第二章 海外留学、天才の実力発揮


 空港。現在、従兄のシュウハが搭乗手続きを代わりに行っている。
 シュウハ曰く、「少しでも一緒にいろ」との事らしい。
「しかし、本当に留学なんてな……夢じゃないだろうな」
 いや、本当に夢であって欲しい。それがハヤトの本心だった。
 サキが服を掴んだまま放そうとしない。
「サキ、いい加減に放してくれ……」
「あうう、お兄ちゃん……」
「泣くなよ、サキ。泣いたら、母さんが心配するだろ」
「あうう……」
 頭を撫でながら、ハヤトは優しく言葉を吐いた。
「大丈夫。ちゃんと帰ってくるから」
「あうう……」
「ハヤトさん、そろそろ……」
「ああ」
 サキの手を服から放し、アリサと向かい合う。
 アリサは、少し寂しげな顔をしていた。
「サキの事、頼むよ」
「はい……」
 他に何か言いたい事があったが、言えなかった。
 いや、何を言って良いのか分からなかった。
「では、ハヤト、修行と勉強は怠るな」
「あのな……まだフランス語すら覚えてないぞ……」
「大丈夫。本さえあれば、向こうへ行く時までで十分だろ」
 シュウハの言葉にハヤトは舌打ちする。確かに、本さえあれば何とかなる。
 手荷物を持って、ハヤトは搭乗口へ向かう前にアリサの手に何かを置いた。
「……?」
 アリサは渡された物を見る。幼い頃、アリサがハヤトに渡したペンダントだ。
「ハヤトさん……?」
「帰ったら、デートしような」
 振り返りながらハヤトは言った。
 その時、アリサは一瞬驚いたが、すぐに微笑み返した。



 飛行機内、スチュワーデスから飲み物を貰い、外を眺める。
 一面、雲だらけだ。飛行機に乗るのは、実はこれが初めてなのだ。
「確か、フランスまでは12時間以上かかるから……」
 シュウハに渡されていたフランス語の本を開く。
 パラパラとページ数を調べながら、これなら向こうに行くまでに覚えられる、と思った。
 紙コップに注がれているジュースを一口飲み、ハヤトは軽く覚え始めた。
 ある意味、彼にとっては慣らしと言えるようなものであるが。
「そう言えば、フランスって誰かいたような……?」
 一度、フランスの人間に会っていると思う。
「誰だったか……覚えてないな……」
 無駄な事だった。



 時間的には次の日。ようやくフランスに到着した。
 シュウハが言うには、フランスの霊力者が迎えに来ると言う手はずになっている。
「迎えに来るのは良いけど、特徴も何も教えられてないじゃないか……」
 一応、特徴などを聞いたのだが、シュウハは「すぐに分かる」としか言わなかった。
 荷物を受け取り、辺りを見回した。全然分からない。
「一体、誰が……?」
 そう言っていた矢先に、一枚のプレートに「神崎勇人」とフランス語で書かれているのを見つける。
 ハヤトはそこまで歩み寄ったが、そのプレートを持っていた相手は意外だった。
 青色の髪が特徴的で、少し大人びている。間違いない。一度出会っている。
「ロバート!?」
 ハヤトは、彼の名を叫び驚いた。ロバートは軽く手を上げる。
 ロバート=ウィルニース。現在《武神》に選ばれた霊戦機の操者だ。
「久しぶりだな」
「ま、まさか、迎えってロバートなのか!?」
「そうだ。シュウハと言う人物からの連絡があったからな」
 どこで、自分とロバートが知り合いだと言う事を聞いたのかは知らないが、やはりシュウハだった。
 あの従兄の情報収集レベルは、世界中のどこを探しても互角とも呼べる人間すらいないだろう。
 ハヤトが軽くため息をついていると、ロバートが肩を叩いた。
「聞いたんだが、異世界で知り合った女の子と付き合っているらしいな」
「……シュウ兄から聞いたのか、それ?」
「ああ。なんでも、“許嫁”らしいな」
「……それも聞いてるわけか」
 肩を落とす。「シュウ兄よ、そこまで話す必要はないだろ」と言わないばかりに。
 ロバートはやや苦笑し、ハヤトの荷物を半分持ち始めた。
「それよりも、行くぞ」
「あ、ああ」



 荷物をロバートの家に置き、とりあえず通う事になる学校へ手続きをしに行く。
 フランス語は、早くも飛行機で覚えてしまったせいか、かなり話していると思う。
「では、君は明日から登校なのですが、テストはどうしましょうか?」
「テスト?」
「ああ、そう言えば、明日はテストか」
 ロバートが思い出したかのように言う。ハヤトはため息をついた。
 話す事は出来るが、まだ字を読んだりはできるわけがない。
「とりあえず、受けるだけ受けてください。結果は問いませんので」
「はい」
「では、明日の朝、理事長室へ」
 手続き終了。あまりにも早過ぎたので、やや唖然とする。
 ハヤトは腕時計を見た。午後6時。それにしては、日はまだ昇っている。
「そう言えば、時差があったんだっけ……」
「時計か?」
「ああ。時差の事忘れて、時間が日本にいる時のままだ」
 ロバートに時間を聞き、時計を調整する。
「よう、ロバートじゃないか」
 遠くから声がしたので、ロバートと同時に反応する。
 どこか皮肉屋を思わせてくれそうな顔の奴だ。
「ロイか。何のようだ?」
「いやな、今度お前のところに留学生が来るって聞いたからな。しかも、日本じゃ天才って言う」
「それで?」
「一度、顔を見ておこうと思ったんだよ」
 そう言って、ロイはハヤトを見るなり、すぐに吹き出した。
 ハヤトの眉が、ほんの少しだけ動く。
「こいつか、天才の留学生ってのは?」
「そうだ。ハヤト、こいつはロイ。俺の同級生だ」
「ああ。俺はロイ・チェンダーソンだ。よろしくな、こっちじゃ無能な奴」
 その言葉を聞き、ハヤトは真に受ける事はなかった。
 ロイは反応しないのが愉快なのか、言葉を続ける。
「いくら日本で天才って言われても、こっちじゃ無能なんだよな、絶対によ。
 ま、明日のテストで俺よりも上の順位だったら、俺も驚くだろうけどな」
 そう言いながら、ロイは去っていく。ハヤトはため息をついた。
 しかし、やる気など失せる気はない。
「ハヤト、気にしなくていい」
「いいや、なんか怒りがこみ上げてきそうだ。明日のテストで見返してやるよ」
 軽く笑い、ハヤトは余裕の口調だった。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫だろう。範囲さえ分かれば、何とかなると思う」
 本当に余裕な奴である。



 ロバートの家は、意外と普通ではなかった。
 お出迎えと言う形で、数十人ほどの人間が出て来る。
「……お前って、金持ちなのか?」
「いや、父がだ。俺はただの能無しにすぎない」
「どこが能無しだ、《武神》に選ばれた奴のどこが……」
 異世界では二刀流で戦う霊戦機操者だが、金持ちの立場では能無しらしい。
 神崎家も、シュウハから聞いた話では裏で日本政治を支えていると言われている。
 しかし、世界を裏で支えていると言う話もある。
「さて、とりあえず勉強か。すぐにでもやるか?」
「いや、テストなら夜だけで十分だ。それよりも、調べたい事がある」
 そう、フランスへ来たのは、ただ留学する為ではない。
 三ヶ月と言う短い期間で、本当に戦わなければならない存在の事を調べる必要がある。
 ハヤトはロバートにその事を話し、ロバートはやや首を捻った。
「《覇王》とは別に、全世界を手に入れたい奴がいる、か……」
「ああ。まだ、この戦いは終わらないようだ」
「話だけは聞いた事がある。“竜王”と“聖なる獅子”の話を」
「どう言う話だ?」
 ロバートの言葉に、ハヤトは耳を傾けた。
「詳しくは分からないが、その二つの存在が何か鍵を握っているらしい」
「“竜王”と“聖なる獅子”か……資料とかあるのか?」
「いや、そう言った物はない」
「そうか。一度、シュウ兄に聞いた方が早いな」



『もしもし、どなたでしょうか?』
「シュウ兄、俺。ハヤト」
 ロバートから電話を借り、シュウハの携帯電話にかける。
 今、日本は午前3時くらいだ。シュウハの口調はまだ起きている。
『初めての留学の感想は?』
「まだ分からない。それよりも、教えて欲しい事があるんだ」
『教えて欲しい事?』
「ああ。“竜王”と“聖なる獅子”について」
『“竜王”と“聖なる獅子”、ですか……』
 シュウハの口調が止まる。しばらくして、シュウハは説明を始めた。
『おそらく、《神の竜》と《神の獅子》の事でしょう』
「《神の竜》と《神の獅子》?」
『ええ。確か、三代目《霊王》の頃だったはずです』
 シュウハが言うには、次の事だった。

 三代目《霊王》が戦いの為に異世界ネセリパーラへ召還された。
 しかし、当時の霊戦機操者として相応しい人間が揃わず、一人で戦う事になったらしい。
 その時、神は《霊王》に二体の新たな力を与えた。
 それが、《神の竜》と《神の獅子》である。

『強さは、ヴァトラスと互角かそれ以上だったと言われています』
「……《霊王》にとっての右大臣と左大臣って感じなのか?」
『そんなところでしょう。しかし、まだ情報が足りないようですね。
 お前は、本当に戦わなければならない相手――――宿命の相手の情報を掴みなさい』
「分かってる。明日はテストだから、そろそろ切るな」
 逃げる口実として、ハヤトは言った。
『まあ、時間はあるんだ。三ヵ月後を楽しみにしています』
 プツン。シュウハが電話を切る音が聞こえた。
 ハヤトは少し考えていた。《神の竜》と《神の獅子》の事を。
「もし“竜王”と“聖なる獅子”がそうだったら、俺の本当の敵は、どんな奴なんだ?」
 一五〇〇年前から戦い続けている《覇王》よりも強く、そして本当の敵。
 しかし、それだと疑問が残る。そう、今までの聖戦だ。
 今までは《霊王》と《覇王》の戦いだった。しかし、今度は違う。《覇王》とは違う敵だ。
「こんな時に、ヴァトラスがいてくれれば……」
 一瞬、本気でそう思った。
 ヴァトラスなら、何か知っているかもしれない。教えてくれるかもしれない。
「《神の竜》と《神の獅子》。そして俺の本当の敵。分からないな、まだ……」
 少し息を吐き、ハヤトは「ふざけるなよ……」と呟いた。



 次の日、ロバートと共に学校へ向かう。
「ハヤト、大丈夫か?」
「テストの事か? それなら大丈夫だ。ある程度は勉強したから」
 とは言うものの、かなり自信はあったりするのが、ハヤトである。
 天才と言う才能は、こう言う時には凄いものだと痛感したりもする。
「ロイと張り合う気か?」
「張り合う? いいや、完膚なきまでに勝ってやるよ」
 冗談交じりでロバートに言うハヤトだが、それはたてまえであり、本心は言ったままだったりもする。
 たとえ、たった一日の勉強でトップに立てるとは思っていないロイの驚く顔が楽しみだとハヤトは思った。



 テスト終了。ロバートが言うには、その日に順位発表と言う事だ。
 ロイは余裕な表情だ。聞くところによれば、いつもトップらしいが。
「余裕だな、あいつ」
「ああ。いつもの事だ、ロイは」
「しかし、それも今日までかもな」
 ハヤトは少しだけ笑いを溢した。ロイがそれに気づいて近づいてくる。
「何だ、無能君? 今日のテストは良かったのか?」
「ああ。自分でも信じられないほど良い出来だ」
「そのようだな。ま、俺には勝てないけど」
 調子に乗っているロイの言葉を耳に、ロバートはやや不安を持っていた。
 どうやらロイは、今回のテストはかなりの出来だと分かる。
「ハヤト、大丈夫なのか?」
「大丈夫だって。負ける気なんか、全然ないから」
 そんな事を言っているうちに、結果が発表された。

 1位 ハヤト・カンザキ    500点
 2位 ロイ・チェンダーソン  477点

 結果発表終了。それを見て驚いたのは二人だけではない。
 全校生徒、今日から留学したばかりの人間がトップに立っているので驚いている。
 ロイは、その中で唖然としていた。
「な?」
「……凄いな、ハヤト。満点取るなんて……」
 どんな反応を取ればいいか分からない。それがロバートの心境だった。
 確かに、ハヤトは天才だろう。しかし、これは凄すぎる。
「幼い頃から、知識さえあればどんな事だって出来るんだ。だから、今の俺がいるんだろうけど」
「……?」
「そう。これが、俺の一番嫌いな事なんだ……」
 トップを取ったと言うのに、嬉しそうじゃなかった。
 どこか悲しげで、孤独感をむき出しにしている。今まで知っていたハヤトとは別人のようだった。
「き、ききき貴様! どんな勉強をしたんだ!?」
「どんなって……ロバートに少し教えてもらっただけさ」
「それだけで、この俺に勝てるものか!」
「実際に勝てたじゃないか。少しは認めたらどうだ?」
 ハヤトは挑発していた。
「ロイ、今回は負けを認めておけ」
「み、みみみ認めるだと!? ふざけるな!」
 そう言いつつ、ロイはどこかへ走り去った。
 惨めな奴。そんな事をハヤトは思っていた。
「……ハヤト、日本でもそんなに成績は凄いのか?」
「ああ。どんな時でも満点。それ以外は、一度もない」
「……俺の負けだ」
 何が負けなのか分からないが、ハヤトは「そうか?」と言葉を吐いた。



 一週間後。ハヤトは自分の部屋として使わせてもらっている部屋で少し考え事をしていた。
 本当に戦わなければならない敵の事。
《神の竜》と《神の獅子》、“竜王”と“聖なる獅子”の事。
 そして、大切な人の事を。
「アリサは元気かな……」
 ふと思う。アリサが地球に来てまだ間もない時に留学して、少し不安だった。
 アリサの事を想うと、すぐこうなってしまう。
「とりあえず、今は……」
 今は、この留学と言う状況でシュウハに言われた事を果たそう。
 ハヤトは、シュウハに無理矢理渡された霊剣を握り、思うのだった。

 霊力さえあれば、何かが分かるかもしれないと――――



 第一章 神崎君と神崎さん

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