最終章 永遠の誓い


「わぁ……お姉ちゃん、綺麗なのぉっ」
「ありがとう、サキちゃん……」
 聖戦の終焉を迎えて四ヵ月。王都アルフォリーゼに建つフォーレントの近くの建物の中。
 華やかなウェディングドレスに身を包まれたアリサは、優しくハヤトの妹であるサキの頭を撫でた。
 コトネがどこかうずうずしつつ、アリサの髪にヴェールを乗せる。
 うずうずしているのは、ウェディングドレスに匂いがつくといけないと言う事で、煙草を吸わないからだ。
 ある種、ここまで来れば禁断症状である。
「よし、これで準備完了だね。それにしても、結婚なんて気が早いね」
「ごめんなさい……」
「別に謝る事はないけどね。あの馬鹿も、これを機に無茶はしなくなるだろうし」
 あれから四ヶ月で、ハヤトの身体は奇跡的な回復を遂げた。
 フィルツレントも信じられないほど、ハヤトの回復力は凄まじく、今では病巣や壊死はなくなっている。
「とにかく、幸せになりなよ?」
「はいっ」
「姉ちゃん、姉ちゃん!」
 花嫁の部屋の扉を開けるアリサの弟のアラン。刹那、コトネの蹴りが容赦なく襲う。
 見事、強烈な一撃を受けて後ろの壁にぶつかったアランは、死を覚悟した。
 コトネがポキポキと指の骨を鳴らす。
「花婿より先に花嫁の姿見に来るんじゃないよ!」
「……ごめんなさ……ぐふっ……」
 気絶する。コトネはアランが握っていた一枚の紙を手に取った。
 すぐに見てアリサに渡す。それは、家族で撮った写真だった。
 サキが写真を見て訊く。
「お姉ちゃん、それ何?」
「……これはね、私のお父さんやお母さんの写真」
 写真を見つつ、アリサは可笑しそうに少しだけ笑った。
「……お父様、お母様、お爺様、お婆様……。驚きますか? 私、今日結婚するんですよ。
 大好きな人と……幼い頃から好きだった人と、結婚します」



「これは……?」
 別室でハヤトはシュウハからペンダントを受け取った。
 青く澄み切ったクリスタルが提げられたペンダント。シュウハが答える。
「ヴァトラスの胸にあった宝玉の欠片だ」
「ヴァトラスの……?」
「ああ。一応、持っておけ。私からの祝いだ」
「……サンキュ、シュウ兄」
 ペンダントを胸のポケットにしまい、ハヤトはネクタイを締めた。
 神崎家で用意されたモーニングはどうも着たくなかったとは言え、スーツを着るのは初めてだった。
 窓から見える空を眺めつつ、ハヤトは軽く深呼吸をした。
 ドアをノックする音が聞こえる。ロバートが控え室に入って来た。
「準備が整ったそうだ。そろそろ、花婿は行った方が良いと思うぞ」
「ああ。サンキュ、ロバート」
「礼を言われるほどじゃないだろ。……あれから、四ヶ月だな」
「……ああ。聖戦が終わって……ヴァトラスが死んでから、四ヶ月だ」

 ハヤトが生きる事ができた理由は、ヴァトラスにあった。
 ヴァトラスが自分の命をハヤトに与え、最後まで戦う事を決意したからだ。
 イシュザルトの甲板に降りたヴァトラスが、静かに全てを話す。
「ヴァトラス、どうしてだ!? どうして……どうして俺に自分の命を……!?」
(主が大切な者を想う心に、我が惹かれて勝手にやった事だ)
「だからって……!」
(主には生きて欲しい。我は、ヴァトラス=ウィーガルトのような悲しい人をもう出したくない)
 自分の命と引き換えに、平和を取り戻したヴァトラス=ウィーガルト。
 まだ赤子と言っても良いほどだったヴァトラスを育ててくれた人を、ヴァトラスは好きだった。
 だからこそ、誰もよりも悲しみを分かる事が出来るハヤトを死なせたくなかった。
 聖戦を終わらせると言う強い意志、大切な人への想いに、ヴァトラスは惹かれていた。
(我は、主と出会えて嬉しかった。我は、主を誇りに思う)
「ヴァトラス!」
(主に、どうか永遠の祝福を……。平和をありがとう……)
 ヴァトラスが全身から光の粒子を発し、消えていく。ハヤトは目を見開いた。
 風が光の粒子を撒き散らす。涙が溢れ出ていた。
 泣いていた。ヴァトラスもまた、ハヤトにとって大切な存在になっていた。
「……か野郎……馬鹿野郎っ……! 礼を言うのは俺の方だ……お前がいたから……戦えたんだよっ……!」
 唇を噛み締めつつ、ハヤトは彼の死に涙した。
 霊戦機ヴァトラス。平和を願い、優しく、強い意志を持っていた愛機。

「……俺、神の剣と槍、盾は封印しようと思ってる」
「そうか」
「ああ。あと、光の力も。何か起きても霊力でどうにかなると思うし」
 あれほど強大な力を求める人間は、必ず存在する。
 だから、自分の手で封印しておく必要がある。もう二度と戦いが起きないようにする為にも。
「ヴァトラスの為にも、全世界の平和を続かせたい。だから……俺、神崎家を継ぐよ」
「当然だ。《霊王》に選ばれた者として、次期当主は必ずだ」
「……分かってるよ」
 あまり乗り気ではないが、神崎家を継ぐ事は前々から考えていた事だ。
 祖父の事を知ってからか、いつからか、祖父に少し憧れがあった。
 いつか、祖父を越えたい。そんな想いが神崎家を継ぐ事を決意した。
「さて、そろそろ行くかな。今日は……俺とアリサにとって、大切な日になるから……」
 どこか照れくさそうに、ハヤトは呟いた。



 フォーレントへ続く道なりに赤絨毯が敷かれていた。
 フォーレントの方を、ウェディングドレスに纏ったアリサが見つめている。
 ハヤトは静かに彼女の隣まで近づいた。
「……似合いますか?」
 ハヤトに気づき、アリサが訊く。ハヤトは頷いた。
「……ああ。綺麗だよ、アリサ」
「ありがとうございます」
 手を取り合い、二人でその道を歩く。緊張していたが、どこか良い気分だった。
 優しい風が吹き、アリサの被っているヴェールがなびく。
 フォーレントまで辿り着くと、そこには六機の霊戦機が取り囲んだ状態で立っている。
 その足元にそれぞれの操者がいた。
「結婚なんて羨ましいぞ、こんちくしょぉぉぉおおおおおおっ!」
「今日くらい静かにしなさいよ、ゼロ!」
 涙を流して叫ぶゼロにミーナの一撃が下される。
 それを見てハヤトとアリサは小さく笑いつつ、フォーレントの中心まで歩く。
 中心には神崎家に代々継がれていた霊剣ランサーヴァイスが突き刺さっている。
 ハヤトが剣を引き抜き、天へと掲げる。
 《空凰》の霊戦機ブレイガストが二人の前に立ち、二人に問い掛ける。
(ハヤト=カンザキよ、あなたは生涯、アリサ=エルナイドを愛し続けますか?)
「ああ。俺は誓う。これからは、ずっとアリサと一緒だ」
(アリサ=エルナイドよ、あなたは生涯、ハヤト=カンザキを愛し続けますか?)
「はい。ずっとハヤトさんの事を想い続けます」
 二人の言葉に、霊剣が光り輝く。誓いの光、想いの込められた光。
 その光に、霊戦機が反応する。
 四ヶ月もの間、霊戦機達は封印をしなかった。理由は一つ。二人の誓いを見届ける為である。
 ハヤトがロバート達操者を見渡して頷く。
「……ヴィクトリアス、力を貸してくれてありがとう」
「もうないと思うけどよ、また何かあったら力を貸してくれ。……あばよ、ギガティリス」
 ロバートとアルスの言葉に、ヴィクトリアスとギガティリスが小さな唸りを上げる。
「……僕、強くなるよ。勇気をありがとう、ブレイガスト」
「ハヤトの力になれた。お前のお陰だ、ディレクダート」
 レファードと陽平の言葉に、ブレイガストとディレクダートが小さな唸りを上げる。
「ありがとな、リクオー。じいちゃんも喜んでると思うぜ」
「あなたのお陰で、ゼロもようやく一人前の操者になれたわ。ありがとう」
「また会いましょうと言いたいのですけれど、それだとまた戦いが起きてしまいますね。あらあら」
 三人の言葉にグレートリクオーとペガスヴァイザーが唸りを上げる。
 霊戦機達が剣を構える。ハヤトは空を見上げた。
「……ヴァトラス……お前のお陰で、この戦いは終わる。ありがとうな……俺の相棒……」
 剣にさらに光を込める。
「霊戦機達よ、今までありがとう。……安らかに眠れ。そして、これからもこの星を見守ってくれ」
 光が霊戦機達を包み込み、霊戦機が光となってそれぞれ飛んでいく。
 自分達の眠る場所へ、そして、彼らを見守る為に。
 風が吹く。強く、それでいて優しい風。
 空を見上げたまま、ハヤトは呟いた。
「……ありがとう、アリサ」
「え……?」
「……今までずっと側にいてくれてありがとう、アリサ」
「……改めて御礼なんて言わないでください。これからもずっと……ずっと一緒ですから」
「そうだな」
 見つめあい、そして唇を重ねる。



 この日、今までの伝説に新たな一ページが刻まれた――――







宿命の聖戦 〜Legend of Desire〜 二人の想いよ、永遠の輝きとなれ…… 〜 fin 〜




 第七章 奇跡の光、最後の剣

 後書き

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