第五章 俺達の誓い


 イシュザルトの医務室。そこに、ハヤトは運ばれた。
 アリサの悲痛の叫びにヴァトラスが反応し、すぐにイシュザルトに戻った。
 医務室でシュウハは拳を壁に殴りつける。
「くっ……この馬鹿者……!」
 今までハヤトが黙っていた事に気づけなかった。そんな自分に苛立った。
 強い力を得た代償は存在する。"読み"が甘かった。
 ハヤトの異変に、誰よりも早く気づかなければいけなかった。
 壁に殴りつけた拳を、さらに強く握る。爪が食い込み、血が流れた。
「よしな。あんたが悔やんだところで、何の意味も持たないだろ」
 シュウハの腕を掴みつつ、コトネが言う。
「分かっています……! しかし……」
「それより、今はこの状況をどうするか考えるんだ」
 ハヤトが"覚醒(=スペリオール)"の力を手に入れた。間違いなく、それが引き金になったはず。
 同じように"覚醒"の力を持つ《邪王》と言う存在は、すぐにでもハヤトの力を手に入れに来るはずだ。
 アリサはハヤトの手を握ったまま、その場で祈り続けていた。
 ハヤトの血によって朱色に染められた服も着替えず、ただ、祈る。
 コトネが静かに彼女の肩に手を置く。
「少し落ち着きな。あんたがこんなんだと、ハヤトに余計な負担がかかるからね」
「コトネさん……。ですが……」
「大丈夫。こいつは、意外とタフな奴だからね」
「いえ、それは間違いです」
 フィルツレント――――地球で言う医者が、ハヤトに呼吸器を取り付け、首を横に振った。
「体中に病巣、また壊死が見られます」
「……!?」
「それは本当かい?」
「……はい。もはや、立っている事すら無理な状態です。正直、戦っていたのが不思議なくらいです。
 今のネセリパーラの医療技術でも、こればかりは……」
「そんな……」
 アリサが愕然とする。コトネは黙って医務室を後にした。
 煙草を口に銜えつつ、拳を壁に殴りつけた。
「チッ……人に言っておきながら、自分がこの様かい……!」
 苛立つ気持ちのまま、一先ずブリッジへ向かう。



 イシュザルトのブリッジ。副長であるロフは息を呑んだ。
 人工知能イシュザルトが感知した怨霊機の反応。間違いない、《邪王》だ。
「まさか、このような時に……!?」
「いや、妥当な判断だろう。しかし、厄介かもしれないな」
 ジャフェイルが艦長の席に腰掛けたまま言う。
「こちらは、肝心の彼があの状態だ。だからと言って、他の霊戦機達でどうにかなれば良いが……」
「今回の出撃は、あいつらの判断に任せるよ」
 煙草を銜えたままブリッジに入るコトネ。ジャフェイルはその言葉に頷いた。
 確かに、今回は無理に戦わない方が良いかもしれない。
 それに、こちらにはイシュザルトの主砲形態が残っている。出力の問題さえなければ、イシュザルトは強い。
 コトネがイシュザルトの通信機を動かす。
「聞こえるね? これが最後の戦いになるはずだよ。誰が何て言おうがね……。
 最後の戦い、霊戦機に乗るか乗らないかは自分達で決めな。あたしは何も言わない」
「しかし、彼ら全員が戦うとしても、勝機はないので――――ふごぉ!?」
 刹那、コトネの容赦ない一撃がロフを襲う。
「勝機はある。ま、あの馬鹿がその鍵を握っているんだけどね……」



 コトネの通信が流れる前から、すでに四体の霊戦機は甲板に立っていた。
「最後の戦いか。地球の両親とかに何か言わなくて良かったのか?」
「ああ。まだ、死ぬと決まっていないからな」
 アルスの言葉にロバートは答える。ヴィクトリアスが少しだけ唸りを上げた。
 死ぬ気はない。ただ、今は共に戦うと決めた親友の為に、全力で戦う。
 自然に霊力が溢れ出す。その姿を見てアルスはふっと笑みを溢した。

「最後の戦いですね」
(油断はするな。本気で挑むぞ)
「分かっていますよ。しかし、私達はただ時間稼ぎをすれば良いのです」
 この戦いを終わらせる事ができるのは、《霊王》の意志を継ぐハヤトだけだ。
 その事を澪はペガスヴァイザーから聞いていた。だから、時間稼ぎなのだ。
 彼は立ち上がる。その大きな希望を瞳に秘めて。

「最後〜!? 俺まだ活躍してねぇぇぇ!」
「十分活躍してるわよ、あんたは……」
 コクピットの中で呆れるミーナ。毎度の事だとは思うが、やはりゼロは馬鹿である。
 しかし、そんなゼロでも実力は身についている。やはり、血筋だろう。
 だんだんとゼロの騒ぎに嫌気が差し、一撃を与える。
「へぼはぁ!?」
「少しは落ち着きなさい! ……ゼロ、必ず生きて帰るわよ。じゃないと、恨むから」
「お? おう!」



 ブリッジ。陽平はコトネに頼んで地球にいる知人と連絡を取った。
 その知人は、陽平にいつも制裁を与える御堂えんなである。
『ちょっと陽平! あんた何やってんのよ!? ここ一ヶ月行方不明で心配したじゃない!
 ってか、突然部屋から消えた時には驚いたでしょが!』
「むぅ……俺は行方不明になっているのか……?」
『ったり前でしょ! ハヤトも行方不明になっているわよ! あんた、ハヤトを巻き込んでるでしょ!?』
 被害妄想だ、と言いたいが、ここで言うと反撃されて黙るだけなのでやめておく。
 そして、陽平はしばらく彼女の愚痴を聞きつつ、全てを話し出した。
「えんな、俺は今、異世界にいる」
『はぁ!?』
「そして、巨大なロボットに乗って戦っている。これから最後の戦いだ。全て事実だ」
『……あんた、どこか打ったんじゃない? んな事あるわけないでしょ!』
「本当の事だ。だから俺は、えんな、お前が好きだ」
『え……えぇぇぇ!?』
 陽平の突然な告白に、えんなは驚いた。どう返事して良いのか分からない。
『あ……えと……よ、陽平、その……』
「そして、さよならだ」
『……!? ちょっとそれ――――』
 すぐに切る。そして、そのまま格納庫へ向かおうと足を動かし出す。
 そんな陽平の姿を見つつ、コトネが煙草の煙を吹きつける。
「良かったのかい、あれだけで?」
「別に問題ない。それに、あいつには俺より良い男が見つかるはずだ」
 そう言った後、立ち去っていった。



 格納庫。レファードはブレイガストのコクピットの中で色々と考えていた。
 最後の戦い。それは、死ぬかもしれない戦い。
 死ぬのは恐い。けれど、そこから逃げたいとは思わなかった。
「僕にも……戦う力はあるよね……?」
 そう訊くと、ブレイガストが優しい唸りを上げる。レファードは微笑んだ。
 今まで、戦う事は嫌いだった。
 けれど、戦う意味――――霊戦機に選ばれた意味を知って、そんな事を言っている場合じゃなかった。
 今は戦って、平和になったこの世界を見たい。
「僕も頑張る……だから、頑張って平和を取り戻そうね!」
 レファードの瞳には、希望が溢れていた。



 医務室でハヤトは目を覚ました。
 口に呼吸器が当てられている。薬の匂いがする。
「……《邪王》……!」
 アリサが手を握っている事に気づき、少しだけ力を入れて握り返す。
 ベッドから起き上がる。アリサがすぐに止めた。
「起きたらダメです……! ハヤトさん、今は休んでください……」
「……そう言う……わけにもいかないんだ……」
 呼吸器を外し、立ち上がる。フィルツレントがそれを見て止めに入った。
「き、君! もう起きてはいけない! 今の君の身体は危険なんだぞ!?」
「それ位……分かってる……」
 自分の身体が今、どうなっているのか分かっている。
 神の剣の代償が、どこまで体を蝕んで、もう戦えない事も。
 けれど、戦わなければいけない。それがたとえ、『死』を意味しても。
「……あいつの……ヴァト……ラスの元……に……」
「いいや、そんな事はフィルツレントである私が許さない!」
「……頼む……。この戦いを……終わらせたい……!」
「駄目だ!」
「……頼む……今戦わないと……《太陽王》じゃないと……この聖戦は終わらないんだ……!」
 破壊神を倒したとは言え、まだ《邪王》と言う存在がいる。
 同じ"覚醒"の力を持つ宿命の相手。皆を死なせたくない。
 フィルツレントが必死に止めようとする中、アリサが静かにハヤトの肩を取った。
「……アリサ……」
「……今回、だけです……」
「……ありがとう……」
 彼女の行動を前に、フィルツレントにはもう止められなかった。
 ハヤトの揺らぐ事のない『死』の決意。それは、どこか恐怖を感じる。



 巨大戦艦イシュザルトの目の前に、ついに《邪王》は姿を見せた。
 怨霊機サタンデザイアがヴァトラスの姿が見えない事に気づき、咆哮を上げる。
『そう焦るな。すぐにあの野郎は来る』
 操者である雷魔は、心底嬉しい気持ちだった。
 奴から感じる強い力は、まさに自分が手にするに相応しい力だ。
 漆黒の剣が現れ、闇の光が集中する。刹那、一閃がサタンデザイアに襲い掛かった。
 しかし、雷魔はすぐに受け止めた。
「あらあら。簡単に受け止められましたね」
『貴様、死にたいか?』
「うふふ、申し訳ありませんが、そのお言葉、そっくりお返しいたします」
 額に《神馬》の称号が浮かび上がり、ペガスヴァイザーが残影が生み出される。
 サタンデザイアが悪魔の翼を大きく広げる。
『スプラッシュ・バニシングッ!』
 翼から放たれる漆黒の波動。天まで昇り、雨の如くしてペガスヴァイザーの残影を掻き消す。
 ヴィクトリアスとギガティリスが剣を構えて突撃する。
 その後方では、ブレイガストとディレクダートが控えている。
「斬魔神明剣!」
「おぉぉぉ!」
「蒼炎波動破」
「スターダスト!」
 四体の攻撃がサタンデザイアに襲い掛かる。雷魔はふっと笑みを溢した。
 サタンデザイアが剣に闇を集め、漆黒の球体が現れる。
『ダーク・エクスプロォォォドッ!』
 巨大な球体が放たれ、ブレイガストとディレクダートの攻撃を吸収する。
 ロバートとアルスは構わず霊力を集中した。ヴィクトリアス、ギガティリスが唸りを上げる。
 そして、その上空からグレートリクオーが両肩に長い砲身を装備し、構えた。
 ヴィクトリアスとギガティリスの斬撃が球体を傷つける。
「ツゥゥゥインドラグニアァァァ、キャノォォォンッ!」
 怒涛の波動が放たれ、漆黒の球体を消す。それぞれの操者は冷や汗が流れるのを感じた。
 間違いなく強い。これが、《邪王》と言う敵の強さだと言う事に。



 イシュザルトの格納庫。ハヤトはアリサの肩を借りてヴァトラスの元まで近寄った。
 ハヤトの事を考えてか、ヴァトラスが全身を沈め、コクピットを地面のかなり近くまで持っていった。
 静かに唸りを上げる。ハヤトは頷いた。
「……ああ。これが最後の戦いだからな……必ず終わらせたいんだ……」
 アリサから離れ、ふらつきながらもコクピットへと近づいていく。途端、アリサが後ろから抱きしめた。
 強く抱きしめるアリサ。ハヤトはその場で立ち止まった。
「……やっぱり嫌です。やっぱり……行って欲しくない……っ!」
「…………」
「……ずっと……ずっと側にいてください……。もう……戦わないでっ……」
 本心だった。彼の戦う覚悟はもう分かっているはずなのに。
 しかし、無理だった。どこか、彼を失いそうで恐かった。
「……行かないで……。私は……あなたを失いたくない……」
「アリサ……」
 彼女の手を握り、ハヤトは静かに瞳を閉じる。
 伝わってくる想いが、アリサの手から溢れていた。
 ヴァトラスが唸りを上げる。ハヤトはアリサの手を離した。
 アリサの方を向き、抱きしめる。そして、優しく唇を重ねた。
 アリサも瞳を閉じ、その想いを感じる。顔を離し、ハヤトがヴァトラスのコクピットに手を伸ばす。
「……アリサ、俺はこの戦いを終わらせる」
「……はい」
「……この戦いが終わったら……俺と結婚しよう」
「え……!?」
「約束だ。愛してる……」
 コクピットに乗り込み、ヴァトラスが立ち上がる。
 彼女に気をつけつつ、格納庫のまだ修理されていない大穴から抜け出す。
 アリサは口元を手で覆い、涙を流した。
 嬉しかった。彼を失うかもしれないと思っていても、彼の言葉が嬉しかった。
「ハヤトさん……。私も……私もあなたを愛しています……だから、死なないで……」
 手を合わせ、祈りを込める。



 サタンデザイアの強さを前に、ヴィクトリアスが雷撃の走る剣を振り落とす。
「雷光斬裂閃!」
『暗黒空絶斬ッ!』
 雷の斬撃が受け止められる。ロバートは舌打ちした。
 サタンデザイアが拳に漆黒の炎を生み出す。
『黒炎掌ォォォッ!』
 漆黒の炎が襲い掛かる。ヴィクトリアスは両肩の盾を前に出して防御した。
 しかし、炎は全身に覆い被さる。マントが燃え、灼熱が装甲を溶かし始めた。
 ヴィクトリアスが悲鳴を上げる。刹那、ギガティリスが拳に水の球体を集め、殴りつけた。
 炎が瞬時に凍り、砕け散る。ロバートは安堵の息をついた。
「……すまない。助かった」
「気をつけろ。あいつの炎をどうにか消せたが、かなり厄介だからな」
 水の力を霊力で操るのだが、その消耗は激しい。連発すれば、すぐに倒れるのは間違いないだろう。
「ギガティリスの結界で防げるはずだが、逆にこっちが攻撃できなくなる」
「打つ手無し、か……?」
「あらあら。私達の出番みたいですね」
 ペガスヴァイザーが二体の前に立つ。澪はどこか気楽そうだった。
 しかし、彼女から発せられる強さは、本気を意味しているはず。
 サタンデザイアが咆哮を上げる。漆黒の闇がサタンデザイアに集中されていく。
『いい加減、あの野郎を出しやがれ! おぉぉぉおおおおおおっ!』
 サタンデザイアがその姿を変えていく。
 悪魔の翼が堕天の翼へ瞬時に変わり、全身が血のように紅い赤熱と化す鎧に纏われる。
 胸の中心に真っ赤に染まった地球のレリーフが刻まれ、彼らを睨みつけた。
《邪神王》ダークネス・ジハード。"覚醒"した闇の王が君臨した。
「チッ、本領発揮ってところか、あの野郎……!」
「ヴィクトリアスが震えている。やはり、ハヤトでなければ無理だと言うのか……!?」
 アルスとロバートが舌打ちする。瞬間、その後方から怒涛の一斉掃射が放たれた。
 ダークネス・ジハードが堕天の翼を大きく広げ、羽ばたかせる。攻撃は阻止された。
『その程度かぁぁぁ!』
「む……意外とやるな」
「……それ以前に、突然攻撃するな」
 陽平の言葉にアルスが呆れる。霊戦機達が咆哮を上げた。
 脅えとも取れる咆哮。ダークネス・ジハードが闇の力を集中する。
『ダァァァクディスグレイザァァァアアアアアアッ!』
 放たれる漆黒の龍の波動。それは真っ直ぐイシュザルトの方へ伸びていった。
 ロバート達は目を見開かせる。奴の狙いは、もうハヤトしかなかった。
 イシュザルトに襲い掛かる波動。刹那、一瞬にして無力化された。
 巨大戦艦を覆うように張られた黄金の光。甲板にその光を放つ霊戦機の姿。
 黄金の盾を手に、ヴァトラスが雄々しく立っていた。
「…………」
『ハヤト、死ぬ気かい?』
 ヴァトラスのコクピットに響く従姉の声。ハヤトは首を横に振る。
「俺は死なない。アリサとの約束があるから……」
 そう、アリサの悲しい顔を見たくないから、生きたい。
 ヴァトラスが静かに翼を閉じる。
「……スペリオォォォルッ!」
 周りを神の剣、槍、盾が囲み、光が包み込む。翼を大きく広げ、ヴァトラスが咆哮を上げた。
 純白の翼が羽ばたき、羽根が舞う。光の鳥の称号が、眩い光を放つ。
《太陽王》へと"覚醒"したハヤトとヴァトラスが静かに空へと舞い上がる。そして、叫んだ。
「《斬魔》!」
 ヴィクトリアスが反応し、剣を掲げる。
「《獣神》、《神馬》!」
 ギガティリスとペガスヴァイザーが剣を掲げる。
「《双龍》、《蒼炎》、《空凰》!」
 残りの霊戦機も剣を掲げる。まるで、忠誠を誓うかのように。
 ファイナルヴァトラスが太陽の剣を手にし、天へ掲げた。
「これが……これが最後の戦いだ! 誰一人死なないで平和を取り戻す! それが、俺達の誓いだ!」
 ハヤトの言葉に、霊戦機達が咆哮を上げた。
 誓いの咆哮。ヴァトラスを中心に、霊戦機達に光が集まっていく。
 ダークネス・ジハードの方を睨み、ハヤトは剣を向けた。
「お互い、全力で戦おうじゃないか。《邪神王》!」
『貴様の力を手に入れて、俺は真の王となる! 死ねぇ!』
「死ぬ気はない。お前を倒して、平和を取り戻す!」

 最後の戦いが、ついに時を刻む――――



 第四章 太陽の鼓動

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