第三章 斬魔の剣


 剣と剣のぶつかり合い。《斬魔》と《破邪》が互いの剣を持って戦う。
 巨大戦艦イシュザルトの真下で行われていた戦闘は、いつの間にか暗雲の空の下に変わっていた。
 ヴィクトリアスの手にする二本の霊剣に、雷が走り出す。
「雷光斬裂閃!」
『流水練武刹』
 怨霊機ソーディガルが剣から水で形成された刀身を生み出す。
 そして振るう。水の刀身が鞭のようにしなり、ヴィクトリアスの攻撃を防いだ。
 すかさず、ヴィクトリアスが剣を構え直す。
「斬魔風連刀!」
 二本の剣を一つに組み合わせ、高回転を起こす。風が生まれ、かまいたちがソーディガルを襲う。
 そして、元の二本の剣に戻し、乱舞を行う。
「雷光斬裂閃!」
 そして、再び雷の走る剣が振り落とされる。《破邪》は一瞬にしてそれを見切った。
 赤い光を放つ剣。強い力を秘めたその光は、ハヤトの太陽の剣と似ている。
 ヴィクトリアスが低い唸りを上げた。
『やはり、接近戦では己の強さを発揮できるようだな、《斬魔》よ』
「…………」
『しかし、今のお前では私に勝つ事はできない』
《破邪》の言葉の前に、ロバートは拳を強く握るだけだった。



 イシュザルトの甲板の激闘。ギガティリスとグリムファレスが互いを鋭く睨みつける。
『くらえぇぇぇっ!』
「ウォォォタァァァ、ヴァティカルッ!」
 拳と棍棒がぶつかり、その振動がイシュザルトにも伝わる。
 力と力の戦いの中、グリムファレスが唸りを上げ、眩い光を放つ。
「――――!?」

 悲劇。まだアルスが霊力機の操者となる前――――十四歳の頃、それは起きた。
 アルフォリーゼ国と敵対するゼルサキス国の霊兵機による襲撃が、全ての始まりを告げる。
「親父、お袋! ソフィア!」
 燃え盛る街並みに、アルスの叫びが響く。
 霊兵機の襲撃で、アルフォリーゼ国の霊力機は出撃し、今は戦争が起きている。
 しかし、そんな事はアルスにとって、どうでも良い事だった。
 今は、家族の無事が心配だった。
「親父、お袋! ソフィア、ソフィ……――――!?」
 目を見開く。目の前にある光景は、絶対に信じたくないものだった。
 崩壊する我が家。そして見えた家族の倒れている姿。
 すぐに目の入った妹の元へアルスは走り、静かに抱き上げる。
「ソフィア! しっかりしろ、おい!」
「……あ……にいさ……ま……」
 かすれた声。今にも消えてしまいそうな声。
「……兄様……ご無事で……」
「俺の事は良い! 早く……すぐにフィルツレントの所に連れて行ってやる!」
「……兄様……」
 アルスの手を握り、彼女は小さく微笑んだ。静かに目を閉じて。
「…………」
「……おい? おい!?」
 冷たくなる妹の体温。アルスはそのまま抱きしめた。
 涙が溢れる。噛み締めた下唇から血が流れ、そして悔やんだ。許せなかった。
 家族を――――大切な人達を奪ったゼルサキス国。もう二度と許せなかった。
「うぉぉぉおおおおおおっ……」
 悲痛の叫びが、空に響き渡り、アルスはその日から、戦士として戦う事を誓った。

「……チッ、嫌な事を思い出しちまった」
 グリムファレスの放った眩い光が消え、アルスは首を横に振って我を戻した。
 拳を強く握り、昔の出来事の悔やみを噛み締める。
「……馬鹿らしい。昔の事に悔やんでる場合じゃねぇんだよ」
『うぉぉぉおおおおおおっ!』
 グリムファレスから咆哮が上がる。ギガティリスが反応した。
 操者から感じられる怒りと悲しみ。グリムファレスが語りかけてくる。
「ん? 何だと?」
(……奴の操者の悲しみを救いたいと言っている)
「悲しみ? どう言う事だ、そりゃあ」
(奴の操者もまた、汝と同じように大切な者を失ったようだ)
「……そうか、あの野郎も同じか」
 大切な人を失う。それがどれほど許せないもので、どれほど憎いものか良く分かる。
 良く分かるからこそ、闇に呑み込まれる訳にはいかない。
 大切な人の為にも、前を向く必要があるから。
「テメェも同じなら……同じ想いしたんなら、んな闇の力を手に入れるな」
 アルスが手元の球体を強く握る。ギガティリスが唸りを上げ、霊戦機の目に瞳が宿った。
 操者と一つになった霊戦機ギガティリスが、その拳を構える。
「テメェの闇は俺が払ってやる。テメェが背負ったその悲しみと一緒にな!」



 イシュザルトの真下での戦い。《蒼炎》と《血煙》は互いの火力を勝負していた。
 強さは互角。いや、すでに《蒼炎》の霊戦機ディレクダートの方が上だった。
「……!」
 ディレクダートの両腕のガトリングが放たれる。陽平はその強さを引き出していた。
 ハヤトの元へ向かう。その想い――――親友を想う心に、ディレクダートが応えている。
 全砲門を再び開き、陽平が敵を睨む。《血煙》は笑みを浮かべた。
『また、その攻撃ですか? かなりの霊力を消耗しつつも、まだ続けますか』
「……当然だ。お前を倒すまで、俺は戦い続ける」
 全砲門に霊力が込められる。《蒼炎》の力が宿った。
「ファイナル・フレア」
『フレア・ディリムレクト』
 対する怨霊機アムルギアも咆哮を上げ、胸から巨大な漆黒の波動を放つ。
 ぶつかる力と力が、眩い光を放ち、大爆発を起こす。その時、《血煙》は動いた。
 両肩のミサイルに霊力を込め、ディレクダートに迫る。
『あなたの負けですよ、《蒼炎》!』
「……負けは、お前の方だ」
 胸の砲門に光が溢れる。蒼く、燃え盛る炎がアムルギアを完全に捉えていた。
『ま、まさか、私の手の内を……!?』
「終わりだ、蒼炎波動破……!」
 放たれた蒼炎の波動が怨霊機を襲う。《血煙》は信じられなかった。
 相手は霊力をほとんど消耗していたはず。この攻撃はもう無理だと確信していた。
 しかし、それは違った。《蒼炎》の操者は力を温存していた。
『私が……負け……た……!? あぁぁぁああああああっ……』
「そうだ。しかし、力の差でお前が負けたのは違う」
 ディレクダートが咆哮を上げる。
「俺にはやらねばならない事がある。お前が負けたのは、ハヤトと俺の信頼の絆だ」
 アムルギアに光が集中し、大爆発を起こす。陽平は衝撃波を防ぐ為に、再び蒼炎の波動を放った。
 大爆発による衝撃波が掻き消される。ディレクダートが低い唸りを上げた。
「終わったな。ハヤト、すぐに向かう」
 勝利の余韻に浸る事はせず、陽平は親友のいる方角へ目を向けた。



 暗雲の空の下、ヴィクトリアスとソーディガルの戦いは激化していた。
 ロバートは焦っていた。相手に言われた言葉に対して。
 二本の剣が乱舞を繰り出す。
「斬魔風連刀!」
『狂乱時雨』
 無数の斬撃。ぶつかる度に響き渡る音が、その互角さを意味していた。
 いや、《破邪》の方が上だった。水で形成された刀身が生み出され、鞭のように振るわれる。
『流水練武刹』
「くっ……斬魔神明剣!」
 剣から青い光が放たれ、ヴィクトリアスがその剣を振り落とす。ソーディガルは素早く見切った。
《斬魔》の力による技は、《破邪》の強さの前では、全く通用していなかった。
『《斬魔》に選ばれた操者よ、その程度か?』
「…………」
『確かに、その剣の腕は上がっている。霊戦機によってな』
「――――!?」
 ソーディガルが手にする剣に赤い光が走る。
『操者自らの力を、霊戦機に伝える事ができていない。それが、お前の弱さだ』
「俺の弱さ……」
 霊戦機に自分の力を伝えられていない。ロバートはまだ信じられなかった。
 声を聞くようになって、《武神》から《斬魔》へと『進化』できた。
 しかし、今までの戦いは霊戦機だけの力だった。ロバートのは愕然とし、ただ、手元の球体を強く握る。
「俺は……どうすれば強くなれる……?」
 必死に追い求めた強さは、まだ強さじゃなかった。それが、今だった。
 悔しさで一杯だった。強くなりたいと言う想いが溢れ出していた。
「どうすれば……どうすれば強くなったと言える……?」
『普通に自分でそう思えば良いんじゃない?』
 突然の通信。それは、愕然とするロバートにとって、意外な事だった。
 発信元はイシュザルト。聞いた事のある声の持ち主は、そのまま文句を言う。
『ブリッジには内緒で通信してるけど、あんた、弱過ぎ!』
「な……!?」
『あれだけ特訓してさ、自分で弱いと思ってたら弱いままに決まってるでしょ!? 馬鹿じゃない!?』
『り、リューナ……励ます為に通信したんじゃ……?』
『良いの! こんな奴、励ましたって意味無いわよ!』
 そして、リューナの罵声がコクピット内に響く。
『あんた、強くなる為に頑張ってたんでしょ!? だったら、あんたの強さって何よ!?』
「俺の強さ……?」
『あんたは何の為に強くなりたいわけ!? 目の前の敵に勝つ為だけ!?』
「俺は……」
 考える。今まで、強くなりたい理由など考えた事がなかった。
 ただ、《破邪》に勝ちたいから。それだけでも十分、強くなりたいと想いにはなる。
 しかし、本当は違う。
「俺が強くなりたいのは……」
 手元の球体を握る余分な力が抜けていく。
「俺が強くなりたいのは……あいつと……、ハヤトと共に戦う為……!」
 そして、ハヤトの力になる為。それが答えだ。
 ヴィクトリアスが唸りを上げ、その目に瞳が宿る。
 一心同体。操者と霊戦機の心が一つになり、剣から自然に《斬魔》の称号が浮かび上がった。
《破邪》が静かに笑みを浮かべる。
『それが、お前の見せる強さか』
「……俺は、ハヤトの共に戦う為に、お前に負けている場合じゃない!」
『良いだろう。勝負だ、《斬魔》よ』
 ソーディガルの剣から赤い光が溢れ、光の刀身が現れる。
『破邪魔神斬』
「炎狼閃裂斬!」
 振り落とされる光の刀身。ヴィクトリアスは剣を構えた。
 刀身に炎が走り、振り落とす。炎の刃が放たれ、光の刀身を受け止めた。
 そして、剣に雷と炎を走らせ、二本の長い刀身が現れる。
「斬魔双撃破!」
『スプラッシュ・ブレイド・エンド』
 放たれる雷と炎の刀身が無数の矢と無数の波動。互いの技が激しいぶつかりを繰り返す。
 ソーディガルが素早く動き出す。光の刀身が再び、ヴィクトリアスを狙う。
 しかし、ロバートもすぐに動いた。二本の剣に雷を走らせて。
「雷光斬裂閃!」
 光の刀身を前に、ヴィクトリアスが剣を振り落とす。《破邪》は受け止めた。
 刹那、ヴィクトリアスの瞳がソーディガルを捉える。それが、終止符を打った。
『――――!?』
「俺の……勝ちだ!」
 ヴィクトリアスが剣に光を込める。一本は青く、もう一本は金色の光を。
 金色の光を込めた剣を振り落とす。ヴィクトリアスとソーディガルを結ぶ道が刻まれた。
 ヴィクトリアスがその道を駆け出し、ロバートがソーディガルを捉える。
「光牙! 獅王裂鳴斬ッ!」
 青い光を込めた剣を叩き込み、二本の剣がソーディガルの装甲を貫き、切り裂いた。
『なっ……がはっ……!?』
「《斬魔》よ、お前の力、全て引き出したぞ……」
 その言葉に、ヴィクトリアスが低い唸りを上げる。これが、本当の強さだった。
《破邪》は激痛を堪えつつ、ロバートの方を見る。しかし、構える事はなかった。
 完璧な負けだった。ソーディガルも操者に同意しているのか、ただ宙を舞うくらいだ。
『……それが、お前の強さか……?』
「そうだ。ようやく分かった。己を信じ、ヴィクトリアスを信じる……それが、強さだと言う事」
『そうか……それが、答えか……』
 強くなっていくハヤトを見て、ロバートは正直焦っていた。
 しかし、ようやく分かった。ハヤトの強さは、彼に守りたいと言う想いがあるからこその強さ。
 その想いに霊戦機が応えていた。それが、答えだった。
「……一つ聞きたい。どうして、あなたのような心に迷いの無い人間が怨霊機に乗るんだ?」
『……簡単な質問だ……。私は……絶対的な強さを求めた……それだけだ……』
 ソーディガルの全身から光が溢れ出す。どうやら、もう時間のようだ。
『……《斬魔》に選ばれた強き者よ……。最後に……名前を教えてくれる……か……?』
「……ロバート。ロバート=ウィルニース」
 ロバートが名乗ると、《破邪》は自分の剣をロバートに投げ渡した。
 柄に《破邪》の称号が刻まれた剣。刀身に赤い光が走る剣。
『……ロバート……その剣は……強さの証として受け取れ……』
「《破邪》……」
『……強かったぞ……《斬魔》に選ばれた……操者よ……』
 ソーディガルの瞳に走る光が消える。《破邪》はゆっくりと目を閉じた。
 そして爆発する。当りが光に包まれ、ロバートは《破邪》の剣を強く握り締めた。
 どこか切なさがあった。悲しみが溢れていた。
 改めて、これが『戦い』なのだと痛いほど分かった。
「……っ」
 なぜか涙が流れる。なぜか涙が止まらない。
「……あなたには、色々な事を教えられた……」
 手にする《破邪》の剣に《斬魔》の称号が浮かび上がる。ロバートは冥福を祈った。
 ヴィクトリアスが唸りを上げる。ロバートは頷いた。
 まだ戦いは終わっていない。すぐに、ハヤトの元へ駆けつける。
「今すぐに行く。ハヤト、待っていろ」

 斬の心を持つ武神が、友の元へと駆ける――――



 第二章 戦う決意。空を象徴せし鳳凰

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