよ、《蒼炎》』
アムルギアが両肩のミサイルを展開する。
『《破邪》や《深淵》までもが本気を出しました。私も本気を出します。ご覚悟を』
「……俺は負ける気などない」
獣の如き瞳が怨霊機を睨む。
光る球体がヴァトラスに襲い掛かる。ハヤトは神の剣を振るった。
無の力で敵の攻撃を無力化し、反撃を行う。
「メテオ・オブ・シャインッ!」
放たれる無数の赤熱と化した波動。しかし、すぐに無力化された。
サタン・ルシファーの背中の球体が盾となり、結界を形成している。
《魔王》となった敵が、静かに笑みを溢した。
『防御と言う面では強いですが、攻撃に関しては無力ですね、《霊王》よ』
「……強い。攻撃が通用しないほどに……!」
神の剣を振るう度に、身体への負担が大きくなっていく。ハヤトはそう感じた。
少しでも早く敵を倒さなければいけないが、攻撃できる隙がない。
『どうしました? これで終わりですか?』
「くっ……何か、何か方法はないのか……!?」
焦る。相手の強さが分かっている為に。
神の剣を攻撃として使う必要がある。『無の太刀』として。
それには、どうしても神の剣以外で防御する方法を探さないといけない。
「……集中しろ。ヴァトラスを信じろ……!」
『レディルーク・レイニード』
光の球体を空に放ち、球体から光の雨が降り注がれる。
ヴァトラスが神の剣を振るう。瞬間、一つの影がサタン・ルシファーを切り裂いた。
《神馬》の霊戦機ペガスヴァイザー。《魔王》を前に、幾つもの残影が囲む。
澪が少しだけ真剣な口調で言う。
「これほどの強さを持っていたのに、あの奇襲は何だったのでしょう?」
『《霊王》の力を奪う為、とでも言っておきましょうか。《神馬》の操者よ』
「あらあら……それにしては、まだ本性を出していませんねぇ」
のほほんとしつつも、その瞳は獣の瞳だった。そうハヤトは感じる。
いや、間違いない。普段とは違った朝風澪と言う女性が、霊戦機と言う巨大な力を動かしている。
これが彼女の本気になるのだろう。ペガスヴァイザーとその残影が、一斉に剣を構える。
「さぁ、ここからは真剣勝負です」
『……面白い。では、特別に見せてくれよう、《魔王》と言う恐ろしさを!』
サタン・ルシファーの両肩に存在する龍が、高々と咆哮を上げる。
イシュザルトの真下で、《双龍》と《魔神》の戦いは激戦と化していた。
グレートリクオーの意思としては、イシュザルトから遠ざけて戦いたいと言う思いがある。
「うおらぁぁぁ! グランドォォォガトリングゥゥゥッ!」
腰に装備されたガトリングを構わず乱射する。怨霊機デスペランサは巨大な爪で全て切り払った。
《魔神》の称号が浮かび上がり、爪に漆黒の鋭い光が宿る。
『デッド・フィニッシュッ!』
「甘く見るなぁぁぁ! 双龍! 連撃衝ぉぉぉおおおおおおっ!」
両腕を大地に突き刺し、大地の双龍が姿を現した。
ぶつかる双龍と爪。衝撃波が巻き起こり、巨大戦艦イシュザルトが揺れ動く。
睨みあう二体。グレートリクオーが背中の長い砲身二つを肩に装備する。
「ツゥゥゥインドラグニアァァァ、キャノォォォンッ!」
怒涛の波動が放たれる。デスペランサは両腕を前に出して防御した。
怒りの咆哮を上げ、グレートリクオーの波動を無力化する。
『死ね! 炎撃魔獣破!』
「――――こぉなったら、一発大勝負ぅぅぅ!」
デスペランサが灼熱の炎を放つ。グレートリクオーは迷わず突撃した。
コクピット内でゼロが手元の球体を強く握る。霊力が集中され、両腕に力が込められた。
灼熱の炎がグレートリクオーを襲う。刹那、グレートリクオーがデスペランサを捉えた。
炎に燃えるグレートリクオーの両腕が、デスペランサの腹部を突き刺す。
『貴様、まさかこれを――――』
「必殺ぅぅぅ、ド・ラ・イ・バ・ル・グラウンドォォォオオオオオオッ!」
大地の双龍がデスペランサを貫く。風が生まれ、グレートリクオーに纏われた炎が掻き消された。
デスペランサが悲鳴を上げる。《魔神》は静かに瞳を閉じた。
口元を歪ませ、高々と笑う。
『ふ……ふはははははは……! 俺の……負け、だな……』
デスペランサがグレートリクオーを吹き飛ばす。それは、《魔神》の優しさだった。
光がデスペランサに集中し、大爆発を起こす。その衝撃波は、イシュザルトに激震を与えた。
ミーナは思う。最後に《魔神》の取った行動は、自分達を爆発に巻き込まないようにしたものだと。
グレートリクオーが剣を構え、静かに唸りを上げる。
「……あの人、本当は死ぬ事を望んでいた……? ゼロ、あんたは――――」
「うぉっしゃぁぁぁああああああっ! 大勝利ぃぃぃいいいいいいっ!」
「……はぁ」
ゼロの歓喜の叫びに対し、彼女は深い溜め息をつくのだった。
サタン・ルシファーに挑むヴァトラスとペガスヴァイザー。
神の剣に炎が走る。ヴァトラスの姿を見て、ペガスヴァイザーが動き出した。
「メテオ・オブ・シャインッ!」
放たれる赤熱の波動。サタン・ルシファーは背中の球体で結界を張り、防御した。
しかし、ペガスヴァイザーはそれを狙っていた。剣をボーガンの銃口にはめ込む。
「では、行きますか」
(神馬波動斬!)
天馬の姿をした波動が放たれる。サタン・ルシファーはその攻撃を読んだ。
結界を全身に張り巡らせ、攻撃を防御する。両肩の龍が咆哮を上げる。
『フレイム・フリード』
両肩の龍から灼熱の炎と冷たき氷が放たれる。ヴァトラスは神の剣を振るった。
心臓に軽い痛みが走る。ハヤトは少しだけ顔を歪めた。
「くっ……。力が……まだ何か力があれば……!」
神の剣と互角の力を持つ何かが欲しい。それがハヤトの本心だった。
今のままでは間違いなく負ける。ハヤトは歯を噛み締めた。
《魔王》が拳に漆黒の光を集中する。
『ルシファー・バルセイア』
漆黒の波動が放たれる。ヴァトラスが翼を閉じた。
神の剣によって敵の攻撃を無に還れば良いのだが、ヴァトラスの意思はそうしなかった。
無の力を使う代償によって、ハヤトに多大な負担が掛かっている事を分かっていたのだ。
翼を閉じて防御しながらも、敵の直撃がヴァトラスを襲う。
「ぐあぁぁぁ……!?」
「ハヤトさん!?」
「くそっ……、ヴァトラス……!」
『次で終わりにしてくれよう。サタン・ジーク――――』
(スターダスト)
放たれる光の粒子。《魔王》はすぐに防御した。
一機の霊戦機がそこにいる。ヴァトラスが唸りを上げ、語りかける。
(……ブレイドルス、なぜ来た? お前の選んだ操者は戦いを望んでいない)
(確かにそうです。しかし、このままでは、あなたが危なかった)
今までは操者の意思で戦う事をしなかった《星凰》の霊戦機ブレイドルス。
しかし、今はそんな事を言っていられなかった。
他の霊戦機は『進化』と言う一五〇〇年の長き年月を経て遂げた。
苛立ちがある。操者が戦いたくないと言う気持ちは分かるが、このままでは逃げているのだ。
(……私だけ戦わない。それは、あの頃の誓いを破ってしまう事になる)
「……戦いなんて嫌いです!」
ブレイドルスの言葉に、レファードは大きな声を上げた。ハヤトは激痛に顔を歪ませつつ、レファードを見る。
「……どうして……どうして皆戦えるんですか!? 間違っていると思わないんですか!?」
「……間違っているよ、この戦いは」
「だったら……! だったら、どうして戦うんですか!?」
「戦わないといけないからだろ」
レファードを睨む。ヴァトラスがブレイドルスの腕を掴んだ。
隣でアリサがハヤトの想いを感じる。ハヤトは言葉を続けた。
「こんな戦いを止める為に戦うんだ。間違っているから戦うんだ」
「戦わない方法はいくらでもあります!」
「だから逃げるのか? それは違うだろ、レファード!」
戦わないで済む方法。そんなものがあれば、まずこんな聖戦なんて起きない。
しかし、必ず人は戦っている。それがハヤトの本心だった。
「俺達が霊戦機に選ばれたのは、他の人達以上に戦いを終わらせたいと思っているからだ。
そんな想いを持っていながら、目を背けて逃げるのか!? それこそ間違っている!」
「で、でも……!」
「だったら、なぜ俺達は霊戦機に選ばれた!? それを考えた事があるのか!?」
その言葉に、レファードは黙った。
「レファード、お前がブレイドルスに選ばれたのは、ブレイドルスがお前の心の強さに惹かれたからなんだ。
それに、戦いが嫌いなのはお前だけじゃない。皆そうなんだ。だから、終わらせたいんだ」
「……皆、そうなんですか……?」
「ああ。だから、戦える」
ヴァトラスが唸りを上げ、敵を睨む。
『ふん。攻撃の通用しない敵に、まだ戦いを挑むか?』
「まだ完全に通用しないなんて思っていないんだよ。俺には、まだ必殺技があるからな」
《邪王》との戦い以降、ハヤトは一つの事を試していた。
今手の内にある神の剣と神の槍。その二つの武器の力を全て引き出した技。
それさえ出来れば、どんな強い防御を誇る敵でも倒せるのだ。
ヴァトラスの右手に神の剣、左手に神の槍が生み出される。神の槍に赤熱の光が集まる。
「グーングニル、ヴァルキュリア!」
『サタン・ジーク・レイド』
背中の六つの球体と、両肩の龍から波動が放たれる。ハヤトは素早く神の剣を振るった。
神の槍に集まっていた赤熱の光が失われていく。必殺技を阻止された。
「くっ……!」
『そう簡単に攻撃はさせん。すぐに消し飛ばしてくれよう』
「そんな事は……させません!」
光の粒子が放たれる。《魔王》はすぐに阻止した。
ブレイドルスが全身を光り輝かせている。それは、戦いの決意だった。
レファードが下唇を強く噛みつつ、《魔王》と対峙する。
「僕は、やっぱり戦いが嫌いです! でも……でも、僕はもう逃げたくないんです!」
『愚かな操者よ、人と言う生き物は、常に逃げている生き物だ』
「違います! だって……、僕達には心があるから!」
レファードの額に優しい瞳を持つ鳳凰――――《星凰》の称号が浮かび上がる。
ブレイドルスが人型から戦闘機に似た飛行形態へ変形し、大空を舞う。
(行きます、星凰空裂撃!)
飛行形態となったブレイドルスが高速で回転を始め、巨大な竜巻を生み出す。
『フレイム・フリード』
両肩の龍から灼熱の炎と冷たき氷を放ち、巨大な竜巻を防ぐ。
しかし、レファードはそれでも怯まず、自分の中にある霊力を徐々に解放していった。
ブレイドルスの姿が変わっていく。戦闘機に似た飛行形態だった姿が、神々しい鳳凰の姿となった。
(決意。私は本当の強さを感じました。そう、《空凰》の霊戦機ブレイガストへ『進化』した為に!)
『進化』を遂げた霊戦機が、その翼を羽ばたかせる。
(操者よ、この力を!)
「うん……行きます!」
ブレイガストの翼から風が生まれていく。操者の額には、空へ舞う鳳凰を描いた《空凰》の称号が浮かぶ。
「空凰真空刃!」
翼から放たれた巨大なる刃。サタン・ルシファーが片手でそれを防御する。
しかし、その攻撃には意味があった。ブレイガストが光に包まれていく。
ヴァトラスがそれを見て唸りを上げる。ハヤトも頷いた。
「ああ。次の一撃で決めるぞ、ヴァトラス!」
「スターダスト・フェニックス!」
光を纏ったブレイガストが突撃する。《魔王》はそれを背中の球体で防御した。
結界によって守りに入るサタン・ルシファー。ブレイガストの突撃に耐える。
刹那、ブレイガストがサタン・ルシファーより上空へ舞い上がった。
「――――お前の負けだ、《魔王》! 神の槍グーングニルッ! 神の剣ヴァルキュリアッ!」
敵を目の前にして、ヴァトラスが二つの武器を手にする。
右手には無の力を秘めた神の剣。左手には、かなり短く持った神の槍。
「うぉぉぉおおおおおおっ!」
ハヤトの咆哮。神の槍に赤熱の光が集まり、赤熱の刀身が伸びる。
ヴァトラスの胸に、光り輝く鳥の称号が浮かび上がった。
「必殺ッ! シャイン・フォォォォォォスッ!」
神の槍を前に突き出し、サタン・ルシファーへと突撃する。
《魔王》は背中の球体で結界を張ったまま防御した――――が、瞬時に砕かれた。
いや、貫かれた。神の槍が結界を貫き、そのまま敵へと突き刺す。
『な……!?』
「うぉぉぉおおおおおおっ!」
そして、神の剣が振り落とされる。サタン・ルシファーが悲鳴を上げた。
敵に突き刺さった神の槍を手中に戻し、ハヤトが相手を睨む。
《魔王》にはまだ信じられなかった。サタン・ルシファーの防御を破られた事に。
『な……馬鹿な……!?』
「……シャイン・フォース。敵の防御を粉砕し、神の剣で斬る。俺の最強の必殺技だ!」
ハヤトの瞳の光が、より輝きを増す。
「光と無の裁きを受けろ!」
『ぐっ……"覚醒(=スペリオール)"の力が……敗れた……ぁぁぁっ……』
サタン・ルシファーの全身から光が溢れ、粒子状となって消える。ヴァトラスは大地に足を降ろした。
ハヤトが胸元を抑える。神の剣と神の槍は消え、ヴァトラスも片膝を大地につけた。
「くっ……はぁ……はぁ……」
「ハヤトさん!?」
「……大……丈夫。けど……あの技は使えな……いな……」
ただでさえ、神の剣による代償があるのだが、それに伴って体力の消耗は激しかった。
アリサがハヤトの胸元に手を置く。ほんのわずかだが、光が灯り出した。
「ア……リサ……?」
「……まだ、まともに使えませんけど……」
「……治癒の……霊力、か……?」
「はい。これなら……」
「……そんな事しなくても……、大丈夫……」
アリサとキスをする。最初、彼女は驚いたが、静かに瞳を閉じた。
優しい光に二人は包まれ、ヴァトラスが静かな唸りを上げる。
ハヤトは顔を離し、軽く微笑む。
「治癒の霊力には、二つの方法があるんだ。書物でしか読んだ事ないけどね」
「そうなんですか?」
「ああ。お陰で、もう少し連戦しても大丈夫だ。ありがとう、アリサ」
「はいっ。ですが、もうあんな無茶な事はしないでくださいね?」
その言葉にハヤトは苦笑する。しかし、彼女の言う通りだった。
どうにか体力を回復できたが、流石に心臓までは回復しなかった。
いや、神の剣の代償がそう簡単に癒えるものとは思えない。ハヤトはそのままアリサを抱きしめた。
伝わる彼女のぬくもり。途端、身体の中から一気に悪寒が走り出した。
光の鳥の叫びが聞こえる。ハヤトは空を見上げた。
暗黒に覆われる空。漆黒の鎧を纏い、堕天使を思わせる機体がそこにいた。
そして、血塗られた紅い全身で、己の背丈と同じように長い巨大な剣を持つ機体と巨大な斧を持つ緑の機体。
「あれは……破壊神!」
「あらあら、一難去ってまた一難、ですね」
「そんな……まだ敵が……!?」
三者三様。しかし、三人とも目の前にある闇を前に、嫌な力を感じていた。
霊戦機達が唸りを上げる。漆黒の機体――――破壊神ルナルク・ゼオライマーが口を開く。
『……神の剣と神の槍。"滅びの王"が恐れる力を、やはり手にする事ができるか』
『"滅びの王"が目覚めるまでに、神の力を授かる存在を始末する』
『覚悟しろ、《霊王》』
最大なる敵の出現。戦いは、まだ終わらない――――
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