第三章 電話を通して二人の想い


 ハヤトは少し欠伸を溢した。口元を手で押さえ、眠たい顔を起こす。
 情報収集の方は全く音沙汰がなく、かなり苦労していた。
「眠そうだな」
「そりゃ、な……。敵の情報に“竜王”と“聖なる獅子”の事なんて、全然分からない。
 分かったのは一つ、“聖域(=ゾーン)”だけだ」
「究極の集中力か?」
「ああ。集中力の最終領域であり、一部の人間にしか入れない」
 しかし、“聖域”の事は分かったが、それを調べても意味がなかった。
 ハヤトは自分には入れない領域だと思っているが、ヴァトラスに乗った時に目覚めている事は自覚していない
「前途多難だよ、全く……」
「しかし、本当に敵と呼べる存在がいるのなら、霊戦機も……?」
「ああ。再び聖戦が始まり、霊戦機操者がネセリパーラに召還されると思う」
 その場合、《霊王》はおそらくハヤトだが、ロバートは微妙だった。
 霊戦機ヴィクダートが違う操者を選べば、ロバートは先代《武神》になる。
 そもそも、今回が初めてのケースだ。聖戦が終わり、また繰り返されるのは変わらない。
 しかし、《霊王》が引き継がれないまま、聖戦が再び起こる事は今までになかった。
「先輩〜、待ってください〜!」
 後ろから、ハヤトは何か嫌な予感がした。
 かなり聞き覚えのある言葉だ。そう、後輩の紺野美咲がいつも言ってくる言葉。
 振り返ると、そこには美少年と呼ぶに相応しい生徒がいた。
「レファードじゃないか。どうかしたか?」
「どうかしたかじゃありませんよ……僕に留学生の先輩を紹介してくれる約束ですよ」
「そうだったか?」
 どうやら、ロバートは忘れていたらしい。
「まあ、お前なら良いだろう。ハヤト、こいつはレファード。俺の後輩だ」
「レファード・カーヴァイルサスです。初めまして」
「あ、ああ。ハヤト・カンザキだ」
 レファードは「先輩って、凄く頭が良いですよね」と話を振り出してきた。
「この間のテストだって、留学初日だったのに『あの』ロイ先輩に勝っちゃうなんて」
「……ロイって、そんなに最低なのか?」
「まあ、言うなれば皮肉の天才と呼んでも良いくらいだ」
 どうやら、ロイは皆に嫌われているらしい。
「それで、何かお話していましたけど、何を話していたんですか?」
「いや、ちょっとそれは……」
 さすがに、普通の少年に《霊王》やら《覇王》などと言う事を話すわけにはいかない。
「……日本にいる、従妹の事を考えていたんだ」
「従妹じゃなくて、いい……」
 ロバートの脇腹に肘うちを与え、黙らせる。
 さすがに、アリサとの『許嫁』と言う関係は話したくない。
「痛いぞ、ハヤト……」
「痛くないだろ、別に」
 ハヤトは軽くため息をつきながら言った。



 アリサは、授業中ぼうっとしている事が多かった。
 窓から空を眺め、隣の空席となっている大好きな人の席を見るとため息をするほどだ。
 あれから一ヶ月が経った。だから、心配していた。
「ハヤトさん、元気かな……」
 ちゃんと睡眠は取っているのか、バランスの取れた食事をしているのかなど、色々な事を心配していた。
「神崎さん、最近元気ないね」
「え、あ……」
 同じクラスである片桐美香の言葉に、アリサは詰まった。
 彼女は、ハヤトと共に学級委員を務めている。どこか令嬢を思わせるので人気もある。
「やっぱり、神崎君が海外留学してるから?」
「はい……」
 アリサは素直に答えた。余計な心配はさせたくないからだ。
 それに、彼女も分かっているはずだろうから。
「ハヤトさんには、やる事があるってシュウハさんに聞いたのですけど、でも……」
「心配、なんだよね?」
 こくりとアリサが頷く。
「でも、大丈夫だよ。神崎君って、一人で何でも出来そうだし」
「そうですかね……?」
 励まされたが、それでも心配していているアリサだった。



 手がかりを掴む。その為には、まず本だった。
 古文書。そう言う物があれば、すぐに調べる。その繰り返しを行っていた。
 しかし、分かるのはこの国の歴史や、伝承としての話のみだ。
「《神の竜》と《神の獅子》についても書いていない……何か……」
 何か少しでも情報が知りたい。この聖戦の事や、力の事を。
 なぜ、《霊王》だけでは駄目なのか。なぜ、力が必要なのか。
「ハヤト、少しは休んだらどうだ?」
「いいや、少しでも探したい。あと二ヶ月しかないんだから――――ぬぉぉぉっ!?」
 梯子ごと落ちる。本が大量に振り落ち、ハヤトは下敷きになった。
 ロバートと一緒に来ていたレファードが慌てて本を元に戻していく。
「大丈夫か、ハヤト?」
「うっ……?」
 目の前に見開かれた本が覆っていた。ハヤトは内容を読む。



 竜の王は、昔、一人の王を救う為に戦った。
 聖なる力を持つ獅子も、同じく一人の王の為に戦った。

 二つの力は、一人の王にとってかけがえのない物を教えた。
 生きる辛さ、失う辛さ、殺める辛さを。

 光の声が聞こえる時、その闇が晴れる。
 けれど、その闇は人が負の感情を捨てない限り、蘇る――――



「……これって……」
 ハヤトはその本を手にとって、最初から読み始めた。
 おとぎ話の様だが、どこか似ていると思う。
 竜の王は“竜王”。つまりは、《神の竜》。
 聖なる力を持つ獅子は“聖なる獅子”。つまりは《神の獅子》。
 そして、一人の王は《霊王》の事だと思う。
「ロバート、この本って……」
「ああ、昔読んだ事があるな」
 本のタイトルを眺めつつ、ロバートが答えた。
 その横から、レファードが本の内容を語りだす。
「確か、異世界で一人の王様が、竜の王と聖なる力を持っている獅子と一緒に戦うんですよね。
 僕、今でもこの本が好きですよ。『争い事は駄目だ』って言っているような気がしますよね?」
「異世界……一人の王……!」
 ハヤトは著者名を調べた。ラダンド・ノベイル――――年齢は祖父と同じだ。
「この人、今はどこで暮らしているんだ?」
「確か、二つ先の駅の近くだったと思うが……?」
「……その人に会いに行く。何か、知っているかもしれない」
 ハヤトはその場を後にした。



 ロイ・チェンダーソンは、一人で悔しがっていた。
 留学初日からテストを受け、全て自分よりも勝った日本人が憎かった。
「あんな……あんな無能な奴に……!」
 今まで、トップの実力を誇っていたのに、今では二位だ。
 あんな奴が、少なくともあんな日本人がいなければ、学園では自分がトップのままだった。

 ――――力が欲しいか?

 声が聞こえた。ロイは周りを見渡す。

 ――――憎たらしい人間を殺せる力が欲しいか?

 また聞こえた。ロイはその声に向かって叫んだ。
「欲しいさ! あんな日本人に負けないほどの力が欲しい!」

 ――――良いだろう。その力、俺が与えてやるよ。

 まるで悪魔の囁きの様に、その声はロイの心の中へ入っていった。
 ロイは嬉しさで一杯だった。これで、あいつより上になれると思ったからだ。
 ハヤト・カンザキ。自分から名誉を奪っていったあいつを、殺せると思うと笑いが出ていた。



 ハヤトは、本の著者名の住む家を探していた。
 その人なら何か知っているだろうと思った。何か、関係がありそうだった。
「ここ、だな……」
 一見普通の家だが、ここが間違いなく探していた人物の家だ。
 ハヤトは軽く息を整えると、インターホンを押そうと思った。
「……?」
 力を感じる。何か、強い力を。
 この家の裏からだ。ハヤトは疑問に思い、裏へと回った。
 一人の老人が、手の平に光る球体を乗せている。
「……そこに立っていないで、寄りなさい。私を訪ねてきたのだろう?」
 老人は気づいていた。ハヤトはそのまま、老人へ近づく。
 白いひげを生やし、身なりを整えている老人は、ハヤトの姿をしばらく見つめていた。
「……?」
「……君は、《神の竜》と《神の獅子》について聞きに来たようだね」
「あ……!」
 読まれていた。老人は、ハヤトの驚いた顔を見ながら、手の平の球体を消す。
 ハヤトはすぐに聞き出した。
「教えて欲しい、《神の竜》と《神の獅子》について。知っている事があれば全てを」
「なぜ、知りたいのだ?」
「それは……」
「答えは、君が《霊王》だからだろう。私には感じるのだ。君から発せられている“王の資質”に」
 老人は自分の事を知っている。いや、《霊王》の存在を。
「あんたは……!?」
「私は、ラダンド・ノベイル。五十一年前、《炎獣》に選ばれた霊戦機操者だ」
 その言葉に、ハヤトは驚きを隠せずにはいられなかった。
《炎獣》。ジャフェイルから聞いた話では、操者はすでに死んでいると言われた戦士。



 彼は、その姿を見ていた。感じられる《霊王》の力に、嬉しさを感じた。
 いや、それ以上の力に、喜びを抱いた。
「奴が、“俺の敵”か」
 ついに、出会う事が出来た。あいつが、俺にとっての力となる存在。
 あいつこそ、俺の《糧》に相応しい力を持つ存在だ。
「《霊王》……ふふふ、その力、試させてもらうぜ……」
 その強さを得る為にも、その力を引き出させる為にも。



 ラダンドは、再び光の球体を手の平に集め、乗せた。
「……《炎獣》の操者は、死んだはずじゃ……!?」
「そう。確かに、あの時は死ぬかと思った。しかし、そんな事はなかった。
 助けてくれたのだ、二つの力が」
「二つの力?」
 ラダンドは、軽く息を吐く。
「《神の竜》と《神の獅子》にだよ。私は、奇跡としか言いようがない。
 二体が私を救い、そして役目を与えた」
「役目?」
「『いずれ、我らの力を、再び目覚めさせる必要がある。その時には、力を貸してくれ』と……」
 ハヤトは、その言葉にラダンドを見た。
 彼は、ハヤトの反応を見て、頷く。
「そう。二体には分かっていたのだ。聖戦は、まだ終わっていない事を。
 そして、自分達の力が必要になる事を」
「……二体の事は、詳しく分からないのか?」
「分からん。しかし、これだけは言える。“二体はお前を待っている”」
「俺を……待っている……?」
「そう。今の君は、どこか『悲しみ』を背負って戦っている。
《神の竜》と《神の獅子》は、必ず君の助けになるはずだ」



 ラダンドに言われた事を思い出しながら、ハヤトはシュウハに渡されていた剣を手にした。
 霊剣ランサーヴァイス。霊戦機ヴァトラスの持つ剣と同じ名を持ち、異世界への扉を開く鍵。
「それで、何か分かったのか?」
 ロバートが聞いてくる。ハヤトは軽く頷いた。
「ああ。あの人が言うには、《神の竜》と《神の獅子》は俺の事を待っているらしい。
 俺が封印を解き、この聖戦を終わらせる為に戦う事を、待っているらしいんだ」
「なるほど。どうやら、お前の敵は……」
「……まだ、出会ってすらいない。そして、まだ始まりすら告げていないんだ」
 父との戦い――――《覇王》との戦いは、ただの余響に過ぎない。
 そう思うと、どこか悔しかった。悲しかった。
 あいつを守れず、見殺しにしてしまった。あの日の事を思い出してしまう。
「こんな戦い……ない方が幸せなんだよな……」
 その言葉に、ロバートも黙り込んだ。
 霊戦機と言う強大な力は、守る力を与えてくれると同時に、失う辛さもある。
 だから、祖父も《霊王》の事は教えたくなかったのだろう。
「……アリサ、元気かな……?」
 ふと思い出した。こっちに来て一ヶ月。連絡の一つもしていない事に気づいた。
 剣を一緒に渡されていた鞘に収め、ハヤトは立ち上がった。
 時計を見る。時刻は、夜中の二時。日本は六時くらいだろう。
「どうかしたか?」
「……電話、借りて良いか?」
 その後、何かに気づいたかのようにロバートは口元を歪めた。



 ハヤトが留学してからは、神崎家は従姉でもあるコトネの家族が一時的に暮らす事になっている。
 今日は、シュウハも様子を見に来ていたついでに、夕食も一緒だった。
「それにしても、あの馬鹿は、連絡一つもよこさないな」
「まあ、色々と忙しいのでしょう。猶予は三ヶ月しかありませんから」
 姉であるコトネお手製の肉団子をつつきながら、シュウハは答えた。
「しっかし、神崎家の人間も無茶な事をやらせる。たった三ヶ月で情報が入るわけがない」
「ええ。それは私も思います。しかし、ハヤトなら、何か掴みそうな気がしますけどね」
「お兄ちゃんは、とっても優秀なの!」
 二人の会話に、ハヤトの妹であるサキが割り込んで来た。
 まだ八歳と言う幼い妹だが、これでも《霊王》と《覇王》の血を継いでいる。
「あのね、あのね。サキ、今日は先生に褒められたんだよ!」
「ほう。何をしたんだい?」
「お絵かきだよ! お兄ちゃんと、お姉ちゃんと、サキを書いたの!」
 サキに絵を渡され、コトネはそれを受け取った。
 兄と姉と自分を描いた絵。しかし、シュウハとコトネの事ではない。
「……いやはや、こうやって見ると、『家族』ですね」
「……確かに、ハヤトとアリサがサキの両親みたいな絵だな」
 二人は苦笑していた。サキは嬉しそうな笑顔で二人の顔を見ている。
 その時、電話が鳴り出した。
「あ、サキが出るの〜」
 そう言って、サキはすぐに電話へ駆け寄る。



「はい〜、サキなの〜!」
『……電話に出る時は、神崎を言おうな、サキ』
「その声は、お兄ちゃんなの!」
 受話器から聞こえる兄の声に、サキは飛び跳ねた。
「お兄ちゃんなの! お兄ちゃんなの〜!」
『サキ、アリサは――――』
「お姉ちゃん、お兄ちゃんからお電話なの〜!」
『おい、最後まで言ってないぞ、サキ?』
 ぶらさがった受話器から、ハヤトの声だけが漏れていた。



 アリサはすぐに受話器を受け取った。
「もしもし。ハヤトさん?」
『ああ。えっと、その……アリサ、元気にしてた?』
 受話器の向こうから声が聞こえる。アリサは、嬉しかった。
 一ヶ月振りに聞く彼の声は、とても嬉しかった。
『ごめんな。一ヶ月も連絡しなくて……』
「いいえ。ハヤトさん、お元気にしていますか?」
『ああ。元気だよ。ただ……』
「ただ?」
『……どこか、つまらないように思えるけどね』
 ハヤトの言葉に、アリサは目を細めた。
『今までは、サキがいて、シュウ兄がいて、コト姉がいて、アリサがいたから、あまり分からなかった。
 でも、こうやって留学とかすると、何だか拍子が抜けたような気がするんだ』
「どうしてですか?」
『それは、俺にもどう説明すれば良いのか分からないんだ。
 でも、これだけは分かる。アリサは、俺にとって家族でもあるんだ』
「ハヤトさん……」
 アリサは、優しく微笑んだ。
「私も、同じです。ハヤトさんがいないと、寂しいです……」
『うん……』
「ハヤトさんいないと、私、凄く悲しくて……寂しくて……」
『アリサ……?』
 アリサは涙を流した。
 涙を拭くが、どうしても止まらない。
「ごめんなさい……嬉しいのに……涙が………」
『……あと、二ヶ月だから』
「え……?」
『まだ、こっちでやらなきゃいけない事は沢山あると思う。だから、まだ帰れないと思う。
 でも、あと二ヶ月、俺も頑張る。だから……』
「……ハヤトさん………」
『大丈夫だよ。必ず、帰ってくる。それまで、待ってて欲しいんだ』
「はい……」
 涙を拭きつつ、アリサは頷いた。



 影で様子を見ているのは、当然シュウハとコトネだった。
「ふん、遅いんだよ、電話するのが」
「しかし、どうやら嬉しそうですね」
 コトネはシュウハの頭を殴る。
「当たり前だ。大好きな奴の存在ってのが、今のアリサには大きいんだよ。
 まあ、あんたには分かんないだろうね。女たらしだから」
「……余計なお世話です」
 シュウハは、やや不機嫌になっていた。



 学校の事、友人の事、様々な会話をしながらハヤトは背伸びをした。
「じゃあ、そろそろ切るな」
『ハヤトさん……』
「何?」
『…………』
「アリサ?」
『……愛しています。チュッ』
「あ……」
 ブツンッ。電話の切れる音がした。ハヤトは赤面する。
 愛しています。そこまでは何となく分かっていたが、最後の一撃は意外だった。
「はは、はははははは……」
 かなり恥ずかしかった。電話だと、余計に。
「あと二ヶ月……」
 あと二ヶ月経てば、この留学も終わる。それまでには、どうしても掴みたい。
《神の竜》と《神の獅子》の事。そして、本当の敵の事を。
 アリサの為にも、掴みたい。

 その日、霊剣ランサーヴァイスが反応していた。
 ハヤトにではない。別の何者かに。
 しかし、それをハヤトが知る事などなかった――――



 第二章 海外留学、天才の実力発揮

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