剣と剣のぶつかり合い。《斬魔》と《破邪》が互いの剣を持って戦う。
巨大戦艦イシュザルトの真下で行われていた戦闘は、いつの間にか暗雲の空の下に変わっていた。
ヴィクトリアスの手にする二本の霊剣に、雷が走り出す。
「雷光斬裂閃!」
『流水練武刹』
怨霊機ソーディガルが剣から水で形成された刀身を生み出す。
そして振るう。水の刀身が鞭のようにしなり、ヴィクトリアスの攻撃を防いだ。
すかさず、ヴィクトリアスが剣を構え直す。
「斬魔風連刀!」
二本の剣を一つに組み合わせ、高回転を起こす。風が生まれ、かまいたちがソーディガルを襲う。
そして、元の二本の剣に戻し、乱舞を行う。
「雷光斬裂閃!」
そして、再び雷の走る剣が振り落とされる。《破邪》は一瞬にしてそれを見切った。
赤い光を放つ剣。強い力を秘めたその光は、ハヤトの太陽の剣と似ている。
ヴィクトリアスが低い唸りを上げた。
『やはり、接近戦では己の強さを発揮できるようだな、《斬魔》よ』
「…………」
『しかし、今のお前では私に勝つ事はできない』
《破邪》の言葉の前に、ロバートは拳を強く握るだけだった。
イシュザルトの甲板の激闘。ギガティリスとグリムファレスが互いを鋭く睨みつける。
『くらえぇぇぇっ!』
「ウォォォタァァァ、ヴァティカルッ!」
拳と棍棒がぶつかり、その振動がイシュザルトにも伝わる。
力と力の戦いの中、グリムファレスが唸りを上げ、眩い光を放つ。
「――――!?」
悲劇。まだアルスが霊力機の操者となる前――――十四歳の頃、それは起きた。
アルフォリーゼ国と敵対するゼルサキス国の霊兵機による襲撃が、全ての始まりを告げる。
「親父、お袋! ソフィア!」
燃え盛る街並みに、アルスの叫びが響く。
霊兵機の襲撃で、アルフォリーゼ国の霊力機は出撃し、今は戦争が起きている。
しかし、そんな事はアルスにとって、どうでも良い事だった。
今は、家族の無事が心配だった。
「親父、お袋! ソフィア、ソフィ……――――!?」
目を見開く。目の前にある光景は、絶対に信じたくないものだった。
崩壊する我が家。そして見えた家族の倒れている姿。
すぐに目の入った妹の元へアルスは走り、静かに抱き上げる。
「ソフィア! しっかりしろ、おい!」
「……あ……にいさ……ま……」
かすれた声。今にも消えてしまいそうな声。
「……兄様……ご無事で……」
「俺の事は良い! 早く……すぐにフィルツレントの所に連れて行ってやる!」
「……兄様……」
アルスの手を握り、彼女は小さく微笑んだ。静かに目を閉じて。
「…………」
「……おい? おい!?」
冷たくなる妹の体温。アルスはそのまま抱きしめた。
涙が溢れる。噛み締めた下唇から血が流れ、そして悔やんだ。許せなかった。
家族を――――大切な人達を奪ったゼルサキス国。もう二度と許せなかった。
「うぉぉぉおおおおおおっ……」
悲痛の叫びが、空に響き渡り、アルスはその日から、戦士として戦う事を誓った。
「……チッ、嫌な事を思い出しちまった」
グリムファレスの放った眩い光が消え、アルスは首を横に振って我を戻した。
拳を強く握り、昔の出来事の悔やみを噛み締める。
「……馬鹿らしい。昔の事に悔やんでる場合じゃねぇんだよ」
『うぉぉぉおおおおおおっ!』
グリムファレスから咆哮が上がる。ギガティリスが反応した。
操者から感じられる怒りと悲しみ。グリムファレスが語りかけてくる。
「ん? 何だと?」
(……奴の操者の悲しみを救いたいと言っている)
「悲しみ? どう言う事だ、そりゃあ」
(奴の操者もまた、汝と同じように大切な者を失ったようだ)
「……そうか、あの野郎も同じか」
大切な人を失う。それがどれほど許せないもので、どれほど憎いものか良く分かる。
良く分かるからこそ、闇に呑み込まれる訳にはいかない。
大切な人の為にも、前を向く必要があるから。
「テメェも同じなら……同じ想いしたんなら、んな闇の力を手に入れるな」
アルスが手元の球体を強く握る。ギガティリスが唸りを上げ、霊戦機の目に瞳が宿った。
操者と一つになった霊戦機ギガティリスが、その拳を構える。
「テメェの闇は俺が払ってやる。テメェが背負ったその悲しみと一緒にな!」
イシュザルトの真下での戦い。《蒼炎》と《血煙》は互いの火力を勝負していた。
強さは互角。いや、すでに《蒼炎》の霊戦機ディレクダートの方が上だった。
「……!」
ディレクダートの両腕のガトリングが放たれる。陽平はその強さを引き出していた。
ハヤトの元へ向かう。その想い――――親友を想う心に、ディレクダートが応えている。
全砲門を再び開き、陽平が敵を睨む。《血煙》は笑みを浮かべた。
『また、その攻撃ですか? かなりの霊力を消耗しつつも、まだ続けますか』
「……当然だ。お前を倒すまで、俺は戦い続ける」
全砲門に霊力が込められる。《蒼炎》の力が宿った。
「ファイナル・フレア」
『フレア・ディリムレクト』
対する怨霊機アムルギアも咆哮を上げ、胸から巨大な漆黒の波動を放つ。
ぶつかる力と力が、眩い光を放ち、大爆発を起こす。その時、《血煙》は動いた。
両肩のミサイルに霊力を込め、ディレクダートに迫る。
『あなたの負けですよ、《蒼炎》!』
「……負けは、お前の方だ」
胸の砲門に光が溢れる。蒼く、燃え盛る炎がアムルギアを完全に捉えていた。
『ま、まさか、私の手の内を……!?』
「終わりだ、蒼炎波動破……!」
放たれた蒼炎の波動が怨霊機を襲う。《血煙》は信じられなかった。
相手は霊力をほとんど消耗していたはず。この攻撃はもう無理だと確信していた。
しかし、それは違った。《蒼炎》の操者は力を温存していた。
『私が……負け……た……!? あぁぁぁああああああっ……』
「そうだ。しかし、力の差でお前が負けたのは違う」
ディレクダートが咆哮を上げる。
「俺にはやらねばならない事がある。お前が負けたのは、ハヤトと俺の信頼の絆だ」
アムルギアに光が集中し、大爆発を起こす。陽平は衝撃波を防ぐ為に、再び蒼炎の波動を放った。
大爆発による衝撃波が掻き消される。ディレクダートが低い唸りを上げた。
「終わったな。ハヤト、すぐに向かう」
勝利の余韻に浸る事はせず、陽平は親友のいる方角へ目を向けた。
暗雲の空の下、ヴィクトリアスとソーディガルの戦いは激化していた。
ロバートは焦っていた。相手に言われた言葉に対して。
二本の剣が乱舞を繰り出す。
「斬魔風連刀!」
『狂乱時雨』
無数の斬撃。ぶつかる度に響き渡る音が、その互角さを意味していた。
いや、《破邪》の方が上だった。水で形成された刀身が生み出され、鞭のように振るわれる。
『流水練武刹』
「くっ……斬魔神明剣!」
剣から青い光が放たれ、ヴィクトリアスがその剣を振り落とす。ソーディガルは素早く見切った。
《斬魔》の力による技は、《破邪》の強さの前では、全く通用していなかった。
『《斬魔》に選ばれた操者よ、その程度か?』
「…………」
『確かに、その剣の腕は上がっている。霊戦機によってな』
「――――!?」
ソーディガルが手にする剣に赤い光が走る。
『操者自らの力を、霊戦機に伝える事ができていない。それが、お前の弱さだ』
「俺の弱さ……」
霊戦機に自分の力を伝えられていない。ロバートはまだ信じられなかった。
声を聞くようになって、《武神》から《斬魔》へと『進化』できた。
しかし、今までの戦いは霊戦機だけの力だった。ロバートのは愕然とし、ただ、手元の球体を強く握る。
「俺は……どうすれば強くなれる……?」
必死に追い求めた強さは、まだ強さじゃなかった。それが、今だった。
悔しさで一杯だった。強くなりたいと言う想いが溢れ出していた。
「どうすれば……どうすれば強くなったと言える……?」
『普通に自分でそう思えば良いんじゃない?』
突然の通信。それは、愕然とするロバートにとって、意外な事だった。
発信元はイシュザルト。聞いた事のある声の持ち主は、そのまま文句を言う。
『ブリッジには内緒で通信してるけど、あんた、弱過ぎ!』
「な……!?」
『あれだけ特訓してさ、自分で弱いと思ってたら弱いままに決まってるでしょ!? 馬鹿じゃない!?』
『り、リューナ……励ます為に通信したんじゃ……?』
『良いの! こんな奴、励ましたって意味無いわよ!』
そして、リューナの罵声がコクピット内に響く。
『あんた、強くなる為に頑張ってたんでしょ!? だったら、あんたの強さって何よ!?』
「俺の強さ……?」
『あんたは何の為に強くなりたいわけ!? 目の前の敵に勝つ為だけ!?』
「俺は……」
考える。今まで、強くなりたい理由など考えた事がなかった。
ただ、《破邪》に勝ちたいから。それだけでも十分、強くなりたいと想いにはなる。
しかし、本当は違う。
「俺が強くなりたいのは……」
手元の球体を握る余分な力が抜けていく。
「俺が強くなりたいのは……あいつと……、ハヤトと共に戦う為……!」
そして、ハヤトの力になる為。それが答えだ。
ヴィクトリアスが唸りを上げ、その目に瞳が宿る。
一心同体。操者と霊戦機の心が一つになり、剣から自然に《斬魔》の称号が浮かび上がった。
《破邪》が静かに笑みを浮かべる。
『それが、お前の見せる強さか』
「……俺は、ハヤトの共に戦う為に、お前に負けている場合じゃない!」
『良いだろう。勝負だ、《斬魔》よ』
ソーディガルの剣から赤い光が溢れ、光の刀身が現れる。
『破邪魔神斬』
「炎狼閃裂斬!」
振り落とされる光の刀身。ヴィクトリアスは剣を構えた。
刀身に炎が走り、振り落とす。炎の刃が放たれ、光の刀身を受け止めた。
そして、剣に雷と炎を走らせ、二本の長い刀身が現れる。
「斬魔双撃破!」
『スプラッシュ・ブレイド・エンド』
放たれる雷と炎の刀身が無数の矢と無数の波動。互いの技が激しいぶつかりを繰り返す。
ソーディガルが素早く動き出す。光の刀身が再び、ヴィクトリアスを狙う。
しかし、ロバートもすぐに動いた。二本の剣に雷を走らせて。
「雷光斬裂閃!」
光の刀身を前に、ヴィクトリアスが剣を振り落とす。《破邪》は受け止めた。
刹那、ヴィクトリアスの瞳がソーディガルを捉える。それが、終止符を打った。
『――――!?』
「俺の……勝ちだ!」
ヴィクトリアスが剣に光を込める。一本は青く、もう一本は金色の光を。
金色の光を込めた剣を振り落とす。ヴィクトリアスとソーディガルを結ぶ道が刻まれた。
ヴィクトリアスがその道を駆け出し、ロバートがソーディガルを捉える。
「光牙! 獅王裂鳴斬ッ!」
青い光を込めた剣を叩き込み、二本の剣がソーディガルの装甲を貫き、切り裂いた。
『なっ……がはっ……!?』
「《斬魔》よ、お前の力、全て引き出したぞ……」
その言葉に、ヴィクトリアスが低い唸りを上げる。これが、本当の強さだった。
《破邪》は激痛を堪えつつ、ロバートの方を見る。しかし、構える事はなかった。
完璧な負けだった。ソーディガルも操者に同意しているのか、ただ宙を舞うくらいだ。
『……それが、お前の強さか……?』
「そうだ。ようやく分かった。己を信じ、ヴィクトリアスを信じる……それが、強さだと言う事」
『そうか……それが、答えか……』
強くなっていくハヤトを見て、ロバートは正直焦っていた。
しかし、ようやく分かった。ハヤトの強さは、彼に守りたいと言う想いがあるからこその強さ。
その想いに霊戦機が応えていた。それが、答えだった。
「……一つ聞きたい。どうして、あなたのような心に迷いの無い人間が怨霊機に乗るんだ?」
『……簡単な質問だ……。私は……絶対的な強さを求めた……それだけだ……』
ソーディガルの全身から光が溢れ出す。どうやら、もう時間のようだ。
『……《斬魔》に選ばれた強き者よ……。最後に……名前を教えてくれる……か……?』
「……ロバート。ロバート=ウィルニース」
ロバートが名乗ると、《破邪》は自分の剣をロバートに投げ渡した。
柄に《破邪》の称号が刻まれた剣。刀身に赤い光が走る剣。
『……ロバート……その剣は……強さの証として受け取れ……』
「《破邪》……」
『……強かったぞ……《斬魔》に選ばれた……操者よ……』
ソーディガルの瞳に走る光が消える。《破邪》はゆっくりと目を閉じた。
そして爆発する。当りが光に包まれ、ロバートは《破邪》の剣を強く握り締めた。
どこか切なさがあった。悲しみが溢れていた。
改めて、これが『戦い』なのだと痛いほど分かった。
「……っ」
なぜか涙が流れる。なぜか涙が止まらない。
「……あなたには、色々な事を教えられた……」
手にする《破邪》の剣に《斬魔》の称号が浮かび上がる。ロバートは冥福を祈った。
ヴィクトリアスが唸りを上げる。ロバートは頷いた。
まだ戦いは終わっていない。すぐに、ハヤトの元へ駆けつける。
「今すぐに行く。ハヤト、待っていろ」
斬の心を持つ武神が、友の元へと駆ける――――
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