第四章 俺だけの剣


 ハヤトは霊剣ランサーヴァイスを握り締め、大きく振り落とした。
 大地を強く叩きつけ、剣の先端から、風が巻き起こる。
「凄いな」
「いや、まだだ。この技は、まだ未完成なんだ」
 霊力がなくても身華光剣術は使える。しかし、それだけじゃ駄目だと思った。
 霊戦機に乗って戦うには、霊力が必要だ。霊力がない今のままでは、確実に死ぬ。
「霊力を使わず、ただ自分の力だけで戦うしかないんだ。
 だから、完成させたいんだ。“身華光剣術”を超えた俺だけの剣を」
「霊力を一切使わないで放つ技か……」
 ある意味、不可能に近い課題だとロバートは思った。
 霊力を使いこなせる事で、初めて自分の持つ属性の力を使う事が出来る。
 しかし、霊力を持たない普通の人間は属性がない。だからこそ、霊力者は強い力を秘めているのだ。
「無理難題かもしれない。でも、今の俺にはそれが必要なんだ。
 これから始まろうとする本当の戦いの為にも、今のままじゃ駄目なんだ」
 それに、今のままの状態でヴァトラスに乗っても、ヴァトラスが動くと言う事はない。
 霊力を失った事で、《神王》の力を引き出せないままでいる。
「あと一ヶ月。それまでに、大切な人を守れるようになりたい」
 アリサを守る為に。サエコの死を無駄にしない為に。
 ハヤトは少しずつ剣を握る手に力を加えていた。



 ロイ・チェンダーソンは、この頃妙だった。
 日本から留学しているハヤト・カンザキに対して悔しかったのか、あれ以来学校に来ない。
 そんな中、ハヤトの持っている剣が何かに反応をしていた。
「ランサーヴァイスが反応している……?」
 最初は自分に反応しているのだろうかと思ったが、霊力がなければ無理だ。
 しかし、ロバートに反応しても意味がない。
 分かるのは一つ、ランサーヴァイスが反応するほどの霊力を持つ人間が近くにいると言う事だ。
「…………」
 ランサーヴァイスを握り、ハヤトは瞳を閉じた。
 霊力さえあれば、おそらく誰に反応しているか分かるのだろうが、今の自分には無理だ。
 霊力の無さに悔しさを感じた。今まで自分でも嫌っていた力が、これほど重要だとは思っていなかった。
 ランサーヴァイスの反応が消える。それも一瞬で。
「消えた……?」
 ハヤトはしばらく唖然としていた。



 遠く離れた場所で、彼は笑っていた。可笑しそうに。
 今の《霊王》は力のない無力な人間だ。話にならない。
「弱いな……」
 このままでは、奴を《糧》として得る事はできない。
 ならば、同じ人間同士で戦い、力を得てもらう。
 その無限なる霊力を持つ強さを、今こそ手に入れる時だ!
「くくく……楽しみだな、《霊王》!」



 ハヤトは夜、何かを感じた。
 いや、正確に言えば霊剣ランサーヴァイスが反応していた。
「また……!?」
 今まで見た事がないほど眩しい光。まるで、どこか嫌な光だ。
 何かが始まる。違う、何かが起ころうとしている。
「ハヤト、どうかしたか?」
「……嫌な予感がする。いや、ランサーヴァイスのこの光は、何かを教えている……!」
 しかし、霊力が無い今ではどうしようもなかった。
 ハヤトは考える。どうすれば、ランサーヴァイスの反応を掴めるだろうか。
 そして、ふと思い出した。他の霊力者の霊力を使って、力を使う事ができる事を。
「ロバート、頼む」
「俺の霊力を媒介して、その光の正体を知るわけだな? よし、任せろ」
 ロバートがハヤトの肩を掴み、霊力を集中する。
 ハヤトは静かに霊力の流れを感じていた。剣の反応を感じていた。
 そして見えた。ロイが何かを操っている姿が。
 その後ろに見える巨大な闇が、ロイを操っている。
「……ロバート、この近くで広い場所は?」
「この近くで言えば、学校の方が近い。ハヤト、何をする気だ?」
 ロバートの言葉に、ハヤトは立ち上がって答えた。
「剣を通して見えた闇を斬る」
 そう言って、ただ走るだけだった。



 アリサは特訓をしていた。ハヤトの従姉であるコトネの元で。
 今まで霊力の扱い方など知らなかったせいか、あまり呑み込みが悪い。
「そこまで。……まだ駄目のようだね」
「…………」
 目の前にある枯れた花を見てコトネは言った。アリサは黙ったまま頷く。
 霊力の使われる傾向は、主に二つに分かれてある。
 一つは、ハヤトや祖父の獣蔵が霊戦機に乗って戦う時。攻の霊力と呼んでいる。
 また、生身の身体でも霊力の扱いに長けていれば、その状態でも強い力を得る事ができる。
 アリサが会得しようと思っているのは、攻の霊力ではない。もう一つ、治癒の霊力だ。
 霊力を治癒の力として、傷つくもの全てを癒すのだ。
「治癒の霊力は、そう簡単なものじゃない。けれど、攻の霊力を持っている人間じゃ取得は難しい。
 アリサ、あんたは攻の霊力よりも治癒の霊力を身につけた方がハヤトの役に立つ」
「はい」
 何かを決意したような瞳で、アリサはコトネに頷いた。
 少しでも彼の役に立ちたい。そんな想いで、霊力を扱えるようにしたかった。
「さ、とっとと身につけるよ。基本さえなんとかなれば、すぐにでも使えるようになる」
「はいっ」



 学校の校庭に、ロイの姿はあった。ハヤトに気づくと、ロイはニヤリと笑みを溢す。
 どこか変だ。いや、何かを感じる。
「来たな……日本人!」
「……酷い言われ方だな、それ」
 霊剣ランサーヴァイスを強く握り、ハヤトは素早く構えた。
 とりあえず、ロイと間合いを取りながら様子を見ようと思った。
「お前を殺してやる……殺して、殺して、殺して! 俺がトップになるんだぁ!」
 ロイが手を振りかざす、瞬間、地面に異変が起きた。
 地面から何体もの土人形が出てくる。ゴーレムとでも言った方が良いだろうか。
 ハヤトはすかさず霊剣を振るう。
「玄武正伝掌ッ!」
 剣を抜刀し、ゴーレム一体を薙ぎ払う。
 しかし、後ろから他のゴーレムが襲い掛かる。「くっ」と言葉を吐き、剣で襲い掛かるゴーレムの腕を止める。
 襲い掛かってくるゴーレム達を前に、ハヤトは思い切って飛び上がった。
 ゴーレムを目標にし、集中し始める。
「朱雀爆輪剣ッ!」
 無数に剣を振るい、炎のかまいたちが数体のゴーレムを襲う。
 こう言う時、朱雀爆輪剣はかなり使える剣術だ。しかし、それでもきりがない。
 ハヤトは小さく舌打ちした。どうするか考えていた。
「はぁ!」
 地面に着陸すると同時に、一つの影がゴーレムに斬りかかった。
 二本の切れ筋を残し、ゴーレムの一体が倒れる。
「ロバート!」
「突然走り出したかと思えば、こんな事になっているのか……」
 おそらく家に飾ってあった西洋の剣二本を持って追いかけてきたのだろう。
 ロバートの横まで歩き、ハヤトは剣を構えた。
「多分、ロイがこいつらを操っている」
「そうか。しかし、このゴーレムが邪魔だな」
 ロイをどうにかすれば、このゴーレム達は再び土となって動かなくなるだろう。
 しかし、こうゴーレムの数が多いと二人だけでは苦しいものがある。
「どうする? ハヤト」
「朱雀爆輪剣で何体か倒しても無理だしな……ここは、地道に倒していくしかない」
「……やはりそうなるか」
 二人は舌打ちした。



 アリサの通う学校では、今はハヤトがいないと言う事で彼女を狙う馬鹿は多い。
 アリサは、留学に行く前のハヤトや学級委員である片桐美香の二人によってクラスに馴染んでいる。
 よって、少々困った奴が彼女をデートなどに誘う男子生徒を駆除しているが。
「ねぇ、神崎さん。今日デートしない?」
「え? あの……」
 隣のクラスの男子生徒に誘われ、アリサは断ろうと思った。
 こう見えても、一度「愛している」と言ったハヤト以外の男の人とは付き合う事をしないと決意している。
 男子生徒はアリサの手を握り、しつこく誘ってきた。
「は、放してください……」
「一日だけで良いからさ、デートしようよ?」
「……別にいいです。遠慮しておきます」
「そんな堅いこと言わないで――――ぬぐぉっ!?」
 訳の分からない言葉を発して、その男子生徒は倒れた。
 なぜか知らないが、あまりの激痛に悶えている。アリサは助けてくれた生徒の方に振り向いた。
 ガスガンを持っている男子生徒が、先ほどまでアリサを誘っていた男子生徒にガスガンを向ける。
「断られたなら、すぐに諦めろ。しつこく誘うお前が悪い」
「ガスガンを容赦なく撃つ陽平も悪いわよ!」
 瞬間、陽平と呼ばれた男子生徒の頭を、鞄が思い切り直撃する。
 アリサと同じクラスである彼女は、大きくため息をついた。
「御堂さん……。それに、加賀見さん、大丈夫ですか……?」
「あー、気にしなくて良いわよ。ったく、ガスガンを持ってこないように言ったのに……」
 アリサのクラスメイトである女子高生・御堂えんなは生徒会の人間だ。
 しかも風紀委員長を務めているので学校の規律を乱す者には容赦はない。
 そして、毎回彼女に叩かれたり、怒られたりしている加賀見陽平は、ただの馬鹿だ。
 父が警官だからだろうか、毎日の如くガスガンを携帯している。
「くっ、俺は何もしていないぞ……」
「ガスガンを持ってくるなって言ってるの! あんた、風紀委員長のあたしに良い度胸してるじゃない!」
 今日の御堂さんは、いつもよりも不機嫌だ。そうアリサは思った。
 陽平はむくりと立ち上がり、えんなと向き合う。
「何よ?」
「この状況で、悪いのはこの男だ。俺は決して悪くない。分かるか?」
「それは分かる。あんたが悪くないのには分かる」
 そう言いつつ、えんなは構えていた。鞄を。
 陽平は、えんなから感じる怒りに満ちたオーラが見えているのか、冷や汗を浮かべた。
「ま、待て、えんな……」
「問答無用! ガスガンを毎日持ってくるなぁぁぁっ!」
 その後、陽平は吹き飛ばされた。
 アリサはどうすれば良いのか分からなかった。



 ゴーレムを数十体倒したところで、ハヤトは何かが違う事に気づいた。
(あれ……?)
 いつもより身体が軽いと言うわけではないが、ゴーレムの動きが分かる。
 いや、正確に言えば動きが遅いように感じる。まるで、ヴァトラスに乗った時と同じ感覚だ。
(この感覚……凄く、落ち着いて判断できる……?)
 戦闘となると、冷静を保ちながら戦っているが、どうも乱れてしまう。
 しかし、今の状態は落ち着いていた。どんな時でも集中できると思った。
 ゴーレムを倒し、ロバートと背中合わせで会話をする。
「ロバート、ゴーレムはあと二十一体いる」
「……!?」
 ハヤトの言葉にロバートは目を見開いた。
 数えようにも戦いに集中しなければならない状況で、冷静な口調で話しかけてくる。
 ロバートはハヤトの言葉を黙って聞いていた。
「ロイは俺がなんとかする。ロバートは、ゴーレム達を」
「ああ。なんとかやってみる」
 二人は合図を出すかのように頷き、動き出す。
 ハヤトはロイを。ロバートは大勢のゴーレムの囮となる。
 ハヤトは霊剣を逆刃に構え、ロイを気絶させようとした。
 瞬間、彼の目の前に今まで戦ったゴーレムよりも巨大なゴーレムが地面から現れた。
「もう一体いたのか……!?」
「はははは……ゴーレムを甘く見るなぁ!」
 巨大なゴーレムが殴りかかる。ハヤトは集中して動きを読んだ。
 巨大とは言え、他のゴーレムと同じだ。すぐに動きが読めて、避けやすい。
 しかし、攻撃の隙が無いのは確かだ。ハヤトは地面を睨み、剣を振るう。
「身華光剣、白虎地裂撃ッ!」
 地面を数回叩きつけ、衝撃を生み出す。そして、放つ。
 ゴーレムに襲い掛かる衝撃波とは別に、もう一撃。
「青龍弐刀剣ッ!」
 素早く抜刀し、龍の姿をした波動が放たれた。
 ゴーレムは衝撃波と龍の姿をする波動を直撃で受けたが、傷一つない。
「……厄介だな」
 ハヤトは舌打ちした。



 ロバートは考えていた。ハヤトの集中力について。
 数が多く厄介なゴーレムを相手に、冷静に全て把握して戦っている。
 信じられなかった。ハヤトの集中力は、かなり高い。
(いや、もしかすると“聖域(=ゾーン)”に入っているかもしれない……)
 本気でそう思う。本人は気づいていないが、間違いなくその領域に踏み込んでいる。
 ロバートはゴーレムを睨みつけた。霊力の力を借りて、二本の剣が雷を纏う。
 己の霊力属性を活かし、ゴーレムを斬る。
「雷鳴斬ッ!」
 雷の切れ筋を残し、ゴーレムが倒れていく。
 剣を二本持っているせいか、《武神》に選ばれた人間だからなのか、ロバートも強かった。



 ハヤトは苦戦していた。ロイの目の前に立つ巨大なゴーレムに。
 身華光剣術が全くと言って良いほど通用しない。
「どうした? この程度で終わりか!?」
「くっ……!」
 霊剣ランサーヴァイスを握りつつ、ハヤトは悩んだ。
 霊力が使えない今、頼れるのは身華光剣術だけだった。しかし、通用しない。
 全ての剣技をやったわけじゃない。まだ残っている“秘儀”が。
(秘儀は……まだ無理だ……!)
 ハヤトは心の中で強く思った。まだ、祖父のように剣を操れていない。
 いや、祖父に言われたあの言葉は、まだ全て覚えている。

 アリサと再会する前、ハヤトは祖父に身華光剣術の“秘儀”の事を聞かされていた。
 初代《霊王》が放った最強の剣。そして、そこから身華光剣術が誕生したのだ。
「良いか、身華光剣術の秘儀、凱歌・閃は完全ではない」
「完全じゃない? どう言う事だよ……?」
「凱歌・閃は、言わば『伝承者そのものの剣』なのじゃ」
 祖父は話を続けた。
 凱歌・閃は、今までの《霊王》が使ってきた中で同じ太刀はなかった。
 全て異なり、そして、何か意味を持っていたらしい。
「わしは、初めて戦いに敗れ、『無の太刀』を手に入れようとした。それが、わしの凱歌・閃じゃ。
 六つの無の太刀、『裂』、『真』、『光』、『闇』、『空』、『凰』のな」
「……ヴァトラス・ウィーガルトの剣は?」
「初代《霊王》は、闇を除く六属性の力を放つ剣を持っていた。
 ハヤト、これだけは忘れるな。お主の秘儀はまだ完全ではない。お主自身で完成させて、初めての秘儀じゃ」
「俺自身で完成させて……初めての凱歌・閃……」

「俺だけの秘儀……俺にしか使えない剣……」
 玄武正伝掌、白虎地裂撃、朱雀爆輪剣、青龍弐刀剣。
 今まで使ってきた中で、特に一番使っていた剣技だ。この剣技に答えはあると思った。
 ハヤトは目を閉じ、研ぎ澄まされた集中力の中で風の音だけを聞いていた。
「さあ、ゴーレム! 一気に殺してしまえぇぇぇ!」
 ロイの言葉に、巨大なゴーレムがハヤトを襲い掛かる。
 ハヤトは瞳を開いた。霊剣ランサーヴァイスを信じ、その一撃を放つ。
「……身華光剣、秘儀!」
 赤熱に染まるランサーヴァイスの刀身。霊力によって出す炎ではない。
 ハヤト自身の力だ。朱雀爆輪剣の力を一つに集中する。
 ゴーレムの強大な一撃を避け、一気に仕掛ける。
「凱歌! 閃ッ!」
 力強く振り落とされるランサーヴァイス。刀身から無数の波動が放たれた。
 炎を纏う無数の波動。地を裂き、ゴーレムを破壊する。
「……できた。秘儀が……凱歌・閃が」
 ハヤトはふっと笑みを溢した。安心感なのかどうかは分からない。
 けれど、ようやく分かった。これが、俺だけにしか使えない剣だという事が。
「いや、秘儀じゃない。俺だけの剣……メテオ・オブ・シャインだ……!」
 倒れるゴーレムを前に、ハヤトはロイを睨んだ。ロイはその恐ろしい形相に腰を抜かした。
 その時、闇が――――闇の力を持った波動がハヤトを襲う。
「――――!?」
 避けきれず、ハヤトは直撃を受けた。肩を切り裂かれる。
 とてつもない強さを秘めた闇の力だ。《覇王》など話にならないほどの闇。
「まだいるのか……!?」
 剣を構え、ハヤトは周囲を見渡した。霊剣ランサーヴァイスの反応は凄い。
 しかし、すぐに反応が消えた。ロイも気絶しており、ゴーレム全てが土に還っている。
 ハヤトは舌打ちした。おそらく、ランサーヴァイスに反応する闇こそ、本当の敵の持つ力だ。
「ハヤト、今のは……!?」
 ロバートの言葉に、ハヤトは首を横に振る。
「……分からない。けれど、かなり強い力を感じた」
 同時に、その差を思い知らされた。ハヤトは悔しい思いだった。
 本当の敵は、自分よりも遥かに強い。それは、あの攻撃ですぐに分かった。
 けれど、このまま負けるわけにもいかなくなった。



 時はまだ、本当の始まりを告げる事は無い。
 彼の本当の戦いは、全ての闇が目覚めた時。全世界を覆う恐怖が目覚める時。
 その戦いの行方を知るのは、全てを創世した神のみかもしれない――――。



 第三章 電話を通して二人の想い

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