第一章 神崎君と神崎さん


 朝、まだ日がようやく昇り始めた頃、ハヤトは寝ていた。
 昨日と一昨日のせいで、かなり寝不足である。
 一昨日、アリサが異世界から来て、一緒に住む事になった。これは祖父とグラナの陰謀だろう。
 昨日、学校の最終手続きをする為に、一緒に学校へ行った。

 その時、驚かない方が変だろうと思う。
 学校側への手続きに「神崎アリサ」と書かれた書類があったのだ。
 要するに、色々と手続きを行っていたシュウハは、俺とアリサを従兄妹として手配したのだ。



「……ンッ…………」
 唇になにやら柔らかい感触がある。ハヤトは次第に目を開けた。
 目の前に、アリサの顔がある。
「ンンッ!?」
 目を大きく見開き、ハヤトは驚いた。アリサはゆっくりと顔を離す。
 ベッドから勢い良く身体を起こし、やや頬を赤らめる彼女に訊いた。
「……な、何!?」
「……“おはようのキス”です。大好きな相手には、毎朝こうするそうです」
 目を細め、アリサは微笑む。
「……誰に教わったの?」
「コトネさんです」
「何を教えているんだよ、あの人は……」そう愚痴をこぼしながら、ハヤトはため息をついた。
 どうやら、アリサはコトネの言う事を真に受けている。
「朝食の用意ができてますよ」
「あ、ああ……」
 真っ赤な顔をしつつ。ハヤトは頷いた。
 
 登校中、とりあえず朝の出来事と、これから注意して欲しい事を言う。
「とりあえず、俺とアリサが許嫁だって事と一緒に住んでいると言う事は内緒に――――」
「シュウハさんは、同じ住所で書いていないんですか?」
「うん、一応アリサは、コト姉の家の住所で書かれているよ」
 さすがに、年頃の男女が一つ屋根の下で暮らすと言う情報が入れば、間違いなく学校側が許さないからである。
 シュウハも、その事だけは考えていたようだ。
「あと……“おはようのキス”も止めてくれないか?」
「……嬉しくないんですか?」
 やや涙目でアリサがハヤトを見つめる。
「嬉しいけど……さすがに恥ずかしいから……」
「……ハヤトさんは、私の事嫌いなんですね……」
「い、いや、そう言う事じゃ……」
「酷いです……ハヤトさんは優しい人だって思っていたのに……」
 嘘泣きのように、アリサは手で顔を隠した。ハヤトは戸惑う前に、肩を落とした。
「……アリサ」
「はい……?」
「……コト姉に教えてもらったのか、それ?」
「はい」
 予想的中。ハヤトは「あの人は……!」と怒りをこみ上げていた。
 アリサはハヤトの手を握り、引っ張ろうとする。
「それよりも、早く行きましょ」
「……そうだな」
 アリサの手を握り返し、ハヤトは歩き出した。



 今思えば、編入生となれば凄い成績を持っていると言う事になる。
 シュウハは、そんな事などお構いなしに行っているようだが。
「そう言えば、シュウ兄って何の仕事してるんだ?」
 それが一番の謎である。
「普通のサラリーマン……絶対に違う」
「神崎、聞いたか?今日から転入生が来るんだろ!?」
 一人、妙にうるさい奴が話しかけてくる。
 ハヤトは、軽く頷きながら答えた。
「ああ。俺の従妹だよ」
「従妹ぉ!?」
「そう。従妹。帰国子女なんだよ、それが」
 上手く話を合わせておく。シュウハが教えてくれた話の合わせ方は、役に立つ。
 そもそも、あのシュウハには嘘なんてつけるはずがない。
「一緒のクラスになるのか!?」
「俺が知るわけないだろ、俺が」
 そんな事を話しているうちに、担任の教師が来た。
 後ろには、アリサの姿も確認できる。
「えぇ!?」
 目を大きく見開き、驚く。
 何となく、予想はしていた。しかし、これはないだろう。
 異世界から地球に来て、一緒に暮らしだして、一緒の学校へ行く。
 そこまでで終われば良いのだが、まさか同じクラスにまでなるとは思わない。
 いや、シュウハならやりかねない。
(まさか、突然の空席となった隣の席は……)
 シュウハの企み。正確に言えば、コトネとシュウハの企みだろう。
 たった一日でここまで手を回しているとは、流石は従姉弟達である。
 そもそも、どうやってここまでやれたのかは謎だが。
「あー、今日からこのクラスに編入する事になった神崎アリサさんだ。
 彼女は、神崎勇人の従妹で、この間まで外国にいたそうだ」
「アリサ・エル……神崎アリサです。皆様、よろしくお願いいたします」
 やや言葉が詰まったが、丁寧な言葉で挨拶し、礼をする。
 一、二日くらいで、早くも『神崎アリサ』として慣れていたら、それはそれで凄いのだが。
「さて、席なんだが、神崎の隣が空いているからそこに座ってくれ。
 従兄妹同士だから、気楽で良いだろう?」
「はい」
 頷き、アリサはその席へ向かう。
 ハヤトは、その度に周りの男子生徒から睨まれていたが、彼らは睨むだけしか出来ないのである。
 全国で1位ともなれば、やはり少しは格の違いがあるらしい。
 つまり、彼らはハヤトを相手にしても勝てるわけがないと認識しているのだ。
 その辺は、中学時代までの頃と変わらない。
「神崎、お前達って従兄妹同士ってだけだよな?」
 後ろから、クラスメイトの男子生徒が訊いて来る。
「何が?」
「付き合ってるとかじゃないよな?」
「さあな」
 付き合っていないとなれば嘘だが、付き合っていると言う噂も広まって欲しくはない。
 付き合っていると言う噂だけで、許嫁と言う関係が気づかれるわけはないのだが。
「ハヤトさん、よろしくお願いしますね」
 やや小声でアリサが言ってくる。ハヤトは頷いた。
 今日からの学校生活は、かなり大変だと同時に思っていたりする。



 休み時間、予想通りクラスメイトはアリサを囲んで質問攻めを行っていた。
 特に男子生徒からは「理想のタイプ」やら「趣味は?」やら、色々と訊いている。
 アリサも真面目に答えているから、それはそれでどうかと思うが。
「神崎さんって、神崎と付き合ってんの!?」
 ふいに、男子生徒の一人が訊いた。ハヤトはアリサの反応を見る。
 アリサはやや頬を赤らめながら、正直に答えた。
「……はい。私にとって、ハヤトさんはかけがえのない人です」
 爆弾発言である。
「って、アリサ!?」
「何ですか?」
 目を細めて微笑んでいる。ハヤトは肩を落とした。
 クラスが騒ぎ始める。まるで、珍しいものを見たように。
「新聞部、これはニュースだ! 事件だ! すぐに校内新聞発行しろや!」
「な!? ち、ちょっと待てよ、おい!」
 しかし、すでに遅し。新聞部に所属するクラスメイトの姿はない。
 ハヤトがこの学校で初めて知った事だった。

 噂の広まりが、とてもつもなく早いと言う事。



 昼休み。やっと、昼休みかよと言わんばかりにハヤトは机に突っ伏した。
 午後も午前と同じようになると思うと、思わずため息をついてしまう。
「はぁ、食が進まないような気がするのは何故……?」
「あ、あの、ハヤトさん」
 学校の食堂で一緒に食べているアリサが声をかけてくる。
 今日は、やや奮発してA定食だ。結構、女生徒の事を考えているのか、ヘルシーなメニューが多い。
そもそも、A定食の売れ行きが悪いのが元々の理由だが。
「お昼ご飯は、いつもここですか?」
「ああ。弁当とか売店とかで買っても良いけど、学食の方が安いんだよ。
 それに弁当作るにしても、一人分だけじゃ無駄だろ。サキが、弁当が必要な時にだけ、俺の分も作ってるけど」
「……ハヤトさんって、料理できるんですか?」
 ハヤトは軽く頷いた。
「……母さんが死んでからは、自分で作ってるよ」
「あ、ごめんなさい……」
 アリサの顔が沈む。ハヤトはやや微笑んだ。
「気にしなくて良いよ。それに、慣れてるから」
「……じゃあ、私が作ります」
「はい?」
「お弁当。明日から、私が二人分のお弁当を作ります」
「作るって……朝早くから?」
「はい」
 なぜか、アリサは嬉しそうである。



 部活動――――それは、ハヤトにとって一番関係のないはずの行事である。
 そもそも、どの部活にも入部した覚えなど絶対にない。
「で、何か用か?」
 六時間目が終了して、少しため息をつきながらハヤトは訊いた。
 丸坊主男の亀田豊は熱く答えた。
「あるからお前に頼むんだろ、神崎ぃぃぃ!」
「……それで、用件は?」
 そう訊くか、80パーセントの可能性で用件は理解できる。
「頼む! 野球部の助っ人を100円で引き受けてくれぇぇぇ!」
「却下」
 即答。
「今日は色々と忙しいんだ。それに、修行もある」
「そこをなんとか!」
「断る。それ以前の問題として、100円は安すぎるだろ」
 豊は肩を落とす。その隣から、彼の親友が軽く手を肩に置いた。
 眼鏡をかけているガリ勉君のような少年だ。
「豊、助っ人なんだから1000円くらい出しなよ」
「な、何を言うんだ、慎吾! 1000円なんて大金を持っているわけがないだろ!」
「それ以前に、助っ人する気はないんだけど」
 ハヤトの言葉に、豊の親友・館林慎吾は「助っ人くらいやってあげなよ」と言った。
「今日は多忙なんだよ」
 そう、あと少しすればあいつがやって来る。早くこの場から消えなければならないのだ。
 アリサは少し不思議そうな顔でこちらを見ている。
「どうかしたんですか?」
「アリサ、早く帰ろう。じゃないと――――」
「先輩!」
 遅かった。しかも、言葉からはどこか怒りが感じられる。
 ツインテールの後輩は、やや怖そうな顔でこちらへ近づいてくる。
「紺野……」
「先輩、これ、どう言う事ですか!?」
 目の前に出されたのは、新聞部が発行している学校新聞だった。
 大きな文字で「全国1位の秀才、熱愛発覚!」と書かれている。
 ハヤトはそれを見て身体を小刻みに震えさせていた。アリサはやや頬を赤くしている。
「文字だけってのが、ある意味凄いわな……」
 隣から豊が言う。
「どう言う事なんですか、先輩!?」
「これはな……」
「書いたままの事実だぜ。んで、隣がその相手」
 豊の言葉に、ハヤトは裏拳を与える。力を抑えているが、それでも痛そうだ。
 美咲はアリサの方をじっと見ていた。
「あ、あの……?」
「神崎アリサ。俺の従妹で、今日編入してきたんだ」
「編入って……編入できたんですか、ここの学校?」
 確かに1年の立場からすれば、疑問に思う事だ。
 しかし、ハヤト達の通う学校には編入制度があり、試験もある。
 もっとも、シュウハの手配によって、アリサは試験をクリアしているが。
「あるんだよ、それが。じゃ、俺達はこれで」
「答えになってません!」
「お前の質問は、この学校に編入制度があるかだろ?」
「違います!」
 机を強く叩き、怒鳴る美咲。
「この新聞に書かれている事は、全て本当なんですかって訊いたんです!」
「そう怒鳴るなよ」
「質問に答えてください!」
「……本当だって言ったらどうする?」
「怒ります!」
 もう怒っているだろ、と言いたい。しかし、今の彼女には逆効果だ。
 ハヤトはため息をついた。
「ただの従妹だ。これで良いのか?」
「本当に従妹と言うだけなんですね!?」
「ああ。他に何もない」
 そう言って鞄を持つ。
「詳しくは、新聞部にでも聞いてくれ。アリサ、帰ろう」
「は、はい」
 その時のアリサは、妙に複雑な想いで一杯だった。



 下校中、アリサは顔を俯かせたまま歩いていた。
「アリサ?」
 ハヤトが顔を覗く。
「どうかしたか?」
「私は……ハヤトさんの従妹なんですか?」
「……いいや」
 アリサの手を握りつつ、ハヤトは微笑んだ。
 アリサは、少し戸惑う。
「アリサは、俺にとって大切な人だよ。だから、こうして一緒にいるだろ?」
「でも、あの時……」
「あれは、紺野の奴がうるさいから。気に障ったなら、謝るよ」
「……じゃあ」
 顔を上げ、アリサは微笑んだ。
「キスで許してあげます」
「……今じゃないと駄目だとか?」
「はい」
 静かに目を閉じ、アリサはつま先を立てて背伸びをし始める。
 ハヤトは焦りつつ、周りを確認していた。
 もし、この状況を新聞部にでも見られたら厄介だからだ。
(この状況って……バカップルじゃないのか……?)
 軽く唇が触れる程度で交わし、ハヤトは赤面していた。
 アリサは、やや不満そうな顔をしていたが、嬉しそうだった。



「なんだかな……」
 修行を終えて、ハヤトは部屋のベッドに横になっていた。
 壁に掛けている剣を取り出す。異世界と地球を繋ぐ剣だ。鞘に収められている状態でも力を感じる。
「そう言えば、この剣って名前あるのかな……?」
「ええ。霊剣ランサーヴァイスです」
「ランサーヴァイス? それって、ヴァトラスの持ってる剣と同じ名前……って、おい!」
 ベッドから跳ね起き、ハヤトはその人物を見た。
 眼鏡をかけた男性は、軽く壁にもたれかかっている。
「何でここにいるんだよ、シュウ兄!?」
「理由は簡単です。今、来たからです」
 実に簡単な理由である。
「その剣は霊剣ランサーヴァイス。お前が乗った霊戦機ヴァトラスの剣と同じ名を持つ剣だ」
「……何でシュウ兄がそんな事を知っているんだ?」
「これでも、《霊王》の候補でしたから」
 確かに、シュウハは実力者だ。《霊王》候補でもある。
 それ以前に、先代である祖父はシュウハだけに異世界の知識を教えていたらしい。
「それで、今日は何しに来たんだよ?」
「ええ。留学が決まりましたよ」
「留学?」
「フランスに三ヶ月間。全額、神崎家から出ます」
「誰が行くの?」
「お前が」
「何しに?」
「フランスへ三ヶ月間の留学へ」
「誰が?」
「お前が」
「何しに?」
「フランスへ三ヶ月間の留学へ」
「誰が?」
「いい加減に懲りないのですか、お前は」
 軽くため息をつきつつ、シュウハは呆れていた。ハヤトは驚く。
「留学って、俺は聞いてないぞ!」
「当然です。私と姉さんで極秘に行っていましたから」
 肩を落とす。それも当然だった。
「そもそも、俺がいない間、アリサとサキの二人で暮らせって言っているようなものだぞ!」
それはご心配なく。その間、姉さんが家族で住む事になっています。私も、たまに様子を見に行きますし」
「一体、何の為に!?」
「お前が本当に戦わなければならない相手がいるかもしれないからです」
 その言葉に、ハヤトは反応した。
 本当に戦わなければならない存在がいる。それは、やはり戦いは終わっていない。
「まだ詳しくは分からないのですが、《覇王》以外にも、全世界を我が物にしようと言う野望を持つ存在がいる。
 お前には、留学と言う口実をつけ、三ヶ月で調べて欲しいんです」
「たった三ヶ月でか?」
「それ以上は、さすがに学校側が許してくれませんでしたから」
 どうやら、留学は神崎家で仕組んだ口実のようだ。
 そう言えば、留学制度はあっても一ヶ月程度だったな、とハヤトは思い出していた。
「これは、今までの聖戦ではありえない事です。ハヤト、用心した方が良い」
「……もし、手がかりすら分からなかった場合は?」
「その時は、神崎家が総動員で動きます。それまでは、《霊王》であるお前の役目です」
「……分かった。それで、アリサには話してあるのか、この事は?」
「ええ。こちらに来た時に、全てお話しています」
 その時、複雑だった。
 やっとアリサと再会できたのに、すぐに留学する事になってしまった事に。
 そして、本当に倒さなければならない相手が見つかるかどうかの不安があった。



 序章 ハヤトとアリサ、再会の時

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