ハヤトは完全に疲れきっていた。《魔王》との戦いで。
アリサのお陰で少しは体力を回復できただろうが、もう全力で戦う事など不可能に近かった。
破壊神ルナルク・ゼオライマーがヴァトラスを捉える。
『《神王》よ、その力の片鱗を持つ者……』
「片鱗……?」
『我らが王の恐れる力。そう、貴様の持つ神の力を秘めた武具に、貴様は選ばれた』
ルナルク・ゼオライマーが深い赤の刀身を持つ剣を生み出す。
『あの存在は、我らが王にとって邪魔になる。あの存在の片鱗を持つ者は、ここで消す必要がある』
「……悪いけど、ここで死ぬわけにはいかない!」
ヴァトラスが剣を振り上げる。ハヤトは限界を感じつつ、霊力を剣に込めた。
剣を振り落とし、翼を持つ龍の波動が放たれる。ルナルク・ゼオライマーはすぐに防御した。
自分の周りの空間のみを遮断し、攻撃を無力化する。
力の差は、やはり相手の方が大きい。
「……分かってる。もう限界なのは、分かっているんだ」
ヴァトラスの唸りに、ハヤトは頷く。しかし、ここで戦わないわけにはいかない。
深紅の破壊神ゴージア・バルオームが迫る。
『まだその鼓動は目覚めていない。仕留めるならば、今のみ!』
巨大な剣を暗雲の空へ掲げる。
『マグマアフレイド』
巨大な剣を振り落とし、灼熱の炎を放つ。ヴァトラスは翼を大きく羽ばたかせた。
風を生み出し、炎を掻き消す。しかし、灼熱の炎はヴァトラスに迫る。
咄嗟に神の剣を手にする。一閃が炎を無力化した。
「ぐっ……!?」
心臓に激痛が走る。ハヤトの歪んだ表情に、アリサはあっと小さな声を上げた。
少しずつだが、神の剣を振るう代償に襲われるのが早くなっている。
「くそっ……少しずつ限界に近づいているのか……」
「ハヤトさん……」
「……大丈夫。この位、まだ……!」
ハヤトのその言葉に、アリサはどこか疑問を抱いていた。
ぶつかり合う《獣神》と《深淵》。そのぶつかりの中、アルスは怨霊機の操者カオスの心を感じた。
悲しみから憎悪に染まり、そして闇の力を得た男。
似た悲しみを持つ彼に対し、アルスは強く歯を噛み締める。
「獣神爆撃乱打ぁぁぁっ!」
額に《獣神》の称号が浮かび上がり、ギガティリスが乱打を繰り出す。
グリムファレスは幻影によって姿を消し、背後に回るが、すぐに反応された。
左拳には水の球体が存在している。一心同体のアルスと霊戦機の力は、かなりのものだった。
「アクアウィザァァァディストォォォッ!」
左拳に集まっていた水の球体がグリムファレスに直撃し、弾ける。一気に氷が走った。
動きが取れなくなる怨霊機を前に、ギガティリスが容赦なく剣を手にする。
「アクア・メテオバニッシュゥゥゥッ!」
剣先に水の球体が集まり、一気に振り落とされる。
真っ向から怨霊機を両断するギガティリスの剣。アルスの渾身の一撃だ。
怨霊機が悲痛の咆哮を上げる。カオスも咆哮を上げた。
『うぉぉぉおおおおおおっ!?』
「……悲しみを背負ったんなら、それから逃げずに乗り越えやがれ!」
ギガティリスが親指を下へ向ける。
「もう十分だろ。とっとと、お前の大切な奴のところに行け」
怨霊機に光が集まり、大爆発を起こす。アルスはそれを見届けた後、空を見上げた。
暗黒に覆われたネセリパーラの空。ギガティリスが唸りを上げる。
「おう。次は、もっと強い奴が相手だな」
拳を強く握り、ギガティリスが空を舞う。
ヴァトラスが大地に屈した。ハヤトの限界を感じ、ヴァトラスが動かなくなった。
心臓の激痛に顔を歪ませるハヤトの前に、破壊神サン・デュオームが巨大な斧を構える。
『覚悟せよ、《神王》……パルチメザン』
斧を振り上げ、暗雲から雷が唸りを上げる。刹那、ペガスヴァイザーが止めた。
空間遮断によってこちらの攻撃は阻止されたが、どうにか敵の攻撃を邪魔する事ができた。
『我の邪魔をするか、霊戦機よ』
「あらあら。申し訳ありませんが、彼を死なせるわけにはいかないと言う事らしいので」
にっこりとした笑顔で、澪がサン・デュオームを前に剣を手にする。
「手加減は致しません。本気で参らせて頂きます」
『ふざけた事を……。王の霊戦機以外の力など、我の前では無力だ』
斧を振り落とし、真空の刃を放つ。ペガスヴァイザーは一瞬のうちに避けた。
生み出された残影が光り輝く、サン・デュオームを十字に切り刻みつつ、包囲する。
(ペガサス・グランドクロス!)
光り輝く幻影全てがサン・デュオームを襲う。
ルナルク・ゼオライマー、ゴージア・バルオームの二体の前に、ブレイガストが立ち塞がる。
正直、レファードは恐怖に震えていたが、ブレイガストの想いが勇気を奮い立たせた。
『我らに立ち向かうか、人間よ』
「……ぼ、僕だって戦えます……! 皆の為に……僕だって……!」
ブレイガストが鳳凰の姿から人型へ変形する。そして、両腕の砲身を向けた。
「す、スターライトニング!」
放たれる雷撃。しかし、すぐに空間遮断によって無力化される。
ゴージア・バルオームが巨大な剣を振り上げる。
『死ね』
「ファイナル・フレア」
後方から放たれる蒼炎の獅子の波動。ゴージア・バルオームはそれを受け止めた。
空間を遮断し、攻撃を無力化する。刹那、無数のレーザーが空から放たれた。
空間遮断が間に合わず、ゴージア・バルオームの深紅の装甲に傷が入る。
「隙を突けば攻撃できるようだな」
左肩の荷電粒子マグナム砲を構えるディレクダートの姿。陽平は敵を睨んだ。
ハヤトの乗るヴァトラスを見る。ハヤトが限界なのか、大地に片膝をついていた。
ディレクダートに力が漲る。陽平の中で、友を守ると言う想いが溢れ出す。
「ハヤトは死なせん。覚悟しろ」
『面白い。そのような弱い力で我に傷を負わせるとはな』
ゴージア・バルオームが剣を構える。
『その命、もはや無いと思え、弱き人間よ!』
「それは、こちらの台詞だ!」
光の道がゴージア・バルオームの元まで現れる。その道の先には、ヴィクトリアスがいた。
青い光を放つ剣が、ゴージア・バルオームを捉える。
「光牙! 獅王裂鳴斬ッ!」
獅子の如き斬撃。ゴージア・バルオームは素早く受け止めた。
巨大な剣に亀裂が入る。その隙に、ディレクダートが荷電粒子マグナムを放つ。
接近において最大の力を誇る《斬魔》と、最大の火力を誇る《蒼炎》の攻撃が、さらに傷を負わせた。
「間に合ったな……」
「まだだ。ハヤトが立ち上がるまで、奴らの動きを止める」
陽平の言葉に、ロバートが頷く。
破壊神ルナルク・ゼオライマーは、そのままヴァトラスを見下した。
剣に闇を集中させ、深く赤い光が溢れ出す。
ハヤトは歯を噛み締めつつ、ヴァトラスを奮い立たせた。
「くっ……こ……のぉぉぉっ……!」
ヴァトラスの関節がギシギシと悲鳴を上げる。操者の疲れは、霊戦機にも影響を及ぼしていた。
荒く息を吐き捨て、ハヤトが手元の球体を握る。その時、アリサは彼を止めた。
「ハヤトさん、もう……もう戦わないでください!」
「……戦う……んだ……! 全世界を……救う為にも……」
「ハヤトさん!」
パシッ。乾いた音がコクピット内に響く。ハヤトは頬を叩かれた。
アリサ本人も、自分の行動に意外だったのか、「ごめんなさい」とすぐに謝る。
「アリサ……」
「……無理しないでください。ハヤトさんは、ハヤトさんのままで良いんです」
「……俺の……まま……?」
「焦らないでください。私が……私が、いつでも側にいますから……」
微笑む彼女の言葉。ハヤトは優しく彼女の髪を撫でた。
確かにその通りだ。俺にはアリサがいる。アリサが側にいるから戦える。
「……ありがとう」
「どういたしまして。二人の想いの力を見せてあげましょう」
「そうだな……」
唇を重ね、すぐに離す。軽いキスだったが、想いは十分だった。
ヴァトラスが唸りを上げる。ルナルク・ゼオライマーは剣を振り上げた。
『想いの力? ふざけた事を……これで、終わりにしてくれよう、《神王》よ』
剣が振り落とされ、闇の波動が放たれる。瞬間、ハヤトの中で鼓動が高鳴った。
ヴァトラスの目の前に、黄金に輝く盾が現れ、闇の波動を無力化した。
頭の中に声が響いてくる。
――――汝の想い。我は汝の強き想いに応えよう。我が名は神の盾アリアス。
そして、ヴァトラスを囲むかのように、神の剣と神の槍が姿を見せる。
三つの武具が黄金の光を発し、ヴァトラスがその光に包まれていく。
「……!?」
ハヤトには何が起きたのか分からなかった。再び、声が響いてくる。
――――今こそ、汝の中に眠る力を目覚めさせる時。
――――星の守護たる力。汝よ、我が力を受け取れ。
――――全ては、闇の根源を倒す為に。
神の槍、神の盾、神の剣の声が聞こえる。ハヤトの中で高鳴る鼓動は、全身を燃え上がらせた。
「――――!? うぉぉぉおおおおおおっ!」
ヴァトラスを包み込む光が、辺り一面を眩しく照らす。その光がヴァトラスの姿を変えた。
純白かつ、白銀に輝くボディ。純白の翼は、まるで本物のように羽ばたき、羽根が舞う。
胸に輝く、透き通った青い宝玉に称号がある。大きく翼を広げた光の鳥の称号。
青い目に宿る光が満ちた瞳は、操者と霊戦機が心を一つに合わせた証。
ハヤトとヴァトラスの"覚醒(=スペリオール)"。全世界を救う真の力。
『馬鹿な……目覚めただと……!?』
その姿に、ルナルク・ゼオライマーが驚きを見せる。ハヤトもやや唖然としていた。
「これは……? いや、俺は覚えている……」
そう、光の鳥の記憶。神の剣、神の槍、神の盾を手にする王の記憶。
「……《太陽王》。そして、これがファイナルヴァトラス、お前の本当の『進化』なんだよな?」
ヴァトラスが唸りを上げる。アリサが不思議そうな目でハヤトを見ていた。
今までとは違うハヤトの雰囲気。敵を睨む彼の瞳は、太陽の如く光り輝いている。
神の剣を手にし、ヴァトラスがルナルク・ゼオライマーに挑む。
『蘇ったか、《太陽王》……! 我らが王が最も恐れる存在よ……』
「……これで、形勢逆転だ。覚悟しろ、破壊神!」
『そう思うな。ゴージア・バルオーム、サン・デュオームよ』
ルナルク・ゼオライマーの元に、他の霊戦機を相手にしていた破壊神二体が集う。
破壊神の全長は三体とも、ヴァトラスを遥かに上回る。しかし、ハヤトは恐れなかった。
ただ、相手が大きな存在なだけ。今のヴァトラスなら、十分倒せると確信できた。
ゴージア・バルオームが巨大な剣を振り落とす。
『死ね』
「――――!」
振り落とされる剣を前にして、ヴァトラスが神の盾で防御する。
神の剣に赤熱と黄金の光が走る。
「メテオ・オブ・シャインッ!」
神の剣が振り落とされ、赤熱の黄金の波動が無数に放たれた。
ゴージア・バルオームはすぐに空間を遮断し防御するが、神の剣の前では無力に終わった。
無数の波動が全身を貫き、光が溢れ出す。
『馬鹿な……!?』
「まずは……一体!」
ゴージア・バルオームが光の粒子となり、滅ぶ。その姿を見て、破壊神二体が同時に襲い掛かる。
やはり、《太陽王》が相手となると、一体では厄介な存在だ。
『パルチメザン』
『破滅の旋律よ……』
放たれる轟雷と漆黒の波動。ハヤトがアリサの肩を抱く。
「しっかり掴まっていろよ、アリサ」
「え……――――きゃっ!?」
ヴァトラスが翼を大きく広げ、空高く舞い上がる。その時、アリサはハヤトの服を強く握っていた。
「羽ばたけ、太陽の翼ぁぁぁッ!」
純白の翼を神々しく羽ばたかせ、羽根が光と共に舞い散る。
光と共に舞い散る羽根が、破壊神の攻撃を光へと変え、さらに襲い掛かった。
そして、ヴァトラスがサン・デュオームへと接近する。
「光陽聖霊破ッ!」
接近し、左手から波動を放つ。青く、そして黄金の光を放つ波動がサン・デュオームを襲った。
『な……人間如きが……!?』
「二体目!」
そして、光の粒子となり、サン・デュオームが滅ぶ。ルナルク・ゼオライマーは笑みを溢した。
「お前で最後だ! 今こそ見せてやる、俺の力を! 想いの力を! 《太陽王》の力を!」
『愚かな……。他の二体と我とでは強さは違うぞ』
ルナルク・ゼオライマーが巨大な漆黒の球体を生み出す。
『奈落の底へ落ちるが良い、サタン・オブジェクト』
放たれる漆黒の球体がヴァトラスを襲う。しかし、ハヤトはただ集中しているだけだった。
ヴァトラスが神の盾で攻撃を防ぐ。そして、神の剣に黄金の光が走った。
純白の翼が赤熱に燃え上がり、神々しく羽ばたく。
「太陽凰! 光・翼・斬ッ!」
赤熱に燃え上がった純白の翼から、黄金の炎が放たれ、ルナルク・ゼオライマーを包囲する。
神の剣が振り落とされ、一閃がルナルク・ゼオライマーを襲った。
刹那、七つの光の切り筋が刻まれる。
『ぐぉぉぉ!?』
「これで……最後だッ……!」
ヴァトラスに光が集まる。大気が震えていた。
「神の槍グーングニルッ! 神の剣ヴァルキュリアッ!」
神の槍を極限まで短く持ち、神の剣と共に光を放つ。
「うぉぉぉおおおおおおっ!」
『我を甘く見るなと言ったはずだ、《太陽王》よ! 闇なりし結界よ、全てを闇へ変えよ!』
光を放つヴァトラスに対し、ルナルク・ゼオライマーが闇を生み出す。
闇がヴァトラスを覆い、光を遮ったはずだが、ヴァトラスの光だけは変わらなかった。
ハヤトは苦痛に顔を歪ませつつも、その光に満ちた瞳で敵を睨む。
「必殺! シャイン・フォォォスッ!」
神の槍を前に突き出し、ヴァトラスが一閃となって駆ける。
神の槍がルナルク・ゼオライマーの空間遮断とぶつかる。しかし、神の槍の前に、空間遮断は通用しなかった。
空間遮断を貫き、神の槍が神の剣の力を全て引き出す。
「光と無の力、受けてみろッ、ルナルク・ゼオライマーッ!」
そして振り落とされた神の剣。ルナルク・ゼオライマーを完璧に両断する。
神の剣に込められていた光が全身から溢れ、徐々に塵となっていく。
『まさか……我がここで終わるか……』
「……光と……光と無の裁きを……受けろ!」
体力の消耗が激し過ぎる必殺技を、二度も使ったせいか、全身の激痛に耐えられそうにない。
アリサがハヤトと唇を重ねる。少しでも、体力を回復させる為に。
『……これで良い……。これで……全てが破滅へ導かれる……』
誰にも聞こえるような小さな言葉を吐き捨て、ルナルク・ゼオライマーが消滅する。
ヴァトラスが光を放ち、空を覆う闇を掻き消す。そして、元の姿へと戻る。
アリサが離れると、ハヤトは少しずつ息を整え始めた。
「……ありがとう……アリサ……」
「はい。ようやく、ハヤトさんのお役に立てました」
「……アリサは、俺の役に立っているよ、ずっと……」
ハヤトが再びアリサとキスをする。アリサはそのまま瞳を閉じた。
イシュザルトのブリッジで、コトネはその戦闘数値を見た。
全てにおいて、ハヤトが一度は苦戦を強いられた《邪神王》を遥かに上回っている。
「なるほど、これがあいつの"覚醒"って訳だね」
これが、ハヤトの秘めた力であり、最大の力だ。その証拠に、ヴァトラスは本来の『進化』を遂げた。
いや、変だと思った。『進化』したなら、元の姿に戻ると言う事はありえないはずだ。
どこか胸騒ぎがする。
「……嫌な予感……いや、まだ何か嫌な力が存在してるね」
煙草を銜えつつ、心の中でそう確信した。
"覚醒"の力は、ハヤトにとって危険だった。
唇を重ねていたアリサを離し、その顔色を変えていく。
「は、ハヤトさん……!?」
「くっ……あ……!?」
何か強い力で握り締められたかのように心臓が苦しい。いや、身体全てが激痛に襲われる。
激痛に耐えられなり、ハヤトが吐血する。その濃い色の血は、アリサの目を見開かせた。
「がはっ……ぐっ……」
「ハヤトさん!?」
「……ア……アリ……サ……」
途絶える意識。アリサの顔が不安に満ちていく。ヴァトラスが唸りを上げた。
ハヤトを抱きしめ、アリサが悲痛の叫びを上げる。
「……さん……ハヤトさん! ……死なないでっ……死なないでぇぇぇぇぇぇッ……ッッッ!」
《太陽王》の目覚めが、全ての破滅へと導こうとしている――――
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